本音を言うと、その男を頻繁に怖いと思っていた。
日々の生活で恐怖を感じることはない。
その肉体には確かに威圧感こそあるものの、慣れれば恐れを抱く類のものではなかった。
樹齢千年の神樹。
苔の生い茂った巨岩。
それらは大きいが恐ろしいものではない。
それと同じで、その男にじゃれつくときに恐怖はなかった。
むしろ、安心感すら感じてもいた。
恐怖を感じるのは、主にその男が闘っているのを眺めているときだった。
日常生活では絶対に振るわれることのない暴力。
拳。
掌底。
蹴り。
男の闘いは人の持つ闘争心を引き出す原始的な闘いだった。
いつも浮かべている微笑をそのままに、敵を殴り、追い詰める。
その姿に、恐怖と高揚を同時に抱いた。
その男、安城大晃と本音は初めて闘っていた。
『九尾ノ魂』。
その能力は二つあった。
風を起こすこともできる。
雷を落とすこともできる。
その両方を同時にもできる。
二つといったが、天変地異という一つの言葉でくくれる能力かもしれなかった。
本音は今、その能力を躊躇なくぶつけているのである。
風を起こして、大晃にぶつけた。
その風で大晃はあっけなく吹き飛ばされた。
そして、雷を起こして大晃を感電させた。
しかし、そこまでだった。
大晃はすぐさま立て直すと、PICの推進力を利用した高速移動で本音の攻撃を避け始めたのだ。
強風で身動きを取れなくさせてやろうとすれば、大晃は事前に察知して、風の範囲外に逃れた。
雷で仕留めてやろうとすれば、巧みに躱される。
攻撃する本音、回避する大晃。
そういうやり取りが続いていくにつれて生まれてくるものがあった。
駆け引きである。
風を起こす。
すると、その範囲外に大晃は逃れようとする。
それを本音は理解して、あることを思いついた。
風を起こす中心地点をわざとずらしてやればどうなるのだろうか?
例えば、それを左にずらしてやれば、大晃は右に逃れようとするだろう。
何故ならば、右に逃れる方が移動する距離はより少なくなるからだ。
その動きを事前に予測できているのであれば、その右に避けた大晃に雷を当てることができる。
本音は思う間も無くそれを実行した。
風をわざと左にずらして起こして、右に避けた大晃に当てる。
そのつもりだった。
しかし、雷を当てることはできなかった。
思惑とは逆方向に大晃が飛んでいたからだ。
本音はとっさに雷を放つ方向を変えた。
照準を大晃に合わせ直して、雷を放った。
狙いは正確ではないが牽制にはなったようで、大晃は接近してこない。
ただ、いつもの微笑で、じゃれつくときに浮かべる笑みのままで、粘っこい言葉を吐いてきた。
「危なかったなぁ」
そのとおりだった。
咄嗟に牽制としての技を放つことできたから、良かったものの、そうでなければ今頃、拳を当てられていただろう。
そう思うと、背筋を奔るものがあった。
半分は恐怖で、もう半分は得体の知れない熱いものである。
血液の中に滾るものがあるのである。
それが何から生まれたのか。
本音はそれを理解していた。
今、本音は策を仕掛けた。
ずらして起こした突風により、大晃の逃げ場を操ろうとしたのだ。
しかし、大晃はその策を見破り、本音は危うく負けてしまうところだった。
言うならば、本音は自分で仕掛けた策で、負けそうになったのだ。
それが面白かった。
闘いとは人と人の読み合いでもある。
策を仕掛けたとして、その策に本当に相手が掛かるのか、あるいは掛かったふりをしていて、逆に嵌めようとしているのではないか。
そういう機微が闘いにはあるのだ。
その無限のやり取りの一端。
それに触れたことを、身体が実感しているのである。
腰が熱を帯びている。
突き上げてくる甘美な響きがある。
この甘美なものが闘いなのか!?
