大晃の入院している病院に配置された、自衛隊員。
彼らの中には戸惑いがあった。
原因は彼らに課せられた役割にある。
安城大晃を確保し、厳重に保護する。
派遣された自衛隊員が知っているのは、基本的にここまでである。
彼らはあくまでも大晃が未知の病にかかっていると思っているのだ。
大晃が無手に侵されており、しかも、敵性の生物になる可能性を知る者は少ない。
それを知っているのは派遣された自衛隊員の中でもISを扱う部隊のみである。
しかし、どちらにしても彼らのやることに変わりはない。
特定の人物以外の誰も入れない、もしくは出さない。
事態の徹底的な封じ込め。
それこそが基本的な任務であった。
「でも、なんか嘘っぽいよな」
「……滅多なことは言うもんじゃない」
だが、彼らとて馬鹿じゃない。
当然、キナ臭いものを感じている。
元より、装備からして普通じゃない。
機関銃に、特殊車両、そして、簡易的にとは言えバリケードの設置すらも任務内容にはある。
いくら世界から注目を浴びるIS学園の近辺とはいえ、異常である。
彼らが敷いている布陣は、中にあるターゲットを外へ出さずに、しかも、仕留められるものであった。
何かを抑え込むにしてもそれは異常な何かであり、それは敵意のある何かであるはずだった。
しかも、病院の周囲に満ちる異様な雰囲気。
まるで、毒蛾が群がっているような、死の気配は戦場でも滅多に味わえるものではなかった。
それで、彼らは薄々感づいていたのだ。
俺たちは何かを殺すために、もっと言えば、『あの安城』を殺す為のお膳立てをしているのだ、と。
「気に食わねえぜ」
誰かが休憩中にそう呟いた。
自衛隊員は基本的に男の集団である。
無論、女尊男卑の煽りを受けて女の自衛隊員も増えてきている。
それでも、自衛隊の隊員の比率としてはやはり男の方が多い。
ISが生まれてからは自衛隊に対する風当たりは強い。
もともと、日本の軍隊という特殊な事情があるのに加えて、近代兵器ではISに敵わないという事実が、事態を悪化させた。
ISがあれば国防はほとんど賄える。
であるのなら、旧近代兵器は一体なんの存在意義があるのか、という主張をする人間も多いのだ。
女尊男費の風潮はその主張を後押しする。
しかし、それはISという兵器をろくに知りもしない人間の台詞である。
確かにISの一機で多くの兵器の代用になるだろう。
だからといって、国防の全てをISに委ねるなどできるわけがなかった。
ISは467機しか存在しないのだ。
仮に近代兵器を廃止して、ISのみで治安を維持するとなると一人一人にかかる重圧は果てしないものになる。
ISの整備に掛かる時間を加味すれば到底不可能。
そもそもの絶対数が足りていないのだ。
結局、安全を維持する為には人の手が必要だ、ということである。
しかし、そういうことを理解せずに、あるいは理解していてもあえて声高に自衛隊を批判する議員はいる。
それだけならまだ良い。
現実にはその議員の周りにはその発言に吸い寄せられるようにして集まってくる支援者がいる。
当然、その議員の声はますます大きくなる。
更に同じような発言をする議員同士が集まって、互いに便宜を図ったりする。
そういうことの繰り返しで力をつけた一派の主張は影響力を持ってくる。
その影響が予算の縮小という形で現れていた。
では、そういう人間たちはその予算の縮小によってどういう弊害が起こるのかまるで理解していないのである。
ISはアラスカ条約で兵器として扱うことを制限されている。
近代兵器を全て廃止するということは、ISを兵器として扱うことを全面的に解禁することである。
そんな建前が撤廃されたとして何の問題があるのか、と皮肉屋は言うが、実際その建前のおかげでISの無制限な兵器利用は防がれている。
建前と言う名の鎖が完全に崩壊すれば、その先に待っているのは際限のないISと近代兵器が混じり合った、混沌の地獄である。
しかし、自分の主張が現実となったときに何が起こるのか分かっていない人間が世間へ過分な影響を及ぼしている。
