超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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7話、中国乙女の想い

 二組に凰鈴音が転入することは翌日にはもう噂になっていた。

 名前こそ広まってはいないが、中国の代表候補生だということまでは正確に伝えていた。

 

「わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」

 

 胸を張ったセシリアは腰に手を当てている。

 このような動作に育ちの良さが現れている。

 自意識過剰とも言える台詞が似合うのは貴族としての自負を本人が強く持っているからだろう。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?」

 

 騒ぐことはあるまい、と言う言葉とは裏腹に興味を持っていると言わんばかりに箒は会話に混ざっていた。

 この中途半端な時期に一人の少女が学校に入ってくるというのは珍しいことでもある。

 IS学園ではその傾向がより強いので、箒が興味を持つのは仕方がないことでもあった。

 

「どんな奴なんだろうな」

 

 一夏はその少女がどうしてこの時期にやって来たか、だけではなくどういう人間なのかにも興味を持っている様だ。

 

「俺も気になっているんだ」

「大晃。貴様もか」

 

 大晃はいつもと同じように佇んでいた。

 少女たちを花に喩えるなら、それは岩であった。

 言葉を岩に投げかける。

 大晃と話すと時折そんな気分を箒は味わうのだ。

 そして、それは大晃と話した人間が一度は感じる感覚でもあった。

 

「いやなぁ。ひょっとしたらそいつはクラス代表になるかもしれないと思ってな」

「確かに。専用機を持っているのだとしたら、あり得ることだな」

 

 箒と大晃は一人の少女の顔を覗き込んだ。

 その少女が噂話を持ちかけてきたのである。

 

「いやいや、そこまでは知らないよ。だから、そんな眼で見るのはやめて!」

 

 二人の眼には独特の力が宿っている。

 少女はその視線に気が付き、寸でのところで悲鳴を飲み込んだ。

 慌てて首を振って、否定した。

 

「専用機を相手に闘わないといけないかもしれないってことなのか?」

「……十分にあり得ることですわね」

 

 一夏が重く、セシリアは深く声を出す。

 クラス対抗戦では一組と二組が最初に当たる。

 その転入生が専用機持ちであるのなら、汎用機で闘う二組の代表が変わる可能性もあった。

 

 

 

「――鋭いのね」

 

 教室の入り口。

 聞き覚えがあったのだろう。

 一夏がすぐさま反応した。

 

「二組も専用機持ちが代表になったのよ」

 

 噂の人物、凰鈴音がそこに立っていた。

 大晃が嬉しそうな顔をして、鈴に問いを投げた。

 

「宣戦布告に来たのかい?」

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音があなたたちの次の相手よ。簡単に優勝できるとは思わないで頂戴」

 

 鈴音はふっと笑みを浮かべて、胸を張る。

 ツインテールを揺らして誇らしげに立っていた。

 

「……まさか、鈴。お前だったとはな」

「知っているのか!」

 

 箒の声には戸惑いがあった。

 心なしか不機嫌そうに見える。

 逆に鈴は気を良くしたように、ふふんと鼻を鳴らす。

 だが、そんな二人の様子に気が付いた様子は一夏には無く、ただただ驚きの感情を吐き出した。

 

「ああ、箒がいなくなってからできた友達だよ。幼馴染のようなもんか……」

 

 一夏の言葉で箒が口を噛み締めた。

 心なしか鈴音、一夏曰く鈴も表情が消えている。

 ぎりぎりと歯を喰いしばる音が二人から響く。

 『友達』。

 その言葉が二人の心に重くのしかかったのだ。

 

「へえ、どういうこと、一夏?」

「ああ、私も詳しく聞きたいな……」

「うーん。今言ったままなんだけどなぁ」

 

 一夏は困った顔をする。

 二人の言葉に含まれている棘に気が付いていないようで、首をかしげて考え込んでいる。

 そんな一夏に募る二人の苛立ちは打ち切られることになった。

 