本音は感動していた。
感動が本音を突き動かして、次々と、技が放たれていく。
実際に試しながら新しい工夫を、どんどんとしていく。
大晃も、それに呼応して、どんどん、回避方法にバリエーションを出していく。
やり取りのレベルが徐々に上がるにつれて、危ない場面も出てくる。
それを凌ぐたびに本音の中に恐怖が生まれる。
しかし、恐怖よりも興奮が勝っていた。
楽しかった。
「おいおい、何で泣いているんだい?」
「え?」
だから、この時は分からなかった。
大晃に指摘されて気がついた自分の涙が、どういう感情から噴出していたものなのか。
ただ、大晃は深く頷いた。
自分ですら分からない涙の出どころを、この男は知っているようである。
「ならば、俺の力を見せるかい」
不意に、その場に留まった。
何をする気なのか。
本音には分からない。
ただ、自分が何を為すべきなのかは、不思議と分かっていた。
全力を出す。
今に限っては避けられることなど考えずに、全力の一斉攻撃を仕掛ければ良い。
それが自然と呑み込めた。
本音は風と雷を操り、一点に集中させた。
風と雷が混合した、槍のようなものが大晃へと放たれて――。
「喝ッ!」
それら全てが裂帛の気迫に弾かれていた。
大晃がしたのは正拳突きである。
空に向かって放たれた拳の余波が、風も雷も吹き飛ばしていたのだ。
本音の前に大晃が迫ってくる。
その極小の時間の中で、本音は確かに呟いていた。
「やっぱり、行っちゃうんだね」
拳が顔面に迫ってくる。
それがやけにゆっくりに見えている。
大晃の拳に身体が勝手に反応して、脳が一瞬を何倍もの時間に引き伸ばしているのだ。
圧縮されたときのなかで本音は悟った。
大晃を止めることはできない。
闘いの楽しさを知ることができた。
しかし、それを教えた張本人は、学園から去ろうとしている。
学園を去ってしまえば、もう闘う機会は無くなってしまうだろう。
この甘美な時間を共に過ごすこともできなくなるだろう。
こんなに楽しいのなら、もっと早く闘っておけば良かった。
そういう意味の涙だった。
拳が当たる。
衝撃が全身を揺さぶって、意識が本音から消えていった。
その本音の身体を大晃が支えた。
「済まないねえ」
本音を抱きながら大晃は言った。
しんみりとした言葉であった。
次の試合の相手はシャルロットであった。
シャルロットのISは相も変わらず、『ラファール・リヴァイブ』だった。
第二世代のISであった。
現在、最新の機体は第三世代と呼ばれている。
第二世代のラファールは使い勝手も良く、幅広い操縦者に人気の傑作機であるが、単純な能力に限って言えば、第三世代に一歩譲っている。
さらに言えば、他の企業も続々と優秀な機体を生みだしている以上、その能力に疑問符を付ける者も大勢いた。
使い勝手こそ良いものの他の機体に取って代わられる時がすぐそこまで迫っている傑作機。
それがラファールの現在の評価であった。
シャルロットはそのラファールを巧みに操っていた。
「中々、やるじゃないか」
「そっちこそ」
シャルロットは闘いながら笑みをこぼした。
以前は、模擬戦に明け暮れる日々であった。
専用機持ちたちで集って、それぞれが自らに課題を課して、それができないものは他人にアドバイスを貰い、そして、その練習の集大成として、模擬戦を行ったのだ。
だから、大晃とは何度も闘っていた。
何度も、何度も、闘い、敗れてきた。
それでも、今日だけは――。
勝ちたい。
そう思って闘いに臨んでいる。
もっとも、それは専用機持ちが共有している想いであろう。
安城大晃。
模擬戦の戦績は公式なものではないが、一対一の闘いで不敗であることに変わりはない。
その大晃を相手に小細工など通用しない。
だから、シャルロットは策を用いずに、鍛え上げた技量で闘っていた。
「ほう、こいつは――」
「ラピッドスイッチ、その改良版さ」
シャルロットは言った。
ラピッドスイッチ。
武器の切替とは本来、そう簡単にできないことだ。
武器を量子空間内に格納する。
武器を量子空間内から取り出す。
