超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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60話、三人による大乱闘

 ふつふつ、と肉の底で気泡が湧いていた。

 火にかけられた水は沸点を超えると蒸発を始める。

 そのとき、水の底からは空気の泡が次々と生まれては浮き上がり水を刎ねあげる。

 それと同じであった。

 これから始まる大きなもの、千冬への挑戦権を掛けた闘いへの恐怖と不安、そして、興奮が肉をとろ火のように温めているのだ。

 ゆっくりと上昇する肉の温度はついには沸点を超えた。

 今、三人は一様に、自身の肉体が沸騰しかねないほどの熱さを感じていた。

 

「ところで、お二人はISを展開なさらないのですか?」

 

 真耶が言葉を発した。

 その声は低くて静かだ。

 大晃とアリーシャはISを展開していない。

 真耶はそのことを言っているのである。

 しかし、それは気遣いなどという優しさの気持ちから生まれた言葉ではなかった。

 例え、ISを装着していようがいまいがここに立った以上半端は許さない。

 この言葉を投げ掛けて動揺を見せて隙を晒すような者がいるのならば、そのときは容赦なく銃口を向けるつもりだった。

 

「心配は無用サ。それよりも自分はどうなんだい?」

「どうとは?」

「十八番の武装は展開していないようなのサ。私とやる以上全力を出した方が身のためなのサ。そこの坊やもね」

 

 堪らない緊張感が三人を包み込んでいた。

 今、三人はそれぞれが5メートル離れた三角形の位置関係にある。

 そして、唯一、ISを全展開している真耶が二人を見下ろす形となっていた。

 誰も動かない。

 否、誰も動けない。

 先に動けば不利になる。

 下手をすれば残りの二人から攻撃が集中することもあるかもしれなかった。

 しかし、この緊張感の中でそういつまでも我慢できるものでもない。

 

「俺から行くべきだろう」

 

 だからこそ、大晃はいく。

 もとより、千冬と闘えるように根回しをし続けていたのは真耶とアリーシャの両名であり、大晃は部外者に近い立ち位置だ。

 多少のリスクは背負うべきと、判断したらしい。

 右の拳をアリーシャへと振った。

 その拳の先端はおろか、土台である肉体の動きさえ、ISのハイパーセンサーなしに感知するのは難しいであろう。

 弾丸すらも容易に置き去りにする拳。

 この距離で、しかも、大地を味方につけて放たれた拳は国家代表クラスであろうと、回避できるものではない。

 

「上手いですね」

「部分展開は女の嗜みサ」

 

 だが、相手は世界で二番目に強いと評される現モンド・グロッソ優勝者。

 加えて、彼女もまた、徒手空拳での闘いを得意とする闘士である。

 アリーシャは左腕を上げて、手首に当てることで、拳の軌道を変えた。

 その左腕はISの装甲で覆われている。

 大晃の拳を見事に逸らしたアリーシャは反撃へと転じた。

 右拳で。

 

「!?」

 

 あり得ないことだった。

 アリーシャは右腕を喪失している。

 右腕のないアリーシャに右の拳を放てるはずがないのだ。

 しかし、現実にアリーシャは右拳を大晃へと放っている。

 義腕。

 アリーシャが右の肩を振った刹那、肩から右腕が生えてきたのだ。

 ISの展開による義腕形成。

 アリーシャの全身に光のシルエットが現れて、紅い『テンペスト』が展開されたのである。

 アリーシャの抜拳はこうして完成した。

 大晃は左腕でブロックし、装甲で覆われた右拳を逸らした。

 だが、それでも、虚空から出現した義腕は虚を突くことには成功していた。

 そうでなければ、その拳は当たりもしなかったろうからだ。

 そして、身体のどこかが触れてさえできれば、アリーシャには良かった。

 己のワンオブアビリティを発動しようとして――。

 

「おっと」

「チィ」

 

 二人は距離を取る。

 片方だけではなく、両方が同時にである。

 その理由は二人の視線の先にあった。

 

