超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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63話、決意表明

 一人の女子が悩んでいた。

 ブロンドの短い髪が艶やかな女子高生であった。

 シャルロット・デュノア。

 フランスの代表候補生であり、フランスを拠点とする世界でも二番目か三番目の規模を持ったIS企業、デュノア社社長の娘であった。

 正確には妾の子ということになるが、それは一旦置いておく。

 その少女の悩みの種というのが、安城大晃であった。

 

「済まないが、一人にしてくれないか」

 

 『無手』と決着を付けてから、大晃はひたすら部屋にこもるようになっていた。

 何をしているのか。

 訊いても真面目に答えてくれているのか、どうか、分からないが、

 

「ちょっと、勉強をね。向こう三年分の奴をね」

 

 と言うだけである。

 その言葉が嘘か本当か分からなかった。

 シャルロットは消灯時間を超えてから、こっそり部屋を抜け出して、寮の外に出た。

 大晃が部屋で何をしているのか、窓から覗けば分かるかもしれない。

 何をしているのか分からずとも、その様子を確かめることは出来る。

 同室のラウラも一緒だ。

 そして、見た。

 消灯時間を超えても明かりのついた部屋と、大晃が机に向かっているらしいシルエットが。

 勉強を頑張っている、というのは本当のことだったようだ。

 しかし、それはそれとして疑問は残った。

 

「どうして、こんな時間まで――」

 

 一ヶ月以上ものブランク。

 それを埋めるためとは言え、この時間まで勉強するというのは異常に思われた。

 部屋にこもるようになって、一週間以上は経っている。

 もう既に、学園で教えている内容には追いついているはずであった。

 それなのに、放課後からこの時間まで机に向かっている。

 シャルロットの胸には違和感が残っていた。

 その隣にいるラウラも同じようで、飲み込み損ねた異物を見るように、窓に映るシルエットを眺めていた。

 

 

 

 悩んでいるのは、シャルロットだけではない。

 ラウラ・ボーデヴィッヒもまた、思い悩んでいた。

 ラウラはドイツの候補生だ。

 アドバンスドチルドレン、つまりは人工的に生み出された、戦闘用の人間であった。

 闘うことしか知らない。

 そういう人間であった。

 今は違う。

 ルームメイトのシャルロットと遊びにも行くこともあるし、遊戯に興じることもある。

 学園祭でメイド喫茶の企画を提案し、服装の渡りを付けたこともあったが、それはラウラに起きた変化を端的に示していた。

 第一回タッグトーナメント。

 そこで数々の試合を経る間にラウラは色々なものを吸収し、決勝戦、安城大晃との闘いの最中それが芽吹いたのである。

 その変化は良いものであった。

 今まで蓄えた力をどう使うべきか、それを明確に意識できるようになった。

 日々をより良く過ごすことこそが寛容である、と学んだのだ。

 それから、ラウラは娘のように大晃に慕っている。

 お父さん、という呼び名は、その情の大きさ故にだ。

 その父親が最近どうも妙だ。

 ラウラは訝しんでいた。

 大晃の一件がある前、ラウラはしょっちゅう部屋に忍び込んでいた。

 夜である。

 寝息を立てている大晃のベッドに潜り込もうとしては、察知されて拒否される。

 そういう日常であった。

 最近はそういう流れにならない。

 そもそも、大晃は寝ていないかったのだ。

 それが分かったのは、一度、意を決して部屋に忍び込んだからだ。

 鍵がかかっていようと、軍隊仕込みの技術があればないのも同じだ。

 解除して、扉を開けると、そこには大晃がいた。

 机に向かっている。

 机の上にはIS学園の教材が複数並んで、開かれている。

 教科書の中には走り書きのようなものが見える。

 大晃は振り返って、苦笑した。

 

「おいおい、しょうがねぇ奴だな、お前さん」

 

