『安城大晃討伐祭』。
そう名付けられた催し、いわゆる、実技試験。
生徒会にはその参加希望の用紙が殺到した。
校内新聞には大体の経緯と次のような文章が書いてあった。
『この度、安城大晃が我らがIS学園からの卒業を企てていたことが発覚したわけですが、これを許して良いのでしょうか?
我々にできることは、ただ黙って彼を送り出すことなのでしょうか?
それは違う、とここではっきり宣言します。
彼はまだまだこの学園で学ばなければならないことが多くあるはずです。
我々は彼と闘える舞台を用意しました。
勝って彼が学園に残るべきだということを証明しましょう。
我こそはという方は、紙面上の希望用紙を切り取り、必要事項を記入して、生徒会と新聞部に設置してあるポストに投函してください。
彼を止めるのはあなたかもしれません……』
それに、大晃の写真が載せられて、校内新聞が出回ったのだ。
一面に『安城大晃、出奔!』という刺激的な見出しが出ていたこともあって、新聞は完売。
恐らく、IS学園史上初となる、重版が行われた。
「やったわ! やっぱり、彼の周りには面白いことが起こるのねぇ!」
学内のほぼ全員に行き渡るほどの盛況ぶりに、薫子の鼻息も荒い。
ともかく、これで困ったのは大晃だ。
再び、学園中からクラス、学年を問わないで、生徒が押し掛けてきたからだ。
世界でただ二人の男性操縦者の片一方を、今の内に直接目に収めよう。
そういう雰囲気になっていたのである。
休み時間、大勢に遠巻きに囲まれる大晃の心中はいかなるものか?
濁った笑みを浮かべているのを見るに、あまり良いものではないだろう。
「どうして、こうなってしまったのかねぇ?」
「自業自得だろう」
「はぁ」
一夏はそっけない。
大晃が卒業することに対しては文句がある。
それが態度に出ているのだ。
「千冬姉がお前の卒業を認めたんだ。それなりの理由があるんだろう」
「まあな」
「その理由が真っ当だってこともよく分かったよ。そうじゃなきゃ、学校も首を縦には振らないだろうし」
「ああ」
「その理由を俺たちにも言えないってのも、しょうがないと思う」
「うむ」
「だからって、近日中に卒業ってのは、いきなりすぎるぜ。
いくらなんでも、気持ちの整理がつかないよ、こっちは……」
非常識なことをしているという自覚が一応はある大晃としては、あまり言い返せないらしい。
困ったように頭をかいては、苦笑いを浮かべることしかできない。
「おい、大変なことをしでかしてくれたな」
学校のチャイムがなると、担任の千冬が、副担任の真耶を引き連れて教室へと入ってくる。
教員の立場としては小言の一つでも言いたくなるのか、開口一番、そう言い放った。
誰の名も告げていないが、一点に向けられた視線が、一体誰に対しての言葉かを雄弁に物語っている。
「まあ、いい。授業を始めるぞ」
そう言って、千冬はチョークを手に取る。
一夏は急いでノートを机に出して、二人の教師を見る。
二人の雰囲気はいつも通りだ。
千冬は相変わらず無駄話を好まないし、真耶は優しく丁寧だ。
いつの日かを境に、真耶が両手を包帯でぐるぐる巻きにしていたが、クラスの関心が長続きする性質のものでもない。
千冬に至っては、マドカとの関係が上手くいったからか、いくぶんか柔らかい雰囲気になっている。
そう。
大晃が卒業する、ということを除けば周囲の流れは良い方向に流れている、と言ってもいい。
なのに、一夏はある光景が忘れられないでいた。
生還した直後、睨み合うように視線を絡ませた、大晃と千冬。
その間に、あった鉄のような緊張感。
今はそのような険悪なものは彼らの間に流れていない。
以前と変わらない雰囲気で大晃は授業を受けているし、千冬の大晃を見る視線にも特に違和感はない。
あの光景は勘違いか何かであったのではないか。
そう思うこともある。
しかし、自分は間違いなく、あの光景を見たのである。
あの緊張感が勘違いなどということはあり得ない。
ならば、日常の仮面を取っ払えば、そこには敵対する二人の面相があるのか?
あるいは、何らかの決着をもう付けているのか?
一夏には分からない。
ただ、大晃の卒業の裏には、千冬の存在があるのではないか?
