パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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久の二年生の夏休みは、長いけれど、宿題しなさいよ!


一条家

夏休みも残り1週間ほどになって、今、僕は生駒の九島家に居る。田舎に帰省中って考えると、ちょっと嬉しい。

光宣くんとの模擬戦で僕の左半身は火傷とミミズ腫れがひどいことになっている。

一高で沢木先輩に誘われてマジックアーツ部の部活を見学したことがあるけれど、練習試合のたびに十三束くんも打ち身やスリ傷だらけになっていたから、『魔法師』の試合に怪我は付き物なんだ。

ただ部活で死に至る威力の『魔法』は普通使わないけれど…

僕の怪我は薬では治せないので、光宣くんの『治療魔法』後は、『回復』に任せて、光宣くんに心配をかけないよう、痛みなんて感じていないように明るくしていた。

服さえ着替えれば、傷は、一見わからない。骨や関節まで怪我が及ばなかったのも幸いだった。こう言う時は痛みに強い、というか慣れている自分の身体と経験に感謝しないと。

模擬戦後、午後は光宣くんの案内で奈良の街を散策した。この国の歴史を全く知らない僕は、大仏の存在も仁王門も、写真ですら見た事がないから、面白いぐらいに喜んでいた。怪我なんて忘れるほどに。

ひとつに集中すると他に意識が回らなくなる悪癖も、いい方に働いている。

 

夜は光宣くんの部屋でわいわい騒ぎながら夜更かし。光宣くんが眠りに落ちた暗闇の中、僕は『回復』に専念、つまり一晩起きている。

翌朝、怪我は完治はしていないけれど、僕の顔色はすこぶる良好で、光宣くんも安心していた。

ご飯を食べて、九島邸周辺の生駒山を散歩した後、9時ごろ奈良駅までリムジンで送ってもらった。

ここから金沢の将輝くんの家に向かう。奈良から金沢まではリニアが通じているから、方向音痴の僕でも迷う事はない。

金沢駅の到着時刻を将輝くんにメールする。

光宣くんは改札入り口までついてきてくれた。

 

「次はいつ会えるかわからないけれど、いつでも連絡してね」

 

「10月の論文コンペは、今年は京都なので来られませんか?」

 

論文コンペは横浜と京都で交互に開催される。

 

「僕は一料理部員でしかないから、参加はしないと思うよ」

 

お互い笑いあって再会を約束する。交通が発達したこの時代、東京~奈良の距離は気軽に移動できるから、しんみりする事もないんだけれど。

僕は改札を通って、リニアに向かう。光宣くんは僕が視線から消えるまで見送ってくれていた。

 

僕が『戦略級魔法師』として正式公表されてから5日ほどしか経っていない。

この5日、僕の九校戦での映像はネットやテレビでも連日報道されているけれど、僕自身の情報は『一高の二年生男子』程度の、魔法協会が発表した以上の情報はない。

九校戦中継の、僕の長い黒髪の人形じみた女の子みたいな容姿は、とても高校二年生には見えないけれど、奇妙なほどに世間から好評だ。そりゃぁ、むくつけきゴリラみたいなオッサンよりは、世間受けするだろうし、深雪さんみたいに相手を萎縮させる神々しさもない。

それに、僕は自分の顔が能面みたいに無表情だと思っていたけれど、映像で見る僕は、表情がころころ変わる。嬉しそうな表情は、本当に嬉しそうだし、涙目ウルウルの顔は子犬みたいだ。

クロスカントリーの最後の泥まみれのシーンも、九島家で初めて見た。面白いほどキョトンとした雰囲気が全身から伝わってきている。光宣くんも思わず笑いをかみ殺すほどに可笑しい姿だ。

 

僕自身は全然意識していないけれど、世間は続報を期待している。

 

僕は、十文字先輩みたいな圧倒的な存在感はない。一高の制服を着ているならともかく、今の、ユニセックスな服装にキャップをかぶると、普通の小さな女の子…男の子にしか見えない。

