超重力格闘伝―IS―   作:泣き虫くん

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8話、クラス対抗戦

 試合開始の合図と共に一夏と鈴は飛び出す。

 

 一夏の雪片弐型が危険だということを承知で、鈴は切り結ぶことを選択する。

 鈴の双天牙月の威圧感にただならぬものを感じながら、一夏は前に出る。

 

 二人の思惑が一致し、二つの武器が正面から当たる。

 

 押し合い、火花が散り、力を込めようと鈴が前に出る瞬間――、

 鈴の背筋に震えが生じる。

 

 白式の雪片弐型からエネルギーが迸る予感がする。

 一夏がエネルギー刃で押し切ろうとする、その力が手元に伝わってくる。

 

 このまま零落白夜を使われればダメージを受けてしまうだろう。

 そして、それは鈴の狙い通りでもあった。

 

「――ッ!」

 

 だから、鈴は退いた。

 スラスターを点火することでスライドを加える。

 一夏が押した瞬間にその場から居なくなったかのような挙動は、剣を乱し、同時に鈴を最適な位置に運ぶものだ。

 

 最初に真正面から攻めたのは一夏との鍔迫り合いの形に持っていく為。

 最速でぶつかることで一夏の得意な斬り合いを省略する。

 零落白夜を使うチャンスを与えることで、逆にタイミングを絞った。

 

 一夏の側面に移動することは鈴が事前に決めていたことなのだ。

 

「喰らいなさい!」

 

 鈴の身体が回転を始めた。

 独楽のように回る双天牙月は重く、速く、軌道の変化も鋭い。

 

 一夏は身体の向きを変えて対処しようとする。

 鈴を正面に据えて闘うことさえできれば、やり様はあるのだ。

 

 真横から来る連撃に身を預けるようにして傾け、向き様に剣を振るう。

 細かく狙いはつけない、豪快な横切り。

 零落白夜を発動させる。

 機体のどこかに当たればそれでよかった。

 

 それが当たらない。

 剣が鈴の"甲龍"に接触しているように見えた。

 だが、手ごたえが無い。

 まるで、その場に残った残像だけを貫いている様であった。

 

 またしても、鈴が横に横に回り込んでいく。

 鈴を捉えることさえできれば、と一夏も回転をする。

 

 だが、機体の向きさえ変えればいいはずの一夏が、鈴に追いつくことができない。

 

 鈴は大晃との闘いから、近接戦闘はまずいと考えていた。

 

 しかし、正面ではなく側面から攻めればどうなるだろうか。

 一夏の剣の腕には目を見張るものがある。

 もし、地上で同じことをしても一夏に対処されるはずだ。

 

 だが、足場のない空中であれば話は別。

 PICを足場にすることもできるが、基本的に浮いていることに変わりはないし、鈴も同じである。

 そうなると、純粋にISの制動技術が二人の差となる。

 

 今も鈴は二つの技術を同時に駆使している。

 その場で回転する技術、スラスターを点火することで横にスライドして移動する技術。

 どちらも基本中の基本の技術ではある。

 しかし、一夏に追いつかれぬ速度で回り込み、双天牙月の間合いに留まり続ける。

 

 回転する角度を誤れば一夏との適正な距離を保てなくなり、スラスターの出力が強すぎれば小回りが利かなくなる上に弱すぎれば一夏に追いつかれる。

 それらの調整を行い、なおかつ、この闘いで要求されるレベルでの近接戦をこなす。

 一夏よりはるかに高い技量を持っていた。

 

 一夏はその鈴を追いかける。

 必死に追いつく為に速度を上げていく。

 

 ――置いてかれてたまるかッ!

 

 闘いの前に鈴の想いを感じ取ったはずであった。

 自分は甘かった、と一夏は思う。

 鈴の思いの丈は一夏の想像以上であった。

 

 鈴は一年でISの国家代表候補生となったという。

 その一年がどれほどのものだったかを雄弁に語る鈴の技術であった。

 

 一夏は鈴の技術に濃厚な汗の匂いを嗅ぎ取った。

 

 だから、追いつかなければならない。

 自分の全てを伝えようとする鈴に報いなければならない。

 

 布石は既に打ってある。

 一つ、回転する方向を限定していること。

 二つ、回転の速度を上昇させていること。

 