「道の真ん中で何をやっている」

「何よ!」

 

 鈴が振り返った先には、織斑千冬が居た。

 鈴の返答に気に入らないものがあったのか、不機嫌な顔をしている。

 対照的に鈴の顔色はどんどん悪くなる。

 

「良い態度だな」

 

 出席簿の一撃が鈴音に放たれ、小気味良い音を立てる。

 

「ショートホームルームの時間だ。教室に戻れ」

「は……、はい。一夏また後で来るから、逃げないでよ!」

 

 千冬の眼光に負けた鈴音はその台詞を置いて、自分の戻っていった。

 箒だけがその背に強い視線を向けていた。

 

「ああ、そうだ」

「どうしたんだ? 大晃」

 

 ショートホームルームが始まる直前であった。

 大晃が何かを思い出したように声を上げた。

 

「昼休みは付き合えないぜ」

 

 ちょっと用事があってな、と大晃が告げると同時にショートホームルームが始まった。

 

 

 

 

 

 鳳鈴音は恋する乙女である。

 相手は織斑一夏だ。

 

 昼は食堂で待ち伏せをした。

 一夏と昼食を共にする為である。

 一夏に会うことはできたし、そこまでは良かった。

 問題はその先であった。

 

「箒がいなくなってからできた幼馴染だよ。一年前に中国に引っ越したんだけどな」

 

 鈴と一夏の関係を箒とセシリアに説明する一幕。

 一夏から出て来た、台詞がよりにもよってこれであった。

 仲の良い友達なら普通である。

 しかし、鈴が望んでいたのはそうではない。

 恋人とまでは言わないが、せめて女の子として扱って欲しかった。

 一夏の台詞は鈴に対する好意が含まれてはいたが、それは友達としての感情であることははっきりとしている。

 

「まあ、知ってたけどさ」

 

 それでも、鈴は気を取り直す。

 何故なら、そんなことは既に分かっていたことだからだ。

 女から好かれる癖して、色恋に興味がない。

 一夏がそういう人間だと、鈴は知っているし、いちいち気にしていたらきりがない。

 それよりも、これからどう興味を持たせるのかが重要だと、鈴は気合を入れた。

 

「ところでさ、放課後空いてる? 積もる話もあるでしょう?」

 

 一夏がIS学園に入学してからどんなことがあったのか。

 鈴がこの一年、代表候補生になる為にどんな生活をしてきたのか。

 訊きたいこともいっぱいあったし、話したいこともいっぱいあった。

 場所は何処でもいいから腰を落ち着けて話をしたい。

 そんな鈴の想いを邪魔する人間が今ここにはいた。

 

「あいにくだが、一夏は私とISの訓練をするのだ。放課後は埋まっている」

 

 毅然とした声の主は箒であった。

 睨みつけると言うほどではないが、鈴をに向ける眼の奥には間違いなく鈴への敵意がある。

 鈴はその奥にある感情を嗅ぎ取った。

 

 ――この女も一夏に惚れているのか。

 

 鈴もまた警戒して箒に顔を向けた。

 

「そうですわね。専用気持ちを相手にするのですから、一日たりとも無駄にはできませんわ」

 

 セシリアも箒と同じ主張をするがそちらは気にならなかった。

 きっと一夏に惚れているわけではないのだろう、と鈴は当たりをつける。

 

 結局、練習後、一方的に会いに行くと鈴は宣言して一夏たちと別れた。

 

 

 

 そして、放課後。

 鈴は衝撃の事実を聞いた。

 

 一夏と箒が同じ部屋で暮らしているのだという。

 

「幼馴染の方が気楽でいい」

 

 鈴に詰め寄られた一夏の言葉は出鱈目であった。

 もし幼馴染だとして、相手が女の子であるのなら一緒に暮らすときのハードルは高いはずである。

 

「幼馴染だったら良いのね!」

 

 そう屁理屈をこねて鈴は一夏の部屋に押し掛ける。

 一夏と箒を二人きりにするのは危険だと、思ったのだ。

 手にしたボストンバックは鈴の身軽さであり、危機感の表れでもあった。

 

「部外者は黙っていろッ!」

「じゃあ、私は幼馴染だから関係者ね!」

 

 当然、もめることになる。

 鈴が箒を警戒しているように、箒も鈴を警戒しているのである。

 

 険悪になる空気にさすがの一夏も肝を冷やす。

 二人の間で飛んでいるのが言葉でだけで済んでいるのが、奇跡に思えるほどの寒けであった。

 

 ――剛ッ!

