超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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72話、決別

「救う? 篠ノ之博士を?」

「そうです」

 

 大晃の疑問の声に、クロエは答えた。

 クロエの表情からは感情は伺い知ることは出来ないが、口調と動作には、クロエの苛立ちが見て取れた。

 篠ノ之束。

 稀代の天才、発明家にして、世界を引っかき回すトラブルメーカー。

 そんな彼女をクロエは救うのだ、という。

 しかし、その言葉の意味はどうにも分からない。

 

「俺を倒すことが、どうして、篠ノ之博士を救うことになるのか?

 ぜひ教えて欲しいものだが」

 

 大晃は呟いた。

 今ここで行われるであろう闘いに意識を向けつつも、大晃はクロエの事情に思いを馳せた。

 自分がこれから織斑千冬と闘うこと、その織斑千冬と篠ノ之束が親友の間柄であること。

 それらを絡めて考えれば、ある程度の類推はできるのだ。

 答えないクロエの代わりとばかりに、大晃は自身の考えを披露した。

 

「なるほどね。千冬さんが篠ノ之博士のラブコールを無視して、俺の方を優先したから、篠ノ之博士が嫉妬したって訳かい?」

「……ッ」

 

 クロエは歯を噛んだ。

 挑発の意思は見え透いていて、下らない表現は取るに足らないものであるはずだった。

 それなのに、クロエは感情の発露を押しこめられなかった。

 クロエの脳裏に映った、束の情景がそれを許さなかった。

 

「……あなたの下らない考えを、束さまに押し付けないでください」

 

 それは初めて見る姿だった。

 今まで、飄々と、世界を振り回していたあの束が、頭を抱えていた。

 明らかな弱音をクロエに吐いたのだ。

 だから、救わなければならないのだ。

 これまでのように束が飄々と振る舞えるように。

 束こそが世界で一番で、自分が心の底からそれを信じる為に――。

 クロエは大晃を倒そうとしているのである。

 

「イレギュラー。あなたには消えてもらいます」

 

 クロエは言った。

 正面からでは言葉を成し得ないだろう。

 もはや一般的なISの領域を超えた身体能力と気力で満ち溢れている、今の大晃に勝つことがどれほど困難なことであろうか。

 しかし、それが篠ノ之束の発明品を使っただまし討ちならば話は別だ。

 今、クロエには束から託されているいくつかの発明品がある。

 だから、恐れずに前に出た。

 束を害するものなどこの世には存在しない。

 その確信の下に。

 自分の考えの矛盾に目を向けないままに――。

 

 

 

 一方、IS学園。

 夜の武道場で一人、坐禅を組む織斑千冬。

 その前に現れた渦中の人物が現れた。

 篠ノ之束。

 クロエが救うと語った人物だ。

 その様子は一見して、常と何ら変わらない飄々とした態度であった。

 常と変わらない、底知れない笑みの裏にある感情が果たしてどのようなものなのか?

 本当に参っているのか、いないのか、余人では判断が付かないだろう。

 

「断る」

 

 だが、千冬だけは、束の親友だけは、何となく感じていた。

 精神の淀みが束に出来ていることを。

 千冬とて人のことを言えた義理ではない。

 未だに恐れはある。

 割り切れないものがある。

 本当に自分が大晃と闘っても良いのか?

 また、あの時のようにロクでもないことになるのではないか?

 迷いは消えない。

 しかし、迷っているなりに千冬は大晃と闘うことを決断した。

 その決断を今更、覆すことなど出来はしない。

 だから、千冬は、束が危うい状況であることを知りつつも、敢えて突き放した。

 拒絶の意図が剥き出しの短い単語は千冬の覚悟の証だった。

 

「どうしても?」

 

 束もそれくらいは言われるまでもなく、知っていたのだろう。

 台詞の持つ響き落胆的で、それはあまりにも作り物じみていた。

 しかし、それでも、千冬は僅かに含んでいる落胆の匂いを嗅ぎ分ける。

 

「ほんの少しでも可能性があると思っていたのだったら、残念だったな。

 私はあいつとは絶対に決着を付ける。もう、逃げたくないんだよ」

 

 きっと、お前は自分が頼めば、大晃と闘うのをやめてくれる、かもしれない。

 そう期待していたんだろう?