「お二人ともそのままやり合えば良かったのに」

 

 真耶が残念そうに声を上げた。

 手に取り出したるはグレネード。

 もし、二人がそのまま自分に構わずやり合うのであれば漁夫の利を狙うつもりであったらしい。

 

「危ないことを考えるんですね」

「相変わらず、うっとおしい女なのサ」

 

 専用機テンペスタに身を包んだ、アリーシャが唾を吐いた。

 三人同時に闘うということの妙味がここにある。

 片方のみに構えば、もう片方が大きな脅威となる。

 真耶が遠距離を得意とするからではない。

 ここに集まった者のレベルは高い。

 射程の距離に関係なく、意識を外すことが致命的になりかねない。

 かといって、中途半端に対応すればそれもまた命取りだ。

 

「アリーシャさん一時的に俺と組みませんか?」

「断るのサ」

「何故?」

「信用できないから」

 

 一時的に同盟を組むのも、あり得なかった。

 大晃は信用できない。

 そう言っておいて、真耶を狙った瞬間、大晃は自分を狙って来ることも考えられる。

 自分がそうだからこそアリーシャは、大晃を信用できない。

 真耶もその点では変わらない。

 きっと誰とも同盟を組まないし、持ちかけることもないだろう。

 持ちかけたとしても、それはブラフに違いなかった。

 

「三人同時だと面倒くさいネ。だから……お前から消えて貰おうか!」

 

 アリーシャはそう言って大晃へと向かった。

 矢継ぎ早に飛び出すアリーシャの拳。

 ミサイルのような拳が容赦なく大晃を襲う。

 拳は当たらない。

 卓越した体捌きがギリギリの回避と繋がっている。

 そして、鳴り響く金切り音。

 真耶のアサルトライフルによる銃弾の嵐が二人を襲う。

 大晃はそれらを避けて、後方へと下った。

 PICで身体を浮かせて、全身を捻った後方宙返りにて弾丸の隙間を潜ることに成功する。

 だが、アリーシャは弾丸の嵐を突っ切った。

 胴体、脚部のみならまだしも、顔面に向かってくる弾丸すらも無視している。

 一切の回避行動を伴わない動作は被弾に繋がりかねないが、アリーシャは全くの無傷。

 大晃の速度は速い。

 ISの展開なしで後退し、かつ、銃弾の嵐を避けねばならないという条件ですら、イグニッションブーストと同等の速度を叩き出している。

 だが、アリーシャは流石に現役のブリュンヒルデ。

 自らと大晃を結ぶ直線距離をあっさりと詰めて、今度こそ一撃をお見舞いする。

 

 ――ぐむぅ

 

 大晃の口からうめき声が漏れた。

 顔面に一撃。

 腹部に一発。

 上下に散らしたコンビネーションにより良いのが二つ入っていた。

 打撃を受けることにより、一瞬動きが止まった。

 そこに真耶の銃撃が容赦なく襲ってくる。

 アリーシャはそれらを避けようともしない。

 当然のように大晃に張り付き、至近距離での攻撃を続けている。

 だというのに被弾しているようには見えない。

 何故なのか?

 そのヒントはアリーシャを纏う空気の流れにあった。

 よく見るとアリーシャの機体を風が覆っているからである。

 突き出す拳や繰り出す蹴りの余波によるものなのか、アリーシャは空気を巻き上げて風を作り出しているようにも見える。

 だが、それはどうやら違うらしい。

 その風は機体を均一に囲んでいたのである。

 激しい動きの余波により起きたにしては不自然な現象だった。

 大晃はその現象の正体に思い至ったのか、拳撃と銃撃の両方を避けながらも、呟いた。

 

「なるほど、ワンオフアビリティーか」

「正解だよ。私の能力位は知っているだろう?」

 

