超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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50話、変化

 大晃は楽しそうに近況を語っている。

 しかし、その内容は物騒なものであった。

 

「参ったよ。身体の節々が痛いんだ」

「そうなのか?」

「ああ。例えば、何気なく歩いただけで関節がキリキリするし、ひどい時はコップに手を伸ばす動作も億劫になる」

「……それはひどいな」

 

 大晃の病室であった。

 そこで専用機持ちたちの七人が話を聞いていたが、やはり、一夏が中心となって話をしている。

 

「食欲も無くなっていてな。それでも体力を維持するためには食わなきゃいけない」

「……点滴じゃいけないのかい」

「ダメだな。確かに効率的にエネルギーを取れるが、自分の胃で食いもんを消化できないようじゃ、闘えないからな。

 もっとも消化吸収の機能が落ちているせいで、今の感じになってしまったがね」

「……そうか」

 

 大晃の現状は一夏の想像以上に悪い。

 食欲がなくなっていることは察しがついていたが、まさか、消化吸収すら満足にできないなんてことは想像だにしていなかった。

 大晃はもはや重い病気を患ったのと同じ状態である。

 しかも、大晃を襲っているのは病気だけではない。

 全員の視線が大晃の肉体のある部分に集まった。

 

「ああ、拳が気になるのかい?」

 

 拳。

 その単語は大晃に深く結びついている。

 大晃にとっての最大の武器。

 それが拳であるからだ。

 ISを纏い、身体能力を存分に生かして放たれる正拳は、他ISと比べても比類ない威力を備えている。

 その拳は大きく姿を変えていた。

 

「ゾンビみたいになっているだろう」

 

 拳には縫合の痕が無数に刻まれていた。

 縫い目は入り組んでいて、ばらばらのピースを無理やりつなぎとめているかのようだった。

 

「この先、本気で拳を作ることは難しいんだそうだ」

 

 拳を作れなくとも、闘う方法はあるだろう。

 実際に、拳が壊れやすくなったことを理由に、掌底を多用する空手家などもいる。

 それで成功した人間も皆無ではない。

 しかし、半生を費やして形作った拳が、もう二度と使えないかもしれないのだ。

 それは衝撃的な出来事であるに違いなかった。

 

「これでも良くなった方なんだよ。何せ、ばらばらになった骨がぐしゃぐしゃになった筋肉に混ざりこんでいたんだぜ。

 こうやって、手の形になっただけでも奇跡的なんだぜ」

 

 それでも、大晃は自分の支払った代価を受け止めているようだった。

 結局のところ自分で選択した結果、起こりうると思っていたことが現実となっているだけで。

 それに対しての後悔は微塵もなかった。

 だが、だからこそ、そこに痛みを感じる人間は存在しているのだ。

 

「なんで?」

「……簪」

「なんで、そうやって平気な顔が出来るの?」

 

 簪の声は震えていた。

 何かを堪えているようだった。

 

「あなたを心配している人がいるんだよ?

 なのに何であなたはそんな風に笑っていられるの?」

 

 簪はあくまでも静かに声を出していた。

 しかし、それだけに声に込められている感情の色が良く分かる。

 怒りの色が声の下地であった。

 

「金子博士も心配していたよ」

「じいちゃんと会ったのかい?」

「うん。安城君の前ではどういう態度を取っているのかは知らないけど、凄く心配していたよ」

 

 大晃が自分で自分の破滅を望むのだとしたら、それは本人の勝手だろう。

 心配する人間がいないのであればだ。

 実際には大晃を心配する人間は周囲にいて、大晃はそれを知っているはずなのに、覚悟を決めて事態に臨んでいる。

 簪の眼に大晃の行動は少しばかり勝手に映った。

 

「もう良いんじゃない?」

「……シャルロット」

「だって、大晃、辛そうだよ?」

 

 ここにいる人間は二種類に大別できた。

 大晃の覚悟を尊重しようとする人間と止めようとする人間だ。

 簪に触発されたシャルロットは後者よりの人間であった。

 

