超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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76話、一撃必殺VS一撃必殺

 血が沸騰していた。

 もとより、圧倒的な射程距離を誇るもの同士の闘いだった。

 世界最大級のアリーナを端から端まで使って、なお、二人の間には牽制という名の緊張感があふれていたのだ。

 その二人は今、至近距離にいた。

 距離にして10メートル。

 高速戦闘が常なISにとっては相手を仕留めることが可能な、そして、逆に離脱することも未だに容易な距離であった。

 程よい緊張感を保ちつつも、冷静に動ける余地を残せる。

 それがこの距離である。

 しかし、大晃と千冬にとっては、もうすでにそこは間合いである。

 いつ何時相手から攻撃が加えられるか、こうしている瞬間に『終わってしまって』もおかしくない距離であった。

 その距離の中で大晃と千冬は絶えず動いている。

 拳が奔り。

 剣が迸り。

 その軌道が光としてほとばしる。

 ぶつかり合った拳と剣とが火花を散らしている。

 二人の身体が瞬時にぶれる。

 残像を拳が打ち、剣が穿った。

 霧散する残像から残像へと飛び移るように二人は動き、幻影は生まれたその瞬間にも拳と剣によって散らされていく。

 休む暇など一瞬たりとも無い。

 休めばその瞬間に絶命する。

 そう言わんばかりの、激しいやり取りであった。

 時には互いの攻撃を弾き、時には互いの攻撃を避ける。

 一秒の間に、信じられない密度のやり取りが詰まっている。

 攻撃を放ち、その最中に相手の攻撃が迫ればそれを弾くパリィへと瞬時に変化させ、次の瞬間にはもう回避の動作へと移っている。

 普通の思考速度では無い。

 また、普通ならば目で捉えるのは不可能なほど速い。

 異常な反射神経と判断力。

 それらが無ければ成立しない、異常なまでに高度な攻防。

 二人は交わり合いながら、肉を伝達する思考を更に早くした。

 相手を上回るために――。

 

 

 

 

 

 アリーナの観客たちは堰を切ったように、狂乱していた。

 もとより、焦らされていた。

 大晃と千冬が数キロもの間合いで睨み合っていた時から。

 朝日が登ってきた時から。

 大晃がこの闘いをアナウンスした時から。

 あるいは、決勝戦が不戦勝によって決まってしまった世界大会。

 織斑千冬が引退する原因となり、アリーシャ・ジョセスターフが右腕を失う遠因をも作った、因縁の第2回モンドグロッソが終わったその瞬間から。

 だから、その熱狂の渦に終わりはない。

 観客席に集まった数万人もの観客たちは、想い想いに吠えた。

 悲鳴をあげる者もいた。

 歓声と共に拍手をする者もいた。

 誰しもが、それぞれの方法で己の気持ちの昂りを表した

 それが起こっているのはアリーナだけではなかった。

 この試合を観ている者は、最大級のアリーナなどという、ちっぽけな規模に収まらなかった。

 ネット回線。

 現在の回線は、発達にしたIS技術の転用により、コンピュータや端末で構築されたある種のコアネットワークと化していた。

 人類が血道を上げて築いた回線は、人々の欲を叶えるべく、ほぼリアルタイムで世界のどこへでもその映像を届けていた。

 世界の総人口の99パーセント。

 それほどの人間が思い思いの場所で、二人のぶつかり合いを観た。

 回線を通じても、なお、その衝撃は計り知れなかった。

 

 ――世界が揺れる。

 

 その揺れる世界の中で、闘いをつぶさに観察している者がいた。

 アリーシャ・ジョセスターフ。

 解説席に座る彼女は、喧騒の中にあって、静かに腕を組んでいる。

 そのアリーシャが言った。

 

「遂に、始まったのサ。世界最強のぶつかり合いが」

 

 静かな声であった。

 しかし、深みのある声は喧騒の中を広がっていく。

 誰もがその声を求めていた。

 大晃と千冬。

 世界最高峰の闘いは目には映らない。

 肉眼では捉えられない。

 音速を超えた衝撃波の白い閃光が目に入り、穿たれた大気の爆音が耳に響く。

 尋常ではない速度とパワーによって引き起こされる現象のみが、動きの残滓として目に見えるだけである。

 一体、どういうやり取りが行われているのか。

 観客たちはそれを知りたがっていた。

 アリーシャの声を拒む者などいるはずもなかった。

 

「すごい闘いなのサ。一秒間にこれほどの駆け引きが出来るとは……」

 

 ただ、アリーシャは未だに言葉を探しきれていなかった。

 闘いには駆け引きが詰まっていた。

 攻撃。

 回避。

 その選択を休みなく行うのは大変なことだ。

 それがミスも許されないものだとするならば、それは尚更だった。

 今のところミスはない。

 攻撃のタイミングは完璧で、回避に専念しすぎているという失敗もない。

 だから、アリーシャはその闘いを観て、気が遠くなりそうになった。

 二人がしているのは目に見えるやり取りだけではない。

 技を一つ出すのにだって、目に見えない駆け引きがある。

 どこへ、どんな技を出すのか?

