超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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65話、安城大晃討伐祭(前編)

 アリーナの観客席は満員になっていた。

 この安城大晃討伐祭は学園の全員が知っている。

 その全員がこの闘いを見に来ていた。

 安城大晃はこの闘いで全勝すれば、卒業してしまうのだ。

 相手はほとんどが専用機持ちとハイレベルだ。

 しかも、その専用機持ちの中にはあの『IS学園最強』、生徒会長、更識楯無もいる。

 普通ならば、彼女ら全員に打ち勝つのは不可能だ。

 しかし、大晃もまた実力という観点から見れば、大きな実績があった。

 タッグトーナメントでは唯一、シングルでの参加となったが、一年生の部門で準優勝。

 一対一の模擬戦では全勝不敗。

 そういう情報は生徒たちにも伝わっている。

 そして、何より校内新聞の存在があった。

 始まりは新聞部部長、黛薫子の思いつきだった。

 校内新聞で特集を組んで、参加者の一人一人にインタビューをして、それを載せることに、思い至ったのだ。

 参加者は十人以上に上る。

 その一人一人にインタビューをして記事を書くとなると、それは大変なことだった。

 しかし、薫子はなんとかそれをやり遂げて、新聞を発行して、購買に置くことまでやり遂げた。

 その結果、参加者一人一人の因縁、そして、その戦績までもが細かく周知されることとなった。

 だから、観客席に集まるものたちは、大晃が模擬戦で不敗であることも知っている。

 つまり、大晃が圧倒的不利な状態を覆し全勝することもあり得る。

 そう考えているものも多かった。

 それは、つまり、大晃が全員に勝ち、卒業してしまうことを意味する。

 これがIS学園で見る、安城大晃の最後の試合かもしれない。

 そういう思いを持った生徒も多くいた。

 だが、湿っぽい雰囲気は無かった。

 概ね、これから行われることになる試合を期待して待っていた。

 そして、その男が入場して来た。

 

 

 

 男はアリーナに入ってきた。

 つい最近まで、使用禁止になっていた、アリーナだった。

 男は決意していた。

 IS学園をやめて、一つの闘いに挑もうとしていた。

 その決意は固い。

 誰も変えることはできないだろう。

 しかし、その結果を変えることはできるかもしれなかった。

 少なくともチャンスはある。

 男と闘い勝利すれば、その卒業を取りやめさせることは可能なのだ。

 男は今、その闘いに臨もうとしているのだった。 

 何かを眺めている。

 今は、アリーナに一人だ。

 観客席は満員だった。

 男の登場により沸いている。

 歓声が上がっている。

 しかし、その満員の観客たちはアリーナまでは入れない。

 男の事情に立ちいることもできない。

 そういう意味ではやはり、男は一人だった。

 大勢の人の視線が一人であることを際立たせている。

 だが、男は彼女らに、あるいはこの風景の中に見出せるものがあるらしく、興味深げに辺りをゆっくりと見渡した。

 今まで、積み上げてきた思い出。

 大会の記憶。

 闘いの記憶。

 試合の記憶。

 訓練の記憶。

 授業の記憶。

 全ての記憶を男は見ていた。

 その総量を測るように、男は注意深く目を細めた。

 

『俺はIS学園でたくさんの物を手に入れたいと思う。その過程で俺が自分のことを教えるように、皆のことも俺に教えて欲しい。

 ISの知識は皆に及ばないと思うが俺も皆の力になることができるはずだ。この一年を楽しく過ごそうじゃないか』

 

 かつて、言った言葉が蘇る。

 俺はこの言葉の通りに、動けたろうか?

 俺は俺のことを教え、皆のことを知っただろうか?