 言外で束が僅かばかりの期待を抱いていることを指摘しながら、今度は罪悪感を滲ませながら言った。

 結局千冬は自分の為に闘うのだ。

 結果によっては、色々な人が悲しむだろうし、その中には束も含まれている。

 誰かが悲しむ結果を可能性として含んでいる闘いをすることに、罪悪感は消せはしないのだ。

 その罪悪感に束はつけ込もうとした。

 

「私はこんなにも心配しているのに――」

 

 結果から先に言えば、束の企みは失敗した。

 拒絶の意思を見せた千冬が、不意に出してしまった、覚悟に伴った罪悪感。

 それはあまりにも甘美な、付け入る隙として、束の目に映ってしまったのだろう。

 束は見誤っていた。

 そして、その代償は決して小さくはなく。

 千冬は手元に置いてあった刀を右手で握った。

 

 

 

 路地裏で行われている闘いは意外な様相を見せていた。

 大晃は突っ立って虚空を見ている。

 その正面にはクロエが立っているものの、それが目に入っていないようであった。

 

「どうでしょうか? 束さまの力によって発現した、『ワールドパージ』の効き目は」

 

 『ワールドパージ』。

 ISには『コア・ネットワーク』というものが存在している。

 その繋がりは言葉だけではなく、感情を感情のままに伝えることさえも出来る、魂の繋がりとさえも言えるものだった。

 それを利用し、相手に精神に直接介入し、流した情報の受容を強制するのが、クロエに発言した単一能力『ワールド・パージ』であった。

 その真骨頂は相手に幻覚を見せることで、正確な現状把握を妨げることにあった。

 今、大晃にはクロエが見えていない。

 それどころか、自分が位置している路地裏すらも視界から消え失せていた。

 大晃は今、花畑に立っていた。

 色とりどりに咲き誇る花が花びらを撒いて、甘い香りが満ちる、何とも美しい場所だ。

 当然、それは幻覚に過ぎない。

 

「もっとも、私の声すらあなたには聞こえないでしょうが……」

 

 答えはない。

 大晃はただ立ち尽くしている。

 クロエは軽く息を吐いた。

 所詮はこんなものか、とクロエは安堵したのだ。

 後は適当に一撃をくれてやればいい。

 いくら、大晃とて頭部にISを纏った自身の渾身の一撃が入れば、生きてはいられまい。

 仮に生き残ったとしても、千冬との闘いは不可能となるだろう。

 そう考えて無造作に歩み寄った。

 

「面白いなぁこれは」

「な……ッ」

 

 だから、太い腕が伸びて、手首を握られた時、クロエには怖気がはしった。

 幻覚から自力で脱したのだ、と思った。

 もし、そうだったらまだマシだったろう。

 現実はクロエにとってより不可解で、悍ましいものであった。

 

「あなた、どうして私が見えているの?」

 

 大晃は幻覚を解除してはいなかった。

 網膜に移る光景にはクロエの姿は微塵もなく、音は花びらの舞う音とも呼べない音しか拾ってはおらず、触覚も微風が心地よく撫でる感触が唯一のものだ。

 大晃のあらゆる感覚器官には、現実を把握するための情報が消え失せている。

 その筈なのに。

 大晃はクロエを引き寄せて、その耳元に口を近づけた。

 

「もっと、見たいなぁ。こういう面白いものを」

 

 爛々と好奇心に眼を輝かせながら、大晃は呟いた。

 

 

 

 一方、IS学園では予想外のことが起こっていた。

 束は突きつけられた刃物を前にたじろいでいる。

 あの束が、動揺していた。

 日本刀の剣呑な輝きにではない。

 千冬のあまりに素早い動作に、呆気に取られていたからだ。

 

「おい、あまり調子に乗るなよ」

 

