パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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師族会議後半戦です。


赤く濡れた大地に砂煙は起きない。

 

 

「司波達也君と深雪さんの婚約は四葉家の私事でも、戦略級魔法師、旧姓多治見久殿の四葉家への養子入りに関しては看過できない」

 

七草弘一さんがしつこく攻撃をする。達也くんと深雪さんの婚約は、近親婚と言う攻撃理由があったけど、僕の場合は、多分に感情的な理由だ。

お母様と弘一さんの過去の確執を嫌と言うほど見ている他の当主たちから、ため息のような雰囲気が漂う。

お母様も冷ややかに対応をした。

 

「久のことは、皆様も独自に調査しておいででしょうから、一高入学以降の情報は詳しい筈です」

 

前回の師族会議の時に、僕のことは調査したはずだ。それは当然の行動で、十師族の調査となれば徹底している。

 

「久が一高入学後すぐ、犯罪組織に誘拐されたことはご存知でしょう」

 

皆が頷く。

 

「はい。その事件では私と当時生徒会長だった七草真由美殿が身元引受人として病院に迎えに参りましたから」

 

お母様が念を押すように十文字先輩の方を見たみたいだ。十文字先輩が代表して返事をする。

 

「その時の久はいかがでしたか?」

 

「…かなり衰弱していました。気持ち的にも肉体的にも…」

 

あの時の僕の姿は、十文字先輩の中の僕のイメージとして強く残っている。だから僕には優しいんだよね。

 

「九島烈先生は久の後見人でしたが、お忙しいのか久を放任しておりましたわよね」

 

「うっうむ。そのようですな」

 

九島真言さんが、やや呆然と返事をした。僕と烈くんの関係は、僕たち以外には絶対にわからない。

 

「久が誘拐された事件をきっかけに、久に関心を持ちました。最初に会えたのは九校戦の後でしたが、その時から久は私の事を母親と慕ってくれたのです」

 

お母様の過去の誘拐事件は、会場にいる当主たちは当事者でもあるから、誰よりも詳しく知っている。僕に同情以上の感情を抱くのは当然だとも考えている。

入学試験の結果が外部に流出した入学直後は非主流のナンバーズや企業、困った事に犯罪組織に目をつけられた。十師族が僕に注目したのは、九校戦での将輝くんとの試合以降だ。

 

「藤林響子さんとの婚約も、その九校戦の時、烈先生の肝いりで決まったそうですね」

 

「うっうむ」

 

再び真言さん。搾り出すような声だ。

 

「しかも、その婚約は、沖縄戦で婚約者を失って未だ傷心の癒えない藤林響子さんを、一族が無理に結婚させようとしていたのを止める為の狂言だったそうです。本来、響子さんとの婚約は一切表には出ない筈でした」

 

「ぬっ、では私の発言は早とちりだった、と。そう言えば、久殿はあの時、何か言いたげでした。私はてっきり恥ずかしがっているものだと」

 

十文字先輩が唸る。十文字先輩が天然だってことは、他の当主の皆さんはまだ知らない。

 

「その会場で久は五輪澪さんとも運命的な出会いを果たしたそうですね、五輪殿」

 

「はい」

 

五輪勇海さんが返事をする。その声は、いつもの自信なさげな雰囲気とは違った。お母様がそれとなく水を向けるのを待っていたみたいだ。

 

「当時の娘にとって九校戦は唯一とも言って良い外出の機会でした。久殿との出会いは偶然でしたが、年の差があるにも関わらず、すぐに意気投合。趣味も同じで初めから相性が良かったようです。九校戦後、娘は久殿の自宅に押しかけて一緒に住むようになりました」

 

他の当主は黙って聞いている。そのあたりの事情は既知のようだ。

 

「当時、己の余命すら数年と諦めていた娘は、親の目から見ても女としての魅力は失われていました」

 

