香澄さんとの約束の日曜日の朝を迎えた。
時計を見ると、5時。外はまだ暗いけれど、この時刻なら起きてもおかしくは無い。僕は閉じていたまぶたを開くと、むくっと上半身を起こす。僕の左右では響子さんと澪さんが規則的な寝息を立てている。二人を起こさないように、温かい布団からもそもそと抜け出す。
寝室は軽く加湿と暖房が効いているから、布団から出ても寒くないけれど、一枚上にカーディガンを羽織って、二人だけになったキングサイズのベッドを僕は見つめた。二人は世界でも屈指の『魔法師』だけれど、その寝姿は無防備だ。風邪をひかないようにと、二人の肩まで布団をかけなおして、静かに台所に向かう。朝食とお弁当を作らなくちゃ。
今日の買い物には男の子っぽい格好で来てくださいねって香澄さんに言われている。そんなにお買い物の荷物が多いのかな。
ディナーではフォーマルな服に着替えるけれど、買い物中は動きやすい格好…ガテン系?軍手とか持って行く?って澪さんと響子さんに尋ねたら、おもいっきり呆れられた。
「デートにそのチョイスは…駄目に決まっているでしょ!」
「ん?デートじゃないよ、荷物持ちだよ。二人とも夏休みの時のいきさつを見てるでしょ」
今回のお買い物は、七草家のプライベートビーチで香澄さんの『ピンク』を見てしまったことのペナルティだ。
「久君は、鈍感すぎますよ。ラノベ主人公体質すぎます。人の好意に鈍感なのに、フラグは立てていく…ぶつぶつ」
フラグに詳しい澪さんがぶつぶつ呟いている。不機嫌なのか違うのか、良くわからない。
好意?これまでの高校生活を思い返してみても、香澄さんが僕に好意を抱く機会なんて、まったくない。どう考えても迷惑ばかりかけている。
僕のほうが圧倒的に年上だけれど、手のかかる弟とか思われているんじゃないだろうか。
台所でドイツパンのサンドイッチを作りながら、そんなやり取りを思い出す。
ちなみにその二人の美女は、今日はどこにも出かけず、自宅にいるって。たぶんだけれど、二人して響子さんの電脳部屋にいる。
『電子の魔女』の危険スキルを駆使して、街頭モニターで僕と香澄さんのお買い物を覗き…監視…見物…しているのではと邪推している。
お買い物は、新宿だ。近頃は、渋谷副都心が人気のスポットなので、そこでと思っていたんだけれど、香澄さんは夏休み直前にそこのショッピングビルでちょっと嫌なことがあったんだって。
渋谷は昔は若者の町だったけれど、今の時代はちょっとお金持ちがお買い物をする場所だ。
『魔法師』は裕福な家庭が多いので、渋谷副都心を利用することが多いそう。香澄さんも真由美さん泉美さんとよくお買い物に来ていたそうだ。
渋谷は知り合いに遭遇する確立が高くて落ち着かないんだって。買い物は殆どネットの僕にはわからない心理だ。
いつもの護衛の運転で新宿駅の近くまで来て、車から降りる。護衛のひとりに「頑張ってください」って言われたけれど、何を頑張るのだろう?二人の大人はにやにやしているけれど…
お弁当は、警護の二人の分も作ったから、結構な量だ。かさばるので車で保存していてもらう。
買い物中でも大体の行き先は前もって予定されている。これは警備の都合上仕方がない事だ。
警備と言っても、SPのようにつかず離れず弾除けになるわけじゃなく、僕達の周囲で不審人物がいないかどうか目を配る事がお仕事だ。ただの休日の買い物で事件に巻き込まれるほど、この国の治安は悪くない…はずだ。
二人は僕達の視界にはむやみに入らないよう、絶妙な距離で警護してくれる。そのあたりは熟練しているので、七草家のガードとも打ち合わせは出来ている。
それに『魔法師』は武器を持っているから、いざとなれば僕達で対処する。でも、警備担当にしてみれば、僕達が『魔法』を使うような事態なった時点で、負けだ。警備の網は緩いようでしっかりしている。その分プライバシーはなくなる。まぁ守秘義務があるので何があっても他言はしないけれど。
僕は、待ち合わせ場所の、駅前のテラスにあるへんてこな石のモニュメントの前に立っている。
人口が減少しているこの時代でも、流石に都心なので人出は多い。目の前を行きかう人たちは、ぽつんと立つ僕が『戦略級魔法師・多治見久』だと気付くことは無い。私服でも際立って目立つ深雪さんと違って、一高の制服を着ていない僕は、ただの女の子…もとい、男の子にしか見えない。
