パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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前話の後半を追加しました。
ここが切所なので、丁寧にゆっくりと進めます。


奇貨

 

 

 

若手会議の微妙な空気に気分を悪くした(殺意をむき出しにした)僕は、達也くんの無言の指示を受けて会議室を退室した。

足元のふらつく僕を支えてくれたのは光宣くんだった。

僕の手を引く光宣くんは、僕の小さな歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。

 

「久さん、手が少し熱いですね」

 

光宣くんは僕が体調不良だと、少し機嫌が良くなる。

同病相憐れみ、仲間だと実感できるのは、ちょっと悲しい精神だ。

 

「光宣くんに会えたら、元気が出て来たよ」

 

光宣くんは絶世の笑みを浮かべ、僕をカフェスペースに連れて行ってくれた。

 

 

「久ちゃん、大丈夫?」

 

植物と緑のソファが印象的なカフェスペースでは受付の役目を終えた七草三姉妹がくつろいでいた。

リムジンの中とは違い、ややフォーマルなドレス姿だった。お嬢様の三人は、そのような姿が良く似合う。

カフェスペースはソファ席、テーブル席、カウンター席などさまざまなタイプのシートが50席ほどが用意されている広々とした空間で、魔法協会のスタッフ用の喫茶スペースだった。

日曜の早い時間なので魔法協会職員の利用者はおらず貸し切り状態。

 

「体調じゃなくて、ちょっと気分が悪くなったから抜けて来たんです」

 

特権階級の驕りは、べったりと顔に泥を塗られるような気分にさせる。

 

「気分?会議の進行に問題があったの?」

 

会議はまだ続いている時間だった。

姉妹とテーブルを挟んで光宣くんの隣に腰かける。

お茶を淹れながら真由美さんが訊ねてくる。

紅茶の香りには心を落ち着かせる効果がある。

この香りは真由美さん好みのお茶だ。テーブルに用意された茶器は魔法協会のカフェスペースにしては高価なもので、どうやら真由美さんの私物のようだった。

このカフェスペースは基本的に魔法協会の職場環境を改善させるため施設だ。

いくら仲が良いとしてもカフェのスタッフにしてみれば七草のお嬢様の行動は横紙破りで困惑しているだろう。

そう言えば、真由美さんも十師族の次代。多少のわがままは許されると無意識に思っている。

テーブルには紅茶のほかにスコーンもあった。

美味しそうだけど、市販の食品を不用意に食べられない。

 

「真由美さんや深雪さんを人気取りのアイドルにしようとか、くだらない話題で盛り上がっていましたよ。達也くんは怒ってました。」

 

「…それは達也君も私も受け入れられないわね」

 

今も会議室は達也くんの怒気で圧迫されているだろう。

 

「あんなくだらない議論になるなんて、次代の十師族があの人たちかと思うと気分が悪いです」

 

会議の主催が兄の智一さんなので、姉妹が揃って苦い顔になる。

 

「でも、そのくだらない…浅はかな議論をする兄たちに失望された僕は輪をかけて情けないです」

 

光宣くんが紅茶の琥珀色を見つめながら言う。

光宣くんはお兄さんたちに、達也くんか深雪さんの伝手で四葉家と誼を結んで九島家の十師族返り咲きへの足掛かりを作るように言われ、会場に同行させられていた。

達也くんと光宣くんは友人と呼べるほど親しくないし、達也くんは話しにくい雰囲気の人物だ。

そもそも、光宣くんも社交的とはお世辞にも言えない。

 

「次期当主と言われているあの人たちは、今現在戦争中だってことすら知らないんだ。光宣くんの方が情報通、よっぽど十師族らしいよ」

 

「お祖父様と久さんに情報をいただいたからです。知っているだけですし、僕自身の力では…」

 

「それは光宣くんの実力だよ」

 

人脈や血筋、生まれも立派な武器だ。

 

「光宣くんは魔法師としては深雪さんや将輝くんと同じか上の戦術級、学力は全国トップクラスだ。特に『系統外魔法』の分野では先駆者だし、魔法師としては誰よりも優れているんだよ」

 

「戦略級魔法師の久さんや達也さんには負けますよ」

 

「得意分野が違うよ。僕は魔法力が強いだけ。達也くんは技術者としては世界一だけど魔法力そのものは弱いし。誰だって得意不得意があるでしょ」

 

