超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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最終話、超重力格闘伝―IS―

 安城大晃と織斑千冬の頂上決戦。

 その評価は人によっては分かれる。

 通常のルールの枠組みの想定を超えた肉体の破壊による決着はあまりにも危険であったが、死力を尽くしたがゆえの輝きをそこに見出す者も多かった。

 そして、誰も否定できない事実がある。

 それは一度あの闘いで世界最強が真に決したことだ。

 頂上決戦の勝者、安城大晃。

 本来ならば玉座に座るべき男はもう地球上にはいない。

 

「安城大晃は宇宙へ行った」

 

 とある記者会見で、織斑千冬はそう言った。

 当初は半信半疑だった各国政府や組織は、総力を尽くして安城大晃の捜索に乗り出した。

 しかし、成果は芳しくない。

 この地球上に存在するあらゆる場所を探っても、安城大晃は見つからないのだ。

 実は意外な僻地でのうのうと生きている可能性も無くはない。

 篠ノ之束という、あらゆる追跡を振り切った例もあるのだ。

 安城大晃の能力が未知数であることを考えれば、誰にも悟られずひっそりと生きていることも、不可能ではないように思える。

 だが、それでも、一切の目撃証言もなしに隠れひそめるとは到底思えない。

 結果として、安城大晃が宇宙へ行った、という証言は一定の信ぴょう性をもって受け入れられることとなった。

 安城大晃の失踪から、10年。

 人類はとある現実に直面していた。

 

 

 

 

 

 一夏はとある大広間でグラスを掲げていた。

 集まった男女の団体が、といってもほとんどが女子なのであるが、乾杯の合図とともに手近な人間とグラスを合わせている。

 IS学園の卒業生達だ。

 長い時が経ってこそいるが、IS学園で共に学んで競い合った仲間との縁は途絶えてはなかった。

 電話で声を聞いたりたまに顔を合わせたりする間柄もいれば、噂で近況を知っているだけの仲間もいる。

 それでも、一度、懐かしい顔が集まれば、在籍時に過ごしたあの頃に戻った気分になる。

 そういう間柄でもあった。

 あの闘いから10年。

 その月日の間に発足されたある巨大プロジェクトをきっかけに彼らは集まっていた。

 

「で、一夏くん。『ISアカデミア』の方はどうなの?」

「IS学園と共同で授業をやってるって話だけど」

「人を派遣してるって噂だけど、その真相は果たして?」

「あー、落ち着けって、みんな」

 

 一夏は早速、質問責めにあっていた。

 ISに従事する者として、一夏ほど注目を集める者はそういないだろう。

 そこは卒業する前からさほど変わってはいない。

 彼らをなだめて、一つ一つの質問に穏当に答えていく。

 その様子は慣れたもので、ふざけた冗句を交える余裕すらかいま見える。

 

「でもさぁ、良かったよねぇ」

「一体、何が?」

「ほら、男の操縦者も増えたし、育っているみたいじゃない」

「まぁな」

 

 隣の席だったこともあるクラスメイトの言葉に一夏は頷いた。

 胸を張って肯首する一夏はどこか誇らしげでもある。

 それもそのはず。

 活躍している男性操縦者の中には一夏が直接指導した者も少なくないのである。

 そもそもは、ISに適合する男性の出現が各国で報告されたことが始まりだった。

 本来、ISは女性のみにしか反応しないもの。

 織斑一夏と安城大晃という例外はこそあれ、基本男には動かせない。

 それが何をきっかけにしてか世界各地で男性の適合者が発見されたのである。

 一夏は男の操縦者を育てる組織『ISアカデミア』に就職していた。

 

「やり甲斐はあるんだが、気苦労は多いかもな」

「ああ、利権屋とかいるもんね」

「ああ、あいつら酷いんだよ。人の足ばっかり引っ張りやがって」

 

 一夏の愚痴に周囲は頷いた。

 男のIS操縦者は、女尊男卑の風潮を根底から覆しかねない存在だ。

 ただでさえ、安城大晃と織斑千冬の闘いのせいでぐらついているのだ。

 女性権利を謳って甘い蜜をすすっていた団体は攻撃的だ。

 だから、男のIS操縦者を保護することも『ISアカデミア』の大きな役割であった。

 

「ま、でもあんな連中は大したことはないさ」

「そう、結構危ないことしてくるんじゃない?」

「うちの理事長の方がよっぽど危ないね」

 

 愚痴っぽい雰囲気でちょっとした笑いが起こった。

 ISアカデミアの理事長を務める以上に怖い人間はいない。

 その人となりを知っているメンバーはそれを骨身に染みて知っているのだ。

 