器用にノートを取りながら、ぼんやりと考える一夏。
彼はおぼろげながらに、真実が見えていた。
そして、それは一夏だけではなかった。
あの時、あの場にいた、専用機持ちも、また、真実にたどり着こうとしていた。
ともかく、状況は動き始めていた。
まず、アリーナの貸し出しであるが、驚くほど人が多くなった。
大晃との闘いを見据えて、訓練に来る人間が増えたのである。
貸し出し用のISには限りがあり通常は空きができるものだが、それが常時フル稼働となっている。
大晃を止めるためにIS学園全体が動いているようだった。
そういう日が数日続いた。
その様子を横手に見ながら、大晃はある男と対峙していた。
「勉強で忙しいだろうに、わざわざ来てもらって悪いねえ」
「気にしないでください」
IS学園の敷地を見渡せる
過度な豪華さはないが、物足りないという印象のない部屋だ。
洒落た家具がバランスよく配置されている。
男が分厚い机に腰掛けている。
名は轡木十蔵。
普段は用務員として働いているが、それはあくまでも表の姿。
IS学園の理事長こそが彼の本当の姿である。
IS学園の理事長は表向き彼の妻が務めているため、それを知るものは少ない。
その十蔵が柔和に微笑んでいる。
「どうですか。勉強の調子は」
「順調です。この分なら、なんとか卒業はできそうですね」
大晃は答えた。
学園長の前に置いてある、ソファーに腰掛けていた。
机を横に見る形でソファーはあるので、大晃は気持ち身体を斜めにしている、
十蔵はそんな大晃を見ながら、しみじみと言った。
「君は面白い男だった。
ISをただ扱えるのではなく、意のままに操ることができる。
それだけじゃない、君には不思議な魅力があった」
「恐縮です」
「今日、私が君をここに呼んで、この姿を晒した理由。
それが君には分かるかね?」
「いいえ、想像もつきませんよ」
大晃は頬をかいた。
十蔵は柔和な姿勢を崩さずに、その理由を告げようとする。
「まず、一つ、君が一身上の都合を理由に卒業することを、学園側は正式に受理したこと。
試験をパスすれば、君は卒業の資格があることを証明できる。
ここまでは良いかな?」
「はい」
「で、問題はここからだ。君が学園を早期に卒業したい理由は、織斑先生との試合を控えているから、だったね。
教師と生徒という間柄では闘うのに、躊躇が生まれてしまう。
だから、形だけでも、織斑先生との関係を清算しておきたい、と」
「ええ」
「君は卒業の件を早々に明かしてしまったのは仕方がないことだろう。
そもそも、君の学友の立場に立つのなら隠すべきものではないしね。
決まった時点で、早々に打ち明けてしまった方が良かったと思っているくらいだ。
どうせ、遅かれ早かれバレるのだろうしね」
「……」
問題は別にある。
そう言外に言いながら、十蔵は次からが本番だ、と姿勢を正した。
それにつられて、大晃は静かに背筋を伸ばした。
「試験の内容だがね、筆記試験はまあ良いとして、実技試験が追加になりそうなんだ」
「大体、内容は察せますね」
「話が早くて助かるよ。私としてはそれは一向に構わないのだが、一応、君には了承を取っておきたくてね。それで、その内容だが――」
――コンコン。
話しかけた十蔵を遮るように、ノックの音が響いた。
十蔵は微笑んで、『ああ、少し早いな』と言葉をこぼして、ノックの主を部屋へと招き入れた。
扉が開くと、一人の女子生徒が姿を見せた。
「失礼します」
学園長の部屋に訪れることのできる女子生徒など、IS学園広しと言えど、一人しかいなかった。
「会長ですか。どこにでも姿を見せるんですね」
「そうよ、悪かったかしら? 安城くん?」
「そんなことは言いませんよ」
「そうね。あなたも私の機嫌を損ねて、織斑先生とのことを言いふらされたくないものね」
「流石は生徒会長、早耳ですね」
「まあまあ、その辺にしておきなさい」
妙な雰囲気になりかける楯無を、十蔵は促した。
楯無は一言謝ってから、大晃の正面に腰かけた。
優雅な所作は様になっている。
十蔵は先ほど言いかけていたことを口に出した。
「では、まず話の続きから。安城くんの卒業試験の話だけれども、そこに実技試験を追加する、ということだ」
内容は単純、学園中から募った生徒たちと君が闘う、というわけだ。
提案者は、そこの更識くんだよ。もっとも、君はそれすらも知っているだろうがね」
「ええ、つい先日、この耳で会長の宣言を耳にしましたよ」
「まあ、私としてはこの話を承諾するのは全然構わないのだがね。
で、どうするかね?」
「と、言いますと?」