そのことへ憤慨を覚えている人間は多かった。
「……男のIS操縦者が現れるとはな。それも二人か」
その女尊男碑と自衛隊軽視の風潮の中にあって突如出現した、男の適合者。
世界に二人しかいない男のIS操縦者。
人気が出ないはずがなかった。
特に自衛隊の中では、大晃の人気に強いものがあった。
多くのファンが自衛隊の中にいたのだ。
肉体を駆使し、あらゆる兵器を打ち倒す、火を噴くような戦闘スタイル。
その生身での強さも連想させる戦闘スタイルは瞬く間に多くの自衛隊を虜にした。
「なんで、安城が死ななくちゃいけないんだ」
だから、大晃を殺すためのお膳立てをする、という派遣の目的を察した者たちは、時折こういうことを言うのだ。
大晃が死ぬ。
そして、あの熱のこもった闘いを、素手の可能性を極めた戦闘を、二度と見ることができないかもしれない。
それは自衛隊員たちにとって大きなショックであった。
だが、それでも彼らはプロだ。
不平不満は最小限に。
そして、与えられた任務に決して手は抜いていなかった。
そういう、不満を持って任務に当たっている、ある一人の隊員が病院の出入り口に待機していた。
ぼそりと誰にも聞こえないほどの微かな声で男は呟いた。
「あの安城を間近で見れるとはな……」
男に与えられた任務は単純なものだった。
大晃は病院から出てきて、用意してある護送車に乗り込む。
それに付き従い護送車に乗り込み大晃の護衛を行うというものである。
その任務が与えられたとき、男が思ったことがこの台詞であった。
何せ、大晃は病気の筈である。
病気の内容は不明である。
ただ、致死率の極めて高い未知の感染症ということのみが隊の中で開示されていた。
その大晃が、今、どういう状況にあるのか。
考えようによってはそれを知る大きなチャンスである。
特に、大晃のファンである彼にとっては。
隊員は辛抱強く待った。
それほど長くはない時間であったが、
ついに大晃はやって来た。
病院のガラスのドアの向こう側に大晃の姿があった。
「……ッ!?」
男は大晃の姿を確認して、息を呑んだ。
初めに目に入ったのは、そのやせこけた顔であった。
それも尋常ではない。
骨が浮き出て、眼球が飛び出しているように見えるからだ。
大晃は当然服を着ている。
一般的な病院服で、その隙間から、あるいはシルエットから、身体の様子もまた見て取れた。
首も、胴も、肩も、腕も、脚も、肉体のあらゆる部位が、カラカラに干からびている。
男の知る大晃ではもはやなかった。
だからこそ、妙だった。
身体はやせ細っている。
その身なりは粗末と言っても良い。
しかし、それが逆に迫力を出していた。
このやせ細った肉にはどこか崇高な気配すらあった。
その雰囲気はどこか異なる時代の異なる土地からやってきた高僧のようですらあった。
荒行を終えたばかりの修験者がこのような雰囲気を纏っているかもしれない。
「案内を頼む」
「は、了解。こちらです」
傍についている千冬も伴って、男は案内を始めた。
その案内をしながら、男の内部に様々な思いが生まれてゆく。
まず、大晃が本当に病気らしいことへの驚きがあった。
てっきり病気のことはフェイクだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
そして、次に、生まれたのは疑問である。
病気が本当であるのは分かった。
しかし、それが本当に人から人へと移るものなのかは疑わしかった。
何故なら大晃が着ている衣服は普通の病院服である。
病原菌の伝染を抑える処置がなされているようには見えなかったからだ。
つまり、大晃が病気であったとして、それは人から人へと移る類のものではない筈であった。
しかし、それではこの収容の厳重さは説明がつかない。
自衛隊の敷いている布陣は絶対に病気が漏れないことを目的としたものだからだ。
――病気よりも恐ろしい何かが大晃の中に潜んでいるのか!?
