パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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何を視られたんでしょう…


視られた…

『サイキック』は『現代魔法師』から見れば、属人的で原始のパワー、つまり個人の生命力や精神力で荒い魔法式を構築して、『念動力(サイコキネシス)』を『魔法』にしている。発動スピードは極めて速く、『能力』は偏るけれども、その規模は『現代魔法』に比べるとかなり大きい。アナログの力だ。

逆に『現代魔法』はデジタルな科学技術で、緻密な計算のうえに成り立っている。CADに記録された起動式が一文字間違っているだけで『魔法』は発動しない。そのかわり多様性に富んでいる。理想の『魔法師』は極論すれば、起動式を自らのサイオンと結び付けて魔法演算領域で魔法式に変換できれば、何でも出来る。

僕にとって『現代魔法』は『サイキック』の余技でしかない。

僕の『能力』を数値化してグラフを作ると、星型のようにイビツな図形を作ることになる。出来ない事は全く出来ない。どうやら記憶とともに『高位次元』に『能力』の使い方を忘れてきてしまったようだ。

ただ、グラフのてっぺんの部分は常識を超えた数値で、常人とは桁が異なる。

動体視力も、突き抜けた数値のひとつだ。

 

 

僕の持つ竹刀の剣先が、壬生の左手首にちょんと当たった。痛くはまったくないはずだけれど、壬生先輩の驚きぶりはすごかった。剣道のど素人、それも竹刀をついさっき初めて持った僕の一撃は弱いながらも、壬生先輩には衝撃だったようだ。

 

「どうした壬生、多治見のベタ足に棒立ちだったが、わざと打たせたのか?」

 

「………」

 

桐原先輩は首を捻っている。達也くんはじっと無言で考えている。二人から見た僕の動きは、特別に見えなかったはずだ。

 

「うぅん、気がついたら、間合いに入られていたの…」

 

壬生先輩が数歩後ずさって、僕の間合いから逃れた。僕の竹刀をだらしなくぶら下げている姿を見て、ほっと息をはいた。今度は無意識だ。

 

「今の動きは…」

 

壬生先輩は動揺しながら、それでも、僕から視線を外さなかった。

 

「壬生先輩が瞬きをする瞬間に動きました」

 

「え?」

 

「それに、壬生先輩は息を吸う瞬間に、瞬きをしました」

 

壬生先輩が、「あっ」と小さく声を上げた。

 

世界王者に上り詰めるレベルのボクサーは、試合中ほとんど瞬きをしない。剣道家もそうだけれど、今回は試合じゃないから、壬生先輩の集中力は高まりきっていなかった。

 

僕は睡眠をとらない体質なので、夜、ベッドで目を瞑って横になっている時、漠然とだけれど色々と考えている。土曜日の夜、周公瑾さん最後の日、谷間に飛ぶ白いふくろうを見てから僕は『古式魔法師』について考えていた。

僕は死角からの攻撃はまず対処できない。でもそれは誰だって、達也くんだって、あの十文字先輩だって同じだ。全身が目じゃない限り、銃でも『魔法』でも、不意をつかれれば誰だって攻撃を受ける。

全身に目…仏教の帝釈天は千眼天とも言われている。全身に千の目がある。仙人の奥さんに手を出して、のろいをかけられた後、仏道修行に励んで千の目を得るにいたった。

帝釈天はヒンドゥー教ではインドラとも言う。ヒンドゥー教と言えば、リグ・ヴェーダ。アニメやコミックでもお馴染みのモチーフだ。リグ・ヴェーダと言えば、シヴァ神。シヴァ…破壊神。創造と破壊の神。シヴァ…しば…司波、司波達也。破壊神、『THE DESTROYE』。仙人と達也くん…ぶつぶつ。

おっと、僕の集中力が、完全に切れている。切り替えて…

僕がこれまで関わってきた『古式魔法』を使う『魔法師』は烈くん、光宣くん、周公瑾さん、八雲さん、幹比古くん。それに2月の赤髪の仮面少女も『古式魔法師』のような動きだった。『現代魔法』を教育する一高に通いながら、意外に多い。それも実力者ばかりだ。達也くんも体術は『古式魔法師』の八雲さんに稽古をつけてもらっている。