真逆の動作を二つ同時にこなさなくてはならないからだ。
しかも、ただ武器を入れ替えれば良いというものでもない。
何故なら、その持ち替えた武器が、その状況に合致していなければ、武器を持ち替える行為そのものが無意味となるからだ。
必要なのは状況ごとに的確な武器を判断し、瞬時に持ち替える技術と持ち替えた武器を操る技量である。
当然、武器ごとの特性を知らなければならないし、状況を判断する思考の瞬発力は欠かせない。
その二つを高い次元で融合させた操縦者。
それこそがシャルロット・デュノアであった。
「なるほど、ね。以前よりも、疾い。そして、何よりも容赦ないじゃないか」
大晃はその技巧を味わっていた。
遠間では弾幕による牽制と妨害、近間では近距離武装と遠距離武器をミックスした格闘技術。
それもその変化の際に切れ目がない。
戦術の変化は淀みなく、あらゆる動作の終わりが、次の戦術への繋ぎへと繋がる形になっているのである。
しかも、容赦ない。
「ならば、これはどうする?」
大晃の動きが変わった。
今まで、ゆったりと攻めていた大晃の動きが、より鋭角に、より強引になった。
ただの回避ではなく、攻撃の動作そのもので弾丸の隙間を縫う。
危険と隣り合わせの回避は、しかし、攻撃へと転じる際に絶大な効果を生む。
回避に費やす時間を攻撃の時間へと転化できるからである。
その攻撃に、シャルロットは徐々に追い詰められていく。
それは何度も模擬戦で繰り返してきた展開でもあった。
今までであれば、このまま削りきられて負けていただろう。
「舐めないでよ」
だが、シャルロットが何の対策もなく闘うはずもない。
シャルロットはすぐさまグレネードを手に取った。
そして、投げる。
それは大晃には効果的な方法だった。
有無を言わせない範囲攻撃。
近距離戦闘しかできない大晃は軌道を変えて爆発をやり過ごす以外に出来ることはないからである。
無手の装甲であれば、爆発を突っ切ることもできるだろうが、大晃はそういうことはしない。
弾丸であれば必ず避ける。
爆発であれば必ず迂回する。
その合間に生まれる駆け引きを丁寧に、制することを重視しているようであった。
そんな大晃に対して、グレネードなどによる範囲攻撃は一定の効果が見込めるものであった。
しかし、それ以上ではない。
無手の圧倒的な機動力。
それを生かす大晃にとってみれば、ほんの僅かな時間稼ぎ以上のものにはならないのだ。
だから、そのグレネードが仕切り直しとして働いたのは、その軌道がシャルロットの至近距離で爆発する軌道であったからに他ならない。
「むぅ!」
大晃が迂回し、グレネードが爆発する刹那、シャルロットは勢いよく飛んでいた。
爆発の勢いを機動力に転化して、シャルロットは飛んでいたのだ。
ダメージはあるものの、それは大晃の拳を受けるよりもマシなものらしい。
仰向けに飛びつつ、展開した銃で大晃へと弾丸を浴びせる。
大晃はその弾丸に飛び込むようにして、交差する。
ーーその瞬間だった。
二人の周囲でグレネードが爆ぜた。
シャルロットは投げていた。
複数の、否、残り全てのグレネードを。
そのグレネードは二人をドーム状に包み込み、圧し、二人をその中央へと押し込んだ。
シャルロットが右手に持ち替えていた武器はパイルバンカー。
敵に杭を打ち込む独特のフォルムは禍々しい。
しかし、その禍々しさは大晃を相手にするには頼もしいものだった。
シャルロットはすでに右手を引き絞り、パイルバンカーは打ち出す杭に限界近くのエネルギーをため込んでいる。
周囲に満ちる爆炎、正面にはパイルバンカーを構えたシャルロット。
避けるという選択肢など無く、正面からパイルバンカーと打ち合う以外に大晃が試合に勝つ手段は無いのだ。
――大晃が笑みを深めた。
シャルロットは近接戦闘よりも遠距離戦を得意とする。
まさか、そのシャルロットが切り札として、パイルバンカーを使うとは思ってもみなかった。
だが、それは良い手だった。
事実、シャルロットはタッグトーナメントの準決勝で大晃にパイルバンカーを命中させている。
