パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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カーチェイスは難しい。


パパラッチ

徹夜の麻雀大会は僕の大逆転勝利で終わり、四角い宇宙を囲む剛毅さんと将輝くん、ジョージくんは燃え尽きていた…

時刻は、朝の五時。三人は全自動卓の座椅子に腰掛けたまま、寝息を立てている。

いくら夏だからってそのままだと風邪を引いちゃうよ。何かタオルケットでもと思うけれど、ここは一条家なので、どこにあるか分からない。

麻雀卓のある遊戯スペースには、ビリヤード台や折りたたまれた卓球台なんかがある。タオルになるようなものがどこかの収納にあるかな…

 

僕は一人ダイニングに向かった。麻雀中は飲み物はあったけれど、今はすっかり飲み干している。お水でもいただこうか…ん?台所から炊事の音が聞こえる。こんな早い時間に?

 

「おはようございます、美登里さん」

 

「あら、久君おはよう」

 

エプロン姿の美登里さんが、朝食の準備をしていた。

僕が事情を説明すると、美登里さんはあらあらっと言いながら、将輝くんたちを寝室に移動させるために叩き起こして来るって。

 

「えっでも、寝てるのを起こすのは…」

 

「いつものことだから、久君は何か飲み物でも飲んでゆっくりしていて。お腹空いたでしょう、ごめんなさいね徹夜でつき合わせちゃって…って久君は眠くないの?」

 

「はい、僕はあまり寝なくても良い体質なんです」

 

「…そう」

 

美登里さんは複雑な表情になる。

魔法師の体質はいろいろある事を、美登里さんは当然知っている。

 

徹夜の麻雀は楽しかったな。麻雀がというより、みんなの人柄が楽しかったんだなと思う。

一高のいつもの友人たちは、全員それぞれ事情を抱えているせいか、心を許すということがない。どこか壁がある。一番高い壁は達也くんと深雪さんだ。四葉家の一族と言う事を隠している。四葉家が、一族が誘拐や事件に巻き込まれる事をひどく警戒している事は理解できるけれど。まぁ誰だって秘密を抱えている。僕だってそうだ。

そんな事をぼぅと考えながら僕は、ダイニングの椅子に腰掛けて、美登里さんが冷蔵庫から出してくれた冷えた麦茶を飲んでいた。

不意に、デニムのポケットに入れていた携帯端末が、メールの着信を知らせるメロディを奏でた。こんな早朝に、誰だろうとディスプレイを確認する。

意外な人物からだった。内容を確認する。麦茶をごくりと飲む。

 

リビングのドアが開いて、まだ眠気まなこの将輝くんが入ってきた。

 

「ふぁ、親父と麻雀をすると、いつもこうなるんだ。久も金沢まで来て、悪かったな朝までつき合わせてしまって」

 

携帯から視線を上げる。本当に申し訳なさそうな表情をしている。

 

「うぅん、僕からお願いしたんだし、すごく楽しかったよ」

 

「親父も歳を考えろって言いたいぜ。ジョージはあのままベッドに直行だが、久は…平気そうだな」

 

「うん、僕は体力はないけれど、徹夜は全然平気なんだ」

 

「…そうか。ん?誰かと電話をしていたのか?」

 

僕の手にある携帯端末がオンになっていることに目ざとく気がついた。まだ朝の5時半だ。電話をするにはまだ早い。

 

「うん、メールが来ていてね。実は、昨日のあの記者から僕が金沢にいる情報が広まったみたいで、他のメディアが金沢駅に集まってきているんだって」

 

「あの女が?自粛要請を守る気はないみたいだな」

 

「将輝くんと一緒にいたから、一条邸の周りにも記者たちが来るかも…」

 

一条邸は公表されている。

 

「昨日、いつも僕の警備をしてくれている会社に連絡を入れておいたんだ。車の準備をしておいてって。そうしたら、電車だと混乱が起きるから、迎えの車をここの近くまで寄越しているって、メールがあったんだ」