 そうしておいて、逆回転で攻めるつもりであった。

 

 無論、その程度のこと鈴はお見通しであろう。

 通用することは無いだろう。

 だが、鈴が一夏の動きにどう反応するかを見ておくことは決して無駄なことではない。

 

 もしミスがあれば遠慮なく攻めればいいのだ。

 

「餓ッ!」

 

 気迫を声として出す。

 全身に力を込め、習得した定点旋回、スラスターとPICの利用による超速回転、の勢いを全て乗せた回転切りを放つ。

 

 大晃の回転に匹敵する速度の一撃。

 

 大気ごと切り裂こうとする、それを前にしても鈴は防御の姿勢を取らない。

 進行方向から来る一撃に対して一撃を見舞う。

 

「あぎゃあぁッ」

 

 二つの得物が交差したとき、一夏は腕に激痛を覚えた。

 双天牙月の刃が刀ではなく腕部装甲、すなわち手首を打っていた。

 装甲は破壊され刃はバリアに阻まれてはいるものの、二つの力の終着点となった腕に痛みと痺れが伝搬する。

 顔面の筋肉が痛みで歪み、汗で全身が濡れる一夏の様子を鈴は目に焼き付ける。

 

「もっと……」

 

 痛みに打ち震える姿こそが一夏に相応しい、と鈴は笑う。

 鈴は畳みかけるように一夏を切り裂いていく。

 

「もっとッ……」

 

 白式の装甲が剥がれていく。

 一夏の肩が露わになり、胴といわず、腰といわず、顔といわず、全身を滅多打ちにする。

 

「その無様な姿を見せろぉッ!」

 

 鈴の咆哮が会場に響く。

 ひどく底冷えするような声に一夏はようやく理解した。

 自分はとんでもない裏切りをしてしまったのだと。

 ここで終われない。

 そんな自分ができることはただ一つだ。

 織斑一夏を見せつける。

 雪片を持つ手に力を込める。

 苦境であった。

 しかし、本当に必要な部分へのダメージは回避している。

 ISの機動に関する重要部位は未だ健在。

 

 ――確かに無様かもな。

 

 鈴の"無様"という台詞はその通りであった。

 装甲が剥がれた白式は痛ましく残った部分も汚れていて、痛みで引き攣る顔は決して良いとは言えないかもしれない。

 一夏は薄く笑った。

 だが、例え無様でも見せつけることができれば良かった。

 織斑一夏を――。

 

「――ッ!?」

 

 前に出た。

 刃の森を強引に掻きわける、まさしく捨て身の特攻であった。

 双天牙月の間合いに入り込み、刀を鋭く振り下ろす。

 

 零落白夜を発動した雪片はまさに一撃で勝負を決する凶器。

 眩い輝きは危険な物であり、鈴はそれを知っていた。

 

 鈴は双天牙月を二つに割ったかと思うと、そのうちの片方を雪片の側面に当てる。

 分解することで間合いを短くしたのだ。

 それにより、一撃は逸れた。

 しかし、鈴は未だ一夏の間合いの中に居る。

 危険な状態であるが、鈴にはまだ手があった。

 連撃に繋げようとした一夏を突如襲うのは不可視の弾丸。

 甲龍の両肩に浮くユニットから放たれたそれらが一夏にぶつかり、強制的に距離を開けさせた。

 

「やっと……」

 

一夏がぜいぜいと息を吐きながらも呟く。

 

「お前に触れることができた。ほんの一瞬だけどな」

 

 息を呑む鈴に構わず、一夏は口を開いた。

 

「ここからが本番だよな」

 

 歯をむき出して笑う。

 そんな一夏を見て鈴もまた笑う。

 

「そうだね」

 

 まだまだ楽しめることに歓喜を浮かべている様であった。

 一夏は突撃を敢行し、鈴は不可視の弾丸を浴びせかけるのであった。

 

 

 

「強いな……」

「強いですわね」

 

 箒とセシリアは言葉を交わしている。

 

「衝撃砲が厄介ですわね。遠近両方で応用ができるのですから」

 

 衝撃砲――、空間に圧を掛けることで砲身を生成、余剰のエネルギーを弾丸として射出する。

 その砲身射角の制限のない射出武器は、近距離用の武器としても極めて有効であった。

 

