パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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このSSでは珍しい、幹比古の見せ場?


呪詛

 

体調が…悪い、気がする。

今朝は、何故か一高に近づくにつれて気分が悪くなる。自宅を出た時には『回復』のおかげで体調は、すこぶる良好だった。最初に違和感を覚えたのはキャビネットに乗る時だった。

自宅最寄のキャビネット乗り場には僕を見ようとする一般市民が数十人いた。そこで、僕の身体に、まとわりつくような何かを感じた。特に頭の周りに違和感を感じる。

最初は遅れてきた夏の虫かと思って片手で払いのけようとした。一般市民が僕が手を振ったと思ったのか、数人、特に女の子が手を振り返してきた。僕は、軽い偏頭痛を我慢しながら、微笑を作ってそれに答えた。

その違和感はキャビネットの中でも続いていた。段々酷くなる。体調は悪くはない筈なんだけれど…

 

一高前駅でキャビネットを降りると、通勤通学時間にも関わらず、物見高い人たちが200人以上集まっていた。警官と魔法協会に雇われた人達が警備と誘導をしてくれている。

昨日の喧騒とは違って、カメラを向けてくる人は少ない。昨日の夜、響子さんにお願いして大手掲示板サイトに『国策である戦略級魔法師を無断で撮影するのは不敬じゃない?』と、ちょっと犯罪性を強調してして書き込みして貰った。具体的な損害賠償の金額や禁錮の年数とか。過去、行き過ぎたマスコミの末路とか。その効果があったみたいだ。

でも、キャビネットに乗る前より粘つくような違和感は強くなった。僕は探知系はからっきしなのに、はっきりと感じられるこの違和感は何だろう。偏頭痛が強くなる。思考が鈍化する。複数のではなく個人の強烈な歪んだ情念を含んだ視線?

何て言うか、体調が悪いんじゃなく、気分が悪い…

 

残念ながら僕は、一部の特殊な趣味を持つ人にとっては極めて情欲をそそる容姿をしている。

これは、その類の違和感なのかな?だったら、一高に登校すれば、その手の視線も薄れる。それにしては、不快感がどんどん増しているのは何故だろう…

群集の前で不機嫌な表情をするわけにもいかず、僕は深雪さんのように微笑みをたたえながら軽く会釈をする。若い女性が甲高い声をあげる。『戦略級魔法師』どころか『魔法師』とも関わりが薄い人たちにとって、僕は珍しい小動物扱いだ。魔法協会の要請だから、せいぜい愛想を振りまく事にする。日本人は飽きっぽいから、こんな騒ぎも一ヶ月程度だそうだ。にこにこ。

今朝は友人達は駅前にはいなかったから僕は一人で歩き出した。いつものとてとて歩きじゃなくて、ふらふらと。肩に、いつもの筆記用具に小さめのお弁当を入れたかばんをかけている。お昼は深雪さんの三段重が待っている。荷物は軽いのに、足が重いな。自宅を出た時はここまで酷くなかったけれど…

群集の視線の圧力を背中に感じる。例の情念は後ろからじゃなく前から、一高側からまとわりついてくる様な気がする…視線じゃないのかな。

一高への緩やかな坂をいつもよりゆっくりと歩く。一高生が何人も僕を追い抜いていく。僕に話しかけてくる生徒はいない。『魔法師の卵』にとっての僕は小動物ではない。凶暴な牙を隠し持つ野獣。

 

「久先輩、大丈夫ですか?」

 

「え?」

 

背後から、挨拶代わりに、心配げな声がかけられた。

振り向くよりも早く、双子が僕の前方にまわった。それほど僕の動作は緩慢になっていた。

香澄さんと泉美さん。ボーイッシュな香澄さんも一高の制服姿だと、物凄く女性的に見える。魔法科高校の女性用制服が奇妙にボディラインがわかる作りになっているせいだと思うけれど、女の子っぽい泉美さんより女性的に見えるのは…何でだろう?

