パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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今回は一度書いたのを、殆ど丸々書き直して時間がかかりました。


理解は距離を縮めない

 

薄暮の時間になっても雨はしとしと降り続いている。

昨日、血にまみれた校庭はすっかり洗われ、警察が現場に残したチョークの白い線は、すでに人の形を崩していた。もともと人の形を成していなかったけれど。

僕は鈍色の空と校庭をぼうっと見つめる。

雨なので部活中の生徒はいない。帰宅する生徒は、テロの現場からできるだけ離れて歩いている。

僕も傘を開くと、濡れた校庭を歩き出した。その姿は、とても戦略級魔法師の迫力はない。

吐く息が白い。

僕はため息を飲み込んで、キャビネット乗り場に向かった。

 

自宅で、澪さんと簡単な食事を済ませた後、身づくろいをして十文字先輩の屋敷に向かった。移動は早朝と同じで、警備の運転する電動カーだ。

十文字家は作中では、達也くんの家からは20キロほど離れていると描写がある。

達也くんの家は武蔵野市あたりと推測されるから、十文字先輩の家は直線距離だと隅田川沿い、都心って描写はなかったので台東区か墨田区あたり。

僕の自宅からも同じくらいの距離で、車だと一時間弱程度の距離だ。

ちょっと急がないと指定時間に間に合わない。

十文字家は、七草家や五輪家、雫さんの家に比べれば、お庭の広いややお金持ちのお家程度。

そう考えると、僕の練馬の自宅が無駄に大きいのがわかる。広いダイニングで1人、栄養ジェルをすすっていた入学当時を思い出すと、僕の生活が澪さんと響子さんのおかげで華やかで温かい家庭になれていたと、改めて実感して、感激する。

澪さんと響子さんの存在は僕には奇跡であり、お母様もいる。これ以上を望むのは強欲と言うものだ。

指定の時間ぎりぎりで十文字家に到着する。電動カーはそのまま十文字家の駐車場に移動、警護の2人は、交互で十文字家の控え室と車の中で待機することになる。

僕が玄関の呼び鈴を鳴らすより早く、十文字先輩が自ら玄関ドアを開けてくれて迎えてくれた。

当主自ら出迎えるなんて、恐縮だ。僕が人見知りだってことも、先輩は心得ていてくれている。それに、十文字家は使用人はあまりいないようで、どこか一条家に似ている。

 

「お久しぶりです、十文字先輩」

 

「本日はご足労いただき…」

 

「いいですよ先輩。そんなに畏まらなくても」

 

今日の僕は、戦略級魔法師ではなく、四葉久として来ている。十文字家当主の先輩が僕に気を使うのは当然だ。

でも今日の僕は服装もカジュアルで、髪の毛も深雪さんに貰ったシュシュで後頭部をまとめていた。後輩の立場で訪問すれば、十文字家の方々も無駄に僕に気を使わなくてすむ。

 

「ん?そうか」

 

十文字先輩は気遣いとは無縁の人だけれど、僕には一高在校時からいろいろと気を使ってくれていた。

卒業後も、文章は短いながらも度々メールのやり取りをしている。

広い玄関のたたきに、きちんとそろえられたパンプスがあった。正装用ではない、シンプルなデザイン。十文字家の靴は下駄箱にしまわれているので妙に目立つ。誰か女性の来客でもあるのかな。

達也くんの靴は、まだないみたいだ。

 

「達也くんはまだ来ていないんですね」

 

「司波は、2時間後に来る。久とは、今回の犯人捜索以外で少々話がある」

 

先輩の背中を見ながらフローリングの廊下を歩く。大柄の先輩が僕の歩幅に合わせてくれる。こう言う所は達也くんに似ている。

用意されていたスリッパで、ふらふら歩く僕を、先輩がちらりと見る。身体が少し気だるい。

先輩がやや遠慮がちにドアを開いた。ん?っと疑問を抱くけど、理由はすぐにわかった。

応接室のソファに、

 

「あれ?真由美さん」

 

「こんばんわ、久ちゃん」

 

姿勢も正しく、真由美さんが座っていた。

僕は、真由美さんの存在に驚く。先輩2人は同級生だし友人だけど、十師族直系として、色々と遠慮をしなくてはいけない立場でもある。

気軽に異性の友人宅を尋ねる、と言うわけにはいかないから…

応接室はふうわりと暖房がかかっている。体温が低い僕には、ありがたいことこの上ない。真由美さんは片手に持っていたカップをテーブルのソーサーに置いた。

自宅とも司波家とも違う紅茶の香りと湯気が心地良い。

 

