少しわかりにくかったので、ちょっと追加しました。
夏休みは残り10日だ。今後の予定は生駒にある九島家を訪ねて一泊、そのまま金沢に寄ってさらに一泊、七草家でお食事会に、香澄さんの買い物の荷物持ち…宿題は…?
生駒へは実家への帰省か、お盆に田舎のお祖父ちゃんの家に行くみたいだ。田舎の家にしては九島家は大きいけれど、どこか古臭くて雑然としているところは都会では感じられない雰囲気だ。光宣くんは夏休みに再会する親戚の同世代の男の子、と言ったポジションかな。
九島家までの行程はこれまでどおりで、奈良駅前まで光宣くんが九島家のリムジンと警備と共に迎えに来てくれた。今回は僕一人だ。響子さんはお仕事、澪さんは『九島家』にいきなり訪問するのは、遠慮がある。ナンバーズではない僕はそのあたり気楽だ。
9時頃に生駒に到着。『戦略級魔法師』の訪問は本来なら『家』を上げての歓待になるんだけれど、烈くんもご当主も不在だったし、堅苦しいのは嫌だから、九島家ではこれまで通り扱ってもらう。
九島家のお手伝いさんと光宣くんは、あいかわらず微妙に距離があるから、僕ともそれほど馴れ合ったりはしないけれど。
九島家では特に用事はない。帰省ってそういうものだよね。
午前中は雑談をしながら光宣くんの部屋で、僕はベッドに寝転がりながら、光宣くんは姿勢良く椅子に座ってコミックスを読んでいた。出かけるなら午後からだけれど、行きたい所とかはないし、こうやって無駄話をする機会って中々ないから、物凄く楽しい。子供同士らしい、どうでもいい雑談がメインで、コミックスの内容は話の接ぎ穂になっている。
僕は光宣くんのベッドで、うつ伏せになって、足をぱたぱたしている。すごく行儀が悪いけれど、光宣くんは僕がこうやってだらしなくしている方が、むしろ喜んでくれる。
気の置けない友人同士みたいで嬉しいんだって。『九島』の直系じゃぁ対等な友人関係は難しいもんね。
その点僕は『十師族』や『ナンバーズ』に対して、特に思い入れがないから緊張はしない。しかも、一高に在学していた『ナンバーズ』は学校ではあまり気取らない人たちが多かったから。
まぁ、十文字先輩に気圧されないで普通に会話できる僕も、ちょっとアレだけれど…
雑談は『戦略級魔法師』の話題は特にしないで、学校であった面白いことが話題の中心だ。魔法科高校は各校で校風が違うし、濃い生徒ばかりだから話題は尽きない。
光宣くんは、でも、魔法科の高校生の共通の話題と言えば九校戦だけれど、その話になると少し乗り気じゃなくなる。九校戦に出られなかった事を気にしているのか…
話を変えてみるか。
「そうだ、FLTから完全思考型デバイスが昨日発売されたけれど…」
「はいっ!早速手に入れました!」
「うっおっ!」
早っ!返事も入手も。
急にご機嫌な光宣くんはチェーンを手繰って、メダル型の補助デバイスを胸元から取り出す。
「まだ、使い始めなので慣れていませんが、すごいですよ、なんの問題もなく『魔法』が使えます」
両腕にブレスレット型CADをはめて、部屋の中でも出来る幾つか簡単な『魔法』を披露してくれた。僕の思考型デバイスは指輪専用のプロトタイプで、製品版は慣れたCADをそのまま使える優れものだ。指輪のデータは7月いっぱいまで毎週、達也くんが回収してFLTに届けてくれていた。このCADのデータが役に立ったんなら僕も嬉しい。
九島家の敷地は広いから、自由に練習する広場もある。昨日は一日中自主錬習してたって。
自習は一人でできるけれど…
「ただ…僕は友人が、気軽に練習に付き合ってくれる友人がいないので…」
「じゃぁ、僕が相手をするよ。魔法科高校お約束の『模擬戦』だね」
「本当ですか!」
それは花のような笑顔だった。
