――己を強く持たなければならない。
精神世界へとダイブする直前。
大晃の肉体を一つの命令が駆け巡った。
――己の全盛期をイメージしなければならない。
精神世界での闘い。
初めてであるにも関わらず、その方法論を知っていた。
己を最大化する。
それこそが勝利への道筋であった。
――思い出せ、全盛の俺を。
意志が一つの形を成していく。
その内側に意志の力を満たして、撓める。
熱された鉄を金型に流し込むのに近い作業。
それを大晃は為そうとして、気が付いた。
――できない。
そう、できないのである。
既に一か月以上、体感では無限にも近い時を過ごした大晃の肉体。
やせ細った肉体ははもはや大晃自身であった。
長い時が、苦闘の日々が、変異不能なほど己のイメージ定着させてしまったのである。
ならば、方法は一つしかない。
――いっそのこと、忘れてしまえ。
記憶の消去。
デメリットばかりの手段。
大晃はその手段を使わざるを得なかったのである。
――お前さん方、何て眼で俺を見るんだ。
一夏が、箒が、セシリアが、鈴が、シャルロットが、ラウラが、簪が、束が、オータムが、エムが、スコールが――、
そして、金子が、千冬が、堕ちゆく大晃を見下ろしていたのである。
何かを問うような視線だった。
きっと何かを問われていると思っていたからこそ、そう思ったのだろう。
何故なら。
――そうかい、俺はお前さん達すら忘れてしまうのかい。
大晃は哀しく笑った。
手を広げて仮想空間へと堕ちていく。
その間に、名残惜しく、苦闘の記憶を放り投げた。
様々なものを道連れにして。
無数の輝きが仮想現実へと降り注いだ。
人は自由に記憶を操ることはできない。
覚えていたいことを忘れてしまうこともあるし、反対に、忘れたいことをいつまでも覚えていてしまうのが人だ。
嫌なことほど忘れられない。
だから、その嫌なことを忘れる為だったらいくらでも金を払う。
そういう人間だっているのである。
だが、それは物事を受け止めきれない人間の話である。
もし、あらゆる物事を己の経験として、血肉へ変えられるのならば、そもそも邪魔な記憶など存在するはずがない。
全ての物事が己を形作ることを当人が知っているからだ。
大晃という人間はおおよそそういう人間のはずである。
己に降りかかったあらゆる不幸でさえも、貪欲に取り込む男である。
そんな男が記憶喪失などなるわけがない。
一夏はそう思っていた。
「大晃? お前、何、冗談言っているんだよ?」
「……」
二人は今、土砂降りの雨の中、腐ったぬかるみの上を走っている。
無手の放つ精神の波動。
それから逃れながら二人は今、仮想空間を駆け巡っているのだ。
大晃はたっぷりと時間をかけてから、答えた。
「今まで気づきすらしなかったが、俺は記憶喪失というものらしい」
「何!?」
では、まさか、俺のことも忘れたのか?
一夏は真っ先にそう思って。
いや、そもそも、どこまで覚えているのか?
一体、何が原因で、忘れたのか?
疑問が次々と湧いてくるが、一旦脇に退けた。
考える暇はない。
必要なことを済ませなければならない。
それにである。
現状はそう悪いものではなかった。
仮想現実へと降り立ってすぐに大晃と会えたのは幸先が良いと言えるだろう。
転送の座標は完全にランダムだ。
何が作用して、どこへと辿り着くのかは未知の要素が大きいのだ。
運が良かったからこそ、こうして本人から異変について直接訊くことができる。
そう思うことにした。
「まずは、確認するぞ。俺はお前の味方だ。お前を助ける為にこの仮想空間へと遅れてやって来た。あと五人、この仮想空間内に転送されているはずだ」
「ほう」
「俺の名前は織斑一夏……、この名前に聞き覚えはないんだな?」
「ああ」
「それで、まず、一つ質問がある。大晃、お前、ちゃんと闘えるのか?」
「問題ない」
「血が出てるぞ?」
「こんなものは怪我の内にも入らんよ。俺はまだまだ、闘い続けることができる」
闘えるのか、闘えないのか。
