超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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67話、安城大晃討伐戦(後編、織斑一夏)

「どうして、何も教えてくれなかったんだ?」

 

 試合の前日。

 一夏は声を尖らせていた。

 場所はIS学園にある、とある教師の自室である。

 特に私物もない。

 多少、散らかってはいるが、もともと部屋の持ち主が物を持たない性質だからだろう、ゴミが散乱しているという印象はない。

 その部屋の主、織斑千冬、つまり、一夏の姉はただ黙っている。

 

「なんとか言ったらどうなんだ?」

 

 焦れた一夏が再び質問したが、千冬は黙って腕を組んでいる。

 もともと、千冬は一夏を避けていた。

 何故、大晃と闘うのか?

 何故、そのために大晃が学校をやめねばならないのか?

 そういう質問から逃げるように、千冬は一夏を遠ざけて、耳を塞いできたのだ。

 千冬は明らかに恐れていた。

 その問いを――。

 自らの答えを――。

 しかし、恐怖から逃げ続けることはできない。

 何かに、観念したように、自らの罪を打ち明けるように、千冬はゆっくりと口を開いた。

 

「私はお前たちが思っているような立派な人間ではない」

 

 答えというにはあまりにもかけ離れていた。

 しかし、何故、千冬がこうまで恐れを抱いているのか。

 何故、千冬がここまで答えに窮していたのか。

 その繋がりを多分に匂わせていた。

 

「私はね、人でなしだよ。

 生きるの死ぬだの、そういう闘いが好きで好きでたまらない人間なんだ。

 その為ならば、本当に自分か相手が死んでも良い……そう思っている」

 

 千冬は笑った。

 今までに積み重ねてきた罪の意識と自身の本性への恐怖がないまぜになった、乾いた笑い声だった。

 一夏の背が汗で濡れ始めていた。

 

「今まで、それをずっと否定していた。

 自分は真っ当な人間なんだ、と言い聞かせてきた。

 だが、今になってつき付けられたんだ。私は人でなしなんだ、と――」

 

 一夏には詳しいことは分からない。

 ただ、それが千冬の過去の行いに根ざしたものだということはかろうじて推測できた。

 ひょっとしたら、それは千冬が無敗のまま現役を引退したことに何か関係があるのかもしれない。

 そう思って、一夏は訊いた。

 

「一体、何があったんだ?」

「それは言えない。ただ、私はつい最近自分の本性を完全に理解した」

 

 千冬は重い言葉を吐いた。

 

「私は自分より強いかもしれない誰かを、許すことができない」

 

 その誰か、とは誰なのか。

 一夏が尋ねるまでもなかった。

 

「だから、私は安城大晃と闘わねばならない」

 

 暗い顔で、千冬は言ったのであった。

 

 

 

 

 

 試合会場で一夏は大晃と向き合っていた。

 大晃は自然体だった。

 どこにも力を込めているようにも見えない。

 ただ、自分の体重を支えて直立しているだけであり、不要な力は一切かかっていなかった。

 だというのに、一夏は大きな物を感じ取っていた。

 大きな山が、地中深くに抱えているマグマのような力だ。

 自然体でいてもなお、巨大な力を放つ異常な肉体、そして、精神であった。

 

「緊張しているな」

 

 ピットからモニターを通じてアリーナを見ていた箒は呟いた。

 一夏は刀を両手で持っている。

 異様に力を込めて握っている。

 篠ノ之流を修めている箒はそれを見て取って危ういと思った。

 もとより、一夏は篠ノ之流である。

 ブランクこそあったが、最近は勘を取り戻し、良い動きを見せるようにもなっていた。

 それがここに来て、余計な力を込めているのは少し気がかりだった。

 余計な力は濁りを生む。

 今の一夏は力を込めすぎて、却って弱くなっている。

 何か不要なものを背負っているようであった。

 

「ふふん、どうしたんだい? そんなに力を込めて」

「別に、どうもしないさ」

「そうかい。一夏、お前さんは一体どうして、俺に勝ちたいんだい?」

「決まっているだろう」

 

