超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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79話、愚かの証明

「……え?」

 

 束の声が震えていた。

 ずっと、耐えていた。

 千冬の憎悪も、苦境も、耐えながら闘いを見ていた。

 だが、闘いはついに束が堪えることのできるレベルを超えていた。

 誰もが予想のつかない展開を迎えていた。

 

「馬鹿野郎……ッ」

 

 一夏が観客席で歯を噛んだ。

 その凶行に怒りさえ感じていた。

 そして、誰しもが恐怖を感じていた。

 観客席は静まり返っている。

 悲鳴さえもない。

 ただ、食い入るようにそれを見る以外になかった。

 

「ああ、そうか、そうだよな。お前はそこまでする奴だったよなぁ……」

 

 解説席のアリーシャはしみじみと言った。

 その視線の先には、大晃と千冬の二人がいた。

 二人は密着していた。

 大晃が千冬を後ろから、締め上げていた。

 その両の腕の間には千冬の首があった。

 はだか締め。

 外す技がないそれは、ISの公式戦史上、使用された例のない技だった。

 ISの近接戦闘で使うにしても、その技の間合いは狭すぎるのである。

 ただ、使用例は無くとも、決まれば有効な技であることに間違いはなかった。

 ISを纏っていても、人体は人体。

 脳に酸素が回らなければ活動できない。

 頚動脈を抑えて血の巡りを封じるこの技の有効性はISの黎明期から指摘されていた。

 そのはだか締めが決まっていた。

 それに対する有効な武装は、千冬の装備にはなかった。

 剣では背後の敵を斬れない。

 仮に斬れたとしても、大晃の頑強さを突破できるほどの威力を発揮できるかは怪しい。

 打つ手なし。

 この技が決まった瞬間、会場が湧いた。

 誰もが決着だと思っていた。

 アリーシャを含む、玄人たちの見解もそうだった。

 

「まさか、自分に刃を突き立てるとは……」

 

 千冬は己の身体に刀を突き入れていた。

 背から飛び出した刃は大晃さえも貫き――。

 今、二人は一本の刀で繋がっていた。

 

 

 

 

 

「ぬぅ……ッ」

 

 歯を喰いしばっていた。

 痛い。

 それが男を支配している感情だった。

 零落白夜。

 それが身体を貫いているのである。

 痛くないわけがない。

 内臓をじかに焼かれるような痛みを想起したがそれさえも、生易しい例えだ、男は思った。

 零落白夜の纏うエネルギーが内臓に直接叩き込まれているのである。

 大きくて鮮明な痛みは、通常なら耐えられる次元にない痛みであった。

 

「ぐぁ……ッ」

 

 女も顎に力を入れていた。

 歯がひび割れるほどの力だった。

 痛みに何も考えられなかった。

 もともと、無茶だった。

 零落白夜を自らの腹に突き立てるなど、狂気の沙汰だった。

 現に今、女は愚かなことをした、と思っている。

 痛みが朦朧としていた意識を覚醒させたが、否応なしに奪ってくる痛苦に、女は支配されていた。

 

 ――だが。

 ――まだだ。

 

 それなのに。

 考えることすら放棄させる痛みが襲っているのにも関わらず、二人は耐えた。

 大晃は全身を千冬に密着させて、動きを封じる。

 両腕に力を込めたを一切緩めずに、首を締め続けた。

 千冬もまた全身に力を込めた。

 後ろから攻めてくる大晃から逃れるように前へ前へ。

 拮抗していた。

 大晃は辛うじて千冬を抑えつけている。

 後わずかの所で、千冬は封じられている。

 しかし、その拮抗は長くは続かない。

 千冬が気を失うまで、後、僅か。

 

 

 

 

 