九島家の敷地には庭からつながった造成地のような広々とした場所があった。手入れされたウバメガシの垣根で覆われていて、外からは中をうかがう事が出来ない。地面はそれほど固められていなくて、風が吹くと少し埃っぽい。夏の雑草が所々生命力を発揮している。ここは臨時の駐車場として普段利用する場所だって。
そんな場所に僕たちは向かい合っていた。僕はデニムに長袖のシャツ。長い黒髪を青色のシュシュでまとめている。いつもの格好だ。光宣くんはスラックスにドレスシャツ。光宣くんは美少年だけれど、立ち姿は全然なよなよしていない。むしろ、立ち姿こそが、光宣くんの一番美しい姿って感じる。
真夏の太陽が真上から僕たちを照らしている。暑いけれど、汗をかくほどじゃない。
一方、光宣くんはかなり緊張している…違うな、すごく意気込んでいる、といった感じだ。
僕の視線を真っ直ぐ見返している…
僕は、『戦略級魔法師』として、一応世間に認められた存在だ。
光宣くんは、世間的にはまったく無名。その卓越した魔法力を知るものは家族と一握りの友人たちだけだ。当然、僕はその実力を知っている。
完全思考型CADを使った光宣くんとの模擬戦は、将輝くんとの氷倒しに匹敵するか、それに迫る速さで『魔法』が使われる、と考えていた。
強くプレッシャーをかけると萎縮してしまうかも知れないから、僕はリラックスしたんだけれど…
僕の考えは、甘かった。
審判はいないから、僕が適当な小石を拾う。
「これが地面に落ちたらスタートね」と、白い小石をぽんっと宙に放った。
ぽすっと、乾いた音に埃をたてて、石が落ちた。
刹那、いきなり凄まじい『電撃』。『FF』なら『サンダー』じゃなくて『サンダジャ』だ。
光宣くんは九校戦での僕の氷倒しの試合を明らかに意識している。『電撃』は別に光宣くんの得意『魔法』じゃないからだ。もちろん苦手なんてないんだけれど。僕との模擬戦で、自分の実力を測ろうとしている。
それにしても…速いっ!しかも、食らえば即死クラスの威力!
これは…オーバーアタックだ!
光宣くんは完全思考型デバイスを使いこなせていない。模擬戦にしては威力が過剰すぎる。
リーナさんのプラズマを思い出す。あれに匹敵するかそれ以上…リーナさんのプラズマは高温と数だったけれど、光宣くんの『電撃』は速度と正確性だ。
『電撃』は完全に発動しきっていた。確実に僕に落雷するっ!避けられない…
僕はとっさに服の通電率を上げる。CADをはめていない左腕を突き出して『電撃』を袖口に誘導する。『電撃』を僕の服に通して地面に逃がすけれど、左半身にムチを打たれたような激痛が走った。『電撃』が通った服がびりびりに裂けて、繊維が焦げ付く。爪先が焼けるように痛い。
「くっあぁ!」
『電撃』そのものは逃がしたけれど、熱と膨張した空気の衝撃波まで対処できなくて、僕の身体は後ろにごろごろ転がった。
長い髪と埃を身体に巻き込みながら、視線を光宣くんに向ける。『電撃』がさらに発動している!
一度かわされた『魔法』を続けるのか…たしかに威力は凄まじいし、かすっただけで五体はまともじゃいられないから正解でもあるけれど…光宣くんらしくない力押しだ。
全力の『魔法戦』に興奮しているのか。光宣くんが全力を出す機会なんて殆ど無いだろうから。でも、模擬戦の前にルールを決めておくべきだったよ!光宣くんの魔法力の恐ろしさにぞっとする。
これまで命がけの戦いをした『魔法師』の中で一番、強い。声をかけて停止する余裕がない!声をかけても発動された『電撃』はリセットできない!今はただただ光宣くんの優秀さが恨めしい!
服はぼろぼろだから同じ方法で逃げ切れない!身を隠す場所なんて、まったくない!
