「その格好で行くんですか!?」
『ヨル』さんがあきれた声でいった。
「ボクよりも女の子だ…」
『ヤミ』さんの台詞に「?」と思ったけれど。僕の格好は九校戦アイス・ピラーズ・ブレイクのとき着ていたキャミソールだ。
腰まで伸びた黒髪はつややかで、黒曜石の瞳は濡れたように輝いている。少しだけ踵の厚いサンダル、首のチョーカー。
だって、これは、
「だって、これは深雪さんが男の子の勝負服だって言ってたもん!だから失礼なんて事まったくないもん!」
僕はない胸をはって、えっへんって言ってやった。どうだまいったか!
「深雪さん…あなたは…こんなことでストレスを発散させて…」
「ばか…なのかな」
『ヨル&ヤミ』さんがぶつぶついっている。なんだよ、文句があるの!?
「達也くんだって、凄く似合ってるってデートのときに言ってくれたよ!」
「なっ!?でぇと?」
「えぇ!?」
『ヨル&ヤミ』さんが何故か驚いている。達也くんと深雪さんのことは知らないのになんでだろう。
黒いリムジンに正面に『ヨル』さん、隣に『ヤミ』さんが座る。車内は広くて、調度品も高級感がただよっている。真由美さんや光宣くんの家のリムジンに乗ったことがあるけれど、見た目はあまりかわりがないみたいだ。
柔らかすぎずかたすぎない座席に身をうずめる黒い服の女の子二人に白い服の男の娘…?
…沈黙。うぅ、沈黙が車内を支配している。
アニメの話をするわけにいかないし、九校戦のことも興味なさそう。学校のことは知らない人の話をされてもつまらないかな。
「横浜まではどれくらいかかるの?」
「一時間弱…といったところでしょうか」
うぅ、その間、沈黙の海に沈んでいるのか…二人は油断なく僕のことを見つめている。
僕はすることがないので、正面の『ヨル』さんをじぃっと瞬きもしないで見つめ返してあげた。
見詰め合う二人の少女…いや僕は男の娘だけれど。
『ヨル』さんは最初は僕に対抗して目を見開いて見つめ返していたけれど、だんだんそわそわし始めて、可愛い顔に汗をかきはじめた。
車内は静かで、エンジン音も慣性も感じられない密室…
じぃー
ぷはぁと、息をとめていたのか、大きく呼吸をした『ヨル』さんが視線をはずした。
「なっ何をそんなに見つめていらっしゃいますのっ!?」
「『ヨル』さんのお顔だよ。到着するまですることないから…『ヨル』さんの可愛い顔をみていようと思って」
「そっそんなまじまじ見るのは…失礼ですわよ」
「どうして?可愛いモノを見ていたいと思うのはいけないことなの?」
「私より可愛い人に言われてもっ!それに限度が…あなたの黒曜石みたいな瞳は…何だか深くてのみこまれそうで…」
じー。もじもじしちゃってかわいい。隣の『ヤミ』さんも笑いをこらえているみたいだ。
僕はリムジンが横浜に着くまで、『ヨル』さんの可愛い顔をじーっと見つめていた。
じー。
横浜の魔法協会ビルは近代的で、とっても大きなタワービルだった。三つの建物を空中ブリッジでつなぐどこか危うい構造をしている。
リムジンは地下の駐車場にとまり、直通のエレベーターで応接室のある階まで登る。
僕の両隣には双子が立っている。黒・白・黒のオセロゲームみたいな三人…
自然光をたっぷり取り入れた廊下を双子に挟まれて歩く。