「やあ、一夏くん、久しぶりだね」

「……久しぶり」

「いっち~~。ひさしぶり~~」

「おお! 楯無さん、お久しぶりですね!」

「……ちょっとぉ? 私とかんちゃんは――?」

「いや、君らとはちょくちょく会ってるから、ついね……」

 

 話しかけてきたのは、扇子を構えている更識楯無とその妹の更識簪、そして、人なつこい笑みを浮かべた布仏本音であった。

 簪は無事日本の代表候補生となり、本音は専属の整備士として腕を振るっている。

 実は、この二人とはとあるプロジェクトの関係上しょっちゅう会っている。

 というよりも、この場に集まったメンバーの内専用機持ちを合わせた30人程度とは顔を付き合わせることも多いのである。

 だから、一夏にとって楯無の方が懐かしい。

 更識楯無。

 ロシアの国家代表と更識家の頭領の二足わらじは、楯無の睡眠時間すら削る事態となっており、一夏と会う暇はおろか電話で話をする機会すらない。

 IS学園時代は生徒会長とその下で扱かれる下端という構図であったためか、疎遠気味の状況にさみしさを感じていたのだ。

 

「羨ましいわねぇ。下手したら、私よりも一夏くんの方が簪ちゃんと話をしているかもしれないなんて」

「……お姉ちゃんは忙しいんだから、仕方ないよ」

「ともかく、お姉ちゃんは一夏くんの元気そうな顔を見れて安心したわ」

「ええ、俺は元気でやってますよ」

「違うわ、そうじゃないわよ」

「ちなみに気になる恋の行方は関係ないよ~~」

「……どういうことですか?」

「お姉ちゃんは一夏が思いつめているんじゃないかって、心配していたんだよ」

 

 簪の優しい声色に、一夏はハッとなる。

 一夏の出生の事情。

 それを知る者は少ないが、たしかにいる。

 その数少ない一人が楯無であったことを、今、思い出したのである。

 もう、そんなことは気にしていないことは知っているだろうに。

 一夏は笑みを抑えられずにはいられなかった。

 

「ああ、そういうことなら、大丈夫ですよ。俺は最初から気にしていませんでしたから」

「……それはやっぱり『あの闘い』のおかげかしら?」

「ええ、そうです」

 

 『あの闘い』があったからここまでやってこれた。

 だから、あの場所を目指しているのだ。

 多分、これからもずっと――。

 

「ふふん。良い顔をしているわね」

「……そうですか?」

「うん。どうやら計画は順調のようね」

 

 計画。

 ポロリとこぼれた言葉がひときわ強く響いた。

 

「安城大晃を越える計画は――」

 

 この同窓会も、一夏と専用機持ちたちを取り囲む事情も。

 全ては、ある巨大プロジェクトが大いに関わっていた。

 

 

 

 

 同窓会の途中だった。

 まだまだ、会いたい人も話したいことも多い。

 しかし、それは一旦打ち切られることとなる。

 

「それでは、該当者は前へお願いします」

 

 同窓会の広い会場内にマイクでの案内が流れたからだ。

 音の出元は司会席に立っている出席者の一人。

 該当者はすでに自分が壇上であいさつをすることを知っていたのだろう。

 詳細に名前が読み上げられなくとも、各々が一段高いステージに上がっていった。

 一夏も名残惜しげにそのメンバーに加わっていく。

 

「一人一人があいさつをするのは難しいので、そうですね、代表者から何かお言葉を貰いましょうか」

 

 壇上に上った人数はぱっと見ても30人ほどの大所帯。

 一人一人、丁寧にあいさつをすることなど不可能なのは目に見えているので、司会者は代表者に話を振った。

 金髪蒼眼の一人のお淑やかな女性がマイクを受け取った。

 

「そうですわね、何から話すべきなのか、難しいところではありますわね」

 

 淑女然として彼女は周囲を見渡した。

 見知った顔とはいえ聴衆を前にしても、彼女の言葉に乱れはない。

 セシリア・オルコットは胸を張った。

 

「まず、一つはお礼をさせてください。

 わたくしたちへのお別れの会として、この同窓会を開いてくださってありがとうございます」

 

 そうだ。

 この同窓会が開かれた理由。

 それは壇上に上がった、一夏を含む30名ほどの元IS学園生が、計画への参加の為に、別れを告げなければいけなかったからだ。

 『フロンティア計画』

 あの闘いの直後に打ち上げられた計画の行き先は、僻地でもなければ月でも無かった。

 目指す先は宇宙の果て。

 ISが誘う叡智のねむる場所。

 

 

 

 

 

 宇宙。

 人類がその未知なる空間に眼を向けたのは何故だったのだろう?

