超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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59話、鬼と戦乙女の結託

 夜のIS学園。

 多くの者たちが、後に数々の激闘を繰り広げるアリーナは、数年前も今と変わらない巨大さと威容を誇っていた。

 そのアリーナの中心で一人の女子がISを纏っていた。

 それは量産機の『ラファール・リヴァイブ』だった。

 フランス製の第2世代機。

 ロールアウトしてからも長く時を経ても愛用者の多い傑作である。

 豊富なサポートとかゆい所に手の届く細やかな性能は数年が経とうと色あせることはないものだ。

 そして、緑髪の少女は一人夜のアリーナで練習らしきものをしている。

 奇妙な練習であった。

 少女はアリーナの中央部分に一人で立って、黙々と演舞らしきものをしていた。

 両手に持ったナイフを少女は自由自在に操って、前方の空間を凪いでいる。

 もし、対戦者が目の前にいたとすれば、攻防により自身がどういう動きをするのかを想定したイメージトレーニング。

 いわゆる、シャドーボクシングのような練習であるらしい。

 少女の両手のナイフが突如光った。

 光のシルエットは素早く形を変えて、拳銃へとなっていた。

 両手の拳銃はおそらく対戦者へと照準が向けられた状態で静止する。

 近距離戦で肉薄し、嫌がって逃げ行く相手を素早く持ち替えた拳銃で撃ち落とした。

 そういう想定の訓練であるようだった。

 驚くべきはその武装切り替えの速度である。

 少女が構えて照準を架空の相手へと向けて構えた時に、やっと切り替わったことが認識できる程の素早さである。

 ナイフと拳銃の二つの武装のみならば、ともかく、ラファールに搭載可能な他の武器と同じように連携が取れるのであれば手のつけようがない。

 少女は様々に武器を持ち替えて訓練を行っていく。

 

「待たせたな」

 

 少女が数十回目のシャドーを終えた時、一人の女がアリーナの観客席に姿を現した。

 美しい黒髪の女だった。

 背も高く均整の取れたプロポーションは男の情欲をかき立てるだろう。

 しかし、その視線には思わずこちらが目線を逸らしてしまうほどの威圧感がある。

 下心があっても女の前で素直にそれを出せる者はいないはずだった。

 彼女こそ、世界最強の称号を誇る操縦者、織斑千冬であった。

 そんな千冬がわざわざ、夜のアリーナに訪れたのには当然意味があった。

 千冬が言った。

 

「来てくれたんですね」

「ああ、約束だったからな」

 

 言葉を交わしてから、千冬は一跳びでアリーナの中央へとたどり着いた。

 少女の前に降り立ったその時にはもうISを展開していたのだろうか。

 千冬は自身のIS『暮桜』を纏って、己の切り札たる刀『雪片』を右手に持っていた。

 二人の距離は近い。

 

「遂に、約束を果たしてくれるんですね。嬉しいですよ」

「……ふん、それが果たして貴様にとって嬉しいものになるのかは保証できんがな」

「分かっていますよもちろん」

 

 少女は声を潜めている。

 扇情的な響きがそこにはあった。

 それに何を感じているのだろうか。

 千冬は静かに少女を睨んだ。

 憎悪をその身に滾らせて――。

 

「さあ、始めようか。『模擬戦』を」

「『真剣勝負』の間違いですよ、千冬さん」

 

 二人は刹那動いた。

 山田真耶と織斑千冬。

 これが過去にあった二人の闘い、記憶である。

 

 

 

 その数年後、つまりは現在。

 観客席に現れた真耶はラファールを展開して、アリーナの中心地点へと降り立っていた。

 自分の傷をほじくり回すように真耶は、その闘いについて言及する。

 

「前も、こんな感じでしたね、アリーナで、あの時は二人っきりで、あなたは今よりもずっと怖くて。

 私は全力で闘ったけれども、あなたにはまるで歯が立たなかった」

「山田先生、あなたですか? 安城をここに通したのは」

 

 千冬は忠実に職務に従うふりをして、真耶に問い詰めた。

 このアリーナを閉鎖してある。

 マドカの要望の通りに闘う、つまりは、ある種の説得のために二人きりになる必要があったのだ。

 その為に、千冬はアリーナを貸し切ったのだった。

 なのに、大晃はアリーナへと訪れて、しかも、マドカとの闘いに割り込もうとして来たのだ。

 大晃がどうして貸し切り状態のアリーナに入ってこれたのか。

 真耶が独断で大晃を通したのであろうことは、聞くまでもなかった。

 だが、敢えて千冬は真耶に問うたのだ。

 この話の流れを変える為に。

 