 

「手早いな、東京からだろう?」

 

「うん、すごく頼りになるんだ。僕に『ドロウレス』を教えてくれた二人なんだよ」

 

「…それは、確かに優秀だな」

 

苦笑いの将輝くん。九校戦の氷倒しで、僕が将輝くんに先んじたのは『ドロウレス』のおかげだ。僕はディスプレイを地図モードにすると、待ち合わせに指定された座標を将輝くんに見せる。

 

「そこなら、すぐ北陸道に入れるな。飛騨、松本、甲府を通過して、東京か…5時間はかかるな」

 

甲府?地図を確認すると、中央道に小淵沢インターチェンジがあった。小淵沢。四葉家に行ったとき利用した駅のある場所だ。

 

「今すぐ出るのか?」

 

将輝くんの眠気と身体は一気に覚めたようだ。気力が充溢してくる。

 

「うん、皆には挨拶できないけれど、記者にこの家の周りをうろつかれるのも迷惑だしね」

 

「そうだな、家の敷地内には入ってこないだろうが、警備と一悶着ありそうだ」

 

僕は荷物はないので、将輝くんが部屋で着替えている間、剛毅さんや茜さんたちは寝たままで挨拶は出来ないから、美登里さんに簡単に事情を説明をしておく。

慌しい出発になったけれど、再訪を約束して、ヘルメットをかぶると将輝くんのバイクのタンデムシートに飛び乗った。

 

一条邸から二人乗りの赤いバイクが軽快なエンジン音をたてて走っていく。朝の静けさに、ちょっと迷惑なエンジン音だ。

 

「ああっ!」

 

一条邸に向かう道の建物の影に、隠れるように立っていた女性が、大きな声を上げた。バイクは女性を無視して、一気に加速する。振り向くと、携帯端末で何かやり取りしている。

 

「今の、昨日の記者の人だったよね」

 

「ああ、どうやら一晩張り込みしていたみたいだな」

 

「芸能レポーターみたいだね」

 

「ある意味、今の久は国民的アイドルだからな。それも謎のアイドルだ」

 

「プライバシーをなくす事はある程度覚悟していたから良いけれど…アイドル扱い?珍獣の間違いじゃないの?」

 

僕の情報は『魔法科高校二年、男子』しか発表されていない。人となりも不明だ。マスコミ的にはどんな情報でも良い、それが『戦略級魔法師』の醜聞なら、なお良い。反魔法師のメディアには絶好のネタになるし、魔法界全体の汚点にもなると思う。『戦略級魔法師』は『魔法師』の象徴だからめったなことはできない。引きこもり…まぁそうなるよね。

 

「皆、そんなに僕の事を知りたいのかなぁ?」

 

「ハロウィンの『戦略級魔法師』の情報が、その後まったくないからな。マスコミ的には久の情報は喉から手が出るほど欲しいだろう。自粛要請は出ているが、今後も気をつけろよ」

 

自宅周辺は安全だけれど、遠出している今の状況は、マスコミ的にも千載一遇のチャンスだ。

バイクは狭い県道を快調に走行している。僕も二度目だし、左手も治りつつあるから、将輝くんを掴む手にも力が入っている。それにしても朝っぱらから…

 

「あははっ」

 

「どうした急に?」

 

「なんだか追っ手からの逃避行なんて、映画かドラマのワンシーンみたいだ。僕が女の子なら将輝くんはヒーローだね」

 

「そうだな、久が司波さんなら俺も…おっと」

 

深雪さんなら確かにヒロインだ。でもその時、バイクの運転をしているのは100パーセント達也くんだ。

 

「ん?あれか?」

 

田舎の道路には不似合いな、黒い大きなリムジンが停まっていた。

 

「うん、あれだ…ね」

 

僕は思わずヘルメットの中で苦笑する。リムジンは、確かに防御力が高いから『十師族』御用達の車種だけれど、あのバランスを欠いた寸胴のボディは田舎道にはすごい違和感だ。

