超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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70話、ブリュンヒルデの因縁

 その記者会見は驚きから始まった。

 大手新聞各社。

 テレビ局。

 情報を扱うことを生業とする彼らにの下に、一つの案内が届いた。

 安城大晃。

 彼はその書面でこう綴っていた。

 お知らせしたいことがあります、と。

 詳細は分からない。

 しかし、こうして自らの名で連絡を取って来たのだ。

 何かあるに違いない、という確信が記者会見に対する注目度をあげた。

 結果、記者会見には世界中から記者が集まり、その生中継を移すテレビやPC、スマートフォンに視聴者たちは噛り付いた。

 その彼らは全員が目を疑った。

 まず、大晃が会場に現れた。

 そこまでは良い。

 彼らの目を引いたのはその次に登場した人物であった。

 アリーシャ・ジョセスターフ。

 山田真耶。

 この二人は有名人であった。

 この会見を視聴している者にとってアリーシャは事故で左腕と左目を失ってもなお二代目ブリュンヒルデとして君臨する強者である。

 肩の上で器用に白猫シャイニィがくつろいでいるが、あえてそこには誰も触れない。

 そして、山田真耶も業界内ではそこそこ名の知れた実力者である。

 世界に二人しかいない男のIS操縦者の片割れだけでなく、世界的な知名度を持ったIS操縦者が二人も同時に姿を見せたのだ。

 絶対に何かがある。

 そう思う聴衆を待っていたのは、装飾の無いシンプルな言葉だった。

 

「俺は織斑千冬に挑戦します」

 

 あまりにも唐突だった。

 荒唐無稽と言ってもいい。

 織斑千冬は世界最強だ。

 現ブリュンヒルデでさえも上回る実力者として、世間的には認知されている。

 しかし、織斑千冬は現役を退いている。

 大晃と無手の間で起きた事件の為に、現役復帰を果たしたがそれは伏せられている。

 その現役を退いた千冬と闘いたい。

 それをまだ実力が世間的には浸透していない大晃が言ったところで荒唐無稽にしか聞こえない。

 その筈であった。

 

「現在、世界最強は誰なのか。答えは出ていません。俺はその答えを出したいと思っているのです」

 

 記者たちは、視聴者たちは、不思議だった。

 でたらめにしか聞こえないはずの言葉が、嘘だとは思えなかった。

 全ての言葉を本当のことだと受け入れている自分が何処かにいる。

 大晃の言葉はある一定の信憑性を持って、聞く者たちに届いている。

 

「では、質問をどうぞ」

 

 記者たちは一斉に手をあげる。

 質問をぶつけてみたい。

 職業病とも言える欲望に取り憑かれた彼らは真っ当に記者をしていた。

 言葉数の少ない宣言の奥にある真実を明らかにするのは、記者としては当然の使命なのだ。

 

「もう、すでに織斑千冬に挑戦状は出しているのですか?」

「はい。IS学園の卒業時に改めて挑戦の意を伝えました。その内に織斑千冬からも正式なコメントがあるでしょう」

 

 一人の記者の質問に答えた。

 大晃がIS学園を卒業したことはもう世間に広まっている。

 新聞やテレビでは『今後のことは改めて考えます』という大晃のコメントと共に、ある程度のことは報じられていた。

 

「IS学園を辞めた、失礼、卒業したのは織斑千冬と闘う為に――」

「はい。教師と生徒という関係を清算したかったからです」

 

 どよめいた。

 大晃がIS学園を卒業した、その詳細な理由まで世間の人間は知らない。

 大きく報じられてはいたが、それは憶測に憶測を重ねたコメントで彩られたものに過ぎなかった。

 残っていた不完全燃焼感。

 その燃え残ったカスに新たな火種が投入された瞬間だった。

 

「失礼ながらあなたに問いたい。

 織斑千冬は現役を退いてもなお、最強の代名詞で有り続けた。

 無数の競技者にとっての目標となり続けた。

 あなたに織斑千冬に挑むだけの資格があるのですか?」

 