「そうですよ」

「何の為に?」

「決まっているじゃないですか。白黒はっきりさせたいんですよ」

 

 だが、真耶には話の主導権を千冬に握らせる気はなかった。

 職務、教師としての立場、千冬からの厳命、全てを無視してでも優先するべき都合があった。

 

「織斑先生、結局どうするつもりなんですか? 先生は安城君と約束をしたのかもしれませんが、私のほうが先約ですよね。

 なら、私と闘うのが筋というものではありませんか?」

 

 織斑千冬。

 彼女は決して無能な人間ではない。

 だが、自身の特殊な出自とそれにより育まれた悪癖を千冬はついに克服できなかった。

 それゆえの逃避であるのだが、それを真耶は許さない。

 

「だから、白黒はっきりさせましょう。今ここで決めようじゃありませんか。あなたと闘うのに相応しいのが誰なのかをね」

 

 この機を逃せば、また、闘いの機会は遠のいていく。

 事実、あの時、再戦を誓ってから数年も経ってしまっていた。

 もう、あと数年も待つことなど到底できるはずがない。

 真耶は静かに千冬へと迫った。

 

「だが、しかし――」

「おっと、誰が織斑先生と闘うべきなのかは、はっきりしていますよ」

「な! 安城、貴様!」

 

 千冬は制止を試みるも、大晃に遮られた。

 まるで、真耶に語り掛けるかのように、千冬へと言葉を向けた。

 

「俺は確かに約束をしたはずですよね。俺が生還したら闘ってくれるって。

 なのに、今さらそれを反古にするなんて、それはない。あり得ませんよ」

 

 大晃はゆったりと動いて、真耶の前に立ちふさがった。

 真耶はISを展開しており、大晃は見上げる形となっているが、肉に満ちているエネルギーからか見劣りはしない迫力を持っている。

 

「いけないですね、安城君。私はずっと前からこの機会を待ち望んでいたんですよ。

 私から折角の機会を取り上げる気ですか?」

「それは山田先生の都合なんですよねぇ。数年前の約束ならもう時効になっているのでは?」

「ひどいことを言うんですね」

「ええ、俺も織斑先生とやりたくてここに来たわけですから。当然でしょう」

「私に譲る気はないってことですか」

「はい、残念ながら」

「そうですか」

 

 真耶は苦い顔をしているが、あくまで温厚だった。

 まるで、普段の事務仕事でトラブルがあってその処理をしなければならない。

 そんな顔をしている。

 少し、考え込む仕草を見せてから、真耶は口を開いた。

 その口から普通に困っているような声が滑り出ていた。

 

「あなたを潰すほか手はありませんね」

「ッ! 山田先生!」

 

 千冬は叫んでいた。

 真耶は大晃へと踏み込んでいたのだ。

 その両手にはナイフが握られている。

 真耶はISを展開しているが故のリーチの差を生かして攻めた。

 銀色の軌跡が大晃の喉へと伸びた。

 大晃は後方に退がり寸でのところで回避して後退するが、真耶は尚も追いすがりナイフを振る。

 しかし、相手は近接戦闘を極めつつある男。

 大晃は即座に動きを切り替えて、前へと出た。

 繰り出すのは右の拳。

 二条の光をすり抜ける完璧なカウンター。

 驚異の体捌きが生み出す、その拳は、真耶の顔面へと向かい。

 その直前で静止した。

 拳を放った土台、すなわち、大晃が寸前で攻撃を諦めたからである。

 鳴り響く銃声。

 大晃は銃弾を避けるべく回転し、今度こそ後方へと逃れた。

 

「ナイフで切りかかると見せかけての、銃撃ですか」

 

 真耶の両手に握られていたのは拳銃。

 ナイフを空中に滑らせておいて、いざカウンターを狙えば拳銃に持ち替えての銃撃。

 神速の切替は大晃の速度に追いつけるほどの速度のようであった。

 

「見せかけではありません。あのまま、素直にやられてくれるのであればナイフで切り刻んでいましたから」

「確かに、半端なことをやったら俺だって危ないですよ。そのナイフは……」

 

