超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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78話、凶拳のち凶刃

 千冬は再び仕掛けた。

 全身の回路をこじ開けて、エネルギーを回し、底上げした能力で大晃に攻撃を仕掛けた。

 大晃もまた前へと出た。

 淀みなく力の流れを操り、PICの足場の利を活かし、千冬を強襲した。

 

 ――弩!

 

 力はぶつかり合う。

 力と力が同じ方向から同じ多寡でぶち当たった。

 せき止め合う力は行き場をなくし、行き場をなくした力は、もはや音すらも呼べない圧を周囲へと伝播させる。

 音の波を超えた音の壁がアリーナの電磁シールドを叩き、それはネットワークを通じて世界中のスピーカへと届けられた。

 その圧。

 そこに含まれる憎しみ。

 純化された千冬の怒りが大晃の意を食いつぶして、より深い印象を観客たちに与えている。

 観客たちは思う。

 何故、そこまで大晃を憎むのか?

 何故、殺意さえ込めて大晃と闘うのか?

 思ってから、それも当然か、と納得する。

 織斑千冬。

 世界最強のIS乗り。

 しかし、その輝かしい称号とは裏腹に彼女の人生は円満とは言えないものであるはずだった。

 第2回モンドグロッソでは弟を誘拐されて不戦敗という憂き目に会い、それからは煌びやかな表舞台を去ることになった。

 アリーシャ・ジョセスターフとの因縁や本人の願望などは観客たちの知る由も無いことだ。

 しかし、知らなくても、千冬がブリュンヒルデという称号を得たばかりに理不尽な出来事を経験したということは想像がついた。

 大晃は真逆だ。

 安城大晃は男性のIS操縦者だ。

 世界で二人しかいないその希少価値は十分に高いものだが、反面、前例の少ない存在であるが故の生きにくさはあるはずだ。

 周囲の人間たちに使い潰される危険を、男性のIS操縦者は用心しなければならないのだ。

 しかし、大晃にはそういった印象はない。

 千冬との闘いを宣言した記者会見では闘いのテーマを明示した。

 それは闘いを女尊男卑の枠組みから大きく離れた場所へと導いた。

 大晃は誰にも利用されていない。

 利用はされているかもしれないが、しかし、大晃はそこから確かな利益を得ているのだ。

 その自由奔放さは、持たないものからしてみれば、嫉妬の対象となり得るものだろう。

 しかも、その奔放さの持ち主が、自分と同じ取り柄を持っているとしたら、それは最早――。

 殺意の対象となる。

 そこまでは理解できた。

 何も知らない観客でも理解できるほどに、闘いの余波に込められている感情は強いのだ。

 闘いが憎しみのままに幕を下ろすかもしれない。

 それを観客たちが危惧し始め、しかし、世界最強の出現への興奮を抑え切れない。

 その時だった。

 事態は再び予想もしない方向に流れていったのは。

 

 

 

 

 

 回避。

 攻撃。

 防御。

 攻撃。

 回避。

 大晃の動き。

 その連なりに切れ目も淀みもない。

 回避の最中に攻撃は始まっていて、攻撃の始動には防御的な意図が見え隠れし、防御の堅固さの中には攻撃の伏線が混じっている。

 どこからが回避で、どこからが攻撃で、どこからが防御なのか。

 その動作の結果を見届けることで初めて判別のつく、動作の連なり。

 それを、しかし、千冬は見極めつつあった。

 焦り。

 焦燥。

 恐れ。

 動作のところどころに生じ始めた、綻びからそれらの感情を、千冬は見出した。

 

 ――なるほど、どうやらこれは起死回生の一手だったようだ。

 

 素早い動作によって、もはや黒い影としか認識できない千冬は、口の両端を吊り上げた。

 何故、大晃がここにきて動きに不完全さを纏うようになったのか。

 千冬にはその心当たりがある。

 全身に零落白夜のエネルギーを流して、全出力を上昇させる。

 その目覚めが契機となった。

 大晃は焦れている。

 千冬はそう判断する。

 完成度の落ちた動き。

 それは必要に迫られてのことだった。

 動作と動作。

 その繋がりは動作の完遂によって完全に成されるものだ。

 だから、千冬は動いた。

 徹底的に動作そのものを妨害し、動作から動作への繋がりを不完全なものへと変えるべく攻撃を仕掛けたのだ。

 そして、それは功を奏した。

 千冬と大晃のコンビネーションが響きあう。

 大晃が拳を蹴りを、手刀を肘を膝を用いて零落白夜を弾きながらジリジリ迫らんとする。

 攻勢に出る大晃。

 一見、強気にも見えるその姿勢。

 しかし、千冬が見出すものは攻め気などではなかった。

 大晃の間合いは千冬よりも一回り狭い。

 そんな大晃が前に出る。

 そこにはより優位な間合を取ろうとする戦術上の理由以上に、大きな焦りがあった。

 綻びを生じさせてでも前進する様から見て取れるのは、ここでこうしなければ負けてしまう、という危機感に他ならない。

 大晃は明らかに不利な状況に陥っていた。

 

