超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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73話、脅迫

 人は何故、闘うのか?

 それはあまりにも根源的な問いだった。

 誰も答えられない、答えようのない問いだ。

 その問いを、大晃は己の内部で何度も何度も繰り返していた。

 何故、闘うのか?

 楽しいから。

 そうだ、と頷くものが内部にある。

 闘いの中に、楽しいという感情を見いだすことは、彼にとっては容易なことだ。

 闘う。

 そう考えるだけで、ウキウキとするほどに闘うのが好きだった。

 しかし、ならば、もし、闘いが好きじゃなかったとして、闘っていなかっただろうか、と問う声もある。

 大晃は頭を捻った。

 闘いが好きなことを含めて、その結果として今の自分がある。

 たらればを想像することは不毛であるように思われた。

 敢えて言うのなら、自分は闘いをするだろうと思うが、根拠などない。

 何故、闘うのか?

 ただ、その問いを繰り返し、頭の中で考える作業に没頭する。

 そして、結論を下した。

 答えようがない、という結論を。

 しかし、それでも、一つだけこれは確実であるように思われた。

 それは――。

 

 

 

 

 安城大晃と織斑千冬の頂上決戦。

 その舞台として、IS委員会が選んだのがイタリアであった。

 理由としては、3つのものがあった。

 1つ目が実績だった。

 恐らく、今回の闘いを観戦しようと、世界中から大勢の観客が押し寄せてくるだろう。

 開催地にはホストとして器量が問われることとなる。

 その点、イタリアには実績がある。

 なにせ、第2回モンドグロッソの開催国であったのだから、その時の経験とノウハウは残っているだろう。

 2つ目は世界最大のアリーナをイタリアが備えていたからだ。

 その規模はIS学園の倍近くはある。

 収容できる観客の規模も、闘いのステージとしても、世界最強を決めるに相応しい大きさと言えるだろう。

 3つ目はアリーシャ・ジョセスターフの存在だ。

 知っての通り、彼女はイタリアの国家代表である。

 そんな彼女は山田真耶と共に裏で動いていた。

 織斑千冬と表舞台で闘えるように、ほうぼうに手を尽くしていたのだ。

 結局、アリーシャは織斑千冬と闘えなかったが、それでも、アリーシャはこの闘いに深く関わっている。

 アリーシャは記者会見で宣言した。

 自分は安城大晃に負けたのだ、と。

 それは紛れもなく、大晃が現役のブリュンヒルデすら凌ぐ実力を持っていることの証明のためであったが、イタリア政府がそんなことを許すわけがない。

 国家が最新の技術を費やして開発したISを纏い闘うのが国家代表だ。

 国家代表の敗北は、国家の敗北に限りなく近い。

 それでも、イタリア政府がアリーシャの敗北宣言を許した理由が、まさにこの開催地の選定にある。

 イタリアは国家代表の敗北を公表することと引き換えに、この闘いを執り仕切ることを求めたのである。

 IS委員会としても、これを断る理由はない。

 結局のところ、細かい他の理由はあるものの、この3つの理由で、イタリアは開催国としての権利を手に入れた。

 アリーシャの長年の活動と、それを支えたイタリア政府の執念がもたらした結果と言えるだろう。

 そして、今、イタリアは、世界は、その闘いを待ち望んでいた。

 

 

 

 

 ISの出現は人類に混乱をもたらした。

 最新鋭の戦闘機すら上回る機動力。

 制限を解除すれば、核ミサイルすら通用しないだろうと謳われる防御力。

 そして、圧倒的でかつ小回りも効く火力。

 運用に制限が掛けられていなければ、多くの人命が失われていただろうことを、想像するのは難しくない。

 しかし、人類は何とかして、最悪を回避した。

 ISバトルを競技として浸透させることは、ISを血生臭さから遠ざけるということが動機の一つだったのだろう。

 代理戦争としての側面は否定できないが、逆に言えば、遺恨を最小限に留めつつも国同士が競い合う環境が醸成できているともとれる。

 軍事的な利用を抑制する試みは成功したと言ってもいい。

 その試みを成功へと導くには、どうしてもあるモノが必要不可欠だった。

 競い合うISを間近で見物する為に、人類が生み出した施設。

 それがアリーナだった。

 そのアリーナの中で最大のものがイタリアにある。

 古い歴史を持つイタリアの郊外。

 世界最大のアリーナは、かの有名な円形闘技場になぞらえてこう呼ばれていた。

 『ネオ・コロッセオ』と。

 