 しかも、その斬撃は本命でもあった。

 大晃とて半端な反応をすれば逆にやられかねない。

 しかし、一つの手段へと意識を割けば、意識外の手段に切り替えてくる。

 厄介であった。

 さらに、問題は真耶の精神性であった。

 

「しかし、よく生身の俺に攻撃できましたね」

 

 大晃は生身だ。

 今の攻防でISの力を使い、PICで浮いてこそいたが、装甲を展開していない。

 その肉体の性能は未知数、最低でもISと同等の能力を有しているだろうが、それにしたって躊躇なく攻撃できるものではない。

 真耶は攻撃の瞬間、眉一つ動かしていなかった。

 

「今まで口にしたことはありませんでしたが、俺は知っていましたよ、山田先生。

 あなたが本当はヤバい人間だってことにね……」

「ヤバい? 一体私のどこが? 闘う以上、全力を尽くすのは当たり前のことでしょう。

 その当り前のことでヤバいと言われる筋合いはないと思うのですが」

「ええ、山田先生の言う通りですよ。あなたは当然のことをしている」

 

 大晃と真耶は声を交わし合う。

 それは小さな小さな声である。

 数メートルも離れれば、その間にある大気でかき消される程度のものだった。

 物理的に聞こえる筈はない。

 なのに、二人ははっきりと意志を通わせている。

 敵対している二人の間には確かに通じ合うものがあった。

 

「どうやら、先生は俺と同類の人間のようですね。闘うことが、たまらなく好きな人間だ」

「だからこそ、些細な違いが気になりますね」

 

 互いを互いを正しく理解しているからこそ、分かる差異がある。

 大晃は闘いが好きで好きで、勝利することが好きな人間だ。

 だが、それと同等程度には敗北を楽しめる人間でもあった。

 つまらぬ勝利よりも充実した敗北に選ぶ人間であった。

 充実してさえいれば、どのような結果でも受け入れるタイプだ。

 

「私は負けを嫌う人間です」

 

 真耶は違う。

 負けたくなかった。

 ひたすらに勝ちたかった。

 負けたことはあっても、負けっぱなしということは無かった。

 なのに、一度、完膚なきまで負けて、そのままになっている人物がいる。

 世界最強の称号と深い因縁を持った相手を誰かの手に渡すなどということは、真耶の行動原理としてあり得ない。

 

「だから、あの人に勝たなければならない。

 負けを尊いものとして受け入れられるあなたには分からないことかもしれませんがね」

「誤解ですよ。俺だって負けたら悔しいですからねぇ。ただ、良い『負け方』があることを知っているだけです」

 

 二人の距離が徐々に縮まっていく。

 真耶がラファールの脚部で大地を踏み下ろすたびに剣呑な音を立てた。

 大晃が脚を踏み出すたびに粉塵が舞い上がった。

 そして、ついに手を伸ばせば届く距離となった。

 真耶が大晃を見下ろした。

 

「安城君。ここはあなたの距離でしたね」

「そして、山田先生、あなたの距離でもある」

 

 その距離は大晃だけの距離ではない。

 遠近の両方を操る、真耶にとってもここは必殺の間合い。

 緊張感が増していく。

 

「でも、あまりオススメはしませんが……ねッ」

「むぅ!?」

 

 先に動いたのは大晃の方だった。

 直立の姿勢で宙に跳びあがり拳を放つ。

 肩から先のみで行う投球のような動作。

 それは先ほどまでとは数段上の速度であった。

 真耶は首を傾けてそれを避けるものの、突き出された腕を凪ぐことは不可能だった。

 第二打がもうすぐそこまで迫っていたからだ。

 蹴りが真耶の顔面めがけて振り上げられる。

 仰け反り避けるものの、次々と殴打の嵐が襲ってくる。

 真耶の決断は早い。

 スラスターを吹かして後退する。

 大晃はなおも追いすがろうとするが、真耶はグレネードを放り投げた上で持ち替えた拳銃で牽制を行い、突き放す。

 程よい距離を取ってから、真耶は苦笑した。

 

「少し調子に乗り過ぎましたか。接近戦は積極的にはするべきではありませんね」

 

 真耶はおもむろに武器を持ち替えた。

 手に握られているのは連射可能なアサルトライフル。

 全身でしっかりとホールドして真耶は弾幕を張った。

 大晃は再び真耶へと迫った。

 脚を、拳を、叩きつけんと前へ前へ進んでいく。

 だが――、

 

