自衛隊東京地方協力本部の自衛官募集中のポスター、見ました?
まだの方は、画像を検索してみてください。
都内の銭湯の掲示板やパチスロの壁にまで貼られていました(笑)。
達也みたいな自衛官がいたら、この国は安泰…?
「深雪以外がどうなろうと構わない」
何てこと腹で考える達也に、全てを任せるのは、危険だ!
僕は長い夜を潜り抜け、常ならない7年の代償を、今、享受している。
その事実を知っているのは、同じ時間を過ごしている烈くんと知りたがりの八雲さん、自ら答えにたどり着いた響子さんだけだ。
世間の多くの人は、僕がただただ恵まれていると思っている。
僕のもっとも身近な存在の澪さんも、僕の全てを知っているわけではない。
師族会議、テロ、一高での自爆テロ、その夜のお母様の訪問、七草香澄さんの義妹入り…長い一日だ。
澪さんと響子さんは大人だから、五輪家と九島家の思惑もあるけど、自らの意志と責任でここにいる。七草弘一さんの考えは僕にはわからない。僕は頭は良くないし、複雑な考えも出来ない。人の思考なんて、わからない。
ただでさえ微妙な立場の響子さんと澪さんの関係に、そこに義妹?
何だかもう手一杯。こんな時は目の前の問題から一つずつ解決して行くにかぎる。
まず、お母様が嵐のごとく去っていた後、僕は澪さんに、高位次元体の件以外の僕の過去を洗いざらい告白した。
僕の過去を全部打ち明けたのは、澪さんが初めてだ。お母様にも告白していない。それも、かなり遅かったと悔やんでいる。タイミングがなかったとは言え、もっと早く、できれば婚約発表前に告白したかった。
勿論、澪さんが僕の告白で、僕への気持ちに変化があるとは、思っていない。澪さんは、僕と同じで狂気の側にいる。それでも、気持ちが離れて行ったなら、悲しいけど、それは僕の責任だ。
真夜中、響子さんも同席して、僕の不器用な告白を黙って聞いていた澪さんは、疑問が解決、たとえば僕の資産や烈くんとの関係、一高入学以前の記録のないことを理解。すとんと納得してくれた。
僕が澪さんにだけ自ら告白したこと、肉体的精神的に子供でも記録上(残ってないけど)は僕の方が年上だってことを知って、むしろ、これまでよりも僕への想いが強くなったって。
やっぱり、年齢のことは気にしていたんだな…
この告白後、僕たちの距離は、精神的にも物理的にも縮まった。災い転じて…かな。
そんな、色々な事件があった一日の僕の端末に、達也くんからメールが来ていた。
今日の早朝(もう日付はかわっている)、今後の打ち合わせのため、司波家に来るように、だって。
僕は返事と共に、警護会社に連絡を入れる。
達也くんの自宅は僕の自宅から5キロ程度の距離にある。歩くにも、『瞬間移動』にも微妙な距離で、自宅から直通のコミューターはない。
戦略級魔法師としての警護の関係もある。自転車で気楽に、とはいかないのだ。このあたりの不自由さは、仕方がない。
真夜中にもかかわらず、警護の車はすぐに手配できた。
今夜はどうせ寝られない。ベッドの中で澪さんと響子さんに抱き枕にされながら、久しぶりにずっと天井を見ていた。色々と感情が渦巻くし、思考はあいかわらずまとまらない。2人が熟睡したのを見計らって、僕はベッドから抜け出す。
あんな日の翌日でも、ちゃんと主夫業はこなす。朝食もお弁当も準備した。
それでも、外はまだ暗く、時計を見ると約束の時間には早い。
護衛の車も玄関で待機しているし、まだ眠っている2人におはようと行って来ますの挨拶を頬にしてから、足早に達也くんの家に向かった。