 

「体調がお悪いんですか?」

 

泉美さんが聞いてくる。

 

「うぅん、自宅を出る時は、元気だったんだけれど…」

 

こういう時の僕は、ただの病弱な子供だ。折れそうで、頼りない。『戦略級魔法師』とはにわかに信じがたい弱弱しさ。気分の悪さは増してきているけれど、我慢する。

 

「さすがにオンブをする訳にはいかないか…」

 

「えっ?」

 

香澄さんがすっと僕の手を握った。そのまま体調不良の僕の手を引いてくれる。

何だか、去年の誘拐事件後の真由美さんみたいだ。あの時の真由美さんは半分…いやそれ以上に僕をからかいながら(女子制服を着たままだったし)手を引いて一緒に登校してくれた。

生徒会長としてと言うより、真由美さん本人の責任感で僕に気を使ってくれていた。それは、十文字先輩や、あーちゃん先輩、はんぞー先輩、市原先輩も同様だ。生徒会役員や部活連幹部として以上に、本人達の優しさだった。

思い返すととても嬉しいけれど、僕が他の生徒に同じ事を出来るかと自分に問うと、それはノーだ。僕は恋愛感情がわからない上に、その他の感情もかなり欠けている。他人への優しさやいたわりの心は、あまりない。

九校戦で魔法科高校の生徒達が実験台になっても、何とも思わなかった。冷血漢、とも違う。そのような感情がそもそもないみたいだ。ただ『家族』への想いだけがある。

 

「ありがとう」

 

香澄さんの熱い手に、手を引かれながら、そんな事を考えていた。でも、不快感は、一歩一歩強くなっている。

 

保健室に行く事を拒んで双子と別れると、僕は2-Aの教室に向かう。不快感は、もはや苦痛になっていた。それは、教室にたどり着くと、極め付けに酷くなった。泥濘に足が沈んでいくようだ。

教室は、授業前の弛緩した雰囲気の生徒達がそれぞれ雑談している。

彼らに朝の挨拶をする余裕がない。たまらずドアにもたれる。おかしいな…これは…でも、覚えがある。

『精神』に…『意識』に直接まとわりつくような…

 

これは、『精神支配』だ。

 

僕は机に手をつきながら、教室の後ろ側の自分の席に向かう。一歩ごとに、苦痛と不快感が増す。もはや不快感の原因が目に見えるほどだ。タールのような淀みの中を歩く。

僕の席が、毒ガスの発生源みたいだ…頭が割れるように痛い…

 

「…久?顔色が悪いわよ!」

 

隣の席の深雪さんが声をかけてくる。雫さんとほのかさんもいる。

僕の病弱な体質は2-Aの誰もが知っているけれど、学校では久しぶりだ。深雪さんの表情が曇る。

僕はふらふらと、自分の席にたどり着く。僕の体調不良は、誰の目にもあきらかだ。机に両手をつく。

 

「ひっ久君、とりあえず、席に座りなよ!」

 

ほのかさんが慌てて僕の席を引く。ぐぅ…それだけで、えずきそうになる。

 

「待って…その椅子、何か仕掛けられている…」

 

「え?」

 

三人が一瞬、僕の座席から離れるけれど、何もない。一見ただの椅子。三人には何も感じられない。僕は気持ち悪いのを我慢して、椅子をひっくり返した。

 

ガタンッ。

 

力が入らず、椅子は音をたてて倒れた。

教室にいた生徒の視線が集まる。最初にそれに気がついたのは深雪さんだった。

座面の裏に、何かが貼り付けられていた。血の様な赤字と黒い太い文字の、神社のご朱印のような、お札のような…

文字は達筆すぎて僕には読めなかった。でも、一番大きな文字、墨痕鮮やかな太い文字は『久』と書いてあるように見える。そのお札を見た瞬間、僕の膝から力が抜けた。崩れ落ちそうになるのを、深雪さんが意外な力で抱きとめてくれた。

僕の表情は死人のようだったみたいだ。お札の文字が、僕の脳髄に焼き付けられるような『痛み』。お札から目を放せない…僕の脳内に人の影が浮かぶ。男性…一高の制服を着ている?どこか淀んだ目つき。僕を性的な、気持ち悪い、性欲の対象として見る目。去年、誘拐された時に感じたのと同じ、本能的な恐怖が全身を這いずり回る。

 