「こんな早い時間を指定してしまって、ごめんなさいね」

 

大学の時間割はわからないけど、十文字先輩に指定された時刻は、部活動や生徒会活動をこなす高校生にはやや性急な時間だった。

 

「いえ、どのみち、今は一高に居場所が…あー、いてもすることはないので、とっとと帰宅するだけでしたから」

 

真由美さんと十文字先輩が顔を見合わせた。

 

「それでも…久ちゃん、体調悪いの?少し気だるそうだけど」

 

「あぁ、昨夜は色々とあって寝られなかったので、ちょっと体のリズムが狂っているだけですよ」

 

今朝、達也くんにも指摘された。そんなに僕の体調は悪そうに見えるのかな。まぁ、昼休みになれない事をしたせいもあるかもだけど。

テロと師族会議、ほんの数日間の出来事なのに、やたらと時間が長く感じられるのは、このSSの作者のせいだ。決して気分が重いからではない、と思う。

 

「昨日と言い大変だったでしょ、お姉さんが慰めてあげるわ。ここに座って」

 

真由美さんが、自分の座るソファの隣をぽんぽんと叩いた。

にんまりと笑うあの笑顔は、僕を弄るときの表情だって、高校生活の経験から僕は知っている。

 

「いえ、僕は向かいの席に…」

 

「いいから座るの!」

 

真由美さんの猿臂が伸びて、回れ右する僕の腕を掴んだ。非力な僕は引っ張られるまま、真由美さんの隣に強制的に腰掛けさせられた。

 

「久ちゃん、眠かったらお姉さんの膝枕で眠ってもいいのよ」

 

「遠慮します」

 

ここで動揺すると、真由美さんの思う壺。きっぱり断るか、逆に攻勢に転じるのが真由美さんの対処法だ。

 

「遠慮しなくていいのよっ!」

 

真由美さんが僕の頭を両手で挟んで、力ずくで太ももに頭を押し付けられた。それは、瑞々しくて素晴らしい弾力なんだけれど、それにしても今日の真由美さんは、妙に機嫌が良い。

機嫌を通り越してハイテンションだ。

 

「七草、それくらいにしておけ」

 

流石に十文字先輩がたしなめる。

 

「良いじゃない、私、兄や妹はいるけど、弟が欲しかったのよね。以前、達也君を弟みたいだって思っていたけれど、達也君はどうみても年上っぽいし、久ちゃんは、間違いなく弟だもの」

 

真由美さんが変な事を口走っている。弟?僕の方が年上なのに。

もがもがと暴れているうちに、真由美さんのお腹に顔を埋めるような体勢になった。フレッシュフローラルの香水に混じって、既視感と共に確実に覚えのある香りを嗅ぐ。

これは、石鹸の香り…どこかで…ああ、香澄さんと同じ石鹸の香りだ、とすぐに思い出した。

香澄さんとは姉妹なのだし、同じ家に住んでいるのだから使っている石鹸も当然同じだろう。

お昼休み、あんなことを香澄さんにしたにもかかわらず、幾度も嗅いだ香りに、僕の意識は奇妙に安心を覚えた。全身から力が抜けて、抵抗をやめる。

そもそも、こう言う真由美さんに抵抗するのは無意味だ。ストレスの発散は十文字先輩で…ぬぅ、それは無理か。

 

「ふふっ、私の勝ちね」

 

何に勝ったのかは不明だけど、真由美さんが勝ち誇った笑顔になったのはわかる。

十文字先輩が、珍しくため息をついて、

 

「茶を用意する」

 

応接室から出て行こうとする。

 

「十文字君が?」

 

「そんな姿を他人に見せるわけにもいくまい」

 

「悪いわね、十文字君」

 