 そう問いかける。

 口元が僅かに笑みを形作る。

 自嘲の笑みだ。

 快活な笑みだ。

 考えて分かることでもない。

 それはこれから分かることなのだ。

 男の前に立ちふさがるものたち。

 男が正しく、己のことを伝えていれば、彼女たちを通じて己の姿を見ることになるだろう。

 それはひょっとしたら、醜悪な姿かもしれない。

 それはひょっとしたら、美しい姿かもしれない。

 しかし、それがどういう姿であれ相手の中に息づいていれば、満足だった。

 そして、己がどういう風に解釈されていようと、受け入れる。

 きっと必要な儀式なのだろう。

 出会いと別れが不可分であるように。

 始まりと終わりが表裏一体であるように。

 男は己の業を、彼女らの中に見る筈だった。

 きっと、それは別れの時に、突きつけられるものだから。

 

 

 

 大晃のIS『無手』は最終移行により、その姿を変えている。

 しかし、大晃は『無手』を最終移行以前の形で纏っていた。

 今、観客席にいる者たちも、これから闘う者たちも、最終移行後の無手の姿を知らない。

 だから、特にそのことに疑問を抱いたものはいなかったが、いくつか言えることがあった。

 どうやら無手は、ある程度その姿かたちを変えることができるらしいこと。

 どうやら大晃は、織斑千冬との闘いで無手の姿を初披露するつもりであるらしいこと。

 その二つだ。

 

 

 

 最初の挑戦者が登場した。

 そんな大晃の前に登場したのは、よく知る二人組であった。

 

「どうぞ、よろしくお願いします」

「よろしくね」

 

 タッグトーナメント、第一回戦。

 ありったけのミサイル、ありったけの銃弾を、使ってきた相手だった。

 大晃は当時からして強かった。

 その肉体の強さとISの機動力が合致して、二対一でようやく試合が成立するほどの強さであった。

 その大晃を相手に、二人が選んだ戦術が『待ち』であった。

 大晃を歩と看破して、自らを揺るがぬ城とすることを選択したのである。

 序盤はなんとか食らいついた。

 しかし、試合の後半で自らが放ったミサイルが逆に利用された。

 拳と蹴りで弾かれたミサイルが自分に返ってきたのだ。

 それに対処した時には、もう大晃に潜り込まれて、ありったけの拳を叩き込まれていたのだ。

 そういう試合をした相手であった。

 

「なるほど、コンセプトは同じなんだな」

「まあね」

「他に良い手が思いつかなかったもので」

 

 二人は相変わらずの装備だった。

 一方は羽を広げた天使のようにミサイルポッドを背負い、もう一方は重厚なマシンガンを持っている。

 違うことがあるとすれば、ミサイルを担いだ方が両手の先に挟み込むように光の板を展開していたことと、マシンガンを持っている方が片手ではなく両手にそれを持っていたことだ。

 少々のアレンジはあるが、それだけとも言える。

 しかし、そのアクセントが気に入ったらしい。

 大晃の口角が徐々に釣りあがっていく。

 

「良いねぇ。こうでなくては……」

 

 大晃が呟いた時だった。

 試合開始を告げるブザーが鳴った。

 

 

 

 空気を切り裂くような音を立ててマシンガンは大量の銃弾を、素早く吐き出した。

 しかし、それは大晃をその場に釘付けにするための牽制に過ぎない。

 ミサイルポッドに格納された大量の弾頭。

 それこそが本命だ。

 銃弾による牽制が功をそうしたのか。

 大晃は二人の周りをぐるぐる回るだけで、距離を詰めなかった。

 城に近づけない歩のようであった。

 ミサイルポッドが大きく口を開けた。

 そこから白い噴煙を撒き散らして、ミサイルが飛び出していく。

 十や二十はくだらない数のミサイルが、大晃に向かっていく。

 その軌道は複雑だ。

 以前の単純な熱源感知型の自動追尾ではなく、自動追尾に手動入力による軌道修正を取り入れた、ミックス型のシステム。

 新システムの生み出す軌道は幾何学的であり、有機的でもある。

 複雑に絡み合った軌道は、巧みに逃げ場を潰し、迫って行った。

 以前であれば、正面突破は不可能である布陣に、大晃の笑みが深くなる。

 ついに、大晃をミサイルが捉える。

 そう見える直前だった。

 圧縮された時の中で、ゆっくりと語られる。

 

「より正確に、より大量に、それが今回のテーマというわけか」

 