「くぅぁ頭が…焼ける…割れる…」

 

苦しい。『精神支配』の、脳を蝕む痛み。目に見えない男の赤い舌が、僕の全身を嘗め回しているかのような不快感…うあっうあぁああ…嫌だぁ…

 

「久…貴方…何か身体にまとわりついて…これは!雫!吉田君を、すぐに連れてきて!」

 

僕の身体、特に頭部にまとわりつく『何か』とお札から、これが『古式魔法』と気がついて深雪さんが鋭く言う。

 

「わかった!」

 

返事も短く、雫さんが教室を駆け出る。ほのかさんは立ち尽くしたままだ。他の生徒も、異変に気がついて身構えていた。知覚に敏感な生徒が僕ほどではないにしても、何か感じ取ったみたいだ。

僕の意識は混濁していて、その後何が起こったか良くわからなかった。

幹比古くんが教室に駆け込んでくると、そのお札にすぐ気がついた。そして、僕の症状と見比べて、

 

「スライム?いや、『精霊』だっ!」

 

僕の身体を這いずり回る舌のようなスライムのような『精霊』に気がついて息を呑んだ。

一瞬、首を捻りそうになるのをやめて、お札をじっくりと見つめる。観察者、術者の目だ。

『霊的』な何か…それはもともと幹比古くんのような『古式魔法師』の得意分野だ。

 

「修験道の…四峰神社の恋守りの亜種だ。かなり攻撃的にアレンジされている」

 

「恋守り?」

 

「それって、恋愛成就のお守りって事?」

 

雫さんとほのかさんが尋ねる。僕の異常事態にも関わらず、意外なワードの登場に戸惑ったみたいだ。

 

「正確なことは不明だけれど…そうだね。あまり正統じゃない、むしろ聞きかじりの知識で、強い眷属の力を無理矢理捻じ曲げている。これは…」

 

「吉田君、まずはそのお札の効果を消せますか?」

 

説明モードに入っていた幹比古くんの台詞を、深雪さんがばっさりと切った。今の僕は、呼吸すらか細い。深雪さんに抱きかかえられた人形のようだった。

 

「あっ、はい」

 

幹比古くんは深雪さんの前では、出会った頃のちょっと頼りない雰囲気を醸し出す時がある。でも、それも少しの時間だ。制服のポケットから筆ペンを取り出す。

幹比古くんの身体から強い気が発せられた。サイオンともちょっと違う、『霊力』みたいな気だ。お札の『久』の文字を、筆ペンで力強くぐっと塗りつぶした。

ただ、それだけで、僕にまとわりついていた粘着質な不快感と苦痛が消えた。僕の身体を這っていたスライム状の『精霊』がざっと離れていったんだ。全身に力が戻って、自分の両足で立つことが出来た。

 

「げほっげほっ!」

 

僕は、足りない空気を欲して、一気に肺に空気を取り込んでしまった。たまらず咳き込むけれど、体調不良は霧散している。

 

「大丈夫?久」

 

僕の小さな身体は深雪さんの腕の中のままだった。氷の女王なんて言われているけれど、深雪さんの体温は温かい。むにっ。ちゃんと胸がある…おっと、げほんげほん!深雪さんが背中を擦ってくれる。

 

「うっうん。平気…さっきまでの不快感がウソみたいになくなってる…ありがとう深雪さん」

 

僕は深雪さんの胸…いや腕の中から離れる。

咳が止まると、深雪さんにお礼を言って、僕は丸まっていた背中を真っ直ぐ伸ばした。

 

「劇的に体調が回復したよ…有難う幹比古くん、そのお札みたいなのは何?」

 

「これは霊験あらたかな神の力を借りた呪いの類…今回で言うと、強い力を持つ秩父連山の神、『眷属』の力を使った恋愛成就のお呪いだね」

 

「恋愛成就のお呪い?お守りを買ったり、神社でおみくじを引くようなもの?」

 

僕はオマジナイと言われてもぴんとこない。その手の知識はからっきしだ。

 

「そう。ただ、これは術体系がしっかりしたものではなくて、呪詛に近いね」

 

「呪詛?陰陽道?」

 

ほのかさんが尋ねる。

 

