超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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56話、隠されていたもの

 あり得ない。

 それが無手の抱いた最初の感想だった。

 闘いは今決着を迎えようとしていた。

 無手の勝利で。

 その勝利を彩ろうと、大晃の歪んだ顔を眺めてやるつもりだった。

 しかし、その表情にあるのは突きつけられた敗北に絶望する顔などではなく。

 逆転へ向けて打った布石を開示する間際に見せる愉悦の表情。

 まだまだ続く闘いへと胸を焦がす勝負師の顔を見せる大晃に募る言い知れない不安。

 自分が負けるかもしれないという想像を打ち消す為に、無手の心があり得ない、と叫んでいる。

 

「ふふん、ハッタリのつもり? ちょっとびっくりしちゃったけど、よく考えてみれば何のことはないわ。

 だって、あなたが何を考えていたとしても、私の優位は崩れないのだから」

 

 どうでも良いことをベラベラと喋りながら、無手は現状の把握に努める。

 大晃の手札に逆転へと繋がるものがあり得るだろうか?

 無い。

 ダメージは多く与えてある。

 大晃が逆転を狙うのならば、一撃たりとも受けることすら許されない。

 反対にこちらは受けた攻撃も少なく、多少あちらの攻撃を受けても問題ない。

 もし、有るとすれば失った記憶を取り戻したことによる戦力の上昇という手段のみ。

 しかし、それだって復元したところで足枷にしかならない負の記憶のはずだ。

 ならば、問題はない。

 

「じゃあ、現実を思い知らせてあげようかな」

 

 無手は雷光の速さで大晃に詰め寄った。

 懐に潜り込んだ無手は右の拳を打ち出す。

 大晃はそれを左手で弾いて、反撃を開始した。

 大晃は両手両足を用いたラッシュを無手へと放つ。

 

「ッ!?」

「そうそう、そうやって必死にならないとねぇ!」

 

 だが、無手には全て見えている。

 大晃のフェイントを駆使したラッシュはマシンガンの速射性とミサイルの威力を併せ持っている。

 並みの達人では押し潰されてしまう絶技。

 そのラッシュですらも無手は当たらない。

 時折、パリィと防御を繰り返しはするものの、それ以外では触れることすら叶わない。

 無手はほくそ笑む。

 一ヶ月に及び敵の触れることすらできない位置から攻撃し続ける慎重さと相手の反応から何もかもを吸収する貪欲さ。

 その二つの属性を兼ね合わせた優れた戦術。

 優れた戦術こそが優位を生み、優位に立つからこそ相手を蹂躙することが許されるのだ。

 そう今の私のようにね――。

 

「さようなら。悪あがきにしては悪くなかったよ」

 

 そして、より一層冷めた目で大晃を見下ろした。

 未来の映像が鮮明に映った。

 突きと蹴りの間に生まれる明確な隙。

 こちらに放ってくる右の突きは鋭くこちらの顔面にまで伸びている。

 恐らくは焦れた大晃が逆転の望みを賭けて放つ渾身の突き。

 しかし、その突きにはカウンターを狙える程度の小さな綻びがある。

 もし、万全の状態だったら、その綻びは生まれなかったに違いない。

 やはり、一ヶ月かけて大晃をいじめ抜いたのは間違っていなかった。

 お陰でこうも楽に勝利をつかめる。

 それも相手の渾身の一打を上回るというシチュエーションで。

 大晃は予知通りに右拳を放った。

 その動きは予知と一分のズレはなく、想定していたタイミングで放たれてきた。

 無手はカウンターを狙って、右拳の突きを放った。

 その結果、訪れるのは完璧な勝利。

 

「だったら、もうちょっと付き合っていきなよ」

 

 ――のはずだった。

 無手が見たのは、頭部を打ち抜かれて絶命した大晃ではなかった。

 こちらと同じように会心の笑みを浮かべる大晃の姿であった。

 変化が起きる。

 幻視よりも僅かに、数センチほど大晃の拳が伸びたのだ。

 脳が瞬時に別の映像を生み出す。

 それは大晃がカウンターを決めるよりも早い段階でこちらの頭部を打ち抜く姿だ。

 ほんの千分の一秒程度で生まれたこの変化に無手は混乱しながらも、素早く対応した。

 カウンターを諦めて頭を左に振った。

 前傾姿勢となり左へと抜けて距離をとった。

 