同い年の気安さか、特に悪びれるでもなく真由美さんが言う。十文字先輩がドアを開けて、静かに閉める音がした。

僕はその音を聞いて、2人は仲が良いな…と、ぼうっと考える。そして、真由美さんの香りに包まれながら、ふっと意識を失った。

今朝、達也くんが指摘したように、流石の僕も疲れていたんだろう。

ただ、僕を膝枕しているのは真由美さんなのに、僕の夢うつつの意識の中では真由美さんの姿が香澄さんと重なっていた。

真由美さんの太ももの方が柔らかいなぁって思いながら。

でも、再びドアの開く音で僕の意識は覚醒した。

ちょっと窮屈に折りたたんでいた上半身を起こす。今度は、真由美さんは邪魔をしなかった。

 

「えーと、僕、何分くらい寝てたかな」

 

「5分くらいよ、十文字君、もっとゆっくり準備してくれば良いのに。久ちゃん、起こしちゃったじゃない」

 

「無理を言うな」

 

5分にしては、僕の頭はすっきりとしている。なるほど、マイクロスリープと言うやつか。

十文字先輩がテーブルの反対側にお盆とお茶を置いた。僕も、真由美さんの魔手からするりと抜け出すと、テーブルを挟んだ反対側に席を移して座った。

真由美さんが軽く十文字先輩を睨み、十文字先輩は自分の湯飲みを手に、真由美さんの隣、と言っても1人分間隔を空けてソファに腰を降ろした。

湯のみに緑茶、小皿に和菓子も置かれている。職人の技も美しいこの季節の和菓子、雪間草だ。僕は黒文字で綺麗に切り分けてほお張る。自宅なら一口だけど、ここは良家の子女として、お上品に。

うーん、やっぱり餡子は漉し餡だなぁと、満面の笑顔になってしまう。

 

「久は、美味しそうに食べるな」

 

「はい、美味しいものを食べた時は素直に喜んだほうが人生楽しいです」

 

「我が家のなじみの店の品だが、喜んでくれたのなら幸いだ」

 

2人が、僕の挙措を値踏みするように、じっと見ている。

 

「むー、久ちゃんは膝枕とかされても全然動じないのね…」

 

「久は五輪澪殿、藤林響子殿と暮らしているから、その辺りは慣れているのだろう」

 

「ふーんだ、どうせ私は幼児体型で、子供ですよぉだ」

 

たしかに子供っぽい態度だ。

2人は、僕の家の事情をある程度知っている。

僕は和菓子を味わいながら、2人の座る位置が1人分開いているなぁと感じていた。今朝の達也くんと深雪さんとは全然違う。

向かいに並んで座る真由美さんと十文字先輩。一高の先輩でありながら、私服の2人が揃うと言うシチュエーションは、新鮮と共に、物凄い違和感があった。

それにしても、真由美さんは本当に機嫌が良い。

一ヶ月前、真由美さんは、僕と澪さんと響子さんに侮蔑の視線を向けて帰って行った。

あれからわずか一ヶ月、今日の一高での件もあるのに…何故だろう?

十文字先輩の態度はいつも通りだけど、あ、もしかして。

 

「ひょっとして…十文字先輩と真由美さんの婚約決定を僕に報告したかったんですか?」

 

真剣に、僕はそう考えた。

 

「はぁ?」

 

「…久、それは違うぞ」

 

2人の先輩の表情はそれぞれ微妙に違う。真由美さんは全否定、十文字先輩は表現が難しいな。真由美さんに全否定されてがっくりしているような気もする。

 

「だって、十文字先輩は十師族十文字家の新当主として、早々に身を固める必要があるから、お嫁さんの第一候補は、真由美さん…ですよね。

他の師族の家族構成を僕は知らないけど…将輝くんの妹はまだ適齢期じゃないし、香澄さんと泉美さんも高校生で、婚約だけでもって可能性もあるのかな…ぶつぶつ」

 

「七草がこの場にいる理由は、司波が到着してから改めて知らせる、それよりも、だ」

 

十文字先輩が真由美さんに目配せをした。2人が居住まいを正す。

 

「久ちゃん。昨日は一高を護ってくれて本当に有難う」

 

2人がそろって頭を下げた。

 

「それと、一高襲撃を事前に防げなかったことを、十師族として謝罪したい」

 

さらに深く頭を下げる2人。

 

「僕が1人で襲撃者と対峙したのは偶然ですよ」

 

実際は複雑な背景があるけど、それは説明できない。

 

「それでもだ。戦略級魔法師の久を危険に晒したことは、大事に至らなかったとは言え、痛恨の失態だ」

 

「戦闘はあっという間に終わったそうだけど、もし長引いていたら積極的に顔を突っ込む生徒が何人もいたでしょう?」

 

