パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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Mirror

 

一高通学路の路地に『瞬間移動』した僕は脳内に不快感を覚える。この不快感は記憶にある。

 

「アンティナイトのキャスト・ジャミングだ」

 

ヘルメット越しの表情は不明だけど、同じノイズを感じた達也くんが断定した。

指向性を高めたキャスト・ジャミングのノイズは、魔法師の脳内で思考を妨げるほどの騒音を発する。それ以外にも、全方向に微弱な波動を発ち、周囲の魔法師に影響を及ぼす。

ところが、そのキャスト・ジャミングの波動に、強力なサイオンの塊が覆い被さり始めたことに気が付いた。

騒音が、離れた森から漏れる蝉時雨みたいに遠く感じられる。

そもそもキャスト・ジャミングは『魔法』を封じるものではない。誰かが強力な魔法力で、事象干渉力を持たないキャスト・ジャミングの波動を妨害している。

このサイオンは…

 

「深雪さんだ」

 

「ああ、深雪がキャスト・ジャミングを妨害しつつ、水波の『魔法』に干渉しないようサイオンで自分たちを包んでいる」

 

達也くんが通学路を『視る』。

 

「深雪が…水波と泉美が暴漢15人に囲まれている」

 

達也くんの不安、予感が的中した。達也くんの身体が怒りで膨れ上がる。達也くんがここまで感情を露にするのを僕は初めて見た。

 

「待って!達也くん」

 

バイクの後部座席に座る僕は、達也くんのお腹に回した腕で引き留める。

『瞬間移動』でここまで飛んで来たことで、時間的な猶予が生まれている。

残念ながら僕と達也くんは連携の経験が少ない。敵陣に飛び込む前に、ちょっとした打ち合わせをする必要がある。

ほんの数秒だけど、必要な時間だ。

達也くんも感情はともかく、理性が理解した。

 

「久、お前ならキャスト・ジャミングをどう対処する?」

 

「使用者を殺せばいい」

 

アンティナイトのキャスト・ジャミングは、入学直後、一高がテロリストに襲われた時に経験している。

頭が痛くなるけど、僕の『サイキック』はその程度のジャミングでは無効化できない。

僕はこれまで、多くの場合、一人で戦ってきた。

今回の敵はアンティナイトを所持し使用している。普通のデモ組織とは明らかに異なるから、他にどのような武器を隠しているかわからない。無力化できるときに、躊躇なく殺す。

残念ながら僕はただの殺戮者で、戦士でも兵士でもない。

だから、戦闘となると、誰かに指示して貰わないと、僕は人殺しの機械になってしまう。

 

「殺すのは…最後の手だ」

 

達也くん自身が殺したそうな、強い念が込められた呟きだった。

 

「公衆の面前、今の社会情勢で、テロリストとは言え殺すのはまずい、敵の対処は俺がする。久は、深雪を護ってくれ」

 

つまり、人目がなければ自分が皆殺しする、と。

達也くんだって、手加減が命取りにつながる可能性を熟知している。

深雪さんは達也くんのすべてだ。その達也くんが僕に深雪さんの安全を委ねた。

これは期待に答えなくちゃいけない。

 

「わかった」

 

バイクが弾丸のように加速した。

 

僕と達也くんの乗ったバイクは、細い路地を一気に抜けた。

一高の通学路は二車線の緩やかな坂で、片側に商店が並んでいる。

商店の前の歩道に、深雪さんと水波ちゃん、泉美さんの3人と、3人を囲う男達が15人。遠巻きに足を止める市民と下校中の生徒たちがいた。

通学路の状況を一瞥した達也くんは、いきなりアンティナイトのキャスト・ジャミングを吹き飛ばした。

その場にいたすべての視線が、バイクのブレーキ音に反応して、僕たちに集中する。

『障壁』で深雪さんと泉美さんを護っていた水波ちゃんの顔色が良くなった。

キャスト・ジャミングを妨害された原因がわからない暴漢が激しく動揺している。

達也くんがヘルメットを脱いでバイクを降りた。野次馬と暴漢の人垣を達也くんが割って進む。僕もヘルメットを脱いで早足で続く。

 