長い夜が明けて今朝は、昨日の刑事が言っていたように冷たい雨がしとしと降っていた。
二月の雨は、気分が陰鬱になるくらい寒くて、湿った土と植物の臭いが、鼻の奥で冷たい。
司波家の門扉の外で待つ間、警備の1人に傘を差してもらっている。早朝からお手数だけど、お馴染みの2人は嫌な顔一つしない。僕の傘は制服の内ポケットにたたまれている。
インターフォン越しに水波ちゃんから、玄関の鍵は開けましたと告げられ、僕は司波家の門扉を開いた。水たまりの浮いた前庭を抜けて、雨を避けるようにそそくさと玄関に入る。
警備の車はここで引き返してもらった。学校へは公共交通を使うことになる。
司波家では水波ちゃんが1人で迎えてくれた。玄関に立つその姿は、早朝にもかかわらずメイド姿で、緊張していた。
達也くんは今は八雲さんのお寺に朝稽古をしに外出しているって。やはり、ちょっと早すぎたか。
義妹とは言え、婚約者不在の女性の家に上がるのも問題だけど、これはお母様の指示でもあるから、許してもらう。
深雪さんは私服に白いエプロン姿で朝食とお弁当を作っていた。始めて見るエプロンで、いったい何枚エプロンを持っているのか。
水波ちゃんも、僕にお茶を出した後は台所でお手伝いをしている。
僕もお手伝いしたいところだけど、愛妻弁当の邪魔をしてはいけないから、ダイニングで大人しくしていた。
司波家のダイニングは住人の嗜好で、きちっと整頓されてあっさりしている。
無駄がない、のではなく機能的、テーブルの青い花瓶に飾られたアネモネとラケナリアは、まるで深雪さんみたいだ。
アネモネの花言葉は、「はかない恋」「薄れゆく希望」「恋の苦しみ」。
ラケナリアの花言葉は、「変化」「好奇心」「緊張感」。どちらも冬の代表的にな草花だから、深い意味はないと思うけど。
僕の家は、住人の好みが複数なので、少し雑多だ。澪さんも響子さんもお嬢様だから、こだわりの一品が高価だし。
しばらくして、いきなり深雪さんがパタパタと駆け出した。水波ちゃんもワンテンポ遅れて後ろを追う。
何だろうといぶかしむと、門を開ける音と、玄関ドアの開く音、深雪さんの達也くんを出迎える声が立て続けにした。
インターホンが鳴らなくても深雪さんには達也くんの帰宅がわかるんだ。流石、繋がっている。
達也くんは、運動着姿で、全身が雨に濡れていた。深雪さんから受け取ったタオルで髪を拭きながら僕に短く挨拶をする。
水波ちゃんの、ちょっと悔しそうな表情は、主夫業の鬼である僕には何となく気持ちがわかる。
達也くんはシャワーで汗を流すと、すばやく制服に着替えてリビングに戻ってきた。
どうせすぐ登校するのだから、制服を着る合理性は達也くんらしい。
そのまま僕の向かいのソファに腰掛け、私服の深雪さんは一瞬考えて、達也くんの隣に座った。2人の座る位置に、わずかな隙間があった。
深雪さんが、僕がその隙間に視線をやったことに目ざとく気が付いて、ちょっと寂しげに笑った。達也くんは、その笑顔に気配で気が付く。
二ヶ月前にはない光景だ。誰もが誰もに遠慮している状況はちょっと空気が気まずい。
水波ちゃんが、僕たちのお茶と、朝食のサンドイッチをテーブルに並べた。僕もご相伴にあずかる。その後、水波ちゃんは神妙な顔で壁際に控えている。
これが朝食だったら水波ちゃんも…と誘ったけど、恐縮しつつ断固、断られた。
水波ちゃんは婚約している男女の家に同居している。それは、水波ちゃんの立場を考えても、思春期の女の子には、居心地が悪いだろうな。
達也くんたちはどう思っているのかな?