 泥の中でもがくように二人がもみ合っていた。

 片方は身体を押し付けて、もう片方は相手を引き剥がそうとしている。

 どちらも酷い様子だった。

 千冬は腹に零落白夜を突っ込んでいる。

 比喩ではなく本当に腹を零落白夜が貫いているのである。

 血が柄を握りしめる千冬の手を伝って落ちる。

 ポタポタと、血が流れ続けている。

 大晃はもっと酷い。

 胴体にはついさっき付いたばかりの深い切り傷がある。

 そればかりか、千冬の首を後ろから締めているから、零落白夜が腹を通っている。

 千冬と同等か、それ以上の血が滴り落ちている。

 二人がもみ合い擦れ合うごとに、互いの身体に互いの血がなすりつけられていく。

 だから、二人とも血まみれであった。

 そして、観客席は沈黙していた。

 突如として、発生した泥仕合の様相にどう反応すればいいのか分からなかった。

 あるいは、それが何であるのかさえ分からない。

 今、二人が競っているのは高度な技術でも、力でもない。

 千冬は痛みに耐えて零落白夜を自らに突き刺している。

 大晃は痛みに耐えて零落白夜に自らを晒している。

 その行為はただ我慢比べにしかすぎない。

 相手を遠ざけようとする力と相手を引き込もうとする力の大きさは尋常なものではない。

 想像絶する膂力の拮抗。

 それでも、比べているのは力でもなく、ただただ、単純にどちらがより多くの苦痛に耐えられるか。

 苦痛から逃げないでいられるかの勝負に過ぎないのである。

 恐ろしく、稚拙な闘いですらあった。

 醜いといっても良い。

 しかし、誰も、それから目を離せなかった。

 その醜い比べ合いには目を離し難い、不思議な吸引力があった。

 

「うッおおおおおお!!」

 

 大晃が吠えている。

 それは最後の一押しだった。

 これで勝負を決める。

 その決意の咆哮である。

 今、ここで手を離せば闘いの趨勢が一気に傾く。

 そう大晃が思っているかのような。

 それほどの絶叫だった。

 千冬も必死だった。

 苦痛に歪む千冬の相貌。

 漏れ出る大晃のうめき声。

 何故、ここまでするのか?

 どうして、ここまでやれるのか?

 誰にも分からなかった。

 観ている者たちには分からなかった。

 自分たちは、二人にそこまでさせたいのか、と。

 そうまでさせて世界最強をハッキリとさせたいのか、と。

 分からない。

 ただ、誰も目を逸らせなかった。

 その醜い闘いから。

 

 

 

 

 

 糞。

 何て男だ、痛みだ。

 腹を貫けば、離すと思った。

 しかし、この男と苦きたら、より強い力痛いで腕を締めてきた。

 折角、切腹みたいな真似をしたのに、これでは、するんじゃなかった、損ではないか。

 冗談ではない。

 まだ、時間は、残っている。

 十分だ。

 まだ、色々とやれることもある。

 ともかく、色々と試すのだ。

 ただ、前に出ようとしてもダメだ。

 前後に揺さ振れ。

 

 千冬はあがいている。

 ノイズの走る思考は、時折、順序があべこべになるが、行動の邪魔になってはいない。

 

 ダメだ。

 まだ、痛みが足りない。

 しかし、かと言って肘で小突いた所でどうにもならない。

 一つだけ方法はある。

 気は進まない。やめろ、これ、以上、痛いのは無理だ。

 でも、これしかない。

 やるしかない。

 嫌だ。やる。

 

 無数の逡巡が千冬の中に奔る。

 それは間違いなく恐怖であった。

 

 腕に更に力を込めた。

 雪片の柄が、身体に埋めるように、身体に押し付ける。

 本番はこれからだ。

 覚悟を決める。

 本当なら何回か深呼吸して息を整えたいが、生憎とそれはできない。

 だから、覚悟を決める。

 これから味わうであろう、痛苦に、想いを馳せる。

 これの一番辛いところは止めようと思えば止められることだ。

 力を抜けば楽になれる。

 痛みから解放される。

 その誘惑がある。

 しかし、私は楽をしたくてここにいるのではない。

 勝ちたいから、ここにいる。

 腕に力を込めた。

 

 そして、千冬の全身を更なる痛みが駆け巡る。

 全身の神経に直接電気を流したような痛みが、千冬を襲っている。

 

 痛ーーーーッ。

 腹が、焼ける。

 全身が、ショートする。

 火かき棒で腹をかき混ぜる痛み。

 もっとひどい。

 止めたい。止めない。

 痛い、痛い、痛い。

 想像を超える痛み。

 だが、我慢だ。

 勝つためには、痛みで後ろの男を引き剥がすしかない。

 私は腹を零落白夜でかき回している。

 腹に押し当てている柄の部分を支点にしてだ。

 だから、刃の根元よりも先端の方が大きく動いているはずだ。

 刃の根元で切り裂かれている私よりも、より大きく動いている先端に晒されているこいつのほうがダメージが大きいはずだ。

 痛みだって、ダメージの分だけ大きくなるはず。

 こいつの方がずっと辛い。

 きっと、今に、痛みで腕が緩んでくるに違いない。

 そうだろう?

