「それより多治見様の治療が先よ!」
いつもは大人ぶって背伸びをしている『ヨル』さんの声も上ずっていた。
「多治見じゃなくて、久って呼んでってお願いしたよ…」
『ヨル』さんがハンカチをポケットから取り出している。ハンカチも黒かった。よっぽど黒が好きなんだね…
僕の血が黒いハンカチに染み込んでいく。血はまだ止まっていない。
「申し訳ありません…あの男が多治見様に接触する前に確保する計画だったのですが、多治見様を見失ってしまって…」
「ですが…あの男にここまで苦戦されるとは想像していませんでした」
『ヨル&ヤミ』さんが謝ってくる。確かに、出来ればもう30分はやく来て欲しかった。
「うぅん、僕が去年、殺した人の家族が復讐に来たんだから、僕自身の不始末だよ」
弱弱しく首を左右に振る。『精神系』の魔法が弱点とは言え、自分が情けない。額から血が流れ落ちて目に入る。視界が赤く染まる。頭部は血管が密集しているからちょっとした怪我でも出血するけれど、頭頂部の傷は縫合しないと簡単にはふさがらない。『ヨル』さんのハンカチが白かったら真っ赤に染まっていただろうな。
「大丈夫だよ、自分でやるから『ヨル』さんの可愛い服が汚れちゃうから…」
血痕だらけの埃っぽいオフィスにリボンを多用したその服は物凄く場違いだけれど、『ヨル』さんには似合ってる。汚しちゃったらかわいそうだよ。
制服のポケットからハンカチを取り出そうとすると、激痛が走った。左上腕の骨が完全に折れている。
「そんな事はいいですから、治療を…まずは痛み止めの薬を」
部下に『ヨル』さんが命じるけれど、僕が止めた。
「待って…薬はやめてもらえる?僕は薬は効かないんだ…」
僕の『回復』は薬も異物として扱うから、不用意に飲めない。
「効かない?」
「ん、体質なんだ。添加物は一切駄目で、自然食品以外は毒なんだ…」
僕は物凄くナチュラルな食生活をしている。これも『三次元化』の弊害だと思う。下手に添加物を摂取すると体調が崩れる。入学当時、食堂のお昼ご飯が、どうしても美味しく感じられなかったのはこのせいだ。あの頃は料理も出来なかったから、栄養ジェルばかり食べていた。烈くんに誘われて高級料理店に時々行くと、物凄く美味しく感じるのはやっぱりちゃんとしたものを提供しているんだよね。痛み止めは、常人には薬でも僕には劇薬だ。怪我は『回復』で時間をかければ治るけれど、基本自分の治癒能力しか頼れない。
「では、治癒魔法で治します」
僕の体質も『治癒魔法』は大丈夫だ。『ヨル』さんが僕に『魔法』をかける。一時的に傷がふさがって、血が止まる。骨折していた箇所が一時的につながる。ただ、肋骨の骨折箇所は呼吸をするたびに痛む。痛み自体は消えないけれど、治療前よりは楽になった。
「ありがとう、『ヨル』さん」
僕が痛みに耐えながらにっこりと笑うと、『ヨル』さんが悲しそうな顔をした。
僕がまぶたや頬がはれて見るに耐えない顔だからかな…
「早くこのビルから出ましょう。さっきの轟音で人が来るかもしれませんから」
『ヤミ』さんが提案する。
「警察には?」
「警察が頼りにならない事は、多治見様も理解されていると思いますが?」
そうなんだけれど、こういうことの積み重ねが十師族と公権力との軋轢を生むんじゃないかな。でもまぁ、僕も警察には不信感しかない。
『ヤミ』さんが僕を助け起こしてくれる。
「大丈夫…一人で歩けるから」
「ビルの裏に車を用意してありますから、そちらに」
僕は、双子に助けられながら、階段を下りる。
ビルの裏側に黒いリムジンが止まっていた。すごく大きくて目立つけれど『認識阻害』の魔法をかけているんだったよね。
僕が半殺しにした男は黒服が連れ出していた。隣に止められているバンタイプの電動カーに荷物のように詰め込まれていた。あの傷と出血で助かるとは思えないけれど…
僕がリムジンに乗る前に、『ヤミ』さんが座席の配置を換えて簡易ベッドにする。簡易ベッドはふかふかしていてちょっと頼りない。
「ここに寝てください、治療を続けます。その前に制服は脱いでください」