周囲を爆風で覆うことで逃げ場をなくした今なら、確実に当てられる。
超高速で接近した二人は、爆発の中央でぶつかり合った。
二人の身体が密着し、拳と杭が触れ合っている。
明らかに大晃が不利だった。
拳を加速させる空間はすでになく、パイルバンカーはこういう超至近距離で生きる武器だ。
力も最大限まで撓められている。
シャルロットはエネルギーを解放し、拳に杭を打ち付けた。
杭は拳の中にめり込んで、ダメージを与えるかに思えた。
「……嘘でしょ?」
そこでシャルロットは信じられないものを見た。
打ち出された杭と同等かそれ以上の力を、腕を通して伝わる感触から、感じ取ったのだ。
ゼロ距離であるにも関わらず、大晃の拳は加速してきた。
足腰、胴、肩、肘ーー。
それらの連動が拳に力を与えたのだ。
それも、パイルバンカーの打ち始めから打ち終わりまでの、ほんの一秒の十分の一以下の時間でだ。
爆ぜた火薬のように俊敏な肉体である。
そして、杭は限界を超えて撓み、ついには耐えられなくなった根元からポッキリと折れた。
その人知を超えた光景にシャルロットが呆気にとられ、大晃はそれを見逃すはずもない。
切り返す動作を利用した、突きがシャルロットに当たった。
――ああ、そうか。
痛みと薄れゆく意識の中でシャルロットは悟った。
もう、大晃は自分では絶対に勝つことができない、場所まで行ってしまったのだ、と。
大晃の笑みの中にシャルロットは哀しみを見た。
自分と並び立つものが、いなくなってしまったことを哀しんでいるように見えた。
その二人のコンビが入って来た時、観客席は一瞬静まっていた。
安城大晃に負けた記録はない。
公式、非公式を問わず、彼は常に全勝して来た。
ただ、それは一対一に限ればの話であった。
二対一。
そういう状況で一度だけ敗北したことがあった。
「来たか」
大晃は笑顔でその二人を招いた。
何かを期待するように、上気させて笑みを浮かべている。
唯一の敗北を与えてくれた相手に対して向けるには、あまりにも純粋な笑みだった。
悔しさはあっても、それを喜びの量が遥かに上回っているようだった。
その唯一の敗北を与えた二人は名乗りを上げた。
「篠ノ之箒」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
それが起こったのはタッグトーナメントの決勝戦だった。
大晃はただ一人でタッグトーナメントを勝ち抜いた。
決勝戦でも終始優勢に試合を展開させた。
そこでラウラは覚醒したのだ。
今までの闘いを振り返り、自身を追い詰めたとある選手の用いた戦術を利用して、なんとかその激戦を制したのであった。
その二人の登場に会場は一気に沸騰した。
今日、この日も大晃は勝ちまくっている。
ミサイルとマシンガンを操る高火力の二人組、大量のミサイルを自由自在に操る更識簪、幻覚で撹乱し近接武器を叩き込む更識楯無。
そして、天変地異を操る本音、ラピッドスイッチで遠近共に優れているシャルロット・デュノア。
いずれもが強敵で、しかし、彼女らは例外なく破れている。
しかし、この二人であればーー。
唯一、大晃に勝利したこの二人であれば、試合を制し大晃の出奔を阻んでくれるかもしれない。
そういう期待を観客たちは抱いているのである。
「期待されているな、ラウラよ」
「……全く、呑気な連中だ。父さんに勝つことがどれだけ難しいのか、分かっていないんじゃないのか?」
二人はそんな観客に苦笑した。
連携を駆使して、戦術により勝利を収めることができたが、それは際どい内容だった。
今、同じことをしたとしても勝てない。
かと言って、大晃相手に策を仕掛けても勝てるとは限らない。
現に、今日だけでも、物量を背景にした高火力、能力を活かした撹乱戦術、そして、自らの土俵に誘い込む戦術の全てが破られている。
「まあいいさ。今日は良い機会だ。大晃、貴様には篠ノ之流の実験台になってもらう。構わないな?」
「そういうことだ、付き合ってくれよ、父さん」
「もちろんだとも」
しかし、二人に気負いはない。
箒は『紅椿』から刀を取り出して、ラウラは両の手を前へと構えた。