 

 

 

 『ネオ・コロッセオ』には大勢の人間が集まっていた。

 チケットは飛ぶように売れた。

 世界最強を決める闘い。

 イタリアはこの闘いをこう表現した。

 そして、こう続けた。

 『第2回モンドグロッソで決めることの出来なかった、世界最強。

  それがついに明らかになる』と。

 この謳い文句に世界中が熱狂した。

 アメリカが、日本が、中国が、ドイツが、ロシアが、そして、イタリアが。

 世界各地に拡散されたメッセージは、確実に人々の下に届いたのだった。

 その狂乱がこのイタリアの片隅に集中している。

 もともと、この場所はイタリアの片田舎である。

 人が住めないような辺境ではないが、こぞって人が集まるほどの名所もない。

 そんな場所だからこそ、『ネオ・コロッセオ』が建設されたのであるが、それを機にこの場所は変わった。

 ISが実戦を行える場所はきわめて貴重。

 それ故に、この『ネオ・コロッセオ』を中心に人が集まったのである。

 特に、見物人の数は政府の想像を超えていた。

 たった一つだけの試合がある日でも、どう少なくとも10万人の人数が押しかけるのである。

 複数の試合が開かれるとなれば、その人数はアリーナに収容しきれないほどにまで膨れ上がるのだ。

 それほどの一大、拠点となっていた。

 ただでさえ観光客の多いイタリアであったが、最古の歴史と最新の興行という対比が鮮烈な印象を彼らに与えたのだ。

 いつの間にか、このアリーナを取り囲むようにして小さな街が出来たのは、当然の帰結とであった。

 ともかく、この街は今、狂乱していた。

 『世界最強』の概念。

 織斑千冬こそがその体現者であった。

 しかし、安城大晃もまた世界最強足りうる。

 あのアリーシャ・ジョセスターフを、そして、知る人ぞ知る実力者である山田真耶すらも上回る怪物であるからだ。

 その二人が今日ぶつかり合う。

 これほどの試合はもはやないだろう。

 狂乱の渦には果てなどない。

 巨大な人の流れの中には当然、千冬と大晃、その関係者が紛れていた。

 

 

 

 織斑一夏は目を回していた。

 『ネオ・コロッセオ』は世界一のアリーナである。

 それは当然よく知っていたし、その規模についても事前に調べてはいた。

 世界最大級の収容人数。

 世界最大級の規模。

 そういう謳い文句も耳にしている。

 しかし、そこは想像を絶する規模であった。

 まず、とてつもなく高い。

 観客席は中央がよく見えるように、すり鉢状になっているのだが、その頂点が気が遠くなるほどの高さがあった。

 高いだけではない。

 中央の闘技場は絶句するほどに広く、それを取り囲む観客席の円はそれに輪をかけて大きい。

 全ての規模がIS学園のアリーナですら比較にならない。

 『ネオ・コロッセオ』。

 それはあくまで俗称であるのだが、もはや、正式名称が何であったか一夏はよく知らない。

 ただ、かの円形闘技場コロッセオが由来の呼び方であること位は知っていたし、古のコロッセオでは剣闘士の闘いを見世物としていたことも知識として頭にある。

 遥か古の時代でも、このような狂乱の渦があったのだろうか。

 人の欲望が作り出した業を目の当たりにして、一夏はそんなことを思っている。

 

「おい! 一夏、大丈夫か!?」

 

 隣からは声が聞こえる。

 人酔いしたような一夏を心配して箒が声をかけてくれたのである。

 ただ、周囲があまりにもうるさいので声を張り上げている。

 そうでもしなければ、声は雑音で一夏に届かなかったかもしれない。

 

「いや、大丈夫だ! ただ――」

「ただ?」

「この狂乱はどこに向かうんだろう、と思ってな」

「……」

「セシリアのこともある。この闘いが本当に無事に済むのかも分からない」

 

 憂いを秘めた声は、喧騒にかき消されずに箒へと届いた。

 底知れない狂乱。

 その渦の中心に立った時、競技者の精神状態がどうなってしまうのか?