 ――そうだ。今の私は貴様よりも『速いだけではない』。

 

 全身で発動する零落白夜。

 その効果は速度の上昇だけに留まらない。

 それもそうだろう。

 ただ、発揮する速度が上がっただけでは、劣勢を覆し、自身を有利な状況に導くことなど不可能だ。

 それは千冬とて同じこと。

 上がったのは、最高速だけではない。

 その速度を発揮するのに要する時間。

 すなわち、加速の上昇。

 それこそが零落白夜の発動に伴い上昇した能力の肝であった。

 

 ――加速の上昇は駆け引きの精度を上げる。

 

 駆け引き。

 それに必要なのは現状を把握と把握した現状への対処である。

 その為に、二人は今、限界を超えた洞察力を発揮している。

 相手の動きの裏にある隙を見つける為に。

 しかし、どれほど相手を観察し、取るべき策を見出してもなお、足りないものがある。

 意思を現実のものとする為のタイムラグ。

 自身の意思を現実のものへとするには、当然行動というプロセスを取る必要がある。

 そのプロセスに費やす時間は短ければ短いほど良い。

 では、短くする為にはどうすれば良いのか。

 方法はある。

 速度を上げることである。

 しかも、それは加速に時間をかける鈍重極まりない、鈍い速度ではない。

 もっと即応的な、術者の意思に感応し、即座に必要な速力を発揮する、鋭い速度である。

 

 ――大晃、貴様は焦っている。私のこの速度に……。

 

 だから、大晃の動きに綻びが生まれている。

 千冬の手に入れた速度は、大晃のものよりもずっと素早く意思を顕現させる、加速を含んでいる。

 だから、大晃は攻勢に出ている。

 正確には、攻勢に出ざるを得ない。

 何故なら、大晃は長所を潰されている。

 安城大晃。

 素手で闘うこの男の最大の長所は腕力でも、最高速度でも、増してや頑強さでもない。

 それらの相乗効果は大晃の戦力を莫大なものとしているが、しかし、強さの核ではない。

 大晃の最大の長所。

 それは状況に対する反応である。

 戦闘者は絶えず選択する。

 どのように攻めるべきか?

 どのように守るべきか?

 どのように避けるべきか?

 攻、守、回避、を選ぶ。

 方法を決める。

 それらを組み合わせる。

 選ぶべき無数の物事。

 闘いで無限に訪れる選択と、そこから枝分かれして広がり絡まり合う戦況は、もはや一人の人間が見通せないほどに遠大なものだ。

 だが、大晃はそれでもなお、選択してみせた。

 よりよい選択を、絶対に負けない選択を。

 だれよりも速く。

 そう今の今までは――。

 

 ――そうだ、今の私は貴様よりも速い。

 

 動作の完了を待たずに、次の動作を始動させる。

 流れを断ち切るから、動きに淀みが生まれる。

 動きの分断。

 それこそが淀みの原因。

 動作と動作の連なりを破壊するように、断ち切るように、千冬は動作の合間に割り込んだのだ。

 零落白夜によって手に入れた速度。

 それはこの闘いを変えた。

 その速度の振り幅は大晃のそれよりも大きく、変化の速度も同様に素早い。

 今まで、誰よりも速く敵を制してきた安城大晃。

 その反応が潰されている。

 例え、大晃が同時に動作したとしても、動作の完了は千冬の方が速いのだ。

 その速さを生かして、千冬は大晃の動作を途中で切り上げさせたのである。

 

 ――しかし、油断はできない。貴様はその程度のことで折れるような人間じゃない。

 

 千冬は警戒を強める。

 思い出すのは、大晃が過去に乗り越えてきた困難の数々だ。

 特に無手との闘いは記憶に新しい。

 自身の愛機『無手』と大晃は闘った。

 その結果、一時は身体が痩せ細りミイラになるまで衰弱してしまった。

 だが、それでも、大晃は諦めていなかった。

 最終的に大晃は無手に勝利した。

 自身の苦境も何もかもをも利用した故の勝利であった。

 その一ヶ月以上も続いた闘いを一番間近で見ていたのが、千冬である。

 だから、千冬は知っている。

 大晃がとんでもない手で逆襲してくる、と。

 

