8月3日。今日から九校戦だ。一高の選手団は8時30分に一高に集合してバスで移動する。
澪さんも例年通り、五輪家のリムジンで選手宿舎になっている軍のホテルの最上階VIPルームに向かう。
響子さんの所属部隊も九校戦に協力するから富士演習場に行くことになるって。宿舎で会えるかどうかはわからないけれど、時間が出来たら澪さんの部屋に来るって。
前日の夜、僕は自宅で簡単なパーティーを開いた。僕が機嫌よく鼻歌交じりに夕方から準備をして、澪さんと響子さんは何のパーティーか最初は不思議がっていた。
ダイニングキッチンのテーブルに料理を並べて、僕たちは向かい合って座る。二人の手にはシャンパン、僕はフレッシュジュースを手に言った。
「響子さんと澪さん。二人に出会って、今日で一年になるんだ」
「ああっ」
「そうね」
二人は得心して同時に頷いた。こういう記念日的な催しは女性の方が敏感だと思うけれど、僕にとっては、物凄く重要な日なんだ。
チンってグラスを重ねて乾杯をする。二人がシャンパンを飲み終わって、僕は手にしていたグラスを置くと、二人をじっと見つめた。
「響子さん、澪さん、有難う」
いきなりの感謝の言葉に二人が一瞬とまどった。僕は構わず続ける。
「二人に会えて、その後一緒に住むようになって、僕は物凄く感謝しているんだよ。気づいていると思うけれど、僕は偏りがある。いろいろと不器用だからまともな生活もできていなかったと思う。二人に出会っていなかったら、どこかで壊れてしまってたぶん僕は今ここにいない…」
僕はたびたび犯罪に巻き込まれている。相手を殺すしか方法を知らないから、殺伐とした一年になっていたはずだ。
「いつも一緒にいてくれて、帰る家があって、僕みたいな子供に優しく接してくれて、色々と気を使ってくれて、本当に、本当に感謝しているんだよ」
専属引きこもりの澪さんがいつも家にいてくれているのは問題だけれど、すごくありがたい。二人してだべって、それを響子さんが引き締めてくれるのもありがたい。
「明日から九校戦だからあんまり盛大には出来ないけれど、『家族』としてお祝いをしたいんだ。
二人に恩を返したいって考えているんだけれど、どうすれば良いかわからなくて、でも、まずは感謝の言葉だけでも…澪さん、響子さん、有難う」
僕は二人にきちんと頭をさげてお礼を言う。二人は恐縮していたけれど、
「僕にとっては一生の記念日だから、しんみりしないで、明るく過ごそうよ。二人に出会えたことに乾杯!」
もう一度、グラスを重ねて、この一年あった楽しいことだけを話題に盛り上がる。楽しいことだけ覚えていられると幸せだけれど、辛いことも思い出だよね。
食事の合間、響子さんがふっと不安げな表情を見せていたけれど、これも九校戦が終われば解決するよね。
『P兵器』に関しては、僕もどうすればいいか、まだわからないけれど…
そんな事を思い出しながら、僕は達也くんの反対側の斜め後ろの席に座っている。
今年はエンジニアの達也くんも同じバスで、深雪さんはご機嫌だ。花音先輩も婚約者の五十里先輩が一緒だからラブラブな雰囲気を振りまいている。周りの無言のヒンシュクもガン無視している。
バスに次々と生徒が乗って来て、適当な席に座る。50名近くの生徒が乗り込んでも、大型バスにはまだ空席があった。座椅子も去年よりグレードが高い。深雪さんが選んだんだけれど…
深雪さんにお近づきになりたい男子生徒が虎視眈々話しかけようとしているけれど、達也くんの眼光に勝てる生徒はいない、次々追い払われていく。先頭の席にあーちゃん先輩が友人と座っている。去年は十文字先輩が巌のように君臨していたから、バスの中には妙な緊張感があったけれど、今年はまったくない。修学旅行のバスみたいに騒がしい。これもあーちゃん生徒会長の人徳だね。
最後に、乗り遅れた泉美さんと呼びに行った雫さん、そして、機嫌の悪い香澄さんがバスに乗った。
泉美さんは深雪さんの隣を狙っていたみたいだけれど、そこは達也くんの指定席だ。達也くんの通路を挟んだ反対の隣はほのかさんに雫さん。水波ちゃんは深雪さんの後ろに競技のペアの子と並んでいる。香澄さんは氷倒しペアの生徒が死守した深雪さんの前の席に座った。香澄さんは達也くんと相性が悪いから、達也くんの近くは嫌みたいだ。
ふっと僕と目が会った。
「久先輩、隣いいですか?」
「うん?いいけれど」
空いている窓側の席に香澄さんが座って、僕が通路側、達也くんの斜め後ろ。達也くんとは距離をあけるなら他にも空席があるけれど、どうして僕の隣なんだろう。達也くんは苦手だけれど、泉美さんの近くに出来るだけいたいって言うことなのかな?