 アリーナでは試合開始が間近に迫っていた。

 一夏は答えた。

 

「お前を、千冬姉を、止める為だ」

 

 合図のブザーが鳴った。

 一夏は飛び出した。

 

 

 

 一夏は正面の大晃を見た。

 何気ない立ち姿であったが、そこには蟻の一匹も這い出る隙が見当たらない。

 ISの操縦者として、そして、一人の武道家として大晃ははるか高みにいる。

 その相手に勝たなければならない。

 勝たなければ姉とこの男が殺しあうからだ。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 一夏は吠えた。

 自分の中にある畏れを吐き出す様にして――。

 そして、一夏は斬りかかる。

 イグニッションブーストを用いて一瞬で距離を詰めて、上段からの振り下ろし。

 大晃は半身になって、それを避けた。

 一夏は逃げる大晃を追撃した。

 振り下ろしからの振り上げ。

 上下左右、あらゆる方向、角度から、刃が襲ってくる。

 当然、その刃は大晃にあたる直前に光り輝いている。

 一夏はエネルギー消費の激しい『零落白夜』の発動を、斬撃の命中に絞る事で、エネルギー切れを意識せずに『零落白夜』を使っていた。

 だから、一夏の斬撃の全ては、一撃必殺である。

 防御は許されない。

 出来ることといえば、刃に触れないことか、刀身を弾いて軌道をそらすことくらいだ。

 恐らく、代表候補生でも至近距離で一夏と切り結ぶことが出来る者はいないはずだった。

 

「ほう、こいつは中々のものだ」

 

 だが、大晃はそれらを避けて、弾いて、余裕の笑みすら見せている。

 まるで、好みの料理を口の中で咀嚼し、味わっているかのようだ。

 一夏の全力は全く通じていない。

 何故だろうか?

 

「いかん」

 

 ピットで箒が言った。

 一夏はがむしゃらだった。

 剣を凄い勢いで振っていた。

 それは嵐のような攻撃であった。

 大木すらもバラバラに切り刻んでしまう様な攻撃であった。

 手数に優れてもいた。

 だが、それは一夏の持ち味を殺していた。

 一夏の持ち味は一刀に心を込めた斬撃である。

 一撃必殺。

 それをいかにして敵に当てるか、という判断に優れているからこその一夏である。

 今の、一夏は違う。

 多く数を打って当てることに焦点を当てた今の戦術は、一見して『零落白夜』を生かした戦術にも見える。

 しかし、決してそうではないのだ。

 確かに一夏の勢いは凄まじいが、今日闘った者たちの中には、もっと勢いのある怒涛の攻撃を仕掛けた者もいるのだ。

 素晴らしいが何処まで行っても付け焼き刃の戦術が通用するはずもない。

 

「おいおい、これは違うぜ、一夏。確かにこれはこれで良いが、お前さんの強みはこんなものじゃないはずだぜ」

「うるさい!」

 

 哀しそうに告げる大晃の言葉も、想いに囚われた一夏には届かない。

 しかし、一夏の刃も大晃には届かない。

 大晃のいる地点に到達する瞬間にのみ『零落白夜』は発動し、一撃必殺を何度も何度も叩き込むが、その全ては弾かれ、防がれ、避けられる。

 その現実を前にしても一夏は頑なに前へ、前へと攻めていく。

 

「千冬姉とお前を闘わせてたまるか!」

「だから、こんな柄にもない事をしているのかい?」

 

 一夏の言葉に大晃は喰いついた。

 持ち味を失った一夏。

 その迷走の原因。

 それが織斑千冬にあることは明白だった。

 

「そうだ! 大晃! お前と千冬姉が闘えば殺し合いになる!