「あの両肩の武器もそうだが、それ以上にISの制動技術の方が厄介だ」

「一夏さんの側面に回り込みながらの近接戦闘に、零落白夜を喰らわない防御方法……」

「研究されているな」

 

 鈴が零落白夜を喰らっていないのは、攻撃によって一夏の剣を逸らしている為。

 大晃が柄に拳を当てることで剣を弾いていたように、鈴もそれに近いことをしていた。

 

「それにしても――」

 

 今も闘いは続いている。

 セシリア達の目の前では鈴と一夏が互いの得物をぶつけ合っている。

 

「まさか近距離であそこまで肉薄してくるとは思いませんでしたわ」

「衝撃砲は両手を塞がないからな。近距離で一夏に出し抜かれても、離脱するだけの時間を稼ぐことができる、と踏んでのことだろう」

 

 事実、鈴は仕切り直しの際に衝撃砲の一撃を見舞っている。

 保険として機能する衝撃砲があるからこそ果敢に攻めることができる。

 そういう側面もあるだろう。

 

「だが、それだけでは無いのだろうな」

 

 箒は唐突に呟いた。

 

 箒がそう考える根拠は一つ。

 衝撃砲が万一の保険になるからと言って、鈴がわざわざ接近戦を挑む理由にはならないからである。

 安全に勝つことを考えるのであれば衝撃砲による遠距離戦を中心に攻めればよいのだ。

 何より――今、目の前で繰り広げられている闘い。

 気迫が籠った一撃が。

 耳に残る鈴の咆哮が、保険という言葉で片付けられるものとは思えなかった。

 

「――約束を忘れられた、いや、"ただの約束"だと勘違いされたことが相当頭にきているようだな」

「何にせよこちらの距離で闘ってくれるのは、有り難いですわね」

「そうとも限らない」

 

 箒の反論に口を開きかけたセシリアは、考え直す。

 この代表候補生でもない女子は闘いに掛けては中々に鋭い。

 ISの技術や知識では劣っているが、ことISでの闘いに関しては肝を掴んでいる。

 だから、耳を傾けるだけの価値があるはずだと。

 

「遠距離の敵を相手に接近することが焦点の一つだったはずだ。

 瞬時加速は距離の空いた敵に突っかけるのに最適な技術の一つ。

 ISほどの質量を持つものが、いきなり懐に現れるんだ。

 初見で避けるのは難しい。

 それで十分の筈だった――、一夏には零落白夜があるからな」

 

 セシリアが脳裏に浮かべたのは安城大晃。

 懐に急に入り込まれた時には恐怖を覚えた。

 なるほど、初めて味わうのであれば対処の仕様がないだろう、と納得する。

 

「しかし、あの距離でそれは無理だろう。

 瞬時加速は自身を砲弾と化す技術――あれでは近すぎる」

 

 銃にも最適な距離があるように、瞬時加速にも適正な距離があった。

 

「ふむ、つまり一夏さんと同じ近接戦にこそ分があると、凰さんは考えたわけですわね」

 

 そのセシリアの言葉を、箒は否定も肯定もしなかった。

 

「鈴はどうしてこの闘い方を選択したのだろうか?」

 

 箒の言葉に熱が籠ってきている。

 鈴の名前を口にするのはある種の共感があるからだろうか。

 

「これは鈴が"想い"をぶつける為の闘いだからだ。

 奴の技術、機体、それらは道具に過ぎない」

 

 箒が力強く拳を握る。

 この闘いの熱気に当てられたかのような姿だ。

 

「――その"想い"を打ち砕けるのはより強い"想い"だけだ」

 

 上質な歌には人を共感させる力が宿る。

 箒の歌うような言葉はセシリアにそうと思わせる力があった。

 

「一夏、お前の"想い"を見せてやれ」

 

 

 

 面白いな。

 

 ほのかに奔る電流のようなものが、一夏にそう意識させる。

 鈴に打たれるたびに電流が奔り、その度にその面白いが肉の中に溜っていく。

 

 鈴はぎりぎりの所で闘っていた。

 一つのミスが命取りの闘いを挑んできている。

 

 だから、面白いのだろう。

 肉体が、歓喜している。

 鈴にしなくても良いことをさせている"想い"が嬉しくてたまらないのだ。

 

