パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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往路

 

 

25日夜に狙撃されて瀕死の重傷を負った僕は、30時間以上をかけて撃たれた心臓と左肩を『回復』させた。少なくとも外傷は消えて、白い肌が戻っている。

左肩の失われた部位まで元通りに出来たのだから『回復』は常人のそれを凌駕している。

痛みもなくなったし、もう命の心配はしなくてもいいけれど、ぐっと体内のエネルギーを使い尽くした感じだ。体調が戻るまでは一ヶ月はかかりそうだ。激痛が2日で済んだのだから良しとしないとだけど、無理矢理に『回復』しても完全回復まで結局は同じ時間が必要なんだから、ままならないなぁ。

今は、ただ苦しい…キッチンの床にぐったりと横たわっているしかない。怪我人から病人になったわけだ…去年の二月ごろ、生駒の九島家に現れた時の体調に逆戻りだ。本当にままならない。

それにしても『回復』を意図的に使えるとは驚きだ。

自分の事なのに、本当に何もわからない。

 

狙撃した組織が、大亜連合の講和反対グループだとしたら、僕が五体満足な姿でいるところを早めに衆目に晒さないといけないなぁ。体調不良で引きこもっていたら悪い方に利用されるだろうし。

大亜連合。面倒な国が隣にある。まぁ何千年も昔から周囲にけんかを売ってる国だけれど…ちょっと滅ぼしてこようかな。

でも以前、市原先輩が言っていた。世界は大亜連合だけじゃないって。もっと面倒な国や組織が敵に回るかも…そう考えると、国防軍の開戦派も犯人候補になるな。国防軍がこの国の最大戦力の僕を狙うとは思えないけれど、どこにだって狂人はいる。僕だって狂人だし。

『戦略級魔法師』という肩書きだけじゃ不可侵の存在にはなれないのか。

じゃあどうすればいいのかな…

僕はどの派閥、思想組織にも組み込まれていない。魔法師の世界では僕は九島家の一員と認識されているけれど、現当主は僕の事をガン無視してるから、あえて言えば魔法科高校かな。あぁ、魔法科高校は組織として何の役にも立たないんだった。

強力な力を持つ個人よりも組織の方が恐れられるけれど、そうなると自分の主義や立場をはっきりとしなくちゃいけない。難しい言葉で言うと『旗幟を鮮明にする』だ。

僕の主義主張…『家族だけ』を護りたい。

そんな個人的な主張を受け入れてくれる組織なんてあるかな?

誰もが認める強大な力があって、家族を大事に想い、裏社会でも幅が効く。経済的にも豊かで、手を出したらただじゃすまないなんて噂があって、恐れられて…

ん?そんな組織…身近にあった気がする。まぁそんな組織も内側は別の思惑が渦巻いているんだろうけど。

ちょっと疲れたな…流石に…眠…い…

 

 

浅い眠りの中、血や尿で汚れた魔法科高校の制服が気持ち悪くて脱ごうとしたんだけれど、濡れている上に破れている制服を横たわったまま脱ぐのは難しくて、しかたなく『念力』で引きちぎった。

ただ、中途半端に引きちぎったせいで、破れた制服で縛られているみたいになって、しかも長い黒髪が体中にまとわりついて、妙に耽美でなまめかしい半裸になっている。

僕の細い身体の周りには空になったエネルギージェルとプリンのビンが散乱しているし、食べ残しがこぼれている。何とも奇妙で猟奇的な光景になっている。

半裸で寒いから室温を空調でガンガンあげているせいで、屋内は猛烈な臭気が満ちていた…

今、何時かな…

 

「澪さんと響子さんが帰ってくる前に掃除をしなくちゃ…」

 

僕が狙撃された事は秘密にしておかないと心配をかけちゃう。

まずはこの悪臭だよな。換気して空気の入れ替えをしないと。ええと換気システムはどのコントロールパネルだったかな。

人間の鼻は臭いに慣れるけれど、僕でさえ臭いと感じるんだから…

 

「こっこれはっ!?」

 

「久君っ!!」

 