男には分からなかった。
もともと、護送車までの距離はあまりない。
男の思考が答えにたどり着くその前に、一同は護送車にたどり着き、そこへと乗り込んだ。
護送車が発車してから十分ほど。
大晃も千冬もも無言だった。
重い沈黙だった。
男は周囲に気配を巡らせつつも、居心地の悪さだけは消えてくれなかった。
たとえ何が起ころうと、構えて照準を合わせられるように機関銃を握っている。
「何が何やら分からないって顔をしていますね」
「え?」
男は驚いた。
大晃は突然に男に話を振ったのである。
男が大晃に視線を合わせると、大晃は笑み浮かべて男を見ている。
かろうじてわかる程度の笑みだ。
わずかにつり上がった口角だけが笑みを証明している。
男の胸中で二つの異なる想いが湧き上がる。
プロとしては、周囲に気を張り巡らせていなければならないと、声を上げている。
しかし、一人の人間としては、この男にありったけを訊きたいと思っていた。
男には大晃の事情は分からない。
推論に推論を重ねた結果、大晃は重度の病気ないし、またはそれに類似する症状を併発していることは想像できていた。
その内にある脅威は、伝染性は無いものの、場合によっては周囲に壊滅的な被害を与えるものであろうことも察してはいる。
同時に、それらは男にとってはただの想像でしかなかった。
本当に何が起こっているのか、それを知る為に一番良い方法は、大晃に直接話を訊くことである。
かつての屈強であった身体が、痩せ細り、脆弱になったのはいったい何故か?
それを訊けば良いだけのことである。
男の内部で、私事を優先してくなる欲望が育って行く。
男は大晃の言葉を敢えて無視した。
プロとして任務に忠実であろうとした。
「……なるほどねぇ、あなたにも事情がありますわなぁ」
大晃の浮かべる笑みがことさら柔和なものになる。
男はそれに引き込まれつつあった。
今、大晃は男だけを見ている。
「ならば、ここから先はただの独り言ってことになりますね」
その大晃の言葉で、男は問うように千冬を見た。
大晃が何を言うつもりかは分からない。
しかし、今回起こったことの張本人である大晃の口から語られることを素直に聞くわけにもいかない。
自分が知ってはいけないようなことを大晃は口にするかもしれないからである。
千冬はこの場の監督者だ。
大晃が自分が知るべきでは無い情報を口にしようとすれば、止めようとするはずであった。
千冬は大晃を止めるそぶりを見せなかった。
聞いてやってくれ。
千冬はそう言いたげな顔をしただけであった。
「俺は今、無手と闘っている」
無手。
その名を聞いて、男は耳を疑った。
大晃の専用機が無手と言う名前であったはずである。
それが大晃と闘っている、ということの意味がうまく掴めない。
「この俺の身体の不調は……無手によるものだ」
「……」
「俺は無手と闘った……、この一ヶ月もそうだったし、この一ヶ月を迎える前からもそうだった。
奴の、おそらく念動力だか生命体に作用する力だとかによる不調は言うならば、奴の拳や蹴りだった」
大晃がそこまで言って、男はようやく意味を飲み込めた。
ISコアには意思が宿る、と言われている。
無手のコアに宿った、恐らく、ずっと前から宿っていた凶暴な意思が今回のことを起こしたのだろう。
自分たちの敷いていた布陣はそういう凶暴な意思が暴走しても、周辺に被害を与えないためのものに違いなかった。
しかし、と男は思う。
無手はIS、言うならば機械である。
いくら、意思が宿ると言ってもそれは制御されたAIのようなものだろうと思っていた。
それが、まさか、自身の主人に牙を剥くほどのはっきりとしたものだとは想像だにしていなかった。
「奴は……、無手は……、俺がガキの時分からずっと俺を狙っていやがった」
大晃の口調が怪しいものになっていく。
うわ言のように大晃の言葉遣いが曖昧なものになっていく。
当たり前である。
体重の半分以上が失われるような闘いを大晃はしていたのである。
気の休まる時など、ほとんどなかったはずだ。
こうして意味のある言葉を吐いていることの方が奇跡的なくらいの消耗であった。
「今日、……俺は奴に披露してやるんだ」
男の心配そうな視線に答えるように大晃は言った。
大晃の曖昧な言葉の中には、しかし、固形物にも似た硬いものがあった。
指向性を持った、力が宿っていた。
「この一ヶ月間、俺は奴を…った。奴がどのようにして…………のか、……………のか、そして、その運足。
それがどこまで通用するのか」
所々、聞き取れない部分があった。
しかし、それは、大晃の今日の闘いにとって重要なものであるはずだった。
「今日、確かめてやるんだ」
大晃は言う。
何を確かめるのかは聞くまでも無かった。
「なんで、あんた、あんなことを俺に言ったんだ」
護送車がブレーキの音を立てて止まった。
目的地に着いたのである。
大晃が降りようとしたその時、男はたまらず聞いてしまった。
何故、言わなくとも良いことを延々と話していたのか?
