懇親会の翌日は休息日で、選手は練習や調整、作戦スタッフは作戦の練り直しなど、休息日ではあってもやることが沢山ある。
僕の新人戦の出番は5日後なので、その間は先輩や友人の試合を観客席で応援するくらいしかすることが無い。
もちろん、一生懸命応援するつもりだから、一日中観客席にいるつもりだ。
それ以外は富士山を眺めながら景勝地の散策なんてのも魅力だけれど、ノーベル賞級方向音痴の僕はむやみに出歩くのは危険だ。
富士の樹海で数日ハイキングなんてのはゴメンだし。
いくら寒冷化の影響で夏の気温が下がっているとは言え、直射日光の下での応援は、きついだろうなぁ。まぁ日焼けは回復しちゃうからしないけれど。
僕の肌は女の子みたいに滑らかで白いんだ…
一人部屋の僕はいつも通り一晩中勉強をしていた。
九校戦で活躍すると成績に加点されるそうだけれど、そもそも低空飛行な僕の成績はその程度では一発逆転とはならない…
朝7時になって、そろそろホテルの食堂でご飯を食べようかなと思っていたら、携帯端末に烈くんからメールが来た。
『最上階のVIPルームにいるから、朝食を一緒にとらないか。』
達也くんたちとは朝食の約束をしていなかったので(みんなスケジュールがばらばらだったから)、烈くんに『すぐ行く』と返事をした。
一高の制服に着替える。そういえば、烈くんに制服姿をみせるのははじめてだ。
ホテルのフロントで名前を告げたら、係りのお姉さんがVIPルームに入れるICカードと指紋キーの登録をしてくれた。
最上階直通のエレベーターの認証システムにカードを通して、人差し指の指紋をスキャンさせた。
エレベーターは一般用より豪華で、静かだった。慣性を感じさせないで、最上階まで止まらずに登る。
扉が開いた。生徒たちの泊まる階とはちがって、華美にならない程度に豪華なつくりになっているのが一目でわかる。
「烈くんの部屋はどっちかな」
端末で確認しようをしたら、奥から車椅子に乗った小柄な女性と3人の男性がエレベーターに向かってきた。
3人は女性の護衛だろうか。隙の無い視線を僕に向けてどのような状況にも対応できるよう、わずかに重心を低くしていた。
僕の目で見ても相当な手練れだ。ぴりぴりした殺気を決して表にもらさない…それだけ車椅子の女性が重要人物なんだろう。
その女性は、重要人物に似合わない雰囲気だ。
僕を見つめると、にっこり笑った。とっても可愛らしい。どことなく『咲-Saki-』の『小鍛治健夜』に似ている。
「おはようございます、あなたは…一高の、多治見久君ですね?」
声も『後藤沙緒里』さんに脳内変換してしまうぞ!
「おはようございます。どうして僕の名前を知っているんですか?」
「いきなりごめんなさいね。私は九校戦のファンで体調がいい年は必ず見に来ているんです。多治見君のことはパンフレットの選手紹介で知りました」
高校生の僕に、物凄く丁寧に話してくれている。しかも、僕を女の子と間違えなかったぞ!!
「ええと、お姉さんはどなたですか?」
僕の質問に、お姉さんは「おや?」と可愛く小首をかしげ、護衛の人も不思議なモノを見る表情になった。
「私は五輪澪と言います。多治見君、新人戦頑張ってくださいね」
僕がお礼を言うと、五輪澪さんと護衛はエレベーターの中に入っていった。
それが僕と澪さんとの出会いだった。
烈くんの部屋は、VIPルームの一番奥まった位置にあった。
「ん?何だろう」
大きな両開きの扉の前に二人の男性が倒れていた。先ほどの澪さんの回りにいた男たちと同じスーツを着ている。護衛官のようだ。
首に指を当ててみると脈は無い、呼吸も。外傷はないけれど、殺されていた。
扉を開けようとノブに手をかけたけれど、びくともしない。鍵がかかっているというより、ドアの相対位置を固定している感じだ。
魔法で誰かが閉じ込められているのか…部屋からして烈くんだろう。刺客か?