 苦笑いもまた様になっている。

 だが、その苦笑いよりも、ラウラはその教材の方が気になった。

 今、ラウラは一年、大晃も一年。

 同じクラスメイトなのだからそれは当たり前だが、問題はその教材の方であった。

 始め、ラウラはその教材が今、授業で使っているものだと思っていた。

 ラウラはシャルロットと一緒に窓から覗きに行ったことがある。

 カーテンはしまっていた、中は見えなかったが、カーテンに映るシルエットから大体何をしているのかは想像がついていた。

 妙だと思いつつも、この時はまだ遅れを取り戻すために勉強を頑張っているのだ、とも思えた。

 しかし、机の上にある教材は一年のものではなかった。

 三年生が、それも後半に使うであろう教材である。

 

「父さん、それは一体……?」

「ああ、これかい? いやぁ、ちょっとね」

 

 何かはぐらかされている。

 ラウラははっきりとそう感じつつも、何も言えなかった。

 大晃が何を考えて、部屋にこもり、範囲外まで勉強を進めているのか、を確かめるのが怖くなったのだ。

 その日は、結局何もなかった。

 ラウラはちゃっかり大晃のベッドで寝ていったが、それだけだ。

 翌朝、ラウラが起きた時には、大晃は寝る前と同じ姿勢で机に向かっていた。

 

「父さん、一睡もしていないのか?」

「大丈夫、ちゃんと寝てるよ。朝ごはんに行っておいで」

 

 そうして、学食に送り出された。

 学食に着くと、

 

「あ、ラウラ」

「シャルロットか?」

 

 シャルロットがラウラに声をかけて来た。

 同じ専用機持ちでルームメイトの二人は何か時が合うらしく、時折こうして一緒に過ごしている。

 

「どこに行ってたの?」

「お父さんの部屋だ。昨日、泊まっていった」

「へえ、久しぶりだね、そういうのって」

「ああ。父さんも学食に来るらしい。食べながら待っていよう」

「うん」

 

 ラウラは一緒の席について昨日見たことをシャルロットに語って聞かせた。

 そして、大晃を待った。

 授業の始まるギリギリまで――。

 しかし、大晃は学食には来なかった。

 教室にギリギリで駆け込むと、そこに大晃は居た。

 どうやら、部屋から直接、教室にやって来たらしかった。

 ラウラの中に不満が溜まり始めていた。

 

 

 

「どうして、学食に来なかったんだ?」

 

 一限目が終わってから。

 ラウラは大晃に詰め寄った。

 

「悪いねぇ。ちょっと、区切りがつけられなかったんだ」

 

 大晃は朗らかに笑った。

 いつもなら、その笑みで許してしまうかもしれない。

 しかし、ラウラはその笑みを見ても、硬い表情を崩さなかった。

 

「何で、今になってそんな風に勉強を頑張るんだ?

 もうとっくに、授業で遅れた分は取り返しただろう」

「いやぁ、俺は頭が悪いからよ。一度、理解したと思っていても忘れることってあるだろう?

 だから、念入りにやっておかないとねぇ」

「何か目的があるんじゃないのか?」

 

 ラウラは言った。

 様子見や駆け引きを下らないと切り捨てんばかりの、断定的な言葉であった。

 

「昨日、お父さんの机の上を見た。

 置いてあったのは授業で使う教科書じゃない。あれは、二年生が使っている教科書じゃないのか?」

「見たのか?」

「ああ、いけなかったのか?」

「別にいけないことは無いが、そうか、見たのか。あれを」

 

 深く頷く大晃を無視して、ラウラは確信に触れた。

 

「一体何が目的なんだ?

 一体、父さんは何をするつもりなんだ?