この会話はこれまでも何度もしている。光宣くんは体調不良や気分が落ち込んでいる時には、思考がマイナスになる。

光宣くんは自身の体質のせいで自分自身を信じていない。暗い心の奥底にマグマのような不満がくすぶっている。

秀麗な外貌に、ちらちらと不完全燃焼の焦げた炎が上がっているのを僕は見た。

 

「光宣くんの実力はすでに個人で十師族以上なんだよ。真由美さんの前でこんなこと言うのも失礼だけど、あんな人たちとは比べ物にならないよ」

 

それでも光宣くんは納得が出来ていなかった。

 

「十師族なんて肩書にこだわらないで」

 

「十師族の組織を作り十師族の組織を護ろうとするお祖父様の意思に反することはできないですよ」

 

「烈くんやお兄さんに遠慮するなら、光宣くんが九島家から独立して九島光宣家を創設すればいいんだよ」

 

僕は光宣くんの手を強く握る。

 

「九島家は烈くんのカリスマがあっての十師族だったんだ。現当主とは別の組織と言っても良い。光宣くんが烈くんの後継者になればいい」

 

烈くんの人脈や作り上げた組織は、完全に烈くん個人のものだ。それを現九島家当主が受け継ぐイメージがわかない。

子供の頃から、いや、物心ついたころから光宣くんは、体調さえ常人並みなら世界最高の魔法師になれたのにと言われ続けている。

人は、家族も、光宣くんの前では言わないけど陰でこそこそ囁く。

それが光宣くんにはすべて聞こえてくる。聞こえると思い込んでいる。

光宣くんは家族を、烈くんと響子さん以外は見下しているから、その家族に護られることに反発を抱く。

だったら、独立すればいい。

経済的な問題は、烈くんの裏の資産を受け継げば解決するだろうし、孫可愛がりの烈くんがどうにかする。

それに、烈くんも喜ぶだろう。

 

「そう…ですね」

 

光宣くんは嬉しそうに笑ったけど、目は笑っていない。

言葉だけでは心に響かない。

年齢分の積み重ねがあるだけに、意固地だ。

人脈や生まれは武器だけど、己を縛る鎖でもある。

家から独立する。

名家のお坊ちゃんの光宣くんには、とっさに踏ん切りがつかない判断だ。

僕みたいな根無し草には根本的に理解できない鎖で、服の上からかゆい所をかくようなもどかしさを感じる。

 

最後に僕は、真剣な表情で、光宣くんに言う。

 

「光宣くんは、『僕が認めている』」

 

僕は口調を重々しく変えた。

姉妹がけげんな表情を浮かべる。

 

「それは戦略級魔法師の久ちゃんが認めているって意味?この国のトップの魔法師の発言ですもの、十分すぎる保証ね」

 

真由美さんの認識も正しい。もちろん、その意味も含まれている。

でも、光宣くんは近いうちに、己の中にいる存在と対峙する。

その時、電撃のように理解する筈だ。

 

『僕が認めている』

 

その意味は、すぐにわかる。

強く握ったままの手に熱がこもる。

 

 

 

達也くんとは縁が薄かったので、この後、光宣くんは真由美さんの誘いに乗り七草家に向かうことになった。

僕としても光宣くんと一緒の時間が増えて嬉しい。

 

「思ったんだけど、光宣は司波先輩に頼るより久君に頼んだ方が早くない?だって久君は四葉真夜さんの養子なんだから」

 

香澄さんが、思いついたように言う。

 

「え?」

 

僕はきょとんと香澄さんの顔を見返した。

どうして思いつかなかったのだろう。

光宣くんも虚を突かれている。

九島真言さんや次期当主は僕のことは意図的に眼中にないから、奇妙な空白が生まれている。

僕は、真夜お母様を利用するとか、まったく思いつきもしなかった。

利用、いや、単なるお願いなのに、おかしいな。

これまでも、お母様には頼ってばかり…ん?

