超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

59 / 84
58話、後回しにしていた最優先事項

 大きな円であった。

 半径五百メートルは下らない円が地上に引いてあった。 

 その円の上から、透明な丸い蓋のように、バリアが貼ってある。

 更に外側には観客席が無数に並んでいて、どの席からも中央を見下ろせるようになっている。

 アリーナの中心にマドカは立っていた。

 

「……織斑千冬、いや、姉さん」

 

 マドカは正面に立つ、千冬を見た。

 千冬はISを起動してはいないが、油断なく様子を伺ってきている。

 マドカとの距離も十分空いていて、たとえ不意を打ったとしても、難なく捌かれるであろうことは察せられた。

 千冬が戦闘態勢に入ろうとしていることは疑いようもなく、しかし、それでもマドカは疑念を抱いていた。

 

「どうして、私と闘う気になったんだ?」

「疑っているのか?」

 

 千冬はそんなマドカの態度から疑われていることに感づいたらしいが、その理由までは分からないようだ。

 困惑した視線をマドカに向けて、首を傾げている。

 マドカは拘束を解かれてアリーナに連れてこられた理由をはっきりと理解しているはずである。

 千冬はそう思っていた。

 だが、マドカは期待が裏切られることを警戒して構えている。

 

「本当に私と今ここで闘ってくれるのか?」

「ああ、そうだ」

「他の連中の当て馬にするのでもなく、途中で乱入があるのでもなく、本当に私と闘ってくれるのか?」

「くどいぞ。警備上の理由でこちらをモニターしているものはいるが、今、このアリーナには私たち以外に人はいない」

「本当なんだな?」

 

 マドカの質問の念の入れように、千冬はできるだけ穏便に答える。

 マドカはまだ納得がいっていないようで、千冬だけに留まらず周囲を伺っている。

 苛立ちが募りマドカは問い詰めようとしたその時に、千冬はハッとなった。

 マドカが弱々しく、涙すら流していたからだ。

 

「……よくそんなことが言えるな」

「え?」

「私を一ヶ月、あんな所に放っておいて、よくそんな風に堂々と振る舞えるな」

 

 さしもの千冬もこれにはまいった。

 マドカが千冬と闘いたい、と駄々をこねるように言ってからどれだけ経っているだろうか。

 そもそも、マドカは亡国機業のメンバーでIS学園に捕まった身である。

 他にも二人、捕まった者もいるがIS学園への協力と情報提供の引き換えに、一先ずは研究職員として雇われている。

 マドカも同じような身の振り方をすることもできたであろうが、頑なに拒否し続けた。

 そのマドカがIS学園に協力する見返りとして要求したのは、千冬との闘いである。

 一対一で千冬と闘えば何でもする、とマドカは火を噴くように言ったのだ。

 千冬はこの言葉を受けて以来、マドカと会ってはいない。

 ある生徒に、つまりは安城大晃に付きっきりになった結果だった。

 マドカの感覚で言えば、それだけの間、放ったらかしにされているようなものだ。

 それも囚人とあまり変わらない環境でだ。

 無論、千冬の処置は正しい。

 亡国起業の戦闘員を何の条件もなく、厚遇することなど出来るはずもない。

 だが、それでも、千冬はこの『妹』を助けたいと思っていた。

 その闘いたいという願いを叶えることこそが、マドカに報いる方法だと千冬は思っていた。

 だが、この様子を見るにそれは間違いだったかもしれない。

 千冬は内心青ざめるも、その内心が悟られないように弁解を試みる。

 

「それについては事情があってな。どうしても、手を離せないことがあったんだ」

「どうせ、あの男のことだろう」

「あの男?」

「とぼけないでくれ。もう、知っているんだ。あの男が死にかけていたことも、あの男が強くなって復活したことも、全部な」

「誰から聞いたんだ?」

「別に誰からも聞いちゃいないさ。ただ、あの『幻聴』と『幻覚』で察したんだ。気のせいかとも思っていたが、その反応で疑惑が確信に変わった」

 

 マドカは言葉に怒気を滲ませている。

 千冬の思惑とは裏腹に状況はどんどん悪くなっている。

 

「姉さんは私よりも、アイツの方が大事なんだ!」

 

 マドカの怒声が千冬の胸を叩いた。

 亡国企業に所属するマドカ。

 その存在に気がつきながらも放置したのは千冬自身だ。

 理由があってもそれは覆ることもないし、その負い目は千冬の中にも残っている。

 ずっと後回しにされ続けてきた事実がマドカの心を蝕んでいることに、千冬はやっと、本当にやっと、気がついた。

 

「姉さんは私のことをずっと放って置けば良い。どうせ、もっと大事なことがあるんだろう?」

 

 ここが正念場であった。

 マドカは自分の殻に篭ろうとしている。

 何故か?