 それは私達にすら秘密にしなければならないことなのか? 答えてくれ」

 

 最初、教室にはざわめきがあった。

 クラスメイト達が思い思いにしていた会話が、一つの喧騒として教室に響いていた。

 それがラウラが問いつめてから、様子が変わった。

 二人の何とも言えない気まずい雰囲気が伝搬していた。

 何は無くとも気になり、一人、二人、三人と、遠巻きにクラスメイト達は話を打ち切り、二人に視線を向けていた。

 一夏は重く、箒は静かに、セシリアは睨むように、二組からわざわざ一夏に会いに来た鈴は真剣に、シャルロットはおろおろと、二人を見ていた。

 何時しか、教室は静まり返っている。

 その中心にいるこの男は、やはり笑っていた。

 

「どうしても言わなくちゃいけないのかい?」

「ああ」

「悪いが、答えられない」

「どうして!」

 

 ラウラの語気が強くなる。

 

「最近は、部屋にこもりっきりでアリーナに練習にも来ない。

 練習だけじゃない。食事にも付き合ってくれないし、会う機会がそもそも無くなった。

 私たちに何か不満でもあるのか?」

 

 要約すればそのようなことをラウラは口走った。

 積み重なっていた不満がそういうことを口走らせたのだ。

 それだけ、以前とは態度が変わっていたのだ。

 人当たりは全く変わっていない。

 しかし、大晃は一人で過ごすことが多くなった。

 それもほとんどを勉強に傾けている上に、授業で一年が習う領域をはるかに超えていた。

 ラウラもいい加減に異常を感じ始めていた。

 ラウラだけではない。

 大晃は二回目に開催されるはずだったトーナメントから数えて一ヶ月以上、IS学園に姿を見せなかった。

 ラウラ達、専用機持ちはその理由も知っていたし、その決着を見届けたが、ほとんどの人間はそれを知らない。

 アクシデントによって絶対安静の状態で療養している、という表向きの理由しか知らないのだ。

 それが帰ってきてから部屋にこもるようになった。

 一体何事か?

 そういう疑問を、ラウラだけではなく、クラスメイト達は、ひいてはIS学園の大部分の生徒たちは持っていたのだ。

 だから、誰も止めに入ることはできなかったし、しようとする者はいなかった。

 ただ、一人を除いて。

 

「もう良いだろう。そこまでにしておけ」

「マドカか」

 

 マドカがラウラの後ろに立っていた。

 一週間前――。

 織斑マドカ、として正式に入学して、このクラスに編入になっていた。

 織斑千冬の妹!?

 そういう驚愕が、最初、このクラスにはあった。

 未だにクラスには馴染めていないが、今は、専用機持ちとの模擬戦を繰り返しつつ、徐々にクラスに溶け込もうとしていた。

 その馴染みの浅いマドカが何故、大晃を庇うような真似をするのか?

 全員の興味がそこへと移りかける。

 

「ふん……教官の妹が何故、お父さんを庇うのか分からないが、良いだろう。

 ここはマドカの顔に免じて、退いておいてやるよ」

 

 マドカを見て、ラウラが不服そうに下がった。

 マドカの深刻そうな顔を見ていると、理由も分からずに気が削がれたのである。

 ラウラの追求が終わることによって生まれた、気まずい沈黙。

 休み時間が終わるまでには、まだ、時間があった。

 

「あ、そうだ。だいちゃん」

 

 通称、のほほんさん。

 正式名称、布仏本音。

 制服をダブつかせて、常に緊張感のない面持ちの彼女が、遠巻きのクラスメイトから飛び出して、大晃へと近づいた。

 

「ねえねえ、放課後だけどちょっと時間ある?」

「時間?」

「うん、ちょっと来て欲しい所があるんだけどね」

「へえ、のほほんさんが俺に来て欲しい所ねぇ……」

「別に良いでしょ。それとも、そんなに一人でいたい?」

「いやぁ、別に良いよ。今日一日くらいならね」

「じゃあ、決まりだね。絶対に来るんだよ。場所はね――」

 

 第三多目的室。

 そこへ来ることを約束させられた。

 大晃はひょっとしたら、その約束をさせられた時に、覚悟を決めていたのかもしれない。

 決意表明の時期が迫っていることを――。

 

