超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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6話、弟として

 教室では副担任の真耶が教鞭を取っている。

 ISの座学である。

 ISを安全に扱う為には多くの知識を必要とする。

 少なくとも目の前の教科書ほどには。

 一夏にとっては電話帳と見紛うほどに分厚い書物と向き合うことは闘いであった。

 それでも、連日の勉強の成果か真耶の言うことは大分理解できるようになっている。

 そうしなければ生きられない、という状況は人をここまで成長させるのかと一夏は思っている。

 知識のみであればサボりさえしなければ、どうにか着いていけそうであった。

 

 横を見る。

 大晃は相変わらずすらすらと筆を進めている。

 大きな身体を小さく丸めるその姿からは、あのクラス代表決定戦での大晃は想像も付かない。

 一緒に学園生活を送ると意外な一面を見るというのは良くある。

 大晃の場合はそれが顕著であるように思える。

 

 あの試合から一週間が経った。

 たったの一週間ではあるが、一夏の身に起きたことは非常に濃密であった。

 人間関係では大きな変化があった。

 意外なことに、セシリア・オルコット、彼女と話す機会が多くなったのだ。

 その大本のきっかけは大晃が作り出したものである。

 一夏はぼんやりと少し前のことを振り返った。

 

 

 

「クラス代表は織斑くんに決定します」

 

 試合の翌日。

 そう真耶は言った。

 しかし、それを一夏はおかしいと思った。

 何故なら、一夏はクラス代表決定戦で一番初めに脱落したからだ。

 クラス代表決定戦は誰がクラス代表にふさわしいのか決める為の試合であったはずだ。

 ならば、生き残った大晃をクラスの代表にするのが道理であるはずである。

 しかし、クラスメイト達は反対するぞぶりを見せない。

 一瞬、戸惑いの声が上がりこそしたが、その後は口々に賛成と口にしている。

 

「どうして、俺がクラス代表になっているのでしょうか?」

「それは……」

「俺が辞退したからだよ」

「わたくしも辞退しましたわ」

 

 一夏の質問に言いよどむ真耶の代わりにセシリアと大晃がそう答えた。

 

「何でそんなことをしたんだ?」

 

「お前さんがクラス代表にふさわしい実力を持っているからだ」

「俺はあの試合で負けたんだぜ。俺よりもお前やセシリアの方がずっとクラス代表にふさわしいじゃないか」

 

「本当にそう思うのか?」

 

 一夏が言いきる直前に大晃が遮った。

 

「一夏がどう思っているのかは知らないが、お前さんには間違いなく資格があるよ。心当たりはあるんじゃないかい?」

「……」

 

 一夏は開いていた口を閉じて考え込む。

 静かに耳を傾けるクラスメイト達を意識しながら一夏は答えた。

 

「大晃と打ち合ったことを言っているのか?」

「そうだ。あれは一夏がISの操縦者として高い適性を持っていたからできた芸当だ」

 

 大晃と打ち合う最中、一夏はISを浮かせる力―PIC―を利用して、剣と腕に力を掛けたのだ。

 腕に流れる力をPICによって制御し、増幅させることによって、途切れなく腕を振るうことができたのだ。

 通常ISを自動で浮かしているPICを機体の一部、または武器に働かせることはマニュアル操作と呼ばれる高等技術である。

 IS初心者であるはずの一夏は確かにマニュアル操作で一時大晃と互角に打ち合ったのだった。

 

「同じことを都合よくやれる自信は無い」

「良い機会じゃないか。実戦で身に着ける方が一夏の性に合っている気がするよ」

 

 なおも断ろうとする一夏であったが、大晃は頑として譲らなかった。

 それでも、一夏はどうしても断りたかった。

 クラス対抗戦ではその結果によって格付けがされる。

 格付けによって何かが変わるわけでもないが、クラス代表の力量によってクラスが評価されることに変わりはない。

 優勝したクラスの全員には人気スイーツの年間パスポートも贈呈される。

 遊び半分でなるものでもないし、なってはいけないものだと一夏は考えている。

 自分以外にできるものが居なければ、クラス代表を務めるのもいい。

 しかし、クラスにはイギリス代表候補生のセシリアと怪物のような大晃がいるのだ。

 その二人を差し置いてクラス代表になれる器量が自分にはあるかどうか。

 もし、なるのだとしたら条件があった。

 