 信頼が無いからだ。

 そんな状況でどれだけ言葉を重ねても、マドカにはきっと届かないだろう。

 このままではまた大事なものを取りこぼしてしまう。

 やるしかない。

 

「あまり、調子に乗るなよ」

「!?」

 

 突如、噴出する巨大な威圧感がマドカを包み込んだ。

 マドカの反応は素早かった。

 瞬時に、一時的に返却されていたIS『黒騎士』を起動させて、地を蹴り後退し、千冬から距離を取る。

 亡国機業の実動部隊としてトップクラスであったことを想像させる動きだ。

 だが、相手が悪かった。

 スラスターを吹かせて最高速で後退するマドカの前に迫る影が一つ。

 同じく『暮桜』を展開した千冬は容易く追いつき、眼前に迫る。

 マドカが防御の態勢を取ったのと、千冬が攻撃を繰り出したタイミングは同じだった。

 しかし、マドカはその防御ごと吹っ飛ばされて、アリーナの壁へと叩きつけられた。

 全速力で後退するものを相手に一瞬で距離を詰める俊敏性と、片手で難なくISを吹っ飛ばす膂力。

 その二つに驚愕するマドカを、千冬は威圧するように睨んだ。

 

「貴様は勘違いしているようだな。

 ここで私が誰と闘うのか決めるのは、貴様ではない。この私だ……。

 無事にここから出たいのなら、私を倒すことだな。今日の私は優しくないぞ」

 

 世界最強とすらも言われる千冬の脅しだ。

 とんでもない威圧感に気圧されながらも、マドカの心がささくれ立つ。

 今の今まで後回しにしておいて、マドカ目線では眉ひとつ動かさず自分の思うがままに振る舞う千冬に対して、反抗心が育っていた。

 

「分かったよ。姉さん、そんなに殺して欲しいのなら、殺してやるよ」

 

 千冬は自分よりも強い。

 それは分かっていた。

 でも、もはや、我慢ならない。

 そんな妹としての嫉妬心を怒りに変えて、マドカは吠えた。

 

 

 

 マドカの『黒騎士』は装備が豊富だった。

 独立して動く、先端が槍の形状をしたランサービット。

 曲がるレーザーを放てるBTレーザーライフル。

 近距離専用の大剣、バスターブレード。

 マドカ自身もこれらの豊富な装備を交えて運用する手練手管を持っている。

 四方八方から飛び交うランサービットとレーザー、広範囲を巻き込んで振るわれる大剣には回避の隙間などあるはずもない。

 だが、マドカの攻撃は千冬に当たらない。

 千冬は剣による防御すら行わなかった。

 前後左右への移動と体捌き。

 その二つを組み合わせた回避だけで、マドカの攻撃を躱しているのである。

 敵の攻撃を先の先まで読む能力、加えて攻撃を誘導する能力が千冬にはあるらしかった。

 それだけではない。

 全てが計算通りということはありえない。

 計算違いの攻撃に対する軌道修正の能力にも優れていなければ、こうも攻撃を避け続けることはできないはずだ。

 千冬はその基礎の能力からして、段違いであった。

 

「隙だらけだぞ」

「痛っ!」

 

 大剣を振り抜いたマドカを千冬の剣が打ち据えた。

 肉体を鋭い痛みが襲うが、ダメージ自体は少ない。

 まるでこちらをたしなめるようなその一撃が、癪にさわった。

 教師気取りの千冬の顔が気に入らなかった。

 

 

 

 マドカは闘って生きてきた。

 『織斑』に連なるものとして生まれて、計画の凍結により棄てられ、亡国機業に拾われた。

 そして、いつか成功作である千冬と闘い、自分が失敗作ではないと証明したかった。

 だが、現実は厳しい。

 自律するランサービットは高速で交差するも、千冬は僅かに半歩位置取りを変えるだけでその軌跡から逃れる。

 曲がるレーザーが追尾するも、異様な先読みによる回避は追従すらも許さず、ランサービットとの位置関係を読んだ同士討ち狙いの動きがコントロールの精妙さを奪う。

 その動きを断ち切るようにバスターブレードで斬りかかるが、それすらも読みの範疇のようで、千冬は涼しい顔を崩さずに舞っている。

 亡国企業での荒んだ生活。

 訓練と襲撃を繰り返すことによって築き上げた実力と自信。

 その二つが粉々になるほどの差が両者の間にはあった。

 やはり、自分は失敗作なのか?