 底冷えのする声だった。

 束の同情を誘う態度は、千冬の精神を瞬時に切り替えていた。

 許せなかった。

 自分の覚悟に泥を塗られたような気分だった。

 束は唾を飲んで、言った。

 

「ちーちゃん、今の動きは――」

「ああ、前よりもずっと速くなっているな」

 

 束とて身体能力は、人間のものではない。

 細胞の単位からして人間離れしているという自負が束にはあったし、千冬と互角だとすら思っていた。

 その自信が今、砕け散った。

 他ならぬ、千冬の手によって。

 

「人が最強の称号を得るために強くなる。そうだとしたら、最強の称号は人に力を齎すのだ。

 最強という称号に望ましいだけの強さをな」

 

 世界最強。

 その実質の所有者であり続けた千冬は知っていた。

 自分を追う者がいる。

 千冬との隔絶した実力差に臆さず、諦めなかった強者が少なくとも二人はいたことを知っていた。

 いつか来る決着の日に備えていた。

 自分が真に最強でなくてはいけないという、確固たる意志が千冬の中にはあった。

 だから、千冬は強くなり続けていた。

 より強くなった挑戦者に相応しい自分であるために――。

 

「かつての私を上回り続けた私は、誰よりも圧倒的に強い」

 

 乱暴に掴んだ束の首元を自身に引き寄せて、千冬は吐き捨てるように言った。

 

 

 

 クロエ・クロニクルと篠ノ之束。

 逆鱗に触れてしまった者、逆鱗を触れられてしまった者。

 この親子は真逆でありながら、別の場所にいながらにして、全く同じ状況に陥っていた。

 物事がうまく進まないことへの憤慨、そして、望まない方向に進んでいる現実への絶望。

 その二つの感情を両者は持て余していた。

 

 

 

「どうして……ッ」

 

 クロエは叫んでいる。

 クロエはありとあらゆる方法でイレギュラーを排除しようとした。

 空間を削り取る装置。

 問答無用の範囲攻撃。

 精神へのさらなる干渉。

 束から託されていた発明品を使用した。

 しかし、大晃には全てが届かない。

 必殺の攻撃は空を切り、物理的な脅威は全て受け流され、精神への干渉は放置されている。

 しかも、大晃は幻覚を解除する気配を全く見せていないのだ。

 それなのに、あらゆる試みは大晃には届かず、クロエは体力を消耗するばかりだ。

 どうして。

 その叫びは、攻撃が届かない理由と幻覚を解除しない理由のどちらを問うているのか。

 錯乱している本人には、それすらも分からない。

 

「俺はお前さんを見て知っただけさ。これから起きることをな」

「な……ッ」

 

 大晃の答えにクロエが驚愕した。

 短い言葉にはあらゆる示唆があった。

 今の大晃にはクロエの姿も声も聞こえないはずなのに、しかし、会話は成立している。

 見えないまま、聞こえないままに、大晃は全てを把握していると、考える他はなかった。

 そう大晃はあらかじめ知っていたのだ。

 恐らく、闘いが始まる直前。

 まだ、クロエが催眠術を発動する前の段階で大晃にはすでに見えていたのだ。

 クロエの今までとこれからが、一体何がどう起きるのか、を。

 その精度が未来予知のレベルに限りなく近いことは、感覚器官を封じられた状態でクロエのあらゆる攻撃を制したことから、明らかだろう。

 

「だから、俺はこの幻覚を解いてはいない。解く必要は無い。こんな良い風景を見せてくれたお前さんに感謝すらしているよ」

「……ッ」

 

 クロエは口を閉じて、固まった。

 相手は全てを受け入れている。

 こちらの攻撃を制しつつも、攻撃の機を潰す真似だけは絶対にしない。

 どのような攻撃を打ち込んでも構わないという意思は明確で、全ての攻撃を受容してみせるという確信に満ちている。

 その姿は山を思わせた。

 山は人に何も強制しない。

 人に為すがままさせる。

 しかし、人は山を害することはできない。

 拳をどれだけ打ち付けたところで何の効果もないのだ。

 

