超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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77話、憎悪顕現

 1人の女がうずくまって泣いていた。

 篠ノ之束。

 ISの発明によって世界を変えた発明家であった。

 ただ1人で組織や国家を凌駕する程の天才性は天災と言わしめるほどのものであり、そんな彼女が泣きじゃくっている姿は天災であっても1人の人間であることを証明していた。

 

「束様……」

 

 クロエは呆然と立ち尽くしていた。

 束が打ちのめされていることがまだ信じられなかった。

 あらゆる組織でも繋ぎとめられなかった束が、安城大晃というたった一個人に勝てなかったのだ。

 いや、その表現ですら甘いものだ。

 勝てなかった、のではない。

 無人機を総動員し街を丸ごと人質に取るという有利な盤面を築いておきながら、安城大晃と織斑千冬の激突を阻止することすら出来なかったのだ。

 それは束にとっては何よりも手痛い敗北となったに違いなかった。

 

「あ、あの……」

 

 クロエは必死で言葉を探しているようであったが、掛けるべき言葉が見つからないようで、オロオロと束を見つめている。

 ピットは広い。

 高さは5メートルに対して幅と奥行きが50メートルはあり、IS用のメンテナンス機械や設備が間隔を空けて置いてある。

 観客たちの熱狂が地響きとなってこの部屋を揺らしているが、それ以外の音は何もない。

 その部屋は今のクロエにとっては本当に広く感じられた。

 

「あ……」

 

 その部屋が音で満ちた。

 安城大晃。

 織斑千冬。

 そのぶつかりあい。

 世界を揺らす衝撃は当然のようにピットにも伝わり、その衝撃に、束の身体が一瞬強張った。

 そして、束は顔を上げて、その視線を横へと向ける。

 アリーナの方向へと。

 

「今からでも遅くないですよ」

「え?」

「一緒にあの二人の闘いを見に行きませんか?」

 

 クロエは屈んで体育座りの束と目を合わせた。

 束は困惑を滲ませてクロエを見返した。

 

「なんで、私があの二人の闘いを見ないといけないの?」

「あなたが見たいと思っているからです」

「私は見たくない」

「嘘ですよ」

 

 クロエの静かな否定に束は何の言葉も返さない。

 目を大きくして黙っている。

 

「かつてない強敵とあなたの親友が命をかけて闘っているんですよ。

 本当に気にならないんですか?」

 

 クロエの言葉は断定的だった。

 小さな声量ではあるものの、それは確信的な言い方だった。

 束は床へと目を落とす。

 否定はできず、かと言って肯定もできない。

 今の束には何かを決める勇気が欠けていた。

 しかし、俯けた視線の先にある床も何も答えてはくれない。

 灰色の冷たさだけがあった。

 

「さあ、束様……」

 

 クロエが手を差し伸べる。

 束はクロエの手を見る。

 未だに決断する意思はなく、それでも束は差し出された手を握りしめた。

 灰色の世界に灯った肌色の暖かさが束を誘ったのだ。

 握り返してくる手のひらに熱を感じながら、束はクロエと目を合わせた。

 

「行きましょう」

「……うん」

 

 束は立ち上がった。

 全てを見届けるために――。

 

 

 

 

 

 ――やはり、こいつは『完璧』だ。

 

 千冬は闘いの中で憎悪を膨らませていた。

 安城大晃。

 その立ち回りは完璧なものだった。

 こちらが攻めればその攻めを分断する回避を行い、こちらが避ければ逃げ場を封じる攻撃を仕掛けてくる。

 常にこちらを揺さぶり、必要とあれば危うい状況へと飛び込む手練手管はもはや十代の若者らしからぬものだ。

 きっと、通常では考えられない道程がこのような男を作り上げたのだ。

 苦難。

 苦闘。

 恐怖。

 侮蔑。

 そして、主人ですら喰い殺す異形のIS『無手』。

 それらと闘うために培ってきた鍛錬と無数の実戦がこのような男を作ったのだろう。

 自身の境遇と重ね合わせれば驚くほど類似する点もある。

 けれども、千冬の胸に湧き上がっているのは『共感』ではなかった。

 

「何故、貴様と私はこんなにも違うのだ……」

 