 剣はまともに当たらない。

 剣の間合いの少し外から双天月牙か衝撃砲が襲い掛かって来る。

 痺れを切らして前に出れば、待っているのはカウンターだ。

 

 これは布石だ。

 

 一夏は隠していた。

 防御する裏側で反撃の機会を窺っていた。

 白式の装甲はもはやボロボロであった。

 腕部、脚部パーツは機動力を確保する機関が生きている状態であり、肩部に至っては完全に破壊されている。

 残った部分も薄汚れ、白銀の輝きはもうない。

 

 それでいい――。

 

 双天牙月の刃を受け、逸らし、結果余分なものは削られた。

 その分速くしなやかに動くことができる。

 右から来る一撃に一夏は左腕を上げた。

 当然ダメージとともに痛みが走る。

 だが一夏はそれらを無視した。

 尋常な方法では"この想い"に応えることはできない、と。

 

 絡み取り、引き込む。

 相手に背を見せるほどに引き絞り、懐に誘い込む。

 篠ノ之流にある素手の技。

 懐に潜り込み腕を絡み取る技である。

 武器を掴み取る技でも無いし、相手を誘い込む用途で使うことは無い。

 しかし、その動作には篠ノ之流の理合が生きている。

 

 鈴はあえて抵抗しない。

 衝撃砲の射角ならば多少姿勢を崩そうとも迎撃が可能。

 零距離の砲弾で痛みつけてやる、と鈴は獰猛に笑う。

 

 衝撃砲のエネルギーが解放させる。

 鈴が全身を硬直させる。

 衝撃砲を放つための土台として、機体も、肉体も、集中するわずかな時間。

 

 それを狙っていた。

 

 一夏は跳んだ。

 背を向けたまま低く、右へ跳躍し、くるりと周り下段から振り上げる。

 

 豪ッ!

 

 雪片が鈴を捉える寸前に放たれた衝撃砲の轟音。

 強引にでも突っかけるつもりの一夏に退くつもりはなかったが、予想に反して衝撃はない。

 事実、衝撃砲は一夏に向けて放たれたのではなかった。

 狙いをつける余裕のない鈴はとっさに前方を撃った。

 鈴は後方に移動していた。

 土台としての役割を放棄することにより、衝撃砲の反動を移動に利用したのだ。

 

 ――衝撃砲をそう使うのかよッ!

 

 一夏は鈴の応用力に舌を巻く。

 衝撃砲を一種のスラスターとして利用するなど想像できることではなかった。

 しかし、それは鈴が奇策に頼らざるを得なかったということ。

 一夏の攻め手が鈴の予想を上回っていたからこそ。

 衝撃砲の思いもよらない使い方に驚きはした。

 だが、次は通用しない。

 一夏が笑みで牙をむき出しにする。

 

 ――絡めとられたわね……。

 

 篠ノ之流。

 その名が鈴の頭をよぎる。

 一夏が武を志していたことは知っていた。

 それが篠ノ之流だということも。

 細かな技を知るわけがなかった。

 だが、武器を絡めとり引き込む一連の動作には何らかの理合があったことは明白。

 今の今まで考えてもいなかった篠ノ之流というファクター。

 それが浮き彫りになった事実に鈴はほくそ笑んだ。

 

 ――面白いッ!

 

 二人の"想い"が重なる。

 

 相手を出し抜こうとすること。

 相手を知ろうとすること。

 お互いにそれを行うことは全力で向き合っているのと同じであった。

 長い間一緒に居て、ここまで本気で向き合ったことは無かった。

 こうして向き合っていると相手の感情は何となく分かるものである。

 相手が同じことを感じている。

 "想い"を共有している。

 それが嬉しくてたまらなかった。

 

 

 

 掛け合わされた"想い"が熱となって大気を焦がす。

 熱が大気を媒介として広がっていく。

 熱はバリア内を満たしてもまだ止まらない。

 

 厚いシールドで遮られているはずの客席にまで届いている。

 大粒の汗をぬぐう観客もいる。

 その観客でさえもぬぐう動作を意識する暇も無く、目の前で睨み合う二人がどう動くのか意識を向けている。

 画面を通して見ている人間もこの熱気を感じていた。

 カメラで拾うことができるほどの熱気であった。

 

 

 

 次はどう動くのか。

 それがこの闘いを見つめる者たちの、あるいは当事者たちにとっての関心ごとであった。

 二人の間には距離がある。

 

 衝撃砲で牽制をするのか!?