将輝くんがリムジンの後ろにバイクを止めて、僕はゆっくりと降りる。ヘルメットを脱いで、手渡す。将輝くんもヘルメットを脱いだ。

 

「ありがとう将輝くん、なんだか慌しかったけれど、すごく楽しかった」

 

「そうか?俺としては、家族がみんな馬鹿で恥ずかしかっただけだぞ」

 

自分の素の家族を友人に見られれば、思春期の男子には恥ずかしい限りだ。

 

「あはは、皆によろしくね。ジョージくんにも。また来ても良い?」

 

「ああ、いつでも来い」

 

「じゃぁ、次は冬に来て、エビとノドグロとカニを将輝くんにご馳走してもらうよ」

 

「俺の小遣いの範囲で頼むぜ…」

 

ちょっと情けない顔の将輝くんのライダーグローブのままの手とがっしり握手をする。手を放すと、リムジンの後部ドアが音もなく開いた。内側から開いたみたい。

 

「じゃぁ、またね将輝くん」

 

僕は車内をちらっと確認する。黒いフリフリの服を着た女の子(?)が二人姿勢正しく座っている。不審人物じゃないけれど、怪しい二人ではあるなぁ。

 

僕を乗せたリムジンが走り出す。

黒塗りの窓からは確認できないけれど、僕が去るのを確認して、ヘルメットをかぶり直した将輝くんは、バイクを再スタートさせる。

その姿は颯爽としていて、すごく格好が良い、はずだ。タンデムシートに深雪さんを乗せる妄想は、妄想の中だけにしておいた方が無難だよ。

 

 

「お久しぶりですわね、久様。いえ、『戦略級魔法師・多治見久様』とお呼びした方がよろしいかしら」

 

リムジンの柔らかい座席に、僕が身を沈めると、隣に座る黒羽亜夜子さんは、いつもの演技がかった口調で話しかけてきた。なんだか、小憎らしいな…

 

「うーん、僕の事はこれまでどおり『空条承太郎』って呼んでくれて良いんだよ」

 

「誰が『ジョジョ』ですか、オラオララッシュで殴りますよ!」

 

うぉ!亜夜子さんがツッコミをしてきた!

 

「やれやれですわ…こほん。九校戦以来ですわね、久様」

 

「お久しぶりです久様。久様は九校戦以降、周囲が慌しいですね」

 

文弥くんは、今日は喋りが男の子だ。服装は、女の子だけれど…やっぱり僕と違って女の子の格好をしていても男の子だなって思う。もう1~2年もしたら筋肉もついて女装なんて無理になりそうだ。

 

「うん、有難う二人とも。正直、マスコミってどう対処すればいいか分からなくて、困っていたんだ」

 

「いずれは、マスコミ対応もしなくてはいけないでしょうが、それは成人してからと言うお話でしたものね」

 

「『ルール無用の悪党に正義のパンチをぶちかます』、訳にはいかないものねぇ」

 

…あれ?無反応だ。『タイガーマスク』のOPは…うぅむ、双子には意味不明か…

僕にメールを送信して来たのは、将輝くんには警備の人って説明したけれど、黒羽亜夜子さんと文弥くんだった。双子が来たって事は、

 

「これは『真夜お母様』が寄越してくれたの?」

 

「はい、御当主からの命令です。僕たちも、このあたりで任務にあたっていて、報告に戻るところでしたので、ついで、と言っては失礼ですが」

 

任務…何だろうって思ったけれど、それは二人の領分で答えられないだろうから聞かないでいる。二人は高校生なのに、大変だな。九校戦が終わって間もないのに…宿題はちゃんとやっているのだろうか。

 

人の事を心配している場合ではない。

 

今、僕の脳内で『キートン山田』さんのナレーションが聞こえた。ごもっともです。

 

「じゃぁ、四葉家に僕も行って良いの?」

 

「はい、御当主もお待ちしているそうです」

 

『真夜お母様』に会える、と考えると、僕の気分は高揚した。けっして徹夜マージャンでハイになっているわけではない。

 