 別の記者が問う。

 安城大晃には公式戦での、つまり、世間一般的に見た実績はない。

 IS学園内で一対一に限れば無敗という実績は、しかし、限定的なものだ。

 世間一般的に見て大晃は、何の実績も持たない、ただ希少価値だけが先行しているIS操縦者だ。

 懐疑的な視線は仕方がない。

 そして、だからこそ、この場には実績を持った二人がいた。

 

「その質問には安城大晃に代わって私たちが答えるのサ」

 

 アリーシャ・ジョセスターフ。

 現ブリュンヒルデで世界で知らない者の方が稀な競技者。

 誰もが実力を知っている彼女が、まず、口火を切った。

 

「このアリーシャ・ジョセスターフ。自惚れではないが私以上のIS乗りはいないはず。

 その私が保証するのサ。この安城大晃の実力をね」

 

 彼女は言った。

 現ブリュンヒルデは快活で、その態度は飄々としているが、言葉だけが重かった。

 記者は怯んで、また、別の記者から質問が飛んだ。

 

「現在のブリュンヒルデと業界内でも一目置かれている実力者。

 その二人が彼の実力を確かなものだという根拠はなんですか?

 本当だったらあなた方が織斑千冬に挑むべき、いや、挑みたいはずだったのではありませんか?」

 

 それでも言葉だけでは足りない。

 せめて、二人が大晃を認める根拠を語ってもらわなければならないのだ。

 だが、その点については何の心配もなかった。

 

「非公式ではあるが、私とそこの山田真耶、そして、安城大晃の三人で入り乱れて闘ったのサ」

「何ですって!?」

 

 現ブリュンヒルデと世界でも希少な男性操縦者の対決。

 それだけで一つの事件といっても良いのに、そこには山田真耶もいたのだ。

 知名度はアリーシャに譲るが、屈指のIS実力者として噂されている。

 その三人が入り乱れて闘う。

 それを非公式でやった。

 とんでもないことである。

 

「結果は?」

「安城大晃が、私たち二人を真正面から凌いだのサ」

 

 しかも、その二人に勝った。

 それも漁夫の利などという不完全な勝ち方ではない。

 寄せてくる二人の全力を大晃は真正面から上回ったのだ。

 

「この私が負けたと言わせた男だぜ。この男に勝てる奴なんて、いるとしたらこの世に一人だけサ」

「それは、つまり――」

「織斑千冬」

 

 その一言で記者たちは察した。

 飄々とした語り口の中にある確固たるものの正体。

 それは大晃の実力に対する信頼だった。

 安城大晃には世界一と闘うだけの力がある。

 言葉の響きには、その確信があった。

 大晃が最強に成りうるという、確信が――。

 

「この男に対する実力の証明は、私が敗北したっていう言葉だけで十分だろう?」

 

 先ほどまで、記者たちの中には疑問に思う人間もいた。

 ひょっとしたら、これは何かの茶番なのではないか、と。

 調子に乗った男の売名行為に過ぎないのではないか、と。

 現役のブリュンヒルデが負けたと、世界に広く喧伝する。

 それが、そもそも、異常なことだ。

 ブリュンヒルデという肩書も、国家代表という地位も、彼女に纏わりついているあらゆるしがらみは敗北を許さない。

 例え非公式に負けたとしても、いや、非公式であればなおさら伏せたい事情であることに違いないのだ。

 なのに、現実はその真逆で、アリーシャ・ジョセスターフは自らの敗北を高らかに謳っている。

 世界最強に挑む資格があるという証明のために、自身の敗北さえも開示しているのだ。

 その言葉の重みはこの場に集まる誰もが知っていた。

 だから、もうほとんど疑いようはなかった。

 

「さて、もうそろそろ時間ですが最後に質問のある方はいらっしゃいますか?」 

「はい」

 

 ともかく、織斑千冬に挑む資格についての話は終わり。

 対決の時期や場所についての質問を受けて、決まり次第、各メディアに発表するという回答をした後に。

 大体の質問が出尽くして、終わりの時間が近づいてきた、その時だった。

 その質問が来たのは。

 