 大晃よ。

 

 千冬は腕に力を込め続けた。

 締め付けてくる腕が、一瞬でも緩むことを期待する。

 しかし――。

 

 腕が緩む気配はない。

 痛みは大晃の方が多いはずなのに、込められている力に変わりはない。

 むしろ、痛みをそのまま力に変えたかのように、締め付けが強くなっている。

 ふっと不思議に思った。

 何故、そこまで必死になるんだ、と。

 そもそも、だ。

 零落白夜が私を貫いた瞬間、貴様に刃が当たる寸前に、私を離せば良かっただろう。

 そうすれば、ダメージを負った私を相手に有利に闘えるだろう。

 そうするべきだ。

 なのに、こいつは必死にしがみついてくる。

 一体、どうして?

 ああ、そうか。

 恐らく、大晃はこう考えている。

 今、ここで決めなければ、また、勝負が振り出しに戻るどころか、傷の深さの分だけ不利になると。

 要するに、引くに引けなくなっているのだ。

 大晃もまた、大ダメージを負っている。

 胴体に深い裂傷、腹から零落白夜を突っ込まれてかき回されている。

 戦闘どころか命に関わる傷だ。

 だから、離せない。

 今、離すことは勝利の放棄と等しいからだ。

 

 千冬の口元が僅かに吊り上がる。

 

 そうか。

 そうまでして勝ちたいのか。

 腹の傷を広げててでも、これほどの痛みを味わってもなお、貴様は私に勝ちたいのか。

 ああ。

 だったら、良い。

 貴様にならば、世界最強の座を渡しても良い、と言うつもりはない。

 だが、そうまでして私に勝ちたいと思っているのは良いことだ。

 それでこそ、世界最強の座を奪い合うのに相応しい。

 だから、早くこの腕を離せ。

 離さなくても良い。

 痛みで込めている力の数十分の一でも、無くなってくれたら後はこっちで勝手にやる。

 そう思っているのに、力は全く緩まない。

 なんて、しつこい男なんだ。

 どうでも良いか。

 もう、どうなっても……。

 例え、私かこいつが死んでしまっても。

 このまま、負けてしまうのならば。

 腕に力を込めた。

 

 

 

 

 

 千冬の目が曖昧になっていく。

 思考が緩くなっていく。

 ただ、だからこそ、最後の一押しが出た。

 痛みに鈍感になっている。

 そういう状態で始めて出来ることがあった。

 零落白夜を今までよりも、大きく、こねくり回したのだった。

 

 

 

 

 

 生還。

 ギリギリだった。

 後、コンマ1秒でも解放されるのが遅かったら、意識は飛んでいて、それで決着だったろう。

 息を吸った。

 こん限り吸った。

 そして、息を吐いた。

 もう、大晃を気に留めている暇などなかった。

 痛みと苦しみでおかしくなっている。

 だが、幸いなことに、その間、追撃はなかった。

 

 

 

 

 

 いくらかの時間を置いてから、二人は向き合った。

 千冬は大晃を見る。

 対角線上に割いたはずの胸の装甲はもう塞がっている。

 液体金属の性質を生かした装甲の自己修復機能だった。

 しかし、それでも血の跡までは消えていない。

 例え、装甲が修復されようともその奥にある肉体の傷まで塞がることなどない。

 大晃の胸には未だに深い切り傷があるはずであった。

 しかも、それだけではない。

 腹が赤く染まっている。

 直径15センチメートル。

 目測でそれくらいの穴が開いていた。

 綺麗な穴であった。

 大晃の腹から、向こう側が見えるくらいの綺麗な穴であった。

 その穴の天井から血がポタリポタリと垂れている。

 普通なら死んでいる傷である。

 死んでいなくとも、戦闘不能と判断するべき傷だった。

 特に、腹に空いた穴は新鮮な分、痛々しい。

 何故、大晃は零落白夜を受けても千冬を離さなかったのか。

 それはもはや聞くまでもなかった。

 勝ちたいからだ。

 世界最強だとか、地位や名誉などへの欲ではない。

 ただ、目の前にいる強者に勝ちたい。

 敵が強ければ強くなるほどに、その欲求は大きくなる。

 それだけのことであった。

 千冬は、聞かなかった。

 ただ、世間話の延長上にあるかのように、大晃へと話しかけた。

 

