パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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「真由美さん!結婚を前提に、達也くんにお付き合いを申し込みに一高まで来たって、本当ですか?」

「ぶぼっ!」

真由美さんが一高を訪れたその日、一高に流れまくっていた噂を、僕は廊下でばったり遭遇した本人に直接尋ねてみた。
可愛い声で変な息を吹き出した真由美さんは、相変わらず漫画チックな動作だ。咳き込みながら、でも、真由美さんの細い腕がにょきっと伸びてきて、

ぐわしっ!

「久ちゃん、ちょっとお話があるの…着いて来てくれる」

僕の顔をアイアンクローで捕まえておいて、着いて来ても無いものだ…
ひっえぁ!痛いです。意外と握力ある…ふえええ!

ひと気の無い階段の踊り場で正座させられた僕は、根拠の無いわけでもない噂の出所を、詳しく詰問されたのであった…僕が聞いたのは料理部の部長さんからだけれど、噂の出所は在校生の三分の二が容疑者だ。
わざわざ一高に来なくても、別の場所に呼び出せばよかったのに、わざと噂にしようと、火に薪をくべたのは真由美さんなのでは、と邪推して…あ痛たたたたた!

「久ちゃん、今度、私のお買い物でも荷物持ちをしてもらうわね!」

「…はい」

真由美さんのこめかみに漫画チックな青筋が…
えーと、姉妹そろってお仕置きが同じって、七草家の伝統なの?
ただ違いはある。真由美さんのお買い物には、僕の女装用コスが含まれているって事だ。その支払いも…はい、僕が払います…





白いふくろう

 

先週の土曜日、達也くんや深雪さんは授業を公休扱いにして、京都まで論文コンペの下準備に行っていた。僕は、お留守番だった。

京都に行っていたメンバーは、色々とあったようだ。

詳しい話は、僕は聞いていない。事件は論文コンペそのものには、関係が無かったからだ。

一人蚊帳の外?ハブ?ちょっと違う。京都での探索は、そもそも体力不足の僕では足手まといだし、探知系がいちじるしく弱い僕の出番は、敵を見つけた後の殺戮や破壊にある。

 

京都で、達也くん達の案内役だった光宣くんは、翌日曜日に体調を崩して、響子さんに付き添われて生駒に戻ったそうだ。

論文コンペまでは大人しくして、体調を回復させないと、せっかくの晴れ舞台が台無しだって、メールがあった。京都であった事件は、光宣くんが回復したら、そうだな論文コンペの後にでもゆっくり聞かせてもらおう。

論文コンペでは聴衆は、光宣くんの美貌と論文内容に度肝を抜かれるだろうね。

残念ながら、今年の論文コンペの優勝は二高になりそうだ。

 

その論文コンペに参加する、五十里先輩を主筆とするメンバーおよびその護衛、生徒会役員はコンペの前日にバス移動をした。

九校戦の時に比べると生徒の数は少なかったし、お堅い文科系な発表会に参加するのは知的(?)なメンバーだったから、移動中のバス内は比較的静かだった。

五十里先輩と花音先輩のラブラブな雰囲気と、達也くんの世話を焼こうとする深雪さんの行動に、他の生徒がどう思っていたかは、まぁ人それぞれ。

僕は、東京から京都までの車窓を、無邪気に楽しんでいた。

コンペ代表者には一高の生徒が護衛についているけれど、『戦略級魔法師』である僕の護衛は当然、生徒はしない。一高生徒を乗せた大型バスの後方に目を向けると、護衛の車が二台ぴったりと着いて来ている。

護衛は面倒だし、手間だけれど、これはもう僕にはどうしようもない。ただ、一高生徒の宿泊するホテルはセキュリティーがしっかりしているし、『戦略級魔法師』の公務でもない。

正確には僕はまだ学生扱いだから公務はないんだけれど、護衛は九校戦の澪さんの部屋みたいに、ホテルで立哨まではしない。非常時の対応と、ホテルとコンペ会場の移動時の警戒を主に担当するそうだ。