 それは現実での発声だったのか、否か。

 普通なら話などできない。

 アリーナを間合いに収める二人にとって、どれだけ距離を取ろうともそれは『命を取れる』間合いに過ぎない。

 口を開いて、発声する。

 動作と連動した雄叫びならばともかく意味のある言葉をぶつける事など出来るはずはなく、するはずもない。

 今はコンマ一秒を未満の一瞬を取り合う闘いの最中なのだ。

 それなのに、確かに千冬の声は大晃の耳を打っていた。

 感じ取れる感情はただ一つだけ。

 千冬の胸の中では『怒り』の炎が激しく燃えるようにうねっていた。

 

 ――剛。業。豪。

 

 剣と拳が二人の中央でぶつかりあう。

 周波数の高い振動が絶えず響き、共鳴し、世界へと広がる。

 大晃が拳によるコンビネーションを仕掛けて、千冬は剣を打ち下ろす。

 拳。

 拳。

 拳。拳。拳。

 剣。剣。剣。剣。剣。剣。

 膨大な連撃が折り重なり、衝撃波が二人を中心として何度も何度も広がっている。

 連打。

 その速さ比べの中で拮抗した二人の力は、しかし、徐々に傾いていく。

 拳を振るう。

 剣を振るう。

 その単純な動作にでさえ理合は存在している。

 大地を踏みしめることによって生じるエネルギーを脚から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へ伝える理合。

 その理合を極めた二人の間に技術的な上下など有りはしない。

 だから、差が生じる理由があるとすれば、もっと根本的な差異だった。

 

 千冬が少しずつ押され始めている。

 

 共通点は差異を浮かび上がらせる。

 二人にある決定的な差。

 それは二人が寄る辺としている大地の差であった。

 ISにはPICを足場にするテクニックがある。 

 宙に浮いた状態で大地に立っているのと同じ安定した動きを再現するために生まれた技術であった。

 安城大晃。

 周囲の物体を操るほどまでに進化したPICの恩恵は大きい。

 彼が宙を蹴り、打撃を繰り出す度に、その足元には目に見えない大地が存在しているかのように力の波が伝播している。

 PICの目に見えない力は地の利として働いていた。

 

 それだけではない。

 さらに特筆すべきことに、その装甲がある。

 大晃を覆う、鈍い銀色の鎧。

 肉体そのものを拡大したかのような強固な物体にはつなぎ目などない。

 それはラバースーツのように機能しているのか、はたまた、必要な瞬間だけ必要な部分が凝固する物質なのか。

 ともかく、大晃の動きは液体でも纏っているかのように、全く阻害されていない。

 動きを一切損なわず、しかし、強度を保ち続ける装甲そのものも、一つの差と言えたかもしれなかった。

 

 自身が纏う機体の差。

 もっとも、千冬はそれをインチキだなどと言うつもりはない。

 ISを進化させて、自らに適応させることすらも、ISを操る者にとっては技術の一つに過ぎないからだ。

 自分が相手に劣っていた。

 それだけのことだ、と思う。

 しかし、千冬が抱いているのは、理屈で消火できるほどに小さい火ではなかった。

 

「貴様は完璧だ。そう、あまりにも『完璧』すぎる。決して許せない」

 

 知れば知るほど完璧だ、と思う。

 自身に必要なものを知り、必要なものを手に入れるために自らのISを進化させる。

 格下を制圧する手段と同格に勝つための切り札という、二つの機能を手に入れる一石二鳥の選択。

 ISを自身に適応させるその過程。

 そこですでに差が生まれていたのである。

 千冬は、そう考えた。

 

「だから、お前を殺したい」

 

 千冬は前へ、前へと、攻めていく。

 本来ならばあってはならない。

 剣という武器の特性上、間合いの内に相手を入れれば成すすべもなくなる。

 当然、大晃もそれを知っている。

 千冬と同時に間合いに入り込んで、拳を顔面へと――。

 だが、すんでのところで回避に転じたのは大晃だった。

 『零落白夜』。

 それが新たなる進化を迎えたのか。

 一瞬ではあるが発光していたのである。

 千冬の全身が。

 

「大晃。貴様のPICから着想を得た」

 

 千冬がさらに速度を上げて、大晃へと切りかかった。 

 

 

 

 

 千冬の速度が上がった。

 もはや、限界を超えた、人類からすれば区別のつかない振り切れた速度。

 しかし、それでも人は気がついた。

 織斑千冬と安城大晃。

 その比較によって辛うじて、人は織斑千冬が更なる速度を手に入れた事実に気がついた。

 

