一年生のころは、下着姿と水着程度。風呂に入る時も湯着を着ていたのに。
達也も深雪も、濡れ場。
今回は、そんな話です。
西暦2097年4月8日月曜。
魔法科高校は今日から新学期だ。
7日に入学式が行われ、勝手がわからず戸惑う新入生がいるものの、おおむね平静を保っていた。と原作には書かれている。
現在、日本海には一条家の義勇軍が撃退した、新ソ連の船舶の生き残りが遊弋しており、北海道沖にはかなりの戦闘艦艇が集結しつつある。
敵の規模から、魔法師と『魔法』による戦いが、早ければ10日にも開始されると予想されている。
澪さんは今朝、札幌の北部司令部へ向かい、響子さんも北海道に出動している。
僕も市ヶ谷の国防軍総司令部から、授業後は自宅待機を要請されていた。
生徒会や部活に参加しないで、早々に帰宅する学校生活は、グ・ジー捕縛失敗を秘匿している現在、もう二か月も続けている。
敵は新ソ連と言う、軍事大国。
我が国とは倫理観を異にしており、自国の軍事力に自信があり、軍事力を外交の最初の手段に選ぶ、テロリスト相手よりも、危険で深刻な敵だ。
結局、国と国の関係は、野蛮な暴力で決まる。
開戦ぎりぎりの現在、市民の混乱を避けるため、新ソ連の侵攻は報道されていない。
もし、報道規制が解かれれば、この国は蜂の巣をつついたような大騒動になる。
そして、敵国が北海道に上陸した場合、二年前の横浜騒乱よりも、多くの死者が出て、そのまま全面戦争になるかもしれない。
すでに佐渡島沖では戦闘が起きていて、一条剛毅さんが味方を護ってケガを負っている。
報道された時には、すでに手遅れな状況になっていないとも限らず、このような状況で新学期の授業を平静に受けるなんて、戦場の悲惨さを身に染みて知っている僕には難しい。
いっそのこと、敵国の中枢を消滅させてやろうかと考える。でも以前、市原先輩が敵は一国だけではないと言ったことを思い出す。
情けないけど、僕は浅慮な子供だ。
同じように敵の侵攻を知っている達也くんが平静なのは、世界情勢に詳しく、一番大事な人がすぐ隣にいるからだろう。
この国の国防軍への不信感も、僕の不安を助長していた。
先日、情報部の遠山さんと会話をして、その不信はますます膨らんでいた。
国の護りを、非合法な十師族の戦闘力に頼るとか、国防軍は本当に大丈夫なのだろうか。
達也くんは軍属でもあるから、僕よりは国防軍に信頼を置いている、ように僕には見える。
さっさと十師族を公式に認めれば、諸問題は解決するのに、と考えるのも、やはり僕の浅慮なのだろうか。
僕は登校前から不機嫌のオーラをまき散らしていた。
市民の目のある登校中は制御していた。
でも、3-Aの教室では、クラスメイトや森崎くんがへらへらと笑っていた。
いや、事情を知らないのだから、無事進級できた安堵感の笑顔のはずだ。
僕にそう見えるだけだ。
理不尽な怒りだってわかっている。
「久。今日は機嫌が悪いね」
一時限目の授業後、雫さんが恐る恐る尋ねて来た。
新婚早々の僕の不機嫌さに、教室の誰もが腫れ物に触るような態度だった。
「澪さんに会えないから」
戦争は、すでに始まっている。
「しっ新婚だし、いつでも一緒にいたいもの、しょうがないよね」
ほのかさんが言う。
女性の幸せをあきらめていた薄幸の美女と、美少女のような少年の恋は、一つのロマンスだ。
クラスの女子は、素直に僕と澪さんの結婚を祝ってくれている。
男子生徒は、ちょっと微妙な態度だ。
クラスメイトが世界最高の女性と相思相愛の上、結婚したとなれば、年頃の男子が素直にはなれないだろう。
次は教室移動だ。
僕はふらふらと立ち上がる。
「久。ちゃんと前を見て歩かないと転ぶわよ」
ひとつに意識が向かうと他が疎かになる僕の手を、深雪さんが握った。柔らかく温かい手だった。
ただでさえ、僕を妬む男子生徒たちが、憎々し気な目を向けて来た。
もし、達也くんが前線に向かったら、深雪さんも僕と同じように不安に落ちるだろう。
今日の深雪さんはいつにもまして僕に優しかった。
16時前、僕は早々に帰宅した。