今回は、他国の諜報員は暗躍しているけれど、戦闘行為に及ぶような工作員は、京都にはいないんだそうだ。だからって油断は出来ないけれどね。そのための護衛だ。

一高生徒の宿泊するホテルは、学生にしては少し高級で、深雪さんの画策?と思ったけれど、ホテルは昔から同じだって。一高の生徒にナンバーズが多いのは、昔からなんだね。ナンバーズはその多くが経済的に豊かで眼が肥えている。

ホテルでは相変わらず一人部屋だけれど、正直言って、論文コンペで僕はすることが無い。名ばかり副会長として参加するだけで、光宣くんが参加していなかったら自宅待機で構わなかった。

まぁ、主宰の魔法協会としては『戦略級魔法師』がコンペ会場入りする事が重要で、コンペに箔がつくらしいから、参加するようにやんわりと協会からお願いされたけれど。

 

一人では寝られない僕は、ちょっと豪華な一人部屋で、朝まで時間を潰さなくちゃいけない。学生の本分は…勉強だよね。せっかくの土曜の夜、コンペに無関係の生徒なら、翌日が日曜日で好きに遊べる時間を、勉強と言うのもアレだけれど、僕の成績はアレだから…

夕方、まだ日没には2時間以上ある。勉強は夜から朝にかけてするとして、夜までの時間は楽に過ごそうと、制服を脱いでデニムとパーカーに着替えた。

観光は興味がないし、レオくんたちは今回は京都に来ていないし、生徒会メンバーは翌日の準備があるから邪魔をしちゃ迷惑だろうから、部屋で大人しく端末にたっぷり入れてきた、アニメのアーカイブを堪能しよう。

アーカイブは、合計時間が…何十時間にもなるから、ちゃんと観る時間を決める。うん、夜からはしっかり勉強をするぞ!学生の本分!

 

…そう思っていたんだけれど。

 

携帯端末から着信のメロディが鳴った。相手は…達也くんか。同じホテルにいるのに?

 

「どうしたの達也くん、あっ晩御飯のお誘い?」

 

「残念だが、違う」

 

ん?いつもの声色じゃない。少し、怒っている。珍しいな…僕、怒られるようなことしたかな…?

 

「誰にも気がつかれずに、指定の場所まで来られるか?」

 

「ん?ホテルにいないの?」

 

送られて来た位置情報を携帯のディスプレイで確認すると、一高とは別のホテルの駐車場に、達也くんはいた。

すぐ行くって返事をするけれど、ホテルのエントランスには護衛の『魔法師』がいる。徒歩で見つけられずに向かうのは、僕には無理。だったら…

僕はドアノブに睡眠中のプレートをかけた。睡眠には早すぎる時間だし、たぶん外出は、それほど長い時間じゃないけれど、念のため。

荷物は…指輪型CADとデバイスのペンダントはいつも僕と一緒だ。今回は携帯端末をポケットに入れる。位置情報が記録されるけれど、これがないと達也くんと連絡がとれない。

そして、『意識』を集中する。すぐに達也くんの『意識』を感じられた。

『瞬間移動』は便利だけれど、達也くんは知らない。だから、少し時間をあけて、怪しまれないように、ちょっと離れた場所に『飛んだ』。建物の影になって、達也くんの死角になる場所に。

 

西の空が朱色に染まり始めていた。

指定のホテルは、特徴の無い平凡な、京都ならどこにでもあるような建物だった。

そのホテルの駐車場に、バイクに颯爽とまたがる達也くんがいた。黒いジャケットにがっしりとしたブーツ。分厚いグローブにフルフェイスのヘルメットを持っている。達也くんは思案にふけっているようだったけれど、でも、僕の現れた方向をじっと見つめていた。何かを『視られた』ような気がする…

達也くんは、護衛の眼をごまかしてどうやってここまで来たのか、と言う疑問、迷わず来られたのか、と言う安堵はおくびにも出さず、

 

「久は周公瑾を知っているな」

 