「辛いことは辛いさ。だが、今更やめるつもりはない」

「……やらないといけないって言うの?」

「ああ、決めていたことなんだよ。ずっと、前からね。こうなることも分かっていた」

 

 だが、二人が止めたところで今更なことであった。

 身勝手さを指摘されようが、もはや止めようのない地点に大晃は立っているのだ。

 今までの費やしてきた想いと年月を否定できない、というだけではない。

 もっと、根本的に今更退くことのできない理由もあった。

 

「それにせっかくの忠告だが、もう手遅れなんだよ」

「え?」

「色々とな、試させられたんだ。例えば、俺と無手が物理的に距離を置けないか。

 無手と俺との間にあるリンクが切れるのかどうか。それで色々と分かったことがある」

「……」

「無手を呼び出せなくなっていたんだよ」

「え?」

「待機状態の無手を手元に呼べない、と言うほうが正確かね。

 通常の展開をすることはできるが、待機した状態で無手を呼び出すことはできないんだよ」

 

 通常、ISは格納庫に保管されるが、例外がある。

 ここに集まっている専用機持ちは、全員がISを身につけることを許可されていた。

 当然、武装としての形で展開しているはずはない。

 では、どうしているのかといえば、一般的に待機状態と呼ばれる小型の形態へと変化させているのだ。

 そうすればISを常に持ち歩けるし、一瞬で武装を展開することすらも可能となる。

 貴重なISの中でも更に希少な専用機を守るための特権。

 大晃もまた待機状態の無手を持っているはずであった。

 それが手元にないのだ、という。

 

「この意味が分かるかい?」

 

 大晃の語った内容は、すぐに理解できるものではなかった。

 通常の展開は可能でありながら、手元に物理的な形でコールできない。

 それは前例のない事態だ。

 少し考えればこの事態がどれほど荒唐無稽であるのかを理解できる。

 分かることは、大晃と無手の間にある繋がりは途切れていないことだ。

 そうでなければ、通常のISを展開することができないからだ。

 分からないことは、待機状態の無手が現れない理由である。

 展開していない状態であろうとISは現実に存在している。

 どれほど小型化しようが、一般的なアクセサリー以下の大きさにはならない。

 展開を閉じれば、専用機は自然と待機状態へと移行し、格納される。

 それが道理だ。

 そうでなければ、待機状態の無手は一体どこに存在しているというのか。

 

「まさか……」

 

 言葉の意味を呑み込んで、専用機持ちたちはそれぞれが表情を変えた。

 一夏と箒、鈴は驚愕し、セシリアとラウラは表情の影を深くして、シャルロットと簪は顔面が蒼白になった。

 大晃は言った。

 どれだけ呼び出しても待機状態の無手は現れない、と。

 だが、もし無手は現れているのだとしたら。

 あまりに身近な姿だから気がついていないだけで、実は無手は姿を現しているのだとしたら。

 

「無手はもう俺の奥深くに潜り込んでいるんだよ。それこそ、俺と無手を引き離そうと思えば、俺を殺すしかない程にな」

 

 そう、無手は今もなおその姿を見せている。

 大晃の肉に紛れて。

 

「もう逃げられないんだよ」

 

 大晃は微笑む。

 それはずっと待ち焦がれていたものを受け入れるような、微笑みであった。

 破滅を享受し、憂いを帯びてなお力強さは残っているが、今は儚さの方が濃い。

 

「俺が生き残る方法はたった一つ。俺に巣くった無手を倒す以外には無い」

 

 大晃は無手との闘いを宣言したが、果たして本当に勝てると思っているのか、勝つ気があるのか。

 自身の破滅に対してどこか納得したような口調からは、誰も想像もできなかった。

 

「どうやって、闘うんだよ」

 

 一夏の途方にくれたような言葉は正しく、全員の意思であった。

 体内に、もっというのなら大晃という存在そのものに巣くった無手を対峙する。

 言うのは簡単だ。

 だが、敵は姿を見せない。

 ISとして展開すれば武装や装甲は破壊できるかもしれないが、相手は大晃の肉そのものに巣くっているのである。

 都合よくコアを破壊できるものではない。

 しかし、ならばどういう方法があるのか。

 その見当は誰にも付いていない。

 果たして、大晃はその方法を知っているのだろうか?

