四葉真夜さん…真夜お母様とは、頻繁には会えないのでビジフォンやメールでやり取りする約束をした。
横浜では本当に雑談程度のお話だった。
ただ真夜お母様のことは、誰にも秘密だって言われた。「お母様」と聞かれるのが恥ずかしいからだって。
あはは可愛いです、真夜お母様。今度はお食事をしましょうね、と約束をしてその日は別れた。
帰りのリムジンにご機嫌で乗る僕に怪訝な目を向ける双子のことも全然気にならなかった。
メールでやりとりは光宣くんともしているけれど、九校戦以降は基本宿題しかすることが無い。
横浜から帰宅後も澪さんが買い揃えた紙媒体のコミックスをごろごろしながら読んでいた。
宿題は…なかなか進まない。
翌日、達也くんから携帯に連絡があって、週末に雫さんの別荘と海に行かないかと誘われた。
九校戦のバス内での狂態を見た皆が気にかけてくれているんだと思う。
素直にうれしい。僕は二つ返事でOKした。
澪さんや響子さんも一緒にって思ったけれど、長距離の離島への宿泊は戦略魔法師として困難だそう。響子さんはお仕事で無理だそうだ。
防衛省のお仕事ってそんなに忙しいんだ。一緒に行く友人の名前を出したら少し妙な表情になったけれど…
旅行前日は響子さんと澪さんとでお買い物に行った。
響子さんは僕に女装させようとして、それに反対する澪さんと楽しそうに言い合っていた。
すっかり二人は仲良しさんだ、と思う。
周りの女性で、僕を男の子扱いするのは澪さんだけだなぁ…
当日、葉山のマリーナまで迷子にならずにいけたのは奇跡だ。
まぁキャビネットに乗り間違えないかぎり、普通はたどり着けるんだけど…
響子さんのナビとシュミレーションが物を言ったのだ。
マリーナでは雫のお父さんと少しだけお話した。
財界の大物らしいけれど、深雪さんを前にしたときの態度はただのオッサンだった。
ちなみに僕を前にしたときは…
「うんうん、娘がもう一人増えたみたいだ」
僕は男の子だよぉー。
クルーザーで雫さん家の別荘まで、みんなでわいわい騒ぎながら6時間もかかった。
こういう時間も大切だよね。僕はレオくん&エリカさんと同じで移動時間の醍醐味を味わう派だ。
達也くんはいつも通りの無表情だったけれど、深雪さんもほのかさんも、一緒にいられて楽しそうだ。
ボードやカードゲームは定番だね。
「あっエリカさんそれダウトっ!」
「なぁ!?」
別荘にいる間は、雫さん家のハウスキーパー黒沢さんがいろいろと面倒を見てくれる。
クルーザーの操舵もできるハウスキーパーって、『生徒会役員共』の『出島さん』みたいだな。変態では…ないはず。
高校生9人の引率は大変そうだなぁ。僕は家事は得意だから、お手伝いしますね。
別荘のある孤島に到着すると、休憩もしないでみんな海に出て行った。
真夏の南国の太陽が真上近くにある。いくら21世紀前半とは気候が違うからって、暑い…
みんな体力あるなぁ…
エリカさんやレオくんはともかくほのかさんや美月さんも余裕そうだったのは意外だ。
僕は少し体力を回復させてからビーチに出た。
レオくんと幹比古くんが見当たらない…あれ?遠くの方の海で波しぶきが二つ…何やっているんだろう。
遠泳?自ら楽園から遠ざかる…二人は賢者なのか?
男子二人がいないと言うことは、今砂浜では達也くんがウハウハハーレム状態なんだな。
案の定、パラソルの日陰に寝そべっていた達也くんを、5人の水着美少女が取り囲んでいた。
うんうん、流石は達也くん、男子二人を海に追いやって、一人ハーレムとは、お主も悪よのぉ。
ただ、泳ぎに誘われているのか、パーカーを達也くんが脱いだとき、南の島の暑い空気が微妙に変化した。
達也くんの身体は傷だらけだった。
その達也くんを深雪さんとほのかさんが板ばさみにしている…
そんなタイミングで僕がビーチに現れる。とてとてとハーレムに向かう。
夏の太陽に焼けた砂浜が素足に熱い。
「どうかしたの?」
「「「「「きゃぁ!?」」」」」
達也くんをかがんで見下ろしていた、5人の水着美女たちが悲鳴をあげて、達也くんを包んでいた気まずい雰囲気が霧散した。
「…」
達也くんは僕を一瞥すると、ふいに視線をはずした。どうしたんだろう。
「ちょっ、ちょっと久!なんて格好してるのっ!!」
深雪さんが女性陣を代表して僕に尋ねる。
「なんてって、普通に水着姿だよ」
今日の僕は澪さんが選んでくれた水着を着ている。
流石に髪の毛はそのままだと邪魔なので、可愛い花柄のシュシュで束ねている。これだと髪を傷めないんだそうだ。
「ひっ久!貴女は女の子なんですよ、お外で上半身裸なんてありえません!」
「ふぇ?」
おかしなことを深雪さんは言うなぁ。僕は男の子なんだよ。
達也くんはトランクスタイプだけれど、僕のスウィムウェアは泳ぎやすいようぴっちりスパッツ。
これなら派手に動いても脱げることはないし、ちょっと身体のラインが出て恥ずかしいけれど、露出は全然ない!