ドアを壊す…いや、『飛ぶ』か。
部屋に『飛んだ』僕の目に飛び込んできたのは、開放的なガラス窓からみえる朝の富士山と、背筋をぴんと伸ばして立つ烈くん、ガジュアルなスーツ姿の女性、その二人にデリンジャーを向ける男の背中だった。
烈くんと女性は、いきなり室内に現れた僕に気が付いたけれど、視線は男に向けたままだった。
二人とも荒事に慣れている。危険な状況でも、銃を持つ男よりも余裕が感じられる。
「私はすでに隠居した身だ。いまさら殺したところで、たいした影響はないと思うがね」
烈くんの態度はいつもと全く同じで、人のいい笑みを浮かべている。
味方にとっては逞しく、敵にとっては忌々しい、まるで世間話をしているかのようだ。
「それは謙遜だな、退役少将のお前はいまだに軍にも日本の魔法師にも隠然たる影響力がある」
魔法師でありながら、男の銃の構えには隙が無かった。
「それは買いかぶってくれたものだ。だがわざわざ軍のホテルで襲撃するとはリスクが高いと思うがね」
「九島烈!毎年九校戦でこの部屋を利用する事はわかっていた。一人になったところを襲う予定だったが、電子の魔女がいたとは好都合だ」
「ふむ奇門遁甲を使う大陸の方術師か。最近、活発に活動しているようだが…」
「我々にしてみれば、お前は九族皆殺しにしても怨みは晴らしきれん!」
強い口調で男がつばを飛ばしながら叫ぶけれど、烈くんも女性も銃を向けられながらも落ち着いていた。
「ふむ、その我々が誰なのか、ゆっくりしゃべってもらう事にしようか。久、お願いできるかな」
「?」
銃をかまえた刺客は、烈くんの言葉を理解できないまま、いきなり昏倒した。
手から滑り落ちる銃を空中で女性が拾う。そのすばやい動きは訓練されているとわかるものだった。
「何をされたんですか?」
女性は、銃から弾丸を抜いて、安全を確保してから聞いた。
「うむ、久が刺客の血液を少し『飛ばし』たんだよ。彼は一時的な酸欠で倒れたのさ」
「昔、何度か同じような方法で敵を捕まえたことがあったね」
女性は理屈は理解できたけれど、方法がわからなかったようだ。僕は、烈くんに尋ねる。
「僕が来るタイミングで襲わせたの?」
「いや、それは偶然だった。続きの部屋には軍の魔法師も控えていたから、どのみち彼は逮捕されていたよ」
「廊下の倒された護衛は?」
「彼らは犯人の手引きをした内通者でね。殺されたのは、口封じだったんだろう。最近、要人の暗殺未遂や誘拐の類の非合法活動が活発でね。いいかげん目障りだったので、罠を仕掛けていたのだよ」
「僕が4月に襲われたのも?」
まったく、この国の警察は何をやっているのだろう…犯罪者の捜索は軍の仕事じゃないだろうに…
「ふむ、組織は違うが根元は同じようだな」
「でも、自分を囮にするなんて、年寄りの冷や水だよ」
「ははは、そう言ってくれるのは久くらいだな」
楽しそうに笑い声をあげる烈くんの姿を、その女性はあっけにとられているみたい。
「襲われることを知っていたんだ。ああだから澪さんをこの階から逃がしたんだ。護衛がぴりぴりしてたわけだ」
「彼女にあったのかい?」
「うん、ご挨拶しただけだけれど」
「彼女は荒事にはあまり無縁でね。九校戦は毎年のお楽しみだから邪魔をするわけも行かなくてね」
烈くんと無邪気に会話をする僕の姿に、女性は戸惑っている。
続きの部屋から護衛官が現れて、倒れている男を拘束すると、部屋の外に連れ出していった。
部屋には僕と、烈くんと女性が残った。
「まぁちょっとしたハプニングもあったが、朝食を運ばせようか」
「ここで食べるの?懇親会の食事はいまいちだったよ?」
「ははは、ここでの食事は私が自腹を切るから、それなりのものを用意するよ」
「朝からステーキだと嬉しいな!」
「用意させよう」
あんな荒事の後でも平然と食事の相談をする僕たちをみて、女性は少しあきれているようだ。
「はじめまして、多治見久君、私は藤林響子です」
豪華な部屋で、朝から豪華な食事をしながら、藤林響子さんは名乗った。
藤林響子さん。防衛省技術本部兵器開発部所属技術士官で、烈くんのお孫さんだそうだ。
呪文みたいなご職業だ。僕なら絶対一息で言えない。
それにしても、彼女の声は物凄く運命を感じる…僕の名前のモデルの一人である『咲-saki-』の竹井久さんと声が同じだからかな?