 ――今、私は優位に立っている。それが妙だ。

 

 もはや、二人の差は目に見えたものになり始めている。

 大晃の装甲には、黒こげたような跡が付いている。

 零落白夜。

 その光刃がかすった傷であった。

 流石の零落白夜も直撃しなければ一撃必殺とはならないのだろう。

 その黒い痣は無手の装甲にいくつも付いているが、大晃はまだまだ戦闘可能な状況であった。

 無論、大晃が不利である状況に変わりはない。

 大晃はギリギリで零落白夜を避けているのだ。

 しかし、千冬は自身の優位を素直に受け止められずにいた。

 まだ、何かあると思っていた。

 千冬がもっとも注意しているのは、大晃の能力ではない。

 その人格である。

 普通の人間ならば、マイナスの事象としてしか扱わないものを、この男はたいらげて糧にしてしまうのである。

 安城大晃とはつまるところそういう男なのだ。

 だから、警戒している。

 この追い詰められた状況下でもなお逆転の布石を打っているはずであった。

 

 ――現に未だに、私は大晃を仕留めていない。

 

 何度も、何度も、大晃は零落白夜をその身に受ける危機を脱している。

 それは逆に、千冬が何度も大晃を仕留め損なっている、ということでもあった。

 零落白夜をギリギリで回避する。

 その生と死の狭間をさまようような行為の裏には何らかの意図があるに違いなかった。

 何かを仕掛ける為の布石を今も打ち続けているのか?

 あるいはそう思わせることで、こちらを前のめりにするのが目的なのか?

 千冬にはその意図が分からない。

 ただ、優位な状況を貪るだけでは負けてしまう。

 それは確実だと思えた。

 

 ――こいつは零落白夜を調べている。

 

 極限にまで達したやり取りの最中、千冬の無意識的な領域が思考を組み立て始めていた。

 大晃の巧みな回避はやはり意図してのものだ。

 音速をはるかに超えた闘い。

 数キロの間合いを刹那で詰める者同士の超超高速戦闘。

 その中で、零落白夜をギリギリまで引きつけて回避する、大晃のセンスは凄まじく、それ以上の作為がある。

 恐らく、大晃は調べている。

 正確には零落白夜の一撃必殺が発動する効果範囲を調べている。

 大晃が反撃に出るにしても、零落白夜の効果範囲を知るのと知らないとでは大きな違うがある。

 だから、敢えて零落白夜を引き付けた。

 知る為に。

 勝つ為に。

 殺意に塗れた零落白夜を――。

 無論、それは大晃に余裕があることを意味している訳ではなかった。

 依然として、大晃が窮地に追い込まれていることに変わりはないし、千冬が駆け引きでも優位に立っている。

 その不利な状況でもなお、何かを得ようとする大晃の姿に、千冬は貪欲さを感じた。

 勝利への布石を打ちながらも、それと感じさせない大晃の動き。

 焦りにかまけて強引に攻め入り、その結果、零落白夜をギリギリ回避する羽目になったのではない。

 攻めることでこちらの攻めを最小限にし、最小限の回避により自らの攻めを最大化した上で更に零落白夜の効果範囲を調べる。

 動きに生じた焦りの感情も淀みも嘘ではないにも関わらず、洗練された立ち回り。

 そこにあるのはもはや貪欲を超えた、完璧であった。

 不完全性を纏ってもなお、完全性を纏う大晃を評する言葉はそれ以外にない。

 

 ――しかし、限界はある。動きに生じた淀みこそがその証明だ。

 

 だから、千冬は焦らない。

 動きの淀みの先にあるであろう、決定的な隙を、そうあるべく誘い出す。 

 数え切れない合数を経て、それはやってきた。

 右のストレート。

 真っ直ぐな拳だ。

 大晃の人格そのままの拳だった。

 見事であった。

 しかし、甘い。

 この場で出すべき、拳ではない。

 拳よりも速く剣が到達する。

 千冬はそれ見抜いて、零落白夜を振り切った。

 肉を切り裂いた。

 そして――。

 

 

 

 

「もう、いいよ」

 

 誰かが言っていた。

 さっきまであった興奮の渦が無くなっていた。

 観客は静まり返り、モニターの前の視聴者は冷や汗を流している。

 口々に出していた。

 