「大晃せめて俺を納得させてくれないか」

「納得?」

「そうだ。どうせ代表になるのなら、後腐れが無いようにして試合に臨みたい」

「……」

「今の説明だけじゃ納得できないよ。俺よりは強い人間が少なくとも二人はいるんだからね」

 

 一夏は、きっとまだ自分に教えていない事情があるのではないか、と考えた。

 自分を推薦するからにはそれなりの理由があるはずだと考えるくらいには、大晃のことを信用してもいた。

 

「へへへ……。試合の時も思ったが、お前さん良い男だねぇ。そういう、はっきりとした言い方は好きだよ」

「からかわないでくれよ。何か事情があるならそれを先に言ってくれ」

「分かったよ。だが、さっき言った以上の理由は無いんだよ。

 最も、それは一夏がクラス対抗戦で何の成長もしなかったらの話だよ」

「いまいち、言いたいことが分からないな」

「一夏。お前が思い切り強くなるって俺は思っているのさ」

 

 一夏はその言葉を切りだされた岩のようなものであった。

 もし、それだけが理由ならとてもではないが飲み込めるものではない。

 強くなるのはいい。

 しかし、その為に自分がクラス代表の座を譲られるのはおかしいことではないか。

 一夏は顔を伏せ気味にしながら、考えていた。

 

「おいおい、俺は本気だぜ。俺は本気で一夏が闘っているのを見てみたいと思っているんだ」

 

 大晃は観念したかのように、言葉を放り投げてくる。

 わずかに照れているのだろうか、顔を少しだけ赤くしている。

 

「確かに一夏にはクラス代表にふさわしい実力はあるだろうけどよ、俺やセシリアの方が実力は上だろう。

 実戦を経ることで強くはなるだろうが、それも未知数だって言われればそうだよ。

 もうそれで納得しないっていうのなら俺はこう言うことしかできないよ。

 一夏がクラス対抗戦で闘うのを、見てみたいってさ」

「わたくしからも一つ言いたいことがあるのですがよろしくて?」

「おお。セシリアからも言ってやってくれよ」

 

 セシリアが立ち上がった。

 腰に手を当てて、優雅な姿勢で、歌うように声を出した。

 

「貴方は大晃さんに負けてしまいましたわね。

 しかし、大晃さんはわたくしにすら勝利してしまうほどのお方。

 貴方が負けるのも仕方ないことではありますわ」

「……」

「それに――」

 

 自分も負けた癖に何を偉そうにしているのか、と眉を顰める一夏。

 

「一夏さんが居なければ、わたくしは何もできずに負けていましたわ。

 それに加えて先日の非礼。

 そのお詫びを兼ねまして、貴方にクラス代表を譲ろうと思ったのです。

 だから、どうか気兼ねしないで引き受けてくださいまし。

 貴方にはその資格がありますわ」

 

 その言葉に嘘は無かった。

 大晃とセシリアの二人は本当に自分に代表になって欲しいのだ。

 しかし、一夏には期待に応える自信は正直な所無かった。

 悩む一夏であったが、結論を出す前にクラスメイト達から次々と声が上がる。

 

「そういうことなら、私も織斑くんを応援します」

「私も!」

 

 私も私も、と生徒が立ち上がって意志を表明していく。

 

「私も一夏にクラス代表として闘って貰いたい」

「箒!?お前まで!」

 

 思ってもいなかった流れに困惑する一夏を置いて状況は進んでいく。

 

「ではクラス代表は織斑に決定だ」

「ちょっと待ってくれ!俺にだって辞退する権利はあるだろう!」

「しかし、織斑は他薦されている。安城と織斑の支持者はほぼ半々だったが、今はもうお前を支持する人間が圧倒的に多い。

 である以上勝利者の安城と次点のオルコットが棄権した今、クラス代表を務めることができるのはお前しかいない」

 

 千冬はため息をつきながらも後押しする。

 

「諦めろ。精々クラス代表としての意地を見せるんだな」

 

 