「ひょっとして真由美さんに、何か言われたの?去年、僕がバスでちょっとおかしかったって」
「ええっと、はい、それもあるんですが…」
香澄さんにしてははっきりしない態度だ。
「有難う。でも平気だよ。去年とは違って僕は一人じゃないから」
僕にはもう『家族』がいるんだ。一人じゃない。
香澄さんは不思議そうな顔をした。バスの中は高校生らしく騒がしかったけれど、達也くんの周辺は比較的静かだ。香澄さんも静かにしていた。僕が騒がしいのが苦手なことを真由美さんに教えられたのかな?
元気な香澄さんが大人しくなんて無理していない?ちらっと見ると、目がばっちり合ってしまった。香澄さんは顔を赤くして俯く。以前のぎこちなさはなくなったけれど、僕と目が合うと必ず一度目を逸らすんだよな…香澄さんは俯いた自分に腹が立ったのか、唐突に話を始めた。これもいつもの展開だ。
「久先輩は一人部屋なんですか?」
「うん、備品とか資材が同居人なんだけれど…」
選手は普通相部屋だけれど、僕は男子生徒から同室を嫌がられる。女子生徒と同室になるわけにはいかないから、僕の部屋は備品置き場も兼ねることになっている。
でも女子生徒、とくに僕を知らない一年生は、横浜の時の行動を聞き知って僕を恐れているから、部屋に入りにくいって、あーちゃん生徒会長に相談があったんだって。
「ちょっと悲しいけれど、どうせ僕は一人じゃ眠れないから、大会期間中は澪さんの部屋に引きこもっていようかと…」
軍の施設なのに九校戦期間中は澪さん専用の部屋がある。さすがは『戦略魔法師』だ。
「一人で眠れないって子供ですか?ん?じゃあ、ひょっとしていつも五輪澪さんと寝ているんですか!?同じベッドでっ!?そういえばベッドはキングサイズで…」
香澄さんは僕の寝室に入ったことがあるから、そのことを思い出したみたいだ。
大人しかった香澄さんの不機嫌メーターが上昇しはじめている。赤かった顔がますます赤くなった。
「僕は一人で眠ると、いつもひどい悪夢を見るんだ」
「悪夢…?それは…去年の九校戦の帰りも?」
香澄さんの不機嫌メーターが止まる。
「うん、そのせいで一人暮らしのころは殆ど寝ずに、ずっと起きていたんだ」
「起きてたって、それじゃ身体がもたないですよ!」
「体質であまり寝なくてもいいんだけれど、さすがに1週間起き続けていると神経が疲弊して、一年生の一学期の頃は何度か倒れてたよ…」
一人暮らしの時は曜日に無頓着だったからなぁ。今は響子さんが厳しいから曜日の感覚がそれなりにしっかりしている。
「久先輩は…入学したてのころは体調不良だったって姉から聞きましたが…」
「それだけが理由じゃないけどね。でも、澪さんが手を握ってくれるようになってからは、僕も寝られるようになったんだ」
響子さんもいるけれど、響子さんの同居のことは関係者以外は知らない。とくに秘密ってわけじゃないけど、響子さんにふさわしい男性が現れた時、僕と同居していたことは知られないほうがいいよね。
澪さんとの同居は意外と知られている。さすがに一緒に寝ているとは誰も知らないけれど、でも、僕は澪さんにあまり異性を感じていない。体型的にも性格的にも澪さんは未成熟だから、抱き合うように一緒のベッドで寝ていてもあまりドキドキしない。逆に、響子さんは肉体も性格も成熟しているから、ちょっと困る。響子さんと二人きりになることは殆ど無いけれど、響子さんもそれに気づいているから、時々きわどい悪戯をしてくる。そうすると澪さんも対抗して女性的な雰囲気を醸し出す。そうなるとさすがに木石ではない僕も困ってしまう。もちろん、これは澪さんには秘密だ。さすがに一緒にお風呂とかは恥ずかしいけれど、僕にとっての澪さんはまさに『家族』なんだ。