「どうして、こんなになるまでやるんだよ?」

「もう、止めてくれ」

「誰か止めろよ……」

 

 熱狂が、潮が引いたかのように冷めていく。

 何かが起こっていた。

 世界を包み込んでいた興奮が冷めるほどの事態が起こっていた。

 闘いが世界を興奮させていたのならば、その興奮を抑えるのも闘い以外にありえない。

 それは安城大晃と織斑千冬の闘いが齎したものだった。

 

 観客たちの肉眼にその闘いは映らない。

 ただ、それでも闘いを詳細に伝える映像というものはある。

 世界の技術の粋を集めたハイテク機器。

 ハイスピードカメラ、数十台がその闘いをつぶさに観察していた。

 その映像は観客の持つ端末に、アリーナの大画面に転送される。

 そこには想像を絶した光景があった。

 

「大晃が斬られている!」

 

 一瞬。

 わずか一コマの中に、千冬の零落白夜が大晃の胴体に潜り込む、映像があった。

 わずかな強者を除いてその映像は視認されなかった。

 だが、対角線上に斬られたであろう胸の傷が気づかれないはずがない。

 無手の装甲は瞬時に閉じているが、しかし、付近に接着した赤黒い汚れはその傷の深さをいやでも想像させる。

 確かに、零落白夜は大晃を切っていた。

 

「何で、試合が終わらないんだよ!」

「絶対防御が発動しているはずだろう!」

 

 観客の疑問も当然だった。

 ISの試合は機体の持つエネルギーの多寡がルールの基準となっている。

 危険領域と呼ばれる状態に持ち込みさえすれば、勝ちとなるのである。

 エネルギーをより多く消費させるためには手っ取り早い方法がある。

 絶対防御。

 莫大なエネルギーの消費と引き換えに搭乗者の生命を守る機構がある。

 それを発動させればまず間違いなく試合に勝つことができるのであった。

 大晃が負った傷は、深い。

 本人がどう思っていようが、ISが自動的に絶対防御を発動しなければならない深手である。

 本来ならば絶対防御によるエネルギーの消費で、決着がついている展開であった。

 それなのに、絶対防御が発動している気配はない。

 

「……絶対防御を意識的に切っているな。本来なら、出来るはずもないが」

 

 アリーシャを含んだ、ISの玄人たちは見抜いていた。

 本来、絶対防御のオンとオフの制御は誰にもできないものだった。

 だが、そう考えるのが自然であった。

 絶対防御は発動しなかったのではない。

 絶対防御の発動が意図的に抑えられていたのだ。

 だから、闘いは続いている。

 大晃は胸に傷を負ったものの、依然として戦意を落としてはいない。

 

「もう、誰もこの闘いを止めることができない」

 

 アリーシャは観客に言い聞かせるように言葉を発している。

 そうだ。

 普通なら、試合はもう終わっている。

 だが、現実には試合は終わっていない。

 理由はいくつかあった。

 まず、現実にルールの問題がある。

 ルールが想定しているのは、絶対防御を前提としたエネルギーの多寡による判定を基とした決着である。

 しかし、今の二人にエネルギーの著しい消費はない。

 まだまだ、闘うのには十分な力を二人は残している。

 大晃の深手は試合を止める理由としては少し弱い。

 今まで、公式試合で選手が深手を負った事故はないし、ルール上の規定もない。

 本人が闘いを続けている以上、続行させるしかないのである。

 違反行為を理由に試合を一度、中断することはできたかもしれない。

 織斑千冬がアラスカ条約に反する武器を使用した。

 だから、安城大晃は絶対防御に守られなかった、という難癖をつける。

 織斑千冬に使われている武器をチェックするという名目で中断し、ついでに、安城大晃の機体に不備がないかを確認する。

 そうするべきかもしれなかった。

 これ以上試合がエスカレートすれば大晃の生命はおろか千冬だって危なくなるかもしれない。

 絶対防御を切っているのが、大晃だけとも限らないのである。

 

 運営はヘビに睨まれたカエルのように動けない。

 彼らは知っているのである。

 今、闘っている二人は世界の頂点に位置する実力者だ。

 力で叶うものなどこの世にはいない。

 組織。

 国家。

 国家の連帯。

 ISの名手であってすらも、二人を前にすれば見劣りする。

 そんな二人の闘いを止めようにも、そんな力はどこにもない。

 まだ、大国同士の戦争に割って入る方が、現実的なレベルであった。

 

「まだ、決着には程遠い。大晃の一撃も、千冬の顎を掠めているのサ」

 

 そして、大晃は一方的に深手を負ったわけではない。

 千冬の顎にも拳がいい角度で入っていた。

 零落白夜により威力は減衰していたが、それは千冬の意識を揺らすには十分な一撃であった。

 ならば、まだ、勝負の行方は分からない。

 千冬はこれから、朦朧とする意識の中で、大晃の反撃をしのがなければならないのだから。

 

 

 

 ああ、何だ。

 今、私は何をしているんだ。

 拳か。

 剣か。

 私が何の武器だ?