そんなことなかったぞ!ぷんぷん!澪さんは最初から美少女だったぞ!どう見ても中高生だと最初に思ったのは秘密だけど。

 

「ましてや久殿からすれば、かなりの年上ですので、間違いも起こらないと…」

 

僕のほうが年上…

 

「久殿はその…容姿が、女の子にしか見えないせいもありまして、まるで姉妹のようで、娘もあれほど真剣にわがままを通したのも初めてのことでして、同居に関しては親としても反対しづらかった。娘の、最後のわがままかもしれないと考え、許可しました」

 

最後の、はひどいけど、本当かな…プレッシャーの元凶が家を出てくれて少しほっとしていたと思うけど。それは邪推だよね。

 

「久殿と同居するようになり、娘の精神が安定したのか、体質は改善しました。どの医者も匙を投げた娘の体質が改善したのです。娘が久殿への感謝や友情以上の感情に目覚めるのは当然でしょう。それだけ箱入りで初心だった訳ですが…娘の切なる願い、女として諦めていた幸せを叶えてあげたいを思うのは親心でしょう」

 

二木舞衣さんが頷いた。

 

「戦略級魔法師の婚姻は、本来ならば本人の自由意志とは無縁に行われるべきですが、澪殿の場合は事情が特殊ですからね」

 

六塚温子さんも援護射撃をした。

特殊な事情であろうと利を貫くのが組織だろうに、感情に左右されるのは十師族や師族会議が私設組織で、各家の事情にまでは立ち入れないし権限もないからだ。これは問題だけど、その問題の間隙を付いたのが僕や達也くんたちの婚約なんだから文句を言える立場ではない。

 

「久殿は藤林響子殿とすでに婚約していましたが、その婚約は九島烈閣下の一種のケレンで、公式に発表されなかったのは藤林家ならびに九島家では了承していなかったからだと調べてわかりました」

 

真言さんの渋い顔が目に浮かぶ。

 

「私は、少々策を弄しました。久殿は九島烈閣下の被後見人でしたが、久殿自身は血縁のいない孤児でした。そこで、私はわが五輪家につりあう家の協力を仰ぎました。そう、四葉殿です。四葉殿が久殿の援助をしていた事は存じておりましたので」

 

僕の完全思考型CADの件は、それほど情報を隠していなかったらしい。

 

「そこで恐縮ですが、四葉真夜殿に泥を被っていただくことにいたしました」

 

「私の養子となれば久の婚約は、四葉家と五輪家の問題になりますでしょう。久は孤児でした。それも十師族の皆さんが懸命に調査してもまったく情報のない人物。四葉家でも久の高校入学以前の情報は不明でした」

 

会場がどよめいた。四葉家でもわからなかった。多治見久は本当に何者なのか…

 

「本来なら、後見人である九島烈先生の九島家が久の養子先に選ばれるのが筋であり、道理ですが…九島家、特に現当主である真言殿と久は、まったくの疎遠であると聞いていました。

会話すらまともにしたことがないと久は言っていましたが?」

 

「うっ、うむ確かに、しかし、それは久殿と接点が少なかったからで。実際は久殿は息子の光宣とは親しかった…」

 

ここに来て真言さんの烈くんへの対抗心が裏目に出た結果になった。逃した魚は大きいのだ。

 

五輪勇海さんがお母様の言葉を引き継ぐ。

 

「久殿は九島閣下のお墨付きがあったとは言え、はっきり言えば得体の知れない人物です。そして、なにより、あの時々放つ世界を覆いつくすかと思うほどの魔法力、いえ、存在感、周囲にいる人間を圧する気配は常人には耐えられません。あれは戦略級魔法師の放つプレッシャーです。私の娘、戦略級魔法師五輪澪も幼き日にはあのような、人の生命を抉り取るようなプレッシャーをたびたび放っていました。わが一族にとっても娘の存在は脅威でした。

久殿は娘と同じ気配を持っています。そのような、言葉は悪いですが、危険な人物の親になってくれる、生命を削るプレッシャーに耐えられる人物は…と愚考しまして…」

 