 技術の向上速度が加速したのは、まず、間違いなく大きな原因だろう。

 ISコアの作成方法を啓示という形で閃いた研究者の相次ぐ出現。

 ルクーゼンブルク以外でも採掘されたコアの原材料。

 その二つの理由によるISの増加と、研究材料が増えたことにより進化したIS技術の転用。

 これらの要素が宇宙開発を可能にした。

 今では、月にすら容易に到達できるし、国家プロジェクトとして火星を行き来する者すらいる。

 だとしても、宇宙開発は未だに過渡期だ。

 惑星間ならばまだしも恒星間を移動する計画は人類にはまだ早い。

 それなのに、困難なミッションに挑む理由とは何か?

 一つの発見が計画の大きな推進剤として働いていた。

 

「みなさまもご存知のとおり、宇宙にはまだ見ぬ神秘が眠っています。

 もう、お耳には入っているかもしれませんが、わたくしたちが探しにいくのはこの神秘の本体というべきものなのです」

 

 先程から語られる神秘の正体。

 これこそが人類が急速に発展したカギを握る存在であった。

 

「ISのコアの作成方法を見出した研究者、そして、コアの材料を新規に発見した採掘者。彼らは一様にこう言っております。

 宇宙から声が降ってきた、と」

 

 宇宙からの声を証言するのは彼らだけに留まらない。

 

「そして、ISの操縦者や整備士などコアと深く関わるもの。

 彼らの間ではISに意思があることが語られておりますし、わたくしたちも当然知っております。

 そのコアはわたくしたちへと語りかけています。『真理は宇宙にある』と」

 

 セシリアは一度言葉をきって、周囲を見渡した。

 反応は上々。

 仮にもIS学園で勉学に励んでいたものたちである。

 コアに意識があるなんてことは彼らにとって常識である上に、このメンバー内にも『声』を聴いたことのある手練れは多い。

 話に出ていた例以外でも、宇宙観測施設で一定のパターンを持った波長をとらえた事例もあるし、今、話題の火星探査でも『神秘』を匂わせる痕跡が多数見つかっている。

 会場内に集まった同窓生たちは、程度は別として、神秘の存在を信用はしているようだった。

 

「わたくしたちはこれから人類未踏の地を目指してはるかなる航路に旅立ちます。

 それがどれほど困難なことであろうと、わたくしたちは決して諦めはしませんわ」

 

 セシリアが拳を握る。

 淑女としてのおしとやかをそのままに内に秘めた熱は、聴いているものたちが頷くのも忘れてしまうほど。

 ただ、ただ、誰もが、人類の夢に自らをささげて計画を押し進めたセシリア・オルコットへの称賛を胸に抱いた。

 

 ――くすくす。

 

 しかし、例外はどこにでもいるものだ。

 静寂をしらけさせる忍び笑いは、あろうことか壇上に上がったメンバーの中から響いてくる。

 場をかき乱した犯人はすぐに見つかった。

 

「……あー、失礼」

「あら、シャルロットさんでしたのね。何がおかしかったのですか?」

「いやぁ、あのー、本当にごめんなさい」

「どうして笑ったのか、とわたくしは聞いているのです」

「だって、大晃にそっくりだったからつい……」

「は? わたくしが誰にそっくりですって?」

 

 場内の緊張が弛緩した。

 シャルロットは腹を抱え気味に前かがみの姿勢だ。

 

「大晃って、結構、大勢の前で語りたがるんだよね。

 学園祭で開いたイベントだと自分からマイクもって説明するし、記者会見を開いて率先して話をしたり。

 だから、前置きが長かったりする……、今のセシリアみたいにね」

「なんですって!?」

「その意見には私も同意だ」

「ラウラ。あなたまで何を言っているんですの!?」

「今、言ったセシリアの話はみんな知っていることだぞ。

 しかも、お前が記者会見で話した内容とあまり変わらないだろうに」

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 ラウラの援護射撃にひるんでしまうセシリア・オルコット。

 寸劇に参加している面々はシャルロットにラウラ、と全員が若作りなせいで、高校でのやり取りを思い出してしまう同窓生一同。

 貴族然としたセシリアも、親しい面子から浴びせかけられる独特の切り口には、素の反応を見せていた。

 特に、普段はフォローに回るシャルロットが時折どくを吐き、それにラウラが便乗するという構図はセシリアに対してよく発揮されていた。

 お行儀良くしていた旧友の懐かしい姿に空気はゆるゆるに緩んでしまった。

 が、そこは腐っても百戦錬磨にして不屈の貴族。

 すぐさま表情を作ると、何事もなかったかのように話を先に進めた。

 

「シャルロットさんとラウラさん。お二方のご説明の通り、まあ、先ほどの話は世間一般にわたくしが語ったおはなしですわ。

 ただ、皆さまにはその話を踏まえたうえでわたくしの言葉を聴いて欲しかっただけですの。

 わたくしはこれから記者会見で話はしなかった、さらにプロジェクトの核心に迫った話をするつもりなのですから。

 ですから、決して無駄話なんかではありません。わたくしはあの様な話したがりとは違のですから」

 