「……馬鹿だなぁ。こんなことに付き合う必要も無かっただろうに?」

 

 率直な感想だった。

 千冬が零落白夜で自身を貫いた瞬間に、大晃は手を離せば良かった。

 そうすれば、腹に余計な傷を作らずに切り抜けられたはずだった。

 しかし、大晃はそうしなかった。

 そうまでして、決着をつけておきたかったのだ。

 零落白夜による能力の底上げに対する、確たる対抗策がない。

 折角、胸に切り傷を作ってまでして手に入れたチャンスなのだ。

 ここで確実に勝っておきたい、と思うのは無理からぬことかもしれない。

 それでも、やはり、大晃は愚かだった。

 結局、あと少しのところで千冬を逃し、腹には穴が開いてしまっている。

 欲をかいた結果と言うしかない。

 

「そいつぁ俺の台詞ですよ。あなたが馬鹿なことをしたから、俺は付き合ってあげたんですよ」

 

 大晃が笑って、千冬の腹を見た。

 千冬もまた酷い。

 大晃のように、大きな穴が腹に空いている。

 敢えて急所は外した。

 が、それは当分生存するために不可欠な臓器は残してあるだけであり、重症なことに変わりはない。

 千冬とて傷は深く、本当なら今すぐに然るべき処置をするべきなのだ。

 

「ははは、そうか。そうだな」

「ええ、だから俺に少しは感謝してくださいよ」

 

 千冬も薄く笑った。

 粘っこい汗の張り付いた顔に、しかし、澄んだ笑みが浮いている。

 ああ。

 良いなぁ。

 この感じ。

 千冬は感じていた。

 自身の中にある恨みの感情。

 それが、あの激痛を経てから、別のものに変わり始めていた。

 恨みといっても元を正せば、それは自分に対する怒りが源流である。

 何故、あそこでああしなかったのか。

 そんな後悔が憎悪になった。

 それが消えていく。

 透明になっていく。

 憎悪がもっと透明なものに、変わっていく。

 どうして、あれほど濃い感情が消えていくのか。

 千冬にはもう分かっていた。

 

「私の馬鹿に付き合ってくれてありがとう」

 

 それはこの男が『完璧』などではなく、ただの馬鹿だからだ。

 切腹のように刃を突き立てる自分も馬鹿なら、そんな馬鹿を離さなかった大晃もまた馬鹿だった。

 千冬も、大晃も、大馬鹿だった。

 千冬は自分が報われている、と思っていた。

 こんな自分のような馬鹿に、付き合う馬鹿などいない。

 アーリィでさえ、こんな馬鹿なことに張り合いはしないだろう。

 この男だけだ。

 世界に存在する全人類の中で、唯一この男だけが、自分の馬鹿に付き合い、その自分の馬鹿を上回る馬鹿をやらかせるのである。

 そして、今日、その男と闘っている。

 奇跡だった。

 思えば、今までの人生が今日のこの瞬間のためにあったのだ。

 自分が生まれたことも。

 研究所から飛び出して、弟を育てたことも。

 ISで世界一になったことも。

 第2回モンドグロッソで弟が誘拐されたことも。

 その後に、アリーシャと非公式で闘い、腕を切り裂いたことも。

 それから、罪の意識を根底にドイツの特殊部隊、IS学園と渡り歩いたことも。

 そして、IS学園の教師として、大晃と出会ったことも。

 大晃に密かな対抗心を抱いていたことも。

 全てがこの成就に繋がっている。

 恨みがあったからこそ、負い目があるからこそ、その氷解が、一種の報いとして作用している。

 今まで、苦しいことがあったからこそ、今、報われていることに感謝できている。

 

「ねえ」

「うん?」

「まだ、終わりじゃないんですよね? 千冬さん」

「もちろん。もちろんだとも、大晃」

 

 だが、それで終わりではなかった。

 千冬は報われている。

 決着が付いたかのような雰囲気が醸成されている。

 しかし、それは真の決着ではない。

 真の決着とは何か?