 ひび割れた自信の奥から漏れてくるのは、己を責め立てる声である。

 それは今まで意識もしていなかった本音でもある。

 生まれて直ぐに失敗作だと断じられた経験はマドカを深く傷つけていたのだ。

 

「ほら、どうした?」

 

 萎えそうになると千冬は見計らったように刀を振った。

 その軌道はおろか、刀を振っている姿さえもマドカは視認できない。

 衝撃が機体に奔り、刀を振り切った様子の千冬を見て、ようやく、千冬が刀を振ったのだと理解できるのだ。

 千冬の圧倒的な強さであった。

 そして、その強さを知るたびにマドカの中には落胆に近い思いが生まれてくる。

 千冬は強い。

 恐らく、一人であらゆる武装組織、そして、ISを常備した軍隊にさえも蹴散らせるほどに。

 だったら、どうして――。

 そういう思いがより強くなっていくのである。

 

「攻撃がお粗末になっているぞ」 

 

 千冬は言う。

 右の脇腹に刀で撫でられた感触と痛みが生まれるのと同時に機体ごと吹っ飛ばされる。

 アリーナの内壁に叩きつけられたマドカはそのまま落下して地に落ちた。

 ISの防御がマドカの肉体を守ったが、全身に強い衝撃があった。

 身体が鉛のように重かった。

 

「もう、終わりか?」

 

 千冬は問うてきた。

 千冬の顔にはわずかに陰りがあるが、マドカが気づことはない。

 折れそうになる心を必死で奮い立たせて、立ち上がろうとする。

 そんなときに目に入ってきた。

 ある男の姿が――。

 

「!? 安城・・・・・・何故、ここに?」

 

 マドカの視線の先には一人の男が立っていた。

 安城大晃は人払いを済ませてあるはずのアリーナに侵入していたのだ。

 大晃は観客席から、この闘いを見ているようだった。

 ゆっくりと上段から降りて二人のいる、戦闘領域に近づいていく。

 

「ふふん」

 

 戦闘領域を覆うバリアの前に立つと、大晃は笑みを強める。

 領域内の二人と大晃の間には通常のISでは突破不可能な見えない壁が存在している。

 しかし、マドカには大晃との間にある隔たりがほとんど無いもののように思えた。

 大晃はそれを示すかのように素手でバリアへと触れた。

 ほんの一瞬の静止の後 、大晃の掌が駆動した。

 それだけでバリアにぽっかりと穴が空いた。

 ゼロ距離から寸頸で掌底の一撃を放ったようであった。

 

「よっと」

 

 その穴が修復される前に大晃は跳躍して、戦場の中心部分へと入ってきていた。

 ここまでISを展開している様子を大晃は一切見せていない。

 だというのに、行動の一つ一つはISを展開していなければ不可能と思えるものだった。

 生身でアリーナのバリアを破り、跳躍の一つで百メートル以上の距離を跳ぶのは、ISの補助があったとしても簡単にはできない。

 大晃の進化した肉体は並みのISと同等以上の能力を備えているようだった。

 

「……安城、貴様どうしてここに?」

 

 千冬は何故大晃がここにいるのか、分からないらしい。

 だから、大晃を問いただしたようだった。

 千冬の威圧感に晒されてもなお、大晃はあっけらかんとした様子で言った。

 

「実はね、織斑先生。あなた方の闘いをモニター室で見せてもらっていたんですよ」

「何故だ?」

「いやね、先生に話がありましてね。先生を探していたんですが、見当たらない。

 じゃあ、何処にいるんだろうか、とIS学園をさまよっていたらですね、アリーナが使われているって言うじゃないですか。

 ともかく、モニター室に行ってアリーナを先生が使っているのか確認しようってことになって、それでーー」

「中には誰も入れないようにしていたつもりだったが」

 