リムジンが走り出すと、言われるまま簡易ベッドに腰掛けて制服を脱ぐ。下も脱いでくださいと言われる。制服は何とか脱げたけれど、シャツは痛くて無理だった。
「そのままで構いません、少し動かないでください」
『ヤミ』さんが収納からハサミを取り出した。鋭利な切り口が僕の目の前にある…
「ひっぃ…」
僕は一瞬研究所のことを思い出して、顔を歪めた。双子は構わずシャツを切っていく。下着1枚になった僕はぐったりしていた。もちろん怪我が痛かったせいでもあるし、体が熱っぽくなっている。『回復』が始まっているんだ。
『ヨル』さんは僕の女の子みたいな身体を見つめた。『ヤミ』さんは何故か目を背けた。
「これは…酷いですね」
僕の白い身体は、打ち身やスリ傷だらけだった。いつも自分の体が弱弱しいと思っていたけれど、本当に折れるとは思っていなかったな…
裸を見られるのは慣れているから平気だけれど、女の子二人にってのはちょっと恥ずかしいな。
リムジンには包帯や骨折治療用の添え木まで常備してあった。『ヨル』さんが骨折した箇所に添え木をしてくれる。
「『治癒魔法』は永続しないのでかけ続けなくてはいけません。帰宅されたら五輪澪様か藤林響子様にお願いしてください。骨折箇所の治癒には1週間はかかります」
頭部の裂傷箇所を被覆材で塞いで包帯を巻く。ぐるぐる巻きにされるかと思ったけれど、包帯を無駄にしないで手際が良い。肋骨の治療は難しいので、コルセットかわりに『ヨル』さんがバンテージをきつく巻いてくれる。僕は上半身を起こして『ヨル』さんの意外に器用な治療に感心していた。僕の目の前に『ヨル』さんの可愛い顔がある。凄く近い。
「『ヨル』さん」
「どうしました?」
ふと視線を上げた『ヨル』さんと真正面から目があった。お互いの呼吸がわかる距離。まるで口付けをするみたいだ。『ヨル』さんが硬直して、可愛い顔がみるみる真っ赤に染まった。
「ありがとう『ヨル』さん。『ヤミ』さんもね」
「…う、うん」
『ヤミ』さんはなんだか男の子みたいに返事をした。
『ヨル』さんが、はっと気がついて、あわてて距離を広げる。
「…久様はほんとうに深雪さんに似ていらっしゃるわね…なんだかドキドキしてしまいますわ」
『ヨル』さんの口調が元に戻ったのと、僕を久って呼んでくれて、思わず微笑んだ。
傷は魔法をかけ続けて一週間か。『回復』だとどれくらいかな、5日くらいかな。その間は学校はお休みだ…
リムジンは10分ほどで自宅についた。『ヨル』さんが降りると、自宅の警備員が警戒も露に前をふさぐ。
「私は黒羽亜夜子。四葉家の分家に当たる者です。弟の文弥と共に、四葉家当主真夜様のご命令で多治見久様を暴漢の手より救出いたしました」
『ヨル』さんが名乗りをあげた。僕は初めて『ヨル』さんの名前を聞いた。
「黒羽亜夜子…黒羽文弥…あれ?『ヤミ』さんは…」
「えぇと…任務中は女装、いえ変装しているんです。決して趣味でも男の娘でもありません!」
男の子だったんだ…女装が凄く似合っている。どうみても女の子の僕とは違って、少し中性的で男の子を思わせる部分がある。
そんなに慌てなくても、その気持ちは良くわかるよ。
「五輪澪様にお取次ぎください。多治見久様は大怪我をおっています」
僕がリムジンのドアからひょいと顔を出す。包帯に腫れあがった酷い顔だけれど、警備員はすぐに僕だって気がついた。即座にインターフォンで澪さんに連絡を入れる。
僕はゆっくりとリムジンから降りた。シャツは切ってしまったので、裸に制服を羽織っている。腕が痛いので袖には通していない。オフィスに落とした手提げかばんは、『ヨル』…うぅん亜夜子さんが持ってきてくれていた。
自宅玄関が凄い勢いで開いた。いつものジャージ姿の澪さんが髪を振り乱して慌てて飛び出してきた。そんな澪さんの姿を見られて僕は凄く嬉しい。幻覚じゃない、本物の澪さんだ。
澪さんがリムジンにもたれかかって立つ僕に気がついて、裸足のまま駆けて来た。
「澪さん…裸足で外に出たら、足が汚れちゃうよ」
「そんなことは…久君っ!頭を怪我…なぁ、その顔は…」
僕の顔は色々とひどいことになっているのが見なくてもわかる。