「ん?烈くんのお孫さんって事は光宣くんの従姉弟なの?」
「あら、光宣とお友達?」
「うん、光宣くんは初めて出来た年下のお友達なんだ。勉強も教えてくれたし、一緒にお買い物にも行ったよ」
「響子と光宣は特に仲が良くてね、本当の姉弟みたいなんだよ」
「えーいいなぁ光宣くん、こんな美人のお姉さんがいて…僕もこんなお姉さんが欲しかったな…」
二人は行儀良く食事を進めているけれど、僕はあいかわらずもごもごと物を噛みながらしゃべってしまう。
二人は軽めの朝食だけれど、僕のお皿にはでんと分厚いステーキが。あっこのお肉美味しいな。
僕は入学から5ヶ月の学校生活を二人に話した。料理部のこと、勉強のこと。
先輩のことやクラスメイトのこと、特に達也くんと深雪さんの話をしたら烈くんは興味津々だった。
響子さんはどこか複雑そうな顔をしていたけれど、どうしたんだろう。
食事もおわって、3人ともお茶を飲んでいたら、烈くんが、
「ところで久にひとつ頼みたいことがあるのだがいいかな?」
「烈くんが頼みなんてめずらしいなぁ。何?僕に出来ることなら良いけれど」
烈くんは響子さんをちらっと見てから、
「響子は3年前、婚約者を戦場で失ってね。それ以降、仕事に打ち込こんでいたのだが、ここにきて親族一同が見合いを薦めているのだよ」
「お祖父様っ!いきなりなにをっ!?」
「響子には結婚の意志はないようなのだが、魔法師界の事情でそうそう拒否し続けるわけにはいかなくてね」
響子さんは烈くんのいきなりの話に戸惑いまくっていたけれど、僕はぴーんときた。
「あっわかった、意にそわぬ結婚話を断るために、一時的に恋人のフリをして両親に紹介するっていう、お約束のやつだね」
「ふむ、さすが理解が早い(オタク系の展開には)」
「まあね(烈くんの書斎で勉強したからね)」
「そこで久、響子と一時的に婚約して親族を説得するのに協力してやってくれないか」
「「ええええええ!?」」
響子さんは烈くんの依頼に慌てて立ち上がる。
「お祖父様っ!いくらなんでも子供…いえ女の子とは婚約はできませんよ」
「女の子じゃないよ、男の子だよ!烈くん!そもそも歳の差がありすぎて藤林さんに失礼だよ!」
僕からしたら物凄い年下の婚約者だ。こんな若いお嫁さんなんて、僕は『加ト茶』じゃないんだから!
でも僕のその台詞に藤林さんは「歳の差…」とものすごく落ち込んでいた。
「別に魔法協会に発表する公式のものではないが、私が認めたとなれば、文句を言う者はいないだろう。久は幼く見えるが戸籍上は16歳だ。婚約者がいてもおかしくあるまい」
戸籍上はね。僕の戸籍は魔法科高校入学時に烈くんが造ってくれた、内容はいい加減な物だ。だいいち何十歳もサバを読んでるし!
「お祖父様がお決めになられた事なら私も従いますが…」
「烈くん無理強いはだめだよ!藤林さんみたいに綺麗な人なら同い年くらいのふさわしい男の人が回りに沢山いるはずだよ!」
藤林さんはさらに落ち込んでいた。ん?僕失礼なこと言ったかな?
食後のお茶も終わって、二人で話すこともあるだろう、と烈くんは部屋をでていった。
豪華で広い、やたらと景色のいい部屋に、僕と藤林さんは取り残された。
扉が閉じてしばらくして、藤林さんは全身から力を抜いた。烈くんがいた間ものすごく緊張していたみたいだ。
同じ祖父と孫でも光宣くんの態度とはだいぶ違う。烈くんは光宣くんの前では凄く好々爺なんだ。
「ごめんなさいね、多治見君巻き込んでしまって…」
藤林さんは本当に申し訳なさそうだ。
「うぅん、僕のほうこそ。たぶん烈くんは僕が誘拐とか犯罪組織とかに狙われたりするから、その相談相手に藤林さんを選んだんだと思う」
「誘拐?そういえばさっきもそんなような事をいっていたけれど…」
「うん、4月に誘拐されて、そのときは何もされずにすんだんだけれど…」
実際はかなり酷い目にあっている。
返り討ちにしたけれど、その後も僕の周りは誘拐犯の影がちらついている。
烈くんが手配してくれた護衛が何回も僕の見えないところで戦っていてくれたそうだ。
僕が直接手を下していたら、町中変死体だらけになっていただろうな…
九校戦はテレビで中継もされるから、その手の事件は今後増えていくことになるだろう。
残念なことに、こんな事は学校の友人には相談できないし。巻き込んだら悲しいし。
「だから藤林さんは婚約とか形だけで気にしなくて言いと思う。僕が相手なら誰も本気にとらないと思うし」
本気にとったり、私がショタ好きだって真面目にからかう人が回りにいるから困るのよ…と藤林さんは呟いていた。誰のことだろう。
「僕と関わると、たぶん藤林さんに迷惑かけちゃうから…時々電話で相談に乗ってくれたら嬉しいけれど…」
僕はまだ暖かいカップを手のひらで包んで、ゆっくり身体をゆすっていた。
それは小さな僕の身体をますます小さく見せていたんじゃないかと思う。
藤林さんは座りなおして、僕を真正面に見つめながら、
「そうね、まずはお友達ってことから始めましょうか」
大人の笑顔をみせた。どことなく真由美さんに似た小悪魔的笑顔だったような気がするけれど。
光宣くんのお姉さんなら、僕にとってもお姉さんみたいなものだ。嬉しい。
でも、婚約者のフリって展開は、その後、恋愛感情に発展するのがお約束だ。
流石に年齢差がありすぎるから、そんな展開にはならないと思うけれど…
達也と幹比古のこの夜の襲撃者撃退は二人の見せ場なので、
同日、別の事件も起きていた、と言う事にしました。
新人戦までが遠いですが、先輩方の試合はばっさり飛ばす予定です。