 武器が私か?

 分からない。

 拳が煌めいたんだ。

 綺麗だった。

 そう思った。

 いや、そうはっきりと思う間もなかったし、言語として意識した思考ではなかった。

 ただ、拳が肉で、肉が拳で、血が綺麗で、感触が拳で、肉が拳で、滴り落ちる剣の上が血で。

 あれ?

 思考がおかしい。

 何だろう。

 そうだ、だんだん、はっきりしてきた。

 あれは拳だった。

 真っ直ぐに伸びてくる拳だった。

 素早い見事な拳だった。

 だが、それでも、私の方が速かった。

 先に大晃を斬った。

 刃が肉に潜り込む感触が気持ち良かった。

 勝ったと思った。

 なのに、こいつはやめなかった。

 そのまま、拳を叩き込んできた。

 先に零落白夜を当てていたから、拳の威力が落ちて意識が朦朧としているだけで済んだのだ。

 もし、拳が先に当たってたら、そこで試合は終わっていたに違いない。

 凄い男だと思った。

 この安城大晃が、だ。

 絶対防御が発動しない。

 何故か?

 この男が意図的に絶対防御の設定を切っているからだ。

 だから、絶対防御は発動せず、闘いの終了のブザーはならないのだ。

 もともと、それを決着にするつもりはない。

 ルール上の制約など関係なく、零落白夜で絶対防御ごと大晃を叩き斬ってやるつもりだった。

 いや、違う。

 そもそも、この闘いは残エネルギーによって決まるものではない。

 安城大晃も、私も、一撃必殺を持っている。

 例え、絶対防御を発動させたとしても、致命傷を与える攻撃力を互いに持っている。

 そんな私たちが闘うのだ。

 絶対防御があっても、なくても当たれば直接的なダメージを受ける。

 それは確定事項なのだ。

 だから、絶対防御に意味などない。

 どのみち当たれば、肉体にダメージがいくのだから。

 そして、この男は、エネルギーの消耗による決着を望まなかった。

 

 現に、この男は深手を負ってまで私を倒そうとしている。

 恐らく、零落白夜の間合いを見切っていた。

 深手を負いつつも、戦闘が続行なダメージで済むように踏む込みを調整していたのである。

 

 今まで、出会ったことのないタイプの対戦相手であった。

 いや、一人いた。

 右腕を斬られても、なお、闘おうとした女が一人いたのではないか?

 アリーシャ・ジョセスターフ。

 あれも凄い女だった。

 ただ、惜しむらくは、そこで力尽きてしまったことだ。

 ISは未だに発展途上でもある。

 あのとき、今ほどに技術が発達していれば結果が違ったかもしれない。

 そう思うと、凄く惜しい気分になる。

 アーリィ。

 お前ともこういう闘いをしたかった。

 山田真耶もそんなタイプだったかもしれない。

 静かな、それでいて、強い意志で世界最強を目指すあの女はこういう闘いでこそ持ち味を発揮するのかもしれない。

 ああ。

 何を考えていた?

 そうだ、凌がなくては。

 今、こいつは勢いに乗って仕掛けてきている。

 私の意識が朦朧としている内に決着を付ける気らしい。

 大晃の方が深いダメージを負っているが、私の脳は今揺れている。

 痛みならば我慢できるが、脳へのダメージは我慢しようがない。

 そうなると、私の方が不利だ。

 ならば、私は負けるのか?

 

 千冬の口元が凶暴に歪んだ。

 

 そうはいくか。

 まだ、まだ、これからじゃないか。

 やっていないことが、まだいっぱいあるんだ。

 貴様もまだまだ、私のことを知りたいはずだ。

 だから、負けてやるものか。

 勝つ。

 勝ってやる。

 そうでなければ、今まで、私に負けてきた連中に申し訳がない。

 だから何だこの締め上げてくる腕はまだ邪魔だ終わっていないこの姿勢からの返し技はない、否ある、だからひとつだけ――。

 もっと、闘わせろ。

 

 混濁する意識の中で千冬が刃を突き立てた。

 胴体に向けて。

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