大晃は記憶を失ってこそいる。
しかし、本能に根ざす闘争への欲求。
欲求から生じる、闘争への対応。
無手との闘いは、当面の所、問題はないようだった。
その証拠に、大晃はすでに己の状態を察知し始めていた。
「現実での、俺の身体はどうなっている?」
「え?」
「……かなり、ボロボロになっているんじゃないか?」
一夏の戸惑う様子を肯定と捉えたのか。
大晃は静かに語り始めた。
「俺に残されている記憶は、かなり少ない。この闘いに赴く経緯は大体把握できる。
だが、俺が今まで経てきたはずの闘いの内容を思い出せない。その相手の顔も、名前もな。
特に、この一ヶ月の記憶はスッパリと抜け落ちている……」
「何故?」
「これは予想になるが、俺は記憶を自ら放り投げたのだ。
仮想現実内でベストコンディションの肉体を構築するには、『邪魔』だったんだよ。直近の記憶がな」
「……」
「恐らく、俺の記憶はこの仮想現実内に散らばっているんだろうな」
記憶を無くしたのか。
それも自分自身から――。
一夏は信じたくなかった。
どのような記憶ですらも受容し力に変える。
その姿勢こそが大晃の根底にあるものである。
それが変わる、つまり、もし一ヶ月間に及ぶ無手の責め苦が大晃の在り方を変えてしまったのだとすればーー。
一夏の思考が突如遮られていた。
大晃が言ったのである。
「お前さんは行きな、ここは俺が食い止める」
「お前一人で闘うつもりなのか!?」
「無手との決着は俺がつけねばならない」
「だからって――」
「一夏……お前さんも含めて援軍が六人いるわけだ。都合が良い」
大晃は水しぶきを上げて、立ち止まった。
振り返ったその正面には、撓んだ空間が迫っている。
無手の放った空間を穿つ衝撃波、『竜』だ。
「喝ッ!」
「――なぁッ!?」
衝撃波が引き裂かれていた。
強い力を中心に受けて、変形し、それでも耐えきれず、霧散していくようであった。
一夏は見ていた。
大晃が腰を落とし、『竜』へと正拳突きを放つのを。
「お前さんらでは無手へと触れることすら出来ないだろう」
「なんだって?」
大晃は技を出し終わってもまだ、虚空を眺めていた。
雨で見えない、その向こうから無手が追ってきて居るのを感じているらしかった。
「位相が違うんだよ」
「位相が?」
「一夏、お前、俺に触れることができるかどうか試してみな」
一夏は大晃の背へと手を伸ばした。
指が大晃の肩にめり込むも、手応えは全くない。
「これは!?」
「もともと奴は俺の精神に巣食った生き物だ。奴に触れることができるのはこの俺、ただ一人だろう」
「……ッ」
一夏は歯を噛んだ。
一緒に無手と闘うつもりだったが、それも相手に触れることが出来なければ不可能だ。
自分には何も出来ないのか?
俺は何も出来ないのか?
いや、それならそれで何をやればいいのか、考えれば良いだけのこと。
そういう場合もどうすれば良いのか、一定の指導を受けている。
そして、一夏が考えるまでもなく、それを知っているものがここに一人いた。
「俺の記憶を探し出してくれないか?」
「何? だが、お前は記憶が邪魔で捨てたんじゃ無かったのか?」
「俺が記憶を捨てたのは俺の未熟によるものだが、今は違う」
「どう違うんだ」
「一度、己のイメージを確立してしまえばこっちのもんってことだよ。それにこの感覚は良くない」
「感覚だって? まさか、調子が悪いんじゃ」
「記憶がないとな、いけないよ。今の、俺の身体は見てくれは立派だが空っぽの空洞みたいなんだよ。立派なガワだけじゃあいつに応えられない」
未熟。
大晃が己のことをそう言った。
当たり前ではないか、と一夏は思う。
大晃はまだ高校一年生だ。
まだまだ、これから強くなる途上にある。
一夏は苦笑する。
その当たり前を受け止めていなかったのは自分ではないか、と。
ひょっとしたら、大晃は変わったのかもしれない。
一ヶ月以上受けた責め苦は想像も絶する苦しみに違いない。
その苦しみが大晃を変えた。
だが、それがどうしたのだろうか?