「平気…痛いけれど、治療は二人がしてくれたから」
「二人…?」
澪さんが双子に気がついた。双子は僕と澪さんを静かに見つめていた。澪さんが、少し落ち着いたところに『ヨル』こと黒羽亜夜子さんが、一歩前に進み出た。
「初めまして、五輪澪様。私は黒羽亜夜子、四葉家の分家、黒羽家の長女です」
「弟の文弥です。こんな格好をしていますが…男です」
澪さんが怪訝な顔をする。双子はともにフリルやリボンだらけのドレス姿だ。澪さんでなくとも文弥くんには反応に困ると思う。
「詳しいお話は、お部屋で。久様のお体のこともありますし。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「久君…?」
「うん、まずは上がってよ。僕のお家にようこそ、亜夜子さん、文弥くん」
またしても僕の家の前の道路をリムジンが塞いでいる。もう、リムジン用の駐車場を作ろうかな…そんな事を考えながら4人で玄関に入る。靴は澪さんが脱がしてくれた。澪さんは僕の折れていない右腕を支えながら廊下を歩く。僕が寝室でなくリビングのドアに手を伸ばすと、
「ベッドの方が良くないの?」
澪さんが聞いてくる。僕は首を左右に振った。
「胸にバンテージがきつく巻かれてて、横になるほうが呼吸が辛いから…」
「胸?まさか肋骨が?お腹も…」
はだけた制服の間からバンテージで巻かれた胸が見える。蹴られたお腹も青く充血していた。
「うん、ちょっと二本折れてる。蹴られたお腹は、内臓に異常はないから大丈夫だよ」
「くっ!?」
「澪さんは驚きの連続だね…ごめんなさい心配かけてしまって」
「…それはいいのだけれど…まずは着替えを」
澪さんにパジャマを用意してもらって、手伝ってもらいながら着替える。脱いだ一高の制服を丁寧にたたむ。あれはもう着れないだろうな。
僕の傷とアザだらけの身体を見て、澪さんが一瞬悲鳴を上げそうになったけれど、飲み込むようにこらえていた。リビングのソファにゆっくりと座る。自宅に帰ってきた実感がわいてほっと息をついた。
「あっそうだ、二人に何か飲み物を…」
こういうときも僕の奉仕精神はきっちり働く。
僕が立ち上がろうとすると、澪さんが制する。双子は遠慮したけれど、澪さんにお願いしてお茶をいれてもらった。僕は水を貰う。
双子に今日の事件について話してもらおうと、僕の隣に澪さんが座って、双子と向かいあう。澪さんから凄い圧力を感じる。僕が大丈夫とわかって、怒りが湧いて来たみたいだ。広いリビングが息苦しいくらいの圧力がかかる。双子の表情が凍りつく。まるで双子が敵みたいだ。顔面が蒼白になっているし、呼吸が苦しそう。気丈な二人でも戦略魔法師のプレッシャーは恐怖のようだ。
僕は折れていない右手で澪さんの手を握った。
「澪さん、僕は大丈夫だから、二人のお話を聞こうよ」
「…そうね」
澪さんからの圧力は完全には消えない。双子への警戒感が残っているみたいだ。
「…じっ実は、事は去年の4月、久様が犯罪組織に誘拐されたところから始まります」
「えっ?誘拐!?」
亜夜子さんが澪さんに去年の4月の誘拐事件のことから説明を始める。僕が4月に誘拐されたことや6月にナンバーズに襲われたことを澪さんは初めて知った。僕たちが出会う前の出来事なので教えていなかったんだ。澪さんは、じっと亜夜子さんの話を聞いている。
誘拐事件で真夜お母様が同情以上に僕に気をかけてくれたこと。二度しか直接会っていないけれど、時々連絡は取り合っていた。僕の完全思考型CADも四葉真夜が贈ったものと説明する。達也くんと深雪さんとの関係はあえて言わないみたいだ。真夜お母様に秘密にしているって言われているから、僕もあえてその関係は黙っている。
「去年の事件の顛末は七草弘一氏もご存じないと思われますが、今回の件は『お見合い』の後、弘一氏が探偵に久様の情報を流したのです」
「後?前じゃなくて?『お見合い相手』の身辺調査ではなく?」
『お見合い』?なんのことだろう。あれはただのお食事会だったよ。でも、僕のことを調べるならお食事会の前なんじゃないかな…