「……ど……どうして?」

 

 無手は抑えようとした。

 心の中にある黒々とした想い。

 言い知れない不安を。

 だが、不安は無手の口を、そこから放たれる言葉を容易に震わせた。

 

「おかしいかい? 俺がお前さんの予知を覆したことが……」

「ち……違う、出来るわけがない!」

「じゃあ、さっきのは何だろうか? ひょっとして俺が偶然お前さんの予知を覆したとでも思っているのかい?」

「そうよ! さっきのはただの偶然! たった一回程度の偶然で、調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 口から出てきた雄叫びはどこか悲鳴にも聞こえるが、とにかく、大晃へと突っかけた。

 あってはならないことが起きようとしている。

 それを察知した無手は形振り構わず攻撃を仕掛ける。

 先に動く方が不利だが、こちらには予知能力がある。

 例え、向こうが反撃を試みたとしても、予知により反撃の芽を摘むことは十分に可能。

 ともかく、こういう手合いは調子に乗らせてはいけない。

 自分の立場を思い知らせてやらなければ。

 後悔させてやるのだ、私を少しでも恐怖させたことを。

 ほら、大晃は左に防御を固める。

 ならば、私は右から攻撃を――。

 

「ガハッ!」

 

 だが、あろうことか大晃は防御など微塵もしていなかった。

 予知は寸前に変わっていた。

 防御から右拳の逆襲へ、と。

 左から貫かれた拳が顔面に無手に突き刺さる。

 チカチカと光が視界を埋め尽くす中、無手はどうにか立ち上がった。

 

「おいおい。なら、二度目は何だ? これも偶然だと本気で思っているのかい?」

 

 無手には大晃の言葉に応える余裕などない。

 ただ、自分の身を守るためだけに両腕を前に構えるので精一杯だった。

 そして、驚愕した。

 

「あなた……か、身体が治って……!」

「おや、ようやく気がついたのかい」

 

 大晃の傷が塞がっていっている。

 光が何処からともなく集まってきては肉体の欠損を埋めるように吸収されているのだ。

 

「まさか! 記憶が戻り始めているの!?」

「そうらしいな」

「だったら、なおさらあり得ないわ! だって、あなたは記憶が邪魔だったから、自分で捨てたのに……」

「なるほど、分からないのかい」

 

 大晃が捨てたのは本人にとって悪い記憶。

 復元がもたらすのは、精々、苦痛だけだ、と思っていたのに。

 記憶は力となって、大晃へと戻ってきている。

 無手にはその理由が分からない。

 大晃はそんな無手を見て笑った。

 

「なるほど、解説してやろうか」

「ふざけないで! 今、私たちは闘っているのよ!」

「まあいいじゃないかい。もう俺がお前さんの読みを覆せることはバレちまったわけだから、あまり変わらんだろうさ。

 こういう風に種明かしをするのは俺の趣味ではないんだが、これもまた闘いを楽しむためだ」

 

 大晃は開示を始めた。

 今まで、隠していた真意を。 

 

 

 

 人が誰かの言うことに耳を傾ける。

 日常的に行われるそういう行為が、戦闘中に起こりえるものだろうか?

 ただ、無手は戦闘中にも関わらず、大晃の言って聞かせるという行為を受け入れていた。

 今、自分が行動の起点としているよりどころが、もはや崩れ去ったことを悟ったのは原因の一つであろう。

 ただ二回のやり取りであっさりと優位を突き崩した大晃。

 これはそんな彼の立ち回りが生んだ一つの機会である。 

 

「そもそも、俺がお前さんの攻撃に気がついたのは、臨海学校の直後だ」

 

 大晃の言葉は広く拡がっていく。

 闘いを終えて集まっていた六人も、そして、モニターの前で闘いを見守る者たちにも声は自然と染み渡っていった。

 彼らの意識は大晃の経てきた道程へと向けられた。

 

「そう、お前さんを制限という鎖から解き放った瞬間から攻撃は始まっていた」

 

 臨海学校時に行ったIS機能の限定解除が無手の鎖を解いた。

 大晃がそういう認識を持っていたのだとしたら、それは正しかった。

 無手の監督者たる金子昇がガチガチに縛った鎖。

 それから解き放たれた時から、干渉は始まっていたのだから。

 