 恐らく、どのような競技者であってもまともではいられない空間。

 その中で、姉と友人が闘うのである。

 一夏としては気が気でなかった。

 箒は何も答えられないのか、黙って競技場を見つめていた。

 

 

 

 ここに一夏がいるのには訳があった。

 何せ、チケットの倍率は10倍や20倍どころの話ではないのだ。

 いくら一夏が千冬の弟だからと言って、それだけでチケットが手に入る訳がないのだ。

 だが、IS学園。

 ISの業界の中で存在感を示すこの団体が、このイベントを静観するはずもなかった。

 所属する生徒と引率の教員。

 そのメンバー分のチケットをIS学園は勝ち取っていた。

 もっとも、それは全員分ではない。

 IS学園に頼らずともチケットを入手する生徒は少数ながら存在していた。

 しかし、それにしたってよほど立場がしっかりとしている者だけであって、後ろ盾の無い一般の生徒はIS学園から支給されたチケットをありがたく受け取っている。

 支給されたチケット。

 それによって一夏はこの場にいる。

 だから、一夏がいるのは同じ制服の女子、即ち、IS学園生の一団の中である。

 一夏は周りを見た。

 一般の生徒はもちろん、専用機持ちのシャルロット、ラウラもいる。

 

「ちょっと、私のことも忘れないでよね――」

 

 違うクラスの鈴もしれっと一夏のとなりに座している。

 

「ふん、二人して何よ。心配なのは分かるけど、このお祭り騒ぎでそのテンションはちょっと勿体無いわよ」

 

 神妙にしている二人を見咎めるようにして、鈴は闘技場を見てみせた。

 祭りの気分に水を差されるのは嫌だ。

 表向きはそう見せている。

 しかし、それは心の奥底にある言い知れない不安を隠すためのものだ。

 鈴もまた一夏の幼馴染であり、その幼馴染の姉としての千冬を知っている。

 最近の千冬が危ない気配を醸し出していることも薄々感じている。

 だから、と言ってその心配を、自分よりも不安の大きい一夏の前で表にすることは憚られた。

 

「もっと、明るい話題は無いわけ?」

「ええっと……そうだな、それにしても凄いよな。本当にここで闘うってんだから」

「確かにな、あいつは出世したな」

 

 出世。

 箒が努めて明るく振るまおうとした結果出てきた表現は、一夏には滑稽に聞こえた。

 その言葉からは一夏たちが抱えている不安は根こそぎ取り除かれている。

 しかし、その言葉の持つ明るさが、不安をより浮かび上がらせていた。

 結局のところ、周囲の喧騒にも関わらず一夏たちから不安は消えなかった。

 

 

 

 不安を抱いているのは、一夏たちだけではなかった。

 シャルロットも、ラウラも、マドカも、簪も、本音も、一般席に座しているIS学園生徒たちは心の奥底で不安を共有していた。

 果てのない狂乱の渦に面を喰らったというのもある。

 しかし、それ以上に二人が闘いの末にどこに行き着くのか、心配だった。

 特に、大晃だ。

 世界の頂点まで短期間で駆け上がった。

 もし、この闘いで勝利したとしたら、もはや、この男に敵うものはいなくなるだろう。

 国家を含めたあらゆる組織を含めて。

 だからこそ心配だった。

 頂点を極めた、その先に男にあるのが衰退でしかないかもしれないことが。

 しかし、ただ一人だけ、そういう心配とは無縁に、闘いを心待ちにしているものもいた。

 それは――。

 

 

 

 そして、その時がついにやって来た。

 熱気を帯びたアリーナに一人の男が姿を現していたのである。

 

 

 