「……零落白夜の応用」

 

 零落白夜。

 それを使うもう一人の人間が、織斑一夏が真っ先に気がついた。

 本来ならばあり得ない、同一の単一能力。

 それを発現させて、様々に応用して使ってきた彼だからこそすぐに気がついた。

 

「全身に零落白夜を流しているのか……」

 

 零落白夜のエネルギーを剣から全身に流すことによって、機動力をブーストする。

 千冬がやっていることはそれであった。

 

「だけど、出来るものなのかよ。そんなことが……」

 

 一夏が戸惑うのも当然だった。

 一度剣から放たれたエネルギーを操るのは至難の技なのだ。

 剣に込めるエネルギーを錬磨し、より鋭く纏わせることが可能だとしても、エネルギーそのものを自在に操作するのは一夏の理解の範疇を超えていた。

 

「そうまでして勝ちたいのか? そうまでして勝たないといけないのか?」

 

 一夏は言った。

 目を細めて、歯を噛んで、顔を歪ませて、千冬を見た。

 

「そんなに大晃が憎いのかよ。そんなに大晃を殺したいのかよ……ッ」

 

 この土壇場で新手を生み出した織斑千冬が見せつけたのは、その怪物性だけではなかった。

 観客にもそれと分かる憎悪をばら撒いていた。

 絶えず伝播する衝撃。

 そこに含まれているある種の波形が、千冬の思念を象っているかのようだった。

 

「一夏……」

「……ッ」

 

 一夏の両隣に座る箒と鈴は、そのつぶやきを聞き逃さなかった。

 二人にとって一夏は想い人である。

 その一夏が苦悶の表情を浮かべるのを、二人もまた痛々しく見るも声は掛けられなかった。

 下手な慰めは通用しないように思えたのであった。

 

「大晃……織斑先生……」

 

 シャルロットは祈るように両手を握り込んだ。

 安城大晃と織斑千冬。

 そのどちらか一方がこの闘いで『いなくなってしまう』。

 その考えを払拭することができず、シャルロットは気が気でなかった。

 

「まるで、昔の私のようだ」

「……ああ、私も心当たりがある」

 

 ラウラとマドカは過去の己を見ている気分だった。

 遺伝子操作で生み出された境遇と千冬への崇拝から、周囲の全てを見下すようになったラウラ。

 秘密裏に生み出された結果、劣悪な環境で闘い続け、愛情の不足から歪んでしまったマドカ。

 後悔から来る嫉妬を憎悪へと変えた織斑千冬は、過去の彼らと同じであった。

 

「大晃さん……負けたら許しませんわよ」

 

 セシリアは危惧を抱きつつも、想いを変えなかった。

 安城大晃。

 いつかこの男に勝ちたいセシリアにとって、例え相手が千冬であろうと大晃の敗北は到底許せないものだ。

 無論、千冬が死んで欲しいなどとは微塵も思っていない。

 しかし、結果がどう転ぼうと、大晃が負けることだけは受け入れるつもりはなかった。

 

「……だいちゃん」

「安城君……死んじゃやだよ」

「織斑先生、まさか、本当に殺さないでしょうね?」

「大晃、おぬし……」

 

 誰もが危惧を抱いていた。

 二人と近しい者は名前を唱えて、あるいは、最悪の予想を口にしてしまう。

 鳴り響く金属音が伝える憎悪。

 瞬く間に広がるそれは、一瞬、観客たちを黙らせるには十分だった。

 闘いの熱が歓声を再び呼び起こす。

 しかし、熱気と怖気に炙られる観客たちは最悪の光景を予期した。

 そんな中でただ一人、別のものを見ている者がいた。

 

「ああ、そうか千冬、アンタもまだ、囚われているんだな」

 

 アリーシャは欠けた右腕を抱えて、罪悪感に目を向けていた。

 自分から持ちかけた非公式の闘い。

 その闘いでアリーシャは右腕を喪い、千冬は罪を背負った。

 罪の意識はやがてねじ曲がり、嫉妬の感情を憎悪へと駆り立てる。

 千冬とアリーシャは同一の罪悪感に囚われたままであった。

 

「どうか、私たちの罪が祓われますように……」

 

 アリーシャは言った。

 厳かに、期待を込めて、安城大晃を見た。

 