だから澪さんと一緒に寝ることは全然平気だし、響子さんは…響子さんは柔らかいし、えぇともちろん嫌じゃないよ。響子さんも『家族』なんだから。
澪さんと同居するようになって、僕と澪さんの体質も改善した。理由は不明だけれど、どうも僕と一緒にいる人は体調が良くなるみたいだ。光宣くんの時もそうだし、響子さんも同居を始めてから肌の張りが良いって。
「今もちょっと眠いけれど…今寝ると、去年みたいに悪夢をみるから我慢しているんだ」
僕は熱っぽい息を吐く。昨夜も、寝ていない。二人と一緒に寝ると『回復』が止まって、僕は成長するみたいだから極力起きている。一緒に寝られるのは僕が子供だからで、成長したら倫理的に問題が出るから、18禁タグは押させないぞ!
「じゃっ、じゃあ、今は、私が、手を握っていますから!久先輩は安心して寝てくださいよ!」
香澄さんは乱暴に僕の左手を握った。香澄さんの右手は物凄く熱い。そう言えば練習中に保健室に連れて行かれたときも、すごく熱かったな。体温が高いのかな?顔が真っ赤だよ。
香澄さんはときどき僕を子ども扱いするよね。たしかに見た目は子供だけど…
「有難う、香澄さん。香澄さんと泉美さんに会ったのも去年の九校戦だったから、知り合ってちょうど一年になるんだね」
「そうですね、なんだかすごく昔な気がするけれど…」
あの時は香澄さんも僕に男の子みたいな口調で話していたなぁ。一高に入学してからは香澄さんは僕に対してなぜか余所行きの口調なんだよね。先輩だからなのかな?
「そうだ、香澄さんも澪さんの部屋に遊びに来てよ。本当は駄目なんだけれど、香澄さんは十師族だからVIPルームにも入れると思うし、VIPルームは景色もいいし、食事も美味しぃ…か…ら…あうぅ?」
澪さんは七草家に隔意があるから、仲良くなってくれると嬉しいんだけれど…ん?香澄さんの握力がすごいことになってる…
「うぅ痛いよ香澄さん?」
「ふん!」
ぷいって窓の外に目を向けてしまった。バスは高速道路を快調に走行している。香澄さんは流れる景色をじっと見ている。
しばらくして、僕はうとうと船をこぎ始めて、知らないうちに寝てしまっていた。
その間、香澄さんの肩に寄りかかっていたみたいだけれど、香澄さんは僕を起こさないように会場に着くまで、ぎゅっと手を握っていてくれた…
嫌な夢は、見なかった。
バスが会場について、達也くんと一緒に学校の備品を僕の部屋に運ぶ。
ほかにも生徒がいたから『P兵器』については話題に出来なかった。達也くんが何を考えているのかも、その無表情からは不明だった。
作業トラックには『ピクシー』がいた。『ピクシー』は本来のヘルパーロボットとして会場につれて来られている。
『P兵器』が2月の『パラサイト』なら『ピクシー』もその存在を感じ取れるはずだ。今は起動停止中だから、夜にでも話を聞くとするか…
前夜祭パーティーは夕方からなので、僕はホテルの受付で、身体情報の登録とVIPルーム直通エレベーターの専用IDカードを貰う。
エレベーターでVIPルームのある最上階につくと、廊下に配備されていた軍の警備員が僕に一斉に視線を向ける。
僕はIDカードを首に下げて彼らに見えるようにする。
澪さんの部屋の入り口ドアに立哨している警備員は、いつも澪さんの警備をしている、僕とも知り合いの警備員だ。それでも、自宅のときは省略されている身体検査を機械と手で行われた。
ここは公式の場なのでマニュアルに従ってもらいますって警備員さんに謝られたけれど、むしろ当然ですって答えて率先してチェックを受けた。