 未だに寸劇によるゆるみは尾を引いてはいるものの、忍び笑いが環境音声となっていた会場は再び静寂に包まれていた。

 セシリアの語り口は、人類の夢という壮大なテーマですら、本命ではないことを示唆しているのだ。

 

「安城大晃。わたくし、そして、この壇上に上がった精鋭たちにとっての最大の目的は、彼との再戦なのです」

 

 明かされた本当の目的は、これまた突拍子もない物で、しかし、現在の人類にとっては叡智をも超えた夢であるかもしれない。

 セシリアの話はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

「かつて、ブリュンヒルデは最強の称号でした」

 

 ブリュンヒルデ。

 それは世界大会『モンドグロッソ』を制したものに与えられる称号であった。

 織斑千冬とアリーシャ・ジョセスターフは、かつて、その誉れ高い称号で呼ばれ称されていた。

 今でも、それは変わらない。

 

「いつからでしょうか?

 世界大会の優勝者をブリュンヒルデと褒め称えることこそすれ、いつしか、人はブリュンヒルデと世界最強を分けるようになった」

 

 しかし、誰もブリュンヒルデを最強だとは思わなくなった。

 最上位に位置する選手だと認識しつつも、それをチャンピオンとは認めなくなった。

 ブリュンヒルデという称号の核となっていた世界最強という概念。

 それはもはや消え去ってしまった。

 ただ単に称号から抜け出たのではない。

 もっと、物理的に遠い地点へと、織斑千冬の証言をそのまま受け取るなら、地球上から消失してしまったのだ。

 

「もう、ブリュンヒルデという言葉に価値はありませんわ。

 黄金でしつらえてあったとしても、動かない時計はアンティークの価値こそあれ、とても実用に耐えられる代物ではありませんわ……」

 

 技術の進化も、機体性能の向上も、戦術の成長も、そのゴールに世界最強という頂があってこそ。

 故に、世界最強の消失は時計の針を止めた。

 新たなる世界最強は未だに誕生していない、そもそも、誕生のしようがない。

 

「……人が生きて成長し、次代へとつなげるのならば、何より自分自身の納得を得るためには、進めるしかありませんの。

 止まってしまった、時計の針を……」

 

 ならば、方法は一つしかない。

 

「わたくしは、そのために計画を立ち上げましたわ。

 同志を募り、宇宙への利権に目の眩んだ連中をさそいこみ、あらゆる手とコネを使い、世界を巻き込んで、やっとここまでたどり着きましたわ」

 

 感情的な言葉が演説に混じり始めた。

 セシリアが計画かけた労力には計り知れないものがある。

 10年。

 安城大晃に勝つ。

 それだけを考えて努力してきたのだろう。

 所作そのものは淑女然としたものに戻っている。

 しかし、内に秘めている情熱だけが身体を通じて外へともれ出ているのだろうか。

 セシリアの身体にあぶられて熱くなった空気が、蜃気楼のように風景を歪めている。

 

「世界最強を宇宙の辺境へと持ち出し、神秘を耽溺し貪り喰らう、あの男には思い知らせてやりませんと……。

 わたくしがどれほど強くなったのかを。わたくしが今度はあなたから奪う番だってことを」

 

 安城大晃は人類が求めてやまない神秘に到達していた。

 その神秘を独占し、まどんでいるその男に挑戦状を叩きつけて、真っ向から打ち破ること。

 それが彼女らの願い。

 いや、セシリアの野望。

 

「わたくしからは以上ですわ」

 

 感情の発露。

 見ようによっては身勝手なそれに、しかし、全員が納得はしていた。

 セシリア・オルコットにとって安城大晃は打ち倒さなければならない好敵手。

 それが勝ち逃げに近い形で地球を去ったのだ。

 どれほどの屈辱をセシリアが感じていたかは、同じクラスメイトや学年のみならず、学園中で語れていたほどだ。

 神秘を目指すというお題目よりも、よっぽど、セシリアらしい。

 

「お前だけじゃないさ……」

「……一夏さん」

 

 それはセシリアだけじゃないぞ。

 一夏は思った。

 思ったら自然と口が動いていた。

 

「俺だってそうなんだよ。

 『あの闘い』を見てから、あれを越えたいと思った。

 あれを越えなければならない、と思った」

 

 織斑千冬の弟だからではない。

 自分の異常な出生を知らされて、『化け物』だと罵られたことがある。

 傷の治りの早さに、異常な適合率。

 その時に、指摘された事実は一夏に自分が化け物なのだ、と意識させるには十分すぎて――。

 気が病んでおかしくなっていてもおかしくなかった。

 