 

 濃密な気配。

 物理的な存在感を持ったそれが鈴の背中に叩きつけられた。

 誰かが鈴の背後に居た。

 

 背から震えが湧き上がる。

 表面を伝い全身を覆い隠すのは時間の問題だった。

 その前に動かねばならない。

 鈴の決断は速かった。

 

「おらぁッ!」

 

 左の裏拳が背後にいる何者かに向かう。

 左手にはISが部分展開されていた。

 その拳が対象に当たるまでの数瞬、鈴の心を後悔の念が奔った

 部分展開とは言え超兵器ISでの一撃。

 良くて重症、悪くすれば死亡は免れない。

 もしかしたら、自分は人を殺してしまうかもしれない、と。

 既に放たれた拳を止める術は無く、当たった拳が轟音を上げる。

 

「――ッ!?」

 

 声が自然と口から流れ出す。

 拳に走った感覚。

 それは人のものではなかった。

 

 例えるならば、高層ビルほどもある重機。

 その重機を支えなおかつ駆動してみせる強度と柔らかさを併せ持つタイヤ。

 そこに拳を打ち込んだかのような――。

 

 一体自分は何に拳を打ち込んでしまったのか?

 確認するために鈴はそこに立っていた人物を確かめた。

 男であった。

 鈴よりも高い位置にある顔には、微笑が浮かんでいる。

 その顔を支えるのは岩のような肉体。

 

「――安城大晃」

 

 鈴は彼のことを知ってはいた。

 ビデオでその闘いを一度目にしている。

 まさに怪物の闘いをする男であった。

 

「何のつもりよ?」

 

 強烈な殺気。

 相手が代表候補生であれば反撃されることは容易に想像がつくはずである。

 

「お前さんがどの程度のものか知りたくてな」

 

 その大晃の答えに納得するはずも無く、鈴は構えている。

 鈴のISは近接パワータイプであり、拳の威力は特殊合金の壁を凹ませるほど。

 もし壁に当てていたのなら、部屋全体が震えていただろう。

 それほどの攻撃を喰らわせておいて何もないとは思えなかったのだ。

 ただ、それが杞憂だということはすぐに分かった。

 

「俺に気が付いてから、即ISを部分展開した上で裏拳の一撃……」

 

 大晃の言葉には、鈴に対する敵愾心は微塵も見られない。

 

「全展開、部分展開に関わらずISの展開は集中のプロセスを経る。

 その中で大きな障害になるのは、別のことに意識を割くこと」

 

 声が低く響き、先ほどの出来事が反芻される。

 

「体重を乗せた一撃を放ちながら、ISを展開するには相応の技量が必要だ」

 

 好みの味を口の中で転がすように、大晃の顔は熱を帯びている。

 

「良いIS操縦者だ……、そうかお前さんみたいなのと一夏はやれるわけだ」

 

 大晃が鈴の瞳を見通すかのようにして、笑う。

 

「羨ましい男だ」

 

 一夏にクラス代表を譲ったのは大晃自身である。

 だが、闘いを楽しむこの男がクラス対抗戦に興味が無いなどとは考えられないことであり――。

 だから、鈴の技量を確かめる為にここに来たのだろう。

 

「次の試合が楽しみだ」

 

 そう言って背を向けた大晃は興奮を隠す様子も無く、うきうきと歩き去っていく。

 まるで台風のような男であった。

 残された三人は呆気にとられたが、箒が一番早く立ち直った。

 