同級生の友人たちや、一ヶ月もしたら卒業なのに、卒業記念とばかりに暴れそうな上級生の顔が数人浮かぶ…

高校生なのに、修羅場に慣れているとか、殺伐とした時代だ。まったく。

 

「そして、被害も広がっていただろう。魔法師は、特に魔法師の卵である学生は、簡単なことで『魔法』を失う。襲撃者が死者で、しかも子供となれば、物理的にも精神的にもダメージを受けただろう」

 

一高の生徒は魔法師の卵であり、この国の財産だ。そのわりに退学者に手を差し伸べないのは、いつもの事だけど疑問だ。

それにしても、在学生よりも卒業生の先輩たちの方が一高と生徒を心配しているな。

 

「ありがとうございます。今回の件でお礼を言われたのは、先輩方が初めてです」

 

「達也君からも?」

 

「やはり皆、動揺していたんでしょうね。その後のテレビの報道も、あまり気分が良くないですしね」

 

僕の落ち着いた態度をじっと見ていた十文字先輩が、

 

「五輪澪殿との結婚式と披露宴が中止になったことも謝罪したい」

 

4月1日の式には、2人にも招待状が送られていた。

 

「社会情勢を考えれば仕方がないです。ただ、澪さんも僕も盛大な披露宴が中止になってほっとしているんですけどね」

 

「それとだ、去年の師族会議で、俺が余計なことを言ったせいで、久を十師族の余計な勢力争いに巻き込んでしまったことも、謝罪する」

 

「響子さんの件は、公式にならなくても、僕が抱えていた問題です。二重の婚約状態になってしまいましたが、倫理的に問題があるってわかっていても、僕には2人が必要なんです」

 

十文字先輩の視線を真正面から受け止めながら僕は言う。

 

「やはり、久はかわったな。以前なら、俺たちに礼を言われたら、涙をぼろぼろ流していただろう」

 

「そうですか?」

 

「四葉殿が言われていたように、五輪澪殿と藤林響子殿との同棲…同居は、久に精神的な安定をもたらしているようだな」

 

2人は、1人暮らしをしていた当時の僕のことをよく知っている。1年の九校戦の帰宅中、精神が錯乱しそうになったバスの中でも一緒だった。

 

「社会通俗的に、確かに不倫だが、久は戦略級魔法師だ。戦略級魔法師は一国の首相よりも立場が強い」

 

「まぁ、総理は替えが効くものね」

 

「多少の不倫理は、目を瞑るべきだろう。十師族的にも魔法協会も全力でもみ消す」

 

僕はこの国の防衛上、最重要人物だ。その立場を特に利用しようとは思わないけど否定もしない。使えるものは使う。それは僕が過去から勝ち取ってきた結果なのだから。

 

「正式な婚約者である五輪澪さんはともかく、響子さんとの同居は、実際のところどうなのかしら…久ちゃんの精神状態も心配だけれど、響子さんの方も、不安になるのだけれど」

 

真由美さんは同性として、響子さんの考えを知りたいと思うのかな?窺うように尋ねて来る。

 

「響子さんと僕たちの関係は、微妙なバランスの上に立っていると思います」

 

響子さんは澪さんと違って、僕との間に少し距離がある。響子さんの心の隅にはまだ戦死した婚約者が住んでいる。幼馴染で恋人で婚約者だった男性。

事務方から現場の軍人に転向したのも、沖縄戦以降のことだ。

響子さんの今の立場に深く深く関わっている男性を心から消すことは、おそらく不可能。

響子さんにとって僕は弟のような存在だったから、じゃれあうような関係を保てたのであって、僕がちゃんとした男性だったら、同居なんて行動はそもそもおこさなかっただろう。

恋人を失ったことで出来た心の隙間を、僕の存在が埋められたのなら、それは嬉しい。

澪さんは、戦略級魔法師と言う存在以前に、引きこもりで社会不適合者でもあるけど、響子さんはちゃんとした会社人だ。響子さんを支える男性に出会う可能性はゼロではない。

 

「もし、響子さんに素敵な男性が現れたのなら、僕は寂しいけど祝福を贈りたいといつも考えています。でも、最終的に僕の隣にいてくれると嬉しいな」

 