風邪で休んでいる間、僕は周公瑾さんとの模擬戦を何度も思い返していた。

『古式魔法師』の『魔法』はわからないけれど、身体の運び、動かし方は、みんなに共通点がある。

重要なのは『呼吸』だ。

さっき壬生先輩も練習で呼吸の確認って言っていたけれど、スポーツでも何でもリズムが重要だ。呼吸も剣道独自の動きも、リズムだ。

今日の僕は、夏休みの生駒家で行った光宣くんとの模擬戦と違って、相手を威圧するようなプレッシャーは発していない。むしろ、気迫や闘志を一切出さずにいた。厳しい試合に慣れている壬生先輩にとって僕は、まったく手ごたえがない相手だったはずだ。逆に、壬生先輩は遊びと自分から言いながらも、緊張していた。無駄な力が入っている。その時点で、ある意味、『術』にかかっている。

しかも壬生先輩はどこか僕を侮っていた。疑っていた、と言う方が正しいのかな。

 

格闘技は呼吸の仕方が下手だと攻撃のタイミングがすぐわかる。自分が息を吐く、かつ相手が息を吸う瞬間打つ。これが基本だ。剣道は声を出して打つから、肺に空気を溜める必要がある。壬生先輩は全国でもトップクラスの実力者だから、普段は相手に呼吸のタイミングをわからせないよう、腹式呼吸をする。頭が上下しないように鋭く吸い込み、細く長く息をはく。理想は羽毛すら揺らさない細い息を会得することだ。周公瑾さんの呼吸はそうだった。あれが『仙道』の『呼吸』なんだ。それを無意識レベルにまですること。

今回、壬生先輩は意識して呼吸をしていた。意識するということは、僕へ向ける意識がやや疎かになっている。壬生先輩は空気を鼻ですっと吸って、口でゆっくりはいていた。

そして、対峙する相手が間合いすれすれにいる状況で視界をふさぐことは即、敗北につながる。記憶の中の周公瑾さんは瞬きをしなかった。

壬生先輩が瞬きと息を吐ききるタイミングを、僕は人外の動体視力で見ていた。僕は人と会話をする時、眼をじっと見る。だから、その瞬間はすぐにわかる。

壬生先輩が文字通り、瞬きの間、視界を失っている。眼を開いた時、僕がいるはずの場所にいない、驚きで空気を吸うタイミングがずれる。身体のリズムが、動きが一瞬止まる。その隙を僕はついた。

別に剣の天才とかそういうんじゃない。ふと、僕でも『古式魔法師』と同じような動きが出来るかなって、周公瑾さんの動きを、真似しただけだ。ただ、それだけ。

ここまで解説が長いな…

 

「久の今の動きは、相手の『呼吸』と間合いを外して『虚を突く』、『古式魔法師』の『八卦掌』の動きに近いですね」

 

さすが達也くん。解説がたった一行。僕の動きが周公瑾さんのそれに似ていた事も、たぶん気がついた。

 

「驚いた…剣道の動きやリズムとは違うから、反応が遅れたのね。うん、これまでも似たような『呼吸』の試合相手もいたけれど、やりにくかった…あの選手は『古式魔法師』だったのね」

 

壬生先輩が、僕が未知の攻撃法をしたわけじゃないと理解してほっとしている。

 

「俺からは、多治見の動きは平凡に見えたんだが、これも『呼吸』と『間合い』、駆け引きのひとつなんだな。力押し以外でも、やるな多治見」

 

桐原先輩がしきりに感心しているけれど、僕の身体能力と集中力を考えれば、今回は色々噛み合っただけで出来すぎだ。二度はできない。

 

「一瞬、瞬間移動かと思ったわ…」

 

相手が壬生先輩だったから上手くできた、とは言えない。これがたとえば達也くんや十文字先輩、真由美さんや澪さんが相手なら、遊びでも無理だ。たとえる相手が悪いけれど。

 

「そうですね、『瞬間移動(テレポーテーション)』は久の得意な『魔法』です」

 

ん?達也くんが妙な事を言った。

達也くんはインデックスに掲載されている『魔法』を全て覚えているのではと噂されるほど(噂の発生源は真由美さんだ)、『魔法』の知識がある。僕が『擬似瞬間移動』が得意なのは、去年の九校戦の戦術を一緒に考えた達也くんが一番知っている。

達也くんの説明は丁寧で、むしろ『魔法オタク』的で説明が長かったりする。そのさい『魔法名』を省略したりはしない。そのあたりは技術者としてすごいこだわる。しつこいとも言える。

呪文のような、僕なら絶対に噛む、難しい『魔法名』だってすらすら連呼するのに?