「いつまで、呆けているつもりだ。早く自分の部屋に帰るがいい」

「ええ、そうするわよ。ただ、一夏、一つ訊かせてくれない?」

 

 鈴は手を後ろで組み上目遣いで、一夏を見る。

 前屈みの姿勢とは裏腹に、跳ねてしまいそうな気配があった。

 

「なんだよ?」

「や、約束って覚えてる?」

「約束?」

「そ、転校する前にした約束だよ」

「ああ、あの時の……」

 

 記憶を探り当てただろう一夏の声に、鈴は笑顔になり、

 

「料理が上達したら毎日酢豚を奢ってあげる、っていう約束だろ」

 

 表情が消えた。

 自分の記憶力を絶賛する一夏の声など耳にも入らない様子の鈴。

 大晃に気配をぶつけられた時とは別の種類の震えが起こり、鈴の手が奔った。

 

 鞭を振ったような音が部屋に響き、一夏は頬を押さえている。

 息を呑む一夏。

 鈴の眼には涙が溜まっていたのだ。

 

 鈴は一夏の言葉を聞かず、感情を吐いて、部屋から出て行く。

 すがる様に一夏が見た箒は侮蔑の眼を一夏に向けていた。

 

 

 

 

 

 期待していたわけではなかった。

 食堂での感触では自分を女として見てはいない。

 それは色々な場面で一夏と話をした中でも感じたことだ。

 一夏の部屋に突撃した。

 そこで、ふと思ったのだ。

 もしあの約束を持ちだして、一夏の記憶に残っているのだとしたら大きなチャンスだと。

 

「毎日、私の酢豚を食べて欲しい」

 

 日本の女性の殺し文句を自分流にアレンジして、一夏と別れる間際に空港で伝えた。

 出来るだけ一夏に目を合わせて、自分の気持ちを分かって貰えますようにと、願いを込めて。

 そして、約束を覚えているらしい一夏の反応。

 自分は確かに思いを伝えることができたのだ、と。

 今までの自分を女として見ていませんよ、という態度は照れ隠しだったのだ、と。

 身体が浮き上がるような歓喜の中で恋の成就を確信した。

 

「奢ってくれるって話だろ?」

 

 鈴は最初何を言われたのか分からなかった。

 予期するには予想外すぎて、理解するには難しすぎた。

 

 少しして気づく。

 一夏にとって空港での別れ際の会話は友達との思い出に過ぎなかったのだと。

 やはり、女として全く見られていなかったのだと。

 

 あまりにも、馬鹿らしかった。

 それ以上に、虚しかった。

 鈴の胸の中に何かがぶちまけられていた。

 黒々と粘り気のあるヘドロのようなものが、こびり付いている。

 気づけば鈴は一夏に会わないようにしていた。

 一夏を見ると胸の黒い物をどうしても意識してしまうからだ。

 

 ――お父さんとお母さんもこんな気持ちだったのかな。

 

 思い出してしまうのは、離婚した両親のこと。

 中国に引っ越してから二人は別れたのであるが、それは日本に来てから誰にも伝えていないことだった。

 鈴が知る限り二人は愛し合っていたと思う。

 では、どうして二人は離婚などしてしまったのか。

 お互いを好きだと思っていたから、ではないかと鈴は思うのだ。

 好きだからこそ会いたくない自分と同じように、好きだからこそ顔を合わせたくない。

 だから、離れ離れになることを選択した。

 

 ――自分もこのまま一夏と仲直りすることはできないのかな?

