今年もエタらず、魔法科高校の原作を愛しながら、このSSを書いていきますので、
のんびりおつきあいください。
師族会議は、魔法師の自衛組織で、法的な根拠、逮捕権も捜査権もないのに、それでも世論に気を使いテロの主犯を捕まえるべく動いている。
テロの犯人探しや逮捕は公安の仕事、つまり警察の領域なのに、何故か国防軍も動いている。
この世界の警察は、僕が実感できるほど無力で、だから魔法師、特にナンバーズは自衛の力を高めようとする。
実際、僕だって、僕と僕の大事な人を護るために、力をごく一部だけど世間に見えるように行使して来た。
政府の力が弱いせいか、魔法師、ナンバーズ、警察、国防軍がてんでばらばらに行動して、右手の行動を左手が知らない。むしろ足の引っ張り合いをしている。
そのナンバーズや師族会議も一枚岩でない上に、今回の捜査も十師族の全力ではない。
七草弘一さんの背信行為があったにしても、変則的な体制で捜査に当たっている。
持てる力をすべてつぎ込んだ方が、結局は近道で、労力も減ると考えるのは、僕が庶民で、思考が子供だからなんだろうか…
今夜も一高から帰宅した僕は、十文字先輩たちとの打ち合わせに参加していた。
今夜の集合場所は魔法大学のすぐ近くの一軒家。
魔法大学は自宅から4キロほど、交通渋滞とは無縁のこの世界だから、警護の運転する電動カーですぐ到着した。
端末に送られた住所を再度確認。
僕のような、あまり外食をしない種族には、ちょっと入りにくい隠れ家的佇まいで、おそらく一見お断りの小規模なレストラン。
ここを十文字先輩が選んだことがちょっと不思議だった。
今回の捜索は秘密ではないのだから、もっと表立って行動すればいいのに、何だかこそこそ隠れて捜査に当たっている。
今更、捜査権がないなどと気にするのがおかしい。これまでも、吸血鬼騒動の時なんかでも、都内のあちこちで騒動を起こして、十師族の力で不問にさせて来たのに…
時と場合で面子や体面を気にする十師族の考えは、ちょっとちぐはぐで、同じ魔法師内でも意志の統一ができていないこの状況は、師族会議も理解しているだろうけど、いずれ問題になる気がする。
僕はレストランと携帯端末の住所を見比べて、戸惑っている。方向音痴の僕でなく、警護のナビでここに来ているのだから間違いないんだけど…
レストランの玄関ドアが静かに開いて、十文字先輩が顔を出した。本来、気配りの人ではない十文字先輩は、僕には男の娘のように…いや、弟のように接してくれている。
「お待たせしました」
「まだ予定時刻には時間がある。司波と七草は…ぎりぎりか、少し遅れてくるだろうが…」
達也くんは真由美さんと待ち合わせをして、ここに案内される。
恐らく例の、「遅れました」「今来たところ」と言う、謎の儀式が行われているのだろう。
警護の2人が周囲を警戒する中、僕は十文字先輩の招きでレストランに入った。
十文字先輩が僕の後ろに立つ2人をちらりと見た。失礼のない程度に値踏みをしている。
4人の吐く白い息が、一瞬、己の存在を示して、温度を奪われて消えて行った。
十師族の若き当主の眼光にも2人はひるまない。視線が交錯して、難攻な要塞を前に油断なく、でも自然体で対峙する。
冬の冷たい曇天の下、ピンと空気が張り詰める。
そんな2人の態度に安心を覚えたのか、十文字先輩が先に視線をそらした。そのさい、2人に目でお辞儀をした。2人の緊張も抜ける。
「では、久君。我々は、車で待機しています」
「お願いします。帰りはメールで連絡します」
2人は、それでも油断なく、十文字先輩にも意識を向けながら、セダンに乗り込んだ。
レストランの周囲には十文字家、おそらく七草家の護衛もいるから、お互いの持ち場を守りつつ警戒に当たる。その辺りの距離感は、2人は心得ているから問題にならないだろう。
「あの警護の2人は、長いのか?」
案内されたレストランの2階には、小さな部屋に丸テーブル、椅子が四脚置かれていた。
僕にひとつを勧めると、十文字先輩は隣に腰かけた。つまり、向かいの席に達也くんと真由美さんが並んで座るのか…