 近接武器で切り込むのか!?

 

 何かのきっかけを探していた。

 自分の闘いに持ち込む為にはそれが必要だった。

 二人は動かない。

 否、動けないのだ。

 

 この状況で最も厄介なのはやはり甲龍の装備する衝撃砲であった。

 射角も自由自在である上に、眼に見えない故に反応が遅れてしまう。

 ISのハイパーセンサーで空間の歪みを捉えて避けていたのでは遅い。

 機体ごと吹き飛ばす威力もある。

 

 だが、欠点もある。

 まず、空間に圧を掛けて発射する性質上、単発になる上に、次弾の装填に若干の時間がかかること。

 もう一つは、その威力故に発射の瞬間、反動を抑える為にISの機能の全てを使うこと。

 一夏が射程に入っていながら、未だに鈴が衝撃砲を使わないのは警戒しているから。

 もし衝撃砲を撃って避けられた場合、一夏の接近を許してしまうことになる。

 そこに勝機があると一夏は考えていた。

 

 変化が訪れる。

 鈴が動いたのである。

 双天牙月――、二つの青龍刀が連結されたようなそれを二つに分ける。

 青龍刀を両手に持つ鈴であったがその意図を一夏は読み切れずにいる。

 

 双天牙月を二つに分ければ、間合いは短くなる。

 相手を迎撃するならば、より長い間合いを持つ方が有利。

 ましてや、鈴の両手に持つ武器は一夏の持つ雪片と同じ間合いを持つ。

 一撃必殺の雪片を前にわざわざ間合いを短くすることにどんな意味があるのだろうか。

 

 そう考える一夏の逡巡を、まるで知っていたかのように鈴は動き出した。

 いや、眼に見える動きは無い。

 ただ、一夏は気配を感じたのだ。

 衝撃砲が空間に圧を掛け、砲身を形作る気配をだ。

 鈴の両肩に力を伴う光を一夏は見た気がした。

 

 それは一夏の高まった感覚が見せた幻だったのかもしれない。

 その気配が本当かどうかは分からない。

 自分が先に動いてその自分を撃ち落とすつもりだとしたら、その弾丸には当たってしまうだろう。

 だが、もし別のことに気を逸らさせて撃つこの一撃が本命だとしたら鈴の懐に潜り込むことができるかもしれなかった。

 向こうがこちらの虚を突こうとしているのなら、こちらが先に気配を読んで仕掛けることは想定外の筈だからだ。

 例え向こうが先ほどと同じように、衝撃砲をスラスターとして利用してもそれは後方に下がることができるだけのこと。

 ならば、追いつくことは容易い。

 

 言語化すればそれだけのことが一瞬の電流となって一夏の体内を駆ける。

 肚は決まった。

 一夏は前に出た。

 瞬時加速の前段階として学んだ、スラスターを利用しての一方向に直進する技術で。

 それは速さでは瞬時加速に及ばないものの、出力によって射程を変えることができる技術だ。

 

 鈴の構えから不可視の弾丸の軌道を予測し、それを避ける体捌きを加え前進し――、

 衝撃砲が火を噴いた。

 

 弾丸は当たらなかった。

 一夏は鈴に向けて進んでいく。

 近づいていく。

 だが、それは一夏の想定よりも速かった。

 雪片を振り下ろす前に、逆に鈴が一夏の懐に入っていたのである。

 

 鈴は衝撃砲を自身の後方に放っていた。

 その反動を利用して前に出ていたのだ。

 その前に出た分だけ一夏の計算を狂わしていた。

 

 一夏は覚悟を決める。

 鈴の一撃は確かに重い。

 しかし、一撃必殺ではない。

 痛みとダメージを覚悟すれば、反撃に転じることができる。

 しかし、その考えさえも鈴は実行させる気はなかった。

 

 両手の青龍刀が消える。

 ISの格納空間に双天牙月をしまったのだ。

 その空いた両手で何をする気なのか。

 一夏の疑問に応えるように鈴は動いた。

 

「捕まえた」

 

 鈴は抱き着いた。

 全身を一夏の身体に絡ませたのだ。

 互いのシールドがじりじりと鳴るのが分かる。

 そして、鈴の両肩の衝撃砲が低く唸り声を上げる。

 一夏の身体に戦慄が奔るのと同じタイミングであった。

 

 ――ッ!?