いつも通り、前置きなしに、きっぱりと言う。時間がないから手短に、だって。

あれ?僕は達也くんに周さんの事を話したことはなかったけれど?誰に聞いたんだろう。

 

「『ピクシー』が、『吸血鬼事件』の時、周公瑾が久に興味を持っていたと。その後、2回、周公瑾の横浜の店に行っていることは調べた」

 

周さんも僕の事を『マルテ』から聞いていたから、『ピクシー』もその知識を共有しているんだ。ただ、自宅前の模擬戦の事は流石に知らないか。

 

「うん、中華料理をご馳走になったよ。僕に興味…うん、周さんは僕に個人的に興味があったみたい。すごく丁寧な対応だったよ」

 

「どのような興味だ?」

 

「うーん、難しいな。周さんは『仙道』を極めようとする術者、道士で、強者との戦いを求めているって」

 

『高位次元体』については…説明がしにくい…僕にだってわからないんだから。

 

「『仙道』?仙人…道術…にわかには信じがたいが、強者か。たしかに久は強いが…『古式魔法師』である周公瑾とは相性は悪いな…将来の強敵と考えていたのか?」

 

「うん、周さんは方位を狂わすことが出来る。真正面からならともかく、隠形で攻撃されたら今の僕は手も足も出ないよ…」

 

達也くんは首を捻るけれど、今はそれは問題じゃないと思考を切り替えたみたいだ。

 

「今回、俺のターゲットが周公瑾だと言う事は、知っているな?」

 

「光宣くんから聞いているよ」

 

「これから、俺は周公瑾を捕縛、もしくは殺害に向かう」

 

「潜伏場所、やっとわかったんだ」

 

周さんは宇治の国防軍駐屯地に潜んでいるそうだ。

予想通り、『強硬派』か『伝統派』の術者の軍人が協力していたんだ。どうりで奈良での事件で国防軍の、それも情報部の動きが早かったわけだ。

 

「ああ、だが戦力が足りない。協力して欲しい」

 

達也くんが、僕に頼るなんて、初めてだ!嬉しい。たとえ周さんが知り合いでも、容赦なく打ち殺すぞ!くくくっ、ごめんね周さん。

僕の小さな身体から、物凄いヤル気…もとい、殺気があふれ出した。思わず達也くんが仰け反るほどの。

 

「いや、久は直接戦闘はしなくていい」

 

それは、残念だ。僕から、殺気がしゅんっと失せる…まぁ僕は隠密行動も苦手だし、被害が大きくなるだろうしね。

 

「それは、俺がする。あと…こちらに向かっているであろう一条を巻き込もうと考えている」

 

達也くんは、自分の手で、もしくは目の前で周公瑾さんを倒すことが目的みたいだ。八雲さんとの修行で鍛えていても、『鬼門遁甲』は、達也くんをもってしても厄介な術なんだ。僕が一緒だと足を引っ張る可能性がある。その点、将輝くんは達也くんにとっては動かしやすいようだ。

 

「将輝くんを?」

 

「とは言え、周公瑾は袋のネズミ、とまでは包囲できていない。想定される逃走経路は多い」

 

僕は『古式魔法師』と相性が悪い。周さんは、方位を狂わす術者だ。僕よりも幹比古くんのほうがこの役目には向いている。ただ、現状で『四葉家』の事情に幹比古くんを巻き込めないんだろう。

将輝くんは…十師族。周さんに対して隔意もあるそうだ。それに、達也くんに関わると、良いように使われる運命だって、九校戦のときに考えたっけ。合掌。

基地の北側から襲撃をかけて、周さんを南に追い込むんだそうだ。

周さんの予想逃走経路は駐屯地から基地正門近くの西に向かう隠元橋、高速道路の高架、南の宇治橋、宇治川上流の白虹橋。

僕の配置は、宇治川の上流の白虹橋。やや山あいで、人里で効力を発揮する『鬼門遁甲』を行使する周さんの逃走経路の可能性としては一番低いって。…なんだ、残念だ。

 