将輝くんの指摘どおり、甲府までは有料道路と一般道を使って、5時間はかかるって。

それまでどうやって時間を潰そうかな…と考えていたら、二人は携帯端末で、もくもくと宿題を始めた。

 

「えっ?宿題しているの?」

 

「はい、何かと遠出する機会が多いので、移動中は宿題や勉強をしているんです」

 

なんて真面目なんだ。僕は感心する。でも、二人とももっとトークを楽しもうよ…めったに会えないんだから。僕だけ宿題やっていないなんて、恥ずかしいよ。

窓も真っ黒で外が見えないし…暇だ。

あぁもう、亜夜子さんをずっと見ていよう。隣の座席の亜夜子さんは真剣に勉強している。真剣な顔も可愛いな。僕は座席にゆったり腰掛けて、首だけを横に向けて、じーっと亜夜子さんの横顔をみつめる。じー。

亜夜子さんは僕の視線に気がついたけれど、あえて無視を決め込んでいた。でも、僕の眼力に5分と耐えられなかった。可愛い顔に汗がにじむ…ぷはーっと息を吐くと、

 

「ちょっと、久様…久様がそうやって見つめてくると、物凄い圧力がかかるんですの…やめてくださるかしら…」

 

苦情を申し立ててくる。

 

「ごめんなさい。だって、暇なんだもの…」

 

「私を暇潰しの相手にしないでください。暇なら、寝ていれば良いんですよ」

 

「じゃぁ手をつないでいてくれる?」

 

「はあぁ?」

 

「僕はひとりじゃ眠れないし…」

 

「子供ですか!残念ながら両手は塞がっていますの」

 

左手にタブレットを持ち右手をちょいちょい動かして、塞がりアピールをする亜夜子さん。

 

「じゃぁ膝枕して」

 

「はっあああ?馬鹿じゃないんですか!」

 

「でも、四葉家に行ったとき『真夜お母様』は膝枕も添い寝もしてくれたよ」

 

「そっそれとこれとは、別ですわっ!」

 

「じゃぁ文弥くんに膝まくr…」

 

「断ります!」

 

「ふえーん、亜夜子さぁん、文弥くんがつれないよぉ」

 

「こっこら抱きついてこないでくださるっ!わっ馬鹿、馬鹿馬鹿っ!そんな子犬みたいな目をしても…うぅ…だめですよ!」

 

亜夜子さんが僕の頭をぐりぐり押し返してくる。文弥くんも勉強をやめて笑っていた。

あはは、楽しい。そんなじゃれ合いをしながら、3時間ほど経過した。車はうねうねとした山道の一般道から、ふたたび高速道路に入った。振動が減って、いかにもリムジンが安定して走っている。亜夜子さんとの死闘に勝った僕は、亜夜子さんの太ももを無事ゲットしていた。

亜夜子さんも騒がれるよりは、この方が大人しくなると考えて、静かに宿題をしていたけれど、本来柔らかいはずの太ももは、かちこちに硬直していた。

僕が身じろぎするたびに、びくっとする。宿題に集中できていない。

 

「ちょっと、久様!ごそごそ動かないでください!あっちを向いてください!」

 

左腕は、まだ完治していないから、仰向けか、右に向きたいんだけれど、右は亜夜子さんのお腹になる。

 

「あっ、ごめんね。左腕はちょっと怪我していて…」

 

「怪我って、またですか、どれだけ怪我率が高いんですの!」

 

子供相手に張り合うのも無駄だと悟った亜夜子さんの太ももから力が抜けた。僕は仰向けに静かに眼を瞑っている。そのまま、うとうととまどろみ始める。

 

「まったく、本当に子供ですわね!歳相応に落ち着いてください…上級生には見えませんが」

 

「でも、そうやって黙っていると、深雪さんを膝枕しているみたいだね」

 

「深雪さんが、こんな行儀の悪いこと…あっでも達也さんと…むぅ」

 

ん?また少し、枕が硬くなったような…

 

 

ポーン!