「……どうにも、俺自身、俺の意識がよく分からないんですよ」
「……?」
「誰かに説明する体でいた方が、俺に起きた出来事を……、俺の現状を思い出せるってことです」
「それはつまり……」
「なるほど、そうだったなぁ。俺はこれから無手の野郎と闘わなくっちゃいけなかったなぁ」
そして、何かを思い出さねばいけなかった。
大晃はそうは言わなかったが、男にはそう続けたように思えた。
何かを思い出す為に、これからの闘いのキーを思い出す為に、大晃は話をしていたようであった。
「……さてと、俺はもうそろそろ行きますよ」
男は護送車を降りていく、大晃をただ見送った。
何か、とんでもない瞬間に立ち会ったような気がしていた。
男は見届け人になった気分になっていた。
「幸運を……」
男は衝動に突き動かされるままに、腕を動かした。
取っていた姿勢は敬礼の姿勢だった。
大晃は振り向いた。
男が見たのは大晃の笑顔だった。
哀しい笑みであった。
その笑みで子供のように顔を歪めて大晃は歩き出した。
大晃は片腕をあげて、車を降りていった。
大晃は廊下を歩いている。
長い廊下だった。
しかも、コンクリートの壁を蛍光灯が照らすだけの殺風景極まりない、廊下である。
歩いて行くうちに自然と気が滅入ってもおかしくない、風景だった。
今、二人が歩いている場所はどこであろうか。
大晃が護送車を降りたのはIS学園の地下であった。
地下の駐車場で降りて、駐車場の扉の先にこの廊下はあった。
つまり、二人はIS学園の地下を歩いていることになる。
IS学園の地下……。
そこには何もないはずであった。
無論、生徒の避難用に施設は用意してある。
IS学園のパンフレットを見れば、そこでは多目的ルームとして紹介されている。
その避難用の施設が、無手の退治に役に立つはずもない。
しかし、二人はIS学園の寮や校舎、グラウンドの下を歩いて、その先にあるものを目指しているのである。
そして、それは無手との闘いに必要なものである。
それは間違いなかった。
であるのならば、答えは限られてくる。
公式に発表されていない研究施設が、IS学園の地下には存在している。
その研究施設に無手撃退の鍵があるのだ。
通常では知り得ぬことのできない施設が、この先にあるはずであった。
「大丈夫か?」
「ええ」
二人は黙々と歩いて行く。
特筆するような会話はない。
千冬が時折、大晃の様子を確認する。
作業のようなものだ。
そして、大晃は表情を変えない。
ただ、静かに感情を、己を沈めて歩いている。
この廊下の先に何があるのか、大晃は知らない。
なぜなら、情報の漏洩を恐れた対策チームが、大晃へと情報を漏らさないことを徹底しているからである。
IS学園の地下に目ぼしい施設がないことを知ってはいるだろう。
公表されていない施設があるかもしれない、というぐらいのことは考えているのだろうか。
大晃の様子から伺い知ることはできない。
静かに、目を閉じている。
「安城、着いたぞ」
大晃が目を開ける。
そこには巨大な空間が広がっていた。
「こいつはすごいな……」
ドーム状に空いた空洞に、すっぽりと収まる建築物があった。
周囲から無数のコードと管が中央に向かって伸びている。
中央でぶつかり合ったそれらが天へと盛り上がり、天井すれすれまで届くタワー型の建築物になっていた。
「来たか……」
「そのようね」
そして、そこには意外な人物がいた。
金髪の女性が二人。
その二人に大晃は見覚えがあった。
大晃は驚きをゆっくりと吐き出すように、二人の名を呼んだ。
「オータム、それに、スコールかい」
「驚いたか? 糞ガキ」
「ええ、それはもう十分に驚いていますよ」
第2回IS学園トーナメント。
そのときに起こった襲撃の騒ぎの最中、自らIS学園へと下ったオータム。