公式の場では僕は一高のただの生徒でしかない。全身を触られる行為は気分が悪いけれど、僕は実験動物時代の経験から慣れている。害意があるならともかく、これは澪さんのためなんだから。
僕の態度は警備員の人たちの心証を良くした。次回からは機械だけでOKですって言ってくれた。
去年はここまで厳しくなかったけれど…あぁ去年は烈くんがいたからか。VIPルームの出入りは烈くんの口利きだったから、僕のセキュリティーチェックは省かれていたんだ。
立哨の警備員に一高の友人、公式の場では七草家の娘をこの部屋に呼んだ場合もチェックをするのか尋ねたら、十師族の場合は基本的にチェックはしないって。
やっぱり十師族はいろいろと優遇されている。
澪さんの部屋は去年と同じで、富士山が正面に見える大きな窓が印象的だ。澪さんの私物に僕の私物も運び込んでもらっている。
澪さんとは朝別れてから7時間ほどしか経っていないから、宿舎での再会と言うより帰宅したみたいだった。
自分が寝泊りする部屋に出入りするのにいちいちチェックされるのもめんどくさいな…って澪さんにこぼしたら、驚いていた。
「立哨は自宅の警備と同じ人だったと思うけれど…?」
「自宅はいいけれど、ここは軍の施設だからマニュアルに従わなくちゃだって」
「去年はそんな事されていなかったわよね?」
「去年は烈くんの口利きでチェックはまったくなかったよ。警備の人は軍属だし、僕は基本的に一般人だからね」
「それは…そうだけれど、わずらわしいわよね」
って、澪さんが警備の人と話をつけて、チェックなしにしてくれた。
警備員はマニュアルですからって最初は断ったんだけれど、「久君が私に敵意を持つわけがないでしょう!」って怒っていた。こういうところは澪さんはお嬢様だし、基本的に僕に甘い。
僕は無言でごめんなさいって頭をさげた。
『戦略魔法師』で知り合いでも澪さんはあくまで警備対象、烈くんのように軍に影響力があるわけじゃない。普段意識しないけれど、十師族に国防軍。本当にいろいろと複雑で面倒だ。
何となく外に出づらくなってしまった。でも、僕たちは引きこもりだから、九校戦の試合中以外は、結局この階にいるんだよなぁ。
とは言え、今日はこの後、前夜祭のパーティーがある。僕はあまり参加したくはないんだけれど、澪さんが学生生活は大切にした方がいいですよ、って言ってくれたので大人しく参加することに。
着替えるのも面倒なので、少し早いけれど、会場に向かうことにする。作業車に寄って達也くんの作業のお手伝いをしようかな。
僕は澪さんにそう話して、VIPルームを後にした。立哨の警備員さんに一言お詫びをしてから、エレベーターに乗る。
そういえば『P兵器』は敷地内の人工林に配備されるんだったよね。もう配備されているのかな、クロスカントリーは12日後だけれど。
僕は一度、その森を見ておこうと思った。見たところで何をするのか…
エレベーター内の館内施設案内をみると、一般宿舎の屋上展望フロアから森が見渡せるみたいだ。宿舎内なら迷子になることもない…パーティまでは時間もあるし、一階でエレベーターを一般用に乗り換えて、屋上に向かった。
展望フロアからは、宿舎のすぐ近くから広大な森が富士山まで続いているのが良く見えた。
これは相当奥深い森だ。展望フロアからだと緑の切れ目は全く見えない。昼なお暗いという慣用句がぴったりの森…どこまでが人工林なのかはわからないけれど、クロスカントリーは3キロなので、これは、僕には無理だな…僕は舗装された道だって3キロも歩けないよ。遭難するのがオチだよ!