 

「奴の世界へと出向く」

「奴の世界?」

「ISコアネットワークの先にある世界。

 あるいは俺の内側と言ってもいいが、分かりやすく表現するならそうなる」

「だが、そんな方法があるのか――」

 

 一夏の言葉は途中で遮られていた。

 大晃が意味ありげに一夏を見たのだ。

 

「ここから先は言えないな」

「え?」

「ともかく、いずれお前さんたちに連絡がいく。その時には力になってくれよな」

 

 大晃が吐いたその台詞が、解散の言葉となった。

 相手は重篤に陥っている病人だ。

 いつまでも話しているわけにはいかないし、もはや何かを話す空気ではない。

 

「分かった、必ず、力になるよ」

「だから、その時は遠慮なく頼ってね」

 

 一夏とシャルロットが言葉を返して、それを契機に全員が立ち上がった。

 一夏たちが病室を順に出ていく。

 その時だった。

 最後に出て行こうとしていた一人の少女が部屋の出入り口で立ち止まった。

 

「最後にわたくしから一つ言って置きたいことがありますわ」

 

 その少女は見舞いに来た七人の中でもっとも複雑な想いを抱いていた。

 少女にとって大晃はいつか自分の手で下すべき相手である。

 同時に、競い合うライバルでもある。

 

「もし、そのどこの馬の骨だか分からない輩に、わたくし以外の誰かにあなたが負けることなようなことがあれば――」

 

 少女は、セシリア・オルコットは、首から上だけで振り返ると大晃をにらんだ。

 殺気すら込められた視線であった。

 

「わたくしはあなたを許さない」

 

 その言葉だけを残してセシリアは部屋から出て行った。

 病室に大晃だけが残された。

 

 

 

「それにしても、もう少し話してくれても良いじゃない」

 

 病院からの帰り道である。

 道に数メートルごとに街路樹が植えられており、枝の葉は紅葉に成りかけていた。

 そこを七人でゆっくりと歩いていた。

 沈黙に耐えかねた鈴が口を開いていた。

 一体どんな方法を用いて無手と闘うつもりなのか、大晃は言わなかった。

 それへの、不満が鈴の口から出た内容である。

 返事が返ってこないであろうことを承知で口にしたことだ。

 特に期待などしていなかった。

 しかし、意外なことにこの言葉に、ラウラが答えを返していた。

 

「恐らく、情報の漏えいを抑えたのだろう」

「誰に情報が漏れるっていうのよ」

「無手だ」

 

 ラウラは既に大晃を取り囲む状況を類推していた。

 軍人としての習性である。

 

「無手が意思を持ち、父さんへと侵食しているのならば、無手への決定的な対策を口にするわけにはいかない、ということだ。

 ひょっとすると、父さんは本当の意味で計画の内容を言えないのかもしれない」

「どういう意味よ?」

「ならば、訊こう。無手を撃退する作戦。誰がそれを立案していると思っている」

「……金子博士かあるいは織斑先生?」

「その二人は深くかかわっているだろう。そして、金子博士の立場で考えれば父さんの言葉の意味も分かる」

「そっか、金子博士はあえて計画を隠しているんだ。無手にバレたらまずい情報だってあるだろうしね」

「ああ。父さんが知らされているのは、計画の大まかな日時くらいのもので、手段についてはあまり考えていないんだろうな。

 いや、考えないようにしているんだろうな」

 

 無手は意思を持って、大晃へと取り憑いている。

 その大晃に向かって作戦の根幹を教えることは、無手への情報漏えいに繋がりかねない。

 金子がそう考えることは十分にありえた。

 なるほど、と呟きながら鈴はラウラを見る。

 この中で大晃への好意をストレートに表現する人間がラウラだ。

 大晃を父親として慕う姿は、体格の差もあってか、本当の娘のようでもあった。

 だから、鈴にとってはラウラが大晃の状況を類推するだけの余裕があることは意外なことであった。

 気になった鈴はそれを指摘してみた。

 

「でも、意外だったわ」

「意外?」

「うん。最初は不安そうにしていたけど、今はあんまり心配していないみたいだから」

「そう見えるか?」

「うん」

 

 ラウラは少し考え込んだ。

 そして、答えた。

 

「正直に言うと、私は今日、父さんの姿を見て少し安心したんだ」

「……普通、逆じゃない?」

 

 返って来た答えは鈴の予想外のものだった。

 大晃の様子に安心できる要素など何一つないように見える。

 それをラウラは安心したと、言い切ったのだ。

 一体どこに安心したのか?

