織斑千冬が病室で横になっていた。
窓からは太陽の光が入ってきている。
柔らかい陽光である。
しかし、その陽の光は弱かった。
2月の中旬である。
寒さはまだまだこれからが本番らしく、結露したガラスは冷たかった。
晴れているからマシであったが、この時期の弱い陽光では僅かに温まることしかできない。
そんな外の様子を千冬は眺めている。
眺めながら、物思いにふけっていた。
あの闘いの記憶は色鮮やかに残っている。
例えば、闘いのどの時点でどの攻撃をどういう意図で放ったのか。
一手、一手、攻防の意味を語ることができるだろう。
あの闘いから、もう、1ヶ月半も経っている。
信じられなかった。
しかし、肉体の方はあの闘いから1ヶ月経っていることを証明していた。
肉体の傷はほぼ癒えている。
確かに、腹に傷跡は残っている。
それも肉をほじってから放置したような痛々しい傷だ。
胸にだって大きな痣が残っている。
大晃のとどめの一撃。
それを受けた周辺の肉の色が変色しているのだ。
そして、時折痛みがある。
だが、そんなものでさえ、元々負っていた傷に比べれば無いに等しいものだ。
腹部貫通。
全身の筋肉断裂。
極大の負荷による心臓の停止。
裂傷などのその他の負傷。
よく生きていたものだ、と思う。
もし、束がいなければ。
もし、束が迅速に処置してくれなければ。
きっと死んでいただろう。
いや、死んだままだったろう。
その束とは会っていない。
と言うよりも、会えていない。
だから、礼も言えていない。
「馬鹿」
病室に入ってきた一夏の台詞がこれだった。
返す言葉もなかった。
自分は馬鹿である。
今まで、見ないようにしていた。
馬鹿な自分の受容。
それだけはできないでいた。
きっと、少し前までの自分なら適当なことを言い返していたかもしれない。
しかし、その時にはもう素直に受け止めている自分がいた。
馬鹿である。
そう言われて、千冬はやはり自分は馬鹿なのだ、と自嘲気味に笑うばかりであった。
「そうだ。私は大馬鹿だよ」
だから、言った。
自分は馬鹿なのだ、と胸を張って言った。
するとどういうことだろうか。
その言葉は自然と胸に染み渡ってくる。
そうだ。
対戦相手に裸締めを極められて、そこから脱出するために自分もろとも相手を刃で突き刺した。
しかも、恐らく、存在する武器の中でもっとも威力の高い零落白夜を胸に突き刺したのである。
よくそんな馬鹿なことができたものだと思う。
しかし、その馬鹿なことを自分は紛れもなくやったのだ。
それだけのことをしておいて、まだ決着は付いていない、と戦闘を続行したのも、自分である。
織斑千冬が自らの意志で馬鹿をやったのである。
織斑千冬は大馬鹿である。
もはや、否定しようもなく、必要もない。
自分はどうあがいたところで馬鹿以外にはなれない。
諦めは付いていた。
「済まなかったな」
抱き着いてきたマドカを抱きしめた。
本当ならそんなことをしては傷に響くが、それを理由にあしらうのは気が咎めた。
ともかく、この1ヶ月半は傷を癒すために過ごしていた。
傷を癒してから、何をするのか。
複数の案があるが、まとまってはいなかった。
千冬が病室でこれからをどうするのかを考えて、穏やかな時間が流れる。
その部屋に音もなく一人の男が現れた。
穏やかな笑みを浮かべた男であった。
「お久しぶりですね。千冬さん」
「ああ。久しぶりだな。大晃よ」
あの闘い以来、姿を消していた男が。
安城大晃が。
左手に何かの包みを持って、現れていた。
大晃はゆったりと歩いた。
ベッドの傍まで近づくと、椅子に腰を下ろした。
「いやぁ、何というか。俺が姿を見せるのもどうかと思ったのですが……」
勝者は敗者に会うべきではない。
敗者にとって負けとは全ての否定である。
千冬は全力を尽くした。
禁じ手も使った。
試合の最中に成長して見せた。
しかし、それでもなお負けてしまったのである。
敗北は、大抵、闘技者の心に深く残る。
その敗北が文句の付けようのない物であれば尚更であった。
大晃にそれが分からないはずがない。
しかし、それでも、大晃はやって来た。
何かの理由があって。