 酩酊したような大晃の姿に、二人はあることを感じ取っていた。

 自分たちの工夫も思惑も思想も、何もかもをこの男は食っているのだ、と。

 

「以前の闘いで難があるとすれば、それは正確性と牽制の威力だ。

 ミサイルの軌道は自動化されていた故にお粗末な部分も多分にあり、マシンガンは大口径といえど威力不足感があった」

 

 事実、そうだった。

 好物を咀嚼するように、大晃はそれを味わっていた。

 銃弾が空を切るたびに、男の心は震え、ミサイルの包囲網が狭まるにつれて、男の心は締め付けられた。

 それら全てが心地良かった。

 

「今回はそれを本気で潰してきたわけだ。

 ミサイルの追尾システムには簪を手伝った時に得たノウハウが見え隠れしている。

 二丁のマシンガンは反動で扱いが難しいだろうに、おそらく、筋トレと訓練を怠らなかったからだろう。

 照準は俺を捉えて離さない。見事だ」

 

 以前と同じスタイルで、しかし、確実に改善された戦術の裏には、二人の勤勉さがあった。

 時間をかけて、問題点を洗い出し、その一つ一つを潰していった。

 勤勉でひたむきだ。

 その二人の中には、大晃は、攻略困難な要塞を見た。

 無限に続く深みを持った堀と頂点の見えない城塞。

 その要塞を攻略したいという欲望。

 一つ一つを賞味して、大晃は決めた。

 力を見せつけてやる、と。

 

「二人の成長には、俺の成長で答えよう」

 

 大晃が深く屈んだ。

 爆発の直前に縮んだ、爆薬。

 その印象が二人に警鐘を鳴らした次の瞬間だった。

 爆発が起きていた。

 それは肉体の力であった。

 限界まで縮めて、限界まで力んだ肉体の歪み。

 その歪みが解放されていたのである。

 方針円状に広がる力。

 それは全てを吹き飛ばした。

 弾丸もミサイルも、塵のように吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたミサイルは、いくつかが二人を巻き込んで暴発した。

 

「――くっ」

「まさか、こんな滅茶苦茶な方法で」

 

 墜落した二人が何とか立ち上がるとその前には大晃がいた。

 

「ありがとう、今日のテーマが決まったよ」

 

 握られた拳が二人を打った。

 一撃。

 その一撃で勝負はついた。

 

 

 

「なんて男だ……」

 

 闘う者たちが集まる、ピット。

 そこには観客席から地鳴りのような声援がいくらか届いている中で、誰かが呟いた。

 備え付けられたモニターがアリーナの様子を映している。

 映像では、ミサイルポッドを担いだ少女と機関銃を二丁持った少女が倒れ伏している。

 勝負を決したのは、たった一つの拳であった。

 その一撃で勝負が決まっていたのだ。

 

「テーマが決まったですって? 気に入りませんわ」

 

 セシリアが呟いた。

 全員に聞こえる声で、セシリアは語り始めた。

 

「あの男は今日、どうやって闘うのかを、たった今決めたのですわ。

 本気を出せば殺し合いになる。

 そうはなりたくない、しかし、本気で闘いたい。

 その方法をたった今決めて、試合で試そうとしているのですわ」

 

 大晃が本気で闘えば、それはもはや命の奪い合いになる。

 大晃にその気はない。

 だが、それでも、本気で闘いたい。

 本気で闘い、なおかつ、殺し合いを回避できる方法を、今から試すつもりなのである。

 今、アリーナで倒れ伏している二人との闘いもそれだった。

 敵の闘いを見定めて、湧き上がってきた衝動に呼応した戦闘法をアレンジする。

 人を喰ったような、あるいは、闘いを血肉にするような闘いである。

 

「……次は私がいく」

 

 立ち上がったのは簪だった。

 歩く途中で滑らかな動作で機体を纏った。

 

「かんちゃん、気をつけてねー」

「気を付けるのよ、簪ちゃん」

 

 本音と楯無からの声を背中に受けた簪は振り返って頷いた。

 そして、アリーナへの入り口に立つと、勢いよく飛び出して行った。

 