はぁ、この森に『P兵器』を配備するのか…当然、緑しか見えないけれど…
僕は手すりに持たれながら、富士山を見るような視線で、『意識認識』をしてみる。
一見すると、雄大な富士山に魅了されている少年…うん少年に見えると思う。
まずは濃密に、この森に僕の『意識』を広げる。すぐ近くに澪さんがいる。達也くん深雪さん。新しい…あれ?これは香澄さんだ。『ピクシー』は今は停止中だけれど感じられる。
そういえば、以前、誰のものかわからなかった『意識』は…近くにはいないな。
森の中には何も感じられない。『意識』を浅く世界を覆うように広げる。『真夜お母様』が会場から少し離れて、山梨の四葉家にいる。四葉家に…ん?ぼんやりと何か別の物もいるような気がするけれど…
意識を西の方に向ける。具体的には生駒の九島家だ。すぐに見つかる。光宣くん、烈くん。それと分かたれた『パラサイト』が、数えると16個。強烈な意識だ。
すごいな、以前の『パラサイト』は弱弱しかったけれど、光宣くんの術で存在が強くされたんだろうか。『ピクシー』よりも攻撃的な『意識』だ。凶暴化させられているのかな。
軍の兵器なら好戦的な方がいいだろうけれど。『精神支配』はここからでも感じられる。これなら命令がない限り一般生徒が怪我をするようなことはない、と思う。
「何か感じられたかい?」
背後から声をかけられた。いつも唐突に現れるなぁ。軍の施設に堂々と入り込んでいるし。
「僕は探知系が駄目なことは知っているでしょう、九重八雲さん」
僕は富士山を見ながら答えて、振り向いた。作務衣をちょっとだらしなく着こなす八雲さんが立っていた。僕が振り向いたのを確認してから、ゆっくりと歩いて近づいてくる。頭をつるっと撫ぜて、
「そうなんだけれど、ねぇ」
僕の言葉を信じていないようだ。もしかして八雲さんは僕を買いかぶっているんじゃないだろうか。
「八雲さんは、僕のことをどこまで知っているんですか?」
「じつは、ほとんど知らないんだ。僕の師匠の世代、つまり70年前の群発戦争時代の術者の間では、救国の英雄『紫色の瞳の少年』の噂は結構有名だったけれど、ほとんど情報はなかった。なにせ混乱した時代だったからね。誰もが生きるので必死だったし、軍の力は今より強固だったから。僕も先代から、『パープルアイズ』はどうやら『多治見研究所』と関わりがあった、研究所は『サイキック』開発をしていた、程度しか聞かされていないんだ」
つまり、八雲さんは僕と『パラサイト』の関係は知らないんだ。そうだよね、僕が『高位次元体』だってことは僕だって証明できないんだから。
「以前、僕の『価値』について何かわかっているようでしたけれど?」
「それは君にはじめて出会った後、色々と調べてみたんだ。でも何も情報が残されていなかったから、ほとんど僕の想像なんだけれどね、妄想かもしれないけれど」
「…それは?」
「うぅん、そうだなぁ。以前、情報は交換って言っていたよね。何か、僕が納得するような情報を教えてくれたら…」
つまり、僕の正体を知りたいんだ。ただの『サイキック』が80年も少年の姿でいられるわけがないのだから。それは秘密じゃないけれど、八雲さんは全面的には信用できないし…情報か。
「『P兵器』はまだ、会場には配備されていません。烈くんと生駒にいます。これじゃ足りませんか?」
「そうだねぇ、足りないねぇ。そうそう、『P兵器』は正式には『パラサイドール』って名前なんだよ」
八雲さんは楽しそうだ。その細い目が笑っている。
「八雲さんは『パラサイドール』と達也くんが戦うところを見たいんですよね」