達也くんは起動式を『視る』能力がある。アニメ第二話…もとい、入学直後の『森崎くん告白事件』で達也くん本人が言っていた。

やっぱり、京都で『視られた』な。

 

「不意をついただけですよ。これは壬生先輩が言っていたように遊びだし、正式な試合なら一本にならないし、僕は手も足も出ないです」

 

たぶん、一方的に打たれまくる。そもそも剣道の実力が違う。

 

「でも、これが真剣だったら、私の手は斬られていたわ…」

 

壬生先輩が綺麗な左手首を擦っている。

 

「その仮定も、意味がないですよ?だって、竹刀だから僕でも使えたんだもの。真剣みたいな重い武器を同じ速度で振るえたりはしないです。

真剣での勝負なら、壬生先輩はもっと集中していたはずだから…そうですよね桐原先輩?」

 

今のは勝ち負けのない遊びだった。

 

「おっおう、そうだな、そうだ、うん」

 

「そうね…そうだったかも、ちょっと恥ずかしいな」

 

恋人同士が、共通の記憶を思い出したのか、挙動不審になった。魔法科高校第一巻、二人の勝負シーンの挿絵の桐原先輩はどう見てみも悪役面でしたよね。

そんな二人の放つ幸せ雰囲気は、青春だね。年寄りじみた感慨で、僕はうんうんと頷いている。

 

「ん?」

 

視線を、感じる?

ふっと横を見ると、隣に立つ達也くんが、もの問いたげな目で僕を見つめていた。

僕は、深雪さんの考えていることは、何となくだけれどわかるけれど、達也くんのいつもの無表情から思考を読むことができない。達也くんは瞬きをしない。

 

『視られている』。僕は、そう思った。

 

 

翌日、生徒会と料理部をハシゴした僕はいったん帰宅した。軽く食事を取って、シャワーを浴びる。いつも通り澪さんが僕の黒髪を櫛で梳いてくれて、きちんと身づくろいをする。失礼があってはいけないものね。ちょっとウキウキしている。何だか恋人の家を訪ねる女の子みたいだ…シャンプーの良い香りが漂っている。

司波家でのCADの調整は服を脱ぐそうなので、脱ぎやすいスキニーなパンツにカットソー、ジャケットを羽織る。達也くんの家まではいつもの警護の二人の運転する車で向かう。今回は私用なので、魔法協会が警護を派遣したりはしない。時刻は19時。外はすっかり暗い。司波家と僕の自宅は車で20分もかからない距離にある。達也くんの家には長時間滞在するわけじゃないので、警護の二人には警戒をお願いして、車で付近を周回しながら待っていてもらう。

僕は『光の紅玉』専用CADの入った金属の宝箱を大事に抱えて達也くんの家の門をくぐった。

 

玄関にワンピース姿の深雪さんとメイド服の水波ちゃんが立っている。深雪さんは薄着だな。半そでから覗く腕が白い。水波ちゃんは、いつも通りかちんこちん。

司波家を訪問するのは二度目だけれど、今回も『真夜お母様』のお言いつけにしたがっての訪問だ。二人とも、すこし…かなり緊張している。

達也くんはリビングで端末に目を通していた。特に調べることがあるわけでもなく、ネットの情報を目で追っていただけだったそうだ。達也くんは深雪さんの事以外では動揺したりしない。

 

「じゃあ久、ついてきてくれ」

 

挨拶もそこそこにCADの調整を始めるって。まぁ、さっきまで学校で一緒だったしね。CADの調整は本来ならライセンスをもった魔工技師が行うんだけれど、達也くん以上の技術者はいない、と言うのが一高内での評判だ。