 ――だが、それは『あの闘い』が無かったらの話だ。

 

 一夏は自分が化け物である事実を受け入れてもなお平気だった。

 自分は化け物かもしれない。

 それで、その化け物には何ができるのか。

 『あの闘い』に割り込めるほどの力などあっただろうか。

 そうだ。

 自分が化け物であったとしても、人類の限界を突破してみせた彼らの前では霞んでしまう程度の存在でしかない。

 自分が化け物であっても、人間であっても、そんなものは『あの闘い』と比較すれば誤差でしかないのだ。

 だから、一夏は『あの闘い』を超えたかった。

 自分が何であろうと胸を張ることができる価値を手に入れたかった。

 

「だから、安城大晃は誰にも渡したくない」

 

 それだけは譲りたくなかった。

 

「ええ、構いませんわ。誰にだって安城大晃と仕合う権利はありますわ。

 このわたくしを含めてね……」

 

 きっと、懐かしい顔ぶれが揃ったせいなのだろう。

 二人は学生が張り合ようににらみ合い、事実、彼らは社会人としての己を忘れていた。

 望みと望みのぶつかり合いがそこにはあって、それは切磋琢磨の日々から10年たっても変わってはいなかった。

 だから、変わらない。

 生徒がもめてしまった場を収めることのできるものはあの時と同じ、先生だった。

 

「変わらんなぁ、お前ら。」

「千冬姉!」

「姉さん!」

「おう、一夏、マドカ。今、仕事を終わらせてきた」

 

 割れた人垣の先にいたのは、かつての世界最強、織斑千冬。

 10年の歳月が経っているはずだが、若々しいままだ。

 敗北し現役から退いてはいるものの、その実力は未だにトップクラスだ。

 時の流れによって変わったものがあるとするのならば、その物腰だろうか。

 凛々しい表情はどこか柔らかい。

 それにも理由はある。

 

「理事長のお仕事お忙しいようですわね」

 

 話にも上がっていた、ISアカデミア。

 織斑千冬はそこの理事長を務めていた。

 いや、もっと言うのならば、織斑千冬がいたからこそ、今のアカデミアがあるのである。

 

「私が始めたアカデミアだしな。

 代理を立てても良かったが、途中で投げ出すなんて真似はしたくなかったんだ」

 

 織斑千冬。

 彼女こそがアカデミアの創始者であった。

 次々と出現する男性の適合者。

 しかし、その待遇は国やその地域ごとによってはバラバラで、手厚く保護された者もいれば、危うく取り返しのつかない研究に従事させられそうになった者もいる。

 そんな状況を変えるために千冬は立ち上がった。

 織斑一夏という男のIS操縦者を弟に持っている千冬にとっては他人事ではなかったのだ。

 今では、旧知の操縦者や技術者を呼び寄せては、生徒たちの指導を任せたり、アドバイスをもらったりと充実した日々を過ごしている。

 

「しかし、セシリア……」

「はい?」

「ずいぶん、はっきりと言ってくれるじゃないか」

「あら、何か間違っていまして?」

「間違っちゃいないさ。『世界最強は地球上には存在しない』

 セシリアの言う通りさ……」

 

 壇上に列を作る面々は、いずれもが次代の強者。

 かつての専用機持ちたちはその全員が『最終移行』への到達者であり、そうでないものにも油断ならない強者が潜んでいる。

 そんな面子は時代の移り変わりを感じさせるのだろうか、千冬はしみじみと頷いている。

 千冬は突如、声を張り上げた。

 

「お前ら!」

 

 同窓生たちの視線が一気に千冬へと集まった。

 千冬はルールを破った生徒を淡々と制裁することはあれど、声を荒げることの少ない先生であった。

 そんな千冬の珍しい様子に、同窓生たちは、一様に目を丸めている。

 

「……お前らが挑むミッションは過酷だ。

 宇宙というただでさえ過酷な環境下で、非戦闘員を守りきり、遥かなる目的地へと辿り着かなければならない……」

 

 それすらも折り返し地点ではない。

 彼らの目的地にはあの男がいるはずなのだから。

 

「未だ見ぬ神秘を獲得するだけならまだしも、世界最強を本気で取りもどすのであれば、それはゴールではない。

 遠大な旅路の果てにたどり着いた先で、安城大晃を撃破しなけらばならない」

 

 目的地への到達。

 安城大晃の撃破。

 目的地へ到達することでさえも困難であるというのに、その先で安城大晃を撃破しなければ『世界最強の奪還』が完遂は不可能だ。

 仮に何らかの説得を試みて安城大晃の帰還を促せたとしても、果たして地球のルールで決着がつけられるかどうかはかなり怪しい。

 ルールの想定外であったとはいえ、かなり危険な闘いをしでかした前科が大晃にはあった。

 