モニュメントの前に到着したのは、10時20分前。つまり9時40分。
これがデートなのかはともかく、待ち合わせは、男が先に来て、女の子が後から来る。「待った?」「うぅん、僕も今来たところだから」と言う儀式をしなくてはいけないんだそうだ。
待ち合わせ時刻は決まっているんだから、時計を見れば、そんなやり取り不要だと思うけれど、真由美さんが昨夜、わざわざメールでそう伝えてきたから、そうした方がいいんだろう。
「待ち合わせ場所に20分以上早く来てそわそわしながら待つ」んだそうだ。
そわそわしていたら挙動不審だ。僕は、身じろぎしないでじっと立って、いつものように周囲を目だけで警戒する。僕に意識を向けている人物はいない…と思う。僕は探知系は苦手だけれど、視界に入っている人物なら、まず見逃さない。逆に視界の外からの攻撃はどうしようもない。まぁそれは誰だって同じだけれど。
駅前に暦どおりの涼しい風が吹いている。空は雲ひとつ無い。お昼頃には小春日和になりそうだ。
公園の芝生でシートを広げてお弁当を食べるのもハイキングみたいで楽しそうだな。
絶好のお出かけ日和…あっ、電動カーが一台、近くの交差点で止まった。助手席から現れた男性が、後部座席のドアを開けると、香澄さんがゆっくりと車外に現れた。すぐに僕に気がついて目で挨拶してくる。何だかそわそわしている。挙動不審だ。
香澄さんは男性と一言確認すると、少し小走りで僕に向かってくる。
目の前の駅前ロータリーまで直接車を着ければ良いのに、もしかしたら儀式はもう始まっているのかもしれない…
「おっ、お待たせしました」
「うぅん、僕も今来たところだから」
香澄さんが僕の目の前に立つや、すぐさま儀式を行う。実際、今来たところだし、香澄さんもほぼ同時刻に来たから、この儀式は謎でしかない。まぁ儀式とはそんなものか。
僕の服装は澪さんたちに無難にまとめてもらった。刺繍の入ったブルゾンに黒のスキニーパンツ。
動きやすさと男の子っぽさを優先しているけれど、クリップでまとめた腰まである黒髪のせいで、男装をしている女の子にしか見えない。
でも、一高入学当時、制服とパジャマくらいしか衣服を持っていなかった事を考えると、僕の生活も選択肢が増えたんだなぁって感慨深い。
香澄さんは、ミドルゲージロングカーディガンに白のブラウス、ハイウエストロールアップショーツにスニーカー。首もとのリボンチョーカーとベレー帽が可愛い。
最初に、褒める事が大事なんだそう。これは響子さんの受け売りだ。
「香澄さん、すごく可愛いよ。リボンチョーカーがお洒落だね。パンツがハイウエストだから脚がすごく綺麗だよ。あっカーディガンの刺繍が僕と似てる、おそろいだね」
服装に無頓着な僕だけれど、女性物の服装に関しては、実は詳しい。
だって去年、深雪さんと雫さんとほのかさんに買い物に誘われて、ひたすら女性物の服を着させられたし、響子さんも隙あらば着せてからかってくるから、悲しい防衛知識なのだ。それに真由美さんともお買い物の約束をしているから、知識を溜めて防衛力を高めているのだ。そうしないと言われるまま着てしまう。僕は基本、疑う事を知らない。
女性の服装に疎いライトノベルの鈍感主人公とは、僕は違うのだ。
「あっ、ありがとうございます」
あまりに詳しく褒められて、香澄さんが驚いている。正直、向き出しの足がちょっと寒そうだけれど、香澄さんは熱でもあるかのように、頬を赤らめている。それと…
「あっ、香澄さん、ルージュ引いてる」
「えっと…はい」
一高では化粧なんてしてない。ティーンの肌に化粧なんていらないと思うけれど、女の子のお洒落に文句を言ってはいけない。それに、似合っているから、
「淡いピンク。ぷるぷるしててすごく柔らかそう」
顔を近づけて、まじまじと見つめる。うん、可愛い。
「あああっ、有難うございます」
「美味しそう」
「ふぇ!?おいし…そう?」
香澄さんの唇は、艶やかで瑞々しい。今朝、お弁当で調理した脂の乗ったサーモンを連想させた。僕は、色気より食い気だ。
「だっ、だったら、食べても良い…で…す…(待ち合わせでいきなりっ!?)」
香澄さんが真っ赤だ。まっかっかだ。大丈夫かな…早く風の当たらない室内に移動した方がいいね。唇は食べられないよ?