勢い良く玄関ドアが開く音がして、直後、響子さんと澪さんの悲鳴がキッチンまで聞こえてきた。

あぁ二人とも帰ってきちゃった。二人一緒に帰ってくるなんてすごい偶然だけれど、新鮮な外気を吸っていた二人にしてみたら、この臭気はとても耐えられないだろうな。

でも、玄関から廊下、キッチンに撒き散らされた僕の血はかなり乾いているから、怪我の程度はわからない筈だ。

二人が靴を履いたまま廊下を走ってくる。澪さんの半狂乱の声が聞こえる。その声を聞いて、僕は逆に安心してしまった。大亜連合との捕虜交換は何事もなく済んで、二人とも無事に帰って来られたんだ…

靴…僕は靴を履いていないな…どこで脱いだんだっけ…キッチンの床を見ながら考えていると、扉が開いて二人の足が現れた。

 

「澪さん、響子さん、お帰りなさい」

 

僕は足に向かって話しかける。

 

「うっ」

 

「あぁっ!」

 

ぐったりと半裸で横たわる僕とキッチンの惨状に、二人の美女は絶句した。

 

その後は、もう大変だった。

澪さんは大粒の涙を流しながら取り乱すし、響子さんもいつもの冷静な職業軍人ではいられなかった。大事な人を失う苦しさを、思い出したのかもしれない。

澪さんに抱き起こされた僕は、にっこりと笑う。殆ど死人のような顔だけれど、笑ったつもりだ。

 

「澪さん…服が汚れちゃうよ」

 

「そんな事!怪我はっ!あの出血は…え?どこも怪我はしていない…?」

 

澪さんが僕の肌の露出した部分を隅々まで調べたけれど、外傷がまったくない。そのかわり僕の顔色はなく、全身が薄汚れて体温も異常に低下して冷たくなっていた。

ぺたぺたと僕の肌に触れる澪さんの手は温かいな。

 

「怪我はしていないよ」

 

「ライフル弾の弾痕がふたつあったけれど…」

 

響子さんが水道水で濡らしたハンカチで僕の顔を拭ってくれた。

屋内の掃除をして狙撃の隠蔽をしようと思っていたけれど、弾丸の事は失念していた…二人が玄関の弾痕を見過ごすわけがない。

 

「うん、狙撃されたんだ」

 

素直に白状する。

 

「なっ!?」

 

「ああ、犯人は『消した』から大丈夫。それに、あんまり腕もよくなかったね。二発ともかすり傷だったし。二キロ先からだったからそんな簡単には当たらないよ。いくら『魔法』を使ってもね」

 

僕は狙撃犯の事を簡単に説明した。

 

「かすり傷って…対魔法師用のスナイパーライフルはかすっただけでも肉をえぐられる威力のはずよ。表には血痕はなかったけれど?」

 

「うん、『蒸発』で血も肉片も消したから…あっ」

 

「くっ!」

 

二人が飲み込むように悲鳴を上げた。しまった…響子さんに誘導されて余計なことまで自白してしまった。やっぱり思考が鈍っている…

 

「玄関の血はかなり乾いていたけれど、量からして致命傷…」

 

ああ、それで二人とも慌てていたのか。

 

「平気。なんとか自力で治せる程度の傷だったから」

 

響子さんが僕の白い身体を疑わしげに見つめている。少なくとも外傷は全くない。尋問は続く。

 

「久君は『治癒魔法』は使えなかったはずよね」

 

「うん、しかもCADは壊れちゃったから、『念力』で細胞の働きを活性化して、怪我を治したんだ」

 

「『サイキック』ってそんな事までできるの…?」

 

「時間がかかったし体力も消耗したけれど、平気。お腹がすいて冷蔵庫のプリンを食べるくらい元気だよ」

 

プリンは食べ散らかされて、辺りにこぼれている。

 

「狙撃されたのはいつなの?」

 

「25日の20時過ぎ、学校から帰ってきたとき…」

 

「それから丸二日、ここで横たわっていたの?予定通り金沢に行っていると思ってたのに…」

 

「うん、将輝くんにはちゃんと携帯で連絡しているよ。体調不良で金沢に行けなくなってごめんって。それくらいの余裕があったから大丈夫」

 