そして、襲撃の実行犯として捕らえられたスコール。
二人は亡国機業の工作員、兼、戦闘員でもある。
その二人と大晃は敵対関係にあったはずであった。
大晃を助ける理由などは本来ないはずである。
だが二人はここにいる。
それはつまり、この二人がかなり深い部分で今回のことに関わっていることを意味していた。
それは余人には分からないことだろう。
しかし、大晃は僅かながらに察していた。
『あなたなら永遠を手に入れるかもしれない』。
先の襲撃時のことである。
簪に打ち倒されたスコールがそう言ったのである。
そして、大晃は直接ではないが、人づてでその言葉を聞いていた。
永遠。
その言葉が何を指しているのかは不明だ。
ただ、もし、それがこれから起きることに関係があるのだとすれば。
スコールにとって、大晃と無手の間に起きているせめぎ合いを見ることには、意味があるのかもしれなかった。
「……そんなに俺のこれからが気になりますか?」
大晃の言葉にはそういう含みが明らかにあった。
これから、起こることをスコールはどういう心境で待っているのか。
それを知ることには大きな意味がある。
「あら、心配かしら? 私が味方のふりをしてここにいるのではないか、と……」
スコールはもともと敵である。
その敵がどういう想いで力を貸してくれているのか?
まさか、足を引っ張る相手をここに呼ぶほどIS学園も甘くはないだろう。
それでも、万が一ということもある。
「くっくっく」
「何がおかしいのかしら?」
「今さらそんなことを気にはしていませんよ。ただ、気にはなるんですよ。
俺のこれからの闘いがあなたに何をもたらすのか……、俺はとても興味がある」
「……なるほど、質問ができるくらいには元気なのね。これは楽しみだわ」
「楽しみ?」
「私の望みが叶えられるかもしれないってことよ……、特別に教えてあげるわ」
スコールは大晃へと近づいた。
色気のある動作で耳へと口を当てる。
小さな声で呟いた。
「復讐よ」
「復讐?」
「そう。私は全てを奪われたのよ、家も財産も……、恋人さえもね」
スコールのヒソヒソ声につられて大晃もまた小さく呟いた。
「だから、私は『永遠』が欲しいの。同じステージに立てば奪い返せるかもしれない」
そして、スコールは微笑んだ。
「『あいつ』から全てを、ね」
言い終えてから、スコールは大晃から離れていく。
復讐の為に『永遠』を必須とする『あいつ』。
亡国機業のスコールのさらに上の地位にいる、幹部、あるいは首領。
もしくはさらなる敵対組織に所属する、もしくは、それを束ねる人間。
いくらでも推論は立てられたが、それが如何なる存在なのかは不明だ。
それが誰であるのか知っているのは、この場ではスコールただ一人だけだろう。
「そろそろ、いいだろう。『端末』へ案内してくれ」
「了解しました」
頃合いを見計らって、千冬が言った。
スコールは恭しく頷いた。
『端末』の場所は思いのほか遠かった。
スコールとオータムと顔を合わせたのは、この空間の入り口である。
そこから『端末』へと移動しているのであるが、まだ着かないのである。
案内が始まってから、もう十分経っているが、まだ端末にはついていない。
異様に大きな空間である。
空間自体もそうであるが、その空間を貫くようなタワーも大きい。
あまりの大きさに距離感がうまく働かないぐらいである。
大晃は黙々と歩いた。
IS学園に着いてから、かなりの時間が経っている
焦りの気持ちがあってもおかしくない。
大晃はそういうものを決して表に出さなかった。
そして、ついに、中央のタワーに着いた。
スコールは苦笑して、言った。
「ここが入り口よ」
「……」
「ここから、またちょっとだけ歩くわよ……、悪いわね」
タワーの中に入った大晃が見たのは、またしても空洞だった。