「その探偵は、数字落ちの男に一年も前から雇われていましたから、七草弘一氏がその事に気がつかなかったわけがありません」
「…そうね、弘一さんは諜報や分析は卓越していらっしゃる」
「ですから我々四葉家は弘一氏がワザと情報を流したと判断しました」
「わざわざなんのために…?」
「これは想像ですが、久様の実力をはかるため…ではないでしょうか。久様の評価は、実績が伴っていないので」
「それと真夜様への嫌がらせもあるかもしれません。弘一氏なら久様の指輪を見て四葉家とのつながりに気づくことも出来るでしょう」
「七草弘一氏はこれはあくまで『お見合い相手』の身辺と素行の調査だと言い張るでしょうから、七草家に対しては結果に対する謝罪を要求する程度のことしかできないでしょう…」
FLTのモニターと真夜お母様がどうつながるんだろう。やっぱりFLTは『四葉の技術』という会社名だけあって四葉家に関係があるのかな。
この会話の間、僕はソファに深くもたれて、澪さんをずっと見ていた…握っている右手をさらにぎゅっと握る。本物だ。幻覚や偽者じゃない。やっぱり本物の澪さんは可愛いな。
双子は説明を終えると、さっさと帰っていった。出していたお茶にも口をつけていない。
「久様、お大事に…」
別れ際の台詞が申し訳なさそうだ。この傷は僕の責任なんだから気にしなくてもいいのに。
僕が過去に殺人をしていることに関して、澪さんは気にしていないようだった。
氷水を入れた氷嚢で僕の腫れたまぶたを冷やしてくれている。
十師族の教育は剣呑にすぎるよね。
澪さんからの連絡で、響子さんも慌てて、いつもより早く帰宅した。
響子さんが国防軍に所属しているのは知っているけれど、どこの部隊か、どこの基地にいるのかは知らない。軍の情報だから教えてもらえないんだ。車で一時間以上かかる距離だって。自動運転だし渋滞はないから通うには問題ない距離なんだそうだ。
響子さんは軍属だから、僕の顔を見ても澪さんほど狼狽しなかった。でもそっと抱きしめてくれた。折れたところが痛いけど、柔らかいふくらみがフニフニが心地いい…おっと澪さんのプレッシャーが背中に圧し掛かる…痛みがぶり返すぅ!
僕は相変わらずリビングのソファに座っていた。『回復』のせいで身体が熱い。僕の体質は二人ともよく知っているから、安心して脱力している。
澪さんと響子さんは、七草弘一さんの話をし始めた。七草家と四葉家の関係について響子さんは心当たりがあるそうだ。
「以前、九島閣下がおっしゃっていたわ。七草弘一さんは四葉真夜さんが興味を持つと対抗心から何でも手に入れたがったり邪魔したりするって…」
「なんだか子供みたいですね。へたに地位も力もあるから迷惑千番です」
「五輪家は七草家と家同士で交流をもたれているそうですが」
「そうですが、弟と真由美さんの親交は深まっていません。相性が悪いんでしょうけれど、どのみちこの交際話はここまでになりそうですね!」
澪さんが怒っている。すごいプレッシャーだ。響子さんもたじろぐ。あのプレッシャーは下手をすると10年トラウマになるから気をつけないといけないんだ。
翌日、僕は学校を休んだ。赤いあざのある顔で学校に行っては、只でさえ目立つ僕は視線の集中砲火を浴びてしまう。
一晩、『回復』をし続けたものの、骨折はそう簡単には治らない。特に肋骨は呼吸のたびにずきずきする。『念力』で強制的に骨折部分をつなげようかと試みたけれど、痛すぎてやめた。やっぱり時間がかかっても『回復』にまかせる。それでも常人より治りが早いんだから。
響子さんはお仕事に出かけて、僕は寝室で横になっていた。手にはコミックスがある。傷は痛いし熱もあるけど、暇なのはどうしようもない。澪さんもかたわらの椅子で漫画を読んでいる。ある意味、日常だ。
夕方前、インターフォンが鳴ったので、澪さんが確認に出る。警備がいるので、少なくとも不審者ではないけれど、今はお客は遠慮したい状況だ。でも、
「久君、七草真由美さんと妹さんたちがお見えになったのだけれど、どうする?」
真由美さんと双子がお見舞いに来た?