誰も僕が『戦略級魔法師・多治見久』だなんて思わない。

奈良では九島家の護衛と感覚の鋭い光宣くんが居た。僕が、単身で金沢に行く、なんて情報は誰も知りようがない。それにリニアみたいな公共の交通機関で襲撃される可能性も低い。

僕は安心して、リニアの個室で車窓を楽しんでいた。以前みたいに九重八雲さんが現れることもなく、事故も事件も起きず、金沢駅へは一時間ほどで到着した。

 

金沢駅は、想像以上に大きかった…

ガラス張りの吹き抜けのドームは、天井アーチから夏の陽を美しく取り込んでいた。駅前の巨大なオブジェのような門は三代目で、金沢駅の象徴のように観光客を迎えていた。

その門で、将輝くんと待ち合わせをする事になっていたんだけれど、改札を出て、構内案内を確認していると、

 

「失礼します、多治見久さんではありませんか?」

 

背後からいきなり声をかけられた。

僕の進路をふさぐように女性が前に回りこんでくる。

女性は40代前半くらいの、おしゃれよりも動きやすさを重視したこざっぱりとした服装。靴もかかとの低いパンプス。女性は僕の後、改札から現れた。これにカメラを持っていれば観光客だと思うけれど、その手には大き目のノート型携帯端末にマイクのようなものを持っていた。当然、僕よりも背が高い。僕の進路から退こうとはしない。

勿論、知らない人だ。迎えは将輝くん本人が来るって言っていたから、『一条家』の使いでもなさそうだ。

僕は人見知りがちで、他人が苦手だ。見知らぬ人にいきなり声をかけられても、どう対応すれば良いか、一瞬考える。とにかく、面倒ごとはゴメンだ。

 

「多治見久さん、ですよね」

 

今度は、断定の口調。にこやかな表情だけれど、押しの強さが感じられる。

 

「違います。僕の名前は、『戦場ヶヶ原ひたぎ』です」

 

「はぁ?」

 

女性は、間抜けな声をあげた。

 

「すみません、噛みました。『戦場ヶゲ原ひたぎ』です」

 

「『ゲ』?は噛まないでしょう、わざと間違えてる?」

 

「すみません、『噛みまみた』」

 

女性は、むっとする。

 

「あなたが『戦略級魔法師』に先週認定された多治見久さんだって事は分かっているのよ」

 

女性は、魔法関係の雑誌社の記者を名乗った。名前は…覚えてない。

 

僕の住所は公表されていないし、公務でもないから行動は発表されない。成人までは基本そういう扱いだ。

公表はされていないけれど、調べることは出来る。僕の住所は一部の政治家や『ナンバーズ』は知っている。ただ自宅の周りは澪さんの護衛、国家直属の『魔法師』たちが守っていて、不用意に近づこうものなら、容赦なく尋問、拘束される。だから、自宅周辺はうろつけない。あの警備の中、僕に対話を求めてきた周公謹さんがいかに実力者かわかる。

僕に近づくなら、一高の通学路、特にキャビネットの乗換えをする駅が一番簡単だ。ただ、今は夏休みだから利用しない。

僕が『九島烈』の庇護下に居ることは多くの人が知っている。『七草家』みたいに社交的なら、魔法師に好意的な雑誌も反魔法師のメディア関係も、堂々と招かれて取材も出来る。

あまり開放的ではない『九島家』、というより『十師族』の家の周辺には色々な人物がうろついている。諜報部員、企業スパイやマスコミ。

だから『十師族』は警備をしっかりするけれど、『九島家』の関係者が奈良駅を利用する事は、駅前で張っていればすぐわかる。なにしろリムジンは目立つ。

リムジンから降りる、性別不明の子供。『十師族』の家族構成は、『四葉家』以外は、基本的に公表されている。

キャビネットみたいな個人が利用する乗り物は尾行は難しいけれど、リニアみたいな不特定多数が利用する場合は、同じ列車にさえ乗りさえすれば、尾行は容易だ。

僕は探知系はダメダメだし、尾行なんて毛ほどにも考えていない。襲ってくるなら反撃するし、容赦なく殺すけれど、一般人、マスコミ関係となると、対処のしようがわからない。