 この闘いを見ているのは、この場に訪れた者だけではない。

 全世界に向けて中継されているのだ。

 そこにも半端ではない、労力が掛けられている。

 アリーナに設置された多数の高性能のカメラは一機当たり、数千万は下らない。

 映像だけではない。

 どんなに微小な音声すらも拾い上げるマイクも、無数に配置されている。

 しかも、全世界に発信される情報はコンマ数秒程度の遅延で視聴者に送られる。

 従来のネットワークに加えて、IS学園のラボが送信技術を提供したためである。

 世界最強を決める闘い。

 その運営に関わるあらゆる人間が、手を尽くした。

 全ては世界最強を全ての人間に、余すことなく伝えるため。

 人類の集合意志が、何らかの超自然的な意思が介入してるのでは、と思える程の熱意で彼らは事に当たった。

 だから、それから先の出来事は世界中の老若男女、その全ての人間が知っていた。

 

 

 

 それは爆発だった。

 安城大晃が姿を表す。

 ただ、それだけのことで会場の空気が限界を超えていたのだ。

 大多数の観客たちにとって、大晃の闘いは見るのが初めてである。

 アリーシャが大晃に敗北したという事実から実力に疑問は持っていないが、大晃が一体どのように強いのかを知らないのである。

 だが、姿形からでも分かることがある。

 これから闘う男が放つ圧倒的な気配。

 数千人、数万人もの人間から向けられる好奇の視線すらも悠々と受け止め、押し返す滑らかな機体に覆われた圧倒的な肉体。

 この男は掛け値無しに強い。

 その確信が、会場を沸かせていた。

 男は両手を軽く広げた。

 歓声を受け止めるように、歓声を喰らうように。

 その様にある安定感は、大地に杭を打ち込んだ建造物さながらで、宙に浮いているとは思えないほどだ。

 

「……」

 

 大晃はただ無言で佇んでいた。

 首をゆっくりと振って、観客席を見渡す動作を見せた。

 一人一人の観客を脳裏に刻み込むような緩慢な動き。

 一夏を、箒を、鈴を、シャルロットを、ラウラを、マドカを、簪を、本音を、彼らを引き連れている山田真耶を。

 見た。

 そして、その動きが突如止まった。

 視線の先にはセシリア・オルコットが、従者であるチェルシーを従えて立っていた。

 

 

 

 どのアリーナにも存在するVIP席。

 他の観客席よりも迫り出した空間は、闘いを観戦するのには絶好の位置にあった。

 

「セシリアさん?」

 

 喧騒に塗れていない、清涼な空気の中で楯無は声をあげた。

 楯無がここに居るのは、ロシアの国家代表としての力と更識家の当主としての力、両方があってこそ。

 会場に着いた楯無は、まずスタッフから案内された。

 その先にあったのは、絨毯が敷き詰められた、恐らく百人は楽に入れるくらいの空間だった。

 一定の間隔ごとに、座り心地の良さそうなソファが備わっている。

 試合が始まる前ということもありソファに座っているものは少なかったが、既にメンバーのほとんどが集まっていた。

 その一人一人と、顔を合わせて軽く談笑していく。

 青色の、背中の部分が大きく開いた扇情的なドレスは、楯無の身体の線を惜しげもなく晒している。

 そんな露出の高さとは裏腹に、楯無は油断なく感情を笑顔で覆った。

 何せ、この場に集まった者は、こういう場所を融通してもらえるだけの力を持った連中だったからだ。

 

「久しぶりじゃのう」

「金子博士」

 

 その老人を見たときに、楯無の顔に一瞬だけ生の感情が現れた。

 金子昇。

 世界最強へと挑む大晃の育ての親であり、一線級のIS研究者。

 そんな彼がこのVIP席にいるのは、当然だった。

 

「いやぁ、慣れないのう。こういう雰囲気はな」

「似合っていますよ。そのスーツはどこで仕立てたのですか?」

「あやつじゃ。大晃の野郎、いつの間にかそういう伝手を手に入れておった」

「プレゼントですか?」

「そういう言い方はあやつには似合わないがな」

 

 ぶっきらぼうに呟いた金子は、しかし、満更ではなさそうだった。

 今日、談笑した相手で楯無の中で印象に残ったのは、彼だけでは無い。

 

「おや、更識家の当主ではありませんか?」

 