お通ししてくださいって言って自宅に招きいれた。
澪さんは思うところがあるみたいだけれど、今回の問題と七草弘一さんはきっかけに過ぎないから僕はそれほど気にしていない。
部屋に入ってきた三姉妹は真由美さんはフォーマルなスーツ、双子は一高の制服だった。学校から直接来たのかな。僕の包帯頭と、特に顔をみて酷く驚いている。人形のような顔に青アザは悲愴すぎるようで、双子も息を飲んでいた。
真由美さんは比較的荒事にもなれているので、落ち着いていた。
「お怪我の具合は?」
「左上腕と右肋骨二本の完全骨折、全身に打ち身と擦り傷、鼻腔と口腔、頭頂部の裂傷。特に頭頂部の傷は深くて縫合が必要なほどですが今は魔法で治療中です」
想像していたより重症だったのか三姉妹が戸惑っていた。
「久ちゃん、今回の事は、本当に申し訳ございません。澪さんもご迷惑をおかけしました」
三姉妹が深く頭を下げる。澪さんは無表情で軽くお辞儀を返した。
「そんな謝らなくてもいいですよ、今回は僕が油断したせいなんですから」
「いえ…今回の犯人が七草家に恨みを持つ人物で、久ちゃんが巻き込まれたと四葉家から正式に抗議があったんです」
「四葉家が七草家に抗議…?」
澪さんが首をひねった。昨日の今日ですこし手際がいいような気がするな。いくら以前から調べていたからって…
「助けてくれたって言っても、犯人は僕が倒してしまったし、背後関係は僕にはわからないから別に抗議とかはしなくていいのに」
真夜お母様が心配してくれたのかな…?
「どうしてですか?久先輩は父の計略に巻き込まれたんですよ?」
香澄さんが声を荒げる。いつもの僕へのいらいらした態度と同じだけれど、父親に対する不満も込められているようだ。
「澪さん、五輪家としても正式に七草家に抗議をしていただいても構いません。これは七草家の不始末です」
「いえ…久君が抗議はしないって言ってますから」
なんだか一方的に弘一さんが悪者になっているけれど、そもそもの発端は…
「数字落ちにしたのは七草弘一さんかもしれないけど、僕が昨日の犯人のお兄さんと部下を殺したのは事実だから…襲われるのは当然だよ」
「殺した…?それはいつのこと?」
真由美さんは知らないんだ。僕は去年の事件と、真夜お母様がその後助けてくれたことを説明する。僕が人を殺していることに双子がショックを受けているようだけれど、二人も十師族として殺人自体に正当性があれば非難的な顔にはならないみたいだ。以前も今回も完全に正当防衛だから。
「…でも、名波家を数字落ちにしたのは父の陰謀だって、その犯人は言っていたのよね」
「犯人の家の『魔法』と人間性に問題があったと思うよ。二人ともかなり歪んだ性格をしていたから。他の十師族がそれを認めたんなら、弘一さんのせいじゃない。犯人がどう思うかは、別だ」
昨日の犯人は完全に殺意があった。誰かに僕が犯人だって教えられたようだった。
「僕が誘拐されたことに、真夜おか…さんは物凄く同情してくれて、いろいろと気を使ってくれていたんだ…」
「誘拐事件…そうね、四葉様なら」
真夜お母様の誘拐事件は七草弘一さんとも関係があるから、真由美さんも双子も良く知っているようだ。
「今回は弘一さんのリークで襲われたけれど、たぶんいつかはばれて襲われていたはずだよ。たまたま今回は引き金になっただけで、敵を討つなら僕だって何でもするよ。今回は僕が気を許したのがいけないんだ」
「…でも」
香澄さんは唇をかんで何か言いたそうだった。
「資料を読んだけれど、久ちゃんが苦戦するような『魔法師』じゃないと思えるのだけれど?」