大きな扉の前に着くと、『ヨル』さんがノックする。インターホンから「どうぞ」と女性の声が返ってきた。
広いけれど、窓のない豪華な応接室。ソファに優雅に座る女性と、その後ろにきりっと背を伸ばして立つ老紳士がいた。
「多治見久さまをお連れいたしました」
『ヨル』さんと『ヤミ』さんは、さっきまでと違って物凄く緊張しているようだった。
こういうとき僕はすごく落ち着いている。痛いことをされなければ、特に緊張や抵抗はしない。
「ご苦労様、二人とも。下がってていいわよ」
二人は深々とお辞儀をして廊下にでる。静かにドアを閉める音を背中で聞いていた。
「まずは座ってくださいな、葉山さん、お客様にお飲み物と、お約束していたお茶菓子も用意してくださる?」
「かしこまりました」
老紳士は一部の隙もなく一礼して、応接室の続きの部屋に下がっていった。
僕は女性の声を聞きながら…うわぁ、女王の声だ…
『ROD』のアニタや『ストライクウィッチーズ』のルッキーニちゃんから、ゴゴゴな『淡ちゃん』『ガハラさん』まで七色の声を持つ女王の声だ…
僕は進められるまま、対面のソファに座り、
「こんにちわん」
と『生徒会役員共』の『魚見さん』と同じ挨拶をしてみた。これでベストな返答がくればこの人の人となりがわかる…
「こんにちは、多治見久君、今日はわざわざご足労いただきありがとうございます」
素でかえってきた…ぬぅ…どうやら冗談が通じない人みたいだ。
それに、僕のこの格好をみても、とくに問題視しなかったので、やはり深雪さんの言っていた『男の娘の勝負服』は間違っていなかった。
「私は四葉真夜。四葉のことはどこまで知っているのかしら?」
僕は考えて
「よつ葉乳業のオーナーさん?」
と、素直に答えた。僕は魔法師の世界のことは良く知らない。
数字が付いている苗字がナンバーズだと言うことはなんとなくわかるけれど、一や五とかはともかく、語呂合わせみたいな苗字だとさっぱりだ。
ん?そういえばエリカさんの苗字も千葉で『千』が入っているな。エリカさんもナンバーズなの?
ということは『はいふり』の『万里小路楓』さんもナンバーズなのかな…ぶつぶつ。
そんな事を真剣に考えている僕を四葉真夜さんはじっと見つめている。
「…つまり何も知らないと…私、四葉真夜の事は?」
「…綺麗なお姉さん?」
「おねっ…お世辞も下手なようね…」
「お世辞じゃないよ!お姉さんすごく綺麗だよ、なんだか吸い寄せられるような、魅せられる?…なんて言うんだろう…あぁ僕頭があんまり良くないから言葉とか出てこなくて…えっとその」
僕は涙目になって、両手をあたふたさせながら真夜さんに言う。
「これは…やりにくいわね…いくらなんでもお姉さんはないと思うけれど?」
「え?だって響子さんや澪さんと同じくらいだと思うんだけれど…」
「…私はその二人よりは年上ですけれど…?そう、貴女くらいの子供が見ればそうなのかもしれないわね」
「え?でも四捨五入すれば0歳ですよ?」
「その『ガハラ』さんの台詞は笑えないわね…」
えぇ?おかしいな同じ声なのに。逆らったらホッチキスで頬をばっちんされそうな気配は同じなんだけれど。
ちなみに僕と烈くんは四捨五入したら100歳だ!
あっでも『ガハラ』さんが通じるなら、コミュニケーションがとれそうだ。
あと、僕は貴女じゃない!貴方だよ!