僕は地面に身を投げる。転がりながら、右手で適当な雑草の葉をちぎる。その葉を宙に捨てる。今度は葉っぱの周囲の空気の通電率を上げて、『電撃』が葉っぱに落ちるように誘導する『避雷針』。
これは以前、周公謹さんとの模擬戦の経験が役に立つ。何もない空間より、雷が落ちる目標があったほうが『電撃』は誘導しやすい。
どごん!どごん!と近くに落雷の音が響く。見当違いの落雷があった場所は、焦げてえぐれている。即死の『電撃』の連続…容赦ない…めまいがする…左半身が軽く麻痺している僕は転がって避ける。
僕は最初の数秒で、薄汚いボロ雑巾のようになっていた。命ががりがりと削られていくようだ…
光宣くんは最初の場所から動いていない。綺麗な、濁りの全くない薄い笑顔…
いつもの優しい光宣くんとは別人だ。今は『魔法師』として、僕を追い詰めていることに酔っている。
『魔法師』の戦いでは常に動き続けないとだめだ。『魔法』には座標が重要だからだ。光宣くんは実践も実戦の経験も不足している…でも。でもだ。
僕は髪を束ねていたシュシュを髪から抜くと、光宣くんに向けてひょいっと投げた。
シュシュは深雪さんがくれた物だ。リボンとかシュシュとかの小物類は、深雪さんが教室で僕を『可愛がる』時の必須アイテムだ。
単純な『移動系魔法』で放物線を描くように飛ばした可愛いシュシュは、それ自体に警戒心を抱かせない。デバイスでも武器でもない。しかも、シュシュは光宣くんに届かない。
光宣くんが不審の表情を浮かべた。この状況で、あきらかに無駄な行動だ。『攻撃魔法』を放ったほうが速いのになぜ?と、光宣くんの美麗な顔が言っている。
青いシュシュが一見、緩慢な動きで落下していく…
そのシュシュが僕と光宣くんの視線と一直線になった時点で、ぴたりと止まった。
僕はそう計算して、シュシュを飛ばした。光宣くんの視界から僕が消えているはずだ。『魔法』の戦いで相手を見失うのは致命的だ。光宣くんもすぐ気がついた。でも、落ち着いている。
…これは、やっぱりそうか!光宣くんは移動しなくてもいいんだ。
以前、古式の術者の道場を襲撃した時、敵の攻撃が光宣くんの身体を全部すり抜けていった。
米軍の『仮面魔法師』も同じような『魔法』を使っていた。
探知系の苦手な僕には、本物の光宣くんの位置はわからない。…でも。
光宣くんが悠然と一歩、足を前に進めた。僕に止めを刺すような、冷たい目だ。
その光宣くんの足が、ずるっとすべる。
「えっ?」
光宣くんの意識が完全に青いシュシュに向いている間に、僕は気が付かれないように、この辺り一体の地面に『魔法』をかけていた。『摩擦軽減』。靴と地面の抵抗を限りなくゼロにしている。
光宣くんの正確な場所はわからないけれど、『魔法』発動の場所から本体がそれほど遠くにいるはずがない。
この手のケレンは、むしろ烈くん的だけれど、実戦不足の光宣くんには有効だった。
見えている光宣くんの2メートルほど横、何もいないはずの地面に靴が滑った跡が出来る。
光宣くん本体は人の目をごまかし、騙す事が出来ても、地面にまでは出来ていない!
僕は間髪を入れずに『擬似瞬間移動』。
何もないはずの空間、光宣くんの顔があるあたりに、手を伸ばして、
ぱんっ!
と、ただの猫だましを、うつ。
発動中の『魔法』は動揺や簡単な意識の遮断で効力を失う。
偽者の光宣くんがすっと消えて、僕の目の前に現れた本物の光宣くんは物凄く驚いていた。そんな表情も見蕩れるほどだから美少年は得だ。
「『パレード』が破られたっ!?」
足を滑らせた光宣くんがバランスを崩す。尻餅をつくのを止めようと両手を掴むけれど、僕の軽い体重では支えきれず、僕も一緒に倒れた。
「きゃふんっ!」
自分でも可愛い声を上げて光宣くんの上に重なって倒れる。乾いた埃が舞う。その体勢のまま、光宣くんの胸板をばんばん叩く。埃がさらに舞う。
「ちょっと光宣くん!やりすぎだよ!僕、死ぬところだったよ!!」
「でも、すべて避けられました。流石は久さんだって、僕も負けないように全力を出したんですが…」
すごく悔しそうに言う。ちょっと、これは模擬戦で殺し合いじゃないんだよ!