適当に動きやすい服に着替えた僕は、エプロンをつけて晩御飯の仕込みを始めた。
今夜から、香澄さんが泊まりに来てくれる。泊まりのお客さんは、初めてだ。
僕的には1人で平気なんだけど、澪さんたちが心配するから、昨日の入学式の時に、香澄さんに事情を説明してお願いしていた。
急なお願いにもかかわらず、新ソ連の侵攻の話をすると、香澄さんも、一緒にいた泉美さんも、深刻な表情で了承してくれた。
香澄さんが僕の義妹に決まってから、自宅二階の空き部屋に一通り家具を整えた。
簡単な要望を聞いて、家具は香澄さん好みに揃えた。勉強机にテレビ、本棚に寝具もある。高校生の女の子の部屋にしてはやや広い。
ただ、七草家のお嬢様の感覚は僕にはわからない。足りないものは、本人に追加してもらう。
僕は料理をしているときは、余計な思考が中断されて、集中できる。
どんな料理が良いかな。
香澄さんはティーンだし、澪さんたちとは好みが違うだろうなってレシピを考えていると、
ピンポーン。
インターホンのチャイムが鳴った。
時計を見るとまだ17時前。香澄さんが来る時間には早い。
何だろうとインターフォンのディスプレイを見ると、郵便配達員だった。
家には、ご招待の手紙が良く来るので、その郵便配達員さんは馴染みの顔だった。
その顔が強張っている。
自宅周辺の、僕の警護に当たっている魔法師たちは、新ソ連の侵攻を知っているので、緊張からピリピリしていた。
その雰囲気を感じているのだろう。
封筒を受け取る。
ごく普通の高級感がある、でも、華美ではない封筒。パーティーの招待状ではなさそうだなって、封筒の裏を確認すると、差出人は十文字先輩だった。
手紙の内容は、反魔法師運動対策会議の招待状だった。
二十九家のナンバーズの30歳以下の若手を集めて、全国に広まっている反魔法師運動に対する意見の交換をするんだって。
二十九家?
たしかナンバーズの家系は二十八家だったはず。
新たな家系、つまり四葉久家がナンバーズに加わった。
四葉を名乗っていても、四葉本家の意思決定や後継に関係のない僕は、少なくとも十文字先輩の感覚では十師族ではない、と言う事か。
そのあたり、十文字先輩のこだわりを感じるな。
会議は14日、日曜日。横浜の魔法協会関東支部、か。
正直、新ソ連と戦争が始まるかもしれないこの状況で、そんな会議に参加する気分にはなれない。
会議が行われる日曜日には全面戦争になっているかもしれない。
十文字先輩は、新ソ連の侵攻を知らないのかな。それとも、かなり以前からこの会議を計画していたのか。
返答の期限は土曜必着。
僕が、このような会議に参加して、まともな発言ができるはずがない。
反魔法師運動をするような輩は自分の身は自分で護れとか、思っても人前では言えない。
でも、真夜お母様から、他家との交流を深めるように言われている。
困ったな。
19時過ぎ、香澄さんが我が家にやって来た。
一度七草家に帰って、普段着に着替えている。生活に必要な衣類や日用品を持参して我が家までは、いつものリムジンで来ていた。
宿泊の予定は一週間で、荷物の殆どが衣類と学校関連の私物、生活必需品は大概家にあるので、荷物はキャリーで一人で運べるくらいだった。
香澄さんに、我が家の案内をする。
これまで、僕は自宅は大きいって言ってきた。一人どころか、三人で住むにも広く、お金持ちの将輝くんですら驚いていたほどだ。
この家は、烈くんが僕の為に用意してくれた。地理的には魔法科高校と魔法大学の間の練馬高級住宅街にある。
うちっぱなしコンクリートのおしゃれなデザインで、外観と防犯、まさかの時の防備も兼ね備えている。
土地面積は900平米、建物面積も二階建て600平米以上ある。地下駐車には三台車を停められ、広い収納スペースはまるで隠れ基地みたいだった。
一階には30畳近くあるリビングキッチン、玄関、洋室が5部屋、納戸、浴室に洗面所、トイレ。響子さんが魔改造した駐車スペース。
一階の14畳の2部屋に、澪さんと響子さんが住み、20畳の部屋に僕たちの寝室がある。残りの部屋は澪さんの荷物(大量のコミックス)置き場だ。