 アリーシャはあっさりと種明かしした。

 風を操るワンオフアビリティー。

 それにより自らの機体を風で覆い、防御用の膜を張っているのだ。

 今、大晃を狙ったとしても真耶が漁夫の利を狙おうとしてくるだろう。

 だからこそ、アリーシャは大晃に狙いを定めた。

 銃撃をある程度無効化できる為、大晃を相手にして有利を取れると考えたのである。

 しかし、真耶の所持している火器は幅が広く無効化できないものもあるかもしれない。

 真耶が最大最強の切り札を切ってくればアリーシャも無傷ではすむまいが、そういう場合は大晃を盾にすればよい。

 そういう算段であった。

 だが、大晃とて何もしないはずがない。

 

「こいつッ! 自分から当たりにッ!?」

 

 アリーシャの連打が止まった。

 発射した拳が、トップスピードに入る直前の地点で命中したのである。

 大晃が身体を自ら前に迫り出していたのである。

 威力の半減した拳が両腕にがっちりとホールドされている。

 アリーシャは能力を発動して風を起こす。

 腕の周囲に局所的なつむじ風を纏うことで、引きはがそうとした。

 アリーシャ自身も力を込める。

 だが、びくともしない。

 凄まじい腕力であった。

 

「ぬおッ!」

「ッ!?」

 

 アリーシャはぶん投げられていた。

 引き込もうとしてISのスラスターやPICで宙に踏ん張った。

 掴まれたまま大晃を殴ることもできたが、そうなると今度は真耶が厄介だった。

 二人一緒に撃墜しようと、グレネードを持ち出しかねない。

 だから、早くこの場から離れて仕切り直したかったのだが、その焦りを利用された。

 投げようとする力に自らが込めた力がプラスされて、アリーシャはほぼ制御不能な速度で投げられていたのである。

 しかし、この方向は面白い――。

 そこから先はアリーシャが思う暇もなかった。

 

「真耶ッ!」

 

 真耶の名を叫び、右腕を上げた。

 それがナイフとぶつかり、金属音を立てる。

 アリーシャの進行方向には真耶がいたのだ。

 装甲に覆われた拳とナイフが何度か火花を散らして、二人は互いに向き合った。

 投げられてから二人の間が詰まるまでの時間はほどんどない。

 いくら遠距離戦闘の間合いであっても超速のしかもトップクラスのISであれば、すぐに詰められる。

 距離にもよるが、このアリーナの端から端であれば数秒もかからない。

 距離に意味がないとは言わないが、ここにいる三人にとってこのアリーナは狭い檻のようなものである。

 真耶にとっては一際そうであるかもしれなかった。

 だが、真耶は対応した。

 アリーシャが突っ込むまでの僅かな時間で、手持ちの武器から最適な行動を割り出して、アサルトライフルをナイフに持ち替えて、迎え撃った。

 多芸なIS操縦者は多いかもしれない。

 だが、近距離専門でしかも現役のブリュンヒルデと打ち合える者は、世界中を探しても何人もいない。

 事実、向かい合う真耶の姿は、アリーシャの目から見ても隙の見えないものだった。

 遠距離戦に徹することもなく、わざわざ相手の土俵でやり合う肝も併せ持っている。

 となると、それは世界に真耶、ただ一人だけだろうと思われた。

 アリーシャの口端が吊り上がった。

 この女は自分と同じ人種だったという強烈な実感がそうさせたのである。

 真耶も同じ想いを抱いているようで、切れるような微笑を浮かべている。

 そして、もう一人――。

 

「喝ッ!」

 

 大晃が二人の間に割り込んできた。

 一見すると無秩序に、しかし、流水のように力を途切れさせることなく攻撃を仕掛けてくる。

 二人同時にである。

 今の大晃に防御はない。

 二人の攻撃を防御しきれるものではない。

 逆にいえば、防御を考えなければ、二人を相手にしても渡り合える。

 そう言っているようであった。

 その無言の言葉を肯定するかのように大晃は攻撃を続けていく。

 アリーシャと真耶もそれに応じていくかのように、拳とナイフを繰り出した。

 二人の猛者による挟撃。

 いくら大晃とて、一人で対抗することなどできない。

 その筈なのに――。

 互角に打ち合っているのである。

 宙空という無制限。

 強化されたであろうISの出力。

 それらを使って大晃は激しく回転していた。

 無数の手足が様々な形を伴って打ち出されている。

 大晃は荒れ狂う竜巻であった。

 竜巻は人数を選ぶか?