「では、最後に質問です。女尊男卑の風潮の強い昨今、安城さんが織斑千冬に勝利すれば虐げられている男の立場の上昇に繋がるのではないか、と思うのですが、その点どう考えておられますか?」

 

 大晃の視線が、その男の記者へと注がれた。

 

 

 

 安城大晃は高校生とは思えないほどに、無数の経験を積み重ねている。

 かつてあった因縁が、闘いという宿命が課した通常とは異なる生き方。

 それが齎した熟練の雰囲気を大晃は常に纏っている。

 今もそうだ。

 しかし、そうした大人びた雰囲気とは真逆に大晃が若いということに変わりはない。

 その質問が放たれた瞬間に、大晃の視線の色が変わっていた。

 幼さを存分に残した、好奇の視線。

 その裏にどういう感情があるのか全く読めない、あるいは、何もないのではないかとすら思えるほどに、無色透明な視線だった。

 

「それはどういう意図の質問ですか?」

 

 視線の先にいる男はメモを片手に答えた。

 

「昨今の女尊男卑の風潮の中であなたは貴重な男性のIS操縦者となりました。

 そんなあなたが織斑千冬と闘うとなれば、その結果に関わらず世に大きな影響を与えることになるかと思います。

 そんなあなたを男性の代表と考える者もいるでしょう」

「それはあなたが、ということですか?」

「私でもいい。そういう想いにどう応えるのか、ということを訊きたいのです」

 

 最後の方は語気が若干強くなっていた。

 その記者は真面目だった。

 ISという武器の登場は女尊男卑の風潮に繋がった。

 別に男尊女卑が良い、というわけではない。

 それでも、制度として、感情として、女が優遇されているという現実は消えない。

 要職に誰かを置かなければならない場合、女だからという理由だけで据えられるのが顕著な例だろう。

 無論、世の全てがそうなっているわけではないが、それでも女尊男卑という言葉が流行になる程度に、そういった事例が珍しくなくなっているのである。

 質問をした彼もまた、そういった世間の風潮に翻弄されたこともあった。

 その記者は考える。

 もし、自分が男性の操縦者としての立場にいて、大晃と同じことをするとしたら何を狙ってのことなのか。

 世界最強の座を手に入れたいという欲望はあるだろう。

 しかし、それ以上に男でもここまでできるんだ、ということを世に示したい。

 そう考えるに違いない、と記者は思っていた。

 そうでなければならない、と本気で考えていた。

 だから、苛立ちが募る。

 何故、男性操縦者としてその程度のことが分からないのか、と。

 

「なるほどねぇ。あなたの質問は大変に意義のある質問ですから、しっかりと答えておきましょう」

 

 大晃は深く頷く。

 そんな大晃を記者は怪訝に思った。

 呑み込んだ異物の消化をたった今終えた、と言わんばかりのスッキリとした顔。

 その顔に浮かんでいる喜びの色があまりにも場違いだ。

 何せ、記者には大晃が喜ぶような質問を振った覚えはない。

 なのに、大晃は喜びに全身を震わせながら話をしようとしている。

 言葉とは裏腹に話の焦点をまるで分かっていないような、大晃の様子は、記者に不安を抱かせるのに十分で。

 そういう不安を抱きながら、記者は大晃を見た。

 

「俺は女尊男卑という風潮について特に思うところはない」

「何ですって!?」

 

 記者は思わず、叫んでいた。

 男ならば必ず遭遇するとは言わないが、男性として女尊男卑の象徴たるISの専門機関に通うのだ。

 周りは女子ばかりで、好奇の視線に晒されることになるだろう。

 男だから、という理由で理不尽な境遇を扱いを受けるはずだ。

 そういう記者の思考を、大晃は壊していく。

 

「俺はIS学園に入学する前も後も男であることに不自由したことはない。

 確かにIS学園には俺の実力を疑問視する人間はいたかもしれないが、そもそも、IS学園自体が狭き門を通り抜けてようやく到達できる場所だ。

 俺が入学するに至った理由は、俺にISに対しての適性があったからで、試験をしたわけではない。

 そのプロセスに不満を抱く人間がいたとしても不自然ではないでしょう?」

 