僕は香澄さんの手をすっと握った。
「あっ」
香澄さんの手は相変わらず熱い。これは僕の体温が低いからそう感じるんだと思う。寝る時も、響子さんと澪さんの体温で布団が温かいし。
「本当は男の僕がリードしなくちゃなんだけれど(これも真由美さんのメールにあった)、僕は方向音痴だから、迷子にならないように、今日は一日手を繋いでいても良い?」
「あっいきなり第一関門突破っ!?あっいえ、こちらの事です。良いですよ、手をずっと握っていましょう!はい!」
声が上ずっている。本当は迷惑なんじゃないかな…香澄さんは僕の手を強く握って、無言でずんずん歩き出した。引っ張られる。何だかリードに繋がれた散歩中の子犬みたいだ。
香澄さんのルージュをかすかにひいた唇がにやけているような気がしたけれど、多分、気のせいだ。
お買い物は駅近くのデパート。と言うより大型商業施設かな。複数のビルで構成されていて食料品から生活雑貨、小物やブランド物と、何でも売っている。
映画館に美術館、博物館に水族館、アミューズメント施設も充実している。要するに、21世紀初頭にあったサンシャインシティみたいな感じだ。
流石に『魔法師』に必要な道具は売っていない。ここは、むしろ一般人向けの施設だ。もちろん、『魔法師』が利用してはいけないわけじゃない。
ただ、『魔法師』の世界は、一般社会からは近いようで遠い。
今日のスケジュールは午前中はお買い物、それから施設内の温水プールで泳ぎを教えて貰う事になっている。
夏休みに僕のせいで海に流れてしまった香澄さんの水着も一緒に選ぶことになっていて、僕も男物の水着を…え?駄目…香澄さんと一緒の女性物コーナーで無難な物を選ぼう。
夏に着た水着は一回しか使っていないから、それを着れば良いのにと思うけれど、一緒に選んで買うことが重要なのだと、響子さんにこんこんと説明された。もったいないお化けが出るぞ!