「避けきれてないよ!」
「えっ!?」
僕はぺたんと腰を下ろして、女の子座りをする。実際、腰が少し抜けている。服もパンツもぼろぼろだ。破れた服を乱暴に脱ぐと、左手首から腕、肩、胸、おなかにかけて、酷いミミズ腫れが出来ていた。皮膚も広い範囲が真っ赤になっていた。軽い火傷だ。左腕から肩口にかけては紫色になっている。肌が白いだけに、物凄く目立つ。はっきり言って、物凄く痛い。
「でも、全然痛そうにはしてなくて、すばやく動かれてましたよ…」
「僕は痛みに強いんだ。これくらいなら顔色ひとつ変えないよ」
光宣くんが息を呑んだ。すばやく?僕は這いつくばって転がっていただけだよ…
「服の表面に『電撃』を通すつもりだったけど間に合わなくて、裏面に通したんだ。『電撃』も熱も完全に防ぎきれなくて、今僕の左半身は軽く麻痺してるよ…僕が完全思考型デバイスでCADを使っていなかったら、死んでたよ…」
「それは…まさか、久さんほどの『魔法師』が?最初に対峙したときの久さんの圧力は心臓が握られたみたいだったですよ!」
え?最初に向き合った時、じっと光宣くんを見つめて…その時、光宣くんの表情はすごく硬かったけれど…
僕は光宣くんの手を火傷している左手で乱暴に掴むと、露になった左胸に当てる。
むにゅっ、って音はしない。僕の胸は脂肪どころか筋肉だってあまりついていない…
光宣くんが少し顔を赤らめた。
僕の胸は火傷のせいもあって、かなり熱くなっている。それ以上に、僕の心臓は早鐘をうって、激しく鼓動している。どっくんどっくんって、僕の薄い胸を裂かんばかりに物凄く強く。
光宣くんの掌にも僕の鼓動は伝わった。
僕は涙目だ。紙一重で死を免れたんだから当然だ。
「ほらね!すごく…怖かったよ、あんな『電撃』、普通死ぬよ!」
苦痛に強い僕も、死となると、恐怖の本能で震える。死を恐れない人なんて完全に『精神支配』されていた昔の僕くらいなものだろうけれど…
「すっすみません…久さんなら僕の『魔法』は軽く捌けると思ってしまって…」
光宣くんは、僕の事を過剰に評価しているけれど、今回は力も入りすぎていた。
「完全思考型のデバイスは…想像していたより速く『魔法』を発動できるけれど、敏感でもあるよ…」
電動アシスト自転車に初めて乗ると、力の加減がわからなくて、物凄いスピードがいきなり出て戸惑うけれど、それと同じだ。
完全思考型デバイスの性能が良すぎるんだ。アクセルとブレーキの微妙な操作が難しい。
光宣くんは顔から血の色を失わせて、うめく様に言葉をつむぎ出した。
「僕は、すごく危ない事をしてしまいました…国の大事でもある『戦略級魔法師』の久さんを傷つけてしまいました…」
一歩間違えたら、僕は死んでいた。
光宣くんは、今になって、その意味を理解できたようだ。がっくりしている。
「やはり昨日一日でこのデバイスを使いこなせるようになったと思ったのは傲慢だったようです」
なるほど、その自信を今回の模擬戦で証明したかったんだ。
光宣くんは自身の魔法力に絶大な自信を持っているから、九校戦に出場できなかったことで、少し情緒が不安定になっているのかもしれない。
自己嫌悪に陥る前に元気付けないと。
「光宣くんは、僕がこれまで会って来た『魔法師』の中でもトップクラスだよ。これでも僕は沢山の『魔法師』を見てきている。その中でも頭一つ抜けてるよ」
「え!?」
僕は光宣くんの腕を涙で濡らしている。死から免れた安堵もあるけれど、ぼろぼろ涙が溢れる。情緒が不安定なのは、僕も同じ…いや数倍だ。僕は少し声を荒げる。
「光宣くん!自分がすごい『魔法師』だってことを自覚してよ!体調不良なのは光宣くんのせいじゃない。慌てないで、活躍する機会はいくらでもあるよ」
合わせていた視線を少し逸らす光宣くん。
「久さんもお祖父様と同じ事を言いますね。でも、僕は、今、活躍したいんです」