「それで僕にどんな御用ですか?僕は達也くんみたいに頭も良くないし真由美さんや深雪さんみたいに魔法も上手じゃないし…九校戦では負けちゃったし」
ん?でも『ヨル&ヤミ』の双子が僕の前に現れたのは6月だったな…
「達也君…九校戦でエンジニアとして活躍した司波達也君のこと?それと七草真由美さんに、司波深雪さんね」
「うん、達也くんのこと知ってるんだ!やっぱり達也くんは凄いなぁすっかり有名人だ」
僕は達也くんの話をすると目がキラキラするんだ。まるで恋する女の子ねって深雪さんに言われたこともある。
そんな僕をじぃっと見つめていた深夜さんは、
「特に用ってほどのことでもないの、少しお話をして…」
真夜さんは、僕の一挙手一投足から真意を見抜こうとしているような感じだけれど、ものすごくやりにくそうな感じでもある。
子供が苦手なのかもしれない。まぁ僕のほうが年上だけれど…
老紳士さんが姿勢もただしく飲み物を持って応接室にもどってきた。
真夜さんにはハーブティー、僕の前には甘い香りの黒い飲み物を置く…この香りは…
「あっ『ミロ』だ!」
僕は一口ミロを飲む。甘くて美味しい…こんな美味しい飲み物が他にあるだろうか…いやない!
「ミロではありませんが…私がちょっと魔法でずるをしております」
「このコーヒー凄く美味しいです、セバスチャンさん!」
「葉山とお呼びください…」
葉山さんは表情も変えず一礼すると、そこが定位置であるかのように、真夜さんの斜め後ろに立った。僕だけでなく部屋全体に視線を合わせる感じで隙がない。
「それで話を戻すけれど…今回は特になにがあるわけではないの…ただ、貴方が4月に誘拐事件にあったことを聞いて気になっていたのよ」
「誘拐事件…」
僕は少し身をかたくした。コーヒーから立ち上る湯気をじっとみる。
あの時は『能力』できりぬけて、九重八雲さんが協力してくれたからその後も組織を壊滅できた。
でも、あの時は物凄く痛い思いをした。研究所以来の痛み、それと未知の、本能的な恐怖も。
すっかり忘れていたことを、思い出して、僕はうつむいた。
「ごめんなさいね…いやな事を思い出させてしまって。…私も、貴方と同じような事があってね…もうとても昔のことだけれど…」
その言葉に僕はばっと顔をあげた。
真夜さんの悲しそうな顔は、それでもどこか他人の出来事を話しているようだった。
「ええっ!?そんな…つらかったよね、怖かったよねっ!」
「怖かった…と思うわ」
その返事の意味は良くわからなかったけれど、真夜さんがその事件で苦しんだことはわかる。
たぶん人生を狂わされるほどの苦痛だったんだ。だから思い出したくないし、思い出せなくなるくらい心の深くに沈みこませたんだと思う。
そう思うと、僕は涙をぼろぼろ流しだして真夜さんを見つめてしまった。
僕は少し情緒が安定していない。方向音痴だったりチグハグな行動をとってしまうのも、色々と壊れているからだ。
でも、怖かった、と言う気持ちは誰よりも良くわかると思う。
僕は唐突に立ち上がった。一瞬、葉山さんが警戒したみたいだけれど。
僕は構わずにテーブルを回り込んで、ソファにゆったりと腰掛ける真夜さんの前に立って…
「えあぁ?」
「!?」
真夜さんが驚きの声をあげた。葉山さんも何か声をあげたようだけれど、僕は聞いていなかった。
僕はとすんと膝立ちになると、真夜さんの細いお腹に抱きついた。
真夜さんの細い腰に手をまわして、お腹に顔をうずめると、しくしく泣き出してしまった。
真夜さんは少し硬直しているみたいだけれど…
「ごめんなさい…お洋服汚してしまって…でも怖かったはずだよ、男の子の僕だって凄く怖かったんだもん。女の子が辛くなかったはずがないよ!」
涙が真夜さんの洋服をぬらして行く。
「これは…困ったわね」
真夜さんは、対応に困って動けないでいる。