上だけでなく、下にも空洞は広がっていて、その空間をつなぐように巨大な橋が架かっている。
大晃が入った入り口はこのタワーの橋の上に出ていた。
機械の駆動音が、低く響いている。
元より、低い振動音はあったが、ここに来てそれが強くなっているのだ。
この巨獣の内部のような空間。
管がびっしりと周囲を囲んでいるこの施設は生きているように鳴動しているのである。
無数の機械が、機関が、駆動して立てる音が一つの響きなって、空洞を満たしているのである。
その響きが一際強い、タワーの内部。
そこはこの施設の心臓部に近いはずだった。
「私たちの目的地はあそこよ」
そして、スコールの指がさした先にそれはあった。
丸い筒だった。
金属でできたメタリックなボディにガラスが付いていて、そこから中の様子が見えるようになっている。
それが七つ並んでいるのだ。
大晃の口が吊り上がった。
「ふうん、あいつらも来ているのか」
織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪。
一夏たち専用機持ちの七人がそこにはいた。
すでに覚悟を決めていたのであろう。
大晃の変わり果てた姿を見ても、動揺こそしていても、取り乱しはしていなかった。
そして――、
「久しぶりじゃのう」
「じいちゃん」
大晃の育ての親。
金子昇。
彼はISの研究者だ。
一般的な知名度は低いものの、その道に携わる者であれば知らない者はいない。
ISの装甲に使われる特殊な金属の開発、及び、生産法の確立。
PICの発展的な理論。
ISコアの自我の発見と交信方法に関する論文。
それらが金子の功績である。
その金子が大晃の為に一肌脱いで、無手の撃退の陣頭指揮をとったのである。
いや、その表現は正しくない。
「ずいぶんとまあ、でかい箱を作りましたね」
「全くじゃ、お主のせいじゃぞ……、ここ何年かあまり、銭をたっぷりと使い込んでしまったわい」
「と、言いますと」
「もとから、ここはIS学園の研究施設だった。目的はISコアネットワークの分析とそれを利用した仮想現実の実用化。
五年ほど前、儂はここに目を付けて、話を持ちかけた。儂に研究の手伝いをさせて欲しい、とね」
五年前。
大晃と無手の出会いが果たされたのが七年前なので、金子がIS学園と関係を持ったのはその二年前ということになる。
「なるほどね、先生の言ってることが呑み込めてきましたよ」
「まあ、主の為だけではない。この施設が生み出す研究結果は、ISの発展に大きく寄与するだろうからのう」
無手の対策。
その為だけに作られたにしては施設の規模はあまりにも大きい。
しかし、それがもっと先のことを見据えていたらどうだろうか?
例えば、未だに実用に至っていない仮想現実を発展させるものだとすれば?
その仮想現実を利用してISのコアに潜む自我と接触することができるとすればーー。
今までコアの性格や好み、それらの傾向を成長図から読み取っていた。
業界のやり方が一新される可能性を秘めている。
しかも、今あげた一例も、この施設にかかれば用途のほんの一部に過ぎないのだ。
維持費と建設費が莫大だが、やり方さえ間違えなければ大きな利益を生みだすだろう。
「中々、ワクワクする話ですね。この施設が何を生み出していくのか……、実に興味深いと思いますよ」
「じゃろう?」
「なるほど、生き残らなくちゃいけない理由が増えたってわけですか」
「そういうことじゃ」
大晃はとにかく楽しみたがりである。
その楽しみの中心にあるのは闘いであるが、別に闘い以外を楽しめない男ではない。
ただ、己に起きるどの様な経験すら楽しみとして己に取り込むだけなのである。
己に起きた痛みや哀しみすらも、楽しみの種にしている節すらあった。
そんな大晃がこの研究施設の話を聞けばどう思うだろうか?