「だから、お前ら……」

 

 行くな、とも言えない。

 必ず成功させろ、とも言えない。

 自分の手を離れた教え子たちを止めることもできず、かと言って、前線を退いた自分が彼らに偉そうな言葉を吐く気にもならない。

 

「……死ぬなよ」

 

 それが今の千冬にできる、精いっぱいの激励だ。

 

「皆さん、こっちのことは安心して任せてください。私はまだまだ前線から退いたつもりはありませんから」

「そうなのサ。本当は私も付いて行きたいところだけど、まあ、おとなしく留守番しててやるのサ。

 ただし、絶対に大晃の野郎を地球に連れて来いよ! 今度こそ、私が勝ってやるんだからな」

 

 千冬の横から、山田真耶、アリーシャ・ジョセスターフが続々と顔を出す。

 共にアカデミアを支える人材として、二人もまた激励に来ていた。

 

「やっほー。みんな大好き、束さんだよ。

 ちーちゃん安心して! 私が技術顧問として手を貸してるんだからさぁ!」

「束博士。わたくしは本日あなたを招待してはおりませんが……」

「セッシー、辛らつ!」

「……束さまはその厚かましいところを直すべきです」

 

 突如として、どこからともなく現れたのは、神出鬼没の天災、篠ノ之束。

 横ではいつものとおり、娘のクロエ・クロニクルが鋭い言葉を吐いている。

 どういう心境の変化か、フロンティア計画の核を担う超大型宇宙艦の設計、建造を含んだ、技術系の全般を担当している。

 セシリアとのやり取りから見て取れるように、以前ほど他人を遠ざける性質ではなくなったようだ。

 人付き合いはそれなりで、プロジェクトに割り当てられた人員との仲は険悪ではない。

 篝火ヒカルノなる人物が中心となって束の技術を吸収せんとする動きもあり、それはプロジェクトの推進に一役買っている。

 

「いやぁ、遅れて申し訳ないな」

「金子博士! 来ていただけるだなんて!」

「うむ、関係のない会合だとも思ったが、事の発端はうちの薄情な息子だしなぁ。

 宇宙の果てで会ったら、ぶん殴ってやってくれんか?」

 

 大晃の育ての親、金子昇もやって来ていた。

 流石に現役は引退しているものの、時折、現場に現れてはアドバイスをする、これまた神出鬼没な老人。

 別れ際にあいさつは合ったらしいが、今生の別れをさらりとする、薄情さを嘆いたりもしている。

 

「では、全員が揃ったところで、改めて乾杯でもいたしましょうか!」

 

 セシリアの提案に全員が頷いた。

 

「金子先生、どうぞ」

「織斑先生も久しいのぉ」

「ちぇ、みんな金子先生には優しいなぁ……」

「拗ねないでください、束さま。今、お注ぎしますから」

「織斑先生と一緒にお酒を飲むのはいつぶりですかね?」

「まだ、1週間しか経ってないだろ?」

「私は手酌でやらせてもらうのサ」

 

 千冬と金子が再会の挨拶にワインを注ぎあったり、拗ねる束をクロエがなだめたり、真耶が千冬に呆れられたり、アリーシャがどこ吹く風で自分のグラスにワインを注いだり――。

 全員にワインが行き渡った。

 

「私たちの新たな門出を祝って」

 

 グラスの快音が彼らの旅路を祝福した。

 

 

 

 

 

 そこをなんと呼ぶべきなのだろうか。

 虹色のグラデーションを背景とした、謎の空間。

 生物の影も形もないその空間の中で、一人の男が目を閉じている。

 彫りの深い顔をした、筋肉が過密に搭載された男。

 右腕のかけた男。

 彼はふっと目を開けた。

 その顔が愛嬌のある笑みを形作る。

 何かを楽しみにするかのように、男は呟いたのだった。

 

「そうか、ついに来るのか……」

 

 

 

 

 

 全高1キロ、全長10キロの超大型宇宙艦、『インフィニット・コスモ・クルーザー』へと乗り込み旅へと出る。

 人類の技術を惜しみなく使われた艦の大きさは果てしなく、また、その丈夫さも折り紙つきだ。

 滅多なこと、仮に隕石と衝突したとしても、外殻は傷一つつかないだろう。

 しかし、今回の目的地は宇宙の端っこだ。

 何が待ち受けているのか、は分からない。

 未知の現象、あるいは、未知の怪物。

 そんな存在が牙を剥いてくることは十分にあり得る。

 

 ――はるかなる航路には何が待っているのだろうか?