「いや、修験道だね。もちろん陰陽道と修験道は切っても切れない関係だけれど、今回の場合は呪詛。呪詛は呪詛と言うカテゴリーで修験道とも違うけれど、術と札は修験道のを借りている。術者のレベルは高い…いや、資質が高いと言った方がいいのかな。技術は未熟だと思う」

 

「丑の刻参りやプラシーボ効果と言った類の日本古来からある呪術って事?」

 

雫さんが指をあごに当てて考え込む。皆は頭が良いな、色々な知識がある。

 

「呪詛。現代魔法的に言えば『洗脳』だね。ただ、永続的な『魔法』はないから一時的な作用しかない。今回の術だと効果は数時間かな…」

 

「つまり、一高の生徒の誰か…」

 

深雪さんの小さな声は僕達にしか聞こえず、消え入った。幹比古くんが頷く。一高の教室に入り込める『未熟な魔法師』なんて、生徒以外考えられない。

 

「資質が強いと言うより、情念が強いと言ったほうが良さそうだよ」

 

僕が強い不快感を込めて言う。その意味を理解した女性陣が身を震わせた。性的な、情念。思春期の女性が一番嫌悪する感情だ。深雪さんは日ごろから、同様の視線に晒されている。ただ、それは男から女性に向ける性欲だ。僕の脳裏に浮かんだのは、たしかに男だった。

 

「人を呪えば穴二つ。今頃、これを使った術者は体調を崩しているだろうね…」

 

幹比古くんも小さく呟いた。そして、僕のぐったりした姿をみて、

 

「ただ、普通はここまでかからないはずなんだけれど。術者の力量は未熟だし…情念はかなり強いみたいだけれど…」

 

さっき一瞬、首を捻りかけたのは、その疑問からだったようだ。

幹比古くんは座面からお札をゆっくりはがすと、綺麗にはがされたお札の文面をよく読んでいる。

 

「これは…男が、男に向ける情念の…」

 

そう言いかけて、幹比古くんはやめた。ここは教室だ。他の生徒もいる。幹比古くんはお札を丁寧に折りたたんで、制服のポケットにしまった。お札は幹比古くんが始末してくれるって。

そして、今度はしっかりと首を捻った。ただの恋愛成就のお守りでも、素質を持つ『魔法師』が使えば、それだけで強力な呪詛の道具となる。でも、僕の魔法力を考えると、これほどの体調不良を引き起こす事は考えにくいって。僕の『領域干渉』は深雪さんより高いんだから。

幹比古くんは僕が探知系が苦手な事は知っているけれど、『系統外魔法』に弱い事は知らなかった。今回の事で、幹比古くんは僕の弱点に気がついたはずだ。

僕は『系統外魔法』に弱い。極端に弱い。

そして、恋愛がわからない僕の『精神』に恋愛感情を増幅されて刻まれても、苦痛しか与えられない。

 

「ありがとう、幹比古くん。今日はちょっと体調が悪かったから、そのせいで酷くなったのかも。ここの所、慣れない事が続いたから」

 

『戦略級魔法師』、記者会見、晩餐会、物見高い群集の好奇の目。ほんの一ヶ月の出来事だ。勿論、ウソだ。僕の壊れた精神はそんな事で波立たない。

 

「そっそうだね、僕なら今頃お腹を壊して寝込んでいるかもしれない気苦労が、久君は続いていたからね」

 

僕のウソに幹比古くんは、納得したふりをする。繊細な幹比古が納得した。その雰囲気と僕の体調が回復した事で早朝の騒ぎは、落ち着いた。この事件は大事にしたくないからクラスに居合わせた生徒には口止めをお願いする。

『戦略級魔法師』への攻撃ともとれるこの行為は、あまり関わりたくない事案だ。生徒会長の深雪さんのお願いでもあるし、皆、納得して了承してくれた。

学校側にも黙っている。どうせ報告しても、何もしてくれない。

僕は倒れていた椅子を起こすと、ゆっくり座った。さっきまで呪詛がこめられていた椅子でも、今はいつもと変わらないただの椅子だ。別に薄気味悪くも、むず痒かったりしない。一時間目の授業の準備を平然と始める僕の常と変わらぬ態度に、生徒達は鼻白んだ。こういう行動が僕と他の生徒達との壁になっている。

 

術者が、このタイミングで僕に『恋の呪詛』なんてかけたのは、僕がメディアに露出する機会が増えて、恋のライバルが増えると思ったのか。これまで、すぐ近くからこっそり情欲にまみれた目で僕を見ていたんだ…そう考えると流石に気持ち悪い。『術』以外の恋愛成就の方法は…ひとつもないって!考えたくもない!