 選ばない。

 どれほどの人数がいようと、巻き込まれた人間に等しい被害を与えるだけである。

 繰り返しになるが、大晃は防御をしていない。

 だが、攻撃は最大の防御でもある。

 ありったけの手数と破壊力を持った全力の乱打は、相手の攻撃を抑制する攻撃的な防御であった。

 あるいは防御的な攻撃でもあった。

 もし、相手が並みのIS使いであったのなら、それだけで完封勝ちができるほどの攻撃であった。

 そして、真耶もアリーシャも半端な使い手ではない。

 普通なら嵐から距離を取ろうとするだろうが、大晃と同じ人種の人間がそんな消極的な手を使うはずがなかった。

 逆に、二人はその嵐の中に自ら踏み込んだのだ。

 当然、強風に流される礫によりダメージを負う。

 突きと蹴りが突き刺さる。

 それで構わない。

 ナイフが嵐を切り裂き、拳が嵐を霧散させた。

 三人は等しくダメージを負った。

 仕切り直しとなる。

 

「ふふん。まさか、突っ込んでくるとはね」

「舐められるわけにはいきませんから」

「なるほど」

 

 真耶は大晃の言葉に簡潔に答えた。

 真耶の本領はあくまでも遠距離戦で、ナイフよりも拳銃を扱う方が得意だ。

 大晃から距離を取っても良かった。

 そうしなかったのは、距離を離せば真っ先に自分が狙われるというのも一つの理由だ。

 その理由も真耶の中では大したものではなかった。

 二対一の構図で殴り込みを掛けてきた大晃の姿を見て、真耶の体温が著しく上がっていた。

 確かに自分は近距離は得意な方ではない。

 だからと言って、数の有利を覆される程度の実力ではない。

 そこには一定の自負が存在している。

 大晃の行動はそんな真耶の自負を逆撫でするものであった。

 例え、得意の近距離戦闘であろうとも、調子に乗れば痛い目を見ることになると教えておかねばならない。

 舐められるわけにはいかない、という言葉の裏にはそれほどの意味があった。

 アリーシャは短く言葉を交わした二人を交互に見て笑った。

 そのアリーシャを二人は見返す。

 獣臭のする笑みは二人を十分に惹きつけたのだ。

 

「お前ら、面白いなぁ」

 

 感嘆の響きがそこにはあった。

 アリーシャは言葉を続けた。

 

「同類が三人もいるとは思わなかったサ」

「三人」

「そうだ、私を除けば、山田真耶、安城大晃、そして、織斑千冬。

 お前ら全員私と同じだ。闘うことが好きで好きで堪らないのサ」

 

 大晃の目が細まった。

 アリーシャから放たれる気配。

 それを興味深そうに検分しているようだった。

 まだまだ、闘いは序の口だ。

 本当に取り返しの付かなくなる地点は程遠い。

 しかし、距離で例えれば、全行程の三分と経たない今の時点ですら、闘いは熱を持ち、三人を包み込んでいる。

 

「おい、本気を出せよ」

「俺に言っているんですか?」

「ああ、キミの考えはよく分かるよ。織斑千冬の前で力を晒したくないんだろう?