「そういう場合は、優しく頭を撫ぜてあげればよろしいのですよ」
「そ…そう?」
真夜さんは、ぎこちなく僕の頭を撫ぜてくれた。
そのまま、どれくらい時間が経過したのかわからなかったけれど…僕が泣いている間、ずっと頭を撫ぜてくれていた。
「ごめんなさい…こんなことしちゃって…誘拐事件の事は結局誰にも言ってなくて…つい」
真夜さんの前で、ペタンと正座して、僕は涙を腕でぬぐった。
真夜さんはハンカチで僕の頬をふいてくれた。優しい香りのするハンカチだった。
「いいのよ、学生相手には言いにくい話題ですもの…私でよければ何でもお話を聞くわよ」
「本当に?よつば…えぁと、真夜さん?真夜様…お姉さん…お姉ちゃん…女王様」
真夜さんをなんて呼ぼうかと考え出す…うぅん。
「…好きに呼んでくれて構わないわよ、女王様以外で…」
「えぇと…どうしよう…僕あんまり頭良くないから、うまい言葉が浮かばないな…僕は複数のことを同時に考えるのが苦手で…」
魔法の勉強もそうで、マルチキャストとか機械音痴も手伝ってうまくいかない。
そう真夜さんにいうと、
「それはたぶん、魔法の終了条件定義がうまく出来てないのね」
「わかっているんだけれど、小手先の技術は苦手で」
真夜さんは僕と向かい合ったまま、魔法のコツを教えてくれた。
うぅん、と悩む僕に、真夜さんもちょっとぎこちないけれど丁寧に。
何だか真夜さんのその姿は子供に勉強を教えるお母さんみたいだった。
「えへへ」
「どうしたのかしら?」
「なんだか、お母さんみたい」
「えっ!?」
僕の言葉に、真夜さんが驚いて声をあげた。これまでとは違う、ものすごく戸惑った声だった。
「あっごめんなさい!僕はお母さんもお父さんも知らないから、本当のお母さんがどんなものか良く知らないものだから…つい」
僕は頭をさげて謝ると、立ち上がって、ソファに戻る。コーヒーを一口飲んだけれど、すっかり冷えていた。
「新しいコーヒーをお持ちしましょうか?」
葉山さんが気が付いて言ってくれたけれど、「このままでいいです」と断って、コーヒー皿にカップを戻した。
チンッ、ってカップが音をたてた。真夜さんは僕とカップを静かに見つめている。
どうしよう、失礼なこと言っちゃった…僕みたいな出来損ないにお母さんみたいなんていわれて不機嫌になっちゃったよね。
応接室の三人は、それぞれ考えながら黙っている。
沈黙を破ったのは、真夜さんだった。
「そう…そうね、お姉さまは流石に…ですので、多治見久くん、私の事は『お母様』と呼んでも構いませんよ」
「ほぇ?」
僕は変な声をあげて驚いた。葉山さんは…さっきまでの隙のない姿勢が隙だらけになっていた。
真夜さんは視線を少し泳がせるとハーブティーに手を伸ばした。真夜さんは、顔を真っ赤にしていた。
たぶん、あのハーブティーも冷えているんだなと思いながらも…
「真夜お母様…」
僕は、真夜さんの顔を上目遣いに見ながら「…真夜お母様」と続けた。
真夜さんは、自分がお母様と呼ばれたことに動揺していたけれど、
「じゃあ、私は貴方のことを久と呼ぶわね」
「うん、真夜お母様!」
僕は、大きな声で答えていた。孤児だった僕には母親はいない。だから初めて言ったこの言葉に物凄く感動していた。
最初はぎこちなかった真夜さんが、少し震えて恍惚とした表情になっていた。
原作で真夜が実年齢より10歳は若く見えるって何度か言及していますが、
これって何かの複線なのかなぁと邪推しております。
つまり、
実は真夜が誘拐されたときの人体実験は『不老不死』の魔法なんじゃないかなと。
原作・師族会議編のそもそもが『不老不死』の魔法開発から始まっているので。
崑崙方院が行った『不老不死』の実験は成功していて、
次代を残す必要がなくなった真夜は子供を産めなくなった…と。
おっと、このSSのオチを言ってしまった…汗。