一高にもCADを調整する機器がそろっていて、生徒の多くが学校の施設で調整をしている。一高の施設はヘッドセットに掌をパネルに置いて計測するタイプだった。僕も達也くん立会いで完全思考型デバイスと指輪の調整を月に一回行っている。調整は普通のCADなら半自動で行われるけれど、僕の指輪型のCADは調整機に接続するデバイスがないので、達也くんが手動で調整をしてくれていた。

そんな事を考えながら達也くんの背中についていく。司波家の玄関とリビング以外の場所に来るのは初めてだ。他人の家の匂いがするなぁ。

 

廊下のごく普通のドアの前で立ち止まった達也くんが、

 

「これから見る事は、四葉家の関係者以外は誰にも秘密だ。いいな」

 

あまり強くない口調で、でもはっきりと言う。四葉家は秘密が多いから、家族を護るための警戒感。僕は、四葉家の関係者に入るみたいだ。

 

「うん、誰にも言わないよ」

 

達也くんの家にCADの調整に来ていることは、澪さんと響子さんは知っている。同じ部隊に所属する響子さんはともかく、澪さんは司波家の設備がどうなっているのか疑問に思ったみたいだった。一般家庭でCADの調整なんて普通出来ないからだ。

達也くんが廊下のドアを開くと、地下に続く階段が現れた。地下室に調整室はあるんだ。

卓越したエンジニアの達也くんの家なんだから、まぁそういう設備もあるだろうって、僕も澪さんも、ごく狭い個人医院の診療所かバイクのガレージみたいな雑然とした場所を想像していたんだけれど…階下にも扉があった。こちらの扉は金属製で分厚く重かった。達也くんが、ロックを解く。

 

「わおっ」

 

照明が、広い、近未来的な室内を照らした。

司波家の地下室には、学校の調整室よりも最新の計測機械や謎の観測機、フルスキャンが出来る調整用の寝台があった。僕は思わず感嘆の声をあげた。良くわからない機械だらけだけれど、凹凸の少ない、洗練された機能美にあふれた作業室だった。

血や薬品の匂いだらけだった多治見研究所とは比べ物にならないくらいの清潔感に、僕は、ちょっと安心をする。達也くんが、自宅ではマッドサイエンティストだったりしたらどうしようとか昨夜はベッドで考えていたんだよね…

 

「すごいね…性能は、僕にはわからないけれど、学校のより洗練されている」

 

「そうか?そうだな、深雪も使うからな」

 

なるほど。深雪さんが不安になるような雰囲気にはしたくないものね。

この施設は相当の資金がつぎ込まれている。ただの優秀な高校生には過剰だけれど、達也くんはただの優秀なレベルじゃないからなと、奇妙に納得する。

暖房が程よく効いている。僕が来る前から環境を整えていてくれたことがわかる。

 

「着ている物を脱いで、そのかごに入れてくれ」

 

達也くんがラタン製の脱衣バスケットを指差した。

僕は頷いて、両手で大事に持っていたジュラルミンの小箱と、ペンダント型デバイス、指輪を達也くんに渡す。

達也くんは作業デスクに指輪とデバイスを丁寧に置くと、小箱からデリンジャー型のCADを取り出した。銃身にトーラス・シルバーと誇らしげに刻印された、僕専用のCADをじっくりと眺めている。その顔はちょっと誇らしげに見える。あのトーラス・シルバー謹製のCADを調整できるんだから、感慨もひとしおなのかなって思うけれど、司波兄妹のCADも同じトーラス・シルバー製なんだから、四葉家の『魔法師』はよっぽどこの技術者のCADが好きなんだね。『真夜お母様』のCADもそうなのかな?