大晃は変わった自分を受け入れている。
変わってしまった自分自身の未熟を受容している。
ならば、大晃は変わっていないのだ。
未熟、という言葉に、妙な安心感を抱いて、一夏は決心した。
一夏は足を踏み出す。
その方向は大晃でも無手でもない。
「安心したよ。お前、何も変わっていないんだな」
「頼んだぜ。俺の記憶を『六つ』見つけ出して、『砕くんだ』」
「『六つ』? 本当に『六つ』なんだな?」
「そうだ」
「分かった、承知した!」
別れ際にそれだけを語り、一夏は駆けて行った。
それを見送る大晃の正面に一人の少女が現れた。
「あら、足手纏いはどこへ行ったの?」
「さあ、俺に変わって大時なものを探してくれるんだそうな」
「大事なもの? 不要なものの間違いじゃないの?」
「何故そう思うんだい?」
無手は笑った。
無邪気な笑みであるが、裏にあるどす黒さが滲み出ていた。
「あなたはこの一ヶ月間、ただ惨めに耐えているだけだった。子犬のようにね」
「……ッ!?」
「あなた、自分への責め苦を思い出して、闘えるの? あなたにとって価値のない時間だったと思うけど」
言葉が引き金になった。
大晃の意識が一瞬だけ飛んだのである。
よく分からない、声が、大晃の中だけで鳴り響く。
――違う、俺は闘っていた。ただ、耐えていたわけではない。
その声に揺さぶられて、大晃がふらりと揺れたのだ。
大きな衝撃が大晃にあった。
「あら? ひょっとしたら、何か『思い出してはいけないこと』でもあるのかしらね」
無手の言葉に大晃は答えない。
己の奥の奥にあるものが自身を揺さぶり、一瞬の朦朧した状態へと陥る。
無手の言葉は当たっていた。
大晃は瞬間、おぼろげながらに思い出した。
だが、それは、今、ここで思い出すわけにはいかないことだった。
無意識が自身を揺るがしてしまうほどに。
「まあ、これではっきりしたわ……あなたが記憶を取り戻したとしても、私には勝てないことが!」
無手が獰猛に飛びかかった。
「どういうことなのよ、一夏! 記憶を探して、砕けだなんて!」
仮想空間内を走り抜ける一夏を怒鳴る声があった。
今、一夏は虚空にコンソールを開いている。
その画面の中で鈴が怒鳴っていたのだ。
今になってようやく通信が繋がったのである。
大晃には繋がっていないが、これはしょうがないだろう。
「大晃が言っていたんだ! 俺の記憶を見つけ出して砕いてくれとな!」
「無手と闘うんじゃなかったの?」
「ああ、そのつもりだったが、それも無理らしい。俺は、いや俺たちは無手に触れることもできないらしい」
「本当に!?」
「ああ、その証拠に大晃の身体に触れることが出来なかった」
ここで言う、身体とは大晃のイメージのことである。
だが、いちいちそれを言うのも面倒だから、一夏はそれを省略している。
「どうやって、探すつもりなの?」
「幸い、俺たちは六人いる。担当の区画を決めて、その中を探し回れば良い。
連絡はこうやってコンソールを開いてできるわけだしな。上手く連携できるだろう」
「分かったわ」
「箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、聞いているか?」
一夏が問いかけると鈴以外の全員からも了解の返事が返ってくる。
「そういうことなら、私も力を貸せそう」
「簪?」
「今、仮想空間のマップが生成できそうなの。……その途中でね、六つほど特別な反応をキャッチしたの」
「本当か!?」
「うん、これから皆にマップのデータを送るから、コンソールを確認してみて」
コンソールの画面に赤い点が付いた文字列が現れた。
仮想空間のマップ。
それを指で軽く触れた。
すると、地図が広がった。
無数の高低線。
標高の高さを表現する線が起伏に富んだ地形を想像させる。
「開いたぞ」
「仲間の位置は表示されてる?」
「ああ、大晃と、無手の位置までも分かるな」
点から、線が伸びていて、顔写真と名前のセットが終点にあった。
「記憶の位置も分かるのか?」
「ええ」
同じように、簪が見つけ出した六つの反応も一から六までナンバリングされて、地図上に表示されていた。
もっとも、まだ確定ではないため、不明を意味する『アンノウン』となっているが。
「なるほど、各自、自分に近い位置にある物を狙えばいい、という訳だな。私の場合は一番か」
「だったら、私は二番ね」
「わたくしは三番」
「僕は四番」
「私は五番だ」
「俺は六番か」
それぞれが、それぞれの標的を定めて、動き始めた。
失った記憶。
それはどうやら無手の打倒に必要不可欠のようだった。
IS学園側もそれは把握している。
だが、果たして記憶を取り戻すことが、プラスに働くかどうかは不明瞭であった。
というのも――、
「本当に良いのかな? だいちゃんの思い出が元に戻っちゃっても?」
束がくすくすと笑っていた。
その理由は大晃が陥っている現状にある。
「だって、だいちゃんはベストコンディションのイメージを固める為に敢えて色々なことを忘れたんだよ?