上半身は裸?それは男の子なら当然でしょう。
「久、とにかく…これを着なさい!」
「?」
深雪さんが腕に抱えていた達也くんのパーカーを僕に着させる。
「どうしたの?僕は日焼けとか大丈夫だよ!」
「とにかく、砂浜にいる間はそれを着ていなさい!」
「えぇ?それじゃ泳げないよ…あっ僕は海で泳いだことがないから、泳げるか心配だな…」
無理矢理着させられた達也くんのパーカーは僕には大きくて、裾が水着を隠すぐらい長い。
締め切ると暑いから、胸元のファスナーは半分開けておいた。
一見すると、裸にパーカーだけみたいだ。
「余計いやらしいような…」
ほのかさんの呟きに雫さんがうんうん頷く。
みんなおかしいなぁ、そんなに僕を泳がせたくないのかなぁ。
あっでもこのパーカー達也くんの香りがするなぁ…なんだか落ち着く。
結局、僕はパーカーを着たまま、波打ち際で水遊びをしただけで、泳ぐことはなかった…
水遊びといっても魔法を使ったりするので、ジェット水流直撃の僕はもう全身ずぶぬれだよ…
「ふう」
パーカーを乾かしながら、何か飲み物でもと一人パラソルに戻っていたとき、ライトノベル水着回のお約束的ハプニングが起きた。
達也くんのラッキースケベ能力が、ほのかさんの水着のトップを捲りあがらせていた。
ん?でもこれは後々の深雪さんのことを考えると、アンラッキースケベなのかも?
アンラッキースケベなのは…それを見ていた、僕かっ!
僕たちが休憩中のバルコニーでフローズンバナナと格闘している最中、達也くんとほのかさんは二人でキャッキャウフフしていた。
「くすっ、久、冷凍パイナップルはいかが?」
ちょっと、冷凍バナナはまだ良いけど、むいていない凍ったパイナップルは武器だよ!ジャングルのゲリラ戦で使えるよ!
僕が一人冷凍フルーツパラダイスをしていたら、遠泳からレオくんと幹比古くんが戻ってきた。
二人とも黒潮に負けない壮絶な体力をしているな…
幹比古くんがその場にいない二人をさがして、
「結構良い雰囲気じゃない?」
などとのたまった。ふっ、幹比古くん、僕と一緒に冷凍パイナップルに挑戦するとはチャレンジャーだ。
「吉田君、良く冷えたオレンジはいかが?」
ちょっと待って、僕がパイナップルで幹比古くんがオレンジ?とばっちりのレオくんはマンゴーだった。
八つ当たりにあきた深雪さんが別荘に戻っていく。
その後、凍ったフルーツはみんなで美味しくいただきました。
日も暮れて、夕食はバーベキューだった。レオくんの食べっぷりはさすがだ。
食事中のみんなの雰囲気は、どことなくぎこちない。
達也くんががらにもなくフードファイトをしている。これはレオくんの圧勝だろうなぁ。
美月さんは少し離れて幹比古くんとお話しているし、うんうん青春だねぇ。
夜はみんなでゲームをしていたけれど、深雪さんと雫さん、達也くんとほのかさんが、それぞれ部屋を出て行った。
残された僕たちの蚊帳の外感は半端なかった。
ざざーん。
波が、深夜の海岸を洗っている。南国の夜は暖かくて、寝苦しい。
男、兄妹、男の娘、女、で部屋割りされて、僕はひとり、寝室の屋根を見つめながら波の音を聞いていた。
空調は切って、網戸から入ってくる風を頬に感じている。
「朝までどうしようかな」
自宅なら時間つぶしのアイテムは多いし、宿題だってできる。でもこの別荘にはなにも持ってきていない。
真夜中の2時。みんなは今日の疲れから良く眠っているだろう。
僕はどうしようかな…
僕は起き上がって、静かに窓をあけると、バルコニーにでて星空を見上げた。
人工の明かりが殆どない孤島の夜でも、月がまぶしくて、星があまり見えない。パジャマ姿の僕の影がくっきり床に落ちている。
「高いところまで上がれば、もっと星が見えるかな…」
九校戦の深雪さんが使った『飛行魔法』をふと思い出した。あの時の深雪さんは軽やかで楽しそうで誇らしそうだった…
「飛行魔法か…」
僕の黒曜石の瞳に薄紫色の光が宿った。裸足の足が音もなくすぅっと浮き上がる。
ここならセンサーや監視カメラの類はないし、まさかスパイ衛星が撮影はしていないだろう。
僕は、孤島と別荘を見下ろしながら、ゆっくりと南国の空を上昇している。月が大きい。
あの月まで飛べるかな…僕は方向音痴だから、一人だときっと迷子になるかもな…
二千メートル上昇して、黒い海のなかのぼんやりと明かりの見える別荘を確認する。