こっこの術者は、とりあえず判明しだい、殺す。一高生だからって関係ない。予想より過剰に効いてしまったなんて言い訳も聞かない。目には目、歯には歯なんてのは知らない。僕にはとって敵は、目にも死、歯にも死だ。殺す!どうやって殺そうか…そんな事を考えていたら、もう、お昼だ。時間が経つのは早いなぁ。

勉強は…うぅ、人殺しよりも先に、勉強だよね!

午前中の2-Aの空気は、教室後方から放たれる殺気で、過去最高に重かったらしい…

 

数日後、三年生の二科生の男子生徒が一人自主退学をした。その生徒が歪んだ性癖の持ち主だったのかは、僕にはわからない。結局、僕には犯人がわからなかった。

 

体調はすっかり回復してお昼休み、僕は深雪さんの招待(?)で生徒会室でお昼ご飯を食べた。

漆塗りのお重に詰め込まれた料理は、ほんとに昨日から準備したの?と疑問に思うほどの質と量だった。ただ、味付けは僕よりも達也くんの好みだった(笑)。

健啖家の僕は、がっつかないように、慎重に、でも遠慮なく食べる。食い意地がはっている事は自覚しているけれど…

 

「ところで久、生徒会に入ってくれないかしら?久には副生徒会長になって欲しいのだけれど」

 

食後のお茶の最中、深雪さんが言う。もはや最近のルーチンワークと化している台詞だ。

魔法科高校の生徒会は生徒会長は一名だけれど、それ以外の副会長、会計、書記は複数名いても問題ない。すでに副会長には泉美さんが就任している。僕が副会長?

深雪さんは鉄壁の笑顔だけれど、その目は涼しげで笑っていない。僕には絶対にできない表情だ。うぅ、深雪さんのこの『精神攻撃』は、連日続いている。

『ちりもつもればやまとなでしこ』、略して『ちりつもやまとなでこ』だよね。僕は、『撫子』ちゃんじゃないけれど、すでに徳俵まで寄り切られている気分だ。

 

これも、ある意味、『呪詛』だ。頭が痛い…

 

生徒会室に深雪さんの手料理につられてノコノコと現れた僕を、達也くん、深雪さん、水波ちゃん、『ピクシー』が囲んでいた。雫さんとほのかさん、香澄さんと泉美さんは、今日は食堂を利用してもらっているそうだ。『ピクシー』は生徒会室でメイドのような雑事をこなしている。

深雪さんの笑顔は、たとえ全世界の男性を蕩かす笑顔でも、今の僕には、ただの脅迫でしかないよ…ぶるる。氷の微笑。

 

「九校戦のとき、魔法科高校の生徒達が、新兵器の実験に利用される事を是とした僕が、生徒の代表の一員になる事は滑稽でしかないよ?」

 

一高の教師陣は、何の役に立たない。

一高がテロリストに襲われたのはほんの一年前だ。生徒達は、生徒会や部活連の役員が護ることになる。僕に、その気は毛ほどにもない。

 

「別に生徒を護る必要はない。自分の身は自分で護る。護れなかった時、生徒会が責任を負ういわれはない」

 

達也くんにとって護るべき存在は深雪さんだけだ。友人達が被害にあえば深雪さんが悲しむから、護るだけ。一高の生徒たちが殺されようと僕には興味がないけれど、その後の学園生活に支障があることは面倒だな…

 

「久は一高がまた襲われる事を前提に考えているけれど、魔法科高校の歴史の中であんな襲撃は一度だけなのよ?」

 