勇海さんは遠慮がちにお母様を見た。

 

「気になさらないでください。それはおそらく事実ですから」

 

お母様が鷹揚に答える。

 

「しかし、戦略級魔法師を2人も手に入れるとなると、四葉家はひとつどころか、もはや十師族の枠組みから外れてしまうのでは…」

 

真言さんがぶつぶつと呟く。

 

「私は別に久の存在で有利になろうとは思っておりません。ですから、久は四葉家の相続権を一切持たないと発表したのですよ。それに、久を養子に迎えた後、五輪澪さんに差し上げるつもりでした」

 

「それは?」

 

三矢元さんが興味深そうに尋ねた。

 

「久を五輪家へ婿入りさせるつもりでいましたの」

 

会場が驚きに包まれた。

なんと。それではこの章のタイトルを五輪久にかえなくては。

戦略級魔法師をあっけなく手放す。それは、権力志向の強い当主なら思いも付かない、むしろ暴挙だ。

でも、五輪勇海さんは、一人違った発言をする。

 

「そっそれはありがたい申し出なのですが、澪は女性の幸せを諦めていたこともあり、結婚に関しては、色々と思うところがあるようでして。好きな男性の苗字を名乗りたい…そう申すのです。久殿に救われた命は、身体も名前も含めて久殿に貰って欲しいと…

公人である戦略級魔法師としてはやや問題ですが、一人の女性の想いを無碍に出来るほど、親として、親心を、その…」

 

しどろもどろだ。それは僕が知る勇海さんの姿だ。

なるほど、あの五輪家の面々の総意としては、命を蝋燭のようにガリガリ削る化け物はもういらない、耐えられないという事か。

 

「久は四葉久として五輪澪殿と結婚しますが、四葉本家の意思決定に従属しなくても構わない立場です。魔法師は国家に尽くすもの。戦略級魔法師ともなれば、それは最優先です。久は『四葉』を名乗りますが、独立した『四葉久』と言う個人であり当主です」

 

そうか。この前、五輪家を訪問した際、達也くんが一人納得して、いずれわかると言っていたのはこのことか。

今回の一連の出来事は、すべて五輪家主導で行われていて、お母様はそれに協力しただけ。四葉家の画策ではないのか。実際は裏で色々動いて、五輪家をそのような方向に操っていた…なんてことは、あの優しいお母様に限ってありえない。

僕みたいな人物を躊躇いも無く養子に迎えてくれたお母様への想いが高まる。

四葉家の強化だけを考えず、戦略級魔法師である僕の立場まで考えてくれている…僕は感動で目がウルウルする。

 

「それは、建前でしょう。戦略級魔法師が、さ…2人も。現実に四葉家は、世界でも飛びぬけた存在になった。十師族とはもはや別の何かだ」

 

沈黙が会場を覆う。弘一さんもしつこいな。

 

「お二方の理屈では、久殿の義父には私がなっても良いのでは?久殿は娘たちとも親しいですし、私も…」

 

「久の身にはたびたび災難が襲いました」

 

お母様が弘一さんの言葉を遮った。

 

「それには七草家とも関わりの深い人物が…」

 

思わせぶりな発言。そう。僕は七草家に関わる人物に襲われたことが2度もあり、その襲撃を弘一さんは把握していた。真由美さんと双子が僕の家に謝罪にまで来ている。

会場内に険悪な雰囲気が漂った。

 

「発言してもよろしいだろうか」

 

それまで沈黙を貫いていた剛毅さんが、唐突に発言をした。

 

「久殿は愚息の友人でもありまして、以前、我が家を訪問された際、久殿とは徹夜麻雀をしましてね」

 

…何を言い出すのか。

 

「ほう?徹夜麻雀!」

 

「それは興味深い」

 