達也くんがCADを調整機に接続して、端末を操作している。僕は、その間に、さっさと服を脱いで、下着も躊躇することなく下ろして、最後に靴下を不器用に脱ぐ。金属製の床が、ちょっと冷たい。

 

「全部脱いだよ」

 

僕の声に、達也くんが頭だけ振り向いた。ちょっと苦笑して、全身で振り向く。

 

「…下着は履いていてかまわないんだぞ」

 

達也くんが珍しく呆れている。僕は全裸で、特に隠すでもなく、腰掛けている達也くんと向き合っている。

 

「だって以前、全ての物質にサイオンが宿るから、CADの調整の時は全裸が一番良いって達也くん言っていたよ」

 

「言ったが…」

 

僕が恥ずかしがりもせず、堂々としているから、達也くんも平然としている。

僕は実験動物時代の経験から裸を見られることには慣れている。ここは実験室じゃないけど、まな板の上の鯉みたいな気分にはなる。それでも、羞恥心が少々欠落しているのは否めない。

達也くんも少年嗜好の持ち主じゃないから、僕の骨の浮くような薄い身体を見ても少しも情欲をそそられたりはしない、はずだ。少なくとも情欲にまみれた目はしていない。いつも通りの無表情だ。部屋は暖房がしっかり効いているから寒くないし、僕は全裸で達也くんの視線を受け止めていた。

でも、ぱっと見、すごく奇妙な状況だよね。この光景を深雪さんが見たら、どう思うかな…

深雪さんもここで調整しているってことは、やっぱり裸なのかな?達也くんのどえっち。

そんな裸の僕を、達也くんは数秒、上から下まで視線で観察した。

 

「まぁいい、そのまま横になってくれ」

 

僕を観察し終わって、さっさと済ませるほうが早いと達也くんも切り替えたみたいだ。

計測用の寝台は、ちょっと硬くて背中とお尻が冷たかった。

達也くんが背もたれの無い椅子に姿勢正しく腰掛けて、慣れた手つきで計測器を操作しはじめた。

診察台に行儀良く横たわる僕を円形の計測器がスキャンしていく。特に何も感じられずにスキャンはすぐ終わった。

観測結果が早速端末に表示されたみたいだ。

 

「やはり、サイオン波特性は九校戦の時…いや、去年の九校戦の時とかわらないな」

 

サイオンは思考や意思を形にする粒子と言われ、肉体の成長や老衰、その日の体調で変化する。使用者の特徴に合わせたチューニングをするのが、CADの調整、魔工技師の仕事だ。

でも、僕のサイオン波特性は、成長期である高校生のくせに極めて安定している。恐らくだけれど、『高位』から流れてくるエネルギー量はいつも同じで、『三次元化』した今の僕では制御できないんだ。制御できたら、ぐっすりと眠れるし、悪い夢を見なくてすむのになぁ。

 

「それ以外の数値も、『普通の魔法師』と同じ…か」

 

達也くんが指をあごに当てて考えている。

これだけの最新鋭の計測器でのフルスキャンでも、サイオンや魔法力以外の僕の基本的な数値は『普通の魔法師』とほぼ同じ結果だったようだ。一高での簡易スキャンも同様だった。どうして破格の『能力』が行使できるのか、70年前と同じで最新機械でもやはりわからないようだ。

観測結果が変わらないので、『光の紅玉』用の特化型CADも完全思考型デバイスと指輪の調整の時と同様に、ちょっとした『ゴミ掃除』程度で終わった。

 

服を着て、計測用の寝台に腰掛ける。両足をぷらぷらしながら、達也くんの後姿をぼうっと見ている。

調整を終えた達也くんがデリンジャーを清潔な布で軽く拭う。CADを小箱に丁寧に戻すと、ぱちんとロックをかけた。

技術者としての達也くんの仕事は、そこで終わったわけだ。ふうとひとつ息をはくと、背もたれのない椅子に座ったまま、振り向いて僕と向かい合った。

 

「いくつか質問がある。答えられる範囲でかまわないが…」

 

「ん、何?」

 

地下室の作業室には二人っきりだ。ここでなら、何を話しても外には漏れない。

 

「夏休み、ローゼンの機動兵器に襲われたと言っていたな」

 

「ああ、あのこと?そう言えば話を出来ていなかったね。あの時は…」

 

夏休みの出来事を、生駒の九島家に行くところから、一条家、マスコミの対応。たまたま北陸でお仕事中だった黒羽の双子を『真夜お母様』が寄越してくれたこと、九校戦の時のクロスカントリーでローゼンの工作員三人に襲われて撃退、再びローゼンの機動兵器に高速道路で襲われたこと。