だから騒ぎにならなかったんだけど、二人が苦悶に満ちた表情になる。心配かけないよう僕が強がっている事は二人にはお見通しだ。かすり傷ならこんな姿と場所で二日も倒れているわけが無い。

 

「それより、ごめんなさい、家の中汚しちゃった」

 

「それはどうでもいいから。まずは久君の身体を綺麗にしないと。澪さんお願いできる?」

 

澪さんは響子さんの尋問の最中、僕の小さな身体を黙って抱きしめてくれていた。ワンピースが汚れちゃった…澪さんがポケットから携帯型のCADをとりだすけれど、

 

「あっ、『魔法』よりも、僕、お風呂に入りたい。汚れもそうだけれど、全身が冷え切っちゃって…」

 

暖房はかけたけれど、手足が冷たくて、痛い。ただでさえ僕の平熱は低いのに、爪先なんて凍っているみたいだ。

響子さんが僕の小さな身体を軽々とお姫様抱っこして浴室に連れて行ってくれた。意外に力持ちだ。

バスルームの冷えた空気は澪さんが『魔法』で一瞬で暖かくしてくれた。その間に響子さんがまとわりついた制服と、血と尿で汚れた下着を脱がす。

全裸になったけれど、僕は特に恥ずかしがらず、響子さんにささえられてバスチェアにぐったりと座る。鏡に映った僕の裸体は、たったの2日でがりがりになっていた。人形じみた顔は人形そのもののように生気が無い。

僕はぐらぐらと不安定に座っていたから響子さんがずっと身体を支えていてくれいる。澪さんがシャワーで身体についた汚れを流す。血の混じった雫が二人の服を濡らしている。

 

「二人とも服が濡れてるよ…あ、汚れは、僕が洗濯するからいつものカゴとは別の…」

 

「「いいから、大人しくしてないさい!」」

 

涙目で怒られた。ボディーソープを泡立てたスポンジで身体を洗ってくれるのは良いんだけれど…

 

「ひゃぅん。あっ、そこは自分で洗うから…」

 

「だめです!」

 

澪さん!ちょっ、響子さんもここぞとばかり僕を羽交い絞めに…こんな時にいつもみたいに僕をからかって遊ぶ…いや、目が真剣だ。

 

「あぁらめぇぇぇぇ、はうぅぅ」

 

何とも可愛い声を出しながら身体の隅々まで洗われてしまった。

 

ぐったりとした僕が、湯船で温いお湯に肩まで浸かっている間に、二人は家の中の汚れを『魔法』で隈なく綺麗にしてしまった。あっという間で、外で警備している『魔法師』にも気がつかれなかった。

これで玄関の弾痕と病人状態の僕以外、狙撃の証拠はなくなったわけだ。

今回の事は二人の胸の内にしまっておいてもらう。もし表沙汰になったら、下手をすると戦争の引き金になるかもしれないし。

唯一の物証のライフル弾は響子さんが回収して、調査してくれる事になった。

『電子の魔女』が調べるのだから武器の出所はいずれ知れるだろうけれど、犯人と結びつくかはわからない。

自宅の防備も一考しないと。生垣は環境には優しいけれど、防御力はないからね。

 

夜、寝室のキングサイズのベッドでいつものように川の字になって眠る。ベッドは柔らかいなぁ。当たり前だけれどキッチンや玄関の床とは別次元の心地よさだ。

いつもより二人の距離が近くて、石鹸とシャンプーの香り、二人の甘い体臭とぬくもりにつつまれる。ベッドよりも柔らかいや。

二人の体温のおかげで、『意識』とか『回復』とか、そんな自分でもわからない思考からやっと開放された。

考えるのが億劫になって来たともいえるけれど、そうなると、本能的な感情が首をもたげて来た。

 