「お兄様!」

 

深雪さんの姿は強く輝かしいサイオンを浴びて神々しい。もっとも、その姿を見られるのは魔法師だけだ。

アンティナイトを無効化した時点で、いや、達也くんの登場の瞬間から、深雪さんの身の危険は限りなく低くなった。それだけ達也くんの存在は圧倒的で、水波ちゃんがキャスト・ジャミングに耐えながら『魔法』を使い続けたおかげだ。3人を覆っていた、深雪さんのサイオンが、目に見えないきらめきを残して霧散した。

ここは深雪さんと泉美さんの無事を喜び、水波ちゃんの献身に素直に感嘆するところだ。

深雪さんの肌は大理石のように白く、結ばれた唇は赤い。ところが、その瞳には、暴漢に囲まれた少女の不安と恐怖が宿っていた。

その本能的な恐怖は、僕も経験している、どろっとした纏わりつくような恐怖だった。

その恐怖と、深雪さんが暴漢に囲まれている姿を目の当たりにして、さっきまで冷静だった達也くんの怒りの濃度が高まり、怒気が地を這って周囲を圧倒した。

達也くんの純粋な怒り、殺意は、大上段に構えた日本刀のように鋭く澄んでいた。

暴漢の足がすくむ。

殺意で人を殺せるんだなって、隣に立つ僕は思っていた。

 

「水波の『障壁』は完璧に機能している。深雪の身の安全はもう問題ないが…久、打ち合わせ通りに。敵は俺が格闘で無力化する」

 

怒りの塊のような達也くんは、それでも、敵を殺す気はないようだった。

通学路には街頭カメラが死角なしに設置されている。冷静に、過剰防衛にならない範囲で無力化していく気だ。

 

「うん」

 

敵がもう一度アンティナイトを使ったけど、半秒もしないで、達也くんに無効化されて、ややパニックになっている。

 

「水波、『障壁』を張ったまま移動できるか」

 

「はい」

 

達也くんの指示に水波ちゃんが力強く頷いた。

敵の標的だった深雪さんたちは、ゆっくりと一高の校門に向けて下がっていく。

水波ちゃんは『障壁』を展開したまま、ゆっくりと深雪さんと歩をともにしている。

僕は水波ちゃんの『障壁』を領域干渉しないよう、

 

「僕は戦略級魔法師の四葉久です。市民の皆さん、僕の『魔法』で護りますので、その場を動かないで下さい」

 

一高周辺に住む市民は魔法師の世界に詳しいけど、バイクスーツ姿の僕は、一見すると少女だ。はっきりと僕の存在をアピールする。

僕は、自分たちの安全だと思える距離から見物していた市民を『障壁』で囲む。

野次馬を助ける義理はないけど、犠牲者を出しては、また魔法師のイメージが悪くなる。野次馬は証人でもあるから、最後までしっかりと見届けてもらわないと。

本来『障壁』は無色透明だから、市民が不安に思わないよう、わざわざ青い色の壁を作って見せた。

通学路には帰宅中の一高生もいた。彼らもキャストジャミングの影響で体調が悪そうだ。彼らも、僕の『魔法』で護る。

 

「四葉久だと!?」

 

「下校したはずだ!」

 

「そいつには手を出すな」

 

暴漢にさらに激しい動揺が走る。

僕は戦略級魔法師だ。魔法師の存在を嫌悪する者であっても、僕がこの国の最大の護り手である事実を無視できない。

僕を攻撃すれば、国民すべてを敵に回す可能性が高い。

敵国の工作員ならともかく、その覚悟がこの暴漢たちにはないようだった。

その青い『障壁』を確認した達也くんが足を止め、人間主義者と言う名の無法者と対峙した。

 

「水波、『障壁』はもう解いていい。深雪、2人を連れて学校まで戻ってくれ」

 

「わかりました」

 

水波ちゃんは、かなり消耗している。

 

「久様、失礼いたします」

 