 俺は千冬姉もお前も好きだから、闘って欲しくないんだ!」

「違うぜ、一夏。殺し合いじゃない。ただ、お互い命を掛けた闘いをするってだけの事さ」

「同じことだろ!」

 

 その声は観客席には届いていない。

 それでも、一夏の鬼気迫る様子に観客たちも気がついたのだろう。

 ざわめきが沈黙へと変わっていた。

 

「だから、俺はお前を止める! 千冬姉の為に、そして、お前の為にだ!」

 

 一夏は止まらない。

 それでも、現実は変わらなかった。

 どれだけ、零落白夜を使おうと、その全てはダメージへと繋がらないのだ。

 

「やれやれ、しょうがないな」

 

 尚も猛る一夏に向けて、大晃は掌底を繰り出した。

 手打ちの大晃からしてみれば、蚊をはたき落とす様な動作である。

 手のひらは剣をくぐり抜けて、剣が振り下ろされるよりも早くに一夏の顔面を叩いた。

 いくら手打ちでもそれは、怪物の一撃であることに代わりはないのだ。

 一夏は一瞬静止して、ぐらついた。

 こらえてまた攻撃に移るが、避けられる。

 そして、振りぬいた姿勢の一夏を掌打が襲った。

 

「糞! 糞! 糞!」

 

 明らかに通用していない剣戟を、しかし、一夏は止めることはなかった。

 一合ごとに反撃をもらい、それでもなお、一夏は攻撃を止めない。

 鼻から血を流して、涙すら流して、剣を振り続ける。

 観客たちもこの異様な光景に目を奪われた。

 常とは違う一夏の様子はこの時にはほとんどの人が気がついていた。

 一体、何がそこまでさせるのだろうか?

 ひょっとすれば、一夏は自身と大晃の違いを強く意識しているのかもしれなかった。

 一夏は千冬の弟だ。

 ただ一人の家族だった。

 両親のことなど知らない。

 それで良かった。

 だが、それだけでは足りなくなった。

 姉と同じIS操縦者となって初めて分かったことがある。

 自分は姉ほど優れてはいない。

 一人の人間としては優れているものがあったとしても、世界最強の姉と比べれば、自分は余りにもみすぼらしかった。

 一夏は、目の前の男を見た。

 

「畜生……なんで、お前はそんなに強いんだよ」

 

 男は大きかった。

 巨大な神木。

 何千年もの間、人々に祈り祀られ、成長した巨樹が人の姿を取った様なものだ。

 身体だけではない。

 あらゆる困難を、笑顔で喰って、その次の困難を座して待つ。

 そして、現れた困難を、苦渋と一緒に呑み込むのである。

 生き方すら、常人とは一線を画した、本当に大きな男であった。

 男は常に高みを目指し続けて、遂には到達した。

 世界最強、織斑千冬の地点へと。

 それに比べて、自分はどうしてこんなにも弱いのだろう?

 世界最強の弟が弱いはずがない。

 弱くちゃいけない。

 姉の名に泥を塗っちゃいけない。

 中学の時に、せめてもの生活費を稼ごうと、アルバイトをしていたことがあった。

 その時期に、死に物狂いで鍛錬をしていれば、自分はこの男に成り替わることができただろうか?

 多分無理だ。

 自分がどれだけ頑張っても、これほど強くなれるとは思えなかった。

 

「大晃、お前の方が、千冬姉の弟に相応しいよ」

 

 弱い自分と強い男。

 それならば、男の方が世界最強の弟として相応しい。

 一夏は思ったままに告げた。

 剣戟の最中の言葉だった。

 大晃は哀しそうに一夏を見て、一夏はそれを不思議に思った。

 何がそんなに哀しいのか?

 一夏がそう問いかけようとすると、大晃はスッと下がった。

 闘いの中ではまず起こりえない緩慢な動きは、剣戟を中断する作用を見せた。

 一夏はあっけに取られた。

 

「おい、何だ、その情けない姿は」

 

 一夏は振り向いた。

 いつの間にか、アリーナに第三者が入り込んで、接近していたのだ。

 声を掛けられるまで一夏は気がついていなかった。

 

「マドカ?」

 

 つい最近いることが分かった、もう一人の家族。

 一夏の妹が、『黒騎士』を纏って立っていた。 

 

 

 

「今は試合中だぞ。一体どうして?」

 