慌てて動くのは良いけど、ちょっと、考えが足りないんじゃないの?」
今、大晃のイメージは最高の自分自身を想像できている。
記憶の欠如により、最高とはいかない状態であったが、悪くはなかった。
現状、大晃の体調は最悪である。
その状態が仮想世界内に反映されれば、果たして大晃が闘えるのかどうか……。
誰にも判断がつかないことであった。
「あの、本当に安城君の記憶を取り戻す方向で進めても大丈夫なんですか?」
「ああ、それ以外に方法はないのじゃ」
では、他に方法があるのか、と言われればない。
無手の仮想空間の掌握能力は想像以上で、助けに行った六人も手出しはできない。
大晃が記憶を取り戻し、かつ、最高のコンディションを維持することを期待する他に方法はないのだ。
「ま、良いけどね。そもそも、私ですら制御不能の問題児を、私以外がどうにかしようだなんてのが、どうかしてるんだよ」
天災と呼ばれるだけあって自由な物言いをする束。
それを止める余裕は他の者には無かった。
予想外の事態に、金子もスコールもオータムも、動いている
喧騒の中、束は一人、静かに笑うのであった。
土砂降りの雨の中、六人は各々の目標へとたどり着こうとしていた。
「むぅ」
まず、一番乗りしたのは、例によって一夏だった。
目的地の付近を見てみれば、そこには直径二メートルほどの岩が浮いている。
荒縄が巻いてある、岩であった。
マップ上で表示されている記憶の座標と同じ位置だ。
これが『大晃の失われた記憶』の一つであることは確からしかった。
「……これを砕けばいいのか?」
「ええっと、ちょっと待って……、うん、どういう方法を使ってもいいから、それを壊せばいいよ」
「分かった」
一夏は大きく振りかぶった。
大上段の構え。
振り下ろすだけのシンプルな構え。
この構えから繰り出される斬撃こそが必殺の一撃であった。
「じゃあ、いくぜ……」
呼吸を数度整えて、一夏は跳んだ。
一度の踏み込みが数メートルはあった距離をゼロにした。
振り下ろされる刀は太刀筋を見ることすら叶わない。
刃は岩へと潜り込み、嘘のように綺麗に両断した。
「なんだ、これは……」
岩をも両断する、見事な技。
会心の笑みを浮かべても良さそうなものであったが、どうも様子が違った。
一夏は振り返ると両断した岩を注意深く見つめたのである。
まるで、岩が自ら割れて、その虚空を刃が通っただけのような。
それほどまでに、唯の素振りと何も変わらないとしか思えないほどに、何の手応えもなかったのだ。
何かある。
一夏はその直感に従って、動いていた。
両断された岩は小刻みに震え始めた。
本格的な地震が始まる前の余震で揺れる家具が本格的な地震の到来を予感させる。
それと同じように、何かの始まりを思わせた。
「むっ!」
二つに別たれた岩は一つに寄り集まり、形をくねらせた。
アメーバが身体を動かすのに似た、その動きは一つの終着を迎えた。
腕が伸び、脚が伸びて、大まかな形が整い、さらに細かいディティールまでもが再現されていく。
その正体とは如何なるものか。
「なるほど、俺自身が相手か……」
一夏は理解する。
姿を変えた記憶は、一夏の姿かたちをそっくりそのままに変形させた。
その意味は一つしかない。
「……織斑君。どうやら、最初に触れた人間に反応して姿かたちを取るらしい」
「俺の姿をしているのは、どういう理屈だ?」
「無色透明の記憶自身が、触れた人間に応じて、適した姿を取るってことだよ。
織斑君の記憶が、無色透明の記憶の中に一夏が溶け込んでいたからこそ、織斑君の精神に強く反応したってことだね」
「……」
「どうやら、それを倒すことが、安城君の記憶を蘇らせることに繋がるみたい」
「なるほどね」
一夏は視線を再び、自らを模倣した記憶へと注いだ。
眼孔から、肉付き、纏っている白式の姿までもが全くの同一。
そこから読み取れるのは大晃の記憶の正確さ、そして、細部まで再現するに至った思い入れの強さである。
体温が上がった。
仮想空間内という条件がどのように左右するかは分からないが、大晃が思い描く、一夏がそこに存在しているのだろう。
それを知るということは、大晃が己をどう感じているのか、を克明に感じることに繋がるはずだ。