僕から頼ったことなんてほとんどないな。いつもお母様が先手を打って対応してくれていた。その対応は神懸っているほど、情報が細かかった。

でも、今回の新ソ連侵攻に関してはまったく情報を報せてくれなかったような。

 

「光宣くん、来週の土日は空いている?」

 

「はい」

 

僕は素早く携帯を取り出し、手慣れた手つきで、お母様に電話をかけた。

 

「おはよう久。今朝はお疲れ様」

 

「お母様、おはようございます。さっきは会議でお話しできずに残念でした」

 

報告会でお母様は発言をしなかった。

国防軍の報告くらい既知だったのだろうに、真剣に聞き入っていた。

 

「今、お電話平気ですか?はい。それで、お母様、来週の日曜日は空いていますか?僕の親友を紹介したいんです」

 

社交的ではない光宣くんが入りやすい理由を考える。

 

「親友、九島光宣君?」

 

「はい、光宣くんです。僕の家で、日曜日に」

 

光宣くんを清里の四葉家本家に連れて行くわけにはいかない。

返事に数瞬間があった。スケジュールの確認をしているみたい。

 

「その日は都心に用があるわね。帰りに寄る形でいいかしら?」

 

日曜でも四葉家当主は忙しそうだ。

 

「はい!お待ちしています!ありがとうございます、お母様!」

 

僕はお母様の鈴の声を名残惜しみながら電話を切る。

 

「OKだって」

 

「はっ早いわね」

 

真由美さんが呆れている。

 

「母子関係は順調のようね」

 

「仲が良すぎて困惑するけど」

 

香澄さんがぶつぶつ。

泉美さんは興味がなさそうに、深雪さんの妄想をしている。

ぶっちゃけ七草家は、策謀好きの父、母の違う年の離れた兄たち、療養中と言う名の別居をしている生母、中の良い三姉妹と複雑で、家族仲は良好ではない。

 

「光宣くん土曜日から家に泊まりに来なよ。光宣くんの部屋を用意しておくから」

 

1人テンションが上がる。

 

「それは、はい。友人の家にお泊りってしたことがないので楽しみです」

 

光宣くんの気分も上昇した。

 

「そのまま家に住んでも良いんだよ」

 

光宣くんは気の置けない友人が地元にはいない。

二高にもナンバーズはいるけど、光宣くんと対等に会話できる人物はそうはいない。

魔法大学に入学すれば光宣くんも対等の友人が作れるだろうけど、上京は二年も先の話だ。

 

「さすがに二高の次期生徒会長として責任がありますから」

 

「僕の家は烈くんの持ち物なんだし、遠慮はいらないよ」

 

僕は光宣くんに横から抱き着いてゆさゆさと体を揺すった。

兄にねだる妹みたいな光景だった。

まぁ、僕の方が兄なんだけど。

 

「前みたいに一緒に夜更かしして悪だくみしようよ」

 

子供同士の無邪気で無慈悲な遊び。

光宣くんも、くすりと笑った。

 

 

「2人は、ちょっと仲が良すぎるんじゃないかな。何だか恋人同士みたい」

 

香澄さんが僕たちの距離感に顔を真っ赤にしていた。

泉美さんが、深雪様に恋人が…とか言って、妄想を膨らませていた。危ない人になってる。

 

「あら、香澄ちゃん悋気?」

 

真由美さんの顔もちょっと赤い。

 

「久君は、四葉真夜さん、響子さんとも澪さんとも仲が良すぎるのに、ライバルが増えるのは…」

 

「ライバルって、男同士で…でも超展開みたいな…」

 

消え入るような声で呟いて聞こえない。

姉妹して少女コミックスの読みすぎなのでは?

 

「香澄さんはどうする?」

 

「ふぇ?」

 

「香澄さんも僕の義妹なんだし、『家族』が揃うと僕はすごく嬉しいんだけど」

 

僕のテンションに、ちょっと引き気味の香澄さん。

 

「う…ん。どうしよう…そのメンバーは流石に豪華すぎて…気後れしちゃうな」

 

戦略級魔法師二人、『電子の魔女』、現役最強の魔法師、次代の戦術級魔法師。

 

「たしかに、世界を滅ぼせるメンバーよね」

 

真由美さんは以前も同じようなことを言っていたな。

 

 

子供同士の無邪気で無慈悲な遊びか。

遊びとは、余裕があるかどうかだろう。僕や烈くんの時代は…って老人の愚痴みたいだ。

光宣くんも『次代』、なんだよな。

現実に満たされているのに、自分だけ不幸だと思い込んだりする。

手を差し伸べてくれる人のいる幸運を思わなくてはいけない。

奇貨居くべし。

差し伸べられた手を握り返すタイミングを見誤らないようにしないとダメなんだ。

 

僕は、光宣くんの横顔を見た。

 





久と光宣の距離感がやたらと近いのは、
『高位次元』のエネルギーを光宣に少しでも注ぎ込もうとしているからです。
光宣の闇堕ちは、もう一つステップを踏んで防ぎます。
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