 相手はどこへ、どんな技を出してくるのか?

 闘う者同士は常にそれを探り合っている。

 そして、自分の行動を決めるのだ。

 当然、二人の間にでも駆け引きは交わされている。

 アリーシャはその量の見当も付かなかった。

 ただ、それでも、言えることはある。

 言葉をようやく選び終えたアリーシャは、大晃と千冬のやり取りを表わしていく。

 

「二人の闘いは、今、攻撃と回避が要になっている」

 

 アリーシャが読み取ったのは二人の選択肢が、限定されていることだった。

 通常、闘いにおける選択肢の一つとして防御がある。

 しかし、二人の闘いは攻撃と回避のみで成り立っている。

 その理由については心当たりがあった。

 それは一撃必殺は防御できないものだ、という経験知であった。

 威力が極限まで高まった攻撃は相手の防御を破壊するのだ。

 例え、破壊しなくとも、相手の体勢を大きく崩すぐらいはできるだろう。

 ひょっとしたら、相手により深く踏み込んで技を受けることもあり得るかもしれなかった。

 しかし、相手の攻撃を受けるために守りを固めるなどという悠長な真似は出来るはずもない。

 数キロもの間合いを以ってしても脅威を感じる攻撃力は、二人に防御という選択肢を許さなかった。

 

「一撃必殺の攻撃を防御するのは難しいのサ。

 自然と、相手の攻撃を避けるか、自分の攻撃を相手の攻撃にぶつけて軌道を逸らすか、の二択になるのサ」

 

 アリーシャは言いながら、目を凝らして技が交差する瞬間を目撃した。

 技を放ちながら、次の瞬間にはもう避けている。

 避ける動作そのものが攻撃へと繋がっている。

 技のモーションが回避の伏線となっている。

 一体なぜ、そんなことが出来るのか。

 アリーシャはもう答えを出していた。

 

「驚くべきなのは、動作の連なりなのサ。

 攻撃と回避。相反する動きを組み合わせているのにも関わらず、動作の繋ぎ目に淀みはない。

 技を放って回避に移る、避けてから攻撃に移る、なんてレベルではないのサ。

 技の始動と同時に回避は始まっていて、避けている最中にもう攻撃が起こりかけている」

 

 言ってから、冷や汗を流した。

 動作と動作を淀みなく繋げる。

 それくらいならば、アリーシャだって出来るし、過去の大晃との対戦時に実践してみせた。

 しかし、今、目の前で繰り広げられている闘いは――。

 あの時よりも、一秒当たりに飛び交う技の量は多く、そして、その威力はどれもが一撃必殺級。

 部位によっては掠ることさえ致命的となる技を当たり前のように繰り出している。

 威力、速度はあの時とは比較にならない。

 それなのに、淀みなく技から技へと繋げる二人の技量に、アリーシャは戦慄を感じた。

 

「これこそ、正しく頂上決戦に相応しい闘いなのサ。

 この闘いによって、世界最強は決まる。誰もが否定できない形となって……」

 

 大晃と千冬のやり取りはまだ始まったばかりに過ぎない。

 まだ、お互いに使っていない技があるだろう。

 まだ、やっていないこと、やりたいことが山ほどあるだろう。

 闘いがどう変化するのかを見届けるために、アリーシャの意識が研ぎ澄まされていった。

 

 

 

 

 

 その男は憎たらしいほどに強かった。

 力が強く、敏捷性も抜群で、駆け引きにも長けている。

 身体は頑強で、技は冴え、なにより心が優れている。

 能力の底が見えなかった。

 千冬が今まで闘ってきた歴代の強敵。

 山田真耶。

 アリーシャ・ジョセスターフ。

 国家を背負う代表選手たち。

 彼女らをも上回る、最強の挑戦者だった。

 

 だから、彼女は。

 織斑千冬は。

 安城大晃を憎んだ。

 

 教師として接していた時は、意識すらしなかった。

 千冬の生来の、真面目さ、あるいは頑固さが良い方向に働いた。

 千冬は大晃を一生徒として扱ったし、大晃はその立場を享受していた。

 しかし、大晃が挑戦者として振る舞い始めた時からは全てが変わった。

 無手との闘いで疲弊する姿を見て心を痛めたことすらあったはずだった。

 それなのに死地から生還し最強の挑戦者として牙を剥き始めた途端に憎しみが芽生えた。

 世界最強を欲する潜在意識は千冬自身が想像していた以上に大きかった。

 