 

 そんなことがあった。

 何故それがセシリアと交流が増えたきっかけになったのかと言えば、特別コーチとして名乗りを上げたからである。

 大晃に頼まれてセシリアがコーチになったと言う方が適切かもしれない。

 大晃は一夏を推薦するに当たって、セシリアを説得したらしかった。

 試合が終わってから夜にセシリアの部屋まで行き話をつけたのだという。

 どういう風に説得したかは知らなかった。

 

 ただ、二人の仲は険悪なものではなかった。

 むしろ、良好な関係を築いているようだ。

 あの闘いは二人にとってはそういうものだったらしい。

 もっともそれを言うのなら自分もまたそうであるはずだった。

 大晃に想いをぶつけた。

 真剣にだ。

 結果、大晃との仲は良い。

 たった一人の同じ男子であると言うだけでなく、やはり悪い奴ではないと確認できたからだ。

 

 そんなことを考えていると、呼び鈴が鳴った。

 起立と礼をすると、大晃と一緒に更衣室に急いで向かう。

 次の授業ではISに乗ることになる。

 専用のスーツに着替える必要があるのだが、男用の更衣室は数が少なく遠かったのだ。

 

 

 

 IS学園の生徒達はISを学ぶ為に入学する。

 当然ながら、入学にはいくつかのルートがある。

 まず、一つが国家代表候補生または代表として国から送られる場合。

 その場合は専用機を持っていることもあり、一組のセシリアはこれに当てはまる。

 だが、これはそう多くない。

 最も多くの生徒に当てはまるのは一般の入試を受けて入学する場合であろう。

 学力、ISの適性、その両方を観るのが一般の入試である。

 その場合、ISに直接触れる機会は無いと言ってもいいだろう。

 ISの適性を測る場合に試験用ISが貸し出されるのが、唯一の機会であった。

 

 IS学園に入学してから、ずっと待っていた実技の授業。

 それが遂にやって来たのである。

 

「ISに乗るってどんな感じなのかな?」

「そう言えば、ISを展開するのは見たことないね」

「今日の授業で専用機持ちが見せてくれるんじゃないの?」

 

 生徒達は期待を口にしている。

 

「ねえ、セシリアさん今日はどんなことをするのか、見当はついてるの?」

「ISの展開、各種武器の展開、飛行と比較的初歩の部分を実演するとのことですわ」

「へえ、楽しみだなぁ」

 

 一部の生徒はセシリアに質問をしている。

 一度、試合を見ているはずだが、自分もISに触れるかもしれない。

 それが生徒たちを高揚させているのだ。

 ざわざわ、とうるさいが不快ではない。

 どこか明るい騒音。

 

 大晃がやって来たのはそんなときであった。

 

「ほう……」

 

 全員が静まり返り、箒のみが唸った。

 一回り大きい制服は大晃の肉体を上手く隠していた。

 今、大晃が来ているのはISに乗る際のスーツ。

 それは肌に張り付く、つまり全身の輪郭が明らかになるタイプであった。

 

 腕や脚それらのパーツ一つ一つが太く、かつ膨らんでいる。

 全身の筋肉は数トンの負荷にも耐えうる工業用の縄を幾重にも織って埋め込んだように、隆起している。

 それでいて、ケーキのスポンジのように柔らかな印象さえある。

 動くときにはしなやかに駆動し、攻撃を受ける際には即座に硬化し、同時に柔らかさえあわせ持っている。

 

 その速さは四足を駆動させる獣を凌駕し、タフネスは象の踏み付けにも耐えうる。

 そんな無茶な想像ができるほどに見事な筋肉であった。

 これほどの肉体を制服の下に良く隠せたことは奇跡である。

 生徒達は息を呑んだ。

 

「初めての実技で騒がしくなるだろうと思っていたが、やけに静かだな」

 

 その言葉で生徒たちは我に返る。

 一組の担任、織斑千冬が生徒たちの前に立ったからである。

 

「では、授業を始める」

 

 

 

「まずは基本的な飛行訓練を始める。織斑、オルコット、そして安城、試しに飛んで見せろ」

 

 一度フィッティングをしたISは、搭乗者にアクセサリーの形で残る。

 一夏には右腕にガントレット、セシリアには左耳のイヤーカフス、大晃には右手の手甲。

 それぞれが独自の形で持っていた。

 セシリアと大晃はすぐに光に包まれて、ISを装備した形で起立していた。

 

 ――おおぅっ!