水波ちゃんの役目は深雪さんを護ること。僕と達也くんの身は自分で護る。

深雪さんが、達也くんに向けて奇妙なほど優雅にお辞儀をした。

 

「久、お兄様をお願い」

 

そして、小さな声で僕に言った。それは恋する乙女の声だった。そのまま、水波ちゃんと泉美さんの背中に手を当てながら立ち去る。躊躇のない逃げっぷりだ。

深雪さんの背中を確認して、僕は戦闘に意識を集中させた。

僕の『障壁』は水波ちゃんほど高度で緻密ではないけど、分厚さと強度、範囲の広さでは圧倒的に上だ。僕の『障壁』は、達也くんの怒りから皆を護るためのものみたいだった。

 

「同士たちよ、邪教の徒を逃すな!」

 

暴漢のリーダーが叫んだ。『魔法』は科学なのに、邪教とは誤った認識だ。

目の前に立つ達也くんでなく、あくまでも深雪さんを標的にしている。

でも、達也くんを無視して深雪さんを追えるわけがない。立て続けに5人の男がアスファルトの大地に転がった。

 

「貴様!そんな暴力が許されると思っているのか!」

 

リーダーがめちゃくちゃなことを言っている。

素手では太刀打ちできないと考えた一番前にいた男が警棒で殴りかかって来た。

僕の目で見ても素人の動きで、達也くんは躱しもしないで、男の警棒を持つ手だけを叩いた。警棒が吹っ飛ぶ。

深雪さんが避難したので、達也くんは防御に徹するようになっていた。

1人対15人なのに、達也くんの方が圧倒している。

地にしゃがみこんだ男に拳を突き付ける。

 

「これ以上攻撃を続けるなら、手加減はできない」

 

達也くんの警告を挑発と受け取った暴漢のリーダーが、

 

「この餓鬼ゃあぁ!」

 

と、奇声を上げた。原作に登場するキャラにしては、極端に下品で小物感溢れるセリフだ。

その男は50センチほどの棒を懐から取り出した。薄く撓る武器で、握りのボタンで電撃が走るように出来ていた。

スタンウィップと言う警察用の最新武器だって後で達也くんに教えてもらったけど、警察用の武器を何故このような暴漢が持っているのか。

この段階になっても警察は現れないし、警察用の武器までも奪われているのだとしたら、何度も言うけど、この世界の警察は役立たずの誹りどころか…いや、もういいや。

ところが、最新の武器を持っていても、使用する暴漢の技量が達也くんにまったく追いついていなかった。

男は気色ばんでアスファルトの道路を蹴立てて、スタンウィップの間合いの外で意味もなくぶんぶんと振り回している。身を躱すまでもなく、達也くんが苦笑する。

達也くんの苦笑を嘲弄と勘違いしたのか、男は息を切らしながらスタンウィップを捨てると、コートの内ポケットから拳銃を抜いた。

動く標的、人間に弾丸を命中させるのはとても難しい。日々の訓練とセンスが必要で、この男にそれがあるとはとても思えなかった。

拳銃は、抜いて、構えて、引き金を引く動作が必要だ。それに、この距離で拳銃を選択するのは愚行だ。

男が拳銃を抜いて構える前に、達也くんが拳銃を蹴り落し、そのまま男の前頭部も蹴っ飛ばした。

暴漢のリーダーが仰向けに倒れ、気絶をした。

黒光りする拳銃が、アスファルトを僕の足元まで滑って来た。僕のいる場所まで考えて拳銃を蹴り飛ばしたんだから、達也くんの格闘センスは磨き抜かれている。

銃は上下二連のバレルが特徴のダブルデリンジャーだった。僕は、拳銃を拾う。

デリンジャーにはトリガーガードが無いので、達也くんに蹴られた時に暴発しなくてよかった。

僕はバレルをオープンして、装填されていた二発の22口径LR弾を抜き取る。デリンジャーは至近距離、むしろ相手の身体に押し付けて撃つ殺傷力の高い拳銃だ。

あの素人な男にこの拳銃が使いこなせたかどうかは不明だけど、拳銃を見た野次馬が、いきなり自分たちが標的にされたかのように騒ぎ出した。

これまで、深雪さんたちを襲っていたアンティナイトは一般人には影響がない上に指輪型だったので、脅威度は高く感じられなかったのだろう。

拳銃と言うメジャーな武器に、自分たちも危険な場所にいるとやっと理解したみたいだ。

へたに動かれて、暴漢がそれに紛れて逃げるのも困る。

 