病弱な光宣くんの焦燥が伝わってくる。思春期の男子だ。同学年の生徒たちの活躍は、自分の実力の方が上だとわかっているだけに、口惜しいんだ。
「魔法科高校なんて通過点だよ」
「え?」
「九校戦も論文コンペも魔法協会が主催だ。魔法科高校は魔法大学に学生を送り込むだけの組織で、学校らしいイベントは何一つない」
「そう…ですね、魔法科高校は、普通の高校なら当たり前のイベントが一つもない」
「魔法科高校は決められた人数を大学に送り込めれば、それで任務完了だ。だから学校側はドロップアウトしたり犯罪に巻き込まれた生徒も、全部放置している。二学期が始まっても『戦略級魔法師』の存在は、無視か、むしろ邪魔だと思われるだろうね」
このあたり、僕は魔法科高校の教師たちに冷めている。僕は何度か犯罪に巻き込まれているけれど、一度も教師が心配してくれたことがない。いつも対応は生徒会、真由美さんや十文字先輩がしてくれていた。市原先輩と違って、僕の思い入れは学園生活そのものなんだと思う。
もちろん一高への思い入れはあるけれど、これは片思いでしかない。
「だから生徒は部活に一生懸命なんだけれど…高校生活は、大事だし、記憶の中で輝かしい青春の1ページになる。でも、『魔法師』としてはむしろ魔法大学に入ってからだと思うよ」
魔法科高校はいろいろと規制が厳しい。生徒は主体的に何もできない。一高ではあまり守られていないような気がするけれど、本来はそうなんだ。
「思考型デバイスで『魔法』を使う光宣くんは、僕よりも『速い』。使いこなせば、僕じゃ太刀打ちできなくなる…あとは習熟と経験だよ。病弱の気持ちは僕には良くわかるし、これからも同じように焦りが起きると思うけれど…」
僕も去年は一ヶ月以上半分寝たきりだったし。
ぐずっ!泣いたままの僕は、あっ鼻水が垂れてきちゃった…火傷していないほうの腕で涙と鼻を拭おうとしてやめる。ビリビリに破れた服を拾って、ちーん!ハンカチ代わりにした。
あっしまった、これじゃ、この服着れないや…
僕は裸の上半身を夏の陽に晒している。凹凸の全然ない、弱弱しい身体だ。
「光宣くんは病弱なのを気にしているけれど、僕だって自分の貧弱な身体が嫌で気になってしょうがないよ…」
「完璧な人はいないって、事ですか?」
「それは僕が言う台詞だよ…僕だって、十文字先輩みたいな体格に憧れてるし…」
「それは、想像できないですね、十文字克人さんみたいな体格の久さんは…あ…その腕を放してもらっても良いですか?」
おっと、光宣くんの掌を僕の胸に重ねたままだった。服で鼻をかんでいるときも手は放さなかった。
それはどう見ても、上半身裸の女の子の胸を揉んでいるみたいな…うわぁ恥ずかしい。
「あっ、ごめん」
「いっいえ、こちらこそ」
二人して顔を赤くして俯く。変な光景だ。二人とも男の子なんだよ。でも、何となくだけれど、夏休みの思い出…みたいな光景だとも思う。
降り注ぐ陽の光が眩しい。どこかでセミが鳴いている。
広場に風が吹いた。風が夏の空気に涼をもたらしてくれる。二人の髪がさらさらと揺れた。二人とも埃まみれの髪だ。
急に緑と土の匂いを感じる。緊張が解けたんだ。
僕は、ゆっくりと起き上がった。でも、軽い麻痺は治っていなくて、幽鬼のようにふらふらしている。膝が笑って、崩れ落ちそうになる。
はしっと光宣くんが上半身を起こして、僕を支えてくれた。
「いたたっ」
少し人心地ついたけれど、火傷がひりひりとする。光宣くんが慌てて『治癒魔法』をかけてくれた。見た目はあまり変わらないけれど、痛みは少しだけ減った。
でも、光宣くんの焦りは減っていない…
「ねぇ、光宣くん。僕に何かできることはない?前にみたいに子供同士の悪巧みでもいいからさ」
僕は光宣くんに物凄く恩義を感じている。僕の最初の年下の友人で『家族』だ。