なんだかんだ言って、澪さんは最初は厳しくするけど、僕に甘い。響子さんがいなくなると、多分、家に引きこもったまま一歩も外に出ない駄目な戦略級魔法師コンビになるだろうなぁ…

僕の話を真剣に聞いていた真由美さんが、

 

「久ちゃん。今日、一高で香澄ちゃん…いえ、七草香澄の四葉家、四葉真夜さんへの養女入り、より正確に言えば、四葉久家への義妹の話をきっぱりと拒絶したようね」

 

なるほど、魔法師の世界的には、僕は四葉家ではなく、四葉久家と認識されているのか。

 

「僕は、達也くんを心から尊敬している。敬意や憧れも抱いています」

 

唐突な話の切り出しに、2人は少し戸惑うけど、黙って僕の話に耳を傾けた。

2人には言えないけど、僕にとって達也くんは『神』であり、深雪さんとの『意識』の繋がりは僕の理想そのものだ。

今は、澪さんと響子さん、お母様がいるから、死んでも良いとまでは思わないけど、1年生の夏までは、本気でそう考えていた。僕にとって、達也くんは特別だ。

 

「それでも、達也くんの、僕が唯一気に入らないことは、ほのかさんへの曖昧な態度です」

 

ほのかさんは、少女マンガ的に言えば、メインヒロインの好きな男子に横恋慕して、ヒロインの心に波風を立てるタイプの存在だ。メインヒロインにはない、身体的な特徴、つまり『胸』もある。

男性読者受けは良いけど、女性読者には徹底的に嫌われるキャラだ。

達也くんをめぐる、この勝負にほのかさんが勝利する確立はゼロ。ほのかさんが深雪さんに勝っている部分は、人当たりの良さだけど、その美点は達也くんには意味がない。

お母様は不倫を肯定するし、達也くんも多分気にしない。でも、深雪さんは違う。むしろ、マイナスの存在だ。

 

「ほのかさんの存在はほのかさん自身と、深雪さんをより深く傷つける。時間がかかればかかるほど、手間も傷も深くなる。それに、それは、遠くない未来に起きる」

 

僕は断言をした。

 

「司波も、兄妹の関係が長かった。まだ婚約に戸惑っているんだろう」

 

十文字先輩が箱根での達也くんとの会話を教えてくれた。

 

ほのかさんの恋に、勝ち目はない。ほのかさん自身もわかっているから、行動はエスカレートして行く。今でも目に余るのに、いたたまれないを通り越して痛々しくなる。

だから、早く、きっぱりと断ち切るべきだ。

ほのかさんは成績優秀だから間違いなく大学でも同学年になる。その後の学生生活でぎこちない関係は、それはほのかさんの気持ちの切り替えの問題だ。

達也くんはきっぱりとほのかさんを拒絶しなくちゃいけない、と僕は思う。

 

香澄さんは、僕にとって、ほのかさんの存在に近い。

ただ、ほのかさんと決定的に違うのは、香澄さんが十師族の直系で、それも有力な七草家の娘と言う立場だ。

幸い、香澄さんも、ほのかさんと達也くんの関係には良い感情を抱いていない。

香澄さんは自分の恋が終わっていると、きっぱりと切り替えている。いまさら焼けぼっくいに火をつけるようなまねは好まないはずだ。

今回の養女の話は、まだ法的に本決まりではない。取り返しが付く。

 

「養女なんて綺麗ごと言っても、実質は人質で、僕への色仕掛け。

弘一さんの思惑では、烈くんが響子さんを使って僕を九島家に取り込んだように、香澄さんで僕を七草家に引き入れたいんだ」

 

戦略級魔法師で、複数の十師族と関わりの深い僕の存在は、たとえ娘を利用しても、自陣に引き入れる価値がある。

烈くんの威光、光宣くんの友人、それに響子さんの存在が加われば、世間から見れば、僕は九島家にどっぷりに見える。少なくとも弘一さんからはそう見える。僕が女性に甘やかされると弱いことも、多分、弘一さんは気が付いている。

 