 

リムジンの車内にドライバーからの連絡を知らせるフォーンが鳴った。

その音は、非常時に使われるものでもあったのか、双子の雰囲気が、ぴりっと締まった。僕も、ぱっと眼が覚める。

文弥くんがサイドボードのパネルを操作する。

 

「ヨル様、ヤミ様、不審なトレーラーが近づいてきます」

 

「不審?」

 

ドライバーの警告に、今度は亜夜子さんが別のパネルを操作する。遮光フィルターで黒かった窓が、ぱっと透明になった。高速道路の防音壁と中央分離帯、遠くに山々と言う景色がはっきりと見えるようになる。

リムジンの後方から、大型のトレーラーが近づいてくる。

平ボディー型で海上コンテナを載せたタイプの、どうと言う事のない、普通のトレーラーに見えるけれど…

 

「あのコンテナは…まさか」

 

「直江津港にあったのと同じ色だ。ローゼンが秘密裏に入港させたコンテナかも」

 

ローゼン?秘密裏?何の話だろう。二人は何を調べていたのかな。

文弥くんが端末を操作する。

 

「やっぱり、反応があるよ。あれはローゼンのコンテナだ」

 

そのコンテナには発信機が取り付けられているみたいだ。

 

「追手!?まさか…私の『極散』が通用しなかったの?」

 

『極散』がどう言う『魔法』かは僕にはわからないけれど、それは隠密や潜入に有利な、亜夜子さんの得意の『魔法』なんだろう。かなり動揺している。二人を追ってきた?

いや…違うな…目的は…

 

「目的は、僕だ」

 

「え?」

 

「どういう事ですの?」

 

高速道路は二車線の緩やかな下り坂で、やや左にカーブしている。リムジンは左側を、トレーラーは右車線を物凄い速度で走っている。右車線は追い越し車線だから、特に問題はないはずだけれど、異様なのはそのスピードだ。法定速度をオーバーしている。

自動運転や物流が発達したこの時代に暴走するようなスピードは、確かに不審だ。

二台の距離はどんどんと狭まる。そのトレーラーには何の広告も社名も書かれていない。トレーラーの運転席には二人、男がいる。ん?西洋人かな。助手席の男が手に何か持っている。

金属製の…鈍い光を放つ…拳銃のようなモノ。

 

「CADだっ!」

 

「CADですわっ!」

 

文弥くんと亜夜子さんが同時に叫んだ。トレーラーの男は助手席の窓を開けると、ぬっと手を出して拳銃型CADをこちらに向ける。CADに障害物は関係ないから、わざわざ銃を外で構える必要は全くない。助手席の男は、西洋人特有の東洋人への嘲りを持っているのかな?見下す笑顔がここからでも見えそうだ。なんだか、昔の映画のカーアクションみたい。

双子が携帯電話型CADを操作しようとする。

 

「待って、二人とも!」

 

「えっ!?」

 

僕は男に向けて、すっと右手を向けた。本来なら意味のない行動だけれど、双子に僕の動きを見せるためでもある。右薬指には『真夜お母様』からいただいた『指輪』がはめられている。

勿論、ドアから手を出すことはしない。

CADをこちらに向けていた男の右腕が、スパンと斬れた。CADを構えた右手の肘から先が、ごろごろとアスファルトを転がって、防音壁にぶつかる。腕を切断された男は、窓から血を噴出しながら、助手席に蹲った。

 

「『加重系魔法』?」

 

男の上腕に10トンの上向きの『加重』、下腕に同じく10トンの下向きの『加重』をほぼ隙間なくかけた。『断裂』。ようするに見えない巨大なハサミで斬ったんだ。

人体に『魔法』を使用する場合は『直接干渉』になってかなり難しい。でも、僕の魔法力なら簡単だ。

 

「二人とも、まだ終わっていないよ」

 