十文字先輩にしては、細かい気配り…なのかな?真由美さんが達也くんにアタックする手伝いなんて、お先棒担ぎみたいで、十文字先輩らしくないけど。
「はい、一年の時から、誘拐事件以降ですが、烈…九島烈閣下にお願いして警護をしてもらっています」
僕は四葉の養子になったけど、卒業するまでは烈くんが後見人のままだ。自宅や学校のこまごまとした手続きもしてくれているし、警護料金を払っているのも烈くんだ。
その金額は高額で、僕が戦略級魔法師と認知されてからはさらに高額になっているはずだ。
自分で払うって言ったんだけど、僕はまだ学生で基本的に収入がない。
国から毎月補助金みたいな物をもらっているけど、その額はこの国の防衛を左右する存在に支払う金額にしては異様に安い。
いくら僕の貯金が個人としては巨額でも、魔法師の警護を継続的に雇うには足りない。
正式な戦略級魔法師ではまだないから、国から護衛は派遣されない。
このあたりの中途半端な対応は、魔法師の数が少ないと言い訳しながらも、政府や国会の力が弱く、国防軍と魔法師、特にナンバーズに権力が集中しているせいだ。
世界が戦争の只中にいる証左…なのかな。
「あまり聞き慣れない警護会社だが、九島家の関連会社なのか?」
「違います。九島家は本家の護衛は一族の魔法師があたっています」
「そうだな、俺も七草も、おそらく四葉家でも同様だろう」
「僕の護衛は、烈くんが個人的に贔屓にしている、ナンバーズとはあまり関係のない会社だって聞いています。とても優秀なんですよ」
その辺りの背景はあまり気にしていなかった。烈くんの口利きだから優秀だし、僕とも相性が良い。
「九島閣下の推薦なら間違いはないだろう。だが、それは一魔法師の護衛ならば、の話だ。十師族の、しかも戦略級魔法師の護衛ともなると荷が勝ちすぎるのではないか?」
「それは…そうかもしれないですが、僕は登下校以外はほとんど引きこもっているし、こうやって連夜で外出することのほうが珍しいので」
「一連のテロで、久や五輪澪殿は狙われていないが、この国の防衛力を削ぐなら、真っ先に狙われる存在だと言うことを失念してはいけない」
「はい」
「早い時期に、もっと大手の、たとえば森崎の家を選ぶのも考えておいたほうがいいだろう」
僕の心配をしてくれている十文字先輩は、入学当時の僕のイメージが抜け切れていない。
僕はこの世界では、破格の存在だ。でも、絶対の強者ではない。
不意を突かれれば怪我を負うし、そもそも肉体の強度は常人以下だ。
探知能力に著しく難があるし、『空間認識』は常時展開はできない。一瞬の集中が必要だし、多分に感覚的で漠然としている。人か物かの区別も難しい。
狙撃事件からもそれほど時間が経過していないから、僕は外出時はかなり気を張っている。
ただ、僕は集中力にも難があるし、そもそも、常時緊張なんて誰にだって無理だ。
車内では、完全に2人に身の安全は委ねている。警護の2人は卓越した魔法師だし、僕とも気心が知れている。
でも、しょせんは中小警備会社でしかない。いつも利用している電動カーのセダンも防弾には優れていても、十師族が利用するようなリムジンほどの防御性能はない。
お母様や烈くんの乗っていたリムジンは、恐らく違法なレベルで改造されている。あれほどの車となると、大企業でも維持が難しい。
十文字先輩は、狙撃のことは勿論知らないけど、戦略級魔法師がテロの標的になる確率は、高い。
「考えておきます」
「うむ」
ここで強制できないのが、十師族という各家が同列扱いな組織の問題点だろうな。
十師族の建前や確執、勢力争いが邪魔するから、依頼や懇願は、どうしても個人の繋がりに頼らざるを得ない。
四葉家は十師族の枠からは数段頭抜けているから、ますます問題だ。
十文字先輩と先輩後輩の関係で口を利くとか、達也くんとは難しいし、相性が悪い。
説明不足の十文字先輩が、わかってくれと無言で頼んでも、達也くんはわかっていながらつれなく拒否するシーンとか、目に浮かんでくる…