当然、気になる。
楽しくて仕方がなくなる。
だから、大晃は生き残る。
生きなければ楽しむことはできなくなるからだ。
金子の遠回しな言い方には大晃への激励が十分に詰まっていた。
二人の付き合いは長い。
もう、これ以上の言葉は不要であった。
不要のはずだった。
「大晃よ」
「……なんだい、じいちゃん」
「生きて帰って来いよ」
大晃は今変わり果てている。
肉は刮げ、眼は飛び出し、数百年の時を超えて蘇ったミイラすら思わせる。
そんな変わり果てた大晃の姿を見れば、流石に不安にもなってくるのだろう。
金子の声は僅かに震えていた。
大晃は笑った。
金子を安心させるように。
「ふふん。そう心配しないでくださいよ、絶対に死んだりしないですから」
大晃はそう言って背を向けた。
金子の返事も待たずに『端末』へと近寄った。
六角形に配置された『端末』中心に鎮座する、円筒の物体。
近づくとひとりでにそれが開いた。
中には椅子とヘッドセットがある。
「まずは椅子に座って……、それからそこヘッドセットを……」
大晃はスコールの説明に従った。
椅子に腰掛けて、ヘッドセットを装着する。
大晃の視界から光が消えた。
ただ、音だけが耳から入ってくる。
「楽にしなさい」
スコールはそう言って、『端末』を閉じるボタンを押した。
空気圧で動く機構が働き、プシュッと音を立てて、扉を閉じる。
その音の上から大晃は確かに聞いた。
「俺たちも後から行く。お前は独りじゃないからな」
ヘッドセットから晒された口が僅かに、動いた。
それから十秒ほどが経って、大晃の意識がここではない何処かへ、己の内側へと飛んだ。
生えている木々は枝に一つも葉を付けていなかった。
幹にも黄土色の斑点が染みついている。
地面も酷かった。
ぐちゃぐちゃになった土砂状の土は、泡だてた洗剤の気泡なようなものが浮いている。
極太の、幹の中に入り込んで宿とすることすらも可能なほどの、豊かな大木。
それらの周りにあった、苔が茂る、曲がりくねった樹木と、それらが枝につけた葉が堆積して生まれた土。
そのまま手で掬って飲んでしまえるほど清らかな、ささやかな水の流れ。
かつてあった霊峰の奥地に匹敵する光景は微塵も見られない。
木は病み、土は壊れ、水は腐る。
今や、腐臭に溢れる、凌辱された大地のみがそこにあった。
「やれやれ、とんだお転婆だな……」
この世界に降り立った大晃は他人事のように呟いた。
枯れ木のようだった腕は筋肉でパンパンに膨れている。
首も、胴体も、脚も、太ももも、筋肉の太い束が包み込んでいるのである。
巨大なクレーンを動かすワイヤーを思わせるほどの密度を感じさせる筋肉である。
ここはあくまでも精神世界。
己の最大値をイメージできるのであれば多少のコンディションの悪さも軽減可能なのだ。
その大晃の前に一人の少女が現れる。
純白のワンピースに身を包んだ少女。
その正体は無手と呼ばれるISのコアである。
大晃の肉体と精神を蝕む病魔のような存在でもある。
その少女は不機嫌に言った。
「……思ったよりもしぶといのね」
この光景を作り上げた張本人にとってはまだまだ手ぬるいらしい。
白い髪を長く伸ばした少女が木の枝の上にいた。
足をぶらぶらと振って、鼻を鳴らしている。
「でも、まあ、良いわ……、それも今日で終わる」
少女は天高く飛んだ。
そして、着地する。
地面を濡らしている汚泥が跳ねて少女の純白のワンピースに染みを作った。
しかし、少女は別段気にしない。
所詮はイメージがモノを言う世界だ。
この程度の汚れなど無視できる程度のものでしかない。
その証拠に――、少女のワンピースには汚れ一つ付いていない。
この最悪な天候の下で、だ。
先ほどの汚れも、もう消えて無くなっている。
「やっと、あなたを私に作り変えることができる。『永遠』を手に入れて、私は行く」
少女に取って大晃なぞは目的ですらなかった。
目的の為の大いなる手段でしかなかった。
それを確認するように少女はゆっくりと歩いた。
大晃の前に立ちはだかった。
「『最果ての地』へと」
少女の言葉がゴングとなって、ついに、闘いは始まった。