 

 

 

 

 闘いは転機を迎えていた。

 ほんの少し大晃の側へと傾いていた、闘いの天秤。

 それは再び水平に戻っていた。

 全身に零落白夜のエネルギーを回す。

 その驚くべき応用法によって千冬は闘いの流れを掴みつつあった。

 

「きっかけは些細な気づきだった」

 

 深い声が場に馴染んでいる。

 観客席を埋め尽くす者たちが寄せる熱狂の底へと潜りこむ声は、海上に移る影のように不気味な存在感があった。

 

「零落白夜、私の基幹を支えるこの能力は応用力が高い。

 溢れるエネルギーを放出して、操作し、遠距離の攻撃さえ可能なのだ」

 

 千冬はそう言いつつ、エネルギーを纏う。

 零落白夜を発動し、それを全身へと回す。

 

「だが、この能力には欠点がある。

 エネルギーを飛ばして相手にぶつけた場合、威力は減少するのだ。

 距離を経れば経るほど、それは顕著となる」

 

 加速により速度と威力を手に入れた千冬は一気呵成に攻め立てる。

 大晃は回避と迎撃を組み合わせて千冬へと攻撃を仕掛けるものの、防戦に回っていく。

 

「同格相手には使えない能力だ、と私は思っていた」

 

 千冬の声に悔恨の色が混じる。

 何故、そんなことを思っていたのか?

 何故、そんな風に考えてしまったのか?

 自分自身の愚かしさを嘆く声がそこにはあった。

 

「だが、大晃、貴様の能力の応用を見て考え直した。

 この能力は自身の能力を底上げするほどの力を秘めていることに、ようやく気がついた」

 

 一見すれば同格との闘いには活かせない欠陥。

 その点で言えば、大晃のPICと千冬の零落白夜は似通っている。

 PICは他の物質に干渉できるものの、意識の働きかける量と発動するまでの間は、同格に使うには致命的なものであるからだ。

 

「本来ならば、貴様に感謝するべきだ。この気づきを与えてくれた貴様にな。それなのに、いや、だからこそ――」

 

 感謝という言葉。

 しかし、その言葉には似合わない黒々としたヘドロのような感情。

 それを剣に込めて、己自身に纏わせて、千冬は咆哮した。

 

「私は貴様が憎い!」

 

 憎悪を滾らせる。

 この試合で放った剣は、そのいずれもが全身全霊の剣だ。

 気迫も、力を出し尽くすような剣だった。

 しかし、それがここに来て更なる変化を見せる。

 嫉妬と憎悪。

 それらの感情をただひたすらに増幅させていく。

 人生から抽出した悪い感情を培養し、培養したそれらからより純粋な悪意を取り出して、更にそれらを培養したかのような。

 千冬の感情は黒くて、昏い、底の見えない穴のようであった。

 大晃という太陽でさえ照らすことのできない、闇を吐き出す地獄へと通じる洞窟であった。

 

「むぅッ!」

「くぅッ!」

 

 剣と拳。

 全身で発動した零落白夜とPICの利を活かした正拳突き。

 青白く光る必殺の刃に白銀に輝く拳の一撃。

 それらが真正面からぶつかり合う。

 一瞬の拮抗の後に、二人は弾け飛んで僅かな間ができる。

 睨み合う両者。

 仁王立ちで向かい合う二人。

 どうしても交わさなければならないものがあるのだろう。

 二人からしてみても極小の時間。

 彼らは動きを止めた。

 

「俺は……」

 

 今まで、大晃は無言であった。

 意思らしい意思を込めず、言語化できない感情だけを迸らせるようにして闘っていた。

 楽しい。

 ただ、それだけの感情を込めて闘っていた。

 それがついに、千冬の込めた憎悪に答えるようにして、言葉を返す。

 千冬の憎悪は大晃をもってしても無視できるレベルのものではなかったのだ。

 

「完璧ではない」

 

 大晃の口から滑り出た言葉。

 しかし、それは千冬の神経を逆なでする言葉だった。

 

 

 

 

 安城大晃。

 菩薩のような笑みを常から浮かべている男である。

 獅子鼻で、彫りの深い顔。

 ブサイクともとれる顔立ちであるが、不思議な愛嬌を振りまく男。

 そんな男が神妙にして語る。

 それは会場に響く声であった。

 現実的な時間感覚で果たしてそれがどれほどの間で放たれたのか、観客たちは判然としない。

 コンマ数秒未満であったかもしれないし、数十秒丁寧に語ったのかもしれない。

 ただ、観客たちは不思議と響いてくるその声に時間感覚を失っていた。

 