僕の家も他人事でないから、経験者の考えはちょっと聞いてみたい。でも、まずは達也くんの用を済まさないと。
達也くんがお茶を一口飲んで、カップをくゆらせた。ダイニングに紅茶の香りが広がる。家の紅茶とは香りが違うな、時期的にダージリンのオータムナルかな。
甘みの強い香気に、僕も一息つく。
「さすがに久も昨日の今日では疲れが抜け切っていないようだな。朝早くから済まなかった」
達也くんは、僕の挙動から敏感に疲労を感じ取る。一睡もしない夜は一ヶ月ぶりで、身体のリズムがちょっと狂っている感じだ。
「ん?別に一高のテロのせいじゃないよ。まぁ、昨日…もう今夜だったけど…色々とあってね」
遠い目をする僕。司波家の天井は高いなぁ。
こういう雰囲気の時、僕の小さな身体はますます小さく見えるのは、いつものことだ。
「ひょっとして、昨日の生徒たちの反応を…いまだ気にしているの?」
深雪さんが心配そうに尋ねてくる。これはどう見ても、弟に向ける目だなぁ。
残念ながら僕の面の皮はそんなに薄くない。生徒たちの、僕に向ける複雑な視線、警戒、敵意、羨望、称揚、憧憬、羨望、嫉妬。そして、恐怖。
男なのにどう見ても女の子の容姿に対しても、憐れみや気持ち悪がる生徒もいる。
そんな視線は、この2年間絶えず受けている。彼らは路傍の石か…
「通りすがりの野良犬がどんなに吼えたって、僕は気にしない」
「久っ!生徒たちを野良犬呼ばわりはいけないわ」
深雪さんが白磁の如く滑らかな表情で気色ばむ。本気で怒っている。
深雪さんは常識人で、淑女だ。達也くんは、黙っていた。
「そうだね。犬の鳴き声には『魔』を払う力があるって言うし…」
犬の方が役に立つ場合もある…
ちょっと論点がずれている返事をして、はぐらかす。
「それに通りすがりって、同じ一高の生徒なのよ」
僕は学校生活には愛着はあるけど、
「悪意を向けてくる相手にわざわざ手を差し伸べるほど、僕は人が出来ていない…なんてことは思っても言わない」
「言っているわよ…でも、生徒の未熟性はこれまでもお兄様が…」
過去の、生徒たちの達也くんへの侮蔑の視線を思い出したのか、深雪さんが黙った。
「悪意や敵意までなら僕は何もしない。でも、害意を持ったときは容赦しない」
「久、有象無象のやることにいちいち目くじらを立てる必要はない。だが、馬鹿も案外、危険な存在だ。余計な刺激を与えるような言動は控えた方が良い」
達也くんも大概、辛らつ…いや、邪気のない澄んだ表情だ。
「勿論しないよ。影で悪口を言うようなやつらは、真正面から非難なんて出来ない。自分にリスクのない範囲で嫌がらせをするのがせいぜいだ」
僕が戦略級魔法師として認められる以前は、いろいろと嫌がらせがあった。入学したての頃、ノートを破られたりしたのは序の口だ。
「嫌がらせを…受けていたの?どうして言わなかったの!」
「犯人を見つけて糾弾しても、それは僕を嫌う生徒たちが、そいつを英雄扱いするだけ。僕は、僕なりに実力を示してきた。
一高では僕は強者だ。強者が弱者を責めれば、たいていの人間は気持ちよくない。僕への悪意が増すだけだ。だから、そんなやつらは無視するに限る」
「そうだな。たとえ久が正しくても、叩かれるのは久だ」
どろどろとした感情は、狭い学校の中では凝り固まって淀む。人間は自分の信じたい物を信じる生き物だ。僕がどれだけ善行を重ねても、性根の卑しいヤツには何も伝わらない。