プールの後に、噴水のある緑地広場でお弁当を食べて、後は商業施設を散策がてらウィンドウショッピング。広い公園で休憩でのんびりするのも良いな。
その後、車で移動して、赤坂でディナーだ。
荷物持ちの僕の体力が持つのか心配だ。
香澄さんは、情報端末でデパートの案内図を確認して、今の流行や各階の情報と照らし合わせている。僕達は手をつないだままだ。片手で起用に端末を操るのは、機械音痴の僕には難しい芸当だ。
「久先輩は何か見に行きたい所はありますか?」
尋ねられて、香澄さんの端末を覗き込む。僕達は手をつないでいるからゼロ距離だ。端末を覗くとお互いのほっぺたがくっつくくらい近くなる。
香澄さんは、本当に熱でもあるんじゃないかと心配になるほど、頬が熱いな。
僕は物欲が全然無い。嗜好品よりも生活必需品の方に目が行く。
「うーん…生活雑貨のコーナーかな。欧州の食器とかデザインが可愛いし」
「セーブルやマイセン、ジノリ…ミントンは…ないですね」
流石は七草のお嬢様。高級ブランドがすらすらと出て来る。
「そうだね。でも、そこまで高級な食器は要らないかな。家はお客様を招いてのパーティーとかしないから、日用品が欲しいな」
どうも僕の周りの女性はお嬢様ばかりだ。澪さんも、金銭感覚は少し世間からずれている。五輪家の関連会社から輸入ブランド品は、通常より格安で手に入れられるというのもある。
僕も少しその感覚に染まってきているから、ブランドもそれなりに詳しくなってきている。世間から見れば、僕はお金持ちだ。『戦略級魔法師』としても、人に会うときはそれなりの服装をしなくてはならないから、ブランドには詳しい。今は公式の場は一高の制服で問題ないけれど、卒業後は色々と気を使わなくてはならない。それは卒業してから考えるとして、
「とりあえず、上から順番に見ていきましょう」
「うん、お任せします」
僕が十代の女の子のお買い物のリードを出来るわけが無い。
僕達は、手をつないだまま、豪華な外装のエレベーターに乗った。
最初はティーン向けの小物や雑貨の売り場をわいわいと物色する。
香澄さんがいつも髪に飾りをつけているのは、双子の泉美さんとの差別化をはかる為でもあるけれど、そもそもリボンと言った小物が好きなんだよね。僕にはどれも同じようなデザインに思えるアクセサリーも、ひとつひとつ細かく比べながら選んでいた。
売り場には沢山のティーンの女の子がいて、男は僕だけだったけれど、誰も僕が男だとは思わないのは、お約束だ。ちなみに、今日の支払いは全て僕が払うことになっている。
僕もお洒落な西洋雑貨を幾つか購入した。荷物になるから、全て配送の手続きをした。ん?お買い物は全部配送してもらえば僕みたいな非力な荷物持ちは不要なんじゃ、と今更ながらおもうけれど、これはペナルティーだものね。
そして、水着売り場にやってきた。初冬のこの時期だから水着売り場は縮小されているけれど、ここは温水プールに併設された売り場だ。ここで水着を買うと、入場料が無料になる。
売り場の水着は殆どが女性物だった。男性用の水着は、売り場のすみっこに追いやられている。
泳ぎの練習をするのだから、スポーツタイプがいいかなと思っていたのだけれど、その手の水着はスポーツショップにあるんだろう、デザイン重視の水着ばかりだ。
それに、肌の露出を嫌うこの時代、その設定なのに、ハンガーにかけられた水着はどうして露出が多いんだろうね。
香澄さんも気になる水着を何着もハンガーごと僕に渡しながら、そんな水着を物色している。やっと荷物持ちらしい事をしている。
「どの水着が似合うと思いますか?」
なんでも似合うよ…は、厳禁だって響子さんに言われている。
「…うーん、数が多いから…」
「そっ、そうですよね、着た姿を見てもらわないとわからないですよね」
「うん」
たしかに水着だけでは判断ができない。僕は、きっぱりと頷いた。
「…うぅ」
顔の赤い香澄さんが何か良いたそうだったけれど、選んだ水着を僕の腕からひったくると、水着売り場の試着室に逃げるように入っていった。