レストランの壁は南欧風でオフホワイト、木製サッシのお洒落な窓は、日も落ちているのでブラインドカーテンが閉められていた。
澪さんや響子さんがインテリアにはこだわるので、内装に興味があったから窓に目を向けていたんだけど、僕の人外の動体視力が、わずかな隙間から街灯に照らされた男女をはっきりと見つけた。
達也くんと真由美さんだ。
並んで歩く2人の肩の距離は近いけど、腕を組むほどじゃない。
達也くんに色仕掛けは通用しない。ほのかさんは極端としても、気のある相手は少し大胆な行動をとってしまう。
このようなシチュエーションでは、今までなら年上の小悪魔性を発揮して、達也くんを困らせようと腕を組んで歩くんだけど…真由美さんの戸惑いが伝わって来る。
達也くんも婚約者のいる男の距離としては問題だし、かと言って邪険にも扱えない。もどかしいし悩ましいな。
レストランに入って来た時、2人の距離はわずかに広がっていた。
人目がある場所とない場所で態度がかわるのも、もどかしい。さっさと告白して玉砕すればこの中途半端な関係は終わらせられるのに、真由美さんも煮え切らない。
2人が向かいに並んで座る。
空いている席に座っただけなんだけど、微妙な僕の表情に気が付いた達也くんが僕に一瞥をくれた。うぅ、ごめん。
「何か分かったことはないか」
4人がそろった所で、十文字先輩が早急に問いかけた。
真由美さんはテロリストの入国経路について語り、達也くんはテロの主犯グ・ジーについて報告をした。
僕はすでに知っていた情報だけど達也くんの報告を黙って聞いていた。先輩たちは驚いていた。
流石は四葉だ、と思っているみたい。
犯人の情報はアメリカからだってのは初耳だ。
「グ・ジーの映像がないので、この情報が捜索に役立つのかは不明ですが」
達也くんが言う。
映像がない?
監視カメラだらけの世の中、アメリカでどうやって生活していたんだろう。アメリカは日本ほど街頭カメラがないのか、よっぽど慎重に、隠れるように生活していたのかな。不思議だな。
ただ、僕は三人の会話を聞きながら、ふと考えていた。
「…グ・ジーに日本に協力者がいることは、当然だろうけれど…」
「久、何か気になることがあるのか?」
僕は思考をつい口にしてしまう癖がある。3人の会話の腰を折ってしまった。
僕は、会議に参加するだけの立場だから、黙って紅茶を飲んでいれば良いんだけれど、両掌で揉むように持っていたカップを皿に置く。
「箱根での自爆テロはグ・ジーの『僵尸術』で操られた死体が使われたんですよね。その死体は自立して、自分の意思で行動していたんですか?それとも遠隔操作?」
「ホテルの複雑な敷地をプログラムで行動させるのは難しいだろう。遠隔操作だったと、師族会議でも結論された」
十文字先輩が答える。
「どれくらいの距離からですか?」
「そのグ・ジーが想定外の能力を持っていないのならば半径十キロと、これも師族会議では話し合われた」
十文字先輩が、達也くんに視線を向けた。
「機械による魔法の増幅や補正も考えられますが、そこまで強固な組織力はないでしょう。自爆犯の数も多いことを考えても、その距離は妥当でしょう」
「じゃあ、一高での自爆テロは、別の術者が操っていたのか…グ・ジーの協力者も大陸系、もしくは末裔の古式魔法師」
古式魔法は現代魔法と違って、門外不出の秘術や独自の癖があるから、別系列の魔法師だとそもそも発動できなかったりする。
僕の呟きにも似た断定に、3人が僕の言わんとしている内容に気が付いた。
これは僕が鋭いのではなく、3人とも一高のテロでは当事者ではないから気づくのが遅れたようだ。
「そうね、箱根から八王子まで直線距離でも50キロ、車輛で移動するならば60キロ以上あるわ」
魔法で移動すれば丹沢の山々を直線で越えることも可能だけど、グ・ジーがそんな身軽なら今回のような回りくどいテロなんて起こさないで、もっと直接的に攻撃するだろう。
「箱根でテロを起こして車で移動、もしくは移動しながら死体を操っていた可能性もあるが…いや、箱根でのテロも断続的に続いていた、グ・ジーの狙いは師族会議よりも一般市民だった」