 

 一夏には分からない。

 ただ、もうこれで地球に戻れない。

 少なくとも、目的を達成するか、諦めるかをしない限りは。

 既に別れは済ませてある。

 クルーザーに乗り込む直前のタラップで、マドカと共に千冬へと別れを告げたのだ。

 惜しむ大勢の人たちと、自分たちは何も変わらなかった。

 一夏は周りを見る。

 専用機持ちのメンバーがいる。

 セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ヴォーデヴィッヒ、織斑マドカ。

 それぞれが別れを告げる相手がいたに違いない。

 シャルロットに至っては、会社の重役という責務を放り投げてまで志願している。

 更識簪と布仏本音もまた、それぞれが姉を残している。

 

「……お姉ちゃん、行ってくるよ」

「簪ちゃん、ごめんね。付いて行けなくて」

「大丈夫~~。私がかんちゃんのお世話をするから安心して~~」

「本音。あなたも気を付けなさいね」

「ありがとう~~、お姉ちゃん」

「私たちは大丈夫だよ、絶対に生きて帰ってくるから」

 

 別れ際の4人の抱擁を思い出す。

 更識楯無はその激務ゆえに、布仏虚はそんな楯無に仕えているために、付いてくることは叶わなかったのだ。

 自分だって人のことは言えない。

 みんな、地球に大事なものを残して、参加している。

 

「おいおい、今さら、後悔しているんじゃないだろうな?」

「今さら、遅いわよ」

 

 深刻な顔つきの一夏に二人の女性が腕組みしてきた。

 右には篠ノ之箒の豊満な感触。

 左には凰鈴音の羽毛みたいな感触。

 性質が違うものの、二人の感触は心地よい。

 一夏がどきりとして二人を振り払おうとするが、二人からの力は強まるばかりで、振り払うのは無理そうだった。

 全員の視線が集まってドギマギする。

 

「なあ、そろそろ返事を聞きたいんだが」

「うん、私も聞きたいなぁ」

「……え? いや、ちょっと……」

 

 一夏はいい加減に気がついている。

 二人が自分に向ける好意に。

 自分が二人に向けている好意に。

 だから、避けていた。

 結論をつけることを――。

 

「ふふん。やっぱりそうだと思った」

「そうか、残念だが強硬策でいかせてもらうぞ」

「どういう意味だ?」

 

 締めつけてくる二人の力は、強くなった一夏でさえも抵抗不能なほど。

 二人もまた最終移行にたどり着いている強者だった。

 

「だからさぁ、あんたが選べないほど私たちのことが好きなら、勝手にあんたのものになれば良いってことよ」

「なに!?」

「そういうことだ。なぁに法律の心配はいらない。

 私たちがいるのは宇宙、治外法権ってやつだ」

「たらし込むだけの時間もあるし、メロメロにしてやるわ」

 

 箒と鈴にもみくちゃにされている一夏の周りから人が遠ざかった。

 そう遠くはない距離にいるが、セシリアも、シャルロットも、ラウラも、マドカも、ブリッジに立ち進行方向を眺めている。

 暗黒の中に、星々が輝いている。

 気が遠くなるほどの距離を感じさせる光景。

 しかし、彼らはこれから、そのさらに向こうに行くのだ。

 

「さてさて、あの三人は一体どうなることでしょうね?」

「三人で幸せになればいいんじゃないかな」

「どうするんだ? 子供ができたら?」

「祝っておやりなさいな、マドカさん。親戚が増えるんですもの」

「……おばさんと呼ばれるのも悪くはないか」

 

 セシリアとシャルロットは呑気に展望を語り、マドカは親戚の誕生をはやくも期待している。

 一夏が訂正する間もない。

 ラウラがセシリアとシャルロットに目配せした。

 

「そういえばだ、私たちのほうはどうする? 私はお父さんを夫にしたいんだが」

「……大晃に勝ったらその話は考えてもいいかもね」

「わたくしは興味ありませんわ。まあ、敗れたあの人を近くで眺め続けるのも一つの選択ではありますが。

 っと、こんなこと話している場合ではありませんわね」

 

 艦は移動を続けている。

 まだ、光速には届いていない。

 これから光速を超えるのだ。

 

「ポイントAへの到着を確認。

 さて、皆さま人類初の超光速艦行の準備はよろしいこと?」

 

 艦が膜を張る。

 特殊な空間で全体を包み込み、空間の方を生成した力場で移動させることで、光速を得るのだ。

 その瞬間、全員が、会話と作業を打ち切って胸をたぎらせた。

 

 

 

 

 

 安城大晃がその挑戦を受け止めるようにして、腕を開く。

 まだ、彼らが到着するかはまだ分からないし、出来たとしてもだいぶ先の話だろうに。

 男は彼らがそこにいるかのように手招きをして、虚空を見つめている。

 