「この実技試験、私は君の希望を聞いておこう、と思っていてね。
君の意見を無視することもできるが、私としては安城君がこの実技試験を望まないのなら、断ってくれても良いと考えています」
「学園長」
楯無が不服そうに、口を挟んだ。
「例え、筆記試験をパスしたとしても安城くんが卒業するのにふさわしい資格を得たと考えるのは早計ですよ。
整備から開発に至るまで、ISに必要とされる技能は闘いの分野だけに限らない。
それを彼の十八番の戦闘技能に限った実技試験を要求しているのです。
本来ならもっと多彩な分野の実技試験があってしかるべきなのに、闘いだけで済ませているのですから、優しい意見だと思いますよ」
もっとも、整備から開発も、あるいは闘いの分野に関しても筆記試験の対象範囲だ。
その筆記試験を通るということは、IS操縦者として必要な技能と知識を身に付けた、と考えても良い。
そのIS学園の判断に真っ向から対立しているのが、今の楯無であった。
せめて、得意な分野の実技試験はやるべきではないか、とそう主張しているのだ。
「それは、あなたたち生徒の意見です。
学校としては、こちらが出す試験さえ通れば、それで卒業の資格あり、とする考えなのです。
実技試験を課すつもりはありません」
「しかし――」
「そう、私は実技試験を追加しても良いとも思っている。
それはこの学園を卒業する、安城くんにとって、別れのあいさつの代わりにもなりうる、と思ってのことでもあるが。
ともかく、私が言いたいのは、安城くんがどうしたいのか、だ」
「俺の意見ですか」
深い沈黙があった。
楯無は静かに大晃を見据えていた。
大晃は楯無を静かに見た。
十蔵はそんな二人を眺めていた。
大晃が口を開く。
そして、言った。
「もちろん、受けさせて貰いますよ」
それから、十分程度、雑談を済ませてから、
「そうそう、もう一つ言っておくことがあった」
と、十蔵は付け足した。
「君が近いうちに織斑先生と闘うことは業界では噂になりつつある」
「それは困りましたね」
「ほう?」
「記者会見の前に、あまり、世間に広がっては欲しくないのですが」
「それは大丈夫だろう。あくまで、業界内の噂程度に広まるくらいのものだ」
「ふむ」
「ともかく、更識くんがすでに知っていたように、各国の代表候補生クラスも、その噂を耳にするかもしれない」
その結果、何が起こるのか。
十蔵はしみじみと言った。
「彼女らの力の入れ具合も増すことになるだろう。頑張りたまえ。千冬くんの為にもね」
意味深な言葉だった。
大晃は静かに微笑んだ。
十蔵の言葉通りに、大晃が卒業を望む理由が噂として広まりつつあった。
その噂は専用機持ちたちを中心に広まったのであるのだが、それを受けて益々、彼女らの研鑽は激しいものになっていた。
日々は流れて、大晃は筆記試験をパス。
これで、学園側から通達された卒業の条件を満たすことになる。
残るは生徒側が主として行う、実技試験『安城大晃討伐祭』のみ。
その最後の卒業試験の日にちは、すぐに訪れた。
その日の、前日、大晃はショッピングモールにいた。
きっかけはシャルロットとラウラだった。
大晃はIS学園を卒業する。
そうなれば、会う機会は減ることになるだろう。
ゼロにはならないだろうが、同じ寮で寝食を共にしているのに比べればゼロにも等しい。
だから、せめて、その前に想い出を一つ作っておきたい。
そういうことをシャルロットが言い出したのだ。
シャルロットが大晃とラウラを誘い、モノレールから本土へと渡って、その近くのショッピングモールに来たのだ。
「ねー、私も付いて行っていい?」
「もちろん」
朝、部屋を出るとき、本音と偶然に会った。
本音は袖がダブダブの服を着ていた。
間延びした調子で問いかけてきた言葉に、頷いた。
それで本音も一緒だった。
「ねー、あれってひょっとして……」
「大きいなぁ……」
すれ違う人々は大晃の存在に気がついた。
世界でただ二人のISを動かせる男。
大晃がその片割れだからである。
中には指を指して、写真を撮る人間もいた。
しかし、そういう人間も大晃が一瞥するだけで、そそくさと去っていく。
だから、周囲に人間が集まるという事もなかった。
「シャルロットはどこに行きたいんだ?」
「洋服が欲しいからさ。まずはあそこに行こうよ」
「あそこって?」
シャルロットはフランスのブランドの名前を出した。
大晃は困ったように、頭をかいて、
「分かんねえな。俺にブランドの話をされても、困るぜえ」
「たまにそういう話するじゃない」