「皆さん、大丈夫です。僕が皆さんを護っています。慌てないでゆっくりと離れてください」

 

戦略級魔法師の僕の言葉に、野次馬の動揺が収まる。

不安がすべて収まったかと言えば、残念ながら僕の女の子みたいな体格では、それは無理で、これが十文字先輩のセリフだったら、野次馬も安心するのだろうけど。

動揺したのは、暴徒たちも同じだった。リーダーが拳銃を隠し持っているとは知らなかったようだ。

彼らのリーダーの行動は銃刀法違反に殺人未遂が加わった。

自分たちだって婦女暴行未遂の現行犯なのに、罪のレベルが違うとなると、戦意すら失うらしい。覚悟が足りなさすぎる。

達也くんも戦闘態勢を解いた。

 

「お兄様っ!」

 

一高まで退避しているはずの深雪さんが、近くの建物の角から警告の声をあげた。

深雪さんは1人で、水波ちゃんの姿がない。

戦闘が終了したと判断して、達也くんの身を案じて、つい近くまで来たのか。少し迂闊な行動だ。

達也くんが身構える。僕も咄嗟に、深雪さんを『障壁』で覆った。

深雪さんが、僕をちらっと見た。謝罪とお礼の眼差しに、僕も頷く。

 

がばっ!

 

気絶していたはずの暴漢のリーダーがゾンビのように起き上がった。

意識はないのに、操り人形を想像させる動きの男が差し出した両手に、淡い炎が沸き上がった。

『魔法』?

僕が疑問を抱く間もなく、達也くんが『術式解体』で炎を吹き飛ばす。

青い炎は掻き消えたけど、間髪おかず、また男の両手の上に青い炎が上がった。

 

「何っ!?」

 

達也くんが驚愕の声を上げた。

男の『魔法』の発動速度は、僕や深雪さん並みに早かった。達也くんが驚くのもおかしくない。

この男は格闘も素人で、言動も粗雑。人の上に立つような器量はない。そんな人物がCADも起動式も使わず『魔法』を発動させた。

この炎は、現代魔法とは違う。古式魔法、それも日本のではない大陸系の古い『術』だと僕は直感した。

人を殺すなら拳銃の方が早い。事実、この男はさっきそうだった。

なのに、このタイミングで『魔法』を選んだ理由は…古式魔法師に遠隔で操られているからだ。この男が粗雑で下品なのは、術者にとって操りやすい薄っぺらい人物だったからだろう。つまり、この男からは大した情報は得られない。

達也くんも同じ判断を下したみたいで、正面の男を警戒しつつ、操り手を探している。『視て』いるその姿は、やや無防備だった。

 

「魔、魔法使い!?」

 

「リーダーが邪教徒!?」

 

暴漢たちが、自分たちのリーダーの両手に浮かぶ青から紫色にかわった炎を見つめて愕然としていた。

魔法師を魔法使いって言うところは、こいつらの底が知れるけど、男たちにこの『魔法』が遠隔操作であることを理解できるわけもなかった。

男たちは、炎よりも青ざめた顔になって、こけつまろびつ逃げ出し始めた。ぎゃあぎゃあと意味不明な叫び声をあげている。

その時、淡い炎が破裂した。

炎の破片が周囲に散らばり、葉を散らした街路樹やアスファルトに粘着質の液体のようにこびり付いた。

達也くんも、男の操り手を探していたせいか、動きに遅滞があった。自分に降りかかる炎をぎりぎり『術式解体』で打ち抜く。

僕は逃げる男たちの捕縛と達也くんの護りの優先順位を一瞬考えて、達也くんの正面に『障壁』を展開した。青い炎が『障壁』にいくつもこびりつく。

 