 それは世界最強の人間が誰の目にも明らかな形で分かることである。

 まだ、世界最強が決まっていない。

 

「じゃあ、始めましょうか」

「ああ、始めよう」

 

 二人は無造作に近づいて、最後の闘いを始めた。

 

 

 

 

 

 拳。

 剣。

 突。

 殴。

 裂。

 打。

 もう、つまらない駆け引きなどなかった

 拳と剣を高速で打ち鳴らしながら、二人はステップと体捌きをミックスした体術で技を重ねていく。

 一撃必殺の拳と剣がぶつかり合っている。

 それは少し前までの試合展開と似てもいた。

 空中を蹴り、相手との位置どりを自由自在に操作する、闘い。

 確かに、再び高度な闘いに終始しているだけのようにも見える。

 だが、先ほどまでとは大きな違いがあった。

 間合いの前後への操作。

 それが試合の展開からすっかり抜け落ちているのである。

 左右へ揺さぶりはする。

 体捌きで相手の攻撃を避けることもある。

 しかし、ただ一つだけ、絶対にしない行為。

 退くという行為だけが二人の行動から抜け落ちている。

 無謀な行動だった。

 人類の限界を超えた能力を持つ二人をもってしても、退がるという行為があってようやく相手の攻撃を捌けたのだ。

 もう、とっくに決着が着いていてもおかしくない勝負であった。

 それまでの、二人であったのなら。

 

「……常に纏う零落白夜。常時発動により能力の上昇率も段違いになる」

 

 千冬の機体を覆う零落白夜のエネルギー。

 煌々と輝く青のエネルギー。

 刀から放出したエネルギーを機体の全パーツに回して、剣へと戻す。

 そして、再び機体へと放出する終わりなき循環。

 ロスなく行われるそれが、零落白夜の常時発動を可能とした。

 一度、エネルギーを込めて、循環を途切れされない限りはエネルギーのロスはない。

 循環するごとに研磨されるエネルギーは、より鋭い切れ味を可能とする。

 

「……PICの加速。蹴脚と同時に駆動部にPICを掛けることで、更なる加速を引き出している」

 

 大晃の極めて汎用性の高い、強力なPIC。

 目には見えない、しかし、物理的に存在する強大な力。

 打撃の際に踏ん張り、技の為に駆動させる関節部をPICで押す。

 相手へと晒した打撃の先端にPICを掛けることで技を素早く引き戻す。

 打ち終わりの隙が短くなることにより、結果、連打の速度と精度が上がる。

 

「まだ、成長しているのか」

 

 

 

 だから、成り立っている。

 二人の能力の向上が、更なる近距離においても、闘いを成立させている。

 しかし、危ういことに変わりはない。

 二人の攻撃は、至近距離で飛び交っている。

 技の到達時間も今までよりずっと短い。

 回避に要する時間も少ない。

 だから、自然と回避もギリギリのものになる。

 大晃の降った頭のすぐ横を零落白夜の刀身が貫き、千冬の傾いた身体の脇を殴打が通過する。

 技と技のぶつかる余波は今までにも増して大きく、それだけでダメージになりかねない。

 それなのに、二人は離れない。

 耐えるというよりは、嬉々とした表情で、熾烈な攻防へと踏み込んでいく。

 

「……なんて、透明な闘いなんだ」

 

 誰かが涙ぐんでいた。

 誰かが呆気にとられていた。

 闘いを観る観客たち。

 VIP席に座る要人たち。

 ほとんどノータイムで中継される映像を観る、視聴者たち。

 誰もがそれを見ていた。

 その闘いは限りなく透明だった。

 余波による生まれる衝撃と火花。

 それは相変わらず世界へと伝播している。

 ただ、その質が変わっていた。

 観る者を揺さぶるのではない。

 観る者たちの心に強制的に入り込むかのような。

 闘いの放つ透明な光芒が観客たちの身体通り抜ける。

 すると、その身体の中に何かが残る。

 感動。

 驚愕。

 敬意。

 どうやら、その透明な何かには二人の意思が込められているらしかった。

 その証拠に、肉眼でしか闘いを観察できない者たちにも二人の表情が見えていた。

 