 千冬は眉を顰めた。

 咎めるような千冬の視線に大晃は誤魔化すように笑って答えた。

 

「まあ、それはね……どうでもいいことじゃないですか。

 問題は俺がどういう用件でここに来たのかですよ」

 

 大晃はひとしきり笑った後に言った。

 

「織斑先生……俺と闘いませんか?」

 

 この言葉が千冬の心に何を齎したのか。

 千冬の表情の見えにくい顔から、滲み出てくる暗い影が容易に想像させた。

 マドカはその憎悪の表情に背筋が凍る想いと嫉妬の両方を抱く。

 

「今、私は忙しいんだ。見て分からないのか?」

「もう決着はついているように見えますが」

 

 大晃はマドカをちらっと見てから、そう言っていた。

 マドカは必死に立ち上がろうとしているものの、未だに地に伏せている。

 違う。

 まだ、自分は闘える。

 マドカはその言葉を口にはできなかった。

 もはや、勝負を諦めたと言われても仕方のない状況だということは、マドカが一番よく分かっていた。

 

「だから、ね……あの時の約束を今ここで果たしてもらおうと思いまして」

 

 用件を告げた大晃は力を込めるようにうつむいた。

 大晃も、また、千冬と闘いたいと思っていた人間である。

 それが今、アリーナで『暮桜』を纏っている。

 お膳立てが済んでいるとも言えるこの状況に大晃は昂りを抑えられないのか、その身体を立ち上ってくる物があった。

 それは手を触れれば熱くもあり、冷たくもあり、暖かくもあり、涼しくもあり、針で刺すかのように痛くもあった。

 大晃の進化した肉体から分泌される物質は、既知の何ものとも異なるものであるらしく正体が分からない。

 のし掛かってくるその物質によって空気が重くなっていく。

 マドカは重くのしかかるそれに耐えて何とか立ち上がった。

 千冬を見た。

 千冬が、大晃の提案を蹴って、この闘いを続けると宣言することを祈った。

 

「良いだろう。少し、お灸を据えてやる」

 

 だが、マドカの期待に反して千冬は頷いた。

 あくまでも教師として振舞ってきた千冬が明らかにそれ以上の怒気を顔に浮かび上がらせている。

 放たれているのは威圧感などと言う、生半可なものではない。

 何かしなければ殺されてしまう、と感じてしまうほどの殺意である。

 まさか、本当に自分を無視して始めるつもりなのか!?

 マドカは困惑と焦りを同時に抱いた。

 まだ、何も終わっていないのである。

 自分が強いと言う自負心と虚栄心を砕かれてはいる。

 だが、それはまだ決着ではない。

 もし、決着があるのだとすれば、それは自分が納得することである。

 その納得のみが、剣を収める理由足り得るのだ。

 だが、現実はマドカを置き去りにして、進んで行こうとしている。

 マドカの内で育っていた反抗心は狂ったように荒れている。

 だが、マドカは口を開けなかった。

 自身の喪失がマドカから、自発的に動く力を奪っていたのである。

 黄金に光る目だけが、荒れ狂うマドカの本心の手がかりであった。

 

「で、良いんですね? 本当に始めてしまっても……」

「ああ、どうせ、すぐに終わる」

 

 囁き合う二人をマドカは黙ってじっと見ていた。

 自分自身に問いかける声がマドカの中にあった。

 本当にこのまま始めさせてしまっても良いのか?

 まだ、千冬に本気を出させていないのに?

 そういう声である。

 口を開きかける。

 そうすると、また、声が響くのである。

 所詮自分は失敗作だ。

 そんな自分ごときが二人の間に割って入って良いわけがない。

 そういう声だった。

 マドカの内なる声は、どちらも本心で、本人にとってはどちらも正しい。

 だから、マドカは何も選べないでいた。

 そんな、マドカを一瞥する者がいる。

 大晃が首を横に向けて、マドカを見たのである。

 視線があった。

 

「悪いね」

 

 大晃の眼差しと声が、マドカの全身を撫でた。

 その時だった。

 マドカの内から衝動が湧いたのだ。

 嫉妬心を燃料にして燃える炎。

 それがマドカの身体を一瞬にして戦闘体勢へと導いた。

 そして、漆黒のISを黒い炎で纏わせてマドカは突撃した。

 大晃へと――。

 