 もっとも、記者の言う通り女子から侮りの感情を向けられることもあった。

 腕力はISに通用しないことを、それこそIS学園の女子たちは知っている。

 最初は侮りの視線を向けられていたことも確かだった。

 しかし、それも大晃が実力を示すことで少なくなっていく。

 IS学園タッグトーナメントで上位に、単独で参加し上位に名を連ねた時点では、もうそんな視線はなくなった。

 残ったのは対戦相手を研究する侮りとは程遠い、警戒と敬意のこもった鋭い眼差しだけだ。

 

「そして、俺自身、侮られることはそう嫌いじゃない。そういう相手の感情がどのように変化するのか?

 それを確かめるのは俺にとって幸福なことだからだ」

 

 推測と憶測で世間に語られる『安城大晃』。

 その姿はひどくおぼろげで実体を成していない。

 欠けたピースで穴だらけになっている、不完全なジグソーパズル。

 その欠けたピースが他ならぬ安城大晃、自身の手によって埋められていく。

 記者はその姿が事前の想像とはかけ離れていることを痛感していた。

 大晃は欠けたパズルを自らの言葉で補強して、穴を埋める作業を楽しんでいる。

 誰もが想像もしないこの男のリアルな実像が立ち上がっているのを、記者は強く感じ始めていた。

 

「だから、俺は女尊男卑という風潮があるということにさえ懐疑的であるし、世間の期待した役割を荷なうことは出来ないかもしれない。

 所詮、ただ一人のIS乗りに過ぎないのだからね。

 ただ、そんなちっぽけな俺でも出来ることはある」

 

 両手の拳が持ち上がった。

 雨に打たれてツルツルになった岩の質感さえ感じさせる、その光沢に記者は眼を奪われた。

 

「世界最強は誰か? 俺と織斑千冬ならばその答えを人類に提示できる」

 

 ああ、そうなのか――。

 だから、そんな風に楽しそうなのか――。

 最初にその質問を投げかけた記者だけではない。

 見ているもの全てが、突如立ち上がった『大晃という実像』がどのようなものであるのか、答えを見出していく。

 

「そして、どういう立場の人間であっても、それが俺と織斑千冬であっても、その答えを曲げることは許されないんだぜ」

 

 侮蔑も、敵意も、それが肯定的な敬意であってですらも、もはや、関係のない位置にこの男が立っているのだ、と。

 この世にある全てのものが、本人ですらもその問いを得るための供物であり、答えを共有する友人であるからだ。

 

「だって、きっと、みんなが本当に知りたいことだからだ」

 

 その言葉で記者会見は締めくくられた。

 

 

 

 

 とあるバーだった。

 照明は光量が絞られているので、薄暗くなっている。

 一人の男が座っていた。

 安城大晃である。

 カウンターだ。

 カウンターの前で、何をするでもなく店内を眺めていた。

 大晃は未成年だ。

 だから、バーに来るのは初めてで、興味深げに視線を這わせているのだ。

 椅子とソファーや机。

 壁に掛けてある絵画に照明器具。

 それらが調和して、一つの雰囲気を形作っている。

 恐らく良い店なのだろう。

 と、大晃が分からないなりに店に対して良い印象を持った。

 その時だった。

 

「済まない。遅くなったのサ」

 

 アリーシャ・ジョセスターフが近づいて来た。

 その後ろからもう一人。

 

「申し訳ありません。遅れました」

 

 山田真耶が現れた。

 二人はアリーシャ、真耶の順番で大晃のとなりに腰を下ろした。

 

「気にしていませんよ。そんなに待ってもいないしね」

 

 大晃は答えた。

 そもそもの話、大晃がバーにいるのはアリーシャに誘われたからである。

 

「大晃、真耶。この後空いているかい? 面白い話を聞かせてやるのサ」

 