「一先ず、退散します」

 

 だから、クロエはこの場で勝つことを諦めた。

 このまま続けても、クロエにとっては不毛なやり取りしかないだろう。

 そう判断したのだ。

 しかし、諦めたのは、今日、この場で勝つことだけだ。

 大晃が織斑千冬と闘うことを、クロエの主人である束が許すはずもない。

 クロエがしたのは、策の練り直しという選択であった。

 

「残念だが、仕方ないかぁ。篠ノ之さんによろしく」

「あなたの言葉を取り継ぐつもりはありません」

「じゃあ、お前さんに一つだけ言っておくよ」

 

 クロエがISを纏い、去ろうとする直前、大晃がクロエに告げた。

 

「俺と千冬さんとの闘いには是非とも来てくれよな。歓迎するぜ、盛大にな」

 

 後にクロエは大晃のこの発言について、こう述懐する。

 『きっと、あの人には、見えていたんだと思います。私たちが仕出かすことを、細かいところまで――』

 現時点でクロエには、そこまで分からない。

 ただ、口元に浮かんでいる笑みが、やけに不吉に映った。 

 

 

 

「なんで……」

 

 束は深い嗚咽の声を漏らしている。

 束はもう理解していた。

 自分がどういう兵器を使おうが、どういう方法を取ったとしても、千冬を止めることはできない、と。

 だが、千冬の強さに疑問を持っていた。

 千冬は現役を退いてから長い。

 しかも、理由が理由だ。

 当然、精神が荒んでいた時期もあった。

 そんな中で、現役を退き、IS関連とはいえ別の仕事に就いている状況では、強さを維持することさえ困難だ。

 以前よりも強くなる、となるともう不可能にすら思える。

 千冬は言った。

 最強という概念が、自身を強くしたのだ、と。

 その理屈だけで強くなれると言われただけでは、束は納得できない。

 篠ノ之束。

 彼女に答えが返される。

 それは完全に常軌を逸していた。

 

「最強ではない貴様には分からないだろうな」

「そんなことって……」

 

 千冬の答えに束は絶句した。

 束は千冬のことを親友だと思っていた。

 それは今も変わっていない。

 なのに、千冬の口から出てきたのは、どこまでも冷たい台詞だった。

 所詮、貴様は私とは違うのだ。

 考えるまでもなくそんな意図しか見出せなくて。

 普段から天災として奔放に振る舞いどうでも良い他人を無視してきたのに、否、無視してきたからこそショックだった。

 まさか、他人をその他大勢と見なしてきた自分が、それをされるとは予想だにしていなかった。

 否定しようにも、隔絶した生物としての力の隔たりが、それを許さなかった。

 

「ちーちゃん、今日のところは退散するけど、私は諦めないからね」

 

 束は感情を押し込めて告げる。

 それが意味するのは、全てを台無しにしてやろうという、暗い考えである

 まともな手段で目的を達成できないのなら、まともでない手段を使えばいいのだ。

 千冬はそんな束の思考を見透かしたのだろう。

 剣呑な眼で束を射抜いた。

 

「もし、私たちの邪魔をしてみろ――」

 

 私たち。

 千冬はそう言った。

 その中には、篠ノ之束の姿はない。

 いるのは、織斑千冬と安城大晃の二人だけだ。

 その領域を侵す者は何者であろうと許しはしないのだろう。

 千冬のそんな態度は束の心を深く抉った。

 

「その時は私がお前を殺す」

 

 待ち望んでいたはずの言葉が、やけに虚しく響く。

 束はくるりとその場でターンして、首だけを千冬へと振り向けた。

 

「そのときは殺し合おうか。最高の舞台で」

 

 束の顔には破滅的な笑いが貼り付いていた。

 

 

 

 

 

 試合の日程と会場が決まった。

 試合の日時は約4ヶ月後の3月。

 会場は世界最大のアリーナ。

 場所はアリーシャの故郷イタリアであった。

 そこは第2回モンドグロッソの開催地。

 千冬にとって因縁の場所であった。

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