マスコミには取材は控えるように魔法協会から通達されているけれど、どこにだってそんな事お構いなしの大人はいる。

 

「金沢にはどんな用事で?一条将輝君の関係?『一条家』を訪ねてきたの?」

 

すごく、馴れ馴れしい。いや、厚かましい。

ぽつんと立ち尽くす僕に、圧し掛かるように質問をぶつけてくる女性。

駅前で、奇妙な光景だけれど、誰も気にしない。女性が熱くなるほど、僕は冷めていく。

僕は身ひとつで何も持っていない。近所を散策か買い物でもしに来た様な格好だ。周囲からは観光客が地元民に道でも尋ねているように見えているのかもしれない。

記者とは言え、一般市民だ。『魔法師』が手を出せないし、相手もそれを心得ているから図に乗る。

 

「金沢には『こよこよ』を探しに来ました。あいつは僕の所有物でありながら童女探しの旅に出てしまったんです。どこかで犯罪すれすれな事をしているんじゃないかと心配です」

 

記者の女性は、僕の言っていることがさっぱり分からない。だめだなぁ、これが九重八雲さんなら、ボケと突っ込みの軽妙なトークが繰り広げられるのに。

僕だけボケても、ボケを理解できていない人には、自分がからかわれているようにしか感じられない。二人の間に、微妙な空気が漂う。

 

「ふざけないで、私たちには知る権利があるのよ!」

 

記者はお約束のロジックを展開してくる。でも、残念ながら、『知る権利』はあっても、必ず知る事はできない。

 

「僕の名前は、『戦場ヶハラハラひたぎ』ですよ」

 

僕はこっちに近づいてくる彼に視線を向けながら、能面のような無表情で答える。

『噛みまみた』。

記者は、イライラを強めているけれど、彼に気がつかなかった。

 

 

「俺の友人に何をしているんです!」

 

ライダースーツ。赤い、ライダースーツの将輝くんのその声は、迫力と胆力があった。赤が好きなんだねぇ。

記者は、びくっと弾かれたように振り向くと、一歩後退した。将輝くんの声は、周囲の視線を集めている。

将輝くんは、十文字先輩ほどじゃないけれど、背は高く存在感がある。『魔法師』らしい優れた容姿は、それだけで相手を圧倒する。

でも記者の後退は一歩だけだった。今、僕を逃すのは、クリスマスの朝にプレゼントのお預けされるようにしょんぼりだし、お金の匂いが伴っているから、記者はしつこくまとわりつく。

 

「貴方は…一条将輝君ね。九校戦で多治見久君と勝負した。目の前で『戦略級魔法』を使われた気持ちを聞かせて欲しいんだけれど」

 

記者はわざと将輝くんの気分を害しようとしているのか、変な質問と共にマイクを向ける。

将輝くんの目が、一瞬、ぴくって動いた。ここで感情を荒げて言い返せば、記者の思う壺だ。

でも、将輝くんは、記者の質問を完全に黙殺、無視して、

 

「遅れてすまなかったな、行こうか」

 

って、僕の手を掴むと、さっさと歩き出した。片手に、フルフェイスのヘルメットを持っている。それも赤い。

ヘルメットを片手でかぶると、道路に止められていた大きなバイクの前に立つ。シートボックスから予備の、少し小さめのヘルメットを取り出した。

 

「ここは駐車禁止なんでな、すぐに出すからかぶってくれ」

 

「うん」

 

背後から記者の「待ってよ」って声が聞こえる。

僕はキャップを将輝くんに手渡す。キャップを、それでも丁寧にボックスの中に入れると、颯爽とバイクにまたがる将輝くん。

僕もヘルメットをかぶって、将輝くんの肩を駆りながら、タンデムシートに腰を下ろす。ステップにちゃんと足を置いたけれど、身体が安定しない。

 