 談笑した相手の中には、シャルロットの父親、シャルロ・デュノアもいたはずだ。

 そんなVIP席で楯無はチェルシーを側に置いたセシリアを見かけていた。

 軽く話しもした。

 あの闘いの後遺症で未だに車椅子ではあるが、回復傾向にあるらしい、ということは本人から直接聞いている。

 セシリアがこの場にいることに疑問はない。

 年若いとは言え、名門貴族の当主であることに変わりはない上に、その力は政府に評価されているのだから。

 ただ、それでも、セシリアが車椅子を動かして、ガラスの前まで移動するのは怪訝に思えた。

 既に大晃は会場に出現して、周囲を見渡し始めている。

 一体何をするつもりなのか、とその場に集まった名だたるメンバーも怪訝そうにした。

 顔をしかめている者すらいた。

 そんな大物たちの顔色を伺うことすらしないで、従者のチェルシーが車椅子をいじった。

 サーチライトの光のような存在感を持った大晃の視線が、VIP席に注がれる。

 大物たちは硬直して、身動き一つ取れなくなる。

 楯無もまた圧倒的なプレッシャーを感じて、身体を強張らせた。

 そんな視線の中で、セシリアは、その瞬間を見計らって立ち上がったのである。

 

 

 

 

 安城大晃が、教師と生徒という織斑千冬との関係を清算する為に、卒業した。

 その時に、最後に立ち塞がった者がいた。

 セシリア・オルコット。

 イギリスの代表候補生である。

 その力はもはや代表候補の域を超えて、国家代表をも凌いですらいた。

 全ては大晃に勝つ為に精進した結果である。

 セシリアがIS学園から卒業する大晃と闘うのは必然だった。

 

 ――わたくしはここまで回復しましたわ。

 

 二人の視線が絡み合った。

 大晃の手によって重傷を負い、車椅子での生活を余儀なくされたセシリアであったが、表向きには別の事情で一時休学扱いとなっている。

 その事情を知るのは、一部の生徒とイギリスの政府関係者くらいのものだ。

 この数ヶ月、リハビリに励んできた彼女が大晃の前で、成果を見せつけるようにして車椅子から立ちあがる。

 色々な解釈はできるだろうが、その行動のメッセージ性には途轍もないものがある。

 

 ――あなたがどこに行くのか、わたくしには知る由もありませんし、あまり興味もありません。

 

 今、二人は二人だけにしか通じない会話をしている。

 セシリアの足が限界を迎えた。

 空かさず、チェルシーが脇の下に手を差し込んで、セシリアを支えた。

 それでも、なお、セシリアは大晃を見つめている。

 

 ――ただ、あなたがどこへ行こうと、わたくしはあなたを追い詰めててみせますわ。

 

 必要なことは語り終えたのだろう。

 押し黙る周囲の名だたるメンバーの視線を物ともせず、セシリアは車椅子に優雅に腰掛けて、所定の席へと戻っていく。

 そして、大晃は、そのセシリアの行動に何を感じたのだろうか。

 深い沈黙に、身を包んでいた。

 

 

 

 大晃がアリーナの中央へと移動した。

 観客は今か今かと待ちわびている。

 対戦相手の織斑千冬が現れるのを。

 だが、現れたのは織斑千冬ではなく、しかも、それは対面のピットからではなかった。

 それらは上空から現れた。

 

 

 

 最初、それに気がついたのは町の住人だった。

 今日は晴天。

 風も肌を撫でる程度の物だ。

 彼らは思い思いに観戦場所を選んで待機していた。

 各々が端末をにらめっこする。

 そんな彼らを突如、黒い影が覆った。

 陽の光を何かが遮っていた。

 雲一つないこの空で、一体何が影を作り出しているのか。

 街の大多数の人間が疑問を浮かべて青い空を見上げた。

 

「ひ……ッ」

「き……きゃあああッ」

 

 瞬間、悲鳴が上がる。

 視界の半分を占めるほどの機械の軍勢が垂直に落下してきたのだから。

 異変はそれだけには終わらない。

 町だけではなく、人の詰まったアリーナにも容赦なく、降り立っていく。

 次々と悲鳴は上がり、悲鳴を塗りつぶすようにそのまた悲鳴が起きた。

 歓声が、明るい雰囲気が、一気にどす黒いものへと変化していく。

 機械の軍勢はそういう怯えた人間たちを一瞥するように、モノアイのカメラを光らせた。

 『動くな』という脅しであった。

 異様な危機感、自分が何らかの人質となっているという意識が観客たちの悲鳴を少しずつ弱らせる。

 