 

 

 アリーナの中で簪は男と対峙した。

 男は空中に浮いていた。

 無手を纏ってこそいるが、表示される情報を見ると補助機能がオフとなっている。

 PICなどの機能は使っているだろうが、筋力にブーストをかけるアシスト機能は使っていないようだった。

 

「そう言えば、完成した『それ』とやり合うのは初めてだったな」

 

 『それ』とは専用機『打鉄弐式』のことである。

 簪は一時期、ISの機体を一人で作ることを目標としていた。

 優秀な姉への対抗心からだった。

 その時、作ろうとしていて、しかし、うまくいかなかったのが『打鉄弐式』である。

 それに大晃が力を貸したのである。

 大晃が集めたメンバーの手伝いもあり、打鉄弐式は最終的には完成した。

 

「うん、安城くんにはヤラレっぱなしだから、今日はやり返しにきたよ」

 

 簪は大晃と模擬戦をしたことがあった。

 打鉄弐式の試運転のときに大晃から詰め寄ったのだ。

 模擬戦をしよう、と。

 そんな大晃に楯無が突っかかったのだが、その時、大晃が楯無の依頼で手伝っていたことを、自分からバラしたのだ。

 機体を完成目前へとようやく持ち込んだが、実はそれは姉の力によるだったと知った簪はショックを受けた。

 そんな簪は姉に庇われることを良しとせず、大晃と闘ったが、圧倒的な差を見せつけられて負けた。

 それから、簪は仲間の助けもあり、何とか立ち直り『打鉄弐式』を改良した。

 それで学内のトーナメントに参加しようとした。

 しかし、大会はアクシデントにより中止。

 一回戦で大晃と闘うはずだったが、それは結局無くなった。

 改良した打鉄弐式と大晃はまだ闘っていないのだ。

 

「へぇ、それが『山嵐』か」

「うん」

 

 簪は答えていた。

 簪が背負った、非固定ユニット。

 そのミサイルポッドには大量のミサイルが詰まっている。

 先ほどの闘いでもミサイルポッドは出てきていたが、山嵐はそれすらも凌駕していた。

 

「しかし、良いのかい?」

「何が?」

「また、同じ手を使われるかも?」

 

 大晃はそう言った。

 ミサイルの弾頭をまた弾き返してやるぞ、と脅しをかけているのである。

 簪はすぐに答えていた。迷いなどないようであった。

 

「良いよ、私はあの二人と似ているけど、あの二人とは違う。それを教えてあげる」

 

 そこまで言った時だった。

 合図のブザーが鳴っていた。

 

 

 

 簪は大晃の周りを旋回した。

 手に薙刀を構えて周囲を周り、隙を探しているのだ。

 大晃は何もしないままに不動。

 この程度の探りを入れられたところで何もする必要はない。

 そう言っているようだった。

 旋回を続けて大晃の後ろに回った、その直後。

 簪は動いた。

 その場に留まるようにして腰を落として、ポッドの発射口を開けた。

 そこから、次々とミサイルが飛び出して、向かっていく。

 しかし、それらは一斉には突撃しなかった。

 飛び出した弾頭は大晃を広く取り囲み、巨大な敵の隙を伺う魚群のように旋回している。

 その群れからはぐれた弾頭が一本、大晃へと迫った。

 当然、大晃はそれを弾くのであるが、誘爆が狙いなのだろう。

 大晃に弾かれた弾頭はミサイルの群れへと飛び込んでいく。

 

「……その程度?」

 

 しかし、ミサイルを操作する簪に乱れはない。

 ミサイル群は大晃への包囲網を崩さない上で、突っ込んで来た弾頭を避けて、誘爆を回避したのである。

 さらに弾頭が二本。

 群れから離れて突撃していく。

 大晃は弾き返すのであるが、誘爆狙いの弾頭もまた避けられる。

 包囲網を形成する群れからもミサイルは次第に離れていき、遂に本格的な戦闘が開始される。

 大晃も動き始め、次々と飛来する弾頭を、パリィを織り交ぜた回避で避けていく。

 簪の操るミサイル。

 その動きは一筋縄ではいかなかった。

 全ての弾頭が同時に襲いかかってくるだけならば、対処は一瞬で済む。

 射程範囲内に入った弾頭を、全方位への衝撃波で弾き返せばそれでお終いだからだ。

 一方、簪の操るミサイルは付かず離れずの距離に旋回し、隙を伺ってくる。

 しかも――。

 