「俺の腰を掴むか、シートのグラブバーを握ると安定するぞ、飛ばすから、腰を掴んだ方がいいな」

 

「こう?」

 

僕は将輝くんの逞しい身体を抱きしめるように自分の腕を回して、スーツの横っ腹をぐって握る。怪我が少し痛いけれど、我慢。

僕が安定したのを背中で判断して「出すぞ」って声をかける。

 

「俺の動きに合わせて、身体を傾けろよ、最初は戸惑うだろうが、すぐ慣れる」

 

スタートボタンを押すとブンブンと大きなエンジン音がしてちょっと驚いた。ゆっくり動き出したバイクは、すぐにぐんっと加速をした。

 

「おおぉ!」

 

意外なパワーに、心が躍る。バイクはあっという間に、もちろん法定速度を守りながら、金沢駅を遠くにした。

 

「バイクって初めて乗るけど、楽しいね。車とは全然違う」

 

将輝くんのスーツは身体に密着している。僕のシャツは風圧でばたばたと音をたてている。顔はフルフェイスのヘルメットだから風は感じられないけれど、髪が後ろに引っ張られる。

 

「ヘルメットは安全面重視だ。通気性が悪いのは…我慢だな」

 

カーブを曲がるときのバイクの傾き、重力と遠心力も楽しい。遊園地の遊具ってこんな感じなのかな?

僕はさっきの記者の事なんてすっかり忘れて楽しんでいた。

 

「久、左手の力が弱いが…怪我でもしているのか?」

 

将輝くんは前を向いたまま、すぐに気がついた。

僕は光宣くんとの模擬戦で怪我をしているから、左腕には力が入らない。右手の方に力がこもっている。

 

「うん、でも平気。それよりも二人乗りはいつもしているの?」

 

「いや、他人を乗せたのは初めてだな」

 

「他人?ジョージくんは乗らないの?」

 

「おいおい、男二人が寄り添うってのは勘弁だぞ」

 

ん?僕も男の子なんだけれど。

 

「将輝くんはもてるよね。彼女とか、女の子は…」

 

「…女の子を乗せたことは…ある!(妹だが)」

 

ん?最後のほうは風とエンジン音でよく聞こえなかった。将輝くんがバイクを加速する。僕は身体に速度と風を感じながら、将輝くんの身体をしっかりと掴んでいた。

バイクは郊外を走っていた。何となく見覚えのある建物群があった。僕の視線がそっちに向いたことに気づいて、

 

「あれは三高だ」

 

と、将輝が短く言った。説明は不要、と言う事だ。同じ国策の高校で生徒数も同じだから、規模も作りも似ている。一高は裏が人工の雑木林だけれど、三高は小さな山になっていた。

一条邸は、三高から2キロくらいの場所にあって、登校は毎日徒歩だって。

近くて良いねって言ったら、雪の日は大変だがなって。そうか、今年の東京は降らなかったけれど、北陸は雪が降るんだ。

今は夏休みだから、付近に三高生はいない。でも、将輝くんの赤いバイクは目立つ。私服の若者がちらちらと視線を向けて来るけれど、視線に慣れているのか将輝くんは気にしていない。

 

その後、夏休み期間中に将輝くんが女の子とツーリングしていたって言う噂が、三高に流れるんだけれど、勿論、僕のあずかり知るところではない。

 

一条邸は七草家に比べると、普通の大きなお家だった。僕の自宅より少し大きいくらい。でも庭があるから、その分敷地は広い。

将輝くんが少し、バイクの速度を落とした。フルフェイスで隠れた視線を雑木林に向ける。雑木林に人影があった。将輝くんが頷くと、人影も頷いたみたいだ。

 

「警備の人?」

 