達也くんも僕と同じで、生徒たちを護るのは、優先度が低い。自分の身は自分で護るのが、この世界の現実だ。
こう言う態度が生徒から嫌われる一因になっているんだけれど。
「とは言え、叔母上の懸念は、久にもわかるだろう」
「うん。いきなり逆恨みで背中を撃たれちゃ、こっちが馬鹿だ」
深雪さんは、何か良いたそうだけど、話が逸れて来ている。
四葉家の孤高も、世間からは孤立に近い。僕のせいで、四葉がつまはじきにされるのは、お母様に申し訳がない。
外は霧のような雨が降っている。世界は静かに、ただ、将来の不安を暗示するような湿気に包まれていた。
「時間もないので、用件をすまそう。今後、久も俺と共にテロ首謀者の捜索にあたってもらう。まずは今夜、捜索の責任者、十文字克人殿の自宅の打ち合わせに久も参加してもらう。
十文字殿…いや十文字先輩のご自宅は知っているな?」
「うん、パーティーにお招きされたことがある」
「放課後は俺も用事があるから、別行動になるが…」
「大丈夫、警備の車で行くから」
「この件は本来、戦略級魔法師である久には向かないが、基本的に久は打ち合わせに顔を出すだけで構わない。出番は、首謀者を発見した後だ」
捜索は数が物を言う。
「うん、わかってる…でも、それを伝えるためにわざわざ自宅に?その程度なら通学中でも伝えられるのに」
僕たちがテロの首謀者を捜索することは、別に秘密じゃない。むしろ、一高の生徒にも周知して広まった方が良いはずだ。
その件とは別に、僕に用があるのか。
「今回のテロの首謀者はグ・ジー。大漢方術士部隊の生き残りで、ブランシュやノーヘッドドラゴンの黒幕だ。二つの組織は壊滅したが、日本でその手引きをしていたのは周公瑾だ」
「じゃあ、周さんはそのグ・ジーの協力者だったの?」
僕は周さんの顔を思い出す。整った容姿なのに、はっきり思い出そうとすると夢のように霞んでしまう顔。
「確定ではないが、配下で間違いないだろう。周公瑾は大陸の鬼門遁甲を使った。グ・ジーも、同じ術を使う可能が高い。京都で俺は周公瑾の鬼門遁甲を俺自身の力では見破れなかった」
達也くんの能力を誰よりも知る深雪さんがはっと表情を固くした。
僕は達也くんがどうやって周さんを倒したかは知らない。でも、達也くんの『魔法』には偏りがあるから、それも無理はないと思う。
「ん?ひょっとして、今朝、雨なのに九重寺に稽古に行ってたのは、八雲さんにアドバイスを貰いに行っていたの?忍びは遁術とも言うものね…でも、あの八雲さんが教えてくれるかな。
自分の術を教えるなんて、自らの秘密を教えることになるし…」
八雲さんは知りたがり。情報は独り占めするから価値も意味もある。忍びなら尚更だ。
「俺は師匠に体術の稽古をつけてもらっているだけで、忍びでも弟子でもないから、当然秘術は教えられない。ただ、ヒントはいただいた。
かなり感覚的な、そうだな、原始的な『気』の流れ、扱い方を示唆された」
「CADを使わない古式魔法師の…超能力、内包されたパワーとか原始的な生命力みたいな感じ?」
「原始的な『術』は久の『瞬間移動』同様に、穴だらけの魔法式で理屈はわかっても、現代魔法師の俺では理解が100パーセント出来ない」
本当にそうだろうか?