「私自身への攻撃も通用しないよ」

 

 簪自身の防御も、おざなりになってはいない。

 大晃にはじき返された弾頭が、今度は群れにではなく簪へと向かうが、別のミサイルが盾となり爆散する。

 大量のミサイルを格納している簪だからこそできる防御法であった。

 ミサイルを巧みに操り、簪は攻め続ける。

 付かず離れず、で。

 現状、簪が優勢であるように見える。

 しかし、大晃とて技巧に優れている男だ。

 すでに、大晃は相手の布陣を崩す戦術を実行していた。

 

「これは!」

 

 簪は気がついた。

 己の操作するミサイルが一点へと集中していたのである。

 大晃に弾かれたミサイルは制御不能に陥る。

 回避されたミサイルも基本的には深追いを辞めて、群れへと帰っていく。

 大晃はこの群れへと戻る、ミサイルに照準を合わせた。

 パリィにより弾いたミサイルが、帰還途中のミサイルへと飛んでいく。

 妨害にあったミサイルは群れへと戻れず、再び大晃へと向かってくる。

 大晃はそれを利用して、付かず離れずだったミサイルを己へと集中させたのだ。

 同時に射程内へと入った、ミサイルたち。

 大晃はそれを弾き返そうとして、しかし、出来なかった。

 簪が素早く半数以上のミサイルの軌道を強引に捻じ曲げて、脱出させたのである。

 

「なるほど、それのみで試合を成立させる応用力。全局面への対応を目指したわけか」

 

 大晃が嬉しそうに微笑んだ。

 ミサイルは確かに吹き飛ばしていた。

 だが、それは簪に届いていない。

 はじき返されたミサイルは、側面からやってくるミサイルに阻まれて爆発したのだ。

 

「呑み込めてきたぜ……先ほどのミサイルも中々に精密な動きだったが、これはレベルが違う。

 向こうが精密ならば、こっちは緻密、いや繊細ですらある。

 どのような状況に落ちろうと瞬時に立て直し、反撃へと移る堅実な強さを求めた結果、たどり着いたミサイルの操作術が、これか」

 

 大晃が周囲に力を解き放つ直前。

 簪は一点に向かっていたミサイルの内の半数以上を引き返させたのだ。

 これにはとっさの判断と計算が必要となる。

 多数の弾頭の軌道を変えるだけでも大変なのに、密集したミサイルがぶつかり合わないようにしなければならないからだ。

 そして、簪は見事にそれを成し遂げた。

 その生き残ったミサイルの内のごく少数で、向かってくるミサイルを防いでいたのだ。

 

「そうかい、そうかい。仲間はお前さんの大きな助けになったようだな」

 

 迫りくるミサイルにあるのは熱だけではない。

 機体を作り上げた者たちの思想である。

 設計者たちの意図により組み上がった機体を、より高いレベルで昇華させる戦術が彩っている。

 機体の設計が操縦者の戦術を高め、高まった戦術が機体を活かす。

 この好循環が、大晃を追い詰めた。

 力を解き放ち、必然のように訪れる硬直期間。

 その一瞬のタイミングにミサイルは殺到した。

 質も量も桁違いの大群。

 これをどう捌くのか?