 無数の鉄の塊があらかた着地し終えて、声が無くなったその空間の中で誰も動かなかった。

 その中で、大晃にだけ響いている声があった。

 

「だいちゃん。久しぶりだね~~~」

 

 束の声が、大晃の頭の中でのみ、優しく響いていた。

 

 

 

「ねえ、だいちゃん、驚いてくれたかな?」

 

 束は何処から声だけを飛ばしていた。

 無邪気で楽しげな声。

 しかし、その中には隠し切れない黒い物があった。

 

「だいちゃん、私が怒っている理由は見当がつくかな?」

 

 声は何処までも柔らかい。

 柔和な笑顔がその向こう側にありそうな声だ。

 だからこそ、鋭い刃が声の中にあった。

 

「確かに、親友の私を差し置いてちーちゃんを横取りしたのは、ひどいと思うよ。

 凄く哀しかったし、腹も立った。

 でもね、そんなことが無くたって私はきっと同じようにだいちゃんに怒っていたと思うよ」

 

 脳内に響く声。

 大晃は微動もせずに声に耳を傾けている。

 

「だって、だいちゃんは私の目論見も、目標もパーにしちゃったんだから。

 だからね、この世界には私以上に不幸な人間はいないんだ。

 私の大事なものを、人生を掛けて作って来たものを、あなたは壊した」

 

 束は繰り返して言った。

 

「あなたの『最終移行』が私の大事なものを壊してしまった」

 

 それから、束は黙った。

 空気を噛みしめるかのような、硬い沈黙。

 それを自らの手で破って、束は優しく、そして、残酷に告げた。

 

「あなたには償いをしてもらうよ」

 

 おぞましくも優しい声で、束は、大晃に迫る。

 

「だいちゃんはさぁ、一見すると野蛮人でしかないけど、意外と優しいよね。

 例えば、そんなだいちゃんの前で適当な子に手を掛けたらどうなるだろうね?」

 

 すました声は、しかし、期待の表れだった。

 大晃が戸惑い、苦しむ姿を見ることへの――。

 

「もし、そんなことになったら、だいちゃんのせいだね。

 だって、私はここに集まった凡夫共がどうなっても良いけど、あなたを困らせるためだけにやっちゃっても良いかなって思っている」

 

 声と同時に無人機がガチャリと腕を鳴らした。

 その行為の意図は不明だったが、良からぬことを企んでいるに違いないことは間違いなかった。

 大晃は完全に沈黙している。

 身じろぎもせず、ただ、硬直している。

 

「でも、だいちゃん、あなたが私の為に何かしてくれるのなら、考え直してあげよっかな?

 どうしよっかな~~~」

 

 しかし、声の主には確信があったのだろう。

 声は大晃の中に焦りと不安があることを確信していた。

 

「あ、そうだ。例えば、こういうのはどうかな? だいちゃんが死んじゃうってのは。

 私って優しいなぁ。だって、君のちっぽけな命で皆を助けてあげるって言うんだからさぁ」

 

 大晃の死。

 しかし、果たして、仮に大晃が死んだとしても、束が観客を無事に済ませるかどうか。

 気分次第で何をするか分からない、幼児性を声は感じさせただろう。

 あるいはそれすらも天災と称される自身のキャラクターを生かした演出に過ぎないのか。

 底知れない声はついに選択を突き付けた。

 

「ねえ、どうする? だいちゃん? 早く答えてよ♪」

 

 無垢な問いかけにあるのは、純然たる悪意のみ。

 親友に突き放された悲愴が。

 全てが台無しになった憎悪が。

 その源であった。

 アリーナに突如舞い降りた無人機の総数はざっと見ても数百は超えていて、アリーナを取り囲む数十キロの包囲は街を占拠しているかのようだった。

 

「人は何故、闘うのか?」

 

 そんな危機的な状況の中で、しかし、大晃の表情に陰りはなかった。

 真理を追い求める哲学者のような、あるいは究極を追求する科学者のような風情で、根源への問いかけを放っていた。

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