 千冬が刀を奔らせた。

 刀が大晃の上半身を貫いた。

 が、手応えがない。

 まるで、映像を斬りつけたかのようであった。

 像を残す速度で動き、カウンターを狙った攻撃を仕掛けてきたのか。

 そう考える間もなかった。

 右に切り返した。

 剣が拳にぶち当たる。

 手の中にある刀が暴れそうになる。

 地球をまるごと引き裂けるのではないかと錯覚してしまうほどの凄まじい力。

 火花が千冬の視界の中でゆっくりと咲き始める。

 眺める暇もない。

 一分と咲く間もなかった。

 今度は、大晃の番だった。

 拳。

 拳。拳。

 拳。拳。拳。

 拳。拳。拳。拳。 

 それは拳だった。

 山ほどの拳があらゆる角度から、千冬を襲う。

 何と強引な男か。

 千冬はそう思った。

 一撃必殺の『零落白夜』を前に、こうも真正面から仕掛けてくる者は、今まで誰もいなかった。

 最初は避けてやり過ごすつもりだったが、考えが変わった。

 調子に乗りすぎればどうなるのか。

 この男に教えてやれねばならない、と思った。

 身体の中で始まっていた、回避の動き。

 その動きをそのままに勢い付かせ、攻撃の動きへと転化する。

 千冬から千刃が放たれる。

 剣。

 剣。剣。

 剣。剣。剣。

 剣。剣。剣。剣。

 拳と剣がぶつかり合う。

 放つ技は全てが一撃必殺級。

 余波も大きい。

 技が交わる毎に大気が震えて、アリーナの一角が同時に震える。

 この震えが世界に拡がっていくのだろう、と千冬は思う。

 世界を揺らさずにはいられない、一撃必殺級のやり取りだ。

 それが千冬と大晃の間で無数に繰り返される。

 二人の空間を行き来する技の数は数え切れない。

 一秒に100、否、1000よりもっと多いかもしれない。

 時間が極限まで引き伸ばされていた。

 散り行く火花の咲き始めから咲き終わりを観察できるほどに、ゆっくりとした感覚。

 しかし、だからと言って、千冬とその対戦相手が遅いわけではない。

 千冬の前には異様な速さで動き、こちらを出し抜こうとする強敵の姿があった。

 千冬もまた同等の速度で動いていた。

 ただ、世界は闘いに着いて行けなかった。

 闘いの余波が世界を彩っていくが、その一つ一つが生まれては消えていくまでの間に、何百何千ものやり取りが詰まっているのだ。

 一合毎に何らかの形で世界はリアクションを起こすが、そのリアクションは完全に置き去りされている。

 そういう感覚で闘っているからだろう。

 千冬は分かりかけていた。

 安城大晃がどういう男であるのかを。

 安城大晃の強さの源泉を。

 

 

 

 闘いに変化が生まれつつあった。

 織斑千冬と安城大晃。

 近接戦闘という一つの括りに収められる両者には、しかし、無視することのできない、明確な違いが存在していた。

 まず、一つ目が機体の違いだ。

 織斑千冬の纏う『暮桜』は、その機動力を複数のスラスターとPICを蹴る力。

 その三つを組み合わせた、歩法こそが千冬の機動力の正体だった。

 安城大晃は違う。

 彼の持つ『無手』にはスラスターもブースターもなく、推進力を生み出す機関は存在しない。

 PICとそれを蹴る力以外に機動力を確保する手段はない。

 そして、二つ目がリーチの差であった。

 剣と拳には1メートルほどのリーチの差がある。

 ISの機動力を前にすればほとんど無いに等しい僅かな差ではあるが、それでもリーチの長さはある種のアドバンテージになり得る。

 一つ一つの違い。

 それは書き出してみれば織斑千冬が有利で安城大晃が不利である、と感じさせるものだ。

 機動力の源が少なくリーチの短い大晃の方が不利だ、と。

 しかし、そうとも言い切れない。

 反対に織斑千冬の方が不利な状況に陥っているかもしれなかった。

 

 ――なるほど、私の方が不利だ。

 

 大晃の拳に剣を叩きつけながら、千冬はその事実を深く察知していた。

 闘いは目にも止まらない様相だ。

 アリーナを刹那に行き来できる者が至近距離で攻防を繰り広げているのである。

 秒間に数え切れない数の一撃が飛び交いそれを互いに捌き合う。

 そこに隠された戦術も戦略も、余人が言葉で語ることは難しい。

 一合ごとに回避、迎撃、防御の中から取るべき戦術を取捨選択し、選択した戦術によって戦略は様変わりする。

 そもそもがたった一撃で決するかもしれない勝負である。

 ただ、一撃でも相手に当てられさえすればそれで良いだけの勝負に、戦略も何もない。

 しかし、二人の極まった眼力と洞察力と反射神経、そして、判断力はその勝負の中にさえ理を見出す。

 その生じた理によって千冬は判断したのであった。

 自身の方が不利である、と。

 

 ――なんという瞬発力だ。

 

 声にならない独白は一体誰のものだろうか?