 大晃はそれに己のIS機能で答えた。

 

「な!?」

 

 簪が驚いて声を上げた。

 大晃の身体が硬直のまま回っている。

 筋肉が硬く留まった状態で、高速回転しているのだ。

 それも回転軸が自由自在に変化しているのである。

 大晃の身体は回転によりミサイルを上手にすり抜けていた。

 しかも、その回転の最中に、大晃は身体の硬直をさらに剛直へと変化させていた。

 それは更なる、力みを生み出した。

 二度目の解放。

 今度のそれはミサイルを全て巻き込んだ。

 簪はそれを避けたが、その先には大晃が仁王立ちしていた。

 笑みを浮かべていた。

 篭った思念ごとミサイルを喰いつくして、腹の中で循環している感覚を楽しんでいる。

 食後の肉食獣の満ち足りた笑みがそこにはあった。

 

「俺もね、PICの機能一つで試合を全て成立させているからね。

 お前さんの目指しているものには何となく共感できるぜ」

 

 簪が薙刀で反撃する間もなかった。

 気がつけば拳が簪の腹を打っていた。

 あまりの痛みに簪がうずくまった。

 ISの機能をもってしても、全ての衝撃を殺しきれなかった。

 それで決着がついた。

 

 

 

 次に入ってきたのは、生徒会長、更識楯無だった。 

 怒りに肩を震わせている。

 

「おやおや、どうかされましたか?」

「よくも、簪ちゃんを……!」

 

 楯無は怒っていた。

 妹の簪は大晃に負けた。

 簪はピットに戻ってきてから満足そうにしていた。

 全てを出し切って、かつ、それを上回られたのだ。

 むしろ、清々とした表情をしていた。

 しかし、楯無は簪が腹を殴られているのを見ている。

 痛みでうずくまる様子も見ている。

 姉としての怒りは収まる気配がない。

 

「良いんですよ……どういう感情でも、それが怒りでも良い。俺にぶつけてくれれば、それでね」

「もとよりそのつもりよ」

「嬉しいですよ、まさか、会長とやれる日が来るなんて」

 

 大晃は嬉しそうに囁いた。

 楯無は怒りに肩を震わせている。

 つまり、ベストな状態だ。

 しかも、楯無にはIS学園最強の肩書きがある。

 肩書きに恥じない強さもある。

 大晃にとってはそれが良かった。

 

「俺にこの機会を与えてくれて感謝してますよ、楯無会長」

「良いのよ、私も色々と我慢していたしね」

「何を?」

 

 楯無が質問に答えるのと、ブザーが鳴るのは同時だった。

 

「ずっと、あなたにお仕置きをしてあげたい、と思っていた」

 

 楯無は前に出ていた。

 

 

 

 今まで出てきた相手は遠距離戦のエキスパートたちだった。

 それだけに展開は最終的に、大晃がどう詰めて、打撃を与えるかに集約していた。

 楯無は違う。

 もともと、何でもできるが、楯無自身は近距離格闘への造詣が深い。

 楯無自身、特殊な事情により格闘技はあらかた叩き込まれている。

 しかも、そのいずれもがかなり高いレベルで、だ。

 それらをミックスした格闘技はIS戦闘に転用可能だった。

 

「シュッ」

 

 戦場は静かだった。

 二人の息づかいと、呼気だけが響く異様な空間。

 近距離での打撃戦で決着を付けたい。

 その望みに大晃は付き合う。

 もっとも、大晃は近距離戦以外は何も出来ないのであるが――。 

 ともかく、楯無は手にしたランスで突いた。

 鋭い刺突だ。

 それが前方の空間を穿っていく。

 初撃。

 顔面を傾けることで避けられた。

 二撃目。

 胴体を半身にすることで避けられた。

 三撃目。

 上体を逸らすことで避けられた。

 だが、次から次へとランスの刺突は放たれる。

 機関銃の連射を思わせる連打。

 しかも、武器である以上、拳より間合いが広い。

 真っ当な拳士なら武器の間合いで闘うことはできないはずであり、いずれ追い詰められる。

 そのはずであった。

 しかし、それらが全て避けられる。

 体捌きと回転が組み合わさった闘法。

 それは楯無自身が経験したこともない回避方法であった。

 上下が逆転するのは当たり前で、こちらに背を向けることさえ頻繁にある。

 一見、無駄にも見える技術は、しかし、緻密な理論に裏打ちされているのか。

 ランスは大晃に触れることすらできなかった。

 大晃は必殺の間合いにいながらにして、敵の攻撃全てを回避して見せたのだ。

 まさに怪物。

 織斑千冬に挑むに足る資格を見せつけられている気分だった。

 だが、これからが本番、と楯無は薄く笑った。

 まだまだ、試していないことがあった。

 