「移動しながら『術』を使うのは、発見される可能性が高くなります」
街中にサイオンセンサーやカメラが設置されているから、一か所に潜んでいた方が怪しまれない。
「自爆犯を作り上げたのはグ・ジーでしょう。死体の制御は難しい。その魔法師が『僵尸術』に精通していなくても、大陸の同系列の古式魔法師なら『術』を使える可能性が高いでしょう」
達也くんが、僕の呟きを追認した。
「協力者の方面からもグ・ジーを調べられるわね」
「それは現場検証した警察も気が付いて動いているでしょう。久を危険に曝したことで、公安は焦っているでしょうからね」
「それと、使用された爆弾だけれど、一高はともかく、箱根のホテルのセキュリティを突破できたんだから、ハンドメイドとかその辺の安価な爆弾じゃないわよね」
「爆弾は、どこかの組織から盗まれた…なるほど、グ・ジーがアメリカから海路で密入国した、とはそう言うことか」
十文字先輩が頷いた。
つまり、爆弾の出どころは、米軍だ。四葉の情報源も、その方面からなんだろうな。
「四葉家は米軍の上層部と関係があるんだ…」
またも、僕が呟く。
十文字先輩が、僕の顔をじっと見つめた。
男と男の娘の視線が交差する…って、このシチュエーションは懐かしいな。
「久は、四葉家の意思決定や中枢には、関りがないのか…?」
「え?…はい、僕がお母様の養子になったのは澪さんの五輪家と釣り合いを保つためですから」
僕がグ・ジーの情報や3人の会話を黙って神妙に聞いていたものだから、十文字先輩は僕が何も知らされていないと思ったようだ。
「久ちゃんは、戦略級魔法師として独立した存在だものね」
僕は四葉だけど、四葉の直系ではない。でも、現当主の養子なので、四葉のトップと気軽に話をできる立場でもある。
四葉家、お母様や、達也くん、次期当主の深雪さんに話しにくいことも、僕を通せば、比較的容易く意思疎通ができる。つまり、ハブとかパイプになる。
これは重要な気づきだ。十文字先輩が少し考える。つられて真由美さんも。達也くんは、そんな3人を静かに見つめている。
話が、逸れたな。軌道修正しないと。
「吸血鬼事件の時みたいに、また米軍が介入してくるのかな…」
4人とも吸血鬼事件には深くかかわっている。
「それは不明だが、捜索は急いだほうがいいだろう」
十文字先輩が言う。
時間をかければ、米軍が介入する隙が生まれる。もしかしたらすでに動いているのかもしれないな。米軍とは、僕も因縁があるし、あの仮面の魔法師レベルの敵が現れたら厄介だ。
「皆さん気を付けてくださいね。グ・ジーを捕まえる時は僕も参加しますから」
「…それは、戦略級魔法師の久ちゃんを危険にさらすわけにはいけないわよ」
「大丈夫です。本気の僕を、傷つけられる存在はいませんから」
僕は不意さえつかれなければ、ほぼ無敵だ。
僕の放つプレッシャーが先輩たちを圧迫する。真由美さんが息苦しそうだ。十文字先輩と達也くんは動じない。
「久の同行は最初から計画に入っている。グ・ジーの逃走を防ぐには久の『魔法』は有効だ」
達也くんは平然と、僕の参加を認めている。
「うん、まかせて。達也くんが指示してくれれば、むやみに殺さなくてすむし」
「殺してもいいが、遺体は無傷で殺してくれ」
「うん、わかった」
なにしろ僕は、烈くんや光宣くんみたいに後方で指示してくれる人がいないと、構わず惨殺する可能性が高い。
2人の四葉の、殺伐とした奇妙な呼吸に先輩たちは、無言になっていた。
帰宅の車中で、僕はレストランでの会話を反芻して、ふと別のことを考えていた。
グ・ジーの協力者。いや、かつての協力者、つまり周公瑾さんのことだ。
あの夜の宇治川で見た白いふくろうは、その後どうなったんだろう。
『パラサイト』と同様に、精神だけの存在は器に入っていないと、自然とその存在が薄れて行ってしまう。
僕のように、肉体そのものを作り上げるだけの力は周公瑾さんにはなかったから、時間とともに中空に拡散して、儚く消えてしまったのだろうか?