 

 空間を蒼く染め上げる騎士―ブルーティアーズ―、

 大理石から切り出された驚異の人体―無手―、

 セシリアは優雅に宙を舞い、大晃は大気を鋭角に切り裂く。

 

 非常に個性的な二つのISは生徒たちを容易く魅了した。

 

「集中しろ」

 

 そう急かされた一夏は右腕を一直線に突きだし、左腕でガントレットを掴む。

 右腕から流すように力を込めて意識内で白式を呼ぶ。

 変化はすぐに起きた。

 光の粒子が次々と一夏に集う。

 やがて人ひとりを包み込めるほどの大きさになり、一夏を隠した。

 1秒ほどで集まった光が散るのは一瞬だった。

 

 白。

 その言葉のみが思い浮かぶ。

 降り積もった雪を眼前に足を踏み出すことを躊躇してしまうことがある。

 それはまさに降り積もった雪のように侵し難く、白銀のように輝いていた。

 

 白式もまた空中の二機向けて飛び立った。

 そう速い動きではなかった。

 それでも、白式の軌跡が雪道のように見る者たちの眼に残った。

 

 空中で三機が並び立つ。

 壮観であった。

 

「ずいぶん遅かったな」

「馴れないんだよ。装着も空を飛ぶのも感覚がよく分からないんだ」

 

 プライベートチャネル、すなわちIS同士の通信で会話をする。

 試合から一週間、クラス代表としての練習で一夏はISを多くの時間駆動していた。

 一次最適化―ファーストシフト―を果たした時の方がより直感的に動かせた気もするが、どうやら特別であったらしい。

 ISを知り、ISに慣れなければ操縦者として成長できないのだ。

 通常時に於いても一夏はISを扱うことはできていた。

 地盤を固めていく過程で大晃との闘いでの冴えを垣間見ることができる。

 しかし、それを通常時に出すためにはまだ時間がかかりそうであった。

 

「気に病むことはありませんわ。

 基礎は確実に身に着いているのですから、すぐにコツも掴めますわ。

 大晃さんもまだ真っ直ぐにしか飛べないのですから、あまり調子に乗ると痛い目に合いますわよ」

 

 セシリアの言う通りではある。

 大晃は直進しかできなかった。

 もっともそれには理由があるらしい。

 無手は出力が異常に高い。

 それもブースターによるものではなく、全てをPICの出力に依存するものだ。

 真っ直ぐでなければ、暴発し、速度も並より少し上の程度になるのだという。

 故に扱いずらいISとなってしまったのだ、とは大晃の談。

 

 最も無手を見ていればその扱いずらさはなんとなく分かるかもしれない。

 シールドバリアに多くを頼るISでありながら、物理的に厚い装甲。

 そんな厚い装甲でありながら軽量級のISを凌駕する加速性能および最高速度を誇る矛盾。

 装甲の厚さと速さを両立させる為にどのような荒業が必要なのだろうか。

 

 そんな無茶の代償として、その程度の扱いづらさはあり得ることであった。

 

「おい、急下降と完全停止をやってみろ」

 

 目標は地表から十センチだ、と千冬が言う。

 まずはセシリアが下降を始めグングンと距離を離していく。

 相当に速い。

 迷いが無い。

 この程度の挙動ならば別段意識する必要も無いのか、と感心する一夏。

 セシリアは優雅に飛び、地表の十センチでしっかりと止まった。

 

 次は俺だ――。

 大晃の軽口への対抗心だろうか。

 一夏が挑戦的なセリフを吐いた。

 

「特訓の成果を見せてやるぜ」

 

 大晃が飛び出す前に一夏が地面に向けて進路を取る。

 意識を集中し、背中の翼を思わせる突起から、ブーストで押し出される様をイメージし、

 直進――、

 