 記者会見が終わった直後、アリーシャが大晃と真耶に耳打ちをしたのだ。

 それで大晃はこのバーにやって来たのだ。

 アリーシャが手配した車に乗って、着いた先がこのバーだった。

 しかし、アリーシャと真耶には少しだけ予定が入っていた。

 三十分。

 本当なら共に来店するはずが、それだけの時間、大晃は待たされた。

 アリーシャと真耶の謝罪はそれに対するものだった。

 もっとも、大晃は全く気にしていないし、二人もそれは分かった上での謝罪であった。

 

「ふふん、しかし、退屈はしていなかったようだな。こういう所に来るのは初めてなんだろう?」

「ええ」

「感謝しろよな。私が個人的に行きつけてるバーの一つなのサ。ここは」

「ほう」

「雰囲気も良いが、一番いいのは猫を連れて来ても、問題ないことなのサ」

 

 そう言って片手を上げたアリーシャの指の先には白猫、シャイニィがいた。

 本当に顔なじみらしい。

 シャイニィは慣れた様子でカウンターに飛び乗って、いつの間にか用意されていたビーフジャーキーをぼりぼりと齧っている。

 

「ところで折角の機会だが、どうする?」

「と言います、と?」

「今、この場にいるのは私と真耶、そこのバーテンぐらいのものだ。

 ここに私たちがいることを知っているのは、この三人くらいのものだよ」

 

 車の運転手を含めればもう少し人数は増えるが、バーで交わされている会話を聞くことができるのは、大晃を除けば三人だろう。

 貸し切りなのである。

 

「何が言いたいんです?」

「お前、酒を飲んでみたくはないかい?」

「え!?」

「今なら、未成年のお前でも何のお咎めもなしに酒を飲めるぜ」

「どうして、俺に酒を飲ませたいんです?」

「お前は私たちに勝った男だからな。成人の祝いってのは酒を飲むものだろう。

 織斑千冬とやりあう前に私なりの方法でお前を祝ってやりたいのさ」

 

 大晃は数瞬考える素振りを見せた。

 そして――。

 

「なら、飲ませてもらいますよ。酒のチョイスはあなたに任せます」

「私も最初はあなたが飲むのと同じで良いですよ」

 

 大晃の答えに重ねるように、真耶は言った。

 アリーシャは。

 

「分かった」

 

 そう言ってから三人分の酒を頼んだ。

 茶色の液体が浅く入ったグラスが三つ出てきた。

 その具体的な名称までは大晃にはあまりよく分からない。

 しかし、それがウイスキーであるという大体の見当はついた。

 氷は入っていない。

 

「乾杯」

 

 そう口ずさんで三人はグラスを軽く当てた。

 上品な音が鳴った。

 三人はほぼ同時にグラスを口に当てた。

 ウイスキーが温度を持った液体として、喉を通って、胃へと落ちていく。

 その濃厚な香りに大晃はうっとりとする。

 

「気に入ったようだな」

「ええ。美味しい」

「ふふふ、大晃くんは酒呑みになりそうですね」

「真耶さん、からかわないで下さいよ」

 

 そういう話をする中で、まず、記者会見の話題になった。

 

「しかし、大晃は詩人みたいなことを言うんだな」

「詩人、俺がですか?」

「ああ。初めての記者会見であそこまで言えるなんて、お前はとんだ詩人なのサ。

 しかも、お前は良い宣伝マンでもある。

 きっと、世間の連中もある程度は理解するだろうサ。これからお前がやる闘いの意味をな」

 

 安城大晃バーサス織斑千冬。

 それを男と女の代理戦争と見るものもいるだろう。

 本人たちにその気がなくとも、思惑を押し付けてくるものもいるし、世間を煽動するものも出てくるだろう。

 しかし、大晃はそれを否定した。

 闘う動機は自分が世界最強たり得るのかを、問うためだ。

 答えを出すためだ。

 もともと、織斑千冬が無敗で引退して以来、本当の世界最強は誰なのかという疑問は燻り続けていた。

 それが、大晃の記者会見で再び強く燃え上がっていた。

 ソーシャルネットサービス、通称SNS上では本当に強いのは誰なのか、という議論は盛んに行われ始めた。

 テレビでも女尊男卑の風潮に対するカウンターとしての報道よりも、安城大晃と織斑千冬の戦力分析の方が盛り上がっている。

 まだ、記者会見から十時間と経ってはいないので今後どうなるかは分からないが、世間の関心は、誰が最強なのかという問いを中心に回っていた。

 恐らく、それは大晃の読み通りの流れであるはずだった。

 

