パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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今宵天気晴朗ナレドモ浪高シ

 

4月13日土曜の未明。

北海道沖で国防軍と新ソ連戦闘艦艇団との戦いが始まった。

北海道沖の敵艦艇は、軍艦とは呼べない小型の舟艇で編成されていた。

国防軍の想定よりも開戦が遅れたのは、敵軍が澪さんの存在、戦略級魔法『アビス』を恐れ、民間船の動員に手間取ったからだった。

その分、舟艇には敵軍の魔法師が、我が国を圧倒するだけ乗船していた。

双方の魔法師が、北海道沖に集中していた。

 

そして、その時、僕は佐渡島の外海府海岸にいた。

 

外海府海岸は、新潟県の佐渡市の北部に位置する海岸で、海岸段丘の一部に国防軍の基地がある。

基地の海抜は120メートル。

基地監視台から、肉眼で見える水平線までの距離は、約44キロメートル。いわゆる接続水域だ。

海岸線からその外側12海里(約22km)の線までの海域が領海で、沿岸国の主権が及ぶ水域になる。

この領域内の他国船舶の無害通航ではない領海内通航を、領海侵犯と呼ぶ。

領海侵犯した船舶が停船命令に従わなかった場合は、臨検、もしくは攻撃をしても国際法上合法だ。

特に脅威度が高い軍艦ならば撃沈されても文句は言えない。

その佐渡沖の領海に、新ソ連の非可視化艦隊が侵犯していた。

『魔法』によって非可視化され、航跡も何らかの『魔法』で消している敵艦隊は、新ソ連のウラジオストック艦隊だった。

ミサイル巡洋艦2隻、ミサイル駆逐艦3隻、ヘリ搭載の強襲揚陸艦3隻、戦車揚陸艦3隻、救難艦1隻。

軽空母や潜水艦は含まれていないものの、先日の一条家の義勇軍が撃退した船舶とは、規模も脅威度も桁が違う。義勇軍や沿岸警備の巡視艇では対処できない暴力集団だ。

今回の新ソ連の侵攻は二重三重の罠だった。

まず小規模の佐渡沖侵攻で戦略級魔法を使用し国防軍の危機感を煽り、残存船舶を日本海に遊弋させ沿岸基地の目をそちらに向けさせる。

その後、北海道を小型舟艇で襲撃し、佐渡沖戦の戦略級魔法師の影をちらつかせ、澪さんと国防軍が秘匿する戦略級魔法師をひきつける。

民間船舶を巻き込む『アビス』の使用を躊躇う国防軍の反応を確認。

国防軍の航洋護衛艦を北海道沖に誘引。

手薄になった日本海から、『魔法』で非可視化したウラジオストック艦隊の艦対地ミサイルで基地と都市を攻撃し、歩兵を上陸させる。

どれだけ『魔法』で敵国を蹂躙しようとも、歩兵が自国の旗を敵国領土に立てなければ占領は出来ない。

歩兵の輸送には、大規模な艦艇が必須だ。輸送揚陸艦の数と規模から、敵上陸兵は少なく見積もっても3千人以上と予想された。

北海道沖の敵艦隊が、時間をかけて侵攻してきたのは、澪さんを北海道にくぎ付けにするためだったんだ。

個人が戦局を覆すこの世界の戦争は、真正面からの戦争ではなく、駆け引きとだまし合いの戦いだった。

勿論、敵兵が上陸しても、その後の補給がなければ占領は続けられない。国防軍の基地や、都市を蹂躙したのち撤退することになるだろう。