「久、助かる!」

 

達也くんは僕にそう言うと、再び意識を操り手に向けたようだ。虚空に目を凝らす達也くん。

僕の魔法力と領域干渉は物理攻撃は言うに及ばず、どのような『魔法』でも弾き返す。

その場にいた市民、一高の生徒、深雪さんと達也くんは『障壁』に護られていたから安全だけど、まき散らされた炎は逃げ出した男たちに容赦なく降りかかった。

炎を浴びた男たちは、もんどりうって倒れた。炎ではない炎に焼かれた箇所が、枯れ木のようにミイラ化していた。

すさまじい悲鳴をあげる男たちに、野次馬も怯える。

あれは治療できないだろうな。他人事のように独り言ちる。助ける気は、微塵もない。

僕の前の『障壁』についた炎は何も起こさなかったから、あの『術』は生命体にだけミイラ化を起こすようだ。アスファルトは影響ないのに、街路樹は焦げている、その違いは何なんだろう。

植物は生命体と定義されているのかな。

この曖昧な感じも、いかにも古式魔法の特徴だ。

 

暴漢のリーダーを操る『術』の痕跡を『視て』いた達也くんが『魔法』を使った。CADは使っていないから、それは僕には理解できない、達也くんの『異能』だった。

男の両掌に、一瞬、刺青のような模様が浮かんで、消えた。

残りの紫色の炎が力なく飛ぶのを達也くんが撃ち落とす。

遠隔操作の切れた男が、どうと仰向けに倒れると、15人の暴漢たちは全員倒れていた。肉の焼ける匂いが充満している。

達也くんは身を護っただけなんだけど、悪臭の中心に立つ達也くんの姿は、まるで達也くんが男たちを焼いたみたいな光景だった。

 

「全員、動くなっ!」

 

間の悪いことに、このタイミングで警官が駆けつけて来た。

一高駅前に駐在する警官は魔法師で、一高卒業者だから『魔法』に対する理解が深いけど、これはすぐには帰れないだろうな…

達也くんが緊張を緩めるのを見て、僕も『障壁』を解いた。

『障壁』はガス対策で匂いも防いでいたから、肉を焼く異臭に、市民や下校中の生徒が顔をしかめていた。

達也くんは、虚空を見つめたまま、じっとしている。

 

「久」

 

深雪さんが僕の隣に移動して来ていた。水波ちゃんもすぐ後ろに控えている。泉美さんはいなかったから、一高にいるのだろう。

 

「深雪さん、警察が来たから、僕が話に行くね」

 

戦略級魔法師の僕の存在は、同じ魔法師である警察官にとって疎かに出来ない。この惨状に対する警察の心象を良くするためにも、まず最初に僕が声をかけるほうが良い。

 

「ええ、でも私も一緒に行くわ。襲われた当事者だし、生徒会長ですもの」

 

静かに微笑む深雪さん。

 

「お兄様の追跡の時間を稼がなくてはいけませんし」

 

あの男を遠隔操作していた術者の『魔法』の痕跡、繋げられた糸を手繰るように、達也くんは犯人を追っている。

一高の通学路は大騒ぎになっている。警察車両が、次々と到着する。

僕と深雪さん、水波ちゃんは、現場の一番階級の高い警官に向かって歩き出した。その警官とは顔見知りだ。僕が制服ではなく、バイクスーツなことにちょっと戸惑っていた。

警官は同じスーツを着る達也くんをちらっと見た。何か言いたそうだけれど、とりあえず僕たちの話を聞くつもりのようだ。

 

通学路は日没とともに、急激に暗くなっていた。警察車両の赤色灯がちらちらと薄闇を照らしている。

 

 

警察の事情聴取が終わったのは18時過ぎ。外はすっかり暗くなっていた。

僕がいたこともあって、警察での扱いは丁寧だった。証人も沢山いたし、なにより街頭カメラに一部始終が記録されていたことが大きかった。

警察署にいる間、僕は背筋を伸ばして良家の子女を演じていた。

警察も、僕と達也くんがテロリスト追跡の任に就いていることを知っている。

警察の仕事を差し置いてって反感を持つ刑事も多いだろうけど、聴取のほとんどは達也くんがしてくれて、僕にそのような感情を向ける刑事はいなかった。

 