「うん、でも『精神系』の魔法は本人も言っていたけれど、凄かったよ。暴行されている間、僕は全く抵抗できなかったから」
「そんな危険な『魔法』を使う一族じゃ数字を奪われても文句は言えませんね」
泉美さんが呟いた。泉美さんは弘一さんの陰謀をあまり信じたくないみたいだ。ちょっと自分に言い聞かせるみたいな呟きだった。
それを聞いた香澄さんが困惑して、僕をふっと見た。僕と目が会うと慌てて視線をはずそうとして、逆に僕を睨むように見つめてきた。努めて無表情を演じようとしているから、どんな気持ちなのかは僕にはわからなかった。ただ、何だか自分にも責任があるって感じているみたいだ。
「今回のことで僕も学びました。自分の身は、大切な人は自分で守らないと。僕もこれからは受身じゃなくて先に動いていかなくちゃ」
僕は右拳をぐっと握った。
僕の右手を中心に空間が揺らいだ。陽炎のように、澪さんのプレッシャーに負けない圧力が狭い部屋に満ちる。
澪さんが目を見張り、三姉妹も恐怖で一歩後ずさるほどの気迫。
「そっ…それは十師族の考えに久ちゃんも、だいぶ染まってきているのかも」
真由美さんが声が震えるのをこらえるように言った。
「そう…かも」
部屋から圧力が消える。
やられるからやるのか、十師族は家族って言っていたけれど、どうも仲の悪い家族みたいだ。
やられる前にやるのか、十師族でも剣呑な家との関わりが僕は強い。九島家はその筆頭みたいだ。
みんな最後はこの国のためって言うんだろうけれど、方法が違えばぶつかり合うし足も引っ張る。
四葉家はどうなんだろう。僕は四葉家の事は何もしらない。九島家と四葉家は仲はどうなんだろう。
澪さんが僕の意外な一面をみて、少し頼もしげな顔になった。
三姉妹はほぅと息を吐いて、僕を見る目に戸惑いと畏怖がある。僕が本気を出せば自分たちなんて風前の灯のような実力の差を一瞬感じたみたいだ。
僕は少し魔法師界で有名になりすぎている。それは、九島家と五輪家の威光が実績を上回っていて、僕自身は軽く見られているようだ。
一度、実力を見せ付ける必要があるかもしれない。
たとえば、九校戦。
ぐうの音もでないくらい、僕と敵対すると危険だって教え込むために。徹底的に。
その思考が、十師族、特に四葉家と同じだってことに僕が気づくのはしばらく後のことだ。
この事件で黒羽家のことが魔法師界に噂として流れる…ということになるのです。
七草弘一は久が完全思考型CADをつけていることで四葉家が久に興味を持っていることをしります。
情報を流して、久が七草家の婿候補になっていることを世間に知らせて、七草に恨みを持っている人物が襲撃できるよう工作しました。久が殺されても別に構わないと思っていたのですが、裏目に出てしまいました。
これで、五輪家は完全に四葉家側に付くことになりました。逃した魚は大きいのです。
久自身は七草弘一に対して特に何も思いはありません。
でも手を出してくるなら容赦はしないぞ!とは思っているでしょうね。
香澄と久の微妙な関係は、前回九校戦の出会いから考えていました。わざわざ双子を前回の九校戦に登場させていたのはそのための伏線です。双子はダブルセブン編以降影が薄いので…
本当は水波ちゃんと久の関係を深めたかったのですが、水波ちゃんには光宣くんがいますからね(笑)。
今回の事件で久の意識がかわりました。これまでは目立ちたくなかったので、力を抑えていました。第一話の予告どおり二年生から久のチート伝説が始まる…かな?
もちろん機械音痴は直りませんが…