「では、参る」
「行くぞ」
始まりの合図と共に、箒とラウラは飛び出した。
まず、前に出て来たのは箒だった。
血のように赤い刀剣を握って、宙をのっそりと歩いた。
間合いが狭まり、そのたびに緊張感が重みを増した。
そして、箒はおもむろに宙を強く蹴って、前進した。
イグニッションブーストと同等の速力で、大晃に斬りかかった。
上段からの袈裟斬り。
その初撃を半身になって避けた大晃は反撃を試みるも、その動きを変えた。
箒との間に一条の光が差し込んで来たからだ。
大晃はこれを知っていた。
停止結界。
ラウラの纏う『シュバルツェア・レーゲン』の能力だ。
その光はあらゆるものを停止させる結界であった。
無論、停止させることができるものの上限はあるのだろうが、大晃はその上限を確かめる気はないらしい。
力づくで破ったところで一拍ほどの時間をロスすることになる。
大晃はその光に触れないように下から潜り込むように素早く、直角に箒の背後へと回り込んだ。
当然、そんな動きを読んでいた箒は大晃へと向き直り刀を振るが、大晃とて近接戦闘のスペシャリストだ。
篠ノ之流の正当後継者である箒ですらも敵いはしないだろう。
一対一であれば、だ。
箒へと向かう大晃へと降り注ぐ一条の光。
大晃とて一瞬の制止を余儀なくさせるであろう停止結界である。
ラウラのその援護により大晃はまたしても回避と迂回を選択することになった。
今度は上から強襲するように。
そんな大晃を箒は狙い、ラウラの援護が箒を守る。
そういうやり取りが何度か続いた。
そして、変化が起きる。
「ならば、こうだ」
つぶやきと共に、大晃は速度を変えた。
ギアが一つ上がる。
箒の剣も、ラウラの結界をも、置き去りにする速度へ、と。
自身へと届く前に結界をすり抜けて、大晃は拳を奔らせる。
箒はその拳を上半身を反らすことで、紙一重を回避した。
紙一重の回避は箒も可能ではあるが、これは全くの偶然である。
ともかく、何とか生き残った。
だが、体勢が悪い。
上半身を仰け反らせた勢いそのままに蹴りへと繋げたものの、大晃はあっさりと受けて、二撃、三撃、と打ち込む準備を整えて。
だが、大晃は攻撃を完了しなかった。
回転し、箒の上を飛び越えるように勢いよく飛んだのだ。
「ぬぅ! 停止結界が枝分かれしただと!?」
ラウラの停止結界である。
一条の光が枝分かれして、箒の周囲を広範囲に渡って覆ったのである。
大晃はその光から逃れたのだ。
だが、追撃の手は緩まなかった。
「……逃がさん」
箒から滾る赤黒いエネルギー。
『紅椿』のワンオフアビリティーによって生成した力を、箒は刀へと収束させた。
ラウラはその光景を見て、何かを察したのか、展開していた結界を消した。
周囲の結界が消えることで、動けるようになった箒は刀を思いっきり振った。
飛ぶ斬撃と化した紅い光が、大晃へと迫る。
箒の背後をまっすぐに進んでいた大晃は、直進しながらも身体を回転させて左を向いた瞬間に、自身の正面へと進んだ。
「逃がさないと言っただろう!」
箒は次々と飛ぶ斬撃を放つ。
大晃は直進しながらも速度の爆発的な変換、そして、回転と自身が向いた方向への軌道変化を駆使して、それを避けていく。
だが、飛ぶ斬撃は広範囲に及ぶ。
飛距離は大したことはないが、縦と横を広くカバーする斬撃は、回避する方向が自然と限定される。
つまりーー。
「捕まえた」
斬撃を飛ばすタイミングと方向によって相手を自身の都合の良いところに誘導できるのである。
箒は大晃の進路に先回りして、刀を振り上げた。
刀は赤黒いエネルギーを纏い、魔剣のようなおどろおどろしい見た目となっている。
至近距離からの広範囲斬撃。
避けることはおろか防御することも難しい必殺の刃である。
箒はその刃を振り下ろそうとした。
「甘いな」
だが、大晃は全て知っていた。
箒が自身を誘導していることも、近距離にて回避不能の技を使ってくることも。
だから、対処する方法も、大晃は知っていた。
大晃の拳が伸びて、振り下ろそうとする箒の腕を叩いた。
回避不能、防御不能の技。