「別に良いさ。私もお前と少し話をしてみたいと思っていたんだ」
千冬が微笑んだ。
あの闘い以来、ずっと大晃と話をしたかった。
ただ、大晃だって自分とは会い辛いだろうことは千冬も察していた。
もう2度と大晃と会えないかもしれない、とも思っていた。
千冬は思ってもみなかった再会に頬を緩ませた。
温かい陽光が二人を照らしている。
「……あれは良い闘いだったな」
「うん」
言いながら、二人は頷いていた。
千冬は自身の腹に刃を突き立てた。
その寸前に、大晃もわざと刃に身を晒して、顔面への打突を行なっている。
右腕の欠損。
心停止。
他にも、生の暴力の匂いを感じさせる要素は数え切れないほどあった。
その批判も世間にはある。
しかし、それ以上に楽しかった。
何もかもをも比べあった。
膂力だけではない。
技術だけでもない。
機体性能だけでもない。
それまで費やしてきた人生のあらゆる出来事とそれによって生じてきた感情。
闘いに至るまでに歩んできた足跡。
全てだ。
己の存在の全てを賭けて、二人は闘ったのである。
その結果、彼らはたどり着いた。
全てのものが報われるあの透明な時間を共有したのである。
二人だけではない。
あの日、闘いを目に焼き付けた者たちもまた、あの透明なものから何かを受け取っていたのである。
陰惨。
それはあの闘いの一側面に過ぎない。
残酷さよりも際立つ何かがあの闘いにはあった。
それを二人は知っていた。
「もっとも、あの闘いに苦言を呈する者もいるようですが」
「言わせておけばいいさ。しょうがない部分もある」
「ふむ」
「しかし、何というか、ああいう風評を聞いていると、何だか損した気分になる」
「何故?」
「最初に馬鹿をやらかしたのは、大晃。貴様の方だろうが」
「あちゃぁ」
大晃がわざとらしく天を仰いだ。
大晃は千冬に拳を当てるために、敢えて身を晒したのであった。
これが千冬の言う『最初にやらかした馬鹿』である。
もっとも、こんなことが無くても、結局、何かのきっかけで闘いは過激なものとなっていたろう。
しかし、世間一般で語られるのは、自分で自分の腹を貫いた千冬のことである。
零落白夜で自分を突き刺した千冬は凄い。
その千冬を離そうとしなかった大晃もまた、とんでもない男だ。
世間はそういう反応をしている。
あの切腹まがいの攻撃に世間の注目は集まっている。
それはつまり、あの攻撃を仕掛けた千冬への風当たりが強くなることも意味していた。
あの闘いを批判する人間の大半はまず、あの切腹まがいの攻撃から話に入る。
例え、大晃の行動を非難する者がいたとしても、結局は千冬も批判の対象となる。
いくら自分が馬鹿だからといって、自分と同程度の馬鹿より厳しい目が向けられている現状は、納得し難いものがある。
「まあ、良いさ。ところでずっと気になっていたんだが……」
千冬の顔が憂を帯びている。
柔らかな笑みはそのままに、しかし、確かな陰りがあった。
その視線の先には、『何もなかった』。
「結局、右腕はくっつかなかったんだな」
「はい」
大晃ははっきりと頷いていた。
会場を去る直前。
右腕はくっつくはずです、と宣言していたが、それは嘘だったのか。
それとも、敢えて処置をしなかったのか。
ともかく、大晃の右肩から先には何もなかった。
「恨んでいる、とは思わないが、後悔していないか?」
大晃は考えるそぶりを見せた。
そして、答えた。
「確かに、俺にとっては手痛い勝利だった。
胸と腹、そして、右腕の喪失。それだけの代価を払った上で、ようやく勝てるかもしれないってところまで漕ぎつけたようなものです。
いくら世界最強を決めるためとは言え、あまりにもでかい代償だ」
でもね、と大晃は千冬を見つめた。
「不思議と後悔はしていないんですよ。
むしろ、逆で、なくなった腕を見ている、と何だか良かったなぁって」
「良かった?」
「ええ。胸の傷跡だとか、腹の穴が塞がった跡だとか、なくなった腕だとか、を見ているとね。
宝物を見ているような気分になってくるんですよね」
大晃ははにかんだ。
「これっておかしいことですかね?」
「……よく分かるよ。その気持ちはな」