僕が抱いていた疑問を素直にぶつけてみた。
「うん、良くわかっているね。君は、本当は賢いんじゃないかって、無能を装っているんじゃないかって考えてしまうよ。多治見君の事は何もわからない。でも、達也君のことも噂でしかその実力を知らないんだ」
どうやら買いかぶられているようだ…
「僕も達也くんが直接戦っている姿を見たことがないんですけど、大丈夫なんですか?もし達也くんになにかあったら、深雪さんも生きてはいないですよ…」
「多治見君は達也君が負けると思うかい?」
「ちっとも思いません。根拠は全然ないんですけど」
『神』が低位の『パラサイト』に負けるわけがない。横浜でみた『光』は今でも思い出すだけで震えが走る。
「僕はもう少し達也君の事を知っている。だから『パラサイドール』ごときでは、結果的にかすり傷ひとつ残せないと断言できるよ」
結果的に?変な言い回しだ。八雲さんも烈くんと同じで、達也くんが昔関わった事件や、横浜での活躍を知っているんだ。
「そうですか。じゃあ僕が実験前に『パラサイドール』を全部破壊したら、どうします?」
「それは自由になった『パラサイト』が誰かにとり憑いて2月の事件の再来になるよ」
「僕がそんな中途半端なことすると思いますか?」
「そうだねぇ、そうなると最初から『パラサイドール』はいなかった、誰もが幻想と踊っていたことになるね。案外それが一番丸く収まるのかもしれないけれど、多治見君が失うものは大きいかもしれないよ」
「そう…かもしれないな、そんな事できるのは僕だけだから烈くんはすぐ気付くし」
そうなると計画に関わっている光宣くんとの関係、響子さん、その後ドミノ式に今の生活が崩れていくかもしれない。『家族』を失う。それは嫌だ…
八雲さんは達也くんの味方じゃないけれど、今現在は明確な敵ではない。第三者として、忍びとして情報収集の対象なんだ。今は八雲さんの言葉を信じた方がいいのかも知れない。
「『パラサイドール』がまだ会場に配備されていないって情報は、僕が達也君に知らせてもいいかな?あの森は意外と警備が厳しくてね。僕でも中々忍び込めなかったんだ」
「構いませんよ、むしろお願いします。僕の名前は出さなくていいですから」
「それじゃ僕の功績みたいになってしまうけれど?」
「クロスカントリーまで10日以上もあるし、今日会場に『パラサイドール』がいない事なんて大した情報じゃないですよ。新兵器なんだからギリギリまで研究所で調整するのが普通でしょう?」
「そうなんだけどねぇ。これ以上達也君に尊敬されるのも面映いんだよなぁ」
頭をつるりと撫でる八雲さん。
「それは大丈夫だと思いますよ。達也くんも深雪さんも、八雲さんをあんまり尊敬してないですから」
「うっ!?」
真実は人を傷つける。僕はひとつ賢くなった。
前夜祭のパーティーでは、人ごみが苦手な僕はいつも通り、壁際で時間をつぶしていた。一高は去年と同じテーブルに集まっている。その白い塊に、赤い塊が近づいてきた。三高の一条選手と吉祥寺選手だ。女子生徒をぞろぞろ引き連れていたけれど、深雪さんの前に立った女子生徒はいなかった。達也くんが一条選手と話をしている。達也くんと比べると一条選手は高校生っぽい。感情がすぐに顔にでている。なるほど、これは達也くんの戦術は間違いなさそうだ。
ん?あれ?見覚えのある顔、髪型…亜夜子さん!?それに、文弥くんがいる!四高の制服だ。二人は四高に入学していたんだ。フリルスカートや黒じゃない、文弥くんは…本当に男の子だったんだ。僕と違って男子制服を着ていると、ちゃんと男の子に見える…