 一夏は、大晃が背後にいることも忘れていた。

 試合の途中で乱入される。

 そういう機会が今まで一度くらいはあったが、今回は違う。

 大晃は一夏よりも先にマドカに気がついた上で、敢えてそれを見過ごしているのである。

 今までの乱入は許可のないものであるとするのならば、今回の乱入は対戦相手が承諾している乱入ということになる。

 しかも、マドカには試合を台無しにしようとする意図はなさそうだった。

 マドカはさらに一夏に近づいた。

 睨みながら一夏に言った。

 

「お前、柄にもないことを考えていただろう」

 

 一夏は返す言葉もなかった。

 自分は千冬の弟として相応しくない。

 そんなことを考えるのは自分らしくないかもしれなかった。

 しかし、一夏は苦い顔で、それを否定する。

 

「そんなことない。今まで、考えないようにしていただけだ」

 

 大晃は近接戦の男だ。

 一夏も同様だ。

 違いは扱うのものが拳か剣かである。

 同じ分野である。

 それだけに力量の違いははっきりとしているのだ。

 だから、大晃との間に埋めようのない隔たりがあることは知っていた。

 一体何をすればこの隔たりをなくすことが出来るのか、分からなかった。

 無意識のうちに一夏の劣等感は育っていた。

 マドカはそんな一夏を嘲笑した。

 

「情けない」

「何だと? 俺はただ、千冬姉に迷惑を掛けたくないだけ――」

「力で負けて、心構えで負けて、仕舞いには自分は織斑千冬の弟に相応しくないだなんて。

 その姿のどこが情けなくないんだ?」

「……」

 

 一夏は黙り込んだ。

 その黙り込んだ一夏にマドカは話しかけた。

 

「お前、私の境遇は知っているな」

「それは……」

「そうだ。私は姉さんに捨てられていた。姉さんが何を考えていたにしろ、私が愛情を受けずに育ったことは変わらない。

 そして、姉の愛情を受けてすくすくと育った、一夏、お前を恨んでいた」

「そうだったな」

「お前はあの時の私と同じだ。自分に無いものを持っている誰かを妬んでいた私と一緒だ」

 

 マドカの言う通りであった。

 今、自分は大晃を妬んでいる。

 急に自分が情けなくなってきて、一夏がマドカから目を外した、その瞬間だった。

 何かが一夏に叩きつけられようとしていた。

 

「しゃぁ!」

 

 マドカがバスターブレイドを展開して、一夏へと振っていたのだ。

 炎を纏ったそれが一夏に接近する。

 鋭い一撃だ。

 気が整っているのならばともかく、精神の乱れた今の状態で避けれるものではなかった。

 だから、一夏は眼前で止まった刃を前に息を呑むだけであった。

 

「次に情けない姿を見せたら、本気で当てるからな」

 

 マドカは寸止めをして刃を退いた。

 離れて、アリーナの端っこの邪魔にならない位置に付いた。

 一夏は息を大きく吸った。

 そして、長く息を吐いた。

 それを何度も繰り返して、振り返った。

 そこには大きな男がいた。

 その男に、一夏は素直に頭を下げた。

 

「見苦しい所を見せた。済まなかった」

 

 顔を上げた一夏の目から迷いが消えていた。

 

 

 

 一夏は全てを受け入れていた。

 先ほどまでの自分。

 あれは本当に情けなかった。

 自分が弱いことを理由に、自分は弟として相応しくない、という理屈は筋が通っている様にも見える。

 だが、それは違う。

 何故なら、自分が強かろうが、弱かろうが、千冬の弟としてこの世に生を受けたことは変わらないからである。

 例え、そうではないにしても、千冬は自分を弟として可愛がってくれた。

 自分を守るためにあれやこれやをしてくれた。

 具体的に何をしていたのかは分からないが、ともかく、色々と骨を折ってくれたのである。

 それは一重に自分を弟として思ってくれたからこそ、出来たことだろう。

 自分がいくら情けない姿を晒そうと、自分がいくら弱かろうと、千冬の愛情を享受し共に生きてきたことを覆せるはずもない。

 今までの生き方を放り投げることなど出来ない。

 一夏はするべきことがようやく分かっていた。

 大上段で構える。

 