ならば、始動の瞬間を叩く。
技を不発にさせる。
それが大晃の考えだった。
箒の腕は弾かれた。
しかし、エネルギーはまだ散っていない。
強力な力を刃は宿し続けている。
強烈な意思によって箒は刃を握り続けている。
箒は強引にでも技を発動させる気だったが、それは不可能だと思われた。
技を発動させる前に、大晃の拳が箒を襲うはずであったからだ。
「させん」
妨害しようとする、大晃の背後にラウラがいた。
レーザーブレードを二本構えたラウラが、大晃へと突貫しようとしているのである。
大晃は前のめりに拳を放って剣を迎撃し、背後へと蹴りを放つ。
箒とラウラの二人はそれを受けた。
そして、反撃へと転じた。
「ラウラ! 合わせろ!」
「おう!」
目にも留まらぬ近接戦闘が始まった。
二人の連携は優れていた。
箒が刃を放とうとすれば、大晃は止めねばならない。
しかし、それに気を取られていては、ラウラのレーザー刃で切られてしまう。
しかも、ラウラが仕掛けてくるのはレーザー刃での攻撃だけではない。
攻撃の中に停止結界を織り交ぜて、大晃の動きを妨害してくるのだ。
本来ならば大晃との近接戦闘で停止結界を仕掛ける暇などないが、箒へと意識が偏った瞬間を狙うことで、それを可能にしているのだった。
「ほう、まさかこうまで淀みなくに停止結界を仕掛けてくるとは」
停止結界は近接武器としての性質を帯び始めていた。
ラウラが停止結界を腕の先端に展開して振ると、それが鞭のようにしなり、腕の動きに追従するのである。
敵を捉えた停止結界は相手に絡みついて、敵を拘束する。
今の大晃ならば振り切ることはできるだろうが、一瞬の隙を晒すことは避けられない。
そうなれば、箒のエネルギー刃を受けてしまうことになる。
だから、大晃はどうにかして刀を振ろうとする箒を止めつつ、ラウラの停止結界を避けねばならない。
そういう難しい局面に立たされていた。
おそらく、標準的な国家代表でさえも太刀打ちできない二人の連携だった。
「良いぞ。そうでなくては」
だから、大晃の身体は歓喜していた。
自身を襲う、危機。
それを切り抜けなければ、望む場所へと立つことは許されない。
その現実は、大晃を決して萎縮させなかった。
むしろ、肉の中にある喜びを増幅させていた。
そして、ここまで見事に仕上げてきた二人の連携に応えるために、また一つ、肉と戦術のレベルを一つあげた。
「行くぜ」
大晃が攻勢へと転じた。
回転の速度が上がって行く。
その上昇した回転の先端で、二人を迎撃していく。
大晃が抑えられていたのは、ひとえに後手に回っていたからだ。
先手に回り、攻撃の起こりそのものを潰していけば、形勢は自然と逆転する。
「ふふん。なるほど、それは良い手だ」
二人はそれに耐えた。
技の起こりを相手が潰してくるのなら、より深く相手の攻撃を受けて、強引にでも技を使えば良い。
敢えて攻撃を受けることで敵の動きもわずかに止まる。
二人の内のどちらからともなく始めたこの行動により再び、場は拮抗する。
「惜しい」
だが、大晃は相手のその動きすらも利用する。
攻勢に出た二人は自然と前のめりとなっていた。
二人はその点も警戒していたはずだが、大晃は呼吸をコントロールしていた。
箒の上段からの振り下ろしと、ラウラのレーザーブレードの連撃を大晃は避けた。
攻撃の対象を失った二人は、しかし、勢いがつき過ぎていた。
大晃という圧力が消えることで前へと出る力が制御不能となっていた。
結果、二人は向かい合っていた中心でぶつかり合っていた。
大晃は立て直す時間を与えない。
「ぐぁ!」
「うぐぅ!」
大晃が拳を握りしめて二人を打った。
ほとんど手打ちの突きはバリアを容易に破り、二人のエネルギーをゼロへとした。
試合会場にブザーが流れた。
観客席がどよめいている。
安城大晃の連戦連勝。
学園最強、更識楯無が負けている現状、最も期待されていたのが箒とラウラのペアであった。
その二人が勝てないのであれば、一体だれが勝てるというのか?
残る挑戦者は二人。
織斑一夏、セシリア・オルコットだけである。