「これは……? 水?」

 

 何十合にも及ぶランスの連撃。

 その刺突に紛れてばら撒かれていたものがあった。

 楯無の専用機『ミステリアス・レディ』。

 その能力の真骨頂は水を操る能力である。

 水に含まれる特殊なナノマシンがそれを可能にしているのだ。

 攻防でその水を利用する。

 だから、装甲は薄い。

 その薄い装甲を水で覆うことで、防御力を確保しているのである。

 その水が大晃の周りにばら撒かれている。

 ようやく仕込みが終わったことになる。

 

「いくわよ」

 

 楯無はその言葉を合図にミステリアス・レディの能力を解放した。

 大晃もまた拳を突き立てた。

 ランスを突き付けてくる、楯無に対してのカウンターだ。

 それが顔面に当たった。

 顔面を貫いて、頭部を貫通したかのように見えた。

 だが、大晃には分かっていた。

 自分が楯無の頭部に拳を当てていないのだ、と。

 何故ならば、そこにあるはずの肉が肉を打つ感触。

 何千万回と味わった、手応えがなかったのだから。

 有ったのは空気を打つのと同じ感触だけだ。

 大晃は踏み足を入れ替えて、姿勢を変えた。

 身体を動かした。

 そのさっきまでいた空間を突如現れた楯無のランスが貫いていた。

 その楯無に大晃は突っかける。

 また、拳を――。

 当たった。

 しかし、空を切った感触しかない。

 その打撃の打ち終わりを狙いすましたかのように、楯無の攻撃が。

 避ける。

 打つ。

 避ける。

 打つ。

 それを何度も繰り返した。

 なるほどね。

 大晃が浅く笑った。

 

「幻か。しかも、虚と実を織り交ぜることで、巧みに幻惑してくる。

 こちらの攻撃は逸らされて、無防備な打ち終わりを狙われてしまう。

 一つ一つに対応していればすでに術中、どれが真でどれが偽か、分からなくなる」

 

 空中に漂う水の反射を利用した、幻覚。

 それにより大晃の狙いを逸らし、逆に楯無は打ち終わりの無防備な状態を突くという戦法。

 大晃の口から洩れる、言葉はそれを完全に言い当てていた。

 

「術中にはまれば、普通は為すすべがない。

 楯無さんの『あらゆる格闘技をミックスしたオリジナル』はただでさえ厄介なのに、そこに幻覚を混ぜられれば駆け引きの土俵に立つこともできない」

 

 それが大晃の現状だ。

 今の手札で闘えるのはここまで。

 大晃はそれを素直に認めた。

 

「ならば、俺も幻覚を使おう」

 

 と、大晃はその場にとどまった。

 力を抜いてだらりと、一点に留まったのである。

 楯無は考えた。

 大晃の言葉がブラフなのか、そうでないのか。

 しかし、それは一瞬だった。

 楯無はそこを容赦なく狙った。

 鋭い刺突を頭部へと放った。

 大晃の頭部をランスが刺し貫いた。

 だが、楯無は全くの手応えを感じなかった。

 まさか、本当に幻覚を使うのか!?

 楯無が防御姿勢を取るのと、脇腹に衝撃が走ったのは同時だった。

 アクア・コートで威力を何とか吸収したが、凄い衝撃だった。

 

「あなたの幻覚はそれ単独で成り立つものではない」

 

 声に振り返り、振り向き様にランスで空間を薙いだ。

 それは大晃の腹を切ったように見えるが、手応えはない。

 楯無は素早く、幻覚をその場に作り、姿を隠す。

 と、その幻覚を大晃の拳が打った。

 

「虚と実を織り交ぜる駆け引きの妙。それに長けているからこそ、活かせる玄人向きの能力。

 それがあなたの能力の正体だ」

 