二階にはベランダとテラスはなく、そのかわり大小10部屋、トイレと洗面所、生活スペースなのでクローゼットも多い。
二階の一番狭い部屋、6畳の部屋を僕は勉強部屋にしていた。
それ以外の部屋は、これまで全く使われていなかった。
香澄さんの部屋は、僕の部屋の隣の15畳の部屋。我が家で一番広く、日当たりのいい部屋だ。
この家はコンクリートなので、夏は暑く冬は寒い欠点がある。光熱費が高くなるのは仕方がない。もっとも寒冷化のこの時代、冷房はあまり必要にならなかった。
それに、我が家の電気代が高いのは響子さんの電脳部屋が24時間フル活動しているせいでもある。
コンクリートの分厚い壁に囲まれて、響子さんはなにをしているのか…
広いと言っても、お手伝いさんが何人もいる、宮殿のような七草家に比べたら、一般的な豪邸のレベルだ。
東京でこの広さの家だから、販売価格は数億にはなるだろう。
この家の所有者は九島烈くんで、僕は烈くんから賃貸して住んでいる。
賃貸価格は、僕が通帳の引き落としに気がつかなかったくらい安い。
最初、この家に住み始めた時、1人で住むにはあまりの広さに戸惑って、リビングキッチンのキッチン部分と二階の6畳の勉強部屋、トイレとお風呂しか使っていなかった。
あの当時は独房より広ければ何の問題もなかった。
これだけの広い家を、響子さんの部屋以外は、すべて僕が掃除している。
当然、香澄さんの部屋も、僕が隅々まで掃除をしている。
七草家の運転手は帰宅し、香澄さんの荷物の荷解きを雑談しながら2人でする。
「もしかしたら真由美さんも一緒に来るかと思ってた」
「お姉ちゃんも来たがったけど、流石に急だったので」
大学も新学期が始まっている。魔法科の勉学は高校も大学も大変だ。
「数日中には、偵察…いえ、遊びに来るって言っていました」
なにせ、魔法大学からは道路一本30分もかからない。
この家の生活に当たっての諸注意を言う。
冷暖房はしっかり使わないと暑いし寒い。響子さんの部屋には入らない事(セキュリティがすごいから入れないけど)、炊事洗濯掃除は僕がするので、洗い物は脱衣所の分別籠に入れる事。
「しっ、下着も久先輩…久お兄様が洗うんですかっ?」
「うん。澪さんたちのも僕が洗っているよ」
でも、さすがに年頃の女の子が異性に下着を見られるのは抵抗があるよね。
「僕に見られたくない洗濯ものがあったら、業者さんにお願いするよ」
香澄さんは、お金持ちのお嬢様なので、自分で洗濯なんてしないだろう。
「はっ、はい、そうします」
香澄さんは、いつもより緊張しているな。義兄妹でも、異性の家に寝泊まりするのは流石に戸惑いが生まれる。
それと、
「香澄さん、僕たちは兄妹なんだから、そんな敬語はいらないよ。学校ではともかく、家だったら遠慮はしないで」
「は…うん、そうするね」
「うん」
「呼び方は、兄がいるのでお兄様は実は抵抗があって、久君でいいですか?」
僕は微笑みながら頷く。
何だか、一気に兄妹になった気がする。
「それに、兄と言うより弟みたいな感覚なんですけどね」
まぁ、僕の方が背が低いし…
僕の『兄妹』のイメージは、身近では達也くんと深雪さんだ。2人が家でどのような態度かはわからない。
でも、僕の見たところ、達也くんは深雪さんを異性と言うより、完全に妹として見ている。
だから慈愛に満ちつつも、家族の安心感があり、卑猥な雰囲気が全くない。やや、距離感があり、淡白にも見える。
深雪さんを前にして、異性の本能が目覚めない達也くんは、超人か鉄人か木石か、とも思う。さっさとくっついちゃえば良いのに。
家庭を知らない僕にとって『家族』は、イメージの産物でシミュレートだ。
僕の香澄さんへの態度は、達也くんと深雪さんの真似なんだ。だから恋愛感情が、澪さんや響子さんへの想いのような感情が、まったく沸き上がって来ない。
香澄さんには告白をされ、拒絶し、突き放しもした。
香澄さんの、僕への恋愛は完結している。