 

 

 

 

 本音の誘いの理由は可愛いものだった。

 大晃は休んでいた。

 一ヶ月あまりの時間を、無手との決着に要したのである。

 今は、周囲も含めて事態は沈静化しつつあったが、大晃が人類の敵として処理されていたかもしれない大変な事態だった。

 無論、それは明かされていない。

 クラスメイト達が知っているのは、アクシデントによって負った怪我を治療する為に入院していた、というそれだけのことだった。

 その表向きの理由をほとんどのクラスメイトが疑っていた。

 どれほどのアクシデントがあろうと、大晃ならば何事もなく学校に通うのではないのか?

 それが唯一の根拠である。

 根拠としては薄い。

 薄いが、その根拠を真面目に受け取ってしまうほどに、大晃という人間が不死身だと信じられていたのである。

 最近起きた幻聴騒ぎと結びつける者はそこまで多くなかった。

 それでも、語られた内容以上のことがあったに違いない。

 そういう考えを持つ人間は驚くほど多かった。

 しかし、そういう疑念は抜きにして、大晃の復帰を皆でお祝いしよう。

 それが、本音の意見のようであった。

 

『だいちゃん、復活おめでとう』

 

 五色ほどのチョークを使ったカラフルな文字が、多目的室の黒板に書き込んであった。

 多目的室には机と椅子、ソファーもあり、ジュースと菓子、そして、誰かが作ったであろうケーキが沢山ある。

 置いてある家具などには多少の豪華さもあるが、全体的に見れば、ささやかな、しかし、それだけにこもめられた想いが良く分かるパーティであった。

 

「おおう!」

 

 大晃は喜んでいた。

 それ以上に戸惑ってもいるらしい。

 どうやら、自分が心配を掛けていたことに、あまり自覚が無いようであった。

 色とりどりの紙吹雪の中で、その実感を静かに呑み込むように、大晃は俯いていた。

 

「うん? どうしたの?」

 

 不思議に思った本音が、俯いた大晃の視線に合わせて、顔を下げてきた。

 膝を曲げるときにスカートが軽く揺れた。

 

「ありがとう。悪いね、心配かけちまったみたいで」

「へへへ~。どういたしまして!」

 

 本音が嬉しそうに手を握った。

 大晃の分厚い手と比べると、本音の手は小さい。

 大人と子供が手をつないでいるようであった。

 大晃は為すがままにされて中央へと連れられていった。

 

「さあ、まずはあいさつしようか」

「お、おう」

 

 大晃は黒板の前に立った。

 そこは一段高くなっている上に、もともと、背は高い方だ。

 入学してから背も伸びているため、部屋に集まった人間は全員、壇上に立つ男の姿を見ることができた。

 男はゆっくりと一同を見た。

 専用機持ちは、別のクラスである鈴はもちろん簪もいた。

 クラスメイトは全員、集まっている。

 別のクラス、そして、違う学年の顔もあった。

 そこには当然、縁のある人間が多かった。

 そういう人間の顔を一つ一つ確かめるように、大晃はゆっくりとした動作で堂々と見渡した。

 

「みんな、今日は集まってくれて、ありがとう」

 

 大晃は軽く頭を下げた。

 

「一年一組以外の人もいるようだが、これも俺の日頃の行いかな?

 良いことをした覚えもあんまりないが、俺は意外に善行を積んでいたようだな」

 

 眼を薄く閉じた。

 IS学園に来てから、どういう道程を辿って来たのか。

 それを確認する作業のようであった。

 

「まあ、なんだかんだ言って、お前さん方とは良い思い出も作れたのかな?