トレーラーはそのままリムジンと並走する位置になった。ぶつけてくる?と思ったけれど、速度をあわせたままだった。

 

「何を…あっ!」

 

文弥くんの疑問は、驚きに変わった。

コンテナの側面が左右に開くと、横長の障害物除去用の重機が現れた。右手に油圧カッター、鉄骨を切断する巨大なハサミだ。左手に油圧グラップル…これは鋭い三個の鉤爪で重量物を掴む金属の手だ。それだけなら、建設現場用の重機だけれど、重機にはないはずの重火器や多連装ロケット砲が搭載されている。実弾が装填されているかは分からない。横浜で見た機動ロボット兵器に酷似している。

機動ロボットは高速で走行するトレーラーの上でもバランスを失うことなく、アタッチメントを展開した。優秀な制御システムが組み込まれている…無骨な、殺人兵器が起動した。

 

「ローゼンの機動ロボット!?あのコンテナの中身は機動ロボットだったのか」

 

「ローゼン!?」

 

双子はコンテナまでは近づけたけれど、中身までは確認できていなかったようだ。

コンテナから、意外なすばやい動きで、別のアームが伸びて来た。リムジンが減速、そして加速して避けようとする。トレーラーが幅寄せをしてくる。アームがリムジンの前後を挟んだ。がしっと衝撃があった。アーム、トレーラーと防音壁に挟まれるようになって、リムジンは完全に身動きを奪われた。

タイヤからのキキキッて旋回時に発生するスキール音がして、車内に縦Gがかかった。アームに一トン以上もあるリムジンが持ち上げられた!こんな高速で走る自動車を、かなりの無茶をする…

 

「姉さんっ!」

 

「くぅ、私たちの『魔法』じゃあの装甲は破れない!」

 

機動ロボットのコックピットは僕たちからは死角になっていて見えない。かと言って、下手にトレーラーを攻撃しては、リムジンを巻き込んでしまう。トレーラーとリムジンは100キロ以上の速度で並走している。山間部を貫く高速道路は緩やかなカーブの連続だ。僕たちの身体は左右に揺さぶられている。双子の表情から血の気が失せていた。

機動ロボットは蟹のように、残りの機械の腕を広げた。

防弾のボンネットも、あの巨大なカッターの前には紙も同然だ…ぐわっと伸びた油圧カッターと破砕機がリムジンの屋根に突き刺さる…

 

瞬間、機動ロボットが、トレーラーが、消えた。コンテナもドーリーも運転席も運転手も、丸ごと、消えた。

 

ドスン、っとリムジンがアスファルトに落ちた。高性能のサスペンションのおかげで、衝撃は小さかった。リムジンが、一瞬左右に揺れるけれど、ドライバーが必死に安定を取り戻して、やや減速するも、何事もなかったかのように走り続けた。

 

「ヨル様!ヤミ様!何が起きたんです!」

 

運転席から怒号のような声があがっていた。

 

「何って…うっ!」

 

薄紫色の眼光が、亜夜子さんをするどく射抜いていた。さっきまでのじゃれあっていた子供の気配とは違う。亜夜子さんは、僕の怒りの気配に触れて一瞬仰け反りそうになっていた。

 

「今のは…『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』!?」

 

ドアウィンドウから遠ざかって行く現場に目を向けていた文弥くんが、まさかって呟く。

 

「みすとでぃすぱーじょん?」

 

僕は、首を捻る。僕は怒りの圧力を消し去った。亜夜子さんが、空気を求めるように呼吸をする。

 

「殺傷性ランクA相当に分類される『分解魔法』ですわ。起動式は軍事秘密に指定されていて、物質の構造情報に干渉することにより、物質を元素レベルの分子に分解する…

現代魔法において最高難度の『魔法』とされていますわ。まさか久様は…」

 

「軍事機密の起動式を僕が知っているわけないよ。僕の使う『魔法』は基本的に授業で習った4系統8種の『系統魔法』のマルチキャストだから」

 

「じゃぁ…どうやって」

 