九校戦で『パラサイドール』が凍結させられる時の恐怖の感情は、僕の『精神』をがりがりと削って錯乱一歩手前にまでなったけれど、今回は自分自身に起きた事だ。

呼吸が止まり、心臓が止まって、脳も止まって自分自身の存在が過去に置き去りにされる。

積み重ねてきた経験や知識を失い、『意識』が霧散して、消滅してしまう…

『ピクシー』は『パラサイト』は生存本能が強いと言っていた。

僕もそれなりに生存本能があるけれど、それは『精神支配』より弱い。だから70年前、特攻を命じられても拒否できなかった。

これまでも達也くんに敵対するなら自殺するなんて言って来たけれど…

温かい布団に包まれているのに、ぞわぞわと太ももからお腹にかけて這い上がって来る形容できない感覚…これが自分自身の『死』の恐怖なのか。

殺戮兵器の自分が死を恐れるなんて滑稽だ。

昔の僕に比べると大事な物が多くなった。昔はそんな物がなかったから簡単に死ねたけれど、今は失う物が多くなって怖くなっているんだろうな。

僕の左右で静かに眠る澪さんと響子さん。達也くんに深雪さん。光宣くん、『家族』、友人、『真夜お母様』。

でも、もし、その『家族』が僕の死を望んだとしたら…僕はどうするのかな。

うぅん、こんな仮定の思考は停止しよう。体調不良で弱気になっているんだ。

両隣の二人は、僕の身体を抱き枕にして眠っている。抱き枕にしては骨ばっているけど、護ってくれているんだよね。嬉しいな。本当に嬉しい。

僕も二人を抱きしめるように眠る…ん?澪さん、少し胸が大きくなったような…もぞもぞ、ん、気のせいだね!

 

今夜の僕は熟睡できそうだ…

 

 

翌日、12月28日は寝室で大人しく寝ていた。やっぱり『吸血鬼』事件の時と違って一晩では元気になれなかった。

響子さんもお休みで、澪さんと二人で僕の看病をしてくれたんだけれど、気のせいか澪さんの態度に違和感がある。

僕への態度じゃなく、響子さんに対して少しぎこちない…二人は一歳違いの同世代だから共通の話題も豊富だけれど、今日の澪さんは口数が少ないな。喧嘩とは違う、どこか気まずいみたいな感じだ。響子さんは澪さんのその態度に、僕の病状が心配で気分が落ち込んでいると思ったみたいだ。

ベッドでぐったり寝ていても僕は食いしん坊だから、三食とおやつはガッツリ食べる。その事は二人ともこれまでの生活で知っているから、病人食じゃないちゃんとしたご飯を作ってくれた。

キッチンからあまり弾まない会話が聞こえてくる。

 

「久君は大丈夫よ。ゆっくり温泉で養生してきて。あー私も行きたかった。年末年始くらい軍務を忘れたいわ」

 

「ええ、ありがとう」

 

僕の怪我の事とは違うみたいだし、五輪家で何かあったのかな?

 

実は今夜は七草家のパーティーと言う名の忘年会に招待されていたんだけれど、この状態では参加は無理なので、昨夜のうちに不参加のメールを送っている。

真由美さんから了解のメールと共に「お腹を出して寝てちゃ駄目よ!」と追記があった。将輝くんもそうだけれど、どうしてみんな僕がお腹を出して寝ていると思うんだろう。まぁ実際はお腹どころか半裸でキッチンの床で寝ていたんだけれど…

 

僕の血に濡れて壊れていたデバイスと指輪型CADは、血が乾いた後に澪さんの『魔法』でクリーニングをしたら使えるようになった。こう言った繊細な『魔法』は敵わないなぁ。それに流石はトーラスシルバー謹製のCAD、耐久性も一流だ。

でも念のために、冬休みが明けたら達也くんに調整してもらわないといけないな。

うっかり水に落としてしまったとか、そんなウソが達也くんに通用するかな…

 

翌29日、僕と澪さんは、澪さんちのリムジンで山梨の清里に予定通り向かった。温泉での保養が湯治になっちゃった。

響子さんは今日から年末年始関係なく軍務だって。労働基準法は守られているのだろうか。

澪さんの憂いのような違和感はこの日も残っていた。響子さんもそれに気がついた。何かあった事は確実だけれど、澪さんがいつも通りを貫いているから、僕も聞かないでいる。

 

正午ごろ、僕達を乗せて練馬を出発したリムジンは、前後に護衛の車両、上空にはヘリという陣容で、ゆっくりと山梨に向かっていた。

僕は澪さんの太ももに頭を乗せて横になっていたし、澪さんも僕の手をしっかり握っていてくれた。誰かがすぐ隣にいるって物凄い安心感がある。それが澪さんなら僕は全身全霊をゆだねることが出来る。