「そうだ、それで良い」

 

 大晃は笑みを深くする。

 それは一撃必殺の構えだった。

 一撃を放った後にどうなっても構わない。

 その一撃を放ち当てる事だけを考えて、その後のことを考えない形。

 無理に次に繋ぐことよりも、今を考えた形。

 

「やっと持ち味を生かしやがったなぁ」

 

 大晃は呟く。

 今までの一夏は言うならば、違う誰かに成ろうとした織斑一夏であった。

 料理であるのならば、美味しいことは美味しいが、美味しく成ろうとして、却って持ち味を殺した料理だ。

 それは大晃が望んでいるものではない。

 大晃が対戦相手に望むのは、その人間の有り様である。

 その人間が培ってきたものを最大限に生かしたその人物ならではの、戦法、戦術、あるいは戦略。

 そこに宿る思念と情念こそが、何よりのご馳走なのだ。

 だから、大晃の全身が反応する。

 焦らされた挙句にようやく振舞われる持ち味を前にして、興奮していた。

 僅かに開けた口内が唾液で光っている。

 

「さあ、来い。そのまま、それ以上を俺に見せてみろ」

 

 大晃は全身を引きしぼり、半身になった。

 全身を引き絞って構えた右腕の先端には、五本の指をピィンと伸ばして形作られた手刀が輝いていた。

 互いに呼吸を読み合う。

 二人の間で交わされる無言の、無数のやりとりに空間が耐えられなくなった。

 その瞬間に二人は、同時に前に出た。

 

 

 

 一夏は驚嘆していた。

 ほとんど同時に前に出ていたと思っていた。

 しかし、千分の一、万分の一、大晃の方が僅かに早く前に出ていたのだ。

 一夏は相手の呼吸を読める。

 それは篠ノ之流を習っていたからこそ出来るものであるのだが、大晃はそんな自分よりも呼吸を読む能力に長けていた。

 読むだけではない。

 相手の呼吸を操る術にさえ、深く通じていた。

 だから、ほんの僅かに、一夏は出遅れてしまったのだ。

 呼吸の読み合い。

 最初の勝負で早くも敗北を喫してしまったことになる。

 それだけのことをほとんど無意識化で感じ、一夏は、しかし、諦めない。

 だが、それでも、まだ勝負は決していない。

 最終的に全力の零落白夜を当てられれば良いのだ、と自分を奮い立たせる。

 遅れを取り戻す方法はあった。

 刃は振り下ろし始めた、刃が輝いた。

 閃光のような輝きだ。

 込められたエネルギーが刃から放たれる。

 放出したエネルギーが光を反射する。

 その輝きだった。

 その輝きが刃を加速させる。

 込められたエネルギーが放たれることで推進力が生まれているのである。

 一夏はその推進力を操り、刀を振る速度を加速させる方法を身につけていたのである。

 もともと、これは大晃との初戦で使った技を発展させたものだ。

 あの時は、大晃をアリーナの端へと追い詰めて技を使った。

 それで勝てるはずだった。

 しかし、負けた。

 アリーナの端、シールドを足場として放ってきた反撃に為すすべもなくやられてしまったのだ。

 では、今、この技を使った所で大晃に追いつけないのだろうか?

 それは無いはずであった。

 何故なら、今、大晃に足場は無い。

 あの時よりも大晃は成長し強くなっているが、それを言うならば、自分も多少は強くなっている。

 この状況ならば、何とか、速度の上では五分に持ち込める。

 いや、この方法以外に持ち込める方法はないのである。

 数瞬にも満たない、僅かな時間で、一夏はそれだけの思考をした。

 その思考をする自分を他人のように眺めている、妙な感覚があった。

 加速した刃は遅れを取り戻して、放たれた零落白夜と手刀がぶつかり合った。

 

 

 

「ははは、やっぱり怪物だな、お前」

 