「子供みたいな顔をしている」

 

 大晃も千冬も、子供のように無邪気な顔で闘っていた。

 どちらが上で、どちらが下なのか。

 それを純粋に確かめたくて闘っているだけのようであった。

 大晃の欲求も、千冬の憎悪も抜け落ちている。

 しかし、この闘いを観てきた者たちは、その理解度に大小こそあれど、全員分かっていた。

 二人の中にある欲望も黒い感情も決して消えてはいないことを。

 ただ、昇華されている。

 罪も、欲も、嫉妬も、渇望も、明るさも、暗さも。

 二人が持っている全ての感情も属性も、何もかもが闘いを通して透明になっているのだ。

 あるいは、この闘いで訪れていた全ての局面は、この透明な領域にたどりつく為にあったのかもしれない。

 

「ありがとう」

 

 アリーシャが解説席でつぶやいていた。

 織斑千冬に背負わせた十字架。

 その罪科が、祓われていくのを見つめていた。

 アリーナで繰り広げられている、透明な闘い。

 それだけで全てが報われていくようだった。

 己が千冬にかぶせてしまった罪も、自身が背負っていた罪も、その全てがこの闘いの為に、あったのだと思った。

 恐ろしくレベルの高い、稚児の闘いを、尊いもののように見つめていた。

 

「千冬姉」

 

 一夏もまた観客席でつぶやいていた。

 苦虫を潰しているように顔をゆがめている。

 しかし、それ以上に驚愕していた。

 目の前の闘いに、圧倒されていた。

 二人の負った重症に胸を痛めてはいる。

 ここまでやる必要があるのか、という疑問は胸に渦巻いている。

 そんな負の感情が一夏を苛んでいるが、しかし、間違いなく一夏は二人の闘いを眩しいものだと感じている。

 正と負の両方の感情を引き出す。

 どうやら、これはそういう闘いらしく、一夏の周辺のIS学園生徒も、あのマドカですらも、闘いから目を逸らしてはいなかった。

 

「ちーちゃんを連れて行かないで」

 

 束はすがるように言った。

 その眩しい闘いに目を奪われながら、恐怖を抱いていた。

 千冬はすでに報われている。

 しかし、自分から、どんどん遠ざかっている。

 安城大晃という友達と遊ぶのに夢中で、自分を放り投げてどこかへ行こうとしているかのようだった。

 嫉妬と、しかし、否定しようのない闘いの眩しさに、束は頭がおかしくなりそうだった。

 

 誰一人として目を離さなかった。

 その闘いを怖いと感じる者もいた。

 しかし、そんな者でさえ闘いから、目を逸らすことはもうなかった。

 この闘いを見届けたい。

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

 誰しもがなんらかの感情を想起せざる得ない、闘い。

 それも終わりが近づいている。

 大晃と千冬の何度目かの交差。

 右手の手刀。

 上段からの振り下ろし。

 その技がぶつかり合って、甲高い音がなる。

 二人の感覚をもってしても短い、しかし、確かにある静止時間。

 無言で背を向けあった二人は、振り返った。

 

「……ッ」

 

 花が咲いた。

 真っ赤な花だ。

 根元からずり落ちた右腕から、真っ赤な血が吹き出していた。

 それは素人でさえ肉眼で確認できるほどの、鮮烈な赤い花であった。

 止血はすぐに成されたが、かなりの量の血が流れ出た。

 二人はしばし、見つめ合う。

 千冬は、アリーシャの右腕を切った時のことを思い出しているのか。

 どこか儚げに、しかし、悔いなく笑っている。

 大晃は逆に強気な笑みを浮かべていた。

 腕は無くなった、だからといって、勝負がまだ決まったわけではない。

 そう言いたげな、強情な子供の笑みだった。

 恐らく、次のやり取りが最後のものになるのだろう。

 そういう予感とともに、二人が一度息を吸って、吐いた。

 そして、二人は飛び出した。

 

「頼んだぜ無手よ」

 

 意味深な呟きだった。




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