 それは速く、真っ直ぐで、弾丸のような挙動であった。

 今、一夏が試したのは一気に速度を上げる技術。

 瞬時加速に近いイメージを通常のPICで描くことで、それを扱う技術の一助になるのだと言う。

 瞬時加速は一夏が習得を急いでいる技術である。

 結果、それに近い挙動を集中すれば再現できるようにもなっていたが、

 

「誰が地面に激突しろと言った」

 

 完全停止に関してはほとんど練習していなかった。

 まずは試合に向けて必要な技術を、つまり相手に接近することだけを考えているからだ。

 だから、地面に激突して、なおかつ穴を開けてしまうのは当然のことである。

 

「中々だな」

 

 大晃はその様子を見て、上から呟いていた。

 近づいて、零落白夜で叩き切る。

 先ほどの一夏の挙動はそれをなす為の下地として十分であった。

 

 同じことを考えていたであろう、箒とセシリアもわずかに頷いていた。

 

 そして、大晃は地面を見た。

 自然体で手足をぶらりとさせ、そこからは一瞬のこと。

 無手はトップスピードに達し、目標地点でピタリと静止した。

 動きの過程を目で追えたのは、教師二名とハイパーセンサーにより五感が著しく上昇している一夏とセシリアのみ。

 

 ――停止するまでの間、一切の減速はありませんでしたわ。

 

 普通、高速に動いた場合に生じてしまう停止する直前の減速、そして、停止というステップ。

 ハイパーセンサーを持ってしてもそれを感じ取ることができなかった。

 

 ――しかも、俺より速い上に停止位置にも狂いが無い。

 

 速くなればなるほどに停止位置を調整する難度は上がっていく。

 無手の速度での位置調整は高難易度でありながら、大晃は狙った位置に停まってみせた。

 

 直線に動き正確な位置で減速も無しに止まる。

 これに限れば大晃は国家代表以上の技量を持っているのだろう。

 

 それを見ながら、一夏はクラス対抗戦で闘うのが自分で良いのか。

 考えてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 その少女は長い髪を高い位置で左右に結んでいた。

 金色の髪留め良く似合う黒い髪だ。

 

 小柄な身体には大きく見えるボストンバッグを持ちながら、IS学園を彷徨っていた。

 少女は事務所の受付を探しているらしかった。

 人が居れば場所を聞いていただろうが、今は夜。

 この時間に出歩くもの好きは中々居ない。

 少女は考えることを放棄して、適当に歩いてみることにしたのだった。

 

「一夏はどうしてるかなぁ?」

 

 口からでるのは一夏の名前。

 少女は一夏の知り合いらしい。

 その少女の呟きは想い人に対するそれである。

 一夏のことをどう思っているのかは明白であった。

 

 そんな少女の耳に聞こえてきたのは、その想い人である一夏の声。

 少女の身体が興奮で跳ねた。

 しかし、その興奮は長くは続かなかった。

 

「違うぞ一夏、そうじゃないッ!」

 

 一夏の近くに女子がいた。

 それは箒であるのだが、少女は知らない。

 ただ、名前を呼ぶほどに親密であることが少女の癇に障った。

 

「腰から当たりに行けッ!そんなヘロヘロな状態じゃ斬れるものも斬れんぞッ!」

「箒さんの言う通りですわ。今の動きには迷いがありました。授業での失敗を意識しているのでしたらあれは意識しないで下さいまし。

 今の一夏さんに必要なのは停止ではなく、如何に相手に近づき攻撃を加えるかでしてよ」

 

 一夏は顔を伏せていた。

 そして、もう一人金髪の女子が現れたことに青筋を立てながらも、一体どんなことをやらかしたんだろうか、と好奇心が湧いた。

 少女は隠れて聞き耳を立てる。

 

「……もし、お前が大晃のことを意識しているのなら、それはあまり意味のないことだぞ。

 一夏と大晃は違う人間で、しかも、白式と無手の特性も大きく違う。

 一夏は自分に出来ることをすればいいんだ」

 

 箒の言葉に出てきた大晃という名。

 少女はその名に覚えがあった。

 世界で唯二人のIS操縦者の片割れとして。

 

「それでいいのかと思ってな」

 

 そう口にした一夏の言葉には明らかにプレッシャーがあった。

 