その時、機動兵器を『飛ばして』、亜夜子さんに『雲散霧消』と勘違いされたこと。四葉家で『光の紅玉』専用CADを頂いたこと…

できるだけ理路整然と、わかりやすいように…結構時間がかかったけれど、頑張って説明をする。

達也くんは余分なことは言わず、じっと無表情で聞いていた。

 

「久の昨日の闘技場での動きは、周公瑾の動きを真似したものだな」

 

「うん、周公瑾さんとは一度だけ『模擬戦』をしたことがあったんだ」

 

「それはいつのことだ?」

 

「達也くんから完全思考型デバイスと指輪型CADを渡された日の帰りだよ」

 

あの日の事は良く覚えている。

 

「横浜の中華料理店以外でも会っていたのか」

 

「一度だけね。何でも周さんは『仙人』になるためにはより強い『魔法師』と戦って自らを高めなくてはいけないんだって。ただ、僕との『模擬戦』はお互い本気じゃなかったよ」

 

「『仙人』か。童話の類だが…」

 

「『仙人』は肉体を捨てて、永遠の存在なることだって周さんは言っていたよ」

 

「なるほど、『肉体』と『精神』『幽体』の分離か…周公瑾が『パラサイト』に興味を抱き協力したのはそのためか。大陸の『古式魔法師』にとって『仙人』は御伽噺ではないということか…」

 

達也くんがすこし考えている。

 

「ところで、宇治での夜。久は、何か見たか?」

 

瞬きしない目でじっと見つめてくる。何かって…達也くんも、あの夜、何かを見たのかな?

 

「白いふくろうが飛んでいったよ」

 

「ふくろう?」

 

「僕にはそう見えた。他の人なら別の物に見えたのかも。僕には『精神』は見えないし、何となく夢の中の漠然とした出来事みたいだった…」

 

僕はある程度の時間、肌に直接触れた人物の『意識』を感じることができる。

周さんはいつも手袋をしていたし、肌に触れたことは無いから、あのふくろうが『精神』、もしくは『意識』や『幽体』と呼ばれるものだったとしても、その正体は不明だ。

 

「そのふくろうは、どこに向かっていった?」

 

「宇治川の上流。東の方角」

 

「それが周公瑾の『精神』だったのだとしたら、準備しておいた依り代…『ピクシー』や『パラサイドール』のような人型の器、もしくは人そのものに取り付いているのかもしれないな…」

 

達也くんにとっては解決した案件だけれど、僕にとって周公瑾さんの一件と『パラサイト』は、まだ結末を見ていない。

 

「久、お前はさっきローゼンの機動兵器を『飛ばした』といったが、おまえ自身も『瞬間移動(テレポーテーション)』を使えるな」

 

「うん。京都で達也くんは『視ていた』んだよね。僕をあの駐車場に呼び出しておいて」

 

周さん捜索にかこつけて、僕の『能力』もしっかり『視ていた』んだ。うん、抜け目ないなぁ。

 

「ああ、久も知ってのとおり、俺は起動式を『視る』ことが出来る。『魔法師』はCADの起動式をイデアにアクセスしエイドスに魔法式として投射する。これは全ての『魔法師』の大原則だ」

 

「うん。『サイキック』も『念力』を使うと魔法式が展開されるんだよね。僕にはわからないけれど」

 

「そう。『サイキック』の魔法式は、『現代魔法』の起動式を基にした魔法式と比べると酷く荒い。穴だらけの式を当人の魔法力で埋めている状態だ」

 

「じゃぁ、達也くんは僕の『瞬間移動』の魔法式を『視て』覚えたから、『瞬間移動』の起動式を再現できるの?」

 

達也くんが、苦い笑いを口に浮かべた。

 

「俺も、初めはそう考えていた。技術者として、不可能といわれる『魔法』を編み出す。それは捨てがたい欲求だ。しかし…無理だ」

 

「どうして?」

 

「久が『サイキック』を使うと、足元に魔方陣のように魔法式が広がる。だが、物を浮かせたり、空間を捻じ曲げる程度の力だと、ほんの1ミリの魔法陣も現れない。久の『サイキック』がセンサーに引っかからないのはこのせいだと考えられる。

 