 でも、キミがいくら人知を超えた存在になっていたとしても、この面子でISの展開すらしないのは致命的なのサ」

「誤解しないでくださいよ。俺は手を抜いているわけじゃあない」

「まあ、いい……。言いたいことはそれだけなのサ」

 

 それきりアリーシャは黙った。

 誰もことさらに話をしないために、沈黙が流れている。

 誰も動かない。

 動けない。

 口を開くことさえしない。

 無言の沈黙。

 しかし、それは互いが互いに目配せをして様子を伺う、雄弁な沈黙だった。

 言葉にはならない、言葉を三人は交わしていた。

 いつ誰が仕掛けてくるのかを無言で探り合っているのである。

 呼吸。

 視線。

 それらをヒントにして彼らは互いを読み合っているのである。

 深い、深い、読み合いは次第に折り重なって、積もり積もった読みの残骸が深海の様な静けさを生む。

 深海の水圧と同じような重さが全員に圧し掛かる。

 打ち破るのは極めて困難。

 

「今度は私の番ですかね」

 

 真耶はまたしても武器を持ち替えていた。

 右手に構えたショットガンが火を吹くたびに、散弾とは思えないほどに巨大な弾丸が飛び交う。

 左手は残像が眼に映るほどの速度で動き、絶えずグレネードを放っている。

 突如始まる火薬と爆薬の二重奏で真耶は場を支配した。

 深海を押しつぶしてくる大量の海水ですらも沸騰させてしまうような、熱と炎の出現。

 あまりに突然の出来事に二人はそれぞれの行動を取った。

 

「山田先生……あなたはやっぱり危ない人だ」

 

 大晃は大胆不敵にも突っかける。

 その軌道は相変わらず、直線のみ。

 ISを纏わず、鋭角と鈍角を組み合わせた複雑な軌道で飛んだ。

 それは回避のみを狙った動きではなかった。

 もとより、広範に及ぶ真耶の攻撃を避けるのは不可能。

 大晃もそれを承知の上で敢えて、曲線を交えず動いているらしかった。

 その行動が何らかの意図によるものだという根拠はある。

 弾丸はいくつも命中し、火炎は容赦なく包み込んでくる。

 だが、命中した弾丸は引き裂かれ、アリーナを覆い尽くす爆炎は切り裂かれている。

 無尽蔵の力を変換した生み出されたかのような神速。

 その神速で己の身体を弾丸と化したのである。

 自らの身体を武器であるという観念と弾け飛ぶ爆薬よりも速く動けるという確信。

 その両方が根底にある異形の戦法であった。

 

「真耶も、てめぇだけには言われたくないだろうに」

 

 己のスペックをまざまざと見せつける大晃に、アリーシャは技術と能力で対抗した。

 風が吹いた。

 専用機テンペスタが能力を発動したことにより風が起きたのである。

 アリーシャは他には何もしない。

 迫り来る赤黒い爆炎を前にしても不動の姿勢のままであった。

 不定形の暴虐がアリーシャを呑み込んだ。

 更に、続々と押し寄せる大量の破壊兵器が、アリーシャがいるであろう破壊の中心地点に投下された。

 赤黒い煙がさらに膨れ上がり、その内側で起きる更なる破壊。

 それはどれほどのものなのか?

 爆心地点には塵一つ残らないだろう。

 ISですら巻き込まれれば灰燼と化すかもしれない。

 爆発により巻き上げられた砂埃と噴煙。

 それが霧散した。

 ひときわ強い風が渦を巻いてそれらを蹴散らしたのである。

 その風の中心でアリーシャが腕を組んで仁王立ちしている。

 テンペストにもアリーシャ自身にも傷一つない。

 

「ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。蚊トンボみたいにみっともない男なのサ。

 こうしてゆったりと構えるのがよりスマートってものなのサ」

 

 アリーシャは大晃を嘲笑した。

 テンペストの風を生み出す能力を駆使すればこの程度は避けるまでもない。

 小規模な竜巻で自身を覆い隠せば、飛んでくる凶器を散らすことができるからだ。

 同じ脅威に対して一方は素早く動いて、一方は静止したままであった。

 そのことが両者の力量に差があることを決定づけることはない。

 だが、より少ない労力で現状を乗り切ることすらも力量の一つ、とするのならば静止している者が一歩リードしているのかもしれない。

 アリーシャはそれを強調しているようだった。

 

「若輩者の俺には、それがちょうど良いんですよ」

 