「じゃあ、僕はその橋で周さんを待ち構えて、包囲網を突破した周さんを足止めして、時間稼ぎをしながら達也くんが来るのを待てばいいんだね」

 

「久を危険な目に遭わすのは心苦しいが…今夜中に片をつけたい。いいかげん振り回されるのも面倒だからな」

 

達也くんはいつも通りの無表情で、あまり心苦しそうには見えないけど…違うな、やっぱり怒りを押し殺しているのか。何に対して怒っているのかまでは、僕にはわからない。

『優秀な魔法師』程度が相手なら、僕が何十人敵にしても勝てる事を、達也くんは知っているから、『魔法戦闘』そのものの心配はしていない。僕は『四葉』にも『九島』にもどっぷりだから、余計な説明も不要だし。もっと危険なお願いでも僕は引き受けるけれど、『戦略級魔法師』が、街中でドンパチ『魔法』を使っては、色々とやっかいだよね…

それに、既知の僕がいれば、『高位次元体』の僕がいれば、周さんは素通りはできない。

 

「僕でも時間稼ぎはできる…か。周さんを倒すことは僕には難しいけれど、周さんが僕を倒す事も、かなり難しいから」

 

周さんとは一度『模擬戦』をしている。その時の僕の『魔法』は一切当たらなかった。でも、『サイキック』としての僕は『鬼門遁甲』そのものを『空間』ごと閉じ込めることが出来る。

 

「周公瑾の『魔法』はつまびらかじゃない。周公瑾と対峙した時は、足止めだけで十分だ。俺たちも追っているからな。挟み撃ちだ。連絡が最優先だぞ」

 

今度は、ちゃんと心配してくれている。達也くんも僕の『能力』はつまびらかじゃないからだ。

 

「うん…でも、僕だけじゃ逃走経路は潰せないよね…」

 

「ん?双子も、黒羽の幻術使いも参加するが…」

 

達也くんは少し考えた。亜夜子さんと文弥くんもいるのか…でも、周さんは卓越した、それも相当の実力者。双子はともかく、黒羽の『優秀な魔法師』では太刀打ちできないかもしれない。横浜から京都まで、九島家と四葉家の追っ手から逃げ続けて、一ヶ月間潜伏先を掴ませなかっただけでも、その実力は窺える。

双子の配置は、駐屯地正門前の隠元橋、西への逃走を防ぎつつ、宇治川沿いを上流に向かって進み高速道路の高架下で待ち構える。

達也くんと巻き込まれる予定の将輝くんは駐屯地を襲撃後、すばやく宇治橋に移動して逃走経路をふさぐそうだ。

 

「それだと、周さんが駐屯地で戦闘しないで逃げをうったら、達也くんたちは宇治橋で追いつけないかもしれないね」

 

「襲撃計画は気づかれていないが?」

 

「でも、これまでも紙一重で逃げられてきたんでしょ?『勘』とか『虫の知らせ』なんてのが常人より働くのかも」

 

「『未来予知』か…『未来予知』は現代魔法では実現していない。ただ『直感』は『精神』、『系統外魔法』に繋がる。『精神干渉系魔法』に優れた一部の『魔法師』は、常人よりも直感的洞察力に優れている場合があった」

 

意外な詳しさに、僕は驚くけれど、達也くんの知能は僕からすれば『戦略級』だから、知っていてもあたりまえか。「あった」って過去形の表現は気になるけれど…

 

「じゃあ、もう一人巻き込もうよ。巻き込むって言うか、すでに関係者で、ここで協力をお願いしないと、ちょっとすねちゃうかも知れない…」

 

「光宣か!」

 

達也くんは、はっと気がついた。その考えはなかったみたい。

うん、と僕は頷く。光宣くんは生駒にいる。距離的にも、車で移動すれば、すぐだ。そして、光宣くん以上の『魔法師』を、僕は知らない。

 

「体調は戻っている…むしろ好調らしいから、それはもう、張り切って協力してくれると思うよ」

 