襲われるに決まっている。だって、去年のテロリストは半分は生徒で素人だった。それでも重要な施設にあっさりと侵入を許している。その後も学校側は警備の増強を行っていない。

一高の警備の杜撰さは世界中に知れ渡っているわけだ。まるで一高側は、襲ってくれと言わんばかりだ。まぁ、襲ってくれないと、学園魔法ラブコメディになっちゃう…って、去年、九重八雲さんが言っていたなぁ。

 

「副生徒会長と言っても、久は特に何をするってわけでもないの。次期生徒会長は泉美ちゃんがなるから、久は肩書きだけなのよ」

 

「僕には生徒会のノウハウが何もないし、機械音痴だから、どの道なにも出来ないよ?」

 

今朝の香澄さんとの登校を思い出す。生徒会役員や部活連の先輩にはお世話になった。

肩書きだけ、形だけでも、かつて真由美さんたちが僕を気にかけてくれた事への恩返し、と言う意味でならなってもいいかも…あぁ深雪さんの『呪詛』が効いているな…同じ言葉を何十、何百と繰り返し聞かせる。それは過去の僕の洗脳方法だった。

 

「久は自分の身を護っていれば良い。むしろ俺の目の届く位置にいてくれた方が、俺としても動きやすい。今朝のような事があればなおさらだ。幹比古に聞いたが、久は『古式魔法』以外にも『系統外魔法』とも相性が悪い。それは俺や深雪、風紀委員長の幹比古が得意な分野だ」

 

「自分の身は自分で護るけれど…それで殺されたなら、それこそ僕の責任だよ」

 

「久にはすごい『能力』があるわ。でも『万能』じゃないのよ、その小さな身体が傷つけられたり、ましてや久が殺されるのを黙って見過ごせるほど私は冷たくはないわよ」

 

深雪さんが本気で怒っている…

深雪さんは、僕の弱弱しい身体の方に目が行きがちだ。達也くんは、目に見えるものだけで惑わされない。僕が『化け物』だって一高で一番知っている。『能力』をまだ隠している事も、恐らく気がついている。野放しよりは手元に繋いで置くほうが安心なんだろうな…

 

「達也くんの本音は?」

 

僕が殺されても達也くんは、深雪さんほど心を動かされないんじゃないかな。僕と同じで、達也くんは心に欠落がある、ような気がする。根拠はないけれど…

僕は正面の達也くんを見上げた。達也くんが本音を言うとは思えない。でも、僕の顔は、5年前の深雪さんだ。さすがの達也くんも平静ではいられない…

 

「正直に言う。『戦略級魔法師』は一生徒とはその価値が違う。深雪が生徒会長の時に『戦略級魔法師』の身に何かあれば、深雪の評価が著しく下がる。それだけは、俺は許容できない。その為に少しでも久を目の届く範囲に置く事が必要になる」

 

やっぱり深雪さんのためかぁ。去年のテロリストの襲撃で生徒会長だった真由美さんの評価は変わらなかった。一生徒の生死は本人の責任に帰するのが『魔法師』の常識だ。でもそれが『戦略級魔法師』となると、誰かが責任を負わされる。学校側は、責任なんて取らないから、現生徒会長の能力が疑われる。

 

「だが…久は、偏っていて危うい。放っておけないのも…まぁ確かだな」

 

「え?」

 

達也くんの目が誰もいない方に泳ぐ。その顔は相変わらず無表情だけれど…頬が赤い?

あっ、達也くんが、照れている。僕はちょっと驚いて、深雪さんは微笑んだ。水波ちゃんは仏頂面、『ピクシー』に変化はない。

 

僕が偏っていて危うい、か。八雲さんと同じ事を言うなぁ。

それにしても『万能』か。八雲さんは、九校戦の人工林の中で、達也くんの事をそうじゃないかとぼかしながらも言っていたな。『パラサイドール』と戦っても無傷だし、物質を消滅させる『魔法』も横浜と夜の都心で見ているし…ああ、そうか、『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』だ。

 

「…ああ、そうか、『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』だ」

 

僕の癖がつい出る。思った事を無意識で声に出している。

 

「何っ!?」

 