今は、香澄さんの性格、負けず嫌いや思ったら行動する直線的な性格と、七草弘一さんの政略的な思惑に負けないようにする強気が混ざり合って、ここにいる。
どう考えても、僕が香澄さんの恋愛対象になる理由がわからない。
香澄さんには迷惑ばかりかけているし、このような状況になった今は、できるだけ香澄さんが快適に過ごせるよう、心配りをしたいと考えている。
真夜お母様は、ハーレムを肯定するけど…いやいや。
僕に妹が出来たんだ。素晴らしいことだよ。
2人で食事をした後、僕たちは一緒に食器洗いをした。
僕は食事後は2時間、自室で勉強をしている。実際には勉強に集中できている時間は、その半分の時間もないにしても、勉強をしている。
ただ、今日は忙しかったので、勉強時間は短縮する。香澄さんも優等生だから、僕と同じ時間、勉強をするって。早く自室に慣れたいってこともあるしね。
1時間後、21時頃、僕はお風呂を軽く洗って、お湯を入れた。
お風呂は、昨日のうちにぴっかぴかに洗ってある。
香澄さんの部屋に行き、香澄さんにお風呂が沸いたと伝える。
一番風呂だよって言ったら、なぜか遠慮された。
どうやら僕が後から同じ湯船につかるのが恥ずかしいようだった。
兄妹だから気にしなくても良いのに。でも、いきなりは難しいか。ゆっくりと時間をかけて兄妹になればいい。
僕が先にお風呂に入ることになった。
僕は1人でお風呂に入る時は烏の行水だ。
「5分もしないで上がるから。出たら呼びに来るね」
そう伝えて、僕はお風呂に入った。
適当に髪を洗い、適当に体を洗う。
肩まで浸かって、100を数える。これだけで、5分。
澪さんたちは長風呂だからなぁ。一人でお風呂に入るのは久しぶりだな。3人で入ると湯船は狭い。1人だと、足も伸ばせて意外と広いよな…と考える。
ふっと、お湯に入りながらうとうとする。
温かい熱が身体にしみ込んでくる。
ここの所、新ソ連の侵攻に対して気が張っていた。
僕は1人でいると、大概ろくな目に合わない。
澪さんたちが出動して半日なのに、香澄さんが家にいてくれている安心感からか、緊張感が抜けて行った。
もともと、僕の緊張や集中力は散漫で、風呂が短いのも、不器用で自分に無頓着だからだ。
でも今は良家の子女の一員として、きちんとした生活と態度を心がけて…
うとっ、うとっ、頭が前後に揺れた。
ちょっと眠いな。少し、眠ろうか。
いや、お風呂で眠るのはあぶない。
少しの間、目を瞑るだけにして…瞼の裏に、意識に暗闇よりも深い黒が広がった。
頭が重い。
あっ、これは、嫌な夢を見る前兆だ。
久しぶりだなって、そう考えながら、僕の意識は、夢の中に落ちて行った。
久しぶりに夢を見た。
悪夢だ。
敵国の侵攻で、街が焼かれ、一高も破壊されている。友人たちが大けがをして倒れている。
光宣くんが敵に倒された。
澪さんと響子さんも、真夜お母様も、敵の謎の戦略級魔法師になすすべなく殺されている。
その光景を、僕は見ているだけだった。まるで、テレビの映像を見ているような疎外感があった。
なるほど、これは夢だなって、奇妙に理解する。
僕が大事な人を攻撃されて黙っているわけがない。
これは、僕がいない世界みたいだ。
敵の戦略級魔法師が達也くんと対峙した。
達也くんが敵の戦略級魔法師を謎の『魔法』で倒す。その手には銀色の拳銃型CADが握られている。
達也くんがふいにCADを胸のホルスターにしまった。
鋭い視線がこちらに向けられた。
いないはずの僕に殺意と右手のひらを向ける。
僕が狙われている。
その世界にいなかったはずの僕は、達也くんに狙われて、微笑んだ。
達也くんの傍らに深雪さんが現れた。達也くんに寄り添い、達也くんの右腕に白い手を重ねた。
深雪さんの体温が達也くんに伝わる。
達也くんが無表情で、『異能』を使った。
僕の身体と『意識』が、2人の『魔法』でチリ一つ残さず消える。
僕が消えた世界に、達也くんと深雪さんが立っていた。
2人だけが残っていた。
これは過去に起きた事実ではない。
夢だってわかりながら見ているから、ある程度は落ち着いていられる。