「私から、姉さんを取るな!」

 

 マドカが振ったバスターソードを大晃は避けなかった。

 顔面で受けた。

 大晃は仰け反り、後退して、その場所をマドカへと譲った。

 

「何だ、どうやら俺の勘違いだったようだな」

 

 大晃は無傷だ。

 己の肉体の能力を誇示するようにして、不敵に語りかけた。

 

「まだ、闘いは終わってないんじゃないか」

 

 己の不覚をやけに楽しそうに認めながら大晃はマドカを見る。

 そうでなくては楽しくない、と言外に言っていた。

 マドカもまた湧き上がる力を感じつつ、こちらもまた不敵に返した。

 

「良いのか、私に姉さんを譲っても。私が姉さんを倒したら、どうするつもりだ?」

「その時は、マドカ、お前さんに相手をして貰えば良いさ」

 

 大晃は背を向けてひらひらと手を振り、アリーナの端へと歩いていく。

 決着の付いていない闘いを邪魔する気はないようであった。

 

「さあ、姉さん、続きだ」

「……マドカ、お前、まさか!」

「ああ、どうやら、始まったようだ。三次移行(サードシフト)が」

 

 漆黒に燃える機体を動かして、マドカは千冬へと躍り掛かった。

 

 

 

 今ならば分かる。

 己の内に湧き続ける力。

 着実に進化を続けて、今この瞬間も強くなる自身のIS『黒騎士』。

 それらを総動員して闘い、千冬を眺めてマドカは思ったのだ。

 今なら、千冬が何を考えていたのか分かる、と。

 千冬はずっと受けに回っている。

 時折、攻撃を織り交ぜてはくるが、基本は受けと回避の組み合わせのみで動いている。

 マドカは自然とあらゆるコンビネーションを試すことになる。

 あらゆる工夫を強いられることになる。

 千冬はそれを求めていたのだ。

 より、高い次元で闘えるようになることを望んでいたのだ。

 千冬が僅かながらにでも本気を出して闘えるように。

 だが、マドカはそれに気づかなかった。

 千冬への信頼の低さがマドカの認識を狂わせたのだ。

 だが今ならば、とマドカは思う。

 

「私はまだまだ成長できる!」

 

 マドカの攻撃はより複雑に、より苛烈になっていた。

 『黒騎士』は三次移行により武装を強化させていく。

 黒く輝く大剣は黒い炎を纏い、斬撃により標的へと黒炎が飛んでいくのである。

 それもマドカの意思により分裂、追尾する、生きた炎である。

 広範囲を制圧し、敵を飲み込まんとする特殊な炎は、刀で払うことを強制させる。

 

「私の炎はこういう使い方だってできる!」

 

 炎の中から飛び交ってくるのは、黒い炎を纏わせたランサービットだ。

 絨毯のように敷き詰めた炎を行き交う火球の中に忍ばせたランサービットが、黒い炎以上の俊敏性で襲いかかり、さらに炎を飛ばす中継地点として機能する。

 ランサービットの炎熱は今までのようなギリギリでの回避は許さない。

 炎の持続性と効果範囲を生かした進路の遮断とランサービットの速度と特性を生かした奇襲。

 その二つは千冬に闘いの次元を上げることを要求していた。

 マドカは闘いに思考を回しつつも、あることについて考えていた。

 視界の中にある『UPDATE』の文字が、三次移行へとたどり着けた理由を嫌でも考えさせたのである。

 半透明な単語がマドカの視界の中を縦横無尽に踊っているのだ。

 マドカには見覚えがあった。

 恐らくは大晃が起こした何らかの現象によって発生した、『幻覚』にそっくりなのである。

 幻覚だけではない。

 その時に、聴いた『幻聴』が耳の奥でなっている。

 『UPDATE』とISが歌っていた。

 つまり、大晃が起こした何らかの現象と深いつながりがあるはずだった。

 ひょっとしたら、大晃は何らかの探りを入れにこのアリーナに来たのかもしれなかった。

 そういう風に考えていると好機が訪れた。

 二つの炎の壁が千冬の動きを大きく遮ったのだ。

 

「ッ!」

 