「俺には対抗手段がなかった。自力でこの精神世界を訪れるのは難しい。

 その時点で俺は諦めた。相手からの招待、もしくはじいちゃん、つまりは金子先生がここを訪れる手段を完成させる。

 その二つの内のどちらかを待つことにしたわけだな」

 

 金子は無手を警戒していた。

 鎖でがんじがらめにしたものの、いつか解き放たれて、悲劇が起こってしまうのではないか、という警戒である。

 その金子が無手に対する対抗手段を開発していることを大晃は事前に知っていた。

 育ての親でもある金子に期待が寄せられるのは当然のことであるし、結果、金子はその期待に応えて、IS学園の地下に研究施設という名の対策本部を設置することに成功する。

 

「待っている内に機会がやってきた。無手よ、お前さんが昏睡状態にあった俺をこの空間に招き込んだ」

 

 一ヶ月ほど前に一度この空間にやってきた大晃は無手とほんのさわり程度ではあるが、闘うことになる。

 

「いろいろと俺は考えていたが、一番困ったのはこの機会をどう生かすか決めることだった。待っていた機会がこうも簡単に訪れたんだからな。

 正直に言って、俺の心は揺れた。お前さんと決着を付けるのもアリと言えばアリだった」

 

 恐らくはもう二度とないであろう、絶好の機会。

 負ける可能性は有れども、勝つことも十分にあり得た、分嶺水。

 ここで決着をつけなければ、長く苦しい闘いが待っていることは目に見えていた。

 

「だが、それでも、俺は闘いを一ヶ月引き延ばすことを選んだ」

 

 だから、聴衆には分からない。

 大晃が延長戦を望んだ理由が――。

 

「その理由はひとまず置いておこう。話の流れには順序がある」

 

 しかし、まず語るべきことが大晃にはあった。

 この一ヶ月間、何をしていたのか?

 それが分からなければ話が見えてこない。

 

「俺はこの一ヶ月間、さらなる攻撃へと晒された。睡眠すら碌に取れない、苦痛と不快感に塗れた日々。

 その日々の中、無手よお前さんは俺の情報を集めた。

 なるほど、情報収集を兼ねた安全圏からの攻撃はお前さんの基盤を固める、有力な一手だったに違いない」

 

 ここまでは、無手が語ったことだ。

 問題はここから先に語られる内容。

 聞き耳を立てる者たちは一言たりとも逃すまい、と意識を集中させた。

 

「それがお前さんだけの特権だったのならばな」

「どういうことよ?」

 

 思わず声を上げるのは無手だ。

 異次元から攻撃と観察を行うのは精神生命体だからこそ可能なこと。

 それを、まるで自分でも可能だとでも言いたげな大晃の態度には、無手だけでなく聴衆全員が疑問を持った。

 

「なあ、痛みとはなんだろうか?」

「は?」

 

 唐突に話が飛んだ。

 痛みとは何か。

 そう聞かれればこう答えることはできるかもしれない。

 身体に不調が起きたこととその部位を知らせるシグナルの一つ、と。

 だが、どうやって話に関わってくるのかはいまいち見えてこなかった。

 大晃は聴衆を置き去りに、それでいて、自分の意図を掴んでいる体で、話を進めていった。

 

「その通りだ、痛みとは肉の不調を告げる身体からのメッセージ。

 深く読み解くことで、ダメージの多寡、種類、発生個所、多くの情報を得ることができる」

 

 痛みから情報を得る。

 それは可能かもしれない。

 少なくとも痛みが起きた時点で、平常時では考えられない異変が起きている、ということは確定しているのだから。

 

「これは闘いで相手から情報を得る手段としても使える」

 

 その言葉に気づき始めた者もいた。

 痛みが肉体に起きた変調を知らせるのなら、そこには当然原因があるはず。

 痛みを引き起こした原因が――。

 

「例えば、相手の放った打撃を受けるとしよう。痛みはあるし、受けた部位によっては闘いの結果を左右しかねない。

 だが、そうして初めて見えてくるものもある」

 

 闘いの場でその能力を生かすにはどうすればいいのか。

 敢えて、受けるのだ。

 そして、初めて見えてくる。

 