なぜか八代雷蔵さんと三矢元さんがその話題に食いついた。

場の空気をかえたいと思ったんだろうし、大学時代に麻雀に嵌ると人生が狂うって『森見登美彦』の著作にたびたび書かれているけど、この2人は狂いかけた手合いだな。

 

「徹夜麻雀をすれば、その人物の気性や思考が詳しくわかります。久殿は初心者であるにも関わらず私と息子、それに吉祥寺真紅郎君に負け続けても、決して感情を高ぶらせるようなことはありませんでした」

 

「一晩中負け続けて?それは、すごい精神力と自制心ですね。私なら感情を爆発させて暴れていますよ」

 

体育会系の会話だな。女性陣が少し引いている気配が伝わる。

 

「それで、久殿は最後まで負け続けだったのですかな?」

 

「いえ、最後は三連続カンからのダブル役満直撃で私の大敗北に終わりました」

 

「なんと…それは凄まじい強運。『宮永咲ちゃん』も顔面蒼白の豪運…さすがは戦略級魔法師」

 

「話がそれましたが、久殿の人物は、私が見ても太鼓判を押せます。久殿なら無駄な権力争いに惑う事はないと確信できます」

 

「権力争いには興味がないから利では動かない。一つの家の為だけに動く事はないとおっしゃるのね?大好きな女性の負担を軽くするために、自ら不自由な生活を望んだ久殿は、確かにそうでしょうね」

 

これは六塚温子さん。

つまりは利ではなく、感情で動く人物ってことだ。それはそれで問題だと思うけど。

 

「将来はわかりませんがね」

 

これは、当然、七草弘一さんだ。

 

「七草殿、これはすでに発表されたことです。それも、公式に、国民のみならず、世界に発信されているのですよ」

 

今さら反故には出来ないと、二木舞衣さんが落ち着いて諭す。

普通、権力者にとって僕みたいな成り上がり者の存在は疎ましい。成り上がり者よりも魔法力が劣るとなれば、憎む者だっている筈なのに。

幸いにも、この国の魔法師の頂点に立つ彼らは、僕に好感を抱いているようだ。

 

「…そうですね」

 

味方がいないと悟った弘一さんは黙った。でも、まだ何か考えがあるみたいだ。

お母様も、途中からは薄く笑いながら静かに座っている。

確かに僕は、権力や利では動かない。

九校戦のあの夜、烈くんは僕が国よりも個人を選ぶと言った。

さすがに烈くんは僕のことを理解している。

僕にとっての最優先はお母様と澪さんと響子さん、そして達也くん深雪さん、光宣くんだ。

僕が五輪家に入籍しても、九島家に入っても、十師族のパワーバランスは大きく傾く。

なにせ2人の戦略級魔法師、それも世界的に高齢化が進んでいる戦略級魔法師が多い中、若い全盛期の戦略級魔法師が手に入ればどんな弱小師族でも、次の十師族の一席は決まりだ。

それに、ここにいるメンバーは十文字先輩も含めて、僕と響子さんの関係が切れていないことも当然知っている。

僕は四葉久で、五輪澪を妻に持ちつつも四葉家本家の魔法師ではない。九島家の紐付きで、一条家、七草家、十文字家とも関係が深いとなれば、その後の政治的な工作も監視も容易い。

どの立場に立とうとも僕が十師族であることに疑いがないのだから。だったら単独の家を興してくれた方が、バランスはとれると、多くが考え至ったようだ。

しばらくは僕も今の生活が続けられると、遠く離れた一高の教室でほっと一安心していた。

 

 

もっとも、七草弘一さんの考えまでは僕は見通せなかった。

 

 

 