千冬も釣られて、呟いた。
そうなのだ。
千冬もまた、身体に奔る痛みを愛おしく感じているのである。
自身に残った、傷や痛み、欠損すらも闘いの思い出として大事に思う。
改めて言うまでもなく、二人は同類であった。
「実は、今日ここにきた理由ってのが、その欠けた右腕に関係することで」
「ほう」
「いやぁ、俺からはどうにも切り出しにくい話題だったんで、千冬さんから振ってもらって助かりました」
「……お前の右腕を切り落とした私の方が口にしにくい話題だったと思うんだがな」
千冬の小言を受け流して、大晃は手にしている包みの外装を丁寧に剥がした。
包みの下から出てきた木箱が、千冬へと手渡された。
千冬は箱を開けて、息を呑んだ。
「おいおい」
口調が一気に砕けていた。
それだけ奇抜な物が入っていた。
「何で、貴様の右腕が箱に入っているんだ?」
右腕の話題があった時点で何となくは察していた。
しかし、それでも予想するのと、実際に目で見るのとでは全然違う。
大晃の右腕が、千冬が切り落としたはずの右腕が、箱の中に収まっていた。
無手の装甲が綺麗に覆っているのでオブジェのようにも見えるが、それは間違いなく大晃の右腕であった。
千冬は大晃を見て、静かに促した。
「思い出して欲しい、と思って」
「もう、貴様のことは十分脳髄に叩き込んでいるつもりだったが」
「ええ、そうかもしれない。それにしてもあなたと私はフェアじゃない
俺は無くなった腕を見ていつでもあなたを思い出せる。
あの激闘を、あの濃い時間を、いつだって思い出せる。
より多くのものを失った俺の方が、あなたよりも多くのものを、あの闘いから受け取っている。
それにこの右腕はあなたが剣で勝ち取ったものだ。
もう俺のものではない。
それに多分、千冬さんと話をするのは今日が最後でしょうから――」
そこから先は千冬が遮った。
「そうか。薄々感ずいてはいたが、ついに行くんだな。
『永遠』の場所に」
そう言って、黙る。
重いというほどではない。
軽くもない。
ただ、破るのには躊躇を覚える程度に硬い沈黙が場を包み込んでいた。
「そうですね。その場所を何と表現すれば良いのやら」
大晃は言った。
よほど、途方もない行き先なのだろう。
言葉を濁している。
安城大晃。
彼こそが世界で唯一『最終移行』に至った者である。
そこから、考えるにそこはISのふるさと、あるいは、目的地なのか。
しかし、言葉からではそれすらも不明だ。
「まあ、そう言うわけなので、お別れのプレゼントとして、この右腕を受け取ってもらいたいのです」
ただ、その旅路の規模に大晃も流石に今生の別れを意識しているのか。
言い方の節々には湿っぽさがある。
そして、千冬は答えた。
「――――」
「え?」
大晃の呆気にとられた、声が病室に確かに響いた。
海岸だった。
安城大晃はその波を眺めている。
織斑千冬との挨拶を済ませてから、何かを見出すようにして、海を眺めている。
海岸の上に静かにたたずんでいる。
空を見上げた。
きれいな空だった。
星が輝いている。
その星の光を妨げる、地上の光などない。
大晃はその光を見て、宇宙に思いを馳せた。
何が己を待ち受けているのか。
どんな試練が降りかかってくるのか。
分からない。
ただ、胸が躍っている。
ぞくぞくとしている。
ただ、それを快く思わない人間もいるようで。
一人の女が、大晃の背に声を投げかけた。
「へぇー。だいちゃん、あんだけ好き勝手しておいて逃げちゃうんだ~~」
皮肉たっぷりの声を投げかけるのは、一人の天災発明家。
クロエ・クロニクルを横に侍らせている。
彼女は無防備な大晃の背に容赦なく言葉を浴びせかけた。
大晃はその背後の束に振り返ると、慇懃に頭を下げた。
「お久しぶりです」
その下げられた頭を束が酷く、冷めた目で見ている。
柔和な顔でこそあるが、その笑みには消えることのない憎しみが刻まれていた。
「本当に、憎たらしい男だね。君は」
束が吐き捨てた。
織斑千冬は親友である。
その親友から世界最強の座を名実ともに奪い、命さえも危機に晒したのが安城大晃である。