 大晃はそんな挑発を気にしていない。

 この闘いは三人、敵同士が闘うバトルロイヤルである。

 ただ、エネルギーを節約すればよいというものではない。

 いかにして自身の底を見せないようにするのかも重要な要素だ。

 現にこの闘いを見物しているのは、織斑千冬である。

 この闘いに勝利したとしても、自身の手の内を全てばらしてしまっては不利になる。

 大晃が未だにISを展開しないことにはそういう意味もあるのだ。

 

「なんなら、もっと、激しく動いても良いんですよ。こんな風にね」

 

 大晃の速度が上がった。

 出力を上げたのではない。

 大地、そして、天井と壁。

 大晃はそれらを蹴って更に縦横無尽に飛び始めたのである。

 大晃が踏ん張るたびに、大地は踏み抜かれ、壁にはヒビが入り、アリーナのシールドは波打った。

 脅威的な脚力と無尽蔵のPICは、大晃に更なる速さをもたらした。

 それは最早、攻撃ですらあった。

 当たれば総エネルギーの四分の一かは確実に、下手をすれば一撃で全てをむしり取られる恐ろしい体当たりである。

 人間砲弾と言ってもいい。

 火器と風。

 そこに全てを引き裂く弾丸が加わった。

 闘いの難易度が一つ上がる。

 アリーシャは更に纏う風を強くした。

 それで激突の瞬間のダメージを緩和するらしい。

 それだけではない。

 大晃が跳躍んで自身に向かってくる。

 真っ直ぐな軌道の上にアリーシャがいる。

 その軌道が逸れた。

 体当たりを逸らすように風を起こしているのである。

 力と速度を伴った突進を正面からはじき返すのは不可能。

 そう判断したアリーシャは横から押し流すように風を起こしているのである。

 それによって体当たりの進路が横へと逸れたのだ。

 絶えず動き回る大晃の座標に風を発生させる。

 真耶の放つ火器たちが襲いかかってくる中、僅かなズレさえ許されない針の穴に糸を通すような業を、アリーシャは成就させた。

 真耶も負けてはいない。

 火器の運用方法に変化が生じていたのだ。

 もともと、適当に火器をばら撒いていたわけではない。

 敵の動きに合わせてタイミングを計っていた。

 そのタイミングに更なる工夫を加えたのだ。

 どうしたって生じてしまう、方向転換の際の静止時間。

 ほぼゼロ秒のタイミングを察知して、方向転換の位置を予測し弾幕を放る。

 ゼロからマックスへと速度が高なる際を狙い撃ちする弾幕。

 それはより高度な弾幕だった。

 大晃はそれすらも避ける。

 だが、狙いは定まらない。

 より高い次元で対応してくる真耶とアリーシャ。

 二人が大晃の進路を妨害し、体当たりの軌道が二人を捉えることは無いのである。

 そして、それは大晃だけではなかった。

 全員、ダメージはほとんどない。

 裏を返せば、全員が全員、有効打を当てていないのである。

 当てられていないのである。

 確かに全力ではない。

 しかし、使っている技術は既に一級のもので、その使用方法については手抜かりはない。

 今、切っているカードを最大限に活用している。

 なのに、闘いは拮抗している上に、有効打はゼロなのである。

 緊張は未だに破られていない。

 より高い技術、湧き出てくる泉のように、次から次へと訪れる局面を乗り越える力。

 そして、力を千冬の前で見せたくないという縛り。

 それらが力を最小限に抑えつつも、有効活用させるという局面を生み出し、それ故に有効打がゼロという状況が続いているのだった。

 臨界点に達していた。

 今はまだ、拮抗した状況が続くだろう。

 それも次々に展開される技術の応酬が高まるにつれて、彼らの力の差を克明に映し出すのだろう。

 遠い未来ではない。

 後、何回かやり取りを繰り返せば、苦境が彼らを包み込むはずであった。

 そこからが、本当の勝負だ。

 闘いは未だ序章であった。

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