ならば、見せてやる俺がどれほど強くなったのかを。
「ふふん、この私を真似ているのか、こいつは……禅問答のような闘いになりそうだな」
同時刻、同仮想世界の、別の五つの座標で同じことが起こりつつあった。
箒は赤椿を装着した、自身と相対している。
気負いは全く見られない。
両手に持った刀を箒は自然体だ。
手にした刀の重みに任せるままに、両手を下げているのだ。
剣の道を邁進する箒は、遂に、達人の域へと昇り詰めようとしている。
その心も、技も、体にも、不足はない。
「あらあら、このわたくしがここまで再現されているとは……、どうやら、大晃さんはわたくしを随分と恐れているようですわね。
もっとも、当然の話ではありますが」
傲慢不遜の域にまで達した物言いは、セシリアには似合っている。
機体性能を極限までに引き出した成長は、もはや、別次元にまで到達している。
セシリアは位の違いを見せつけるように記憶が再現した自身の姿を見下した。
確かに、自分自身は厄介だ。
その技量が同程度であれば尚更に。
しかし、セシリアにとっては瑣末なことだった。
闘いで追い込まれた、その土壇場こそが己の成長を促すことを、セシリアはIS学園で学んでいたからだ。
「セシリア……、自惚れが過ぎるんじゃないの?」
鈴はいつもと変わらない。
大晃から受けた影響は一番少ない。
闘いが最上という価値観ではない鈴にとって、闘いはさっさとこなす程度のものである。
ただ、負けん気の強さはある。
それに付随して戦闘能力は極めて高く、スタイルこそスタンダードであるが、それだけに対応が難しい。
舐められてたまるか。
そういう、いつもの調子で、鈴は戦いに挑む。
「大晃、すぐに助けてあげるからね」
そんな中で一人気負っている者がいた。
シャルロットは大晃に色々と思うところがある。
スパイとして大晃に近づいたシャルロットは、嘘をすぐに見抜かられた。
だが、大晃はIS学園にスパイとして突き出しはしなかった。
大会でシャルロットと闘いたい、という理由で庇ったのだとは本人の弁だが、それだけでは無いだろう。
ただ、その言葉には異様な力がこもっていて、シャルロットは結局大晃に庇われるがままだった。
一時は同じ部屋で寝泊りもしていた。
だから、色々、思っているのだ。
友達として、そして、――。
ともかく、救ってやりたかった。
「あまり、気負うなシャルロット。お父さんは自分で選んだ道を進んでいるだけなのだから」
ラウラにとって、大晃は敬愛するべき父親であった。
IS学園決勝戦で試合をした時、いや、一回戦の時からずっと大切なことを学んでいた。
それは闘う者が必要とする心だ、とラウラは今になって思っている。
タッグで闘う。
それはつまり一人では闘えないことだ。
自然と連携を取って闘う事になる。
ラウラはそれを最初、弱さと断じていた。
一人では闘えない、弱者の選択だ、と。
大晃が一人で大会に参加していることが、その思いに拍車をかけた。
その考えが変わったのは、対戦相手の悉くが強かったからだ。
力だけじゃない。
例え、力で劣っていても、戦術と奇策でそれを埋めようとしていた。
そして、その根っこにあるのは心である。
心が弱ければ力の差を覆すという、考えが浮かんでも、現実に圧されてたやすく折れてしまう。
決勝戦で大晃に負けそうになった時に、現れたブリュンヒルデ・トレース・システム。
通称、VTS。
その誘惑を断ち切ることができたのは、そういう心の強さに気がつけたからだ。
尊敬の念。
闘いの中で芽生えた感情は、ラウラの性向と合わさって、父親へと向ける感情へと昇華された。
父親が死ぬのは嫌だ。
しかし、父親が自分の道を行くことの方が大切だった。
だから、ラウラには悲観的な気持ちは全くない。
父親の進むべき道を守る、という前向きな気持ちがラウラを動かす原動力であった。
「行くぜ……っ!」
一夏はのっしりと自らの相手に近づいて行く。
ゆっくりとした動きの中には、いつでも素早い動作に移行するための撓みが見て取れた。
一夏は大きく息を吸った。
そして――、
「おおおおおおっ!」
「おおおおおおっ!」
一夏は吠えた。
相手も吠えた。
互いに呼応し合い、闘いは始まる。
闘いが始まったのは六ヶ所同時だった。