束の作り出したISを乗っ取る技術を台無しにしたのも、この男である。
「私はね、ちーちゃんと殺し合いをしたかったんだ。
この退屈な世界を少しでも楽しく過ごすためにね」
天災たる篠ノ之束に渡り合える存在など一人しかいない。
究極の人類として生み出された織斑千冬である。
「そのためにお膳立てを色々としていたはずなのに、どうして、ぽっとでのだいちゃんがちーちゃんを横取りなんてするかな。
しかも、もうちーちゃん、あの闘いで燃え尽きちゃっているみたいだし」
その織斑千冬はもう引退を決意している。
大晃はそれを病院で直接聞いていた。
千冬の声が、大晃の中で再び再生される。
「引退?」
「ああ、まだ肉体的にはまだまだやれるのかもしれないが、私はあの闘いで燃え尽きてしまった。
その証拠に、『私は悔しくない』」
負けて悔しいと思えるのなら、それは真の敗北ではない。
負けても、次にこうしてやろうとか、思える内は闘技者は闘技者たり得る。
しかし、千冬は敗北を素直に受け入れていた、という。
リベンジの意識さえも、もうない。
そうなったら、もう、終わりだ。
勝利を目指さなくなった闘技者は、もう、闘技者ではない。
肉体的にはまだまだやれるのかもしれないが、一線でIS乗りたちと張り合うための気力は残っていない。
そんなことを千冬は自ら口にしていたはずであった。
それを思い出して、大晃は目を細めた。
「私からちーちゃんを奪った責任を取ってもらわないとね」
束があからさまに殺意を見せつけた。
となりのクロエが硬直する。
かの天災の殺意だ。
常人ならばそれだけで死を意識する。
一流の人間だって、なんらかの覚悟を抱かずにはいられない『それ』。
大晃はそんな殺意を真正面から受け止めた。
それどころか、全身を粘り気のある瘴気と化したそれに晒している。
「へぇ、俺にできることがあれば言ってくださいよ。できることなら何だってやりますよ、俺はね」
飄々と言った大晃と束の視線があった。
何だってやる。
束にはその言葉が『今、この場で闘いを始めても良い』という宣言にも聞こえた。
しかし、大晃の言葉には緊張感はない。
言葉の裏に闘いへの準備を感じさせつつも、あくまで自然体だ。
闘いへの予感に胸をときめかせているのだろう。
ある種の憐憫の情でも抱いているのだろうか、表情には僅かな陰りがある。
ただ、全ての感情がなんの強張りも伴わずに自然に表れている。
まるで、地中から湧き水が滲み出てくるように、感情が表情として滲み出てきている。
今までとはまた異なる大晃の反応に束は舌打ちをした。
「残念だったね。今はまだその時じゃない」
殺せるものなら、今すぐ殺してやりたかった。
だが、無理だった。
元より、束の手に負えぬ相手だったが、今の大晃は織斑千冬と闘っている。
戦闘経験により成長する男が、あの死闘を生き伸びて、しかも、勝ったのである。
織斑千冬を成長の糧とした男の戦闘能力は、もはや、どんな物差しを使おうと測定不能。
そんな相手を殺そうとしたところで返り討ちに合うだけだ。
「だからさぁ~~、だいちゃんもうそろそろ表に出たら?」
「何故?」
「決まってるでしょ。新しい世界最強として、玉座につかないとね」
「なるほど、つまりは責任を取って玉座に座れと」
「当たり前でしょ。言っておくけどこれから地球は大変なことになるよ。
入れ替わった玉座、最終移行が人類にもたらした可能性。
そこで玉座に座る人間がいなくなったら、もう大混乱だね。
というか、私が今言ったことって、全部だいちゃんの仕業じゃない?」
「ふむ」
「つまり、逃げるなって話」
ISという可能性は人類の火種となった。
最終移行がもたらした人類規模での可能性が、火種とならない保証はない。
だが、大晃が世界最強の武力を背景に君臨すれば。
火種を潰す形で介入を繰り返せば、世界はマシになるかもしれない。
そう束はうそぶいている。
果たして、それが嘘か本当かは、余人には分かりかねる。
ただ、大晃は頷きつつも、否定した。
「そいつはできない相談ですね」
「へえ? 折角、ちーちゃんを一回殺してまで手に入れた世界最強の称号を放り投げるんだ?