「うん?ちょっと『飛ばした』だけだよ」

 

「『飛ばした』?どこにも、トレーラーの痕跡はありませんが…」

 

高速道路で派手に破壊しては目立ってしまう。映像記録はごまかせても、現場の残骸となったトレーラーと機動ロボットは、良い訳できない。

とっさに『異空間』に飛ばしてしまったけれど、どう説明しようか…『瞬間移動』は現代魔法では不可能のひとつだ。

 

僕が考えていると、ぷるるっとポケットの携帯端末が着信を知らせてきた。ポケットから携帯を取り出して、ディスプレイを確認する。相手は…

 

「『真夜お母様』?」

 

僕の台詞に、双子が物凄く緊張をしていた。どうして四葉家の関係者は達也くん以外『真夜お母様』に萎縮するんだろう。

僕はスピーカーモードにして、双子にも会話を聞こえるようにする。

 

「手短に用件だけ伝えるわよ。ローゼンの機動兵器の襲撃を受けていたわね」

 

「はい」

 

「貴方たちの上空にローゼンの無人偵察機が飛行しています」

 

『真夜お母様』の言葉に、文弥くんがサイドボードのパネルを操作した。リムジンの屋根の一部が透明化して、サンルーフになった。ついでに無色になっていたドアウィンドウに遮光フィルターをかける。

サンルーフに切り取られた四角い夏の青空。どこまでも澄んでいる高い空に、黒いカナードを持った固定翼機が飛んでいた。一見、鳥かとも思うけれど、羽ばたきはいっさいしない。夏の陽を反射しない素材なんだろうけれど、青い空に妙にくっきりと見える。

高度は2千メートル。

 

「あれで、僕を追跡していたんですね」

 

「金沢の一条家から追跡していたみたいね。流石に衛星を使うほどじゃないにしても、かなり力が入っているわね」

 

「狙いは『戦略級魔法師』の僕ですか?」

 

「どうやら、そのようね」

 

「破壊しても、構わないですか?」

 

「いいわよ、飛行許可なんてとっていないですもの。ローゼンにとって新しい『戦略級魔法師』は目障りみたいだから」

 

僕は、右掌を上空2千メートルの高さを飛行している無人偵察機に向ける。掌をぎゅっと握ると、閃光が走った。『稲妻』が偵察機を直撃する。爆発して、粉々になった無人機の破片を執拗に『稲妻』で打ち抜く。そのたびに打ち上げ花火みたいな音がリムジンの中にまで聞こえてきた。

やがて、偵察機は、金属の灰になって、夏の空に消えていった。

 

「他に追跡してくる車はありますか?」

 

電話の向こうの『真夜お母様』に尋ねる。『真夜お母様』はどうやってこの光景を見ているんだろう。偵察衛星?『四葉』はそんな国家並みの能力や組織力があるのかな…

 

「ないわ。直江津港には同じコンテナが5個あったそうね。もちろん、それが全部、機動ロボットかは不明だけれど、ローゼンも流石に全戦力を集中させる時間的余裕はないみたいね」

 

「僕を襲うなら、都心に入る前に終わらせないと。直江津港から高速道路で僕たちを追ってきたのか…いや、追われたのは僕だけで、二人は巻き込まれたんだ…亜夜子さん、文弥くん、ごめんなさい」

 

遠出中の僕に関心を示すのはマスコミだけじゃない。

僕は、車内なのでやむなく座席に腰掛けたまま、地面と上半身が水平になるまで頭を下げた。

車内は修羅場を潜り抜けた後の虚脱感に満ちていた。

二人はお互いの顔を見合わせると、

 

「久様は襲われる理由があるのですか?」

 

「心当たりがあるんじゃなくて、久?」

 

亜夜子さんと『真夜お母様』が尋ねてくる。

 

「あっ…はい、九校戦のクロスカントリーの時に…」

 

クロスカントリーの森の中でローゼンの戦闘員に襲われた事を説明する。戦闘員は殺害後、九重八雲さんに後始末を任せたこと。戦闘員は旧式だったらしいけど、特殊なスーツを着ていたこと。