 鈴に湧き上がる疑問に、ラウラは答えた。

 

「そうだな。父さんを取り囲む状況は想像以上に悪かった。だが、一つ大事なことを確認できた」

「何よ?」

「父さんは諦めていない。少なくとも、今も全力で無手に打ち勝つために布石を打っている、と見た」

「あんなにボロボロになっているのに、布石を打つ余裕なんてあるわけないでしょ?」

「違うな。ボロボロになっているのに布石を打っているのではなく、布石を打ったからボロボロになったんだ」

「その二つの間になんの違いがあるっていうのよ?」

「父さんは行き当たりばったりで闘っているのではないってことだ。

 少なくとも父さんには父さんの考えがあって、それに従って行動している」

 

 だから、とラウラは唐突にシャルロットと簪の名を口にした。

 驚いた二人へとラウラは語った。

 

「心配はいらない。相手に勝つ気でいる父さんが無手に負けるはずがない」

「えっと、何で、私たち話を振ったの?」

「お前らがあんまりにも暗い顔をしていたからな」

 

 そう言うとラウラは黙りこんだ。

 これ以上話す気は無いらしい。

 そのラウラの様子に鈴は苦笑する。

 鈴だけではない。

 一夏や箒やセシリアやシャルロットだって苦笑してしまった。

 初めて会った時の尖っている様子からは想像もつかない、今のラウラであった。

 ラウラは変わった。

 大晃と闘うことによって。

 それはラウラだけではない。

 一夏も、箒も、セシリアも、シャルロットも、簪も、大晃との出会いと闘いを経て、変わっていた。

 受けた影響の少ない鈴だって、大晃の齎した変化によって、自然と変わっていた。

 その全員が、誰ともなくおぼろげに思った。

 人は変わり行く。

 今、ラウラがシャルロットと簪を心配し励ましたように、人は変わる。

 大晃だって例外では無いだろう。

 現に今、変わりようが無いと思えた肉体が無残にも崩れているのだから。

 しかし、それだって変化の途上にあると言ってしまえばそれまでであった。

 これから大晃はどう変わっていくのか。

 せめてそれがより良い方向であった欲しい。

 全員がそう願っていた。

 

 

 

 

 大晃を取り巻く事情は複雑な様相を帯びつつあった。

 始まりは一つの論文であった。

 ISコアの意思と機能の連動について考察と今後の予想。

 俗に言う、IS機能論という論文だ。

 この中にとある文章がある。

 

『……この点からISのコアには状況を読み取り能動的に判断を行う機能があることは明らかである。

 現在、ISのコアと搭乗者が思考を交わせないのは、それに足る繋がりを構築できていないからと類推する』

 

 ISのコアには意思らしきものがあることは周知のことだ。

 ISのコアマッピングはそれを証明するものだ。

 その周知に事実をより深掘りした意見がその論文には載っていた。

 ISのコアには意思が宿る。

 であれば、コアと搭乗している人間との間に何らかの意思疎通があっても良いはずである。

 しかし、現実にはコアと人間との間で明確なコミュニケーションが行われた記録はない。

 将来的にはそれが可能となるだろう。

 その暁にはISの意思と人間の意思が和合し、その機能を何倍にも高めるに違いない。

 論文はそう締められている。

 

「ISコアの意思、か……」

 

 仮に無手が大晃の乗っ取りに成功したのなら何が起こるのだろうか。

 無手に悪意がないのであれば良い。

 しかし、人を取り込み、その際に命を奪うことすら厭わない存在が一般的な倫理観を持っているわけがない。

 無手の戦闘能力を加味すれば、単に人間に危害を加えるなどという規模にとどまるはずが無く、最悪、国家レベルでの被害が出る恐れすらある。

 二つの主張がIS委員会を二分していた。

 口ひげを生やした偉丈夫が丁寧な口調で語っている。

 