 

 衝撃砲が一夏に放たれた。

 一夏よりもいくらか軽いとは言え、身体を密着させている鈴も無傷では済んでいない。

 苦痛を堪えている表情をしている。

 

 一夏の体内を駆け抜けていた戦慄はいつしか感動になっていた。

 鈴の態度は一貫していた。

 リスクを恐れない。

 リスクを避けない。

 ここから先はもう負けるというラインを超えないながらも、そのギリギリで闘う。

 例えそれが苦痛とダメージ伴う方法でも構わない。

 それ以上の苦痛とダメージを与えることができればそれで帳尻は合う。

 

 恐ろしい闘い方であった。

 だから感動している。

 増してやその相手は一夏自身である。

 そこまで想われている自分が誇らしかった。

 ここまでしてくる相手であれば、負けてもいいとさえ思えた。

 振り返れば、良い闘いであった。

 負けたとしても鈴とのわだかまりはもう消えてしまっているだろう。

 鈴が抱き着いたまま衝撃砲を放ち続ければ、先に白式のエネルギーが尽きるはずである。

 

 だが、自分はまだ負けてはいない。

 ならば諦めてはいけない。

 ISに雪片を格納して、両の手を自由にしてやる。

 

 この状態では雪片はもう役には立たない。

 鈴を引きはがすためには何も持たない素手である必要があった。

 

「絶対に離してあげないんだから」

 

 鈴の顔が赤く上気していた。

 酔っぱらったかのようにトロンとしている。

 

 その鈴にどきりとしたが、なるべく意識しないように一夏は動いた。

 鈴の両肩を押す。

 全身に鈴が絡みついているのであるが、それでも多少の距離は空く。

 

 その空間を生かして拳を鈴に叩きこむ。

 何度も何度も鈴の腹に向けて拳を打ち込むのだ。

 威力は半減するが何度も拳を当てれば拘束する力が緩むかもしれない。

 あるい衝撃砲で受けるダメージよりも与えるダメージが多くなる可能性もある。

 

 そんな意図に鈴は気づいているのか。

 拳のお返しとばかりに一夏はまた撃たれた。

 それに拳で応えてやる。

 

「ぬう」

「むう」

 

 一夏と鈴が痛みを堪えている。

 まるで我慢比べのように二人はお互いの攻撃を受けている。

 ダメージを軽減することを考えていないようであった。

 

 そんなときである。

 もはや、離れることなど考えていないような二人であったが、突如離れたのだ。

 観客たちは不可解に思う。

 鈴が痛みに耐えれなかったようにも、一夏が鈴を引きはがしたようにも見えなかったからだ。

 その答えは二人の間に降ってきた。

 

 二人が居た空間を熱線が通過したのだ。

 地面に激突して、強烈な爆発が起こる。

 アリーナの中に届く、つまり、それはアリーナのバリアを貫通するほどの威力を持つことを意味する。

 バリアに空いた穴から一機のISが入り込んでた。

 そのフルフェイスのISは二人の間で静止した。

 

 

 

 観客席からは悲鳴が上がる。

 アリーナを突き破る正体不明のISが、観客席を狙わないとは限らない。

 そうでなくとも、高威力の熱線は観客を恐怖させるには十分すぎた。

 避難のアナウンスとアラームが鳴る。

 従って避難しようとする観客たちであったが、そうはいかなかった。

 

「どうして開かないのよッ!?」

 

 誰かが叫んだ。

 アリーナのあちこちでそういう叫び声が起こる。

 アリーナの出入り口が開かない。

 何者かのハッキングにより、電子ロックが解除できないのだ。

 さらにはバリアにも異変が起きる。

 発生装置の出力が通常を超えて高まり、やがてバリアの強度が外からは介入できないほどに強くなった。

 威圧的な音がアリーナ中に響く。

 それらの要因が観客たちの恐怖を高めていく。

 中には泣いている者さえもいる。

 そんな状況の中で一夏と鈴は、そいつを睨むのであった。

 観客たちの怯える姿に、二人はどす黒いものを覚えた。

 フルフェイスのISは表情を見せることなく不気味に佇むのであった。

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