 楯無も大晃の幻覚の正体が分かりかけていた。

 特殊な緩急をつけることで残像をその場に残し、本体は別の所にいる。

 そういう理屈である、と思われた。

 

「そして、虚と実を織り交ぜる駆け引きは格闘技の基本でもある。

 本気の打撃にフェイントを織り交ぜる、あるいはその逆でもいい。そういうやり取りが格闘技で重要だって言うのは、もちろんご存知ですよね」

「だから、何だって言うの?」

 

 今、勝負は単純な駆け引きへと移っていた。

 これは幻覚なのか、それとも本体なのか。

 もはや、二人は目に見えるものだけを追ってはいない。

 それぞれが幻覚を見極めて、あるいは、攻撃に幻覚を織り交ぜて闘い、そのやり取りとなっている。

 無制限に続くじゃんけんのような攻防。

 その攻防一つ一つを味わいつくすかのように、一合ごとに大晃の気配が膨れ上がり、楯無はそんな大晃と何とか渡り合った。

 そして、何合目かでそれは起こった。

 楯無はランスで大晃を突いて、手応えから瞬時にそれが残像であると、悟った。

 大晃の本体は次の攻撃地点へと動いているはず。

 今までの傾向から判断して、恐らくは右。

 楯無は右に意識を傾けた。

 その瞬間――。

 

「待っていたよ、その意識の偏りを」

 

 加速する駆け引きと相手はきっとこう来るはずという先入観。

 それらによって起こった隙とも呼べぬ僅かな意識のずれ。

 しかし、もはや闘いは、その僅かな意識のずれすら許容できないほどの速度に至っていた。

 無論、その先入観も偶然生まれたものではない。

 大晃によって意図的に植え付けられた、先入観である。

 誘導されていた。

 そんなことを楯無が考える暇もなかった。

 今度こそ、正真正銘、本物の更識楯無に拳が突き刺さっていた。

 その拳から楯無は強い感情を感じていた。

 単純な読み合いで勝った。

 その歓びのうねりが拳を通じて楯無へと伝わったのである。

 その歓喜の感情に呑まれるように、楯無は意識を失った。

 

 

 

 のほほんとした少女だった。

 闘うこととは無縁。

 そうとしか見えない、少女である。

 しかし、少女は確かにISを纏っていた。

 それは専用機だった。

 背後には花弁のように帯電した制御盤が浮かび、その中心には制御装置らしきものがあった。

 その成語装置から伸びている荒縄と腰に備えられたバチから風神と雷神を想像できる。

 しかし、その天変地異さえ操りそうな見た目は、より凶悪なものをモチーフとしていた。

 九尾の狐。

 大妖怪こそがこの機体のモチーフだった。

 

「九尾ノ魂……面白い名前だねえ」

「えへへー。でしょー」

 

 闘いの前だというのに本音に変わりはない。

 いつものようにひょうひょうとしている。

 だが、それでも、怖いのだろうか。

 わずかに、冷や汗を流している。

 それも仕方ないだろう。

 三度の闘いを喰らい、血肉と変えた大晃は、闘いを始める前よりずっと大きく見えた。

 大晃の精神が活発に動き、それだけ多くの老廃物が排出されているかのように、ドロドロと精気に満ちた気配を溢れさせている。

 

「さて、こうして俺の前に立ってしまったんだ。痛い目を見ることになるだろうけど、覚悟してもらおうか」

 

 本気とも冗談とも取れるセリフだった。

 剣呑な台詞であったのだが、本音には動揺した様子はなかった。

 むしろ、この台詞で覚悟することができた。

 闘わなければ無事にこの場から出ることはできない、ことを悟った。

 本音は恐怖を抑えて、変わらない調子で、変わらない声色で言ってのけた。

 

「優しくしてねー」

 

 その優しい声が大晃に届いた。

 その声の愛撫と肉の歓びが大晃の体内で混じり合う。

 

「ああ、優しく教えてやるぜ。闘うことの楽しさってやつをよ」

 

 ぞろりとした声で拳を握った。

 ブザーが鳴り響いた。

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