リムジンは振動を感じさせず、高速道路を走っていた。

僕の体調はあまりよくない。胸が締め付けられて呼吸が苦しい状態が続いている。『回復』で治ったのは見た目だけで内臓はまだ完治には程遠い。

「はぁはぁ」と呼吸音が静かな車内に響く。決して澪さんの香りで興奮して息が荒くなっているわけではない。でも良い香り…

 

今日の移動は国が派遣した『魔法師』に護られているから、僕の出番はないはずだけれど、僕を狙撃した組織が不明な現在では、油断は禁物だ。澪さんも緊張感を持っているし、僕もなけなしの警戒を周囲に向けていた。

 

「ん?」

 

高速道路を走るリムジンが山梨の甲府に入ったあたりで、僕は閉じていた目をすっと開いた。

 

「どうしたの?」

 

澪さんが敏感に反応した。

 

「うぅん、なんでもないよ。僕の頭、重くない?」

 

僕は笑顔を作って、澪さんの顔を見上げる。

 

「まだ目的地までは時間がかかるから寝てて良いですよ」

 

「うん」

 

僕は再び目を閉じた。澪さんは狙撃事件のこともあって、いつにもまして優しい。心配をかけちゃいけない。

でも、純粋な『魔法師』の澪さんでは感じられなかったみたいだけれど、『サイキック』の僕はその異変に気がついた。不均質で粗雑な『能力』の波動…

北西に10キロほど行ったあたりで誰かが、いや複数人の『サイキック』が戦闘をしている。一人一人の能力は悲しいくらい低い。『魔法師』ではない。純粋な『サイキック』だ。

おかしいな。僕は自他共に認めるほど探知系は不得手だ。『サイキック』も『魔法』も視界に入っていないと気がつけない。横浜事変ではそれで『発火能力者』に苦しめられた。

この『サイキック』は僕の『能力』に似ている。感覚としては奇妙な物だけれど、『能力』を使っている時だけその存在を感じられる。でも、『サイキック』の効果範囲が異常に狭いみたいだ。自身の身体と周囲数十センチ程度…

そこではたと気がついた。この『サイキック』は『人造サイキック』だ。

群発戦争時代、『多治見研究所』でのサイキック実験の結果から開発され乱造された欠陥兵器。

それも僕と同じ施設にいた『弟たち』のように手探りで造られた『サイキック』じゃない。僕の遺伝子情報を用いて画一的に生産された、最後期のシリーズのようだ。

烈くんによると『人造サイキック計画』は、血縁による魔法師開発で『十師族』やナンバーズが生まれたことによって規模は縮小。その後も細々と続いていたけれど、それも40年前に打ち切られた。

計画凍結後、『人造サイキック』は処分される所を烈くんの口利きで施設軟禁という事になった。生存していれば今は60歳前後になる、僕の『弟』たち。

その『サイキック』たちが誰かと戦っている。どうやら不利のようだ。『能力』が発動しても鉈で切られるように、一人また一人と倒されている。

何故この時期に?集団で収容施設を脱走したのだろうか?

脱走しても逃げ場所なんて無い。たとえ逃げ延びても、人知れず静かに生活なんて事はまず無理だ。脱走兵としていずれ国防軍に狩られるだけ。自分達が『魔法師』と比較して劣っている事は理解しているはずなのに?

疑問符だらけだ。でも、僕は『サイキック』たちを助けようとは思わなかった。『サイキック』たちが同じ施設にいた『弟たち』だったなら何を置いても助けに行ったけれど、あの子達はもういない。

『人造サイキック』とは言え、何十年も施設に軟禁されていたのは、能力を危険視されただけじゃなく人間的にどこか問題があるからだろう。強化人間は精神がイビツになるし数十年も閉じ込められていてはなおさらだ。

ひょっとして兵器として最後の機会を与えられたのかな?兵器だから戦いの中で死にたいと思ったのかな?