それとも多数の魔法師や、戦略級魔法師の力で、強引に占領を続けるのだろうか。

どちらにしろ、日本が火の海になることはかわらない。

国防軍の魔法師の配属には偏りがあるらしい。国防軍の主力に魔法師の数は足りていないそうだ。

魔法師と『魔法』が、世代が若くなるにしたがって、その能力を向上させているので、運用がまだ実験段階なんだって。

一週間前、佐渡沖で不審船による小規模襲撃のあった日、僕と澪さんは市ヶ谷の国防軍司令部で敵軍の動きを知らされた。

不可視化艦隊は出港前から、その動向が把握されていた。

国防軍は、13日未明にウラジオストック艦隊の攻撃が始まると予測した。

接続水域に入ってからは、国防軍のレーダーと監視衛星、魔法師の『眼』によって電子的にとらえられ、肉眼以上にしっかりと司令部のディスプレイに映し出されていた。

10日、澪さんと響子さんが北海道に向かった日から、僕は日中は市ヶ谷の司令部で待機していた。

学校は新学期早々休まなくちゃいけなくなったけど、公務なので公休扱いだった。

朝、国防軍の迎えの車両で市ヶ谷司令部に向かい、夕方帰宅する。

そのローテーションをこなし、敵軍スパイの目を慣れさせる。

12日になって、翌日未明の領海侵犯が断定され、戦略級魔法の使用が決断された。

12日の夕方、練馬に帰宅する車に僕は乗っていなかった。

スパイの目をかわし、僕は正午、国防軍の一般職員の電動カーで密かに国防空軍目黒基地に向かい、ヘリで佐渡島の外海府海岸基地に向かった。

 

新ソ連の侵攻は、いまだに一般には秘匿されている。

日本海で国防軍艦隊が正面から戦っては、すぐに一般に知られ、パニックが巻き起こるだろう。

それだけ敵国の脅威度が高く、戦場が近すぎた。

敵艦隊は、『魔法』で監視衛星や海上レーダーから巧妙に隠れている。

ならば、隠れたまま、その存在ごと消してしまえばいい。

この国には、それだけの個人の存在がある。

つまり、僕だ。

敵が使ったのだからこちらもと、今回の戦いは、戦略級魔法ありきの作戦がたてられていた。

ただ、『光の紅玉』を使うと、僕がここにいましたって大声で宣伝するようなものだ。

どのみち太陽光を利用する『光の紅玉』は、夜には不向きで、敵艦隊もそのように動いていた。

この日のあることを想定して、僕と国防軍では以前から話し合いがもたれていた。

国防軍は、当然、僕の『魔法』を詳しく研究していた。

国防軍が僕の『魔法』で注目したのは、同じ九校戦で使用した『稲妻』だった。

競技中は氷を破壊する程度の威力に抑えていた『稲妻』を、全力の魔法力を注ぎ込んで発動させたらどうなるか。

国防軍の質問に、以前、達也くんと会話した内容を伝えた。

『稲妻』は、基本的に自然現象と同じなので、『魔法』の痕跡が残りにくい。

本来、成層圏で起きる自然現象が、地表近くで起きるだけなのだから。

ただ、その威力は1.21ジゴワット、単純計算で長崎型原子爆弾の1/4、およそ20テラジュール以上のプラズマが、エネルギーの塊となって地表のすべてを破壊する。

戦略級魔法『雷神のハンマー(トールハンマー)』になる。

 

国防軍は、『雷神のハンマー』の使用を決断した。

 