 一夏は穏やかに笑った。

 二人は交差して、再び向き合っている。

 お互いに無傷だ。

 まだ、決着が付いているようには見えない。

 しかし、二人の間では、既にこの闘いの回答が出たらしく。

 一夏は敗北を受け入れるように頷いて、大晃はそんな一夏に手を出さないで、言葉を待っている。

 

「まさか、零落白夜を正面から破るとは思わなかったぜ」

 

 一夏が手に持っている刀、雪片を掲げた。

 その先端の半分から上が無くなっている。

 綺麗にポッキリと先端が折れているのだ。

 千冬を世界最強に導いた、零落白夜。

 それが、ただ五本の指を束ねただけの手刀に敗れたのである。

 

「うん、分かった。分かったよ、こんなことができる人間は、多分世界でもただ一人。お前だけだ」

 

 一夏は大晃の腕の先端を見た。

 もう、手刀の形は作ってはおらず、指を曖昧に広げた自然体の掌となっているが、それは眩しかった。

 名刀の輝きを、内包していた。

 

「なあ、最後に頼みがあるんだ」

「何でも言ってくれ」

 

 一夏が思い浮かべたのは、自分の罪の意識に苛み、その意識ゆえに闘いの場から離れることのできない、千冬の姿であった。

 闘いを求める大晃。

 闘いに押しつぶされそうな千冬。

 両者の姿を脳内で比べて一夏は言った。

 

「千冬姉に勝ってやってくれないか? 勝って、千冬姉の闘いを終わらせてやってくれ」

「それが本心かい?」

「ああ、誰かが止めてやらないと、千冬姉はきっと壊れてしまう」

 

 一夏は涙を流した。

 

「きっと、それが出来るのはお前だけだ。俺には出来ない」

 

 一夏は俯いて嗚咽の声を漏らす。

 大晃は一夏に近づいて、その両手を握って、言ってやった。

 

「分かったよ、俺が君の姉さんの闘いを終わらせてやる」

「頼んだ」

 

 一夏が自らの敗北を宣言することで、試合は終わった。

 

 

 

 セシリア・オルコットは大晃と一夏の試合を内部のモニターで見て、息を吐いた。

 本日の最終試合。

 それを担うのがセシリアであった。

 まだ、試合までは多少の時間もあるが、もうあと十分か二十分以内には試合が始まるはずであった。

 しかし、セシリアは試合の前にも関わらず、誰よりもリラックスしていた。

 その内側には闘志が渦巻いているが、それを見事に呑み込んでいるのである。

 

「調子は良いみたいね」

 

 鈴はそんなセシリアに話しかけた。

 セシリアのペアを務めたこともある、中国の代表候補生。

 それが鈴だった。

 セシリアはそんな鈴を一瞥すると、再びモニターに目を向けた。

 

「ええ、わたくしは絶好調ですわ。もっとも、あの男と闘う時はそれがどんなに大変な時だって、わたくしは絶好調なのでしょう」

 

 セシリアはほれぼれとした視線を画面に向けていた。

 初戦で大晃に負けて以来、セシリアは大晃をライバル視していた。

 本当ならば、一か月以上も前にあった専用機持ちのみが参加できる大会で大晃を打ち負かすはずが、トラブルにより叶わなかった。

 だが、遂に――。

 成長し身に付けた能力にて大晃を倒してみせる。

 その決意を胸にセシリアは今日の闘いに臨むのである。

 

「でも、鈴さん、今日は試合に応募しなくて後悔はありませんの?」

「うん、私は他の皆みたいに、あいつに釘付けってわけじゃないし、結果も見えているしね。

 まあ、この機会を逃したのは残念だけど、他の子に譲ってあげた方が良いだろうと思うし」

 

 鈴の武装は安定性の高いわりに火力は他に一歩譲る部分がある。

 以前ならばともかく、進化した大晃を削りきるだけの火力はない。

 だから、辞退したのだ。

 

「まあ、だからさ、勝ってよ。私の代わりに出ると思えば、力も沸いてくるでしょ?」

「……あなたって人は」

 