 ここに来て千冬は更にギアを上げた。

 一回転して刀を一文字に振ったのだ。

 炎が刀に巻き上げ、払われ、周囲の炎が弾かれて霧散したのである。

 炎で遮られた視界が露わになり、千冬はそこにマドカを探した。

 だが、いなかった。

 千冬の目が若干遠巻きに残った炎の渦を見やると、そこから火の玉が飛び出して来た。

 中は窺い知れない。

 炎は丁度IS一機が隠れられるほどの大きさがあり、ひょっとしたら、炎の内側にはマドカが潜んでいるかもしれないのだ。

 逆にランサービットが中にあるだけかもしれない。

 派手に炎を纏わせて千冬の注意が火球に向いたその瞬間、炎の渦から飛び出して来て不意を打つ作戦もありえた。

 千冬の決断は素早かった。

 敢えて、千冬は火球を正面から迎え撃った。

 火球の中に何があろうと関係ない、全てを刀一本で対処するつもりだった。

 千冬の刀が火球に滑り込み、その内にある物を露わにする。

 そこには、千冬の推測の通りにランサービットがあった。

 いや、ある意味で推測は外れていた。

 ランサービットは一本だけではなかった。

 三本だったのである。

 至近距離にまんまと近づいたランサービットは三本、一斉に襲いかかる。

 当然、この程度の仕掛けで千冬を追い詰めることなどできないが、千冬を迎撃に専念させて、その場にとどまらせることには成功していた。

 

「もらった!」

「!?」

 

 今度こそマドカは飛び出した。

 全身の炎を剣へと回して、予想外の速度で背後から千冬へと迫った。

 千冬が三機のランサービットを弾いて振り返るのと、マドカが剣を振り抜いたのはほぼ同時のタイミングだった。

 

「このスピードとパワーは! 一体何が起こっている!?」

 

 振り向いた千冬は刀を構えた。

 回避するには速度が速すぎたのだろう。

 咄嗟に自身の刀でマドカの剣を受けたのだが、千冬はその感触に驚愕しているようだった。

 今までは半分以下の力で押し返せていたのに、今度の一撃はある程度本気にならなければ踏ん張れないのである。

 それでも流石に力負けはしないが、短期間では考えられないほどの上昇だ。

 一体、どうしてマドカの力が上昇したのか。

 千冬は僅かに考えたのであろうが分かるわけがなかった。

 当の本人ですら確信を得ているわけではないのだから。

 そして、考え事をしている暇もなかった。

 つばぜり合いの向こうから炎が浸食してきたからである。

 千冬は力づくで大剣を弾き飛ばした。

 マドカは再び、斬撃を浴びせかけようとするが、千冬は剣を振りぬいた姿勢から蹴りへと繋げた。

 千冬は蹴りの反動を利用して、距離を取る。

 

「もう良いだろ! 少しは本気を出せ!」

 

 この闘いが始まってからマドカの攻撃はかすりもしていなかった。

 三次移行が始まるまでは、だ。

 だが、ここに来てマドカは手応えを感じていたし、事実、それは正しかった。

 マドカの力は千冬に通用し始めている上に、未だに上昇を続けている。

 千冬が本気を出す、良い頃合いでもあった。

 

「そうだな」

 

 千冬はついに構えて、マドカへと刀を向けた。

 

 

 

 マドカは歓喜した。

 遂に、千冬がギアを上げ始めていたからである。

 

「やっと、その気になってくれたんだね」

 

 マドカは千冬へと語りかける。

 ここからだった。

 今、千冬は強い感情をマドカに向けている。

 マドカは背筋に怖気を感じた。

 だが、まだ足りない。

 大晃が挑発した時に見せた憎悪の表情ほどではない。

 もっと、だ。

 マドカは『黒騎士』へと呼びかける。

 もっと、力を。

 あの千冬が本気の本気にならざるを得ないほどの力をくれ。

 

「三次移行か……もし、本当なら世界初の現象だが果たしてどこまで通用するかな?」

 

 千冬はいたずらげに笑う。

 その所作には隙などなく、世界最強と相対していることを意識させる。

 自分の力が多少は通用していることが気のせいではないか、とも思えてくる。

 それでも、マドカは弱い気持ちを振り払った。

 自分が望んだステージにようやく立てたのだ。

 もう余計なことを考えなくとも良いのだ。

 

「行くぞ!」

 

 マドカはPICで空を蹴り、同時にスラスターを吹かして、前へと出た。

 イグニッションブーストと蹴りを同時に使った加速はマドカを身体を容易に前へと押し出してーー。

 マドカはあっさりと迎撃された。

 

「痛ッ!?」

 

 何が起こったのか!?