「痛みにより打撃の威力を知れば、威力から敵の身体能力値を逆算できる。

 痛みにより被弾の部位を知れば、部位から敵の攻撃の規則性を類推できる」

 

 痛みからさかのぼって敵の力量を推し量る。

 大晃にはそれが可能だった。

 ここまで言えばもう分かるだろう、と言いたげな表情で大晃は言った。

 

「俺は肉体を苛む苦痛というシグナルを利用して、お前さんの能力を測った」

 

 無手の攻めを逆手に取った、情報の収集。

 なるほど、それならば大晃が無手の読みの外してきたこともうなずける。

 但し、そんなことが本当に可能であればの話だが。

 

「無理よ! そんなことは不可能だわ! だって、私の力は――」

「ふむ、お前さんの力は目では見えないし、姿を確認する方法もない。

 だがな、どんな力であろうと発揮するためには身体に触れなければならないのが道理だ」

「それは……」

 

 無手は反論を試みる。

 まさか、自分が取った手を逆に利用されたとは思いたくなかった。

 だが、どんな力も身体に触れなければ効果を発揮しない。

 無手の目に見えない力の正体はPIC。

 その念動力によって生理現象を狂わせたのである。

 そして、その目に見えない力とて肉体に働きかけなければ何の作用も及ばさないのだ。

 大晃の言葉はその意味では正しかった。

 だから、無手は口ごもった。

 そんなことは不可能だ。

 所詮はただの屁理屈。

 本当はそう言いたかった。

 でも、言えなかった。

 確信に満ちた物言いが、自信に溢れた立ち振る舞いが、自身の読みを外されたという事実が、大晃の言葉に否定を許さない説得力を生んでいた。

 

「だから、俺には分かっていた。お前さんが俺の情報を秘密裏に集めていたことを、お前さんが理科の実験でカエルを解剖する学童のように切り刻ざんでくることを、俺は予期していた」

 

 予期していた。

 まるで、無手から痛みを受けた時点で、こうなることを読んでいたかのような台詞はもはや疑いようもなかった。

 だって、大晃は最初から知っていたのだから。

 痛みは貴重な経験と成すことできるのだ、と。

 ただ、一つだけ。

 分からないことがあった。

 

「でも、やっぱりおかしいわよ……」

「何故そう思う?」

「……だって、あなたがいくら情報を集めたってそれがここで役に立つ保証はない。

 ここはあなたにとって未知の戦場なんだから……」

 

 闘いの舞台は精神世界、無手にとってのホームグラウンドだ。

 既知の世界でならともかく、未知の舞台でどこまで有用に扱えるのかは未知数。

 大晃の取った作戦は、はっきり言って捨て身の戦術である。

 であれば尚更に情報の有用性を確かめずにはいられないだろう。

 そんな機会はいつあったのだろうか。

 

「そう! 俺はここで闘ったことはおろかここに来たことすら一度もなかった。

 唯一、懸念点があるとすれば、ここで俺はどれだけやれるのかを知らないことだった」

 

 大晃もまた同じ疑問を抱いていた。

 情報が集まるのは良いとして、実際に俺は集めた情報を生かした立ち回りができるのか?

 その疑問を氷解する機会を大晃は得た。

 他ならぬ無手の手から。

 

「ここで話は一ヶ月ほど前にお前さんと遭遇した時に戻る」

「……あッ! まさか――」

「流石に気が付くか。そう、そのまさかだ。お前さんとほんの少し闘ったあの時、俺はひそかに試していたんだよ。

 どれだけ、情報が役に立つのかを見極めるためにね」

 

 一ヶ月前。

 無手が大晃を己の領域に引き込んだ時。

 大晃には違うものが見えていた。

 

「あなたが闘いの延長を決断したの理由って――」

「そうだ、俺の得たお前さんの情報は十分に活用できるものだ、と確認したからこその決断だ。

 後は簡単なことだった。お前さんに闘いを長引かせれば長引かせるほど、有利になると誤認させればそれで良かったんだからな」

 

 全員が驚愕を覚えていた。

 語られたのはこれまでの道程に隠された、真意に過ぎない。

 何故、それがこうも驚きを与えるのだろう。

 敵を見切った突飛な手段に畏怖の念を覚えるからか?

 苦痛を受け入れることによって何かを得る姿勢に狂気を感じるからか?