ふざけてるんだね」
束が大晃をなじった。
大晃はゆっくりと答えた。
「俺は事情により、旅に出るつもりなんですよ」
「どこへ行くの?」
「地球の外」
「……え?」
大晃は驚く束をそのままに事情を説明する。
「だから、俺はIS委員会だかに所属するつもりはないし、試合をするつもりもない。
なにせ地球にいないんだから、紛争だとかにも関わってられないでしょう」
大晃はそう言って、黄土色に輝く機体を纏った。
流体と個体の性質を併せ持つ装甲が、有機的に身体を覆っている。
そして、今度は明確に宇宙を見る。
夜空の向こうにある、何処かを見据えている。
「ふざけないでよ……。させるわけないでしょ、勝ち逃げなんて――」
「勝ち逃げではない」
束の叫びも、大晃は遮る。
勝ったまま地上から去る行為を、勝ち逃げと言うのならば、これほど適した言い方はない。
そんな常識的な考えを大晃は打ち破っていく。
「俺は行くだけ。
『最果ての場所』に、『永遠の地』に、『宇宙の果て』に」
「それを勝ち逃げって言うんだよ」
「そうかもしれない。けど、それは俺が仮に逃げたらの話」
「え?」
「俺は逃げるんじゃない。ただ、待つだけ。俺に相応しい場所で、待つだけなんだ。
俺が座るべき玉座は地球で誰かが用意するものなんかではない。
きっと、俺が座るべき玉座は外宇宙にある。
そして、そこにたどり着くのは意外に難しいことでもない。
少なくとも、これからの人類にとってはな」
「何を言っているの?」
束は呆然とした。
あまりのスケールに。
意味不明な言動に。
訳が分からなかった。
ただ、その横に居たクロエだけが妙に納得した顔をしている。
「お嬢さんは理解してくれるのかい?」
「……はい」
話を振られたクロエが、遠慮気味に束を見ながら答えた。
「だって、大晃さんは、結局、気に入らなかったら殴りに来れば良いって言っているのですよね。
スケールはともかく話は単純だな、と」
大晃は頷いて視線を夜空へと戻した。
「まあ、そういうわけです」
そうして、力を溜めていく。
ロケットが燃料を貯めるように。
「多分、これから、いろんな人たちが本格的に宇宙を目指すはずです。
その時は、助けてあげてくださいよ。
宇宙開発を誰よりも望んでいたのは、束さんなんですから」
そうして、勝手に話を続けていく。
それを束は聞いているのか、いないのか。
ただ、束は静かに大晃を見ている。
「後、千冬さんにも会ってあげてくださいね。
仲直りしたがってましたから」
言うだけ言って満足したのか。
大晃は黙って、深く屈んだ。
強烈な伸び行く力が溜まっているのだろう。
空気が軋んでいる。
「さようなら」
そうして、ロケットさながらの轟音を上げて、大晃は飛んで行った。
誰も追いつけない速度で大気を切り裂いて、ついには、夜空の星に紛れて消えた。
次回最終回