いや逆かな。『人造サイキック』の存在を疎ましく思う誰かが、年末の大掃除をしようとしたのかも。世界は『灼熱のハロウィン』から混迷の一途、過去の遺物は今後の『魔法師』全盛の時代には無用の長物だ…田舎とは言え人目もある街中でって疑問はあるけれど…うぅん、どこの組織にも組していない僕には状況も思惑もわからない。

そんな事を考えている間に、戦闘は数分で終了した。『パラサイト』の時と違って断末魔の悲鳴が聞こえなかったから、勝敗も生死もわからない。彼らのその後も。

冷たいようだけれど自分の運命は自分で何とかしてもらうしかない。僕だって自分の事で手一杯だし、そもそも今は身体が不自由だ。思考も鈍っている。

僕は『サイキック』の声にならない声から耳をふさぐように寝返りをうって、澪さんのお腹に顔を埋めた。殺伐とした戦闘より、澪さんの膝枕でいつまでも寝ていたい。

 

それにしても、このタイミングで僕の『過去』にニアミスするなんて…

 

 

リムジンはその後、高速から一般道に降りて田舎のうねった道を進み、何の問題もなく、清里に到着した。警護のヘリは近くの国防軍北富士駐屯地で待機、『魔法師』も宿の周囲を僕達の目に付かない位置で警戒に当たってくれてる。

宿は昔ながらの懐かしさを感じさせながらも、古民家を現代建築で再生した温泉宿だった。

一日一組限定で囲炉裏やカウンターもある。広い露天風呂も小さな檜風呂もあって、当然、大きなテレビもある。セキュリティーも万全で防弾ガラスからの眺望は雪を冠したアルプスの山々で、他の建築物は一切視界に入らない。静かに聞こえてくるせせらぎは、宿の横に人工的に作られた小川だって。

宿泊客よりも従業員の数が圧倒的に多いけれど、接客は二人程度で隠れ家的な雰囲気も作り出している。広すぎず狭すぎず計算された空間…はっきり言って超高級な宿だ。ここは『四葉』の系列の宿なんだけれど、その事は秘密になっている。

僕にはちょっと贅沢すぎて気後れしちゃいそう。

澪さんは平然としている。五輪家は七草家に匹敵するお金持ちだ。こんな宿を二人で貸切なのだから、いつもなら「夫婦水入らず」とか「しっぽり濡れて…」とか言って僕が突っ込むのがお約束の筈だけれど…

澪さんはどこか元気が無い。響子さんへの態度と言い、何かを隠しているみたいだ。

 

「なんにしても、まずは温泉だよね。美味しい物を食べて、のんびりしようよ澪さん」

 

僕は努めて元気な声を出す。

 

「ええ」

 

澪さんも静かに頷く。

こんな空気の美味しい綺麗な場所に保養に来たけれど、体調不良で立っているのも辛いから散策も観光もレジャーもできない。まぁ、どうせ僕達は引きこもりだ。たとえ元気だったとしても食事と温泉以外は大きなテレビの前から動かないんだよなぁ…汗。

とりあえず僕は美味しい物さえ食べられれば幸せだ。澪さんもいるしね。

 

 

 

体調不良に『過去』との遭遇、澪さんの態度、京都での論文コンペから続いている僕の不安感。

囲炉裏に薪がくべられて室内は暖かい。窓の外は鈍い色の空からちらちらと小さな白い粒が降って来ていた。冬の山々は、澄んだ空気の中すごく綺麗だった。でも僕は、雪を頂く峰に圧迫感を感じずにはいられない。

僕は『予知能力者』じゃないけれど…2096年もあと2日で終わる。

 

 




初期の構想では、達也が警察の介入で倒し損ねた『人造サイキック』を比較的元気な久が倒す予定でした。
「僕に殺されるのが一番の供養かもね。まぁ倒されるほうにしてみればフザケンナだけど」とか言いながら。
しかし、狙撃事件を1月3日から12月25日に移動させたことで、現在の久は肉体的にも精神的にも弱っています。
一方的な殺戮と澪さんの膝枕どちらが良いか。当然、膝枕を選びますよね!
そして、運命の31日がやってきます。
不安感を煽りまくられ、肉体的にも弱らせられた久の運命は!

すべては真夜の掌の上なのですが、次話は書くのは難儀しそうです。

そして4月現在、とても難儀しています…汗。

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