翌日、お母様のおっしゃっていた通り、師族会議の会場のあるホテルでテロが発生した。

第一高校では二時限目と三時限目の間の休み時間だった。

僕は耳に嵌めたインカムでテロが起きたことをリアルタイムで知った。その瞬間インカムは停止、かわりに僕と深雪さんの端末が同時に鳴った。

珍しく動揺する深雪さんに、僕はお母様の指示があったからこのまま教室に残ると伝える。

達也くんと水波ちゃん。七草の双子は一高を後にするだろうから、生徒会役員がごっそりいなくなる。新たに十師族になった七宝家の琢磨くんも会場に向かうだろう。

いつ戻れるか不明なので、今日は副会長として行動してと深雪さんにお願いをされる。

すぐにお母様からメールで傷一つなく無事と知らされたし、現場には達也くんたちが向かっているから僕は3、4時限目の授業は普通に受けていた。

師族会議の会場でテロが起きたことは、すぐに一高内に噂で広まった。

会場にいたナンバーズの子弟が一高に通っている証左だな。昼食時間には、一高はその話で騒然となっていた。

そんな中、食堂で落ち着いてお弁当を食べている僕の姿に、多くの視線が集まっていた。

 

「久くんは…その会場に向かわなくても良いの?」

 

「テロが起きたのって本当なんだね」

 

美月さんと幹比古くんの質問に、

 

「うん。かなり大規模なテロで現場はひどい事になってるみたい。十師族の当主や会場にいたナンバーズ、魔法師は全員、無事。傷一つないって」

 

食堂中の目と、今度は耳まで僕に向けられるのがわかるから、僕は全員に聞こえるようにはっきりと答えた。

 

「僕が会場に向かわないのは、僕が戦略級魔法師だから。まだ犯人と目的が不明な段階では安易に向かうわけには行かないんだ。本当はすぐにでもお母様の近くに行きたいけれど、生徒会副会長として行動するよう深雪さんからもお願いされているしね」

 

「そうね。犯人の目的が久だったら、大変だものね」

 

「でも、久を狙うなら、そんなとこにおびき寄せるなんて迂遠すぎないか?」

 

「それもそうだけど、罠をしかけて一気にこの国の力を削ごうと…」

 

これはエリカさんとレオくん、次いで幹比古くん…その時、僕の端末のアラームが鳴った。

僕だけでなく、幹比古くんと雫さんの端末からも。これは学校からの生徒会役員と風紀委員向けの非常通知だ。

僕たちと食堂にいる全ての生徒に緊張が走った。

端末の画面を確認して、僕と風紀委員の2人は目配せをして頷く。

 

「どうしたの雫…?」

 

ほのかさんが不安も露に雫さんに尋ねる。

 

「校内に不審人物が入り込んだ。正確には校庭に、だけど」

 

「雫さん。他の風紀委員や部活連の生徒と協力して、一箇所に集まると危険が増すから実習教室に分散させて避難させて。移動できない生徒は教室で待機させるように。それと…」

 

「わかった」

 

僕の指示に雫さんが頷いて、

 

「服部先輩や桐原先輩には、勝手に行動するなって釘を刺しておく」

 

流石は影の番長。校内連絡網を駆使してすばやく対応する。この手の事務的な行動は僕には無理だ。

 

「幹比古くんは、僕と一緒に来て」

 

「校庭に向かうんだね」

 

「危険かもしれないけれど」

 

「僕は風紀委員長だよ。心配要らない」

 

力強いな。背中はまかせよう。

 

「私も行くわ」

 

「俺も!」

 

駆け出す僕と幹比古くんの後を、エリカさんとレオくんが着いて来る。役員でない二人はCADを常備していないけど、徒手空拳でも十分戦えるから、止めても無駄だろうな。その表情はどこか嬉々としている。

修羅場を求めているなんて、2人とも似たもの夫婦だよ、とは口が裂けても…おっと急がないと。

 

お昼休みとは言え、真冬の校庭に生徒はいない。

だから、校庭にまばらに立つその集団は異様だった。

 

「何だ、ありゃ…」

 

横に立つレオくんの疑問に僕は答えず、

 

「エリカさん、レオくん、幹比古くん」

 

「何?」

 