器となる肉体…
僵尸術。反魂。死体を操る。仙術、精神の器、子供の遺体を使った自爆テロ…
「不審な車が後方から急接近してきます!」
運転手の緊張した声に、僕の思考は断ち切られた。
車内の運転パネルに警告を報せるランプが点滅していた。
僕と隣に座る警護が、リアウィンドウの防弾ガラス越しに後方を振り返った。
後方を走っている黒い車は僕たちが乗っているような電動カーではなく、コミューターだった。直線道路を急加速して迫って来ている。
コミューターは交通管制システムに制御されている。交通状況にあわせて道を変更することはあっても、速度超過することはありえない。
キャビネットやコミューターのセキュリティは、響子さんでも侵入が難しいから、後方のキャビネットは管制システムをカットする違法改造か、故障の可能性がある。
日常生活の範囲でなら、常識的にこれはコミューターの故障と考えるけれど、テロが続いているこの状況、しかも、前を走っている車には戦略級魔法師が乗っている。
今回の、僕のレストラン会議への参加は特に秘密ではない。
僕も警護も、瞬時に『テロ』の二文字が頭に浮かんだ。
でも、誰もが落ち着いている。こう言った不測の事態へのマニュアルは、以前から構築されている。道路は魔法大学からキャビネット駅高架をくぐって自宅近くまで南北にほぼまっすぐ伸びている。
現在、車が走行している場所は駅近く。この手の自動車を使用したテロの場合、僕たちは決して止まらず走り続けなくてはいけない。
ただ、そのまままっすぐ進むと自宅近く、つまり、もう一人の戦略級魔法師・五輪澪が住む地域に達してしまう。それでは危険が増すので、セダンは途中の駅前広場に停車した。運転手がヘッドライトの色を赤にかえ点滅させる。
駅周辺には警察と国から派遣された護衛の魔法師が配備されている。その魔法師たちは、僕の乗っているセダンを知っている。僕たちの車のヘッドライトが赤い点滅を繰り返していたら、それは強盗や襲撃などの緊急事態発生の合図だ。
たとえ駅一帯を破壊する規模の爆薬がコミューターに仕掛けられていたとしても、問題なく対応できる魔法師が常駐している駅前は、ある意味、襲撃にはもっとも適さない場所だ。
駅前に他の車両が停まっていると巻き込まれる可能性があるけれど、駅周辺に何故か他のコミューターはいなかった。
箱根や一高でのテロの直後だ。駅周辺の魔法師の動きは速い。後方から迫る暴走コミューターに対して、干渉が起きないよう連携の取れた『魔法』を発動した。
運転手が僕たちの乗っている車を『遮断』で囲い、隣の護衛が不測の事態に対応すべくブレスレット型のCADに片手を添えている。僕は、自身の周囲を『遮断』に干渉しないよう空間そのものを遮断していた。自分だけを護るのも心苦しいけれど、これは危機対応のマニュアルだから素直に従う。
魔法師が『制動』を発動。タイヤの回転がゆっくりとなり、コミューターは静かに止まった。急停車させると反動で爆発する恐れがあるからだ。
停車したコミューターを2人の魔法師が、急発進を警戒して、左右に挟んで立った。
コミューターを囲う魔法師が、爆轟や爆燃の化学反応を防ぐ『無連鎖』と、発火装置の放電を防ぐ『絶縁』を使った。その他の魔法師が衝撃破や爆発の破片を防ぐ『障壁』、魔法力の劣る警察官が一般市民の誘導を行っている。その一般市民も、帰宅ラッシュの時間が過ぎているとは言え、少ない。
駅前の市民は一瞬騒然としたんだけれど、コミューターへの魔法師の対応は遅滞も停滞もなく、逆に危機感が感じられなかった。
僕の目から見ても優秀な魔法師たちだ。さすがに、戦略級魔法師の防衛にはこの国も、派遣魔法師の質においては手を抜いていないようだ。
ところが、『無連鎖』と『絶縁』を使った魔法師の表情が奇妙に歪んだ。挙動に戸惑いが表れていた。
あれ?『魔法』が効いていない?違うな、発動に失敗している。
『魔法』を無効化する罠がコミューターに仕掛けられている?
アンティナイトの反応は…ないみたいだけど?