一高に入学出来たのも勉強や『魔法』を教えてくれたおかげだし。僕はこれでも、実戦経験は豊富だ。その僕が思うのは、光宣くんは前線よりも参謀向きだなってことだ。黒幕とかラスボスもありだ。
僕は頭もよくないから、最前線での制圧向き。
光宣くんには『魔法師』として真っ直ぐ伸びて欲しいな。僕や烈くんみたいに歪んだ木は、地面に落とす影すら歪んでしまう。もっとも、『九島』で烈くんの孫の光宣くんは、初めから歪んでいるけれど…
歪んでいるからこそ、僕ともまともに付き合える。
子供同士の悪巧みで人殺しをするのは、虫を殺すのとは違うのに、稚気が甚だしい…
「…そう、ですね。最近、また『古式魔法師』の動きが活発になっています」
「それは、僕たちが襲撃したあの一件のせい?」
「その可能性は低いですが、実は…『パラサイドール』という兵器を久さんは知っていますか?」
「うん。九校戦のとき烈くんから聞いてるよ」
少し、ウソだ。九校戦以前から、僕はその存在を知っていた。でも説明はわずらわしいので、発案者本人から聞いたことにする。
「『ドール』とその開発計画はほぼ成功しました。今は、軍が主体となって開発を続けています。『九島家』も当然、協力しているわけですが…」
『パラサイドール』の九校戦での実験は、烈くんの基準で言えば、ほぼ完璧に成功している。
ただ、僕には『パラサイドール』の強さがわからない。達也くんにかすり傷ひとつ負わせられなかったのだから。
開発のノウハウは『九島家』が持っているんだから、今後も主体は『九島』になるんだろう。今は研究所にはいないみたいだけれど…
「『ドール』の術式の開発を大陸からの亡命者に協力させたのですが、亡命者は同時に術式を狂わせて、九校戦で選手を襲わせようとしたのです。もともと選手は襲わないリミッターがあったのです」
「そんな重要な実験に身元の不明な術者を協力させたの?」
「そうですね…それは父の独断だったのですが…」
真言さんが…あの人は烈くんに対抗心があるみたいだから、独自に何か付け加えたかったのかな。そこでややこしくなったのか…
「まぁ烈くんも、わかっていて『パラサイドール』を運用したんだね」
狂わせた結果、弱くなったのかな…?『パラサイト』の狂った『声』だとそうは感じられなかったけれど…クロスカントリーの森の中の暗闘は当人たちにしかわからないからなぁ。
「その術者が研究所から逃亡したのです。術者は京都周辺の『古式魔法師』の組織がかくまっていますが、重要なのはその逃亡を手助けした者がいるのです」
「『九島』を出し抜くなんて、相当な実力者か、組織だね」
「はい。今、その術者を『九島』は追っています。どうやら、関東に向かったそうなので…」
関東といっても範囲が広いけれど、奈良がホームの『九島家』では発見は難しいかもしれない。
「関東…僕は探知系はからっきしだから、僕の出番は、そいつを見つけてからだね」
「ええ。そのときはよろしくお願いします」
僕たちは、埃まみれで、くすくすと笑いあう。人殺しをお互いなんとも思っていない。
なるほど、僕たちは、歪んでいる。
パラサイドールを狂わせた術者の逃亡を手助けしたのは、当然、周公謹です。
逃亡は九校戦のクロスカントリーの前日で、関東に戻ったところを黒羽父に襲撃を受けます。
なので、逃亡を手助けした周公謹は、またぞろ京都に向かっています。
九島烈と周公謹を探す達也との共闘はすんなり行く…みたいな流れです。
本当は今回、前半を生駒、後半を金沢にする予定でしたが、
光宣の活躍を増やしたおかげで将輝の出番がなくなりました…汗。
光宣はこの後、完全思考型CADの操作になれて、達也たちが生駒に来る頃には習熟しているのです。
将輝の活躍(?)は次回で。
お読みいただき有難うございました。