外海府海岸基地の司令部。

嵌め殺しの防弾ガラスから、満点の星空と逆さまの三日月、黒い日本海が見える。

春の嵐とまでは行かず、低気圧か積乱雲があれば完璧だったけど、風が強く、波が高い。

周囲が制服の中、僕だけデニムにパーカー姿で、基地見学に来た子供のようだった。

僕の後ろには基地司令と国防軍の将星、制服組のしかめ面が並んでいた。

みんな、眉間のしわに苦悩がつまっているような表情をしている。

僕はヘッドマウントディスプレイを装着していた。

三次元処理された映像は、まるで映画みたいにクリアだった。

『魔法』は座標が重要なので、見えない敵を攻撃することは難しい。

もちろん、海面に向けて『魔法』を放つ方法もあるけど、国防軍は偵察衛星と基地レーダー、魔法師の観測をリンクしたシステムの使用を僕に依頼した。

国防軍の最新鋭の装備で、ご自慢のシステムのようだった。

制服組の責任者の鼻息が荒い。

僕は軍人ではない、民間人の協力者と言う立場で、命令に従う義務はないけど、その依頼を断る理由もない。

そのシステムは『魔法』照準の補助もしてくれる。システムが巨大なCADみたいなものだった。

僕が見ている映像は、指令室内の大型スクリーンにも投影されている。

敵艦隊の威容、搭載されているヘリや武器、人員の動きまではっきりと映し出される。

このシステムは、実験ではかなりの遠距離も映し出せたそうだ。

ただ、僕の火力に偏向した魔法力ではこの距離での処理が限界だ。

残念ながらいつも使用している完全思考型CADでは、全力の魔法力に耐えられないので、国防軍が用意した『雷神のハンマー』専用拳銃型CADを使う。

『光の紅玉』の専用デリンジャーと同じトーラス・シルバー謹製のCADで、僕の小さな手にぴったりと収まった。

オペレーターがカウントダウンの時間を読む。

静かな司令部にオペレーターの声だけが響く。

敵艦の動きが慌ただしくなり、艦対地ミサイルが外海府海岸基地に向けられて発射された瞬間、カウントがゼロになる。

僕は特に意気込むでもなく、ごく自然に、拳銃型CADに魔法力を流し込む。

ヘッドマウントディスプレイによってデジタルで可視化された敵艦隊の真ん中で、戦略級魔法が発動した。

発動直後、大気が稲妻に切り裂かれる。

雷周辺の空気が2万度を超え急速に膨張し、音速を超えた時の衝撃波が、敵艦隊を襲う。

発射されたミサイルが爆発、海面は沸騰し水蒸気爆発。一瞬で海上に入道雲が生まれる。敵の艦隊は積乱雲に飛び込んだように、立ち上る蒸気に包まれる。

もともと非可視化されている敵艦隊が、衛星カメラから完全に隠される。

それでもディスプレイの映像は、真っ白な蒸気をデジタルで排除して、敵艦の姿をボルトの一本までしっかりと映していた。

金属でできた船舶は水分がないので爆発はしない。

しかし、過大電流のジュール熱で発火、誘導雷で電子機器は破壊され、何百トンもある戦闘艇が雷に弾かれて、左右に、上下に軽々と何度も宙に舞う。

人間も、超高温にさらされて、まるで『爆裂』のように爆発していく。

幸い、その残酷な映像は可視化されなかった。

20キロ以上離れた海岸からは、ぴかぴか光っている水平線の入道雲だけが見える。

雷光は見えるけど、雷鳴はまったく聞こえない。

音がない、スペクタクルな映画をみているようだ。

司令部にいる軍人さんたちは黙って映像を見つめていた。

オペレーターのカウントアップの声が60を数えて『魔法』は発動を停止した。

一分にわたって、『雷神のハンマー(トールハンマー)』にさらされた敵艦隊は、跡形もなく海底に沈んでいた。

どれほどの艦隊であろうと。天災の前には無力だ。

蒸気が強風に払われた時には、元の荒れた海に戻っていた。

 

「敵全艦、撃沈しました」

 

オペレーターが淡々と事実を告げる。

敵の非可視化の『魔法』は切れている。沈みゆく鉄塊は軍のブロードバンドレーダーにはっきりととらえられていた。

海水の雨が雲一つない夜の海にばらばらと振る。

見えない敵を、デジタルで表示された敵を海に沈めたので、何だか現実感に欠ける。

国防軍の上層部からも、ため息なのか安堵なのかわからない息が吐かれていた。

新ソ連の艦隊と乗務員数千人の命は、僅か一分で消滅した。

僕の『魔法』が、殺した。

もちろん、その責任は命令を下した軍上層部と敵軍が負う。

でも、常人なら数千人の命を奪った『魔法』の重圧に潰されるだろう。

人ではない僕に、その重圧はない。

敵は、殺す。

強き者も、それ以上に強い存在に奪われるのが、この世界の絶対の法則なのだから。

 

司令部に、まばらな拍手が起き、やがて司令部にいる僕以外の全員が両手を打ち鳴らしていた。

基地司令官が僕にねぎらいの言葉をかけてくれる。

僕は、深雪さんの真似をして、決して敵を作らない、はにかみの笑顔を浮かべて頭を下げた。

 

 

朝日が、日本海を照らす。

僕は基地のVIPルームで、国防軍が用意してくれた朝食を食べながら、その朝日を見ていた。

巡視艇が沈んだ軍艦から浮かんで来た浮遊物を回収している光景が見える。

昨夜と違って風ひとつない、凪いだ、静かな朝だった。

春の日差しに、海面がきらきら光っている。

澪さんと響子さん、真夜お母様や香澄さんと一緒に見られたら綺麗な風景だって感動を共有できるかな。

正午過ぎ、北海道沖の新ソ連艦隊を国防軍が撃退したと言う報告を、基地司令官から知らされた。

澪さんは、結局戦闘に参加することなく、無事だと知らされ、僕は安堵した。

正体が秘匿されている、もう一人の戦略魔法師の『魔法』で、敵舟艇を怪我人を出すこともなく無力化したんだって。

凄いなと思いながらも、抑止力であるはずの戦略級魔法師を便利に使いすぎているのでは、と心配もする。

まぁ、最大の戦争犯罪は敗北なのだから、現段階では問題にはならないか。

目を瞑って『意識認識』をしてみる。

澪さんと響子さんの『意識』が感じられる。2人は、たしかに怪我なく無事なようだ。

その後、ヘリで新潟に移動し、新潟からは高速列車で東京に向かった。

東京駅から、密かに市ヶ谷の司令部に行き、昨日までと同じ時刻に、軍の送迎車で練馬の自宅に帰宅した。

 