 そこんところの話をさぁ、今日は出来ることを期待しているぜ」

 

 先ほど受け取った、コップを掲げて一言。

 

「乾杯」

 

 それで、部屋に集まった者も杯を上げて乾杯と言った。

 大晃はソファーに腰かけて、三切れのケーキが乗った皿を片手に、ジュースを飲む。

 美味そうに三杯、胃に流し込んでいた。

 

「久しぶりだね」

「相変わらずのようで、安心しましたよ」

 

 まず、二人が話しかけてきた。

 大晃が簪を手伝った時、スカウトしたメンバーである。

 タッグトーナメントの一回戦の対戦相手でもある。

 大晃は感慨深げに二人を見た。

 専用機持ち、という括りを除けば、これほど縁のある人間もそうはいない。

 弾けたような笑顔で、大晃は答えた。

 

「いやぁ、悪かったねぇ」

「まさか、あなたが死んでしまうなんてことは考えてはいませんでしたが、これでも結構心配していたんですよ」

 

 二人の内、特にミサイルに造詣の深い、少女が大晃を見つめた。

 常に冷静な少女であったが、流石に、その視線の底には、安堵の色があった。

 どうやら、少女は本当に心配していたようであった。

 

「俺も捨てたもんじゃないね。お前さんみたいな娘に、心配してもらえるなんて」

「勘違いしないでください。あなたがいなくなったら、チャンスがなくなるっていう心配もあったんですから」

「チャンス? 一体、どんな?」

「あなたに勝つチャンスですよ」

 

 もう片方の少女が大晃へと目配せをした。

 

「次のトーナメントは私たちも出場するから、また闘う機会もあるでしょ?」

「そのときは、私たちも全力で勝ちに行きますから、そのつもりでよろしくお願いします」

「……本当にな」

 

 また機会がある。

 その言葉に大晃は顔を曇らせた。

 瞬き程度だったので、誰も気がつかなかった。

 

「おいおい、お前ら、私らも忘れるなよ」

「おひさぁ~。元気してた?」

「私たちを除け者にするなんて水臭いですね」

「フィーさん、京子さん、薫子さん」

 

 フィーと京子、そして、黛薫子、彼女らも簪のサポートをしたメンバーであった。

 彼女らも、大晃が休んでいる間、何があったのか興味を持っている様子だった。

 

「じゃあ、早速ですけど、休んでる間何をしていたのか、聞かせてもらえませんか?」

「薫子さん、今日は取材でこちらに来たんですか?」

「う~~ん。どちらかと言うと、プライベートですよ。

 もちろん、新聞に載せる写真を撮りに来たわけだから、取材でもあるけど、個人的に楽しむつもりよ。

 で、休みの間はどう過ごしていたんですか? 病気をしていたと聞いたけれども……」

 

 特に、新聞部の黛薫子の好奇心には凄まじいものがあった。

 インタビューでもしているかのように、次々と質問をしてくる。

 

「そうだな、ミイラみたいになっちまってなぁ。

 腕も枯れ枝みたいになってたんだぜ」

「もう、嘘を付くならもっとマシな嘘をついて下さいよ」

 

 大晃もいたずら心で本当のことを言うが、 薫子はその内容の過激さから嘘をついているものだ、と思う。

 周囲の人間も、まさか、大晃が生死の境を彷徨うよっていたとは思いもよらなかったのか、冗談を聞き流す風に聞いている。

 事情を知る一部の生徒は、苦笑してその様子を眺めていた。

 それから、いくらか話をしてから合流した四人は部屋の喧騒に紛れていった。

 

「じゃあな、私らは簪と本音でも探すことにするよ」

 

 そう言って、大晃の前を去っていく。

 その去った場所に人がやって来る。

 

「おう、簪、じゃないか」

「うん」

 

 返事をする簪の横から、愛嬌のある顔が滑り込んで来た。

 

「私もいるよ」

「のほほんさんも、か」

 

 本音であった。

 本音は今日の感想を訊いてきた。

 

「俺は楽しんでるよ」

「ふふん、でしょ」

 

 簡単に答えてから、大晃は簪へと口を開いた。

 