今日の昼休み、生徒会室で香澄さんが最初に僕を「お兄様」と呼んだのは、あくまでも冗談で、養女の話はきっぱりと断ると、僕に言った。

その発言に安心しつつ、今回は以前のような思わせぶりや気持ちを汲んでもらうなんて、冗長なことはしないで、僕も拒絶の態度をとった。

僕には、澪さんと響子さんがいる。僕の家に香澄さんの居場所はない。

元婚約者の響子さんとも、僕は同棲している。一緒のベッドで寝ているし、お風呂にだって一緒に入っていると、正直に告げた。

僕はまだ肉体的に子供だから、一線は越えていないけど、2人の裸体を見るたびに僕の下半身はうずうずする。

以前、香澄さんの裸を見たときは、そのような感情はまったく抱かなかった。

香澄さんを目の前にして、僕の話は、だんだんまとまりがなくなっていく。

2人は僕にとっては特別で、2人と寝ている間、僕は無意識に2人のおっぱいを揉んだり吸ったりしているそうだし。ベッドメイクや、家ではホームメイドを使わないので洗濯は僕が全部している。2人の下着も、型崩れしないよう僕が、一枚一枚きちんと手洗いしている、とか何とか。

話さなくても良い部分まで話しているような気がするけど、えーと、とにかく、僕は不倫で、不潔で、卑怯な立場だ。軽佻浮薄な人物として本来なら後ろ指を差されるのに、戦略級魔法師という特殊な存在を利用して、問題をうやむやにしている。

香澄さんは、僕の家には居場所はないんだ、ときっぱり拒絶した。

 

最初、理性的に耳を傾けていた香澄さんは、やがて、顔が青くなり、特に、香澄さんの裸を見ても何も感じなかったといった辺りからは、真っ赤になっていた。

僕の独白を、最後には俯いて震えながら聞いていた。多分、顔をまともに見られないくらい怒っていたんだ。

その後、香澄さんは無言で生徒会室を後にした。怒りのオーラが全身から発せられていたし、十代の潔癖さを思えば、僕をとことん軽蔑しただろう。

それで、良いんだ。昨日まで、僕に好意的だった香澄さんがいきなり僕を嫌いになるのは、自爆テロの翌日の、このタイミングはある意味絶妙だ。

そう思いつつも、慣れないことをしたせいか、僕の精神は、恐ろしく疲弊したんだ。

 

「弘一さんも、娘が本気で嫌がれば、むやみな策を弄する気も失せるよ。香澄さんを、僕の狂気に巻き込むわけにはいかない」

 

一ヶ月前、僕の自宅を訪問した真由美さんは、僕への評価を氷点下にまで落としたけど、妹の事を真剣に心配して、あえて嫌われてでも本気で対応した僕に、再び好感度が上昇したみたいだ。

でも、

 

「久ちゃん…残念だけど、久ちゃんの行動は、逆効果だったわ」

 

「え?」

 

「好意を持っていた男の子に婚約者以外の女性がいる。立場的に何の担保もない、ただ、久ちゃんの戦略級魔法師の立場に依存する存在よ。魔法師として、女性として響子さんは魅力的だけど、そんな女性より自分は劣っているのかって考えたら、香澄ちゃんだって怒るに決まっている」

 

「うん、物凄く怒っていた。僕を軽蔑して、嫌悪したはずだよ」

 

「怒っていたわ、響子さんよりも魅力がないなんて面と向かって言われては、女の子としては対抗心が湧き上がるもの」

 

「は?」

 

僕は真由美さんを、そして黙って聞いている十文字先輩を順番に見つめた。

 

「香澄ちゃんは十師族直系として、魔法師の卵として、厳しく自分を鍛えている自負を抱いているわ。女の子としても、姉の私が見ても魅力的よ」

 

真由美さんは何を言っているんだろう。脳の処理速度が追いついていない感じだ。

 

「負けたくないって考えるのは、正常な思考でしょう?響子さんが九島閣下の策にあえて乗っているように、香澄ちゃんも、今回の父の策にあえて乗る決心をしたわ」

 

「え、でも、女の子の一生を左右する決断ですよ。一時の感情で判断するなんて」

 

「人間は、感情の生き物よ」

 

感情。

それは、僕には理解できない!