「絶対に動かないでね」

 

「え?どう言うこと?」

 

「絶対に普通じゃないわよアイツら」

 

「うん。あいつらは僕が対処する。だから、何があっても一歩も前に出ないで、黙って見ていて」

 

いや、見ていない方が精神衛生上は良いんだけど…

 

「久だけに相手をさせるわけには…」

 

反駁しようとする3人に僕は、

 

 

「一歩も動くな」

 

 

と、静かに言った。

 

瞬間、3人が硬直する。3人は手足も口もまったく動かせなくなる。顔面が蒼白になっている。

それは離れた教室の窓から覗き込む、多くの生徒達も同じだった。呼吸すら苦しくなるほどの圧迫感が一帯を覆う。

戦略級魔法師の気迫。

自分達とは別次元の存在。それは、死を支配する者が持つ圧倒的な気配。

まるで深海に引きずりこまれるような静かだけど、本物の恐怖。

絶対に触れていはいけない領域の存在…

一高生徒全員が唐突に思い出した。

簡単に手折れそうな細い腕の、女の子のような少年は、今、絶対の強者と化していた。

 

自分たちの通う学校に、同じ教室に、化け物がいる。

 

深い冬の、風だけが、校庭に砂埃と音を作っている。

その砂埃の中に10人。ふらふらと風に揺れるススキのような10人が立っている。

彼ら、彼女らには、僕のプレッシャーは風ほどの影響を与えていない。

 

全員が、年端も行かない、子供。

 

女の子はスカート、男の子はハーフパンツ。全員が服装は小奇麗なのに、顔色は年不相応に土気色だ。

砂埃が目や髪に入っても掃おうとはしない。

ただ、ゆらゆらとよろぼうように立っている。

その光の無い、20の瞳は僕と一高の校舎を見ている。感情の無い、暗い死んだ瞳。

 

やはり、襲撃は師族会議の会場だけではなかった。

僕に一高に残っているように指示した真夜お母様の懸念は当たった。

ただ、襲撃者が子供だとは考えもしなかった。レオくんたちの同行を許したのは間違いだったな。実戦を経験している3人でも、相手が子供となると非情にはなれないだろう。

学校が標的なら、襲撃犯は子供のほうが疑われず接近出来る。未熟な生徒なら、子供相手に躊躇いもするだろう。

なるほど、狙いは一高の生徒か。

自分の子供が魔法師として生まれれば、魔法力を持たない親や家族は複雑な感情を持っている。レオくんや美月さんの家庭はその例だ。

家族の愛情が深ければ深いほど、魔法師の子供を持つ親は困惑し、上手く折り合いをつけて生きていかなくてはならない。それは『魔法』とは無縁の家庭よりも、きっかけがあればより反発力が高まる可能性を孕んでいる。子供を失った親たちは、より身近な立場からナンバーズと十師族を攻撃するだろう。

十師族を、狭い魔法師の世界の内側からじりじりと焦がすには、代々の魔法師の家に生まれなかった、後天的に魔法力を得た人物を大量に襲えば良い。

魔法科高校にはナンバーズとは無関係の、一般家庭出身の生徒が大勢いる。副会長の僕としては、護らなくては。

 

テロは自爆攻撃だ。

この子たちは小さいけれど、過剰な殺傷力を秘めた、人間爆弾。

何故、自爆テロだと知っているのか3人に説明が出来ないから、僕は一人で、ゆっくりと、歩き出す。

子供たちが、僕に向けて走り出した。

その動きはまるで紐で上から操っているようで、かくかくとぎこちなかった。それなのに、異常な、子供では…いや人間では不可能な速さで迫って来る。

子供たちの誰もの首が定まっていない。歯ががちがちぶつかる音までする。嫌悪感を覚える、恐怖を煽る人間爆弾の挙動。生者に群がる亡者の群れ。まるでホラー映画だ。

ダッダッダっと、校庭にいくつも砂埃が立つ。

 