緊張と戸惑いが続いて、10分ほど、時間が経過する。
爆発の可能性がないと判断した魔法師がコミュータのドアを慎重に開けた。コミューターは無人で、自動運転だった。
ボンネットを開いて、爆発物や危険物の有無を確認している。その後、もう一人の魔法師も確認して、現場の責任者と警察官に報告をしていた。警察も端末で責任者に何やら説明している。
その間も、僕たちは乗っている車を『遮断』で護っていた。やや時間がかかっているので、2人が交互に『遮断』を発動している。
責任者が自身のノート型の端末で交通管制の確認をして、僕たちの車に近づいてきた。
その気配は、緊張感は保ちつつも、やや弛緩している。それでも運転手は車の防弾ドアを開けず、外部マイクで警護と会話をする。
「修理中のコミューターが、修理業者の工場から間違って走行してしまっていたと、警察に届け出がありました。登録ナンバーも一致します」
「…?」
「交通管制システムも正常に働いています。本来なら交通警察から車と我々に通達があるはずなのですが、時間的に間に合わなかったようですね」
『魔法』が効かなかったのでは無く、座標と目標そのものがなかったので、魔法式が構築できなかったんだ。テロ事件の記憶も生々しいので、爆発物があることを前提に魔法師は行動してしまったのか。
この5分弱の間、事故を想定した管制システムに従って、他のコミューターは駅前に侵入して来ず、キャビネットも緊急のため駅を通過、隣の駅へと乗客を運んでいた。対向車も走っていなかったな。
なるほど、駅前に人が少なかったのはそのせいか。
運転手がパネルを操作すると、5分前に事故車両の通知が送られていた。緊急だったので、運転手は気が付けなかったわけだ。
つまりこれはテロではなく、ごくごく日常に起こりえる機械の故障で、僕たちは独り相撲をとっていたわけだ。
同乗の2人が、それでも一呼吸を置いて『魔法』を解いた。この間も罠かもしれないからだけど、やがて緊張がほぐれて、熱く息を吐く。
外から、だみ声の罵声が聞こえた。
魔法師たちの視線が停車したコミューターと市民を誘導する警察官向けられた。
突然の騒ぎに足止めさせられた市民が警察官に文句を言っている姿が見える。
一般市民にしてみれば迷惑な話だけれど、無事何事もなかったのだから、警察官も適度に謝罪しつつ事務的に対応していた。
そんな騒ぎの中、僕は別の人物に目を向けていた。
その人物は、眼鏡をかけた年端もいかぬ女の子だった。
シンプルなウールのダッフルコートを羽織った姿の、近所の子供がたまたま騒動に足を止めただけ、と言う感じの女の子が、駅前広場の隅に立っていた。
容姿や姿勢に特徴はなく、ただ、その女の子は、片手に風船の紐を持っていた。
鈍い街灯に照らされた風船は赤く、武蔵野の寒風に、ゆらゆらと揺らされていた。
紐を握る手は、異様な程に血の気が感じられない。冬の空気に触れる頬も磁器のようで、外気ほど冷たい感じがする。
女の子は、まっすぐ、僕の乗っている車の後部座席、つまり僕に視線を向けていた。
なんとなく、見覚えのある容姿…違うな、何かに似ている…記憶をたどる。
ああ、そうか、自爆テロに使われた子供たちに容姿や雰囲気が似ているんだ。
眼鏡の大きなレンズに街灯の光が当たって、その双眼は僕からはよく見えないけれど、間違いなく僕を見つめている。
赤い風船を片手に立つ女の子に視線を向ける者はいない。
市民の誘導をしている警官も、女の子のすぐ後ろを歩いているのに全く意識を向けない。
夜の駅前で、普通ならものすごく目立つし、こんな夜中に女の子がひとりで、と誰だって心配する筈だ。
その女の子に気が付いているのは僕だけだった。
僕も気が付いているんだけれど、意識をそらすと、急に見えなくなりそうな、不確かさ、存在感の無さを感じる。
コミューターの暴走は、タイミングや偶然が重なって一時騒然となったけれど、ひとつひとつは小さな事故で、事件性はなかった。魔法師も警官たちも、そう判断している。
でも、そうだろうか。ひとつひとつは小さな事故でも、小さいからこそ簡単に起こせる事故だ。
その結果は単なる嫌がらせ程度にしかならないけれど、この街に住む一般市民は戦略級魔法師がすぐ間近に存在している、テロの標的になる、危険が迫っているのではと疑心暗鬼になるかもしれない。