「織斑千冬も簡単にではあるが、記者会見を開いたしな。

 これで安城大晃バーサス織斑千冬のビックカードは確定しただろうサ」

「ええ」

「最初はヒヤッとしたが、お前が予想以上に上手く立ち回ったお陰だよ」

 

 もし、大晃が答えに窮していればこうはならなかっただろう。

 ともかく、これで男対女の代理戦争路線はほぼ無くなったと見ても良い。

 アリーシャの声にはそのことへの安堵が含まれていた。

 ポツリ、ポツリ、と言葉を交わしていく。

 

「ところで話がある、と言っていましたね」

「ああ」

「こうやって何気ない会話を楽しむのも良いんですが、そろそろ、気になってきました。

 あなたが俺と真耶さんをこうして呼んでまでしたい話とは何なのか、とね」

 

 アリーシャは黙った。

 真耶がすかさず切り込んだ。

 

「多分、ですけど、アリーシャさんはあの噂の話をしたいんじゃありませんか?」

「真耶さん。噂ってなんです?」

「私の口からは何とも。ただ、一つ言えることがあるとすれば、アリーシャ・ジョセスターフと織斑千冬の間には深い因縁があるということです」

 

 真耶は大晃に答えてから再び、アリーシャに視線を這わせた。

 

「アリーシャさん、あなたは多分迷っているんじゃありませんか?

 多分、相当やばい話ですよね、それ」

「まあな」

 

 アリーシャは曖昧に答えた。

 すでに自分の内部で話を切り出すための覚悟を決めようとしている段階らしかった。

 

「まあ、もう少し待ちましょうよ、大晃くん。あまり急かしてもアリーシャさんに悪いですよ」

「いや、そんな気遣いはいらないのサ」

 

 アリーシャは何杯目かになるグラスを思いっきり傾けて、ウイスキーを飲み干した。

 大晃と真耶を交互に見て。

 

「そろそろ、本題に入るか」

 

 そう言った。

 

 

 

「なあ、お前らは織斑千冬についてどれだけのことを知っている?」

 

 アリーシャは言ってから、すかさず続けた。

 

「別に答えなくても良い。ただ、世間の人間が連想するのはあの女が世界最強だっていう事実だ」

 

 それはそうだろう、と二人は頷いた。

 彼らですら、織斑千冬と聞いて思い出すのは、彼女がかつてブリュンヒルデであったことと無敗で引退したことなのだ。

 織斑千冬と世界最強という言葉は分けることのできない言葉となっているのだ。

 

「当然、あいつの事を多かれ少なかれこわい人間だって思っている奴は多いだろう。

 私たちもよく知っているだろうサ。あいつが本気になったら恐ろしいことになるってことはサ」

 

 ただ、とアリーシャは付け加える。

 

「あいつはそれ以上に哀しい奴なのサ」

「哀しい?」

「ああ、そうサ。誰かが救ってやらなくちゃいけないほどに哀しい奴なのサ」

「……」

 

 アリーシャは再び満たされたグラスの中で氷を転がした。

 

「そもそも、ISの操縦者に必要な能力とは何だろうか?