「そういえば、簪、聞きそびれていたが、『打鉄弐式』の調子はどうだい?」

「もう、ほとんど完成しているよ。

 実は、模擬戦でみんなと闘ったりしているんだ」

「へぇ」

「みんな強いから、まだまだ、勝率は低いんだけどね。

 安城くん、勉強頑張るのも良いけど、あんまり根を詰めすぎないで、たまには来てよ。

 あの時の、続きをやってみたい」

 

 簪の言葉は静かであったが、確かな熱がこもっていた。

 以前は、自分が何をしたいのか、何をするべきなのかが分かっていなかった。

 今はどうだろう?

 まだまだ、自信のない所作は変わらない。

 ただ、自信のなさはそのままに、己の中に一つの軸ができたような印象があった。

 自分が為すべきことを見据えて、その道中にある雑多なあれこれを乗り越えるしたたかさ。

 それが今の簪の下地になっているらしかった。

 

「そうだな、俺もやってみたいよ」

「だから、来て。いつでも、大歓迎だから。みんなも待っているんだよ」

「ああ、何とか、まあ、いつになるのから分からないが、都合をつけてみるよ」

 

 それに対して、大晃の返答はどこかぎこちない。

 希望を叶えてやりたいのに、その希望に添えない場合がある。

 そういう時、人はそういう話し方をする。

 それに気づいていないように、簪は静かに答えた。

 

「うん」

 

 そう言った。

 そう言った、簪は別れて、喧騒の一つとなる。

 

「何か、あるみたいだけど、あまり深刻に考えないでね」

 

 本音も簪と一緒に姿を消した。

 それからも同じだった。

 誰かが来る。

 その誰かと、話をする。

 一緒に過ごした思い出のある者もいれば、そうでない者も大勢いる。

 いずれにせよ、共にこのIS学園へと通い、寮の中で生活を共にしていたことに変わりないのである。

 

「大晃、たまには、アリーナに姿でも見せろよな。俺は強くなったぜ」

 

「篠ノ之流の新手を考えた、その実験台になってくれ」

 

「大晃さん、次は私が勝ちますわよ。勝ってみせます」

 

「ちょっと、あんた最近付き合い悪いんじゃない? 何かあったらいつでも聞いてあげるから」

 

「大晃。勉強のことじゃ、もう、力になれないかもしれないけど、頼ってよ。これでも、感謝してるんだから」

 

「朝は悪かったな。ただ、私はお父さんのことが心配なんだ」

 

 あらゆる言霊が大晃に投げかけられる、その度に、その事実を実感しているらしい。

 その実感は徐々にではあるが、大晃の表情に影を落としていく。

 だが、何故、それを今感じているのか?

 回復祝いのパーティを開いてくれたのが嬉しくて、というのはあるだろう。

 今まで、自分が思いもしなかった量の思い出に圧倒されているだけだったのかもしれない。

 しかし、本当にそれだけなのだろうか?

 何かの理由があり、その理由が自分の為に開いてくれた特別なパーティという機会を得て、哀しみを生み出している。

 そう考えるほうが自然かもしれなかった。

 

「ね、ねえ、どうしたの?」

 

 最初はだれも気が付いていなかった。

 口数が減るごとに心配する人間は増えて、やがて、それは大晃を中心とした、ざわめきへと変化した。

 その中で本音は声をかけた。

 大晃は無言だ。

 いつものように笑ってはいるが、どこか泣き出しそうな表情で虚空を見ている。

 

「……みんなに言っておかなくちゃいけないことがある」

 

 そう言って、立ち上がった。

 悲壮な覚悟を滲ませながら、教壇まで歩いて行って、一段高いそこへと立った。

 自身の決意を、その強さを見せつけるように言い放った。

 

「俺はIS学園をやめる」

 

 巨大な岩を、観衆に放り投げるような言葉だった。

 

 

 