「達也くんありがとう、説明を全部おしつけちゃって」

 

「深雪のついでだ」

 

そう言いながら、達也くんの目は優しい。

 

その後、八王子署は事件が大きくなったので擬態警邏車、いわゆる覆面パトカーで達也くんたちを自宅まで送ってくれた。僕の着替えは達也くんの家にあるから、僕も同乗している。

外はすっかり暗くなっていた。

覆面パトカーの助手席に水波ちゃん、後部座席に達也くんと深雪さん、膝に自分のヘルメットを抱く僕が座っている。

達也くんのバイクは交通課の警部さんが運転している。

深雪さんが達也くんの右腕にもたれるように座っている。流石に疲れの色が見えた。

婚約が発表されてから深雪さんと達也くんの距離感が以前とは違っていた。

でも、この時間は、兄であり婚約者の達也くんに素直に身を委ねている。

寄り添う身体、寄り添う心と心。僕は、そんな2人の『意識』を間近で感じながら、今日の出来事を振り返っていた。

 

達也くんは、やはり凄い。

肉体的な格闘技術、敵の魔法師を追跡する『異能』。

それらはもちろん感嘆すべきことだけど、僕が凄いと思うのは、達也くんが深雪さんの危機を予感、予知して、それが現実となっていたこと、そして大事な人の危機に、駆けつけたことだ。

僕の手助けが無くても、必ず間に合っていたはずだし、深雪さんも達也くんをまったく疑っていない。

迷いさえも拭い去るほど、いつも近くにいる。お互いにしか聞こえない声での会話。『意識』が繋がっているから、常人では至れない領域で、わかり合っている。

『意識』の存在であるはずの僕がたどり着けない場所に2人はいる。代わりのない2人だけの閉じられた、広大な世界。

恋愛がわからない僕が、どれだけ澪さんや響子さん、真夜お母様を想っても、絶対に2人にはなれない。

凄いし、すばらしい2人だ。

2人の間に割って入る気はない。入っちゃいけないとも思う。

でも、2人の信頼感の一部であれたら良いなとも思う。

僕は語彙が豊かじゃないし、感情を表現するのは苦手だ。2人の関係を言葉にするのは、もっと難しい。

だから僕は独り言を呟く。

 

「2人はいつだってひとつになれるんだ」

 

いつもの2人を結び付けようとする揶揄とは違う。

達也くんは口をつぐんでいる。

深雪さんは可憐な美貌を赤くしている。

いつもなら照れて、僕の頭を撫ぜたり抱きしめたりするけど、今は、達也くんの体温を静かに感じている。

助手席の水波ちゃんが、不思議な生き物でも見るような目で僕を見ている。

 

僕はリアガラスに映る2人と、その向こうの街の風景に視線を向けた。街の明かりがゆらゆらと流れていく。

達也くんの存在が起こす波に揺れているようだ。

僕もその大波に乗っている。

でも、その明かりは、どこか血のようで、不吉な光景だった。

 

 

 

 






Mirror
魔法科高校の劣等生EDの神曲です。
Mirrorの歌詞は、達也と深雪の関係を如実に表現していて心に染みます。

久は達也を尊敬、崇拝に近い感情を抱いていますが、
それは達也の明晰な頭脳や技術、異能より、深雪との関係に「神」を感じています。

「2人はいつだってひとつになれる」

このSSの『意識』へのアプローチは、まさにこの言葉に感化されたからなのです。
能力以上の無謀な試みをしていますね…汗。
これは久にとって、一つの理想です。
久は強大な魔法力、サイオンを有し、富や地位、名声を手にする代償として、
恋愛や感情が理解できず、肉体が成長しないので、大事な女性と心も体もひとつになることができません。
まぁ、本人が気が付いてないところで色々とあるんですけどね。真夜とか、真夜とか真夜とか。


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