達也くんの態度が一変した。深雪さんと水波ちゃんも緊張する。とても攻撃的な視線が三方から注がれる。『ピクシー』に変化はない。達也くんの視線は、それだけで相手を殺せそうだけれど、僕は動じない。柳に風、ぬかに釘…鈍感なだけかもしれないけれど。

達也くんの殺気は、でも、すぐに納まった。深雪さんと水波ちゃんの息を吐く音が聞こえた。

 

「…そうだな、久の前で三度…いや二度『雲散霧消』を使っていたな。一度目はコンペ会場、二度目は4月に夜の都心で」

 

三度?僕の前では二度だから、もう一度は…あぁ、論文コンペ会場の控え室で、何もない壁に向かって拳銃型CADを構えて『魔法』を発動していたけれど、あの時の事かな。

 

「だが、何故、久が『雲散霧消』と言う魔法名を知っている?」

 

僕の知識は、基本的に学校の授業で習う事しか知らない。それも怪しいけれど、軍事的に秘匿事項に当たる特殊な『魔法』を僕が知っているわけがない。その事を九校戦で僕の担当エンジニアだった達也くんは良くわかっている。

 

「あーえぇと、夏休み、ローゼンの機動兵器に襲われた時に、僕が使った『能力』を見て黒羽亜夜子さんと文弥くんが勘違いしたんだ…四葉家に向かう途中のリムジンの中での事なんだけれど…」

 

「?」

 

「ローゼンの機動兵器?黒羽のリムジン?どう言う事?」

 

達也くんの疑問符に、深雪さんの問い。

 

「あれ?二人は聞いていなかった?」

 

僕は視線を水波ちゃんに向けた。水波ちゃんは無言で首を左右に振った。

その事を全て語るには、九校戦での襲撃から始まる長い話になる。流石に昼休みの残り時間で全部を語るのは無理だ。その事は、いずれ『光の紅玉』専用CADの調整をしに司波家を訪れた際にでも…

 

「それにしても、久がそんな危険な目にあっていたなんて…これ以上、目を離す訳にはいかないわ。久には副生徒会長になってもらいます!朝の登校もこれからは一緒にしましょう!」

 

一緒に登校と言っても、駅前から学校までの短い距離の事だけれど…僕は相変わらず三人と一体に囲まれている。逃げ場は…なさそうだ。

生徒会副会長。僕は結局、深雪さんに10日掛かりで寄りきられてしまった。今後は生徒会役員として、学生生活をすごす事となる。現実は肩書きだけなんだけれど、登校から下校まで殆ど一緒、一日の約半分を、達也くんたち『四葉』と居ると言う事だ。そう考えると、ちょっと奇妙な喜悦に身体が震える。

 

生徒会役員は、通常、校内では預けなくてはいけないCADを常に携行できる。

 

これまでも僕の胸には『真夜お母様』から頂いた、完全思考型デバイスがかかっていた。学校にいる間はただのペンダントと化していて意識することはあまり無かったけれど、CAD携行制限解除のこれからは、常に僕の右薬指には指輪型CADがはめられることになる。

僕は、指輪型CADを見るたびに『真夜お母様』の姿を脳裏に浮かべる。艶然と微笑む黒いドレスの女性。これからは自宅以外では、殆ど一緒にいる…

 

 

 

これも、まるで『呪詛』みたいだ。

 

 




久は自分が世間からアイドル扱いされているとは微塵も思っていません。
深雪も一般市民から同様の扱いを受けているはずですが、四葉の操作でそれほど騒がれませんでした。久は、達也と深雪を目立たなくするための存在でもあるので、四葉の情報操作で適度に騒がれています。

指輪型CAD自体はただのCADで、何の術もかけられていません。
久が勝手に真夜と結び付けて想っているだけですが、それこそが完璧な『呪詛』なのです。
永続する魔法はない。でも、久の精神に少しずつ刻み込まれていく。
久の『回復』も精神には及ばないのです。
真夜の精神支配にどっぷり浸かっている久。本人はその事にまったく気がついていない…

四峰神社の恋守りは創作です。関東最強と呼び声高い三峰神社と四葉をあわせただけです。

『四』は確実に久の周りを囲っている。まさに四面楚歌!恐ろしや…
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