 大きな音が鳴ると人は黙る。

 悲鳴を上げるケースもあるが、それは驚きのレベルが一つ低い段階で起こることであり、その音による驚愕が放心の段階までに至ると、まず、人は黙るのである。

 人を黙らせる。

 その意味において、大晃の言葉は銃声以上であった。

 銃声以上に大きく耳に響き、鋭く全員の心に打ち鳴らされた。

 第三多目的室を支配する沈黙。

 しかも、誰も何も理解できていない沈黙。

 その沈黙の中で大晃の言葉の意味を全員が探ろうとしているが、いきなりすぎて何のことだか分からない。

 

「それは、退学する、という意味ですか?」

 

 新聞部の薫子はこういう時に強い。

 彼女は誰かにインタビューするというのに、比較的に慣れている。

 声を絞り出すようにして、薫子は質問した。

 

「いいえ、違います。確かに俺はこの学校をやめるが、退学という形ではない」 

「分かりました。いえ、分かりませんが、とりあえず順番に話を訊くことにしましょう。

 まず、気になるのですが、それはあなたの意志ですか? それとも、別の誰かの意志ですか?」

「自分の意志です。俺は、自分の意志で学園をやめることにしました」

 

 大晃はとにかく問題行動が多い。

 素行が悪いという話ではなく、型破りな部分が目立つ。

 それが誰かの目にとまって退学になった、ということを、薫子は真っ先に疑った。

 その疑いが晴れるのと同時に新たな疑問が浮かび上がってくる。

 

「時期は?」

「はっきりとはしないが、一ヶ月を目途にしている」

「何故、この時期に学校をやめるのですか?」

「言えません」

「言えないって……」

「すみません」

「でも、学校の先生方とかに話は通してあるんでしょ。

 その理由をここで言うことって出来ないのかしら?」

「確かに、先生には話をして了承を取ったよ。

 いずれここにいる君らも知ることになるだろう。けれど、今は言うことはできないんだ」

 

 教職員まで話が行っていて、尚、大晃が生徒たちに伏せなければいけない理由。

 ここにいる者たちに、そんな理由など分かるはずもなかった。

 分かるとすれば、それは織斑マドカかもしれなかった。

 織斑一夏も時間をかけて考えれば理由にたどり着くかもしれなかった。

 専用機持ちたちもそうかもしれない。

 しかし、それにしたっていきなりの決意表明である。

 この時は、まだ、誰もその理由にたどり着いた者はいなかった。

 

「本当は、誰にも言わないで、こっそりこの学園から去るつもりだったんだ。

 でも、俺の快気祝いにここまでのことをしてくれる連中に隠し続けることはできない。

 だから、分かりにくい話だったかもしれないが、ともかく、俺は学校をやめる」

 

 俺は学校をやめる。

 強い語気で放たれた、その言葉は、言外に止めるな、と言っていた。

 理由も言えない。

 納得もできないかもしれない。

 それでも、止めないでくれ。

 そういう想いが、言葉の強さには含まれていた。

 誰も何も言えなかった。

 

「納得いきませんわね」

 

 しかし、一人だけ大晃に噛みつける人間がいた。

 その少女はブロンドの髪の下から、大晃を睨んでいる。

 炯々と光る、物騒な視線だ。

 このIS学園という女の園で、一体どうすれば身に付けられるのか、分からないくらい、物騒な視線であった。

 

「わたくしは、まだ、あなたに勝ってはいません。

 なのに、あなたは、この学園を去って行ってしまうのですか?」

 

 口調は柔らかい。

 それだけに、秘められた刃の輪郭が目立っている。

 セシリア・オルコット。

 このイギリスの代表候補生は、未だに大晃に勝っていない。

 

「そんなこと、許せるわけありませんわ」

 

 低く、呟いた。

 同調するように、二人、観衆から声を投げる者が現れた。

 