「師匠のアドバイスだけではグ・ジーを取り逃がす可能性がある。グ・ジーが周公瑾よりも術者として優れているかは不明だ。だが、現時点でも関東近郊で十師族と四葉の手から逃げ続けている以上、対策を考える必要がある」
「方角を狂わす…周さんも…光宣くんも、そうだな…米軍のあの仮面の魔法師も似たような『魔法』を使ったな。僕の攻撃が当たらなかったもの」
「久の経験は役に立つ。何か気が付いたことはないか?」
「僕は探知系は苦手だから…」
ちょっと考える。僕は探知系はからっきしだけど、空間の把握に関しては使い手だ。周さんとの模擬戦はお互い本気じゃなかったにしても、僕の攻撃はそれほど見当違いな場所にずれなかった。
僕の能力が規格外だからそうなった…いや違うな。周さんとの模擬戦の時、僕は『魔法』だけを使っていた。『魔法』、すなわち、デジタルだ。
「方角を狂わされるのは、あくまでこちらの感覚で、実際には相手の場所は動いていない。幻術に近いけど、人間の本質に触れる、長い時間をかけて蓄積された術…」
僕の呟くような考えを聞いて、達也くんの視線が鋭くなった。冴えた鋼鉄のような視線だ。
「一番簡単なのは、周囲を丸ごと閉じ込めてしまえばいい。敵が確実にいる場所で都市丸ごとか、一キロ四方くらいの四角いブロックで空間ごと閉じ込めて、徐々に壁を狭めていけば逃げようがない。十文字先輩や水波ちゃんなら出来るよね」
「…十文字先輩は不明だが、水波は10メートル四方が限界だろう。どのみち水波は深雪の護衛で動けない」
壁の花になっている水波ちゃんが、可憐な顔を赤くして、申し訳なさそうに頭を下げた。
「方角を狂わす…つまり空間、三次元的な世界にいると、余計な情報で感覚が鈍る。自分の立ち位置、天地をしっかり定義して…地に足をつける?」
こういう説明は僕は苦手だから話が長くなる傾向になる。
「原始的な感覚…アナログの情報を遮断する、と言うのか?」
達也くんはすばやく僕の思考を読んで、短い語彙でまとめてくれる。
「感覚に頼らず、数値で、デジタルで考える。そのためには世界を鳥瞰して、平面、つまり二次元で見れば良い」
『咲ちゃん』がネット麻雀の経験からオカルトを遮断したようにね。
「なるほど、三次元に割いていた感覚を二次元に集中するのか。三次元的に、飛行や跳躍の『魔法』を使用されなければ、平面の動きは読める」
「周さんは、京都で追い詰められても、宇治川をわざわざ橋を使って渡ろうとした。あの程度の距離を飛び越えられないのはおかしいよね。水の上を走ったって良いのに」
達也くんは黙ったまま頷いた。僕の顔を、透徹した、観察するような、もっと言うと研究者みたいな目で見つめている。
「『仙術』は小手先の術に捕らわれると昇仙に差し障る。多様化した近代的な『魔法』、つまりCADは使えない。鬼門遁甲は地上の陣に、逆に捕らわれているんじゃないかな」
「原始的な術は、原始的であるがゆえに、地形、風水の理念や大地の息吹…霊脈が必須だということか」
そのあたりを断ち切ったのが、現代魔法だ。
「『禹歩』を使えれば、霊脈に乗って長距離を瞬時に移動できる。宇治川が霊脈を絶っていたのかも知れないけど…」
「周公瑾は霊脈を操れるほどの術者ではない。そんな大術者は、対処のしようがない。久、自分基準で考えるな」
達也くんが渋い口ぶりで唸る。うーん、『禹歩』も瞬間移動と同じか。
「ごめん…ただ…」
「どうした?」
「その、グ・ジーってヤツは、周さんほど身軽じゃないと思う。死体と小型爆弾を使った自爆テロとか、周さんとかなり毛色が違うよね。周さんは、仙人になるために、自身の『意識』を希薄にしていた。認識しにくいBS魔法師…もともと、対人間の術、忍びや遁甲術が得意だったんだ。
グ・ジーはかつて崑崙法院で不老不死の研究をしていたそうだから、研究者に近くて、死体制御はその研究の成果の一角なんじゃないかな」
「グ・ジー自身はそれほどの術者ではなく、逃走するたびに、手ごまを増やす必要がある…と言うことか」
「九校戦の時に会場にいた大亜連合の強化兵は、魔法師の人間的な部分をかなり消されていた中間の存在だった。あれも、同じ『術』だとしたら、それから数歩進んで、幹比古くんが言ってたみたいに魔法師を死体にして操った場合、その魔法師の『能力』まで使えるのかも。生き返らせるのではなく、殺す過程で『術』にかける」