今見た夢は、これまでの色々な事件のダイジェストを見せられている感じだった。
深雪さんの温もりは、今日の教室での出来事だ。
脳が、記憶の断片をつなぎ合わせて悪い物語を僕に見せている。
僕は風呂から出て、脱衣所で立ち尽くしながら、ぼうっとした頭で考えていた。
僕は夢のラストに満足している自分に気がついた。
大事な人がいない世界で、僕を殺すのが達也くんなら、むしろ嬉しいな。
この夢の世界が、本来あるべき姿なのではと、一瞬考えて、やめた。
魔法師の見る夢は予知夢の可能性がある。
まさか、僕は達也くんの敵なのだろうか。
「久君、ずいぶんと長風呂だけど、平気?」
脱衣所のドアが、開けられた。
香澄さん目と僕の目が合う。
悪い夢の余韻を、脱衣所で思い出していた僕は、全裸だった。
香澄さんは慌ててドアを閉めようとして、僕の鈍い動きに気がついた。
脱衣所は暖房が効いていて暖かい。髪は生乾きで、全身に汗を浮かべていた。
時計を見ると、僕は一時間近く風呂場にいた。どれくらいの時間立ち尽くしていたのだろう。
こういう時の僕は、歳よりも幼く、ひ弱に見える。力ない視線で香澄さんを見返す。
「どうしたんですか、風邪をひいてしまいますよ」
口調が、以前に戻っていた。
「あっ、うん。お風呂で寝ちゃって、変な夢を見ちゃった」
「すごく汗をかいてるし、水分をとらないと」
「飲み物なら、冷蔵庫があるよ」
脱衣所には長風呂の澪さんが設置した小さな冷蔵庫がある。
僕はペットボトルのミネラルウォーターを取り出して、ゆっくりと飲んだ。
冷たい硬水が喉に気持ちいい。
「大丈夫?」
「うん。湯冷めしないよう、脱衣所はいつも温度設定を高めにしてるから」
あの程度、うとうとしただけで悪夢を見ると言うことは、今の僕の肉体は気力も体調も万全なんだ。
もし香澄さんが来てくれていなければ、これからの一週間は、ずっと起きていなくちゃいけなかった。
「本当に、1人で寝ると悪夢を見ちゃうんだね」
去年の九校戦往路のバスの中でのやり取りを思い出したのか、香澄さんの表情が曇る。
「ごめんね、何だか便利に使っちゃって」
「良いんですよ、『兄』の身体を心配するのは『妹』の役目だから。それより、タオルか服で、前を隠してください」
僕は全裸のままだ。香澄さんが、会話の最中も顔を赤くしながら、ちらちらと僕の男の子の部分に目を向けていた。
僕は裸を見られても、特に恥ずかしく感じない。
「ちょっと汗かいちゃったから、軽くシャワーを浴びてから出るね」
「だったら、ボクも一緒に入るね」
「え?」
香澄さんが変なことを言う。顔が、真っ赤だ。
「久君、目を離すと何かありそうで不安なんです。昔から、そうだったんです!」
心音が聞こえそうなほど、鼓動が激しい。
香澄さんの僕へ向ける感情が今も恋愛なのかはわからない。
出来の悪い弟、いや、病弱な息子を気遣う母親みたいな感情なのだろうか。
香澄さんは思い込むと、一直線に突き進む。自分の発言で感情を昂らせる性格だ。
以前、一緒に水着を買いに行った時がそうだった。
今は茫然とする僕をしり目に、服をどんどん脱いでいく。
一瞬ためらって、下着も脱いでしまった。
下着はそっちの網籠のほうって告げる間もなく、香澄さんは自身の裸体を腕で隠しながら、もう片方の手で僕の腕を掴み、僕を浴室に連れ込んだ。
湯気が浴室に充満している。
香澄さんはやや乱暴にシャワーのバルブを捻った。手で温度を確認して、僕のお腹にざぁっとかけた。
「香澄さん、痛いよ」
湯量が強すぎる。
僕は、バルブを少し締める。シャワーが緩やかになった。
「あっ、ごめん」
香澄さんは短く謝ると、自分の身体と僕の身体の交互にお湯をかけた。
僕はこういう時、されるがままになってしまう。
香澄さんの小ぶりな胸にお湯の雫が跳ねる。
お腹から太もものラインをお湯が伝う。
そのお湯の雫を、ぼうっと見ている。
向かい合って立つ香澄さんは、怒っているようにむっつりしている。
女の子の裸を見ても、何の反応も示さない僕の男の子に怒っている?