ここなら帰るところを見失いはしないだろう。
僕は空中で大の字になって浮いている。僕の『飛行』は浮くと言うより『能力』で持ち上げている。
移動する場合は進行方向に引っ張る必要がある。
僕は『能力』を一時切った。僕の小さな身体が重力に引かれて、海面に向け急降下する。
空気がひゅーひゅー耳でなっている。海面に叩きつけられる寸前、『能力』で持ち上げる。
波が爆発したようにはじける。波しぶきをはじきながら一気に急上昇、大きなループを描く。
両腕を飛行機のように広げてバレルロールからインメルマンターン。
速度をどんどん上げて、南国の星空にマヌーバを描く。
夜空を飛ぶことは何よりも美しい…
「あはは、楽しいな」
僕は笑いながら、飛ぶ。九校戦の選手の『飛行魔法』とは違う。
無尽蔵ともいえるサイオンで、僕程度の物体なら何時間でも飛ばせられる。
本当に星の世界まで飛んでいけそうだ。真空はあまり暖かくはないから、無理か。
それに、今の僕には帰る場所があるんだ。
自由…僕は自由なんだな…
いつの間にか泣いていた。涙を流しながら大きな月を囲むようにもっと大きなループを描いた。
涙の雫が月の明かりにきらめいていた。
一時間くらい飛んでいただろうか。島から離れすぎたかな…スプリットでUターンして、島に顔を向ける。
距離はだいぶある。
でも、砂浜に、誰かが立っている。背の高い、姿勢の綺麗な男性。彼だってことはすぐわかった。
僕は雫さんの別荘のある島にゆっくり下りていく。
彼がじぃっと僕をみつめている。
僕は達也くんの前の砂浜に降りる。昼間と違って、砂はしっとり湿っていて、素足に気持ちよかった。
「こんばんは、達也くん。月がきれいな夜だね」
達也くんに向かって歩きながら言う。二メートルの距離で立ち止まる。達也くんの僕を見る目は厳しい。
「久、お前は、サイキックだな」
達也くんは断定した。
「うん、達也くんには気づかれていたと思ってた」
九校戦のCADの調整で、色々とさらけ出してしまっているから、その時点でわかっていたと思う。
別に僕の『能力』は秘密ってわけじゃない。多治見研究所を結びつけるのも困難だ。
達也くんが、僕が自然発生したサイキックか研究所出身か、どう考えているかはわからない。
僕はサイオン量は人間の許容を超えているけれど、それ以外のデータは常人と変わらない。
全てを見通すような『目』があれば別だけれど、研究所の精密な機械でも無理だったのだから、そんな能力を持っていないのならわからないだろう。
「年齢もごまかしているな…」
「…うん」
僕は少し警戒する。どうやって僕の年齢がわかったのだろう。
「お前の身体は、絶えず新陳代謝を繰り返している。膨大なサイオンはお前の肉体の『回復』に割り当てられている。
お前が眠ると嫌な夢を見るというのは、余剰サイオンが睡眠中、脳の記憶を司る部分を刺激するからだろう。
記憶に関わる海馬がなにかしら影響を受けているのかもしれないが…
勉強が苦手と言うのも、そもそも基礎が全くできていない。義務教育は受けていないかのようだ。
俺が視たお前の肉体は10歳そこそこ、俺たちと同い年ではない。
『回復』によってあらゆる肉体構造が絶えず若返っている。10歳と言う肉体も『回復』のせいでそれ以上成長できないのかもしれない。
16歳…いやもっと上なのかもしれない。肉体は…
だがプシオン、もしくは精神の年齢まではわからない…」
僕の知らないことまで理解している。やっぱり、すごいな達也くんは。
ただ、『回復』は研究所で与えられた『能力』の応用で、訓練の結果だ。
記憶力も基本的に覚えたことは忘れない。…そう思っていたけれど。
現代魔法師開発はサイキック開発から始まっている…
僕は『人造サイキック計画』の唯一の成功例だ。
その後の実験体は身体強化を併用してもサイキック能力の射程が30センチしかなかったそうだ。
僕の攻撃範囲は視界に入っていれば距離はほぼ無制限、僕自身を中心にすれば最低でも半径100キロ。
僕の弟たちとは同じ研究所出身なのに違いすぎる。
魔法師開発はその後DNAと血縁、遺伝の方向にシフトする。
しかし、『神』を創ろうとする一部の科学者は戦場での簡単な戦力増強を理由にサイキックを作り続けた…
どうして僕だけが成功したのだろう…神のごとき確立の奇跡?偶然?