 戦闘は思考がままならない程に高速化されていて順序立てて考える余裕を失わせるはずなのに、しかし、千冬の中に響く声は冷静そのものだった。

 思考ではない。

 相対する相手の動きを識り、識った瞬間には解がある。

 本来そこにあるべき思考は置き去りにされていて、しかし、スープに浸されたスポンジのように無意識の海からエッセンスを吸い取って、言葉を発している。

 だから瞬発的に放たれているはずの言葉はでたらめな羅列とは程遠い、理性的な呟きとなっているのである。

 ともかく、千冬は、動きを遅らせることなく、自らの発する秩序立った言葉に耳を傾けていた。

 

 ――こいつはPICを『完璧』に使いこなしている。

 

 安城大晃。

 もとより、彼の愛機『無手』はPIC以外の動力を持っていない。

 『最終移行』を果たした今となってもそれは変わらなかった。

 しかし、それでも、変わったものはある。

 

 ――PICを『蹴れる』ようになっている。

 

 かつて、大晃はPICを蹴るということができなかった。

 PICを空中での足場とする。

 それはISの基本であるのと同時に奥義であった。

 ただ姿勢維持のためにPICを活用するのならばともかく、空を蹴るにはある程度の熟達が必要となる。

 そもそも、PICによって足場を作るとは本当に足場を作っているわけではない。

 PICによって脚部の先端固定することを、足場を作ると表現するのだ。

 そうすることによって固定された脚部は、足の動作によって生じた力を受け止める。

 『固定した脚部』を蹴るようにして足を伸ばせば、それは地上で大地を蹴るのと同じ効果を生む。

 これこそがPICを蹴るという動作の正体である。

 だから、『マニュアル』でPICを蹴るというのは難しい。

 折角PICを蹴っても固定を解除する機会が早ければ十分な力は得られず、逆に遅ければ生じた力をロスしてしまう。

 かつて大晃はこのPICを蹴るということができなかった。

 自身の愛機との因縁が、大晃にそれを許さなかったのだ。

 しかし、今は違う。

 因縁を乗り越えて愛機との完全な和合に至った末に果たした『最終移行』により大晃は進化した機能を十全に生かしきる素地を得た。

 今の大晃はPICを蹴ることができるのだ。

 それも完璧なタイミングで。

 このことが大晃にもたらしたものは大きかった。

 無数の無人機をも易々とがんじがらめにする力。

 街の周辺にすら存在する無数の無人機を一体の取りこぼしもなく捉え、光を無数に分割して操る、その精密性。

 力と精密さを兼ね備えたPICはなにものにも変わらない、足場となった。

 大晃のPICの真価は遠く離れた敵を倒すことでは無く、自身の力を増幅させることにあったのだ。

 一方の織斑千冬。

 PICが機動の源である大晃とは違い、千冬はその機動力をPICとブーストに頼っている。

 PICを蹴り、ブーストによる一瞬の加速でそれを増幅させる。

 その二つの精妙な組み合わせこそが千冬の歩法の真骨頂である。

 千冬と大晃。

 そのどちらもが移動する際に自身の機能を精密に制御が要求されるのは共通している。

 それでも千冬が不利だと思うのは決定的な違いがあったからに他ならない。

 

 ――私の方が経るべき工程が多い。

 

 PICのみに頼る大晃と比較し千冬はPICとブーストの二つに頼っている。

 二つを組み合わせること自体は千冬にとっては造作もないことであるが、速度を出すための工程が一つ多い。

 発揮する速度が互角だからこそ、そこに費やす工程の差が二人の間に積み重なっている。

 その差はもう現れ始めている。

 フェイントと牽制、そして本命。

 時にはフェイントにより相手の注意を逸らし、牽制により相手の動作を分断し、生まれた機を生かして本命を叩き込む。

 闘いの主導権。

 それを大晃が握りつつある。

 機動力の差が、機動力を発揮するプロセスの差こそが、この事態を引き起こしていた。

 

 ――こいつは……やはり……。

 

 千冬の思考にノイズが走る。

 それは千冬の動作を鈍らせはしなかったが、ある種の感情の発露は抑えられない。

 その感情の名は――。

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