「呆れた」

 

 彼とは共生関係にある精神的な生き物も、この奇行には不審げだった。

 男が首をかしげるのを見て、小言を吐いたほうであるにもかかわらず、精神生命体は少女を模した姿形のままにため息を吐いた。

 

「だってさ、あいつらはあなたをぶちのめしにくるのよね?」

「まあね」

「しかも、叡智の痕跡を見せつけるように発信したのはあなたよね?」

「それは誤解だ。あいつらが気付きやすいように細工はしたがね」

「なんで、そういうことするのかな?」

 

 少女の真っ当な反応に男は困ったように笑った。

 大晃は叡智の場所にいる。

 その叡智を浴びるように吸収した。

 しかし、大晃はそれに手をつけてはいない。

 それどころか叡智の在り処をあえて示している。

 愚かと言えば、愚かだ。

 

「なあ、無手よ」

「なによ?」

「人類は一体、この十年を一体どういう風に過ごしたのだろうな?」

 

 無手と呼ばれた少女は答えない。

 大晃は虚空に思いを馳せている。

 

「進歩しただろうさ。

 それは10年前に比べればはるかに速く、今なお加速している段階とみて間違いはないだろう。

 何故だと思う?」

「私たちの最終移行による変化もあるんじゃない」

「それも一助にはなったろうが、決定的な要因ではない。

 現に連中は最終移行を重ねて、より高い位相へと上り詰めようとしている。

 俺たちの最終移行の影響はあってもなくても、彼らはいずれここへとたどり着いだろうさ」

「じゃあ、なんだっていうの?」

 

 大晃の視線に自然と厳しいものが混ざる。

 それは自身の感情に従った言葉ではなかった。

 誰かの心情に寄り添うような言葉であった。

 

「もう、地球上に世界最強はない」

「……ッ!」

「なぜなら俺がこんな辺鄙な場所に来てしまったからだ」

「――」

「連中は屈辱だろうな。何せ、どれほどの研鑽を積み強くなろうとも、俺という目障りな存在が消えてなくなることは無いのだからな」

 

 大晃は宇宙の端にいる。

 しかし、皮肉なことに地球との間にある距離が途方もなければ途方もないほどに、地球での存在感は増しているようだった。

 それをいかなる方法で察知したのか、あるいはすでに予想していたのか。

 それは分からないが、自身の雲隠れがどのような結果を生んでいるのかを正確に把握しているようだった。

 

「だから、連中は取り戻しに来る。

 世界最強を、わざわざ、この辺鄙な場所まで」

「――」

「10年の時を経て、地球は今、成熟を迎えようとしている。

 その成熟した尖兵が、叡智でも、資源でもなく、俺に向かってくるんだ。

 その味たるやどれほどのものか――。

 興奮しないわけがないな」

「本当に馬鹿なんだから」

 

 無手がじとりと大晃を見た。

 そんな状況に昂っている大晃の興奮と、人類がこの場所に眠る巨大なものよりもなお自身の方に価値を見出しているはずだという希望的観測。

 両方への呆れ。

 

「でもあなたらしいわね」

「だろう?」

 

 そして、永遠の場所へと到達してもなお変わらない男への、奇妙な安心感。

 ああ、何のことはない。

 結局、自分はこの男に屈服した以上は従うしかないのだ。

 ならば、この男と人類の行く末を見物するのも悪くないだろう。

 無手は恋をしているとは未だに認めてはいないが、一緒にいて退屈しないことはもう分かっていた。

 会話を切り上げて、虚空を見る。

 二人は隣り合い、その向こうから迫るであろう存在を目に焼き付けている。

 

「さあ、来い」 「さあ、おいで」

 

 宇宙の果ての呟き。

 それが届いたのかどうか。

 ついに、人類が外宇宙への第一歩を踏み出す瞬間。

 何億何千光年と離れた地点と連動するかのような呟きは、もはや、返される運命。

 図らずとも人類の号令が呟きと重なった。

 

「出発! 宇宙の果てへ! 叡智を、世界最強を、安城大晃を目指して!」

 

 コスモ・クルーザーの悠久なる旅が始まった。

 

 

 

 

 

 元をたどれば一人の男の出会いだった

 出会いはやがて多くの人を巻き込み、ついには世界最強の頂すらも呑み込んでいく。

 その結果、起きてしまった世界最強の消失。

 奪われた世界最強を取り戻すべく、人類屈指の強者たち立ち上がる。

 彼らの冒険は、世界最強の男をめぐり強者たちが織りなす活劇としてまとめられ、後世に語り継がれることになる。

 人々はその物語を、重力を超えた男の格闘技になぞらえて、こう呼んでいる。

 

 超重力格闘伝―IS― と。

 

 ―完―

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