僕には三歳以前の記憶がまったくない。何故だろうとずっと思っていたけれど…
自分のことなのにわからない事だらけだ。
「僕はね10歳なんだ。大人にはなりたくない…」
「いわゆる、成長する事を拒む…ピーターパン症候群とは違うようだな」
「うん」
達也くんの視線が鋭くなる。九校戦のデバイスチェックの時と同じ、怖い目。
「お前は、俺や深雪の敵ではないな」
「敵じゃないよ、疑うなら…僕ここで死んでもいいよ」
頭を『飛ばせば』流石に、僕も死ぬだろう。
でも人間の意識は脳だけではなく身体全体に宿っているから、いつかは『復活』するかもしれない。
でもそれはもうこの時代ではないだろうな。
前回は70年かかったから、100年…200年かな。
僕がためらいもせず「死んでもいい」と言った事に、達也くんは目を見開いたけれど…
「敵じゃないならそれでいい」
達也くんの目から殺気が消えた。
「僕は魔法科高校にいてもいいの?もし僕が『能力』を制御できなかったら達也くんや深雪さんも巻き込んじゃうかもしれない…」
それが一番の『恐怖』だ。
たとえ、一高の生徒や教師、もしくはこの国の魔法師が全員相手だったとしても、空間そのものを捻じ曲げるほどの僕の『サイキック』は、半径100キロの、もしかしたらもっと広い空間ごと別の宇宙まで『テレポート』で飛ばしてしまう。
位置も距離も空気も光もなくなる閉じられた空間で魔法師が出来ることはあるだろうか…
僕自身ですらその世界では何も出来ず死を待っていたのだから…
でも、達也くんは静かに、
「そのときは、俺が止める」
そう言ってくれた。
根拠がある台詞とは思えないけれど、僕は実は達也くんのことは何も知らないのだ。
達也くんには僕が知らない『能力』があるのかもしれない。達也くんの『能力』なら僕に出来ないことも出来るのかもしれない。
魔法科高校に通う生徒は隠し事が多いみたいだから。
「えへへ、なんだかヒーローみたいな台詞だね」
「俺はヒーローなんかじゃない」
「うぅん、僕にとってはヒーローだよ。僕…達也くんになら、やっぱり…あげても…いいかな」
「…それだけはやめろ…そっちの趣味はない」
うふふ、達也くんが動揺している。
「そうだよね、達也くんは深雪さん一筋だもんね」
「それも…まぁいい」
南国の空気でも明け方は冷える。パジャマ姿の僕は小さく震えた。
「別荘に戻るぞ」
「うん」
僕は達也くんの後ろを歩く。達也くんは僕の歩幅に合わせて歩いてくれる。
ざっざっ、砂浜を歩く音。波の音が背中から聞こえてくる。
僕も達也くんも、フェニックスの木に背をあてて盗み聞きしていた美少女の存在に気づいていた。
「お行儀が悪くない?」
「それでも、深雪は淑女だ」
くすっ、達也くんは相変わらず、深雪さんの事は全肯定だ。
久のテレポートはどんなに範囲が広くても、
自然の修復機能でテレポートした空間を自然が勝手に回復させてしまいます。
押しのけた空気も失われた空気も自然に回復しますし、
別の物質の中にテレポートすることもありません。
久の『能力』は自然の一部になっています。
『能力』のエネルギー源、膨大なサイオンはどこから来ているのでしょう。
来訪者編まで行けたら明らかになりますかねぇ。