自爆させられた子供たちは、常人だった。少なくとも自分から『魔法』は使わなかった。
「一高で自爆した死体は、もともと死体だったんじゃなく、グ・ジーかその一味に殺されて『術』を受けたんだ。箱根で自爆させられた実行犯の子供か、不法移民の家族とかかな」
この件は、時間をかければかけるほど犠牲者は増える。
「弘法大師クラスの法力の持ち主でなくても、技術が確立しているのかもしれない…か。仮定に仮定を重ねているが…」
やっかいだな。
達也くんの呟きに、深雪さんの顔が白くなる。
達也くんは、僕と同じで、他人がどれだけ犠牲になろうと気にしない。でも、深雪さんの憂いが深くなることに達也くんは我慢が出来ないだろう。
地道な捜索や、グ・ジーの犯行はどうしようもなく、今回の一件は僕にはやや他人事のように感じられて集中できない。
そもそも、僕の集中力はひとつに向くから、今は自分の問題で手一杯なんだよな…
「それにしても、久はこのごろ言動に変化が生まれたな」
新しく淹れた紅茶に口をつけながら、達也くんが言う。それまでの優しさを孕んだ目とはちょっと違う。僕の態度しだいで真剣の鯉口を切る構え…みたいな雰囲気だ。
深雪さんと水波ちゃんが、敏感に気配を察して緊張するのがわかる。
「そう?」
「古式に関する知識など授業では習わないはずだが?」
「『禹歩』とか霊脈とか?これは全部コミックスやアニメのアーカイブの受け売りだよ」
「…なに?」
達也くんの肩が、ずるっと下がった…錯覚を見た。室内に弛緩した空気が満ちる。
周公瑾さんの中の人は、『東京レイブンズ』の大友陣さんと同じなんだよ。陣さんはDから逃げる時、『禹歩』を二度使った。鏡さんや春虎くんも『禹歩』を使っている。
あの3人は陰陽師として超一流なんだよ。
「僕がそんな知識豊富なわけないじゃん。今学期の期末試験だって自信がないのに。えっへん!」
「威張るな」
はい、まったく、威張れません。
僕は変わっているようで、全然変わっていない。
達也くんはこのごろの僕の言動から、僕の立ち位置を確認したかったようだ。
僕はお母様の意思に素直に従うだけなのに、妙に警戒されていたな…
登校時刻になり、僕たちはそろって司波家を後にした。
冬の雨は相変わらず冷たく、靄のように町を、僕たちを包んでいた。
僕と澪さんの結婚披露宴中止のニュースは、朝から早々に報道された。
一高生徒の僕への態度は、男子生徒はこれまでと変わらず、女子生徒は僕に同情的だ。
昨日の惨劇からまだ時間が経過していないから仕方がないけど、これは昼食をとる食堂の空気は悪そうだ。とくにエリカさんの機嫌が。
僕は、皆に遠慮して生徒会室でお弁当を食べることにする。
深雪さんや雫さんも付き合ってくれるって言ったけど、1人で良いからと言い残して2-Aの教室を後にした。
廊下で擦れ違う生徒の視線を受け流し、僕はとぼとぼ歩く。傷心のていを演じるのも面倒だな。生徒会室には待機状態の『ピクシー』がいるから、厳密には1人じゃないけど…なんて考えながら生徒会室に入ると、そこには、
「こっこんにちは、お、おっ、お義兄さま…」
お弁当の包みを片手に、膠着したまま立ち尽くす、顔が真っ赤な香澄さんがいた。
どうやら下の風紀委員の部屋から、生徒会室にちょうど上がって来たところみたいだ。
待機状態で、充電やメンテナンスを兼ねた専用の椅子に静かに腰掛けている『ピクシー』の目が音もなく開いた。人形の眼球だけが動いて、僕と香澄さんの背中を見つめている。
いつもの羽音のような『声』が僕の脳内に響く。
嗤われているんじゃないだろうか。
外は、相変わらずしとしとと雨が降り続いていた。
今回は、前話までの騒動が一段落、台風一過の一日です。
現実でも、今日は台風一過で久しぶりの晴天。
久の今後も晴天かな?
今回、久を『視ていた』達也は、1年の九校戦で詳しく調べた時と
久の身体が変わっていないことに気付きます。
やや言動に変化の出た久、真夜にべったりな久を、達也は少々警戒しています。
今後は一緒に行動する機会が増えますし。
達也は相変わらず響子が久と同居している事を知りません。
香澄が真夜の養女となり、真由美と義理の姉弟になったことも…