今回の、敵軍の侵攻は珍しく国防軍内の連携が上手く行き、洋上で止めることに成功した。

国防軍にも派閥や利権、魔法師と非魔法師、ナンバーズや十師族とのつながりなど、様々な問題がある。

一番の問題は情報の共有だ。

特に事件後の、情報のすり合わせは、その後の円滑な組織運用には重要のはず。

このあたり、原作では各組織が情報を占有して、色々な問題を起こしている。

 

明日は、横浜の魔法協会支部でナンバーズ若手による、反魔法師運動対策会議が行われる。

会議に興味はない。

戦争中に、そんな悠長な会議に参加などしていられない。

今回は敵の侵攻を防げたけど、日本の都市が火の海に包まれていた可能性は高い。

僕は公務と学生であることを理由に出席を断った。

ただ同じ日に、今回の報告をしに魔法協会に出向かなくてはいけない。

光宣くんがお兄さんと上京するので、光宣くんに会いに行くって意味もある。

報告会は若手会議の前に行われる。

十師族の当主は可能なら出席し、無理だったら通信で参加する。

十文字先輩も当然出席するから会議への参加を要請されるかもしれないな。

何にしても、長距離の移動で僕は疲れているし、今晩はゆっくりと休んで、明日に備えよう。

 

おやすみなさい。

 

 






原作では、新ソ連の侵攻が北陸か北海道かで予測が割れている、とありました。
魔装大隊の佐伯少将の予測は北海道、多数派の国防軍の予測が北陸です。
ベゾブラゾフは今回の侵攻は本気の侵攻ではなく、日本に逆侵攻の力がないから、下級軍人のガス抜きだと言っています。
ガス抜きで他国を侵略すんなよ!と叫びたいですが、国防軍にも大亜連合にも、穏健派と急進派がいましたから、新ソ連にも急進派がいて、その中にウラジオストック艦隊を動かせる大物がいたと言う設定にしました。
最初の佐渡沖の戦いで、一船舶を攻撃するのにトゥーマンボンバを使用した理由はよくわかりません。
戦略級魔法の練習なら、広い国土を持つ新ソ連ならできるし、国防軍に余計な情報を与える可能性が高い。
実際、達也に警戒、研究されてしまっています。
国防軍と日本の魔法師を侮っている?
と言うのが、原作でさらっと書かれていた部分を膨らませた、今回の話です。
ウラジオ艦艇の規模や構成は、あまり突っ込まないでください。

魔装大隊の達也は北海道に向かい、国防軍の九島烈派閥にあたる久は北陸、佐渡島に向かいます。
両者は勢力争いをしていて連携をとっていないのですが、偶然うまく敵の侵攻をとめられました。
戦略級魔法師が三人いる状況は、原作よりも国防軍に余裕があります。
久の魔法力は、簡単な『魔法』も戦略級にしてしまいますが、達也と違って、精密遠距離魔法は使えません。
無差別な長距離魔法は使えますが、基本的に目視が必要です。
『光の紅玉』なら精密な攻撃は可能ですが、久の存在を喧伝するようなものなので、秘密の作戦には使えません。
もちろん、『サイキック』の久の力は人類を超越しています。
こちらは軍には秘密です。
『トールハンマー』の1.21ジゴワットは、某バックトゥザフューチャーからの引用です。
久が使用したシステムは、魔装大隊の『サードアイ』の劣化版で、国防軍が『サードアイ』の情報をもとに作ったものです。
軍の内部で派閥争いをしている場合じゃないぞ!
夜明けの日本海を見ながら、久が澪と響子、真夜と香澄のことを考えています。
これまでなら香澄の名前はまったく出てこないのですが、久の中で香澄の存在が大きくなっている証拠です。
2人の関係は破綻する予定だったのです。
四葉と七草が敵対するほど仲違いするのではと考えていたのです。
が、原作で四葉家と七草家が決定的に争っていないのでどうも上手く行っている感じです。
何かと首を突っ込んで来る真由美の存在のおかげ、かな?

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