試着室の扉が閉められると、当然中をうかがうことはできない。ただ、密閉性はそれほど高くない。着替えの音がごそごそと聞こえてくる。初冬のこの時期に、泳ごう何て思う人は少ないから、水着売り場は静かだ。ジッパーをおろす音なんかも聞こえてくる。
この薄い扉の向こうに、全裸の香澄さんがいる。水着の試着だから仕方がないけれど、自宅以外で全裸になるのは、変な感じがするなぁ。
着替えは、意外と時間がかかった。男の僕ならぱぱっと着替えるところだけれど、女の子の着替えはそれなりに時間がかかるみたいだ。僕は待つことはあまり気にしないので、閉じられた扉をじーっと見つめながら待っている。
待つこと、10分。ゆっくりと、試着室の扉が開いて、僕はちょっとほっとした。
ネービーにブルーとピンクのラインの入ったハイネックのブラ、ハーフパンツの香澄さんが現れた。水着と言うよりランニングウェアみたいで露出が少ない。いかにも、スポーティーな香澄さんらしい。
「うん、香澄さんらしいね。ブルーとピンクのラインが地味にならなくて、身体のラインもしっかり出て、お洒落可愛い。僕もこれにしよう」
本当は男モノのハーフパンツが良いんだけれど…
「そっそうですか?でも、いつもこんな感じのデザインが多いから、ほっ他のも見立ててくださいますか?」
自分の好みなら、それが一番だと思うよ。でも、僕は素直に頷いた。
「こっこれはどうですか?」
扉はすぐに開いた。水着は上下別デザインのビキニで、ブラは花柄のフレアデザイン。パンツの立体的な花の装飾が、
「すごく可愛いよ。でも、明るい花柄はすごく夏っぽいね。今の時期には合わないかな…温水プールに夏も冬もないか…な?」
「そっ、そうですね、じゃぁ次を!」
次は、フルレースの黒いビキニだった。ローライズで一見すると下着みたいなデザインだ。
「レースが繊細で素敵だね。なんだかショーツみたいだけれど、透けないように作られているんだね」
僕は失礼にならない程度に香澄さんの全身をまじまじと見つめる。うん、下着姿にしか見えない。
「ひっ久先輩はショーツを見ても、恥ずかしくないんですか?」
「え?うん。いつも洗濯しているからね」
それに、響子さんの下着はもっと透けている部分が多くて…パタン。あ、扉が閉まった。
なんだか、着替えるたびに布の量が減っている気がするな…
白いビキニの香澄さんが姿を現した。身体を隠す布の範囲が異常に少ない。パンツのサイドがストリングスになっていて自分で結ぶタイプだ。香澄さんも、すごく恥ずかしがっている。
ぎこちなく一回転すると、お尻が半分見えている。
香澄さんのビキニは、可愛いけれど、さすがに色気が欠けている。精一杯背伸びをしている感じだ。これから泳ぎを教えてもらうんだから、スポーティーな方が良いと思う。
「すごく似合っているよ。でも、それで泳ぎを教えてもらうのは頼りないかな…また僕がしがみついて脱げちゃうかもしれない。二人きりなら良いかもしれないけれど」
七草家のプライベートビーチじゃなくて、他人のいるプールで、それは大事件だ。香澄さんも、自覚があるのか、
「そっそうですね。これはお姉様向けでしたね」
次を試着するためにばたんと扉がしまった。そうか、あのビキニは夏休み、真由美さんが着ていたビキニに似ていたな。
真由美さんは、背の低い事を気にしているけれど、いわゆるトランジスタグラマーだ。胸の谷間がしっかりと出来る。
香澄さんは、真由美さんのスタイルを意識しているのだろうか。
僕は、胸が大きい女性が好きなわけじゃない。美月さんやほのかさんを見ても、とくに何とも思わない。ただ、大人の女性は胸が大きい方がいいなって、何となく思う。
『真夜お母様』も大きかった…よね?一緒に温泉に入った時に…うーん、あの日の事はやっぱり良く思い出せない。
(ああああぁ、恥ずかしい!やっぱりこれはやりすぎ!なっなんで久先輩はあんな冷静に、女の子の水着姿に感想を言えるのよ!)