「ああ、北陸は海岸線が広いからな。大陸の工作員がいつ侵入してくるか分からない。俺や親父は、構わないんだが、妹や母の身は護らないとな」

 

4年前、佐渡島で外国の軍隊と戦闘があった。その時の活躍で将輝くんは、魔法師界に広く名前が知られるようになったんだって。

 

「うん、大事な人は自分たちの力で護らないといけないからね」

 

「そうだな」

 

戦場を経験している二人を乗せたバイクは、ゆっくりと一条邸の玄関に向かう。

 

一条家の家風は、質実剛健、合理性を求めて、自分で出来ることは自分でする、だそうだ。

だから、一条邸にはお手伝いさんは一切いなくて人が必要な時には、地元の協力で人を集めるんだって。なるほど、海の男の剛毅さんらしい。

お母さんの美登里さんが世話焼きと言う事も一因だそうだけれど、その剛毅さんはお仕事で、夕方に帰ってくるって。

広い玄関に美登里さんと、将輝くんの妹さん二人、中学1年生の茜さんに、小学4年生の瑠璃さん。その後ろに、遠慮がちにジョージくんがいた。私服のジョージくんは初めてだ。

そういえば、将輝くんのライダースーツは氷倒しの時のと同じスーツだ…勝負服?

 

玄関で僕は靴を履いたまま、土間に立って丁寧に頭を下げる。

 

「こんにちは、多治見久です。久と呼んでください。本日はよろしくお願いします」

 

今日は『戦略級魔法師・多治見久』ではなく、将輝くんの友人と言う立場でお邪魔しているから、それほど堅苦しい挨拶は抜きだ。

美登里さんは、見るからに温かな雰囲気の持ち主だ。

茜さんは中一で、魔法師の世界への入り口に立とうとしている年齢だから、僕の事は知っている。

でも妹の瑠璃さんは、幼いからまだ良くわからない年齢だ。だから、

 

「えぇと、たじ…久さんは、本当に男の人?」

 

と長い黒髪の僕に尋ねてくる。

 

「おっおい、瑠璃っ!」

 

将輝くんが慌てるけれど、僕は女男扱いに慣れているから気にしない。ちょっとしゃがんで瑠璃さんの視線の高さにあわせて、

 

「はじめまして、瑠璃さん。僕はこれでも男の子なんだ。お兄さんと同じ高校二年生なんだよ」

 

にっこりと笑う。瑠璃さんがぼーっと僕を見つめ返してくる。

 

「お兄ちゃんより、素敵だ…」

 

「ん?そう?僕は将輝くんみたいに男らしい方がいいけどなぁ」

 

これくらいの女の子は男らしさよりも、王子様的な中性が好みなのかもしれないけれど、

 

「あたしも兄さんより、久さんの方がお兄さんに欲しい!」

 

急に茜さんも言い出す。中学一年生の女の子には高校生男子は近づきにくいのかも。そのわりに茜さんはジョージくんの側に立っている。私服のジョージくんは、ちょっと中学生みたいだ。

 

「何っ!?茜、お前の兄は俺一人居れば十分だろう!」

 

「将輝くんは…慕われてないの?」

 

がーんって音が将輝くんの頭の中から聞こえて来た気がする。

 

「まぁまぁ、久君、まずは上がってちょうだい。荷物は…あら?キャップだけ?」

 

「あ、はい、キャップと、このシュシュくらいです。将輝くんが身一つで来て構わないって言っていたので…」

 

くるりと四人に背を向けると、黒髪を束ねる可愛い青い色のシュシュが左右に揺れる。妹二人は可愛いーって喜んでくれる。

 

「本当に身一つで来るとは思わなかったが…」

 

僕は完全思考型デバイスを、首にかけてシャツの下に、指輪型CADを右手薬指に、財布がわりの携帯端末をポケットに入れて、それくらいしか荷物がない。

 

「寝巻きや下着類はお客様用のがあるから大丈夫。下着は…女性物?」

 

「男性物で、お願いします」

 