証拠はいっさい残さなかったけれど、僕が戦闘員を消したことは状況から確かだから、ローゼンは僕に目をつけているはずだ。

『戦略級魔法師』の存在は、他国からしてみたら、脅威でしかない。この時代、日本とヨーロッパは敵対はしていないけれど、友好国でもない。

 

高速道路で起きたことは『真夜お母様』が記録の抹消をしてくれるそうだ。無人偵察機の映像も。これで、この黒いリムジンと僕との関係も不明になったわけだ。一体どうやってやるんだろう。家電以上携帯以下の僕にはさっぱりだ。『真夜お母様』は、本当にすごいなぁ。

 

「それにしてもローゼンか…ちょっと滅ぼしてこようかな…」

 

庭先の雑草でも摘もうか、みたいな口調で僕が言う。

 

「その必要はないわ、FLTが3日前に発売した完全思考型デバイスの成功で、ローゼンの企業価値は少なくとも日本国内では低下の一途、世界的に見ても右肩下がりね」

 

完全思考型デバイス開発はローゼンが先行していたけれど、後発のFLTとの性能差は、ソフト面ハード面のどちらも、FLTの方が優れている。機械音痴の僕から見ても、その差は歴然だ。デバイスのシェアはFLTが奪ったわけだ。でもローゼンはデバイスだけじゃない、今みたいな兵器も扱うコングロマリットだ。日本国内においてはCADじゃなく、武器の売り込みの方に重点を置くようにしたのかな。それにしても、完全思考型デバイスとCADか。

 

「僕がデバイスのモニターをした事が、役に立ったのかな…」

 

薬指のCADを見つめる。『真夜お母様』から頂いて、達也くんが調整してくれている、この指輪を。

 

「ええ、久のデータがFLTの製品化に貢献した事は確かよ。それで、FLTから久に贈り物があったの」

 

 

その後、リムジンは何事もなく四葉家にたどり着いた。高速道路から四葉家までは以前の送迎車と同じだった。トンネルを抜けると、四葉の防衛圏内。双子の肩から力が抜けたのが、よくわかった。

そして、四葉家の書斎で僕は、『真夜お母様』から、新しいCADを頂いた。

 

『戦略級魔法・光の紅玉』専用のデリンジャー型CAD。

 

九校戦の時のは、競技用で飾り気のないCADだったけれど、これにはグリップに綺麗なエングレーブが施されていて、銃身には誇らしげにトーラスシルバーの刻印があった。芸術品そのものの精密機械。小さな僕の手に収まる、小さな、世界に僕だけのCAD。

 

「そのCADを使う機会は、高校生活ではないと思うけれど、定期的な調整は達也さんの自宅でしていただきなさい」

 

僕の『魔法』なのに右薬指の指輪型CADには、起動式が大きすぎて入っていなかったんだ。

『戦略級魔法』は抑止力だ。デモンストレーション以外で使う時は、戦争中だ。そんな事態にならないでほしいけれど…

このデリンジャーはジュラルミンの宝石箱に入ったまま、僕の勉強部屋に飾られることになる。

 

『真夜お母様』も亜夜子さんも文弥くんも、僕がトレーラーを機動ロボットごと消し去った『能力』については尋ねてこなかった。

『魔法師』に『魔法』を詮索するのはマナー違反だって言うけれど、いつかこの秘密を知らせる時が来るだろうか。

 

でも、『真夜お母様』の僕を見る、微笑をたたえた静かな目は、まるで僕の全てを知っているかのような、どこか狂気を孕んでいるような不思議な目をしていた…

 

 




外堀は、確実に埋められています。
将輝は、一高メンバーに比べると、物凄く普通の高校生ですね。
将輝と比べると一高メンバーのふてぶてしさがわかります。
しかし、原作で日記を衆目に晒した将輝は、もう穴を掘って埋まりたいでしょうねぇ。
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