達也くんに了承を貰って、僕は光宣くんに電話をする。光宣くんはすぐに電話に出た。僕は携帯を達也くんに渡して、協力要請と説明を任せた。僕より、達也くんの方が簡潔に説明できる。これで、うてる手は、すべてうった。周公瑾さんは、今度こそ袋のネズミだ。

 

 

日没から、それほど時間は経っていない。今、達也くんと将輝くん、黒羽の一派が国防軍の駐屯地を襲撃しているはずだ。

周公瑾さん一人を捕まえるために、国防軍の基地を襲撃するなんて、達也くんは大胆すぎるなぁ。よっぽど怒っていたのかな。それに、駐屯地襲撃を表沙汰にしないで後始末できる組織力が、達也くんにはある。なんだかんだで達也くんも、『四葉』なんだ。

他にもっと利口な方法はありそうだけれど、僕にはその方法が浮かばない。対案がないなら、達也くんの大胆な作戦に従うまでだ。

 

僕のたたずむ白虹橋は、静かだった。宇治橋から上流に約二キロ、市街地とは異なって、低い山が両側に迫って谷になっていた。

上流側に水力発電用の天ヶ瀬ダムがある。橋から見るダムは迫力、と言うか圧迫感がある。今は夜だから、ダムは薄い暗闇に隠れて不気味だ…僕はダムに背を向けて、コンクリートの欄干にもたれていた。

宇治橋から白虹橋の間には、昔は小さなつり橋がかかっていたそうだけれど、今はない。

10月末だから、山は紅葉前だけれど、冷たい風が谷を走っていた。デニムにパーカー姿だとちょっと肌寒い。長い黒髪が秋の風にそよぐ。

時刻は17時30分を過ぎている。人口減少の時代の市街地から離れたこの橋に人影はまったくない。電動カーもまったく通過しない。街灯も心細い明るさで、むしろ山の暗さをより深くしている。

僕はポツンと立って、足元に転がっていたドングリを拾って、左手でころころ弄んでいた。

こんなひと気のない山間の、夜の薄暗い照明から隠れるように、うら寂しい橋のたもとに立つ僕は、本物の幽霊みたいだ。本物と言うのも変だけれど、人外の化生であることにかわりは無い。長い黒髪で人形のように無表情。通行人が見たら絶対に幽霊かと勘違いすると思う。

そんな冷たい表情で、下流の黒い水の流れを見下ろしていた。

宇治川は水量が豊かだけれど、それほど川幅があるわけじゃない。周さんならこれくらいの川幅は簡単に飛び越えられそうだし、水上を『魔法』で駆ける事も出来そうだけれど、周さんにも得手不得手があるのかな?周さんの美麗な顔を思い出す。記憶に朧にかすむ表情だけれど…

そうか、『爆裂』だ。僕は、唐突に理解した。

達也くんが将輝くんを戦力に加えたのは、将輝くんの『爆裂』で水面そのものを地雷原化して、確実に橋で待ち構える包囲網を構築したんだね。

 

僕は『仙人』は空を飛ぶってイメージがある。『飛仙』って言葉もある。『天仙・飛仙の類は誠に今の世の人及ぶべからず』、だ。

有名な『孫悟空』も『仙人』だ。アニメのじゃなくて、道教の神である『孫悟空』の方。『孫悟空』は十数年の旅と、十年の師匠についての修行で多くの変化の術と不老長寿の秘術を我が物にしたそうだ。

周公瑾さんに師匠がいるのかどうかはわからないけれど、たぶんいたんだろう。『術』、つまり『起動式』は『勘』では作れないから。

『仙人』となった『孫悟空』は無敵で、神々がついに『お釈迦様』にお願いして封じてもらうまで負けたことは無かった。

 

肉体を捨てて、『精神』だけの存在になること、か。

 

『健全な精神は健全な肉体に宿る』

 

けだし名言だ。本来は『肉体』と『精神』は一体で、分離できない。それを長年の修行と術で可能にするのが『仙道』なのか。『仙人』の格付けだと、肉体を保ったままの『天仙』、奥山で自然と共にあるのが『地仙』、肉体を失った存在が『尸解仙』の順になるんだって。順位はともかく、どれも人間をやめた事にはかわりがない。