一度程度なら気にならなくても、これがたびたび続けば、魔法師への悪感情を助長するかもしれない…
事故そのものは警察が対処する問題だ。魔法師、非魔法師は関係ない。でも、だ。
女の子の存在感の無さからか、別のことをつい考えてしまうな。
考えながらも、僕は女の子を見つめている。
女の子が、ほんの少し頭を下げた。寒風に髪の毛があおられ、白い顔を覆う。
女の子の手から風船が、ふうわりと離れた。赤い涙状の塊が、あっという間に暗闇に消えて行く。
僕の意識が、その風船に一瞬向く。意識がそれたのは、ほんの刹那の時間なのに、気が付くと女の子はいない。
まるで最初からその場にはいなかったみたいに。
僕以外の人物には、その女の子は多分最初からいないと感じられていたのだと思う。
視界に入っていても意識されない強力な現代魔法の『認識阻害』ではなく、無意識に働きかける古式魔法の『鬼門遁甲』。
僕は、いまだに僕自身を包む『空間遮断』を解除していない。
今、あの女の子に攻撃をされても、指一本触れることすらできない。あの子が敵、もしくは自爆テロの器だとしても…
「器か」
「どうしました、久君?」
運転手が尋ねてくる。
僕は平気ですよと答え、『魔法』を解いた。いや、正確には『サイキック』だけれど、とっさの場合はついつい『サイキック』を使ってしまうな。
僕は魔法師なんだから『魔法』を使わないと。右手薬指の指輪型CADを撫ぜる。本当なら左手の薬指にも婚約指輪をはめるんだけれど、テロや学生生活も配慮して嵌めてない。
澪さんは、昔、クリスマスにプレゼントした指輪を今でも左薬指に嵌めている。
僕は警護の2人にお礼をして、2人と一緒にセダンから降りた。
曇天だった空から、小雪がちらほらと降り出していた。
周囲の視線が集まる中、僕は警察官や魔法師たちに丁寧に、あいさつとお礼を言って回った。わめいていた市民にも、丁寧にお詫びをする。市民たちは、僕の妖精的な容姿と雰囲気に呑まれてか、茫然としていた。
このような時はしっかりあいさつするよう達也くんから厳しく躾けられている。僕は年相応に怯えつつも、戦略級魔法師、四葉家の一員として、如才なく、かつ可愛らしく行動する。
そんな演技をこなしていると、あの女の子の顔が、頭の中から自然と消えて行く感覚を覚えた。
眼鏡をかけた、血の気のない顔の映像が、霞にかかって行く。
思い出そうとしても、思い出せない。この感覚は、以前にも感じたことがある。
あれは横浜の師族会議の帰りだったな。
…でも、最後に覚えていた少女の顔は、確かに微笑んでいた。
その笑顔に害意は一切なく、親しみ…違うな、懐かしみを感じる。
言葉にするなら「ご無沙汰しておりました」、かな。
赤い風船を持つワンピースの女の子なのに、僕がイメージした声は、男性の声だった。
その声も、どこか遠くに消えて行く。女の子の表情と、小雪と、風船とともに…
原作は達也と四葉を孤立させるべく、ちょっと無理のある展開になっていますが、
このSSは原作の行間を縫って進めていくので、問題ありません。
原作のトーラス・シルバーの件は、もう少し丁寧に進めて欲しかったな。
せっかく九校戦であーちゃん先輩が気が付いたんだから、
あーちゃん先輩を絡めて欲しかったです。
レリックとパラサイドールは原作ではどうなるのかな。
周公瑾の件も、周の最後の、達也の思わせぶりな視線は謎です。
その謎は原作ではわずか一行の文ですが、このSSでは重要な要素です。
一高のテロで使われた子供たちは、周公瑾が自身の器に使うために集めた遺体の残りを、
グ・ジーの協力者が発見して利用しました。
精神の器には相性があるので、候補を何人か集めていたのです。
赤い風船の少女のくだりは、以前の久と香澄のデート中に入れる予定でした。
香澄と一緒に公園でお弁当を食べているとき、青空に色とりどりの風船が飛んで行く。
ふと視界の隅に、赤い風船と、その紐を手に持つ、生気の薄い女の子が入った…
少女は瞬きもせず、久をじっと見つめていた…
みたいな流れでしたが、ラブコメ優先でカットされちゃいました。
さて、赤い風船を持つ女の子は何者なんでしょうかね?