四高の先輩の紹介で達也くんに話しかけているけれど、まるで初対面みたいな雰囲気だ。深雪さんは達也くんの後ろで一切会話に加わっていない。
亜夜子さんは達也くんと会話を終えると、一高の集団から一人離れている僕に視線を向けて、ニコリと微笑んだ。指をすっと廊下の方に向ける。話があるってことか。
パーティーはこの後、招待客の『お言葉』の時間だ。でも、烈くんは今年は生駒にいるから、僕は興味がない。
僕は静かにパーティー会場を後にする。適当に、トイレにでも向かっている雰囲気で、廊下を極力ひと気のない方に向かって歩く。
「こんばんは久様」
行き止まりの廊下に亜夜子さんが立っていた。僕がそこに現れるのを確信していたみたい。会場にいたときとは雰囲気が違う、ちょっと演技が入ったいつもの澄ました表情。
「こんばんは、亜夜子さん。文弥くんは…会場なの?」
「二人ともいなくなると注目を浴びますからね」
「亜夜子さんは可愛いから、制服姿でもすごく目立っていたよ」
「うっ、まぁ目立つのが今回のお仕事ですもの…」
僕が可愛いって言ったから少し動揺している。可愛い。
「達也くんとは初対面みたいな雰囲気だったけれど?」
「久様からもそう見えましたか?なら成功ですわね。ご当主様からそう指示をされていましたの」
「『真夜お母様』から?」
「ええ、私たちは九校戦で極力目立つように言われていますの。でも達也さんと深雪さんとは無関係と言う立場で、です」
理由はわからないけれど、『真夜お母様』が言うんだから問題はない。
「久様も、できるだけ目立っていただけますと、ご当主は喜んでいただけますわ」
「ん、それは僕も『真夜お母様』に言われているから。がんばるよ」
僕が目立って誰が得をするんだろう。うぅん、同じ様なことを4月の模擬戦以降考えたな…
「そうですか。ではご活躍期待していますわ」
亜夜子さんはそう笑うと、廊下の照明の当たらない暗闇に溶けるように気配を消した。まさに『ヨル』だ。
パーティー会場にこっそり戻ると、お偉いさんの演説はまだ続いていた。会場を抜け出していた僕に気がついた深雪さんが、ちょっと睨んできた。機嫌が悪そうだ…
隣の達也くんはいつも通りの無表情で演説を聞いている、ふりをしている。その意識は深雪さんに向いている。いつだって二人はつながっているんだ。
僕は一番後ろの壁際に移動した。香澄さんが、うんざりした顔で立っていた。僕が隣に立つと、ちょっとため息をついて、
「今日は九島閣下はお休みなんだって」
って教えてくれた。もちろん、知っているけれど、そうなんだって頷いて、偉い人のつまらない訓示じみた話を並んで聞いていた。
早く終わらないかな…
適当なテーブルのグラスに手を伸ばして、ちょろっとジュースを舐めてみる。
甘味料が多くて、やっぱり美味しくなかった。
原作では、九校戦最初の夜、達也と黒羽の双子がクロスカントリーの森を調べようとして出来ませんでした。
現れた八雲に、「コースに入られたのですか?」と亜夜子が驚いて尋ねますが、
八雲は「入った」とは一言も言いません。
当たり障りのないどうとでも入手可能な地形や障害物の情報しか語りませんでした。
なので八雲は久からパラサイドールの情報を聴いて、それをそのまま伝えただけだった、と言う事にしました。
原作はともかく、このSSでは八雲も達也がドールと戦って欲しいので、達也をミスリードしまくっています。
久がドールを先に破壊しては原作無視になるので、それなりの理由をつけて回避しました。
次からやっと競技です。
一年のときが駆け足だったのに、時間がかかった…