香澄さんのボーイッシュな性格や人柄、どこか背伸びをしようとする雰囲気のせいかな、淫靡さは感じられない。
単に僕が鈍い?
いやいや。
僕たちは、兄妹なんだ。
浴槽に、2人並んで入った。胸の高さまでお湯に浸かる。
浴槽は並んで入るにはやや狭い。向かい合えばぎりぎり足を延ばして入れるけど、香澄さんが強引に並ばせた。
肩と腕、腰に太ももが重なる。お湯よりも香澄さんの方が体温が高い。大人になる前の未熟さを残した身体だ。僕の鎖骨があたって痛くないかな。
香澄さんは謝ってからは無言になっていた。
自分の突飛な行動を思い返し、冷静さを取り戻して来たみたいだ。やや俯いて、お湯か、その下の自分のお腹を見つめている。
照れていて、恥ずかしくて、でも楽しそうな横顔だ。可愛い。
僕の視線に、香澄さんは耳まで赤くして俯いている。
僕は額の雫をぬぐった。
香澄さんの肩がぴくって揺れた。
このままだと香澄さんが恥ずかし死にしてしまうな。
「香澄さんは、温かいな」
「ふぇ?」
「香澄さんの体温はすごく落ち着く。これまで、何度も僕を救ってくれた体温だ。今日は来てくれてありがとう」
僕は、香澄さんの肩に頭を乗せた。お互いがお互いの白い足を見ている。
「はい」
香澄さんが素直に頷いて、僕の手を握ってくれる。
温かい手だった。
さて、家のお風呂には体を洗うスポンジがない。
このままだとお互いの身体を洗い合うことになる。
香澄さんの呼吸は、まだ少し荒い。
僕は、いつものままだ。
視界の隅に、香澄さんの裸体がある。
『妹』の裸を見ても欲情したりはしない。
浴場で欲情か…なんて愚にもつかないことを考える。
どうやら僕も、香澄さんの熱が伝染して来ている。
「フローズンヨーグルト作って、冷凍庫に入れてあるけど、香澄さん食べる?」
「うん」
返事が短い。
「キウイフルーツが入っていてね」
「うん」
今夜は二人きりだ。
香澄さんのつま先が、ゆらゆらとお湯に揺れている。
今回は、原作の動乱の序章編上巻の、脱衣所で水波が達也の半裸を見たシーンと
エスケープ編で達也が深雪と背中合わせでお風呂に入ったシーンの対になる話です。
脱衣所の達也の時の水波は…。
達也は何だかんだ言っても良家のご子息ですから、きちんとマナーが仕込まれています。
無意識にも局部を隠していますが、久は由緒もへったくれもないので丸見えです。
今回、香澄が暴走気味ですが、『妹』と風呂に入ってもキスをしても何も感じないと、
『偽物語』の中で阿良々木暦お兄ちゃんがそう言っていたので、
久も『妹』と一緒に風呂に入っても、何も感じません。
それにしても、新ソ連の艦艇が領海に接近しているのに、原作の日本は危機感が足りません。
もし、現実にロシアの艦艇が北海道に侵攻してきたら、大騒動になるでしょう。
反魔法師運動も、戦争中だと言うのに、
いざとなったら魔法師に頼りまくる景色が浮かびますね。
あと、本文が長くなったのでカットした、
久が香澄のために作った晩御飯が以下になります。
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どんな料理が良いかな。香澄さんはティーンだし、澪さんたちとは好みが違うだろうなって、レシピを考えていると、不安な気持ちが和らいでいった。
イタリアンが良いかな。
アスパラと渡り蟹のパスタ、野菜のカポナータに香草のローストポーク。
バレンタインのチョコレートが残って持て余しているんだよな。
デザートはビターチョコレートを使ったショコラータにしよう。
食いしん坊と料理部と主夫魂を駆使して、食べてくれる人の喜ぶ顔を想像しながら、料理を作った。
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では次回。