唐突に、風が止んだ。

 

子供の1人が、僕に向かってありえないほど高く飛んだ。僕の頭上に覆いかぶさる。

見上げる僕。

冬の太陽が子供の身体で隠れた瞬間、そのお腹が大きく膨れ上がって、一気に爆発した。

轟音が広い校庭に響き、熱と煙、爆発でばらばらになった身体の部位、内臓や筋肉や骨が僕を襲う。

僕はそれを冷静に観察していた。

爆発の瞬間に、子供は苦痛の表情を作らなかった。

操られている…恐怖心も痛覚も失っている…

 

違う、この子はすでに死んでいる。

 

この子たちは全員、すでに死んでいた。肉体が操られている。

人は死んで、精神を、『意識』を失えば、それはただの肉の入れ物だ。

 

 

人類が『意識』と『求心力』を理解できれば、あらゆる時空の自分を『意識』出来るようになり、自分のハードウェア、つまり肉体を自在に出来るだろう。今の僕が少女の容姿をしているように。

真の存在はひとつであり、今の肉体が全体存在の一部でしかないと理解する。

自分とは何者かと問う能力であり、それは他人とは何かと区別する能力だ。

『精神』を共有する。

それは『超人』と言えども困難な御業であり、それを為している達也くんと深雪さんは、やはり僕にとっては『神』だ。

 

 

…?

一瞬、時間が引き延ばされたような錯覚を覚えたけど…

 

人間爆弾は、爆弾と燃焼ガスと破片、そして己の身体で対象物を攻撃する。

爆弾が火薬なら、初速が音速をやや下回る。この距離だと減速する事無く爆弾の破片と共に肉と骨が突き刺さる。直撃すれば即死だ。

僕は、完全思考型CADのデバイスにサイオンを流し込み『障壁魔法』を構築した。

校庭の空間を二重に、一つは僕自身の周り、もう一つは破片で校舎に被害が出ないように校庭の外周に。音爆弾の可能性もあるから、音も遮断する。

次に僕に死の抱擁をせがんで来た子供は最初の子供の臓物ですでに赤く染まっていた。顔には骨が刺さっている。でも、人間爆弾は僕に飛び掛って爆発した。

もちろん、僕には爆発は髪の毛一本たりとも届かない。

それでも子供たちはインプットされたように、無言で僕を襲い、爆発する。僕は、ただ『壁』を挟んで、突っ立っていれば良い。

僕は、これが自爆攻撃だと知っている。

 

でも、その光景を見ている、他の生徒は、その事情を知らない。

 

生徒たちが見ているのは、襲い来る子供、それも年端の行かない小さな子供を容赦なく爆殺する僕の姿だ。

いくらなんでもやりすぎなのでは…彼の実力ならもっとやり様があるだろうに…そんな心の声が聞こえて来るようだ。

敵味方を問わず、生者の戦意を奪う将輝くんの使う『爆裂』はこんな感じなんだろうな。

残念だけど、敵は容赦をしない。死者の攻撃は鈍らない。

全てを救えるなんて傲慢だ。

子供の身体が花火のように爆発するたびに、血や肉、骨が校庭を汚す。爆風で肉片が焦げた地面に叩きつけられる。

僕をドーム状に覆う透明な『障壁』も瞬く間に黒ずんだ赤に染まっていく。

爆発音は『障壁魔法』で遮られ、校舎には聞こえない。惨劇は閉じられた空間の中だけで広がっていく。

一高の生徒たちは、現実離れした音の無い戦場を、傍観しているだけだった。

 