香澄さんが何か言っているけれど、試着室は密閉されていて良く聞こえなかった。
その後しばらく、試着室からは物音ひとつしなかった。
ん?どうしたんだろう。香澄さんは待ち合わせの時から熱っぽかったし、まさか体調を悪くして倒れてしまった?でも、倒れるような音は聞こえなかったし。
僕は薄い扉の向こうの香澄さんを『意識認識』して確認してみた。
香澄さんの意識は、何だかうずくまってぷるぷる震えているようだった。何をしているんだろう。
僕は『意識認識』をやめて、香澄さんに声をかけようとしたけれど、広げた『意識』の中に、香澄さん以外の『意識』を感知した。すぐ後ろ、5メートルくらい後ろ。それも二つ。
「順調に行っているみたいね」
「そうですか?どうみても中の良い女の子同士のショッピングにしか見えませんが?」
「どうして、私まで…」
「あまり顔を覗かせると気がつかれますよ」
「平気よ、久ちゃんは探知系はからっきしだもの」
「尾行や監視をするとき、顔だけ出すのは逆に目立つぞ」
「他にお客はいないし、あぁ…あの人は久ちゃんの警護の男性ね」
「呆れられている…いや苦笑しているな」
「どう見ても、私達が不審者ですからね」
その二つの『意識』は既知の人物。僕にはある程度、肌の直接の接触があった人物しか『意識』は感じられないから、すぐにわかった。
僕は試着室の扉をコンコンと叩いた。
ゆっくりと扉が数センチ開かれて、香澄さんの顔半分だけが現れた。
「どっどうしました?」
「真由美さんと市原先輩、それと多分だけれど、渡辺先輩が水着売り場の、後ろの柱の影に隠れてる」
「えっ?お姉様がっ!」
驚いていたけれど、思い当たる節は…あるようだ。
「うぅうぅ…」
可愛い顔で渋面を作って、少し考えている香澄さん。
「久先輩!ちょっと、中に入ってください!」
扉の隙間から、白い腕がにゅっと伸びてきて、僕の手を掴んだ。すごい力で僕を試着室に引きずり込むと、扉の鍵をかけた。
「香澄さん?ちょっと待って、靴はいたままだ…あ…」
「…あ」
着衣室内の香澄さんは左手に水着のブラ、右手に僕の手を握って、その間の細い身体は…何もつけていない。全裸だった。
一瞬の間だったけれど、僕の超人的な動体視力は、香澄さんの丸く綺麗に整えられた爪先から、ふともも、お腹、胸を見てしまった。それはもう、ばっちりと。
ひしっ!
香澄さんが僕の視界から逃げるように、自らの裸身を僕に密着させた。狭い試着室でダンスでも踊るように抱き合う僕達。
今は身体が密着しているから香澄さんの裸身は見えないけれど、僕の目の前に香澄さんの潤んだ両目がある。僕は香澄さんの目を見つめている。お互いの熱も呼吸も感じられる距離だ。香澄さんは、羞恥でそのまま硬直しているようだ。
目を見つめたままだと、香澄さんの硬直は解けそうにない。視線を香澄さんの後方に移動させた。
「…あ」
移動させた僕の視線の先には、香澄さんの全裸の後姿を映す大きな鏡があった。香澄さんの程よく鍛えられた太ももとお尻のラインが僕の目に飛び込んでくる。
僕の視線に、鏡と、鏡に映っている自分の後姿をイメージしたのか、香澄さんは身体をぶるっと震わせた。硬直が解けたようだけれど、そのさい、お尻と胸がぷるんっと揺れたのがわかった。
「香澄さん、とりあえず、僕は後ろを向いているから、落ち着いて服を着てね」
僕は目を瞑って、香澄さんに背を向けようとした。でも、香澄さんは僕の手を握ったまま離してくれなくて、方向転換が出来ない。香澄さんのほうが力が強いから無理に後ろを向けない。
「香澄さん?」
「ひっ久先輩は、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!女の子の裸を見てしまったんですよ!普通は、もっと動揺して…」
女性の裸は見慣れている…なんて事はないけれど、まったく見たことがないわけじゃない。自宅のお風呂では澪さんたちは湯着なんて着ないしね。
「ずっずるいです。ボクばかり、恥ずかしい思いをして…」
ふるふる震える全裸の香澄さん。潤んだ瞳から、涙がこぼれそうだ。僕はブルゾンのポケットから清潔なハンカチを取り出すと、香澄さんの目じりにそっと当てる。