 あらゆる行動に敵を追い詰める意図を忍ばせていたことか?

 誰にも分からない。

 ただ、大晃がこういう状況をずっと前から望んでいたことは確かだった。

 そして、今、それは現実のものとなろうとしている。

 

「さあ、無手よ。俺は隠していたものを全てを開示したぞ」

 

 仁王立ちになった男は、もはや、傷一つない完璧な身体を陽の光にさらして、惜しげもなく自分自身を披露した。

 

「続きだ。決着を付けようぜ」

 

 汚泥の様な雨は止み、太陽が天に昇っていた。

 

 

 

 大晃の内に歓喜が拡がっている。

 明かされた真相。

 それに驚愕する私なんかを置き去りにするかのように、立ち上るものがあった。

 精神の昂りから生み出された粘液が、大晃の肌から染み出して空気中に溶けていって、やがて世界と一つになるかのような。

 こういう現象を私は知らない。

 精神の昂りが意識を拡げることはある。

 逆に一点に集中することもある。

 だが、大晃のこれはそれらとは趣を別にしている。

 一点に集中した意識が溶けて、濃厚な原液となって、やがて気体にまでなったそれは大気と同化する。

 世界がその意識下に配置されていくような錯覚。

 それが一番近い。

 支配などではない、同化だ。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 口から漏れる声がどういう感情を意味するのか。

 驚愕だ。

 まだ、現象に終わりはなかった。

 いつの間にか、暗雲が消え去り、晴天の真ん中に太陽が鎮座している。

 暗雲とそれが生み出す闇と汚泥のような雨。

 私による支配の証明たちが、無くなっていた。

 何かが私の支配を阻害していた。

 その正体に気付き始めている。

 大晃の精神が発散した老廃物のような液体。

 それは絶えず、大晃から垂れ流されていた。

 私が大晃を追い詰めているときにはもう、相当な量の粘液がその打撃の余波でこの世界に混ざっていたのだろう。

 記憶の復活と形成の逆転が重なり合って、遂に支配は破られた。

 

「……だから、どうしたって言うの?」

 

 大晃の隠していたものは、予想だにしていなかったものだ。

 で、それがどうしたと言うのか。

 だから、と言って自分が築き上げてきたものが無駄だったと認めろとでも、言いたいのだろうか?

 違う!

 そんな間抜けではない。

 私には分かる。

 まだ、打開策はあるし、隙も存在している。

 

「ふふん、まだまだ楽しめそうだな」

「……甘く見ないで」

 

 戦闘の続行に楽しみを見出す姿勢。

 頭にくるが、そうやって隙を見せてくれるのはありがたい。

 とどめを刺す瞬間に礼くらいは言ってやっても良いかもしれない。

 そして、後悔しろ。

 全てを明かしてしまった、自らの底の浅さを。

 

「拿ッ!」

「シッ!」

 

 右の掌底。

 襲ってきたそれを難なく、しかし、注意深く避ける。

 最初からそういう攻撃が来ることは分かっていたが、鵜呑みにはできない。

 なぜなら、大晃は予知を寸前で変えることができるからだ。

 今見ている予知はただの見せかけかもしれない。

 本当かもしれない。

 その見切りを慎重に付けなければ。

 だが、それはお前も同じことだろう?

 大晃。

 お前もまた私が予知を寸前で超えてくることを警戒しているんだろう?

 こちらも右の拳を出してやる。

 大晃は避ける。

 その視線の動きと体捌きから見えて来るものもある。

 やはり、そうだ。

 大晃、お前の判断は鋭い。

 事前にこちらの攻撃が読めているとしか思えないほどに。

 反面、動きが保守的だ。

 最小限にではない、大きな動作での回避。

 例え、こちらが予知にない動きをしても、それに対応するためのマージンを取った堅実な動きだ。

 そう、これこそがお前の正体だ。

 狂気の男を演出しようが、お前のやることには全て合理的な理由がある。

 お前の真意には面喰らったが、お前は自分にできると思ったことをやっただけ。

 事実、今、お前は守りに入った。

 つまり、私に勝つ最後のチャンスを失ったのだ。

 私は違う。

 私はチャンスを見逃す間抜けではない。

 それを今から教えてやる。

 

「ぬぅ!」

 