「覚えられないんだ。右から左に、言葉だけが抜けていくんだよ」
からからと笑った。
その並び立つ二人の後ろを、ラウラと本音が付いて行っている。
大晃は振り返った。
「お前さんらは何か行きたい所はあるかい?」
「私はないよー」
「私はあれが食べたい」
「あれ?」
「思い出した。クレープだよ。シャルロットと食べに行ったことがある」
そんな、雑談をしながら四人は歩いて行った。
表面上は明るい。
しかし、その裏には消化しきれていない感情が、依然としてあった。
平和な一日はあっという間に過ぎていく。
比較的、どうでも良い事。
こういう服が欲しい。
こういう物が食べたい。
こういう事をしたい。
そういうことをしながら一日を過ごすのは、大晃にとっては珍しいことだった。
いつも、何かをやっている。
訓練だったり。
勉強だったり。
そういう意味では慣れないのかもしれない。
平和に過ごす。
その時間の潰し方が分からない。
だから、シャルロットのように、時間の潰し方を知っている人間が必要だったのかもしれない。
「夕日だね」
「ああ」
海岸沿いに赤い光を見る。
沈みかけた太陽が、赤く輝いていた。
四人は並んで、その夕日を見ていた。
切り立った崖である。
ベンチが設置されて、落下防止の手すりがある。
そこに四人は立っていたのだ。
「私はね――」
シャルロットがゆっくりと口を開いた。
「まだ、納得していないよ」
「そうか」
「でも、しょうがないとも思っている」
シャルロットはそれだけを言った。
本当はもっと言いたいことがあるだろうに、何かに耐えるように、口をつぐんだ。
次はラウラの番だった。
「お父さん。お父さんは卒業後に教官と闘うという噂が流れている。
あれは本当か?」
「ああ、本当だ」
「……そうか」
「あまり、言いふらさないでくれよ。記者会見で盛大にぶち上げるつもりなんだからよ」
大晃の答えである程度の事情は呑み込めたのだろう。
ラウラは千冬の部下だったことがある。
かつて、ISに上手く適合できずに落ちこぼれていたラウラの実力を引き上げたのが千冬だ。
今、ラウラは大晃を慕っているが、千冬への敬意が消えたわけではない。
その二人がぶつかり合おうとしている。
複雑な感情があるはずだった。
ラウラは黙って歯を噛んだ。
「そうだったんだ。だいちゃん、本当に遠くに行っちゃうんだね」
「そういうことだよ。のほほんさん」
「だったら、分かるよ。だって、教師と教え子の関係じゃ闘いにくいもんね」
本音は確認するように、顔を何度も縦に振った。
「本当はね、あの人が学校を辞めるはずだったんだがね。俺があの人と闘いたいっていうのは俺のわがままだ。
そんなことにあの人を付き合わせるわけにはいかない、と思った。だから、卒業することにした。
退学だと、あの人、余計に気にするだろうからね。卒業という形にしたのは、良い落としどころだったな」
「ちょっと待って、それじゃあ――」
「ああ、俺が卒業しないとなると、今度はあの人が、学校を辞めるって言い出すだろうな」
全員の顔が強張った。
明日の卒業試験で大晃の卒業を阻めば、代わりに千冬が学校から姿を消す。
クラスメイトか、担任か。
そのどちらが姿を消すのか、の選択を迫られている雰囲気であった。
もっとも、それは本人たちの意志だが、大晃の卒業を阻むことのできる彼女らにとって、それは選択肢を与えられたに等しかった。
一体、どちらが、学校からいなくなるのか。
重い問いである。
大晃は、それをほぐすように、言った。
「気にすることはないんだ。それは俺とあの人の事情」
「でも、私たちは――」
「分かってるよ。どちらにも学園をやめて欲しくないんだろう? 優しいなあ、シャルロット」
「からかわないで」
「おう、悪いねえ。ともかく、お前さん方には手を抜いて欲しくないんだよ」
「だからって――」
「なあ、シャルロットよ」
大晃がシャルロットを片手で制した。
己の背中を見せつけるように、大晃は一歩前に出て、夕日を見た。
「俺はね知りたいんだ」
「知りたい?」
「ああ」
大晃は空を見上げた。
何かの情景を思い出しているらしい。
「俺は学園に入学した時に、こう言ったんだよ。
IS学園で沢山のものを手に入れたい。俺のことを教えるから、みんなのことも教えてほしいってね。
あの時は、シャルロットとラウラはいなかったはずだが、のほほんさんはいたよな」
「うん、確かに聞いたね」
本音が答えてから、若干の沈黙があった。
自分の言葉の意味が伝わるのを待ってから、再び、語り始めた。
「俺はみんなに俺のことをちゃんと伝えられたのか?