「セシリアに繋がる話で気になることがあるんだけど?」

「ああ、私もシャルロットと同じ疑問がある」

「シャルロット、ラウラ……疑問って何だい?」

 

 シャルロットとラウラ、その内、シャルロットが代表して訊いてきた。

 

「確か、今、猛勉強してるよね。」

「しているな」

「それも、もう三年生が使うような教材を使っているとか」

「ああ、その通りだな」

「もしかしてだけど、学校辞める前に試験を受ける予定でもあるんじゃないの?」

「ほう」

「さっきから学校をやめるとは言っていたけど、退学とは言っていない。

 それってつまり、通常より早い段階で卒業するって形で学校をやめる予定があって、その為に試験を受ける必要がある。

 そういうことなんだよね?」

 

 つまり、こういうことであった。

 大晃には学校をやめなければならない、何らかの事情があった。

 しかし、この時期にIS学園をやめるのは、中途半端だし、どうせなら思い残すことのないようにして、学校をやめたい。

 方法は二つある。

 諦めて退学するか、自身がIS学園に対して三年の過程で学ぶことは全て学んだと認めさせるか。

 大晃は後者の方を選んで、その証明を、試験に合格するという形、でするために勉強をしていたのだ。

 

「確かにそうだ」

「で、自信はどれくらいあるの?」

「今すぐ、試験を受けてパスするのは難しいが、もう少し、勉強させてもらえれば、確実に受かるだろうよ」

「ふーん」

「おいおい、いくら何でも、俺の勉強の邪魔をするってのは無しだぜ」

「分かってるよ、それくらい。僕が言いたいのは、筆記試験だけで卒業を決めても良いのかなってことだけさ」

 

 シャルロットが艶っぽく笑って、セシリアを見た。

 

「入学の時は、実技の試験があった。

 それと同じようにセシリアと闘うってのはどう。もちろん、セシリアが勝ったら、卒業は取り消しって方向でね」

 

 セシリアはシャルロットを見て苦笑した。

 セシリアが主張したのは、大晃と闘って勝ちたいというだけのことだ。

 事情のある大晃を、わざわざ、学園に縛り付けるつもりはセシリアにはない。

 ただ、勝ちたいだけだ。

 その主張を、恐らく正確に理解していながら、シャルロットは大晃の卒業を無効にする方向に話を進めている。

 苦笑しながら、セシリアは言った。

 

「良いですわよ。その方が、わたくしの望む真剣勝負もやりやすくなるでしょうし」

 

 頷くセシリアに、続いて、あちこちで手が上がった。

 

「だったら、私たちも安城くんと闘いたい」

「私もそうだよ。試したいことがいくつかある」

「私だって」

「私も」

「私も」

 

 私も大晃と闘わせろ、と次々に声が上がっていく。

 収集が付きそうにない。

 それをまとめるように一人の女が、第三多目的室に入ってきた。

 

「その話、生徒会に仕切らせてもらおうかしら!」

「楯無会長!」

「立ち聞きさせてもらったから、状況は大体理解したわよ。

 皆、闘いたい人は生徒会まで来なさいな。

 安城くんと思う存分に闘う場を、用意してあげるわ」

 

 乱入して、突如、大晃を押しのけるように壇上に立ち、楯無は言った。

 ここにいる全員が歓喜して、はしゃぎまわった。

 

「どうせ、やるなら、学園中から挑戦者を募集してみない?

 これを校内新聞に載せない手はないわ!」

「良いわね、薫子。早速、取り掛かってくれる?」

「言われるまでもないわ!」

「お、おいおい……」

 

 流石の大晃も呆然と呟くが、誰も聞き入れようとしない。

 大晃を置き去りにして、話が進んでいく。

 

「あなたには随分振り回されたから、今度は私たちの番。

 無事に卒業したかったら、私たちを倒してごらんなさい」

 

 肩に手を乗せて、楯無は口元を扇子で隠した。

 『自業自得』。

 扇子にはそう書いてあった。

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