 当然、実力はいる。最低限、愛機をメンテナンスするための知識だっているだろう。

 まあ、金はかかるがそれは実力を上げれば解決できることではあるだろうサ。

 なんせ、国に実力を認めさせれば、向こうから勝手に援助してくれるんだろうからな」

 

 アルコールが入っている。

 そのためか幾分か饒舌に語り口だった。

 

「実力と知識。世間じゃその二つに加えてもう一つ、必要だと言われているものがある」

 

 口に少しだけウイスキーを含んでから、アリーシャは言った。

 

「殺す覚悟サ」

 

 神妙になって続けた。

 

「確かにISってのは兵器としても運用されている。

 戦場で使われているわけではないが、軍用のISなんてもの作られているしね。

 その数少ないISの操縦者に選ばれた以上、戦場に立って人を殺すことも有りうる。

 まあ、それは認めるよ」

 

 ISが戦場に駆り立てられる可能性はゼロではない。

 それを認めつつも、しかし、アリーシャはそういう論に対してどこか冷笑的であった。

 

「それでも、戦場ではISは使用されたことは無い。

 アラスカ条約に違反すればきつい制裁がある以上、国も戦争で大々的にISを使おうとは思わないだろう?

 まあ、中には怪しい国もあるが、今のところは表立ってアラスカ条約に反することをする国は無い筈なのサ。

 戦争が起きない保証なんてものは存在しないが、国家の代表として闘うものたちが試合会場で殺す覚悟を決める必要も機会もない」

 

 アリーシャは俯いた。

 

「むしろ、逆なのさ」

「逆?」

 

 大晃が呟いた言葉にアリーシャは反応した。

 

「ああ、むしろそういう覚悟を試合で発揮されても困るのさ。

 心づもりとしては人殺しになる覚悟をしておいたほうが良いが、国家代表が行う公の試合はそういう覚悟を発露させる場ではない。

 考えてもみるのサ。

 仮に試合で人死にが起きたら、大きな問題になるに決まっているのサ」

 

 確かに、ただの試合で人死に、あるいはそれに準ずる出来事が起きるのは望ましいことではない。

 覚悟という名の殺意は戦場以外では適用してはいけない理屈なのだ。

 もっとも、そういう殺意の混ざった試合を大晃はやっているが、それを責めるつもりはアリーシャにはない。

 それを言うのならば、アリーシャだって、そういう生き死にの混ざった闘いを大晃に仕掛けたこともあるのだ。

 真耶に至っては、教師という立場にも関わらず大晃と一戦を交えている。

 ここに集った三人は試合中に覚悟を決めることができる、同類なのである。

 

「大晃、一応、言っておくが責めるつもりはない。

 セシリアとの闘いはああいう結果になったが、それは相手がそういう闘いを望んでのことだ」

「私も同じ意見ですよ。IS操縦者としては良くない意見かもしれませんが、闘いがエスカレートした結果、ああいうことは極稀に起こるものです」

 

 大晃は普段と変わりない笑みを浮かべている。

 だが、その表情の裏にある感情の全てがその笑みのままだとも思えない。

 だから、アリーシャと真耶は一応、慰めの声を掛けた。

 

「いえ、気にしていませんよ。ただ、気になるのはどうしてそれを話したのかです。

 何か理由があるんでしょう?」

 

 大晃は言った。

 ああ、とアリーシャは深く頷いた。

 

「つまり、私が言いたかったのは、命を賭けたり、相手に重傷を負わせるような事態がないということだ。

 そして、相手を故障させた場合、それが公式非公式であるかに関わらず多くの者が陥る状態がある」

 

 シールドと絶対防御という二つのシステムがそういう事故を未然に防いでいる。

 相手を故障させるケースが起きるのはまれであり、試合がエスカレートした末にというのが大半のパターンである。

 だから、IS操縦者が試合で相手を故障ないしは重傷を負わせた場合、あることが起きるのだという。

 

「自分が相手選手を傷つけてしまったという罪悪感。

 場合によってはそれが自らの道を閉ざしてしまうのサ。

 仮にそれが相手の選手生命を断つものならば、なおさら、罪悪感は深くなる」

 

 アリーシャは氷を鳴らした。

 グラスに映る歪んだ背景をボウっと眺めている。

 

「これは私の罪の話だ」

 

 話が核心にようやく触れた。

 

「あれは十年前、第2回モンドグロッソから一週間後の出来事だった」

 

 アリーシャの話が過去に跳んだ。

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