俺はみんなのことをちゃんと知ることができたのか?
俺にはいまいちそこのところが分からない。
でも、どうすれば、俺を伝えることができるのか、みんなを知ることができるのか。
一番、いい方法を俺は知っているんだよ」
そう言って、拳を握りしめた。
「闘えば、それが分かるんだ。
俺がこれに費やしてきた時間とお前さん方がこれに費やしてきた時間。
闘えばそれが一発で分かる。俺にとって、闘いとはそういうものだ。
だから、明日は手を抜かないでくれ」
語るうちに大晃の声に熱がこもっていく。
自分がIS学園で何をしてきたのか?
自分がIS学園で何を手に入れたのか?
闘いでそれを測る。
それこそが、大晃の試みていることらしい。
それを口にしていると、自然と身体が熱くなっていく。
だが、そこにあるのは熱だけではなかった。
嬉しそうに佇む大晃の背には隠すことのできない陰りがある。
暗い部分を自嘲という形で吐き出した。
「もっとも、俺にそんなことを言う資格は無いのかもしれないがな」
あまりにも似合わない台詞に、ラウラは思わず、問いかけた。
「どういう意味なんだそれは?」
「俺は本気では闘えないってことさ」
「だから、どういう意味なんだ、それは――」
「今の俺が本気を出したら、命のやり取りになってしまうってことだ」
大晃は振り返らずに答えた。
「卒業試験で命がけの闘いをするつもりはない」
「今の、生死を掛けた闘いになるというのか?」
「本気を出したらな」
「しかし、ISには絶対防御があるだろう?」
ISにはエネルギーの消費により発動する絶対防御がある。
操縦者の危機に自動で反応するこの機能により、IS操縦者の安全は保障されているはずだった。
「そうだな、しかし、絶対防御にはISのエネルギーが必要不可欠。
IS一つ程度のエネルギーならなんてことはないし、絶対防御は完全ではない」
「――」
「今後、俺が本気で闘うとしたら、それはただ一人だ」
「誰なんだ?」
「織斑千冬」
「ッ! なるほど、よく分かったよ。何が言いたいのかをね」
ラウラの息を呑む声が辺りに響いた。
何かを察したように、注意深くラウラは言った。
顔からは汗を流している。
「つまり、お父さんは教官と、命の取り合いをするつもりなんだな」
そこまで、言ってから、ラウラは黙った。
誰も口を利かなかった。
沈黙が辺りを支配する。
その沈黙の中で二人の人間が近づいて来た。
それが誰であるのか、確認する必要もなかった。
知っている人間だったからだ。
「やっぱり、気に入らないな」
「ええ、同感ですわね」
一夏とセシリアが、並んで、大晃を睨んでいた。
「聞かせてもらったよ」
一夏は声を震わせていた。
「大晃、お前を探していた」
「ほう?」
「お前がショッピングモールに行くって話を聞いたとき、チャンスだと思った。
シャルロットとラウラ、そして、のほほんさんになら、真意を語るかもしれないからな」
「立ち聞きか、趣味が悪い」
「俺は謝らないよ。どうせ、お前に聞いたところで答えてくれるわけないもんな」
「そのとおりだが」
「それで、今の話を聞いたよ。千冬姉と闘うんだってな。それも、命がけで」
「ああ」
「それが気に入らない」
一夏は千冬の弟だ。
他に家族はいない。
唯一の肉親である。
「ほう」
「そもそも、俺には何の話も来ていない。千冬姉は何も教えてくれなかった」
「俺に言われても困るよ。そういう文句はあの人に直接言ってくれよ」
「ああ、後で問い詰めるさ。たっぷりとね。それよりも、お前だよ」
「俺?」
「……何も命をかけてやることないじゃないか」
声の震えが一層強くなった。
「どっちが強いの弱いの、決めるのが好きなのは分かる。
でも、力ってのは誰かを守る為にあるんじゃないのか?