人間になり損ねている僕は、真由美さんの発言が正しいのかわからない。

 

「軽く言わないでください」

 

ただ、そう突き放すだけだ。

 

「重く言っても同じでしょ」

 

十文字先輩も頷いていた。

おかしい…どう考えても、無茶な話なのに、誰もが当然と受け止めている。

 

 

僕の狂気は伝染する。

 

 

「でも、それほど深刻に受け止めなくても良いわよ。養女と言っても、形だけで、香澄ちゃんは一高卒業までは七草家に住まいます」

 

僕の脳は今、酸素不足だ。卒業まではってことは…

 

「それって、香澄さんの感情の冷却期間…」

 

僕は、ほっとする。香澄さんの一高卒業まで2年ある。それまでには冷静に、自分の将来を考えられるだろう。お母様の言っていた『猶子』と言う立場は、書類上は同じでも、『養子』よりは緩い。

 

「そうね。もちろん、卒業までに、久ちゃんの家にお泊りに行く機会は頻繫に設けるわ」

 

は?

 

「いきなり新居での生活は無理でしょう?久ちゃんの家に慣れなくちゃいけないし」

 

え?

 

「お泊り会には、私もご一緒させていただくわ。女子だけのパジャマパーティーが開けるわね」

 

「ほわっ?」

 

その女子に、僕も入れられている?

 

「久ちゃんの自宅は魔法大学に近いから、香澄ちゃんは大学進学後から同居することになります」

 

「ええっ?」

 

持ち上げては落とす、ジェットコースターのような真由美さんの話に、僕の脳はもう付いていけていない。

 

「久ちゃんが、義妹に手を出さないことはわかっているけど、姉として経過を観察…いえ、監視しなくちゃいけないもの」

 

「義妹に手を出すって何ですか!僕は、そんなことしないですよ!」

 

「でも、一緒にお風呂に入ったり、一緒に眠ったりするのよね」

 

「…いもうとと、そんなこと…しな…」

 

しない、自信はない。僕は、簡単に騙されるし、疑わないし、女性に甘やかされると弱い。

もし、香澄さんが澪さんと響子さんに当てられて過激な行動をとったら、僕は拒絶できるだろうか。

一度拒絶したことも引け目になるし、そもそも、香澄さんはとっぴな行動をする場合がある。

真由美さんも一緒に…?それは、それだけは防がないと、真由美さんは確実に過剰な行動をとって、僕を困らせる。

僕は、もう悩乱状態。反撃、反撃に転じねば、脳が溶けそうだ。

えーと、香澄さんが義妹になるなら、真由美さんは義姉になるわけだし、あーだから僕を弟って言っていたのか。僕が義弟になるなら…

 

「じゃっじゃあ、真由美さんと十文字先輩が結婚したら、十文字先輩が僕のお義兄さんになるってことですね!」

 

「だーかーらー、それはないって!」

 

間髪おかず、真由美さんが立ち上がって、力いっぱい否定をした。

十文字先輩が一回り小さくなったように感じたのは、果たして気のせいだっただろうか。

目の前で全力で否定されては、意地になるって言ったのは真由美さんだよ。

 

その後、達也くんも合流して、打ち合わせをしたんだけど、特に詰めた内容でもなかったせいか、僕は一切の発言をしないで、ただ座って、ぼーっとしていた。

 

窓から見た外は、雨も止み、月が雲間から顔を覗かせて下界を照らしていた。

まさにルナティック。

そんな僕の住む世界は、狂乱状態だ。

 

 





かなり強引な展開だと、猛省しております。
香澄と久の、生徒会室での会話は、ストーリー的に、
生徒会室シーン、帰宅後の澪への説明、十文字家での打ち合わせ、の3回説明する場面が必要で、余分だなって思いました。
どのシーンをメインにするかで悩み、最初は澪との会話も長々とありまして、
削って直して、結局最初から書き直しました。
意固地になったと言う香澄の感情は、表現がかなり難しい。
自分の表現力では無理だ、香澄は本当にそう思うか?って、これも悩みました。
難しいので、その生徒会室のシーンをすっ飛ばして、
読者の想像で補完してもらうと言う反則に落ち着いたのです…大汗。

原作の香澄は、真っ直ぐな女の子で潔癖です。
久の自宅に押しかけるには、多少強引なジャンプが必要だと考えた次第であります。
当初の予定にない真由美まで香澄にくっついて来る展開は、自分でも想像していませんでした。
まぁ、こうしないと真由美と久がストーリー上絡めないので、苦肉の策です。

香澄は基本、学校での久の癒しです。そこには澪と響子では立ち入れないので、香澄の1人勝ち。

…が、この養女の話は、いずれ破綻します。
このSSの基本コンセプト、えぐい話の前には明るい話の流れなのです。
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