 それを把握するのにマドカはコンマ数秒を要した。

 マドカが選択した攻撃は大剣を使っての、切り掛かり。

 黒い炎を纏った大剣が千冬を空間ごと凪いだはずだった。

 だが、千冬は一瞬で視界から消えてなくなり、マドカは右の脇腹に激しい痛みがあった。

 そして、シールドエネルギーの激しい消耗。

 千冬は視認すらできないほどの速さで胴体を零落白夜で切り裂き、左から抜けていった。

 そう判断してマドカは右に回転した。

 

「ぐう!」

 

 全方位視覚を用いてすら視認が困難な千冬の攻撃をどうして受けとめられたのか。

 実のところ、マドカにはよく分かっていない。

 勘に任せて構えた大剣が千冬の刀の軌跡を遮ったのである。

 武器の大きさと自身の勘にマドカは救われた。

 大剣の向こうには千冬の姿があった。

 

「やぁ!」

 

 マドカは湧き上がる力をそのままに千冬に何度も剣を向けた。

 空気が鋭く切り裂かれて、その名残のように黒い炎の残滓が空間に残る。

 何度も何度も、上から、下から、右から、左から、全身を宙で自由自在に回転させて大剣を走らせた。

 だが、千冬はそれら全てを捌く。

 刀で逸らし、受け、身体を捻り、反らしーー、あらゆる手段を用いたアクティブな回避行動である。

 唯一行わないのはその場から動くことである。

 後方に下がることも、前に出ることもない。

 動きに付随してある程度の立ち位置の変化はあるにはあるが、基本的にはその場で回避し続けているのである。

 マドカの矢継ぎ早の斬撃に間はほとんどない。

 スペック上昇の恩恵と纏わせた炎を加速に利用することで、速度と切り返しの素早さが上がっているのである。

 だから、後退する隙がない。

 できるかもしれないが、それよりもその場で応じたほうがまだ分がある。

 そういう理屈で千冬は動いているようだった。

 嬉しいよ。

 マドカは千冬が本気でこちらに応じはじめていることに感激していた。

 それから、どれくらいの時が経ったのか。

 マドカには分からなかった。

 ただ、恍惚とした時間であった。

 何も考えずに全力を尽くす。

 無論、色々と考えてはいる。

 新たに開花した能力をどう使えば良いのか。

 どうすれば千冬に本気を出させることができるのか。

 だが、それらは邪魔にはならない。

 全力を出して闘うことを決して妨げるものではないのだ。

 ここでいう色々な考えとは邪念のことだ。

 自分が失敗作であるとか、自分は愛されていないだとか、どうでもいい考えの数々。

 それらが消え去っているのだ。

 いや、それでも残っている。

 ただ、自分はそういった下らない考えを置き去りにしていた。

 ただ、前へと進み続けているのだ。

 千冬は遂にこちらに本格的な攻撃を繰り出し始めている。

 零落白夜。

 エネルギーの消費と引き換えに、絶大な威力を発揮する切り札。

 恐ろしい武器だ。

 あまりの恐ろしさに内臓がひりひりしてくる。

 だから、こちらも精一杯の武器で応じる。

 マドカは大剣一本で闘う領域を超え始めていた。

 大剣での攻撃に、遠隔武器を織り交ぜたコンビーネーションも可能となっていた。

 大剣による連撃と三本のランサービットによる追撃。

 攻撃の手は緩めるつもりはない。

 後手に回れば、千冬の独壇場だからだ。

 かと言って、ぬるい攻撃をすれば絡み取られる恐れもある。

 隙は最小限に、手数は最大限にーー。

 相反する二つの要素を両立させる作業は大きな負担を強いている。

 その辛いのが楽しかった。

 全力を出して、なお、まだ、届かない。

 出来ることを全てやっているのに、まだまだ、千冬の底を見れてはいない。

 こちらが力を上げれば上げるほどに、千冬はさらに上の力を見せつけてくる。

 今だって、ほらーー。

 千冬はやはり剣一本で凌いでいる。

 攻撃に転じ始めている。

 何という対応力か。

 初見の攻撃のことごとくを見切っているのである。

 だから、こちらはもっと強く、もっと速く、もっと技巧くなる。

 千冬がマドカの力を引き上げているようだった。

 ずっと、こういう時間が続けばいい。

 マドカはそう思う。

 でも、終わりはいつだってやってくる。

 限界を超えた動きの代償として蓄積した疲労。

 いつまでも力の上昇が続くはずもなく、切り返しの瞬間に、わずかな隙が生まれたのだ。

 そして、千冬はその隙を見逃さない。

 