だが、『瞬間移動』の魔法式は、あの時一高生徒の宿泊するホテルから俺のいた駐車場までは約2キロあったが、その2キロの範囲に半球状の、太陽が地表に顕現したかのような強力な魔法陣が膨れ上がっていた。

刹那の瞬間現れた魔法陣を俺は今でもはっきりと思い出すことができるが、『サイキック』の時と同様、荒く穴だらけの…むしろ穴の方が多い魔法陣だった。

あの大きく空いた穴を一つ一つ式で埋めて『現代魔法』の起動式にするのは、正解の無いジグソーパズルをしながら欠けたピースを想像しながら自作していくような物で、膨大な時間がかかる。

久の魔法力でなければ、あの魔法式の穴を埋めることは出来ない…つまり『瞬間移動』は俗人的なもの、『現代魔法』で言うところの『BS魔法師の異能』だな」

 

達也くんが一度、説明を切って、言葉を溜める。

 

「『瞬間移動』の移動限界距離は、どれくらいだ?」

 

「…」

 

「その、魔法力は、どこから来るのか…」

 

「…」

 

「久の、身体は常人と何も変わらない。最新の計測器でも結果は同じだった。だが、俺が『視た』久には『精神』か…『幽体』か不明だが、無尽蔵のサイオンの中に小さな穴のようなモノがある」

 

「穴?」

 

「正確には、そこだけ『視えない』。『視えない』がゆえに穴のように黒く『視える』何かがある…久、お前は何者だ?」

 

やんわりと、尋ねてくる。詰問でも尋問でもない、通行人に道を尋ねるような雰囲気だった。

 

「自分のことなんて僕にもわからないけれど…それを知ってどうするの?」

 

「どうもしない。俺と…いや、深雪に害になる存在でなければ、だが…」

 

「いつか…そう、去年、南の島の…あの朝の砂浜で僕は達也くんに言ったよ。『僕は敵じゃない。疑うなら僕は死んでもいい』って」

 

「…」

 

「僕は人間じゃないかもしれない。でも、不死じゃない。達也くんと深雪さんの『魔法』なら僕を殺すことが出来ると思う」

 

「それは、久が『精神』に近い存在…『ピクシー』や『パラサイト』と同質の存在…別の次元から現れた…」

 

「うん。『ピクシー』は僕の事を『超人』、『高位次元体の王』とも言った。周公瑾さんは『超越者』だって言った」

 

「『高位』…いわゆる四次元や別の次元から現れた久の『精神』には器、人型の入れ物が必要…膨大なサイオンは肉体の回復…『回復』は、『精神』の入れ物である『肉体』を常に作り続けている、と言う事か」

 

「『ピクシー』はそう言ったけれど、僕には『高位次元体』としての記憶がまったくない。達也くんはそれを証明できる?やっぱり僕も狐狸妖怪の仲間なのかな?」

 

「いや、機械での観測結果、久は常人と何も変わらない。現代の観測機でも『精神』は調べることが出来ないからな。『高位』は『三次元』からは観測できない、だから俺には『視えない』んだろう。(『精神』…そうか、それで叔母上は久に興味を持ったのか)」

 

ん?最後の方は聞き取れなかったけれど?

 

「結局、僕はこれまで通りで良いって事だよね?」

 

「そうなるな」

 

これまで通り、一高に通って、引きこもって、遊んで、ゲームして、アニメを観て…

 

「勉強もしろ。冬休み前に試験があるぞ」

 

うぐぅ、達也くんがいじめる…

 

でも、僕の存在は、危うい。八雲さんの言葉じゃないけれど、自分でもそう思う。

白いふくろうを見たときに感じた『予感』のような不安は、まだ心の隅にある。

 

CADの調整はあっという間だったけれど、その後のおしゃべりは長かった。

リビングに戻ると、ソファに腰掛けていた深雪さんがさっと立ち上がった。

水波ちゃんは、壁際で静かに立っている。もしかして、ずっと立っていたの?