『仙人』、肉体を保ったまま、自然、もしくは地球その物と一体化して『永遠』になる存在。地球の寿命は人間からすれば『永遠』に近い。

この世界にいる僕は、人間の時間感覚では『高位』と一体化した『永遠』だから、ある意味『仙人』と同じだ。別の言葉なら『神』。それも、『死をもたらす神』だ。

ただ、『高位』から降りてきているから『昇仙』の逆だ。『堕落』とはちょっと違う。『高位』が楽園かどうかは不明だけれど『失楽園』かな?

『ピクシー』は、『降臨』って言っていたけれど…ようは人間じゃないって意味だ。

 

『永続する魔法は無い』。これは『現代魔法』の最大の法則。聳え立つ壁であり、限界だ。僕も『高位』からエネルギーを補充し続けることで、ある意味『魔法』をかけ続けて『肉体』、『入れ物』を作っている。『精神』は単体だと、空気に溶けるようにその存在が薄まっていく。『パラサイト』がそうだったように。

『パラサイト』は『魔法』の法則からは、やや逸脱しているけれど、『三次元の法則』からは抜け出せない。『意識』だけでは存在を保てない。『入れ物』と『エネルギー』、つまり食事も必要だ。

『ピクシー』の栄養は、本体のホームメイドロボットの電源なのかな?電気は美味しくなさそうだ。

肉体を失った『尸解仙』はどうやって『意識』を保っていくのだろう。『パラサイト』と同じで、何か人型のモノ、もしくは人間そのものに宿る必要があるのか、『尸解仙』に入れ物は必要ないのか。『高位次元』から現れた『パラサイト』と、三次元から『高位』にたどり着こうとする『尸解仙』はやはり別な物なのかな…うぅん、わかんないや。わからない事だらけだ。これが知りたがりの八雲さんなら懊悩するところだろうけれど、僕はお馬鹿さんだから、そんなことにはならない。

はぁ、と息を吐く僕の小さな身体は、しぼんで行きそうだ。

ますます、儚げで、人間じゃない、狐狸妖怪のたぐい?やっぱり、幽霊に見えるかな?

幽霊は人の弱さが生み出す幻影、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』。

 

僕は、暇な時間を、ドングリと無意味な思考で過ごしていた。

 

意識を下流に向けると、花火みたいな音がぽんぽんと聞こえてきた。隣町の花火大会を耳だけで聞いている気分だ。少しタイムラグがある。

一際大きな爆発音がして、谷で反響した。宇治橋で何かが爆発したのかな?宇治橋には光宣くんが詰めている。光宣くんは案外容赦ないから、派手に『魔法』を使っているのかな…

宇治の山が鳴動して、ネズミが一匹驚いて出てくる?

 

 

 

 

「私は、滅びない。たとえ死すとも、私は在り続ける!」

 

「一条、下がれ!」

 

「ハハハハハハハハハハハハ…」

 

火が消えた後には、骨も残っていなかった。

 

「周公瑾は本当に死んだのか?」

 

「逃げられてはいない。間違いなく、周公瑾はあの炎の中で燃え尽きた」

 

達也は将輝の顔を見ていなかった。彼の眼は、宇治川の上流に向けられていた。

 

 

 

 

しばらくして、爆発音から、ほんの数分だったけれど、白い、何かが、ふわりと風に乗るように、僕のほうに向かってくる事に気がついた。

羽音を一切たてずに飛ぶ、鳥がいる。

 

「ふくろう?」

 

そう思うと、白い何かは、ふくろうの形になった。少なくとも僕にはふくろうに見える。別の人がここにいたら、別の何かに見えているのかもしれない。

僕はちゃんとそれを見ようと、橋の中央に移動した。

それは周公瑾さんの『鬼門遁甲』のように、つかみどころのない、全体を把握しにくい、感覚を鈍らす、人外のモノだった。

 

その白いふくろうが下流から、狭まった谷あいを飛んでくる。

『吸血鬼事件』の時、一高裏の人工林で、肉体から抜け出した『パラサイト』を、『意識』だけになった存在を、僕は見ることが出来なかった。

あれを見ることができたのは、達也くんと、達也くんと繋がった深雪さんだけだった。

僕が見ているのは、何だろう。僕には『精神』は見えないのだから。これは『高位次元体』の力の残りかすなのかな…

あのモノが、『尸解仙』となった周さんだとしても、僕には判別がつかない。『ピクシー』ならわかるんだろうか?