 

 一夏のことは好きだ。

 今でも嫌いになることはできない。

 この感情があるからこそ今の苦しみがあるのであり、それに耐えれなくなった時――

 本当の別れが訪れるのだろう。

 しかし、同時にこの気持ちがある限り自分は一夏のことを諦めることは無いだろうとも思う。

 

 鈴は苦笑した。

 八方塞な自分が間抜けに見えたからだ。

 取りあえず鈴は考えることをやめることにした。

 あの出来事から一か月ほど経っている。

 今は授業が終わって放課後。

 

 クラス代表を務める代わりに、クラスメイト達とのIS訓練を決まった時間に行っているのだ。

 身体を動かしている間は思考に没頭することは無いので鈴にとっても都合が良かったし、

 クラスメイト達も鈴の優勝に貢献できるうえに実力を上げることができる。

 鈴は考えることから逃げるように、歩む速度を上げる。

 

「アリーナまでは距離があるなぁ」

 

 言い訳のように鈴は呟いた。

 無心で足を動かす。

 きっと、それがいけなかったのだろう。

 長い廊下。

 決して見えない距離でなかったが何も考えないようにしていた鈴は気づくのが遅れてしまった。

 

「鈴、待ってくれ!」

 

 一夏が鈴の進路を塞ぐように立ちふさがる。

 鈴はここで無視をしても良かった。

 一夏に話しかけられるのは嬉しくもあったが、苦しくもあったのだ。

 

「俺が鈴を傷つけてしまったのは悪かった。

 だから何で鈴が傷ついてしまったのか教えてくれ」

 

 一夏の言葉は真っ直ぐで、本当に心からを気にしてくれていることはすぐに分かった。

 だが、あくまで友達としてである。

 鈴を女として見ているのなら、怒っている理由などすぐに分かりそうなものである。

 怒りが湧いてきた。

 

「なんでッ、そうなのよッ……」

 

 嗚咽が口から漏れてしまうのを、鈴は止めようともしなかった。

 

「普通分かるでしょッ!なんでッ、分からないのよッ!」

 

 苦しかった。

 一夏の誠実さが。

 心から謝ろうとしているのは分かる。

 しかし、それは一夏が自分を友達だとしか思っていないと改めて宣言されたようなもので。

 

 空港での別れ際、鈴は精一杯の勇気を振り絞ったのだ。

 それは一夏の脳内では友達との会話で終わっていた。

 一夏の言葉は鈴が出した結論が現実のものであることを突きつけただけに過ぎなかった。

 それが苦しい。

 苦しみが怒りに変換されていく。

 目の前で驚いている一夏が気に入らなかった。

 

「勝負しなさい……ッ!」

「えっ……」

「理由を聞きたいなら私を倒しなさいって言ってるのよッ!」

 

 クラス対抗戦、初戦は一組と二組が当たる。

 そこで決着をつける。

 

「本気で来なさいよ……」

 

 低く唸る鈴の本心であった。

 本気で来い。

 その代わりこちらも全力で叩き潰す、と。

 

「分かったよ」

 

 一夏の顔から戸惑いは消えた。

 静かな決意を表情に出して、鈴を見つめている。

 

「やる、本気でやるよ」

 

 窓から刺す光が二人を照らした。

 

 

 

 

 

「こんな時間に何の用かな?」

 

 第2アリーナ。

 闇を押し上げるように、ライトが輝いている。

 アリーナが閉まる時間が近づいている為か、人はまばらだ。

 首を鳴らすのは安城大晃。

 大抵は一人でトレーニングをしている。

 たまに模擬戦をすることはあるが、相手は決まってセシリアである。

 だから、久々の模擬戦に胸を躍らせている様である。

 

「一夏とあんたの闘いをビデオで見てさ、あんたに相手をして貰いたいのよ」

 

 大晃を呼んだのは鈴。

 対一夏の対策を練る為にクラス代表決定戦の映像を見た。

 一夏の剣戟の鋭さには目を見張るものがあった。

 さらに、白式の武装である雪片弐型の能力――零落白夜。

 エネルギーを切り裂き一撃必殺のダメージを与える能力は厄介極まりない。

 能力発動の際にエネルギー刃を展開するのも良くない。

 刃の部分に触れただけでダメージを受けるからだ。

 