「二人とも麦茶が冷えているわよ」って、くすっと笑う美登里さん。なんだかこの玄関でのやり取りだけで、この家の明るさと賑やかさが伝わってくる。これまで会った『十師族』の中で、ここまで家庭的な家は初めてだ。

 

 

将輝くんの部屋は六畳間の洋室だった。ベッドやクローゼットは壁に収納されていて、勉強机と本棚だけの部屋だけれど、『十師族』の時期当主の部屋にしては、恐ろしく狭い。僕の勉強部屋と同じ広さだ。

僕とジョージくんは小柄だけれど、三人いると、かなり窮屈だ。三人の距離が妙に近い。将輝くんは手早く私服に着替えている。

 

「将輝くん、さっきは有難うね。マスコミの人に声をかけられるなんて想定していなくて…」

 

「まぁ、そりゃそうだ。俺だって、地元のテレビ局の取材だって受けたことない」

 

将輝くんは2年連続、氷倒しで優勝しているのに。『魔法師』の世界は、世間から少し距離がある。

怪訝な表情のジョージくんに、将輝くんがさっき金沢駅であった事を説明してくれる。

 

「『戦略級魔法師』の取材は自粛要請が出ているけれど、多治見君は時の人だからね…まぁ気持ちは分かるけどね」

 

「僕の事を知っても、たいして面白くはないけどなぁ」

 

「面白いというか、報道的にはアイドル扱いだがな」

 

少なくとも、見た目は美少女…いや、男の娘だ。…うぅ。

 

「魔法協会も、『魔法師』のイメージアップに役立つと考えているのかもね」

 

「冗談じゃないよ、ただでさえ僕は人見知りだし、引きこもりなんだから。学校と家の往復しか普段はしないし、金沢も初めて来るんだよ」

 

「あぁ、それなんだ、少し迎えが遅れたのは。久を観光地に案内しようかと思っていたんだが、俺は定番で良いと思うんだが、妹たちがお洒落なところに連れて行けって、迎えに行く前に言い争いになってな」

 

「多治見君は、東京に住んでいるんだから、お洒落なところには興味がないと僕も思うけれど」

 

「お洒落も何も、一高のある八王子と自宅の練馬の往復以外で出かけた事は…深雪さんに誘われて行った買い物…くらいで、後はネットで買っているし…」

 

『深雪さん』のワードに将輝くんが反応した。少し身を乗り出す。

 

「そういえば、久は司波深雪さんと同じクラスなんだよな」

 

「うん、一年も二年も、隣の席だよ」

 

「そっそれは、なんとも羨ましいな…学校での司波さんは、どんな感じなんだ?」

 

将輝くんは深雪さんに好意を寄せているんだよね。まぁ深雪さんに好意を寄せない男子はいないと思うけれど。僕にとっては深雪さんは達也くんの一部、同じ意識を持つ存在。好意よりは敬意を向ける対象かな。

深雪さんは、クラスではいい意味でも悪い意味でも、孤高だ。いつも絶やさない微笑は、仮面だってことに僕は気がついている。それは雫さんやほのかさんに向けても同じだ。

真に打ち解けて会話のできる人物が、深雪さんにはいない。達也くんにさえ言えない何かを秘めているみたいだけれど…

深雪さんの僕に向ける感情も、なかなか難しい。僕が『真夜お母様』と親しいとわかった去年の四葉家での出会い以降、少し遠慮がある。とくに僕が『真夜お母様』の話をすると、水波ちゃんともども目に見えて萎縮する。

まぁ、そんな事は将輝くんには言えないから、凛として、授業中の姿勢はすごく綺麗なんだよって、無難な話をする。

 

「そういえば、多治見君は司波深雪さんに似ているね」

 

ジョージくんの何気ない一言に、将輝くんは過剰に反応した。

 

「そうなんだよ!だから俺は、普段誰も乗せないバイクの後ろに久を乗せてバーチャル…あっいやなんでもない」

 