時計を見ると21時だ。意外と長い時間、二人きりでいたんだ。

水波ちゃんが飲み物を用意しようとするのを、僕はことわった。

 

「もう時間も遅いし、このままお暇するね。深雪さん、長い時間、達也くんをお借りしてごめんなさい。お返しします」

 

丁寧に頭をさげる。

 

「俺はモノじゃないぞ」

 

「CADの調整の御礼はいずれするから」

 

両手に大事に抱えた小箱。『真夜お母様』にもお礼を言わないと。冬休みにお会いできるから、その時に…

 

「それは構わないけれど、調整室はどうだった?とても個人宅にあるような施設じゃなくて驚いたでしょ?私も最初はびっくりしたもの。お兄様相手に、すこし期待…いっいえ、警戒してしまうところだったわ」

 

期待?何を?

僕の容姿は、5年程前の深雪さんに酷似しているそうだ。その当時の深雪さんの身体はすでに第二次性徴を迎えているから、僕の10歳程度の少年の貧弱な身体とは似ていないと思うけれど、達也くんは一糸まとわぬ僕に深雪さんの当時の姿を重ねたりは…していないよね。

あの施設がいつからあるのか僕は知らない。と言うより、僕は兄妹の事を、実は何も知らないんだよな。どう考えても幼い頃からラブラブだったと思うんだけれど。

今の深雪さんは、大人だ。生態的に子供を産める年齢。法律的にも在学中に結婚できる年齢になる。深雪さんの結婚相手は達也くん以外に考えられないな。でも、法律的には、不可能な話だ。いくら達也くんが『魔法師』として『万能』でも…

思春期の女性が地下の密室で、いくら敬愛する兄だからって男の前で、二人きりで、裸になるのは恥ずかしくはないのかな?うーん、深雪さんは、恥じらいながらも躊躇しなさそうだ…

 

「僕も、達也くんに全裸を見られちゃったし」

 

躊躇しなかったのは同じか。

 

「え?」

 

「達也くんが服を脱げって言うから、下着まで全部脱いだんだけれど、そのまま全裸で立たされて…じっくりと刺さるように鋭い視線で、頭の上から爪先まで時間をかけて全身を見つめられて、そのまま計測器に横になって…」

 

僕はありのままの事を語っている。一言も間違っていない。うん。

 

「おっおい、久!お前何を言って」

 

ごごご。

 

「久、それから?」

 

今夜の深雪さんの笑顔も素敵だね。

 

「僕、達也くんなら見られてもいいから、特に隠したりもしないで…僕の細いこの身体じゃぁ達也くんは満足できないと思ったけれど、求められるのなら…それに答えないと…もじもじ」

 

言われたとおり、ちゃんと計測できるよう、素直にベッドに横になっていただけだけれど。

 

「あっ、でも靴下は履いたままのほうが、達也くんの好みだったかも…」

 

金属の床は、裸足には冷たかった。

 

「寝台は冷たかったけれど、達也くんがしっかり温めてくれたから」

 

暖房で、室温をね。

 

「久、誤解を招くような表現をするんじゃない…」

 

「お兄様?誤解とはどういう意味ですか?」

 

「僕って5年程前の深雪さんに似ているそうだから、裸も似ていたのかな…達也くんも『視たかった』…ちがうか、見たかったのかな…」

 

あっ、しまった。いつもの癖で、考え事をつい口に出してしまっていた。

 

「はっふぅっ!?」

 

深雪さんが変な声を出した。

 

ごごごごごごごご。

 

「………」

 

水波ちゃんが数歩、壁際で後ずさった。視線が、痛い。うん、逃げよう…いや、帰ろう。

 

「それじゃ、達也くん、深雪さん、水波ちゃん、また明日学校で。達也くん有難う」

 

「待て、久っ!」

 

「いえ、お引止めいただかなくてもいいです。僕帰りますから、あでぅー」

 

脱兎!

 

ごごごごごごごごごごごごご。

 

司波家の外に出たとき、屋内から物凄く大きな音が聞こえたけれど…なんだか11月にしては、寒いな…ん?雪の結晶?錯覚かな?

僕は星空に雪の結晶を探しながら、警護に電話をかけた。

はく息が白い。もう、冬になるんだね。早く冬休み来ないかな…




最新刊、読み終えました。
達也はもうなんでもありですよね。
それにしても独立魔装大隊は緊張感がないですねぇ…

剣道の呼吸の話は、深く突っ込まないでください。
次回は、ラブコメ回です(笑)。
お読みいただき有難うございました。
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