「成程、俺を一夏の物差しにしたいってことか」

 

 大晃の捌き方は参考になった。

 柄の部分を弾くことで受けるダメージを零にした。

 だが、それをどうやって再現できるかははっきりとしない。

 

 だから、一夏を完封した大晃を呼んだ。

 大晃を相手にどれほどのことができるか、実際に試してみて自分がどう闘えばいいのか。

 方針を立てる腹積もりである。

 

「嫌そうには見えないわよ」

「こういうのは大好きだからな。感謝してるよ」

 

 自然体で大晃が無手を展開する。

 一秒未満で展開した大晃に対抗して、鈴も素早くISを展開する。

 

「一夏とはどうだった?」

「私たちの間に何があったか、知ってるの?」

「一夏の野郎が泣きついて来やがったから、言ってやったよ。謝ってやれってさ。で、どうだったんだ?」

「私が泣いた理由を教えてくれだなんて、ふざけてるわよあいつ」

 

 苦い顔をしてみせる鈴。

 会話をしながら二人はPICにより、ゆっくりと上昇していく。

 

「一夏に憂さを晴らしてやりたいのか」

「うん。あなたに協力してもらわないと難しいけどね」

「いくらでも使ってくれたらいいさ」

 

 鈴の視界に収まる大晃。

 その姿が急激に膨れ上がった。

 大晃が一瞬にして距離を詰めたのだ。

 

「使えるものならね」

 

 轟音と共に繰り出される拳。

 鈴は手に持つ武器で拳を受け止めた。

 棒の両端に刃物が付いている独特の形状。

 そこに大晃は拳を押し付けている。

 圧倒的な力。

 押し潰すが如き巨大な力。

 

 くるり――。

 

 その力に鈴は逆らわない。

 大晃を引き込むようにして回転を始める。

 身体を貫く軸があるかのように、ぶれない。

 双天牙月、鈴の持つその武器の特徴は両端の刃。

 扱う際は回転が肝になる。

 その特性上一回転で二撃、斬撃が叩き込まれる。

 

 ぐるん――。

 

 鈴の回転が増す。

 音が重くなり、切り裂かれる大気が鈍く鳴る。

 双天牙月の重く丈夫な刃が大晃を襲う。

 上中下に振り分けるられたそれが横から今まさに――。

 

 当たらない。

 

 全ての刃が触れることさえできない。

 PICによる体捌きのみで避けている。

 この程度では拳を使うまでも無い。

 

 そう言っている様であった。

 

 まさに怪物。

 しかし、これを相手にしてなお一夏は諦めなかった。

 

 だったら、私だって――。

 

 一夏にできるのなら、と鈴は力を込める。

 回転数は変わらない。

 しかし、鈴の回転の軸がぐるりと回る。

 

 刃が左右ではなく上からも、下からも襲い来る。

 より不規則に、より規則性が無い、嵐のような剣戟。

 

 しばらくの間避けることのみをしていた大晃。

 その拳が放たれる。

 

 双天月牙に大晃の拳が触れ――、

 大きな力がそこに生まれた。

 

 力は鈴の想定をはるかに超えていた。

 力に従うように弾き飛ばされる双天月牙。

 鈴は退く。

 武器に合わせて回転し、後退し、自身を運動の起点にすることで流れを止めない。

 

 大晃は追いながら打ち込み、鈴は退きながら迎撃する。

 

 ――こんなの相手に一夏は打ち合えたのッ!?