「ぬ!」

 

 それを真耶はさせない。

 大晃の動きは基本的に直角である。

 それでもなお体捌きとフェイントの組み合わせで弾幕をかい潜り、ルートを探っている。

 だが、それは豪雨の中で雨粒に触れずに目的地へとたどり着くことを試みることに等しい。

 直線の動きをいかに組み合わせようと、真耶を相手にそれは叶わない。

 

「いい加減にしたらどうだ」

 

 永遠に続くかに思えた先日手は、その一言を契機に動きを止めた。

 相対する大晃と真耶はその音源へと目を向けた。

 大晃から見て右、真耶から見て左に、千冬がいた。

 

「山田先生……職務に忠実なあなたがどうしてここまでのことをするのか?

 おおよその察しはつくが、それは置いておこう。

 問題はあなたがIS学園の教職という立場にありながら、貴重なISを利用して無責任に私闘を行なっていることだ。

 然るべき、処分は後ほど言い渡す。貴様も同じだ、安城。私に逆らった罰は受けてもらうぞ」

 

 静かな声に私情は混じっていなかった。

 IS学園の教師として当たり前の発言である。

 逆に言えば、それだけのことで、教師として必要なことしか言っていない。

 その裏にどういう思いがあるのかは分からないが、一つだけ分かることがあった。

 

「織斑先生、いい加減にするのはあなたの方だ」

「なに!?」

「織斑先生は困ったことがあればすぐにそうやって、義務だの、職務だのを言い訳にする」

「私は間違ったことを言ってはいない」

「ええ、織斑先生は正しいことを言っていますね。しかし、もはや正しさなど、どうでもよいことなのです」

「……山田先生」

「織斑先生、止めないでくださいよ。止めようとしたら、もっと怖いことになりかねないですから」

 

 真耶が千冬の後ろに視線を合わせた。

 そこには気絶したマドカが倒れている。

 千冬はマドカの前に立ち、流れ弾を処理しているのだ。

 もし、大晃と真耶を止めに動けば、マドカを守るものは何もなくなってしまう。

 故意にマドカを狙ったりはしないだろうが、それでも、二人の闘いの間に無防備なマドカを放っておくことは千冬としては出来ない。

 

「心配しないでくださいよ。私はこれでも色々と考えているんです。

 あなたは知る由もありませんが、あなたと私が闘う舞台は着々と出来上がっている」

「どういう意味だ?」

 

 真耶は言った。

 闘う舞台は着々と出来上がっている、と。

 一体何のことだか千冬には分からないようである。

 ただ、その言葉にはハッタリとは思えない響きがあるのも確からしく、千冬は困惑した表情を見せた。 

 その時だった。

 また、別の方向から声が上がったのは。

 

「あなたと私が闘う舞台? 冗談はよしなヨ」

 

 その女は一体どういう手段を使ったのか、アリーナのバリアの内側へと入り込んで来ていた。

 燃えるような赤い髪をしていた。

 明らかに外国人の顔つきをしている。

 その女は左腕で髪をかき上げた。

 右腕はない。

 女は隻腕なのであった。

 さらに言えば、女は右目に眼帯をしていて、右目はその機能を停止しているようだった。

 

「貴様は……!」

「遅かったですね。アリーシャさん」

 

 真耶はその女をアリーシャと呼んだ。

 本名、アリーシャ・ジョセスターフ。

 第一回モント・グロッソにて準優勝。

 第二回モント・グロッソでは千冬の棄権により不戦勝という形ではあるが、優勝。

 二代目のブリュンヒルデである。

 アリーシャはため息をついた。

 

「胸騒ぎがするから、急遽来てみればこういうことになってたか。全く、ひどいもんサ」

 

 右手で髪を弄びながら、アリーシャは無造作に騒動の中心へと近づいてくる。

 無防備にも見えるその姿に隙は見当たらない。

 

「全く、それにしても真耶。私が到着するまで織斑千冬には手を出すなって言ったよナ?