「俺の方がISを自由に動かせる。

 だが、俺はあいつほど速く動けないし、あいつほど闘いに慣れちゃいない。

 やっぱり、俺があいつの代わりをするのは無理じゃないかってな」

 

 一夏はまだ自分がクラス代表になった事実に追いついてはいなかった。

 自分で結論を出す前になし崩し的に決まってしまったからだ。

 

「あいつと比べることに意味は無い」

 

 言い聞かせるような一夏の言葉。

 しかし、それでも一夏の中に残る大晃の影は消えてくれない。

 

「分かってはいるんだけどな。俺にできることはあまりにも少ない」

 

 そう言っている一夏を箒もセシリアも攻めることはしない。

 大晃の闘法は近づいて殴る、というものだ。

 それも、無手の性能を生かした超速度で懐に潜り込む。

 そして、殴る。

 一夏も同じだった。

 近づいて斬る。

 それしかできない。

 だが、その分野において大晃は圧倒的だった。

 事実、異常な冴えを見せたにも関わらず、一夏は負けている。

 

 だから、箒は言ってやる。

 お前には信じられるものがあると。

 

「零落白夜――、千冬さんはそれで頂点を取った。それすらも信用できないのか?」

「……」

「一撃必殺、あの大晃だって実現できないことだ。お前にはそれができるんだぞ。

 それで十分じゃないのか?」

 

「……頃合いですわね。イグニッションブーストの練習を本格的に始めましょう」

 

 出来ることなら、もっと下地を固めてからイグニッションブーストの練習に移りたかった。

 イグニッションブーストを身に着ければ速度は無手と互角になるはずである。

 一夏に自信を付させる為には仕方がない。

 セシリアも決意を固める。

 

「しっかりして下さいまし。貴方のお姉さまも使っていた重要な技術ですのよ」

「そうか。千冬姉が……」

 

 零落白夜に瞬時加速、千冬が使っていた物を自分を受け継いだ。

 それがどれほどの価値を持っているのか、自分は本当に分かっていたのだろうか。

 一夏の瞳に決意が宿る。

 自分を信じることはできないかもしれないが、姉を、千冬を信じることはできる。

 全てをそこに委ねて無心で闘うことはできる。

 なら、それでいいのではないか。

 そして、いつか自分を信じることができるように訓練をする。

 クラス対抗戦はその始まりとしての闘いなのだ、と。

 

「格好悪いとこを見せたな」

「格好を気にしている場合か!」

「それもそうだ。早速練習に入りたいんだけど大丈夫か?」

 

 箒とセシリアがそれぞれに頷き練習に入っていく。

 

 そのやり取りを見た少女は背を向けて、歩き去っていく。

 道など訊く雰囲気ではなかったし、その必要も無かった。

 幸い、本校舎の場所の目途はついた。

 

 想い人が見知らぬ二人の少女と親しく話す姿は苛立ちを募らせるには十分だったはずである。

 しかし、少女の中にあったのは嫉妬ではない。

 あるにはあったがそれが眼に入らなくなっていた。

 

 一夏の瞳に宿る決意――それに眼を奪われていた。

 

「ますます、良い男になったなぁ」

 

 少女は呟く。

 湧いてくるのはもっと近くで一夏を見たいという気持ち。

 

「そっかぁ。クラス代表になっちゃえばいいんだ」

 

 ぼそり、と呟く。

 深い考えがあっての言葉ではない。

 一夏がクラス代表になったらしい、と会話から推測して、それなら、クラス代表になれば一夏と闘えるかもしれない。

 そうなれば一番近くで一夏の成長を見ることができるのではないか。

 それくらいの考えであった。

 しかし、言葉にしてからそれが魅力的で現実的な案に見えてきたのか、少女は乗り気な様子で言った。

 

「……もし、二組の代表が決まってたら、専用機持ちだからってことで代わってもらえるかなぁ」

 

 言葉にして、少女は余計にクラス代表になる気になっていた。

 もう、クラス対抗戦で闘う自分と一夏を想像して興奮している。

 

「待ってなさいよ、一夏」

 

 少女――凰鈴音は本校舎に向けて歩を進めて行った。

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