 回転数を徐々に上げていく。

 回避を最小限に、予知の攻撃を避けるのではない。

 敵の攻撃の先を取るように、突っ込んでいく。

 予知の利点は敵の先手を打てること。

 先手で出した攻撃だって読まれているに違いない。

 だが、矢継ぎ早の攻撃を仕掛ければ問題ない。

 相手がこちらの攻撃を読めるように、こちらもまた敵の回避を読めるのだ。

 その点では互角だが、大晃はマージンを取っての回避をしている。

 必要最小限の動きをするこちらに追いつけるはずもない。

 そして、追い詰められた大晃が取る行動はただ一つに絞られる。

 予知を超えた動作による反撃。

 

「喝ッ!」

 

 私の幻視が大晃を打ち抜いた。

 その瞬間だった。

 大晃は裂帛の咆哮と共に左拳を出して来た。

 こちらの右拳をギリギリで避けるルートを進んでくる大晃の姿が網膜に映り込む。

 私は喜んでその拳に喰いついた。

 待っていたのだ、相手の逆転の一打を。

 

「グッ!」

 

 顔面から拳を受けに行った。

 衝撃が頭部の内部でぶつかり合って、刹那のひととき、視界が真っ白になる。

 だが、覚悟を決めていれば倒れるほどではない。

 そして、これは事前の予知とは違う行動だ。

 本当なら私は顔面に拳を受けて、倒れていたはずだった。

 大晃は警戒するだろう、予知を破った私が何をしてくるのか。

 だが、その攻撃はもう始まっている上に、大晃は気づきもしないだろう。

 何故なら、後頭部の後ろから忍ばせるようにして右足での蹴りを放っているのだから。

 予知を警戒させておいての視界外からの攻撃。

 それこそが逆転に繋がる一打。

 後は、倒れ込んだ、大晃の頭部を踏み抜けば――。

 

「捕まえた」

「なっ!」

 

 後頭部へと放った蹴りはあっさりと止められていた。

 左の肩へと回された右手が、私の右足を掴んでいた。

 抵抗する間も、馬鹿なと思う暇もない。

 右腕が持ち上がり、空中へと持ち上げられる。

 

「予知を覆しておいての視界外からの攻撃。良いアイデアだが、そうやって焦れて出しちゃあ意味がない」

 

 叩きつけられる寸前のところで発した大晃の言葉が深く突き刺さった。

 視界に映るは景色は色が混じり合った絵の具のようになって――。

 

 

 

 何かが打ち付けられる音がする。

 音に合わせて、網膜が白く輝く。

 その中で、無手は考えていた。

 慎重と臆病の違いとは何か。

 捨身と自棄の違いとは何か。

 大晃は慎重で、自分は臆病に過ぎなかった。

 大晃は捨身で、自分は自棄に過ぎなかった。

 何が自分と大晃を分けたのか。

 思えば、大晃のことは分からなかった。

 捕食者である自分が獲物にときめくのは分かる。

 だが、被捕食者でありながら、こちらに好意を抱いていたことは意味が分からなかった。

 理解の放棄を始めたその瞬間から敗北は決まっていたのかもしれない。

 そうだ、敵の分析をするのなら、認めるべきだった。

 相手がこちらの理解の及ばない怪物なのだ、と。

 痛みすら踏破して、こちらに災いをもたらす魔物である、と。

 大晃は理解していた。

 この私がどういう狙いでどういう行動をしてくるのかを。

 最後のやり取り。

 そこで生まれた、大晃の隙は餌に過ぎなかった。

 そうすれば、私がそこに一縷の望みを賭けてギャンブルに打って出ることが分かっていたから。

 大晃は慎重だった。

 私は臆病だった。

 大晃は私を倒すために全てを賭けていた。

 自分の肉体すらもそのために犠牲にした。

 私は何も賭けていない。

 安全圏から攻撃をしていながら、最後の最後、追い詰められてから始めて決心したに過ぎない。

 大晃は常に捨身で、私は最後に全てを賭けるふりをしただけの自棄に過ぎなかった。

 

 ――ああ、そうか。

 

 意識を失う。

 その前に無手は悟った。

 

 ――こんな怪物に勝てると思っていたこと自体が間違っていた。

 

 無手は完膚なきまでの敗北を魂に捻じ込まれた。

 陽光の光と共に。

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