「俺は、完璧ではない」

 

 大晃は繰り返して言った。

 完璧ではない。

 そこに何らかの意図を這わせて。

 

「俺は所詮、ただ一人の男です。世界最強という称号に憧れる者たちと何も変わりはしない」

 

 大晃の闘う動機。

 それは世界最強を欲するというそれだけのものである。

 確かに、千冬の弟である織斑一夏からは千冬のことを託されている。

 最初にして最大のライバルであるセシリア・オルコットは大晃の勝利を望んでいる。

 山田真耶の千冬に勝ちたいという思いも、大晃は受け継いでいる。

 千冬との確執を抱えたアリーシャ・ジョセスターフは千冬の罪を浄化してほしいと思っている。

 だが、他人は関係ない。

 誰の為でもあって、本質的には誰の為でなくても良い。

 ただ、世界最強になりたい、答えを出したい。

 それこそが大晃の立つ理由だ。

 

「今日、俺がテロをオリエンテーションに仕立てたのは、結局のところ我慢したくなかったからです。

 世界最強を知りたい、その為だけに、事件を彩り、力を見せつけ、利用しただけなんです。

 あなたはそこに完璧さを見出すかもしれませんが、俺が度を超えたエゴイストってだけのことなんですよ」

 

 織斑千冬との闘いの直前に無人機の襲来があった。

 その襲来を大晃は自らの能力によって制圧し、それを自らが仕込んだイベントとして処理した。

 それを大晃自らが明かすのはとんでもないカミングアウトであるはずだが、観客たちはもうそんなことを気にする余裕もなかった。

 エゴイスト。

 そう自らをうそぶく大晃は、しかし、観客たちが察せられる程度には憂いていた。

 太陽のような男が見せる暗い感情は、明るいイメージの中に鮮やかコントラストを描いている。

 

「だから、俺はあなたと一緒なのです。

 世界最強でいたいと願うあなたがエゴを持っているのと同じように、俺もまた世界最強になりたいというエゴを持っているだけなのです」

 

 ようやく、観客たちにも話は飲み込めてきた。

 所詮、ただ一人の挑戦者に過ぎない。

 大晃はそれを伝えたいだけなのである。

 

「そうか……」

 

 千冬はその答えを聞いて、おそらくは考えた末に出た答えを目の当たりにして、静かに頷いた。

 

「だが、私はそうは思えん。貴様が完璧だという考えは決してなくならない」

 

 千冬は剣に憎悪を漲らせる。

 青い光は、洗練された憎しみの象徴となっている。

 

「だが、そうだな。貴様の不完全性を信じてやってもいい」

「どうすれば信じてもらえます?」

 

 観客たちは問答の終わりを予感した。

 主張と主張がぶつかり合い、しかし、結論が出る気配がない。

 自らの完全性を否定する大晃とそれすらをも否定する千冬。

 平行線の両者。

 しかし、幸いなことに、その答えを出す場はすでに用意されている。

 

「私が貴様に勝つことができたのならば、認めてやってもいいぞ。貴様が不完全な人間だと」

「……それは困りますね。俺はあなたに勝ちたいのだから」

 

 大晃と千冬の間で交わされる言葉はそれで途切れる。

 燻っていたテーマは開示された。

 千冬の中で燻っていた想いは言葉として解き放たれて、大晃はそれに自分なりに答える意思を見せた。

 

「ならば、諦めろ。私は貴様に勝利することで、貴様の不完全性を証明するつもりなのだから」 

 

 再び、緊張が走る。

 いや、緊張は最初から途切れてはいなかった。

 ただ、その張り詰めた空気の中に漂っていた、対話の意思がかき消えて、純粋な闘争欲求が場を満たすようになっただけである。

 二人は最初からいつでも仕掛けられるように準備していたし、いつ仕掛けられても対処するための心の準備は終わらせていたのだから。

 千冬は零落白夜のエネルギーが通り抜ける回路を全身にはりめぐらせている。

 大晃は硬直と弛緩を肉の中で循環させて、瞬発力を体内に蓄えている。

 そして、訪れた。

 機が。

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