「男のIS操縦者は極めて貴重であります。非常に優れた資質を持っている彼を失うのは人類にとって大きな損失です」

 

 一つは、安城大晃を救助するという主張。

 そして、もう一つは――。

 

「無手が安城を取り込む前に抹殺するべきです。可能であるのなら、今すぐにでも!」

 

 無手が大晃を取り込んで人類に牙を向ける。

 それを未然に防ぐためには大晃の抹殺もやむなしとする強硬論である。

 偉丈夫が強硬論を主張した中年の恰幅の良い女性を咎めた。

 

「それは早計です。金子博士率いるチームが無手撃退の準備を始めています。

 彼等からの報告をあなたも受けているはずでしょう」

「ええ、報告書に目を通しました――」

「では分かってもらえるはずです。確かに、彼が完全に取り込まれる前にそういう処置が必要となるかもしれません。

 しかし、彼に可能性が残っている限りは様子を見るべきでしょう」

 

 男はあくまで穏やかに語る。

 大晃に手をかける可能性を否定はせずに、しかし、まだその段階には至っていない、と。

 しかし、だ。

 この場にいる人間たちは一人一人が各国から選出されたメンバーだ。

 選出にまで至った経緯はそれぞれが異なるものの、誰かに選ばれたという点で彼等にほとんど変わりはない。

 その背景にある組織、国の意向を無視できない。

 男の背後にある国は、大晃を生かす意向を見せている。

 女の背後にある国の意向はそのヒステリー気味な口調から明らかだった。

 

「そもそも、ISによる操縦者の乗っ取りなんて前例にないです!

 無手による乗っ取りの完了までには猶予があると報告書にはありますが、そんなもの信用できませんよ!

 あなたは彼が人類の宝であるかのような言い方をしたけれども、彼は今人類にとっての脅威に成ろうとしているのですよ!」

「では、こちらも言わせてもらいます! 無手という前例のない存在に手を出すことがどれほど危険なのか、あなたは分かっていない!

 ここは無手を含めて様々なISコアを観察してきた金子博士に判断を委ねるべきなのです!」

 

 ここに来て議論は紛糾していた。

 原因は無手の脅威だけではない。

 指揮を取る金子が大晃の肩を持っているのではないか。

 大晃の育ての親である金子にそういう疑念を抱いている国もある。

 金子が嘘をついているとまで言わずとも、その判断が果たして正しいのかを疑っている国だってある。

 操縦者として、何より戦闘者として高い資質を持つ大晃をよく思っていない女性権利団体。

 その影響を強く受けた国だってある。

 大晃という存在がもともと様々な要素を内包していたこと。

 そんな彼の身に前例のない出来事が起こってしまったこと。

 それらが合わさって大晃に否定的な意見もまた大きくなっているのだ。

 議論は平行線を辿る。

 もはや、全ての材料は出尽くしている。

 後はどういう答えが出るのかは、二つの主張を担ぐ国同士の力関係次第。

 しかし、それすらも拮抗している。

 であるのなら別の誰かが、ここにはいない誰かが必要だった。

 決着を付ける為には――。

 

「遅れて申し訳ない」

 

 カツ、カツ、という足音が会議室に響いた。

 その足音の主人は女だった。

 二十代前半のスーツ姿の女である。

 IS委員会の役員はいずれも実力者である。

 いずれもがそれなりの歳で老人と呼ばれる年齢に突入している者もいた。

 その役員たちは自分よりは二回り以上も若い女の一声でシーンと静まり返る。

 静寂の中で彼女が履いているハイヒールの音だけが規則正しく鳴った。

 全員が沈黙したのは、そこに現れたのが織斑千冬だったからだ。

 現役を退いたとはいえ、織斑千冬は未だに世界最強の代名詞だった。

 

「……織斑千冬。あなたは彼の処遇をどうするべきだと考えていますか?」

 