「『魔法師』は遺伝的に容姿が似通う場合があるみたいだよ…僕は深雪さんみたいに人を引きつけるような神々しさは欠片もないけれどね」

 

僕の遺伝子がこの国の『魔法師』開発の原点とも言えない。

 

「しっ、司波さんは、たしかに、天女の化身…ごほん。そんな司波さんには言い寄ってくる男は多いんだろうな?」

 

窺うような、呟くような将輝くんの質問に、

 

「声をかけようとする男子は多いけれど、実際に声をかける人はあまりいないね。綺麗すぎて萎縮しちゃうみたいなんだ」

 

「それは、僕にもわかるなぁ。高嶺の花すぎて、僕だって声はかけられないよ」

 

「それに、達也くんと言うラスボスが門番しているから、そもそも近づけないよ」

 

「司波か…」

 

将輝くんが渋い顔になる。

 

「司波君といえば『戦略級魔法・光の紅玉』の魔法式を見たけれど、あれはすごいね。あんな簡単な魔法式でアレだけの『魔法』を発動できるんだから」

 

「あれでも、かなり無駄があるんだけれどね。無駄と言うより、インパクトを重視してあるから、本当の『光の紅玉』はもっとシンプルで威力もあるし」

 

「公表されている魔法式は…そうだね、九校戦仕様なのか。抑止力としての『戦略級魔法』は視覚が重要だから」

 

「実際の戦場では、赤い色をつける意味はないからな」

 

『戦略級魔法』と言えば…

 

「そうだ、将輝くん、改めてゴメンね」

 

僕は将輝くんに頭を下げる。

 

「僕が将輝くん相手に『光の紅玉(ルビー)』を使ったせいで、さっきの記者みたいな人が意地悪な質問してくるし…」

 

「俺は気にしていないから、久も気にするな。それよりも、どこに出かける?久はリクエストはあるか?」

 

時刻はまだお昼前。金沢観光に出かけるにはそろそろ行かないと。

 

「僕は観光地とか知らなくて、石川県と言えば、甘エビかノドグロかズワイカニ…」

 

僕は料理部だから、食材の事はそれなりに詳しい。食い意地がはっている事は自覚している。

 

「食べ物ばかりだな。しかも高いのばかり。だがそれは全部、旬は冬だぞ」

 

「えぇ!?」

 

がーん!今度は僕の脳内で音がした。もう、どこにでも連れて行って。

お昼ごはんは適当にすませたけれど、夕食は美登里さんが手料理を準備してくれるって。

僕も手伝おうとする、例の癖が出そうになるのを、お客さんだからとやんわりと断られた…

午後、将輝くんとジョージくんとコミューターで金沢の街を移動する。

とは言え、奈良の大仏に大興奮するような僕は、お城でもお庭でもいちいち喜ぶ。あまりの喜び具合に地元民が照れるくらいに。

 

夏の長い陽が沈む頃、剛毅さんも僕たちも一条邸に帰宅した。五人家族にジョージくんと僕で、団欒のお食事をする。

しょうゆをとってくれとか、好き嫌いするんじゃありませんとか、すごく楽しい、普通の食卓だった。

僕も微笑みが絶えない。ただ、ジョージくんはちょっと居心地が悪そうだった。

食後、将輝くんの部屋でくつろいでいて、将輝くんがお手洗いにと席を外して、ジョージくんと二人になった時、ふとその事を尋ねてみると、恩義や家族への羨望なんかの複雑な感情を簡単に語ってくれた。

 

「僕も、その気持ちはわかる…かな」

 

「多治見君が?」

 

上辺だけの言葉じゃ許さないよって、鈍い視線が向けられる。

僕の今の環境は、かなり恵まれている。超越している魔法力、後見に『九島』と『五輪』、将来は『戦略級魔法師』として経済的にはなんの心配もない。

 

「僕は、孤児なんだ」

 

「え?」

 