ただ、『精神』を攻撃できる『魔法』は僕には無い。

『尸解仙』となった周さんは、もはや周さんじゃないとも言える。少なくとも人間じゃない。

『孫悟空』は『お釈迦様』の掌で踊っていた。僕が『神』なら、周公瑾さんも、僕の掌で踊ることになるのかな?僕の小さな手では無理だけれど。それとも『人が作りし神』である達也くんの掌の上かな?

僕は、ぼんやりと考えている。

暗い谷あいに、白い小さなモノが漂っている。それは、どこか哀れを誘う光景だ。

ふくろうは、僕に近づくと高度をさげて、僕の頭を掠めると、背後に飛びすぎていった。

ふくろうを追って、僕が上流に目を向けると、立ちふさがるようなダムの威容が視界に飛び込んでくる。コンクリートの無機質な圧迫感が落ち着かない。

ふくろうはダムを軽々と飛び越えて、やがて、夜の暗闇に融けるように消えていった。

 

ふくろう…違うな、あれはまるで『魂』…『人魂』だったのかも。

…幽霊?

幽霊に会ったのは、僕の方かな。

せせらぎと風の音。木々のこすれる音。ざわざわと、静かだった谷間が騒がしい。

それは、僕の鼓動なのかもしれない。

 

周さんの『昇仙』は、時間をかけて準備をしてきたんだと思う。1年や2年の準備じゃない。それこそ、これまでの人生をかけて行われてきた修行だ。20年?30年?もっと?

もし、僕が、今のこの肉体を失ったら、どうなるのかな?『精神』は霧散するか、入れ物を失った『高位』のエネルギーがこの世界にあふれ出てくるのかな?

あの頼りない白いふくろうは、まるで僕自身の姿のようだった。頼りなく、儚げで、寄る辺が無い…

 

秋の乾いた風に、髪をなびかせながら、奇妙な不安…いや、『予感』を僕は感じていた。僕に『予知能力』はないけれど…この不安感はなんだろう。

僕は、視線を星明りの瞬く夜空に向けた。

 

白いふくろうの行方を、僕は知らない。

 

 

 

 




今回、超難産で、どうやっても久が京都での達也やレオたちの戦闘に関わってくれなくて…
ならいっそ、京都の話は飛ばしてしまおうと切り替えました。
いつも通り、原作の行間で暗躍させようと、古都内乱下巻の殆どの部分を割愛!
まぁ、原作部分はすっ飛ばすのがこのSSだったと思い出しました。


原作中に橋の名前は出てきませんが、ヤフー地図をみると宇治には自衛隊の駐屯地がちゃんとあって、描写どおりに宇治川に橋がかかっています。
宇治橋で光宣が、周公謹の乗る車を爆発させます。光宣の登場は唐突で、それ以前に達也と打ち合わせをする描写はありません。
部下との会話だと、自分勝手な行動っぽいのですが、駐屯地襲撃の情報はどこから仕入れたんだろう?タイミングが良すぎる登場でした。
疑問に思ったので、久の提案で待ち伏せしてもらうことにしました。
帰宅ラッシュ時に宇治橋の車道に立って、『魔法』をいきなり使う光宣。クワバラクワバラ。

そして、久にとっては、運命の四葉継承編です。
遣り残した宿題をこなしつつ、真夜の狂気に晒され、ついに12月31日に…

今後はちょっと時間がかかると思いますが、エタったりはしないで頑張ります。
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