 役員の誰かが言った。

 その誰かに、大晃の早期抹殺を主張する女役員も割り込んだ。

 

「そもそも、IS学園は何を考えているのですか。何を持って彼を生かしているのかも含めて説明して頂きたいですね」

 

 裏にあるネチッこさが滲み出てくる口調であった。

 千冬は女を真っ直ぐ見つめた。

 視線を先に逸らしたのは中年の女の方だった。

 千冬は会議室の全員を視界に収めるようにして、言った。

 

「……もし、彼が無手となれば、その存在を排除しなければならないでしょう」

 

 そして、千冬もまた大晃が無手と化した場合には、排除を厭わない。

 大晃を生かしておいて余計な被害が出るのを千冬は良しとしなかった。

 しかし――、

 

「皆さんお忘れではありませんか?」

 

 途中参加の千冬にも場の空気から、そして、役員の質問から、議論の流れは大体想像がついていた。

 無手に呑み込まれた大晃がどうなってしまうのか?

 放っておけば、人類への被害は免れない。

 だから、排除する。

 それをIS学園へと打診する。

 そこまでは分かる。

 問題はここからだった。

 

「そもそも、IS学園は教育機関として設立されました。存在意義はISという未知の物体を適切に扱える人材を育成すること。

 我々は政府直属の機関ではないし、ましてや政府の、国家の御用聞きなどではない」

 

 IS学園は独立した教育機関だ。

 IS関連の出来事では人命の為に依頼を受けることはあるし、生徒が動く場合もある。

 銀の福音事件はその最たる例だ。

 だが、それはあくまでIS学園が自主的に判断してのことであり、学園として出来うる限り安全に配慮しているのだ。

 決して、生徒の命を軽視した覚えはないし、するつもりもない。

 

「安城大晃はIS学園にとっては未だに守るべき生徒の一人です。未だに助かる可能性もある。

 その彼の命を軽視するのはやめて頂きたい」

 

 IS委員会の決定であればIS学園とて無条件に従うしかないだろう。

 そういうことを当たり前のように考えている役員がこの場にいることに、千冬は腹が立っていた。

 それを雰囲気で察してか、役員たちの顔も重い。

 一人の役員が慎重に言葉を吐いた。

 

「……では訊きますが、どの段階で彼を排除するのですか?

 あなたの言うことは最もですが、こちらとしては被害が出ることは容認できません。

 IS学園も同じ意見だと思いますが」

「安城が助かる見込みが完全に無くなった、つまり、無手が完全に大晃を取り込み目覚めた時を考えています」

「しかし、止められるのですか?」

「心配には及びません」

 

 千冬の言葉に役員は眉をひそめる。

 先ほど千冬は学園の理念を語った。

 なるほど、生徒を守るという理屈には頷けるものがある。

 しかし、その為に無用な犠牲を出すようでは、そんな理想も片手落ちだ。

 今、大晃の早期排除を主張する役員たちが懸念しているのは、無手の排除を実行する際の確実性であった。

 結局のところ、どういう理想を叶える為にも最低限の力は必要ということだ。

 

「私が始末をつけましょう」

「しかし、あなたは今ISを持っていないはずでは――」

「既に私は愛機を取り戻しました」

 

 そして、その為の力は既に取り戻してある。

 力を手に入れた経緯が経緯だけに苦いものがあるが、生徒の命には代え難い。

 千冬は役員たちに自分の覚悟のほどを見せつけるようにして、言った。

 

「私が彼を、いや、彼女を止めて見せましょう。ブリュンヒルデの称号に掛けて……」

 

 千冬の目が殺気を帯びる。

 無手が大晃を飲み込んだとしたら、一体どういう存在になるのか見当はつかない。

 命を賭して闘わなければならないかもしれないし、最悪自分が捨て石になることさえありえた。

 そういう闘いをリアルに想像しているうちに、つい殺気がこもってしまったのだ。

 千冬はその殺気を静かに撒き散らした。

 

「例え、殺すことになったとしても」

 

 千冬は大晃の命を伸ばす為に、大晃の抹殺を宣言したのだった。

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