「ごめんなさい。でも、まずは落ち着いてね。見てしまったことは謝るから…」
「見たって!?どこまで見たんですか!」
「全部。僕の動体視力は…」
「…全部って…ぜんぶ…見たんですか…ずるいです。だったら、久先輩も脱いでください。ボク…わっ私も、久先輩の裸を見ますから!それであいこです!」
香澄さんが、テンパって奇妙な事を言い出した。僕が服を脱いで、何の解決になるんだろう。
でも、狭い部屋に自分だけ裸って言うシチュエーションは確かに変かも。僕も数日前、達也くんの家で同じような経験をしている。
僕も達也くんもその状態で比較的冷静、無感動で、お返しに達也くんの裸を見たいとは思わなかったけれど、女の子の感覚では、見られた仕返しに、見てやろうと思う物なんだろうか。
女心は、僕には当然わからないから、香澄さんの言うことが正解なんだろう。
「うん、わかったよ。僕も脱ぐから、手を放してくれる?」
「え?」
自分で言っておいて怪訝な声を上げた香澄さんが手を放した。自由になった僕は、するすると服を脱いでいく。
「あっ、その、え?あ?ちょっ」
香澄さんの言葉にならない声を無視して、僕は脱いだ服を丁寧にたたみながら、あっという間に下着も脱いで、全裸になった。そして、一歩下がって、香澄さんに僕の裸を良く見えるようにする。
香澄さんは、腕で大事な部分を隠しているけれど、羞恥心が欠けている僕は特に隠さない。だいたい、僕のような貧弱な子供の身体を見たところで、嬉しくはないだろう。
僕の身体は、肉が薄いし、肋骨が浮いている。向かい合う香澄さんは、真っ赤な顔で猛烈に照れているけれど、視線を逸らしたりはまったくしないで、僕の身体を凝視していた。
「おぉおぉぉ、お父様とは…違う…ね」
え?うん。男性的な魅力は皆無だよ。
僕達は、お互いの裸を(香澄さんは隠しているけれど)見詰め合っていた。
それは奇妙な時間だった。短い時間なんだけれど、ものすごく長く感じられる。香澄さん、ちゃんと隠さないと、ちらちら見えているよ。何がって?何がでしょう。
僕の裸身を凝視していた香澄さんがふらふらっと、いや、ふわふわっとした足取りで、僕に一歩近づいた。
ん?どうしたんだろう。熱にうかされているような表情だ。香澄さんの潤んだ瞳が近づいてくる。大事なところを隠していた両腕から力が抜けて、僕の細い身体に伸びてくる。
ピンクは見ちゃいけないよね…そう思った僕は、両目を塞いだ。香澄さんも、両目を塞いだのが、気配でわかった。それくらいお互いの距離は、ゼロだ。
香澄さんが少し腰をかがめた。僕のほうが背が低い。
心臓の鼓動が、聞こえてくる。香澄さんのルージュをひいた唇が、僕の唇に重なりそうなほど近くなって…
ドクン、ドクン。
ドクン、ドクン…
ドンドンドン…ドンドンドンッ!ドンドンドンドンっ!!
ん?
「ちょっと!香澄ちゃん!久ちゃん、試着室に二人して閉じこもって出て来ないけれど!何をしているの!」
「ナニじゃないでしょうか」
「おっおい、いくらなんでも二人は高校生だぞ。私も修とは初デートの時はそんな事まで…」
ドンドンドン!
外から乱暴に扉を叩く音が試着室内に響く。それは小さな試着室が揺れるほどだ。
香澄さんの唇が、僕の唇に触れる直前、香澄さんが、驚くほどの勢いで、後ろに飛び退った。すさまじく狼狽している。『魔法師』は冷静さが大事なんだよ。
「ひっ、久先輩、あっあの!」
「ああ、うん。まずは服を着ようか」
僕は冷静に言う。香澄さんが慌てて下着を着け始めた。僕たちは狭い着衣室でお互いの身体をぶつけながら、服を着る。
その間、ドアを叩く音は止まなかった。
「早く開けなさい!」
いやいや、僕達が服を着終わるまで、その扉は天岩戸です。
一ヶ月ぶりです。
この期間中に飛び飛びで書いていました。
余分が多かったので削ったりしたのですが、なんだかまとまりが無い話になってしまいました。
ラブコメは難しい。ラブコメは勢いだと思います。
エタってないですが、中々気力が足りないです。
でも、今後も頑張ります。
今回の話、達也の家で久が全裸を見られる話の対になる話です(笑)。
久は大人の成熟した女性の身体にはどきどきしますが、
香澄くらいの体型の裸にはあまり動揺しない変な子です。