「僕には本当の家族がいない。名前だって便宜上つけられた適当な名前だ。三歳以前の記憶はないし、それ以降もまともじゃなかった。だから将輝くんの幸せな家庭は憧れるな」

 

ジョージくんは姿勢を正して、僕の話を聞いている。

 

「憧れるけれど、羨ましくはないかな。今の僕はこれまでの僕の選択で出来た結果だもの。達也くんや澪さんたちに出会えたのも、今の自分だからね」

 

「多治見君は…強いんだね」

 

「わかんないよ」

 

ジョージくんはそこまで割り切れないようだ。ちょっとしんみりする二人。

 

廊下から、剛毅さんと将輝くんの声が聞こえてくる。少し言い争いをしている。ジョージくんを見ると、「またか」って呟いている。

ちょっと乱暴なノックのあと、親子が入ってくる。

剛毅さんは、ほろ酔いな雰囲気だ。夕食後、晩酌でもしたのかな?

 

「多治見君は、麻雀はできるかな?」

 

唐突な質問に、とまどう。将輝くんとジョージくんは深いため息をついていた。

 

「麻雀はやったことはないんです。でも興味はあるんですよ、麻雀のコミックスは沢山読みましたし、ルールだけは知っています。一高に麻雀部がなかったから、僕は料理部に入部したんですよ」

 

僕の名前のモデルは清澄高校麻雀部の人たらし部長・竹井久からとられているし。

 

「じゃぁ、やってみないかい?男子が四人いたら、麻雀だぞぅ。大学に入学したらこれで人生を狂わすヤツが出るくらいだ」

 

将輝くんとジョージくんが、頼むから断ってくれって、物凄い眼力でメッセージを送ってくる。

 

「本当ですか、お願いします!」

 

麻雀に興味はあったけれど、一高ではする機会が全くなかった。剛毅さんは、もうご機嫌だ。

将輝くんが「なんで了承したんだ、親父の麻雀は無敵な上に徹夜になるんだぞ!」と文句を言ってくるけれど、どうせ僕は眠らないから、ばっち来いだ。

 

徹夜の麻雀は、最初僕は負けまくっていた。牌に触るのも初めてだったから。

将輝くんとジョージくんは文句を言いつつも勝負となると真剣だ。なにしろ二人とも頭が良い。僕が安易に捨てる牌で三人はどんどんロンする。断トツの最下位。

でも、僕には悪待ち『久』の名前と、『清澄の悪魔』と同じ方向音痴のスキル(?)を持っている。

このSSで五輪澪さんのビジュアルは人外プロ生涯無敗『小鍛治健夜・すこやん』の姿を借りている。あの『阿知賀のレジェンド』に10年ものトラウマを与えた人物と生活を共にしているのだ。

天使は努力する者に微笑む。しかし、悪魔が微笑むのは、面白い方だ。

 

空が白み始める頃、ラス親の僕はだいぶ負けを取り返していた。点数差は絶望的に負けていた。

僕はトップ独走の剛毅さんの捨てた八索を…

 

「槓っ!」

 

「ん?」

 

「槓っ!」

 

「何っ?」

 

「もいっこ、槓っ!」

 

「馬鹿なっ!」

 

「ツモ。緑一色、四槓子。親のダブル役満で96、000点です」

 

嶺上牌ツモ。剛毅さんの責任払いで、勝負は、僕の大逆転勝ちだった。一高の黒い悪魔誕生の瞬間だった。

何の役にも立たないスキルだけれど、少なくとも大学で人生を狂わすことはないかな。

 




このSSのアニメネタは『物語シリーズ』と『咲』が多いですね。
今月も物語シリーズを録画保存していない2期以外のテレビ全話を見直しちゃいました。
『咲』は地方大会のキャラデザインが好きです。全国編も好きです。
ただ、このSSの作者は麻雀の役は覚えきれないお馬鹿さんです。
最後の麻雀のシーンは間違ってるかも知れません…『咲』にはダブル役満はないし…
そんなオカルトあり得ません!!
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