弱い誰かの為に闘ってやるためにあるんじゃないのか?
その力を、どっちが強いの弱いのを決める為に使って、挙げ句の果てには命がけだと?
そんなの許せるかよ」
「……」
「俺は認めない。明日、俺はお前に勝つ。その次は千冬姉だ。
お前らに勝って、馬鹿げた闘いをやめさせる」
「セシリア、お前さんも、同じ意見かい?」
大晃に問いかけられて、セシリアは澄ました顔で答えた。
「さあ、わたくしが興味あるのは、安城大晃に勝つこと、そのものですから」
「ほう」
「理由を知らないまま、闘うのも癪ですし、わたくしも付いてきましたがね。ただ――」
「ただ?」
「気に入らない、という意見はわたくしも同じです」
「何が気に入らないんだい?」
「負けない程度に本気を出すというくだりが気に入りません。
わたくしたちを相手に手を抜くだなんて――」
「負けない程度に本気を出すってだけさ」
「わたくしにとっては同じ事ですわ」
セシリアは何かを思いついたように、大晃に指を指した。
「こういうのはどうでしょうか?」
「聞かせて欲しいな」
「あなたに勝ったら、その暁には、わたくしがあなたの代わりになって、織斑先生と闘う」
「大きく出たな」
「あと、もう一つ、伝えておきたいことがありますわ」
「何だい?」
「明日の闘う順番についてです」
「順番」
「はい。わたくし、明日は一番最後に闘わせていただきます」
明日、複数人が大晃の相手となる。
一人で闘うのもよし、組んで闘うのもよし。
禁止されているのは乱入することのみ。
その最後の相手がセシリアなのだ、という。
一夏がセシリアの方を向いた。
気にかかることがあったらしい。
それを伝えるために一夏は口を開いた。
「良いのかい。俺が先に大晃を倒してしまうかもしれないぜ」
「一夏さん、あなたでは無理でしょう」
「なに!?」
「一夏さん、あなただけではありません。そこにいる、シャルロットさんも、ラウラさんも、のほほんさんも、ここにいない、専用機持ちだって止められるものではない。
止められる人間がいるとしたら、ただ一人」
「誰だい?」
「わたくしならば」
「な!?」
「知っているでしょう。わたくしがどれだけ大晃さんのことを思ってきたのか」
「――」
「明日はわたくしがあなたを止めてみせます」
セシリアは一夏に向けていた視線を、大晃に戻した。
「そういうわけですから、わたくしを相手に手を抜けるだなんて思わないことですわね。
何なら、その命のやり取りとやらの最初の相手を、わたくしが務めてもよろしいですわ」
そう言ってから、セシリアは押し黙った。
風と崖に波が打ち付ける音だけが響く。
次に口を開いたのは、本音であった。
相変わらず間延びした口調だった。
「えへへ、君たちなんか面白いね」
本当に面白そうに、皆の顔を見て、声を出した。
「今日はさ、楽しかったよー。
服を選んだり、一緒に美味しいものを食べたりしてさ、皆で笑ったり」
本音が目を伏せた。
「でも、なんか寂しい雰囲気だった。
表面上は楽しそうにしていたけど、みんな哀しんでたもんね。
今日が最後かもしれないって」
本音は再び、顔を上げた。
シャルロット、ラウラの順番で視線を向けた。
「今の方がずっと良い」
「何が良いんだい?」
「無理して繕ってないってこと。みんな、本音で喋っている。そっちの方が分かりやすくて良いよ」
「ふうん」
確かに、平和な日常は楽しい。
しかし、本音にとっては、本音で向き合う今の時間の方が心地良かった。
うきうきとした様子で本音は言った。
「何か、私も明日が楽しみになってきちゃった」
「何だい、のほほんさんも参加者だったのかい」
「うん。実は私も専用機持ちになったからね。
明日は私も皆に混ざって頑張るから、よろしくねー」
本音は腕を掲げた。
そこには紛れもなく、待機状態の専用機が合った。