 

 武器とは命綱に他ならない。

 拳より長い射程が鈴を助ける。

 しかし、命綱に固執してはいけない。

 握るという行為が力の流れに濁りを生むのだ。

 

 一夏はPICを使って力を制御した。

 武器に、腕に力を掛けることで体力の消耗を防ぎ、力を理想的に流していた。

 だが、鈴にそれはできない。

 武器に合せて位置を変え、振う。

 確かに技量は高い。

 だが、力に流されているだけだ。

 

 今、鈴は上下左右への移動を封じられている。

 出来ることは後退だけだが、そうなると真っ直ぐ下がり続けることになる。

 

 川に浮かぶ笹船がその流れに逆らえぬように、鈴も大晃という力に逆らえないでいた。

 

 このままでは断崖絶壁に押し潰されることは明白であった。

 

「――ッ!?」

 

 突如響く爆音に、何かを避けるような大晃の動き、不可視の『何か』。

 鈴は大晃から距離を取る。

 

「勘が良いのね」

 

 勘だけではない。

 発射してからの反応も異常に速い。

 面白い、と鈴は思う。

 

「今度はこちらから――」

「いや」

 

 どう攻めるか。

 大晃の力に対応する中で全ての能力を駆使し、次第に熱くなる鈴を大晃が遮る。

 意外そうな鈴の前で大晃は困ったように頬を掻いた。

 

「これ以上はお前さんが無事に試合に出られる保証ができない」

「まだまだでしょ。この程度で終わりってわけ」

「駄目だ。歯止めが利かなくなる。そうなったらあんたも無傷じゃ済まないよ。

 一夏を推薦した俺が試合に泥を塗りたくはないのさ」

 

 闘いが長引けば試合に影響がでる可能性もある。

 一夏にクラス代表を譲った大晃としても、それは避けたいことであった。

 

 鈴としてもこの闘いで得るものはあった。

 ここで闘いを中断することに不満は無い……はずであった。

 

 闘いへの欲求がある。

 一夏との試合を蔑ろにしているのではなく、ここで闘うのをやめるのが少しもったいないような感覚。

 

「おいおい、そんな眼をしても今日は駄目だ。諦めることだ」

 

 見透かすような大晃の台詞に鈴は黙っている。

 身体の中にある欲求に折り合いをつけるように息を吐いた。

 

「そうね。付き合ってくれてありがと」

「またいつでも使ってくれ」

 

 大晃が笑う。

 鈴はそれを見て、一夏が何故大晃と仲良くしているのか分かった気がした。

 

 

 

 

 

 試合場――アリーナで鈴と一夏は向かい合っていた。

 "白式"を身に纏う一夏、"甲龍"を唸らせる鈴。

 

 あれから、二人はそれぞれが対策を練りここに居た。

 一夏には迷いは無い。

 鈴の反応には参っていたがそれで手加減をする気はない。

 むしろ、闘いの場で顔を合わせると鈴に対する負い目は無くなっていく。

 

 綺麗ね――。

 鈴はそんな一夏に見惚れてしまう。

 瞳の中にある光はIS学園に来て最初に目撃したものと同じ。

 違うことと言えば、その光が宿った視線が鈴を貫いていること。

 

 この光が自分だけを向いている事実。

 ここでこうしているだけで自分は報われているんじゃないのか?

 鈴はそう考えてしまう。

 

「鈴」

「何よ?」

「手加減しないからな」

「……当り前じゃない」

 

 真っ直ぐな眼をした一夏の台詞。

 普段ならペースを崩されるような一言だったのに、心は静かだ。

 

 怒りはまだ残っている、と鈴は安堵する。

 一夏に魅了されようと、心にこびり付いたヘドロが消えるわけではない。

 良かった、これで全部ぶつけることができる。

 鈴の顔が獰猛になっていく。

 

「しかし、意外だったな」

「あいつが来ないなんてね」

 

 安城大晃。

 この闘いをお膳立てし、楽しみにしていた男。

 観客席にその姿がなかった。

 

 どうやらIS関連企業――、外部から来た人間とちょっとした話があるらしい。

 それにしてもなんで今なのか、と二人は思わないでもない。

 が、それは頭から追い出す。

 今はそんな場合ではない。

 

「まあ、仕方がないさ。さあ始めようぜ!」

「私の怒りを思い知りなさい!」

 

 始まりの合図まであとわずか。

 二人は意識を集中させる。

 ブザーが鳴った。

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