 セシリアは立ち上がった。

 

「まあ良いでしょう。どちらにせよわたくしが勝つことに変わりありませんものね」

 

 セシリアの身体が光りに包まれて、青い騎士を思わせるIS『ブルー・ティアーズ』を出現させた。

 その展開速度は早く、コンマ一秒未満だった。

 

「それじゃあ、勝ってきますわ」

 

 セシリアは足を踏み出した。

 ピットからアリーナへの入り口までは若干の距離がある。

 少しだけ長さを感じさせる通路。

 その途中で、男と少女がセシリアとは反対側、つまり、セシリアの進行方向から歩いてきていた。

 

「一夏さん、マドカさん」

 

 セシリアは二人に声をかけた。

 一夏が答えた。

 

「おお、セシリアか。次はお前の試合だったな」

 

 一夏は今思い出したように、そんなことを言った。

 試合による興奮で自分の次に誰が試合うのかを忘れてしまっていたのだ。

 そして、次が最後であることも忘れていたのであろう。

 一夏は頭をかいて言った。

 

「そうだったな、次が最後だったな」

 

 晴れ晴れとした顔で、しかし、切なそうに言った。

 セシリアは少しだけ腹が立った。

 まるで、自分が負けて大晃が学園から去ってしまうことを、確信しているような、一夏の物言いにだ。

 セシリアは少しだけ、ムッとした表情で一夏に思い違いを指摘してやった。

 

「まだ、大晃さんが学園からいなくなってしまうと決まったわけではありません」

「分かっているさ」

「分かっていませんわ。あなたは大晃さんが勝って、わたくしが負けると思い込んでいるのではありませんか?」

 

 セシリアの指摘は図星だったようだ。

 一夏は気まずそうに笑った。

 そして、その胸中を明かした。

 

「いや、分かってはいるさ。ただ、事情が変わった」

「あら?」

「俺はね、大晃には是非とも千冬姉と闘ってもらって、その上で勝利して欲しいんだよ」

「あら、あなたらしくありませんわね」

「ああ、俺もそう思う。でも、そう思ってしまったんだから仕方ないだろう?」

 

 試合をする前は、大晃と千冬の闘いを断固として反対していたはずだったのに、一体どういう風の吹きまわしだろうか?

 その変わり身とも取られかねない自身の変化に、しかし、一夏は納得しているようだった。

 だが、セシリアにも譲れないものがあった。

 

「残念ですが、その話は諦めてくださいまし」

「何故だ?」

「わたくしが今日、これからあの男を倒してしまうからですわ」

 

 セシリアが言い切る。

 その内部から決意が溢れた。

 それも瞬間のことだ。

 一瞬で溢れた決意は、セシリアの内側へと封じられた。

 今、自分が決意を放ったのは、その覚悟のほどを見せつけるためだ。

 もう、出さない。

 この封を切るのは、もうすぐ行われる大晃との試合でだ、とセシリアは決めていた。

 一夏は頷いた。

 

「そうだったな。お前は大晃のライバルだもんな。分かったよ。ただ、頼みがある」

「何ですの?」

「大晃に勝ったらあいつの代わりに、千冬姉と闘ってくれ」

「何ですって?」

「俺は誰でも良いから、千冬姉を負かして欲しいんだよ。それじゃ、頑張ってくれ」

 

 一夏はそう言って、通り過ぎた。

 一夏の後ろにいた、マドカがセシリアに目を向けた。

 

「驚いたろう?」

「ええ、一体何が起こっているんですの?」

「さあな、色々と思うところがあるんだろう。あいつしかしらない、姉さんの事情があるのかもしれんしな」

「……」

「済まないな。あいつの言うことは気にしないで、今は試合に集中してくれ。勝つんだろう?」

 

 一言二言かわしてから、マドカも通り過ぎて行った。

 残る、セシリアは一人で佇んで、その顔をこれから行くことになるアリーナへの道へと向けた。

 そして、一歩を踏み出した。

 平常心で、しかし、決意で心を満たしながら。

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