 なんで、私がここに着く前におっぱじめてるんだ?」

「予想外のことがありまして」

「予想外?」

「そこの少女と織斑先生の闘いに端を発して、安城君が先を越しそうだったので」

「ふーん」

 

 大晃に真耶とアリーシャの視線が集まった。

 

「キミが安城大晃か……」

「はい、ご高名は窺っておりますよ。アリーシャ・ジョセフスターフさん」

「自己紹介はいらないようだネ。それで、先を越しそうだった、てのはどういう意味サ?」

「いやぁ、俺は先生と闘う約束をしていたもんだから、今ここで闘ってもらえないかな、と思いまして」

「残念だったネ、私も個人的な約束をこの女としているのサ」

「アリーシャさん、それは私も同じことですよ」

「そういえば、そうだったネ」

「お二人は前々から面識があったんで?」

 

 大晃の質問にアリーシャが答えた。

 

「ああ、前からつるんでたのサ。もちろん、秘密でだが」

「一体何のために?」

「決まっているだろう? 織斑千冬と深い因縁があるのサ。特に私たちにはネ」

 

 アリーシャは言ってから、真耶をにらんだ。

 

「それで私らは協力していたはずなんだが、真耶これは一体どういうことサ?」

「さっき説明した通りですよ」

「それは分かったけど、お前は私を出し抜いて、千冬への挑戦権を得るつもりだったんだろう」

「それは誤解ですよ。私はあくまでもあなたがここに着くまでの時間稼ぎをしているつもりだったんです」

「あなたと私が闘う舞台って言っていたのに?」

 

 アリーシャの指摘を受けても真耶はたじろがない。

 事務仕事の延長線上のような対応をしている。

 

「確かに言いましたね」

「あれは、抜け駆けして、千冬と約束しようって魂胆だったんじゃないのかい?」

「それもまた誤解です。私は誰とやっても負ける気はありませんし、織斑先生を誰にも渡すつもりもない。

 その意思表示をしたまでのことです。それに――」

「それに?」

「あなたを出し抜いたところで後で文句を言われたんじゃ堪りませんからね。

 ちゃんと、あなたを待った上で挑戦権を獲得するつもりでした」

「……面白いのサ」

 

 二人の会話の断片から読み取れるのは、二人が協力関係にあることだった。

 ISで闘うということは大変なことである。

 一応、スポーツという名目はあるが、ISは兵器だからだ。

 その兵器で闘う為には、一応の許可がいる。

 もし、人前で千冬との闘いをするのであれば、方々に手を打たなければならない。

 アリーシャは二代目のブリュンヒルデで顔も広い。

 真耶もまた過去には、業界で名を馳せたこともある人物で、IS学園の教職員。

 アリーシャほどではないが、業界に顔も効く。

 二人は、その人脈を駆使して今まで下準備をしていたのであろうことは、想像に難しくない。

 

「お二人さん、ちょっと良いですか?」

「何サ?」

「お二人の事情は大体、分かりましたよ」

 

 千冬と闘う権利を、二人もまた争っていること。

 それを今、大晃は理解した。

 だからこそ、聞いておきたいことがあった。

 

「一体どうやって、織斑先生へと挑戦する者を決めるつもりだったのですか?

 話を聞くところによると、お互い譲る気はないようですが」

「決まっているのサ。私と真耶の二人で挑戦権をかけて争うつもりだったのサ」

「ならば、提案があります。俺と山田先生とアリーシャさんの三人でこれから闘いませんか。

 織斑先生が立会いだなんて、これ以上ない条件だと思いますが」

「……どうして、私と真耶の間にキミが割り込んでくるのか、と文句の一つでも言いたいけど。

 でも、確か千冬が現役復帰をしたのはキミが原因らしいネ」

 

 アリーシャと真耶の二人が数年越しに企てた計画の内で最も難しいのは、千冬の現役復帰である。

 だが、千冬の現役復帰は思いがけない理由で果たされることになる。

 大晃の内には無手という怪物が巣食っていた。

 大晃が怪物と成り果てた時に、被害を出さずに抹殺する為の手段として、千冬は力を求めた。

 つい最近になって大晃は内なる怪物を克服して、己の新たな力として取り込んでいるのであるが、それで千冬は引退したわけではない。

 現に千冬はかつての愛機、暮桜を身にまとっている。

 しかも、現役を退いている間にチェーンナップされていたのか、その性能は格段にアップしている。

 ともかく、大晃に起きたトラブルにより千冬を現役復帰させる手番は減ったことになる。

 そういう意味では功労者の一人である大晃にも、挑戦をかけて闘う権利はある。

 アリーシャはゆっくりと口を開いた。

 

「いいサ。キミは千冬を最前線に引きずり降ろしてくれたんだ。それくらいの権利は上げてもいい」

「ありがとうございます」

「織斑千冬、そういうことだ。しっかりとこれから起きる闘いの結末を目に収めて置くことだネ」

 