「あ……」

 

 マドカが見たのは淡い光であった。

 零落白夜を発動した千冬の刀が、燐光を帯びている。

 大上段に構えた千冬が、刀を振り下ろしてくる。

 美しい弧を描いた軌跡が、マドカの視界の中で輝いていた。

 綺麗だ、と気を奪われた瞬間だった。

 衝撃。

 千冬の斬撃がマドカを強引に押し倒し、垂直に叩き落とす。

 地面に上がった土埃が収まると、そこには仰向けになったマドカが眼を閉じて気絶していた。

 熟睡しているかのように満ち足りた顔をしていた。

 

 

 

 千冬の身体から発せられていた、あらゆる波動。

 つまりは精神の活動により発生しうる特殊な磁場のようなもの、すなわち、闘気やら殺気やらと表現されるものが収まっていた。

 千冬はマドカの近くに降り立った。

 マドカを見る。

 マドカは気絶して満ち足りた表情をしている。

 千冬は今後のことを考えたのだろう。

 この闘いに納得してIS学園への所属の意思を見せるのかはマドカ次第である。

 納得しなければIS学園としては悪質なテロリストとして、IS委員会なりに身柄を引き渡さなければいけなくなる。

 そうなれば、良くて実験生物、悪ければ命を失うこともあるだろう。

 だが、この表情を見る限りにおいてはその心配はないようだった。

 だから、千冬は静かに、そして、僅かに微笑んだ。

 

「良い試合でしたね。素晴らしいですよ」

「……安城、貴様」

 

 そして、再び憎悪をたぎらせた。 

 そもそも、このアリーナは閉鎖されている。

 居てもいいのは、千冬とマドカの二人だけ。

 ここをモニターしている人員はいるが、この場に立ち入ることはないし、立ち入らせることもない。

 しかし、今、アリーナには大晃が侵入してしまっている。

 確かに大晃は言っていた。

 千冬を探している途中でモニター室に立ち寄った、と。

 そこで画面に千冬とマドカの両名を確認した大晃がここにやってきたはずだ。

 モニター室の人員を振り切って――。

 大晃の逸脱した行為を教師として、見過ごすことはできなかった。

 

「じゃあ、今度は俺の番ですね」

 

 大晃はうきうきと身体を弾ませている。

 世界最強が手に届く位置にあると確信しているかのような態度が癪に触ったのか。

 千冬の憎悪は際限なく深まっていく。

 マグマの如き歓喜と絶対零度の憎悪が二人の中央でぶつかり合い、渦を巻いていく。

 闘いは始まってしまうかに思えた。

 

「安城君、それはないと思いますよ」

 

 コツーン。

 コツーン。

 誰かが音を立てて階段を降りてきていた。

 女だった。

 二人はその人物を見た。

 

「山田先生、やっぱり来ちゃいましたか」

「ええ、放っては置けませんからね」

 

 山田真耶。

 一年一組の副担任であり、千冬の補佐を務める人物でもある。

 大晃にとっても身近な先生である。

 その人柄は温厚で、気弱と言われるほどに物腰が柔らかい。

 今も温厚に話しかけている。

 だが、この場に充満する気を受けてもなお、普段と寸分も変わらずに振る舞っている。

 それは逆に異常であった。

 いくら、発生源である二人から距離があると言っても、動揺した様子を全く見せないのは、真耶の人物像とは合致しない。

 本来ならもっと取り乱しても可笑しくないのに。

 そんな真耶を見て、ある呼び名が千冬の脳内を掠めた。

 かつての忌むべき名を千冬は思い出していたのだ。

 

「……『鬼の山田』」

 

 千冬と真耶は数年前に出会っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。