その爆発も数分で終わった。

中空に霧のように漂っていた血煙もやがて消え、残り火が地に落ちて、散らばった肉片と衣類を燃やしていた。

校庭に骨の破片がいくつも突き刺さっている。骨が突き刺さるほど爆弾の威力は凄まじく、これが自爆テロで、僕が『魔法』で殺したのではない証拠となるだろう。

『魔法』は基本的に同時には使えない。

僕が『障壁魔法』で自衛している間、攻撃の『魔法』は一切使用していない。

相手が勝手に自爆死したことは、遺留品や、校内監視カメラとサイオンセンサーの記録からすぐわかる。

僕は身を守っていただけなんだけれど、誤解は、先入観から生まれて、一人歩きし始める。

僕は『障壁』にべったりと火薬と共にこびりついた血肉を浴びないよう用心しながら『障壁』を消す。今までの僕ならこの時に集中力を切らして、頭から赤い肉片交じりのシャワーを浴びただろうな。僕も少しは成長している。

『障壁』の内側にこもっていた、火薬と表現しようのない濃密な死の臭いが一気に溢れる。

悪臭は毒ガスのように広がっていく。

静寂が一高を支配していた。

僕は、白い制服のまま、校舎に振り向いた。

そこには、エリカさんやレオくん、幹比古くんと、何百と言う生徒が僕と血に染まった大地を見つめていた。雫さんの避難誘導は…間に合わなかったみたいだ。はんぞー先輩や沢木先輩の姿も見える。

それまで現実感の欠けていた風景が、悪臭と共に一気に現実のものとなって生徒たちを襲う。何人もの生徒が吐き気を催しているのがわかる。実際、吐いている生徒も沢山いる。

僕は散乱した肉片を避けながら校舎に戻ろうとするけど、どうにも避けようがない。爆弾は腹部に仕掛けられていたから、四肢や頭部は比較的原型をとどめて赤く焦げた地面に転がっている。生首が僕を睨んでいる。あの黄色い柔らかそうなものは脳漿だろうか…

ぐちゃぐちゃとおぞましい塊を踏みながら、すぐに靴は変な色に染まった。

魔法科高校の靴洗浄設備は優秀だから気にしなくても良い。

 

それよりも、

 

「幹比古くん」

 

「なっ、なに!?」

 

3人の前に戻ったのに、3人とも死人みたいに硬直したままだった。

たった数分の出来事なのに、額と掌にびっしょりと脂汗を浮かべている。

幹比古くんの声は、震えていた。

 

「僕は職員室に行って説明してくるから、皆は先に食堂に戻っていてよ」

 

「え!?食堂?何で…」

 

幹比古くんの反応が鈍い。

 

「えっ、て。お昼ごはん途中だったでしょ」

 

幹比古くんが理解不能って顔になった。ふと見ると、エリカさんもレオくんも同じ顔だった。

 

「僕、何かおかしいこと言ったかな?ご飯は残さず食べないとお天道様の罰が当たるよ」

 

こんな時でも、僕は食い意地が張っている。僕はおかしくて笑った。

血の通わない人形のような顔の笑顔に、幹比古くんだけでなく、エリカさんもレオくんも言葉がない。

理解出来ないのは台詞の内容ではなく、僕その物だったようだ。

10人の子供の自爆攻撃に、眉一つ動かさない僕は、やはり化け物なんだろう。

 

風が再び吹いた。冬の乾いた風が校庭を舐める。

 

赤く濡れた大地に砂煙は起きない。

 

 

 

 

 




原作部分はさくっと飛ばすのがこのSSの基本コンセプトです。
久と澪の婚約は、実は五輪家から持ちかけたものでした。
長いこと五輪家の面々が疲れ切っていると伏線を張っていたのです。

師族会議の導入部分で悩んだおかげで、後半は出来はともかく、さくっと書けました。
久のタガもだいぶ緩んで来ています。
それでも、精神的な破綻は相変わらず。
久は基本的に守りたい人物は確定していますが、
だからと言って無慈悲でもありません。現場にいれば、それなりに対処します。
ただ以前、久が自分で言っていた様に、
誰かが後方で指示してくれないと敵は問答無用で殺しちゃいます。
犯人探しには不向きですが…さて。
お読みいただき有難うございました。
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