 アリーシャに言われるまでもなく千冬は諦めたらしい。

 極秘で、しかし、じわじわと広がっていた水面下での計画だ。

 まだ、全容も見えないし、そもそもこの場では確認のしようがない話であるが、現役のブリュンヒルデが口にした内容は軽く扱えない。

 もし、本当ならば、外堀は埋まっているだろうし、外野から話が来てもおかしくない。

 もとより、現役復帰する際に一番懸念していたのは、自分と闘いたい者が暴走することである。

 千冬は、公式、非公式に限らずに無敗で現役生活に幕を閉じた。

 それゆえの弊害として、ある風潮が世間に浸透していた。

 例え、この先あらゆる大会、それが世界最大規模のモント・グロッソで優勝しようと、その優勝者は千冬より劣っているものとしてみなされてしまうのだ。

 しかも、モント・グロッソの現優勝者であるアリーシャは過去に千冬と闘って負けている。

 世界で一番の称号を手に入れたとしても、本当に世界で一番強いことを証明できない。

 現に、アリーシャの公式な評価は世界で二番目には強い、である。

 そういう世間の風潮と向き合うのも優勝者の務めであると言ってしまえばそれまでであるが、アリーシャは歯がゆい想いをしてきたはずであった。

 千冬の現役復帰は競技という観点から見たIS分野においても絶大なものがある。

 この地上で本当に誰が強いのか?

 それを決めるメンバーに千冬は欠かせない。

 乗り気ではなかったが、ある程度は分かっていた上での現役復帰である。

 千冬はマドカを大事そうに抱えた。

 すでにマドカのISは解除されている。

 

「分かった、ならば、私も覚悟を決めようか。

 そして、立ち会うからには私も本気で見物をさせてもらう……」

 

 千冬が何事かを呟くとアリーナのシールドが消えた。

 千冬は飛び立つと観客席へと降り立ち、ISを量子空間に格納した。

 

「これからシールドをより一層強く貼り直す。

 こんなことができるのは今日一日くらいのものだろう、だから思いっきりやれ!」

「言われるまでもないサ」

 

 そして、再びアリーナにシールドの蓋がされた。

 アリーナに出入り可能なピットの出入り口も固く閉ざされている。

 これで攻撃が外に通ることはなくなった。

 

「さてと、闘う前に一つ訊きたいのサ」

「なんですか?」

「世界中で同時多発的に起きた、幻聴と幻覚騒ぎ。あれはキミの仕業かい?」

「そうですが」

「やっぱりそうだった。キミを一目見てピンと来たのサ。それで思ったんだ。

 あれがキミの仕業だっていうことをネ」

 

 アリーシャの言う幻覚騒ぎとは最終移行の余波によって引き起こされた謎の現象であった。

 その効果は未だに不明。

 分かることは、多かれ少なかれ全人類に影響があったことと、ISが強い反応を示したことだけだ。

 大晃は無手に勝利したのであるが、その決着として起きたラスト・シフトは何らかの影響を世界に与えていた。

 

「胸騒ぎがするのもあの幻覚を見たからなんだ。

 誰かが近いうちにあの織斑千冬とやろうとしている確信があった。

 今日、若干の無理をしてここに来たのもそれが理由サ」

 

 アリーシャは観客席にいる千冬を見た。

 

「間違っていなかった。今日ここで闘い勝者となった者が千冬と闘うための切符を手に入れることは確実だろうからネ」

「確かに昂ってきますね」

 

 千冬は観客席に座っている。

 観客席と中央の戦場は分厚いシールドで仕切られている。

 つまり、千冬が咄嗟に止めようとしても闘いを止めることができないのである。

 基本的に千冬はこれから起こる闘いを止める気がないようであった。

 それは逆に言えば、決着が着くまで闘いを見届けるという意思の証明でもある。

 わざわざ、戦場の外側へと出たのはマドカの安全確保のためだけではなく、容易に手出しを出来ない状況を作り出すことで、その覚悟のほどを示す為でもあった。

 

「決着はどうやって決める?」

「それはもちろん――」

「やれば自ずと分かるでしょう。俺たちの誰が織斑先生とやるに相応しいのか」

「そういうことです」

 

 三人は超至近距離でにらみ合う。

 誰も止めることの出来ない闘いが始まろうとしていた。

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