ご注意ください。
討論会からしばらくすると、一校を自主退学する生徒が増えた。
勉強についていけない生徒もいただろうけれど、事件のショックで魔法師の世界に恐怖を覚えた生徒がいたのだろう。
烈くんが言っていたように、今は平和ではなく、それなりの覚悟が必要な時代のようだ。
深雪さんは相変わらず優秀で、雫さんほのかさんも他を抜きん出ている。
森崎くんだってクラスでは突出した成績なのだ。二科に対する態度は相変わらずだけれど。
僕は、レオくんとともに頭を抱えながら、一生懸命勉強している。
その森崎くんが落ち込んでいた。
尋ねてみたら、友人の一人が一校を辞めてしまい、その後連絡がいっさいとれなくなっているんだそうだ。
そう言えば、いつも一緒にいた彼の姿が無い。彼の事だろうか、名前は…なんだったかな…
何でも世界的に魔法師の誘拐失踪事件が報告されているそうで、未熟な学生は格好の標的になる。
特に魔法科高校の生徒は良家の子女も多いので、要人警護を生業としている森崎くんの実家は大変忙しいそうだ。
「みんなも気をつけるんだぞ」
クラスの皆に警戒を促したり助言をしていた。
森崎くんは面倒見も良く、生徒や教師たちからの信頼は厚い。
深雪さんの森崎くんへの評価は…いわずもがなかな。
町中に監視カメラが設置されているけれども、出来るだけ人通りの多い道を歩くように言われ、僕も頷いた。
自宅近くのキャビネット駅を降りると、コミューター乗り場だ。駅から自宅までは住民IDで空のコミューターを利用するのは一般的なんだそうだ。
僕はコミューターの狭い空間が落ち着かないので、自宅まで歩くようにしている。身体を鍛える意味もある。
前方の路側帯に黒いバンタイプの自走車がとめられていた。
僕は特に気にもとめず、黒い車の横を通り過ぎる。
すると、大きな手が僕を後ろから羽交い絞めにしてきて、扉がスライドして開いた車の中に乱暴に放り込まれた。
僕は背中からどすんと落ちて、一瞬呼吸が止まったけれど、すぐさま起きて、外に逃げようとした。
けれど、車内にいたもう一人の男が、僕の首に棒状のものを突きつけてきた。
プシュッっと言うエア音がして何か液体をうちこまれた。睡眠薬?と思うまもなく、手足から力がぬけ、僕は前のめりに倒れた。
扉が閉まる音がして、男が「出せっ」と叫ぶと車はタイヤをきしませながら急発進した。
僕は冷たい車の床にうつぶせになっていて、そのまま意識を………
失わなかった。
薬はかなり強力で、僕の小さな身体には過剰な量だった。そのせいで身体は動かず呼吸も苦しい。目もかすんでいる。
でも意識はしっかりしていた。
僕の身体は、意識があれば、どんどん回復していく。第二の本能になるくらい、訓練してきた結果だ。
体内に入った異物を排除しようと、ぼくのサイオンと細胞は活発に活動を始めている。
この程度の薬なら1時間もあればだいたい抜けるだろう。
ただ、その間は物凄く痛い。熱もでるので、苦しい。
たまらず「うぅ…」とうめき声をあげてしまった。
薬が完全に効いていないことに驚いたのか、男の一人が硬い靴で僕の頭を蹴り飛ばした。
その蹴りは容赦がなかった。薬の量といい、この誘拐犯は僕が死んでも構わないようだ。
僕は車内をごろごろ転がり、扉にぶつかった。
今の蹴りで頬が切れて、口の中に血の味がひろがった。お馴染みの、いやな味だ。
でも意識はあった。
僕は本当に死んだように、じっと動かず耐えていた。追撃はこず、誘拐犯たちは車での逃走に集中し始めた。
ドコの誰かはわからないけれど、白昼の誘拐劇、それも監視カメラの中での行為だ。
すぐにでも警察が動き出して、僕を助けに来てくれるだろう。
でも助けが来るまで、僕の身に起きることまでは警察もどうにもできないだろう。
車は監視カメラの追跡も気にせずゆっくり走っている。追跡を逃れる手段があるのだろう。
だとしたらそれなりの組織だ。
僕を待ち伏せして誘拐を実行した事から、準備期間もかけた計画的な誘拐だろう。
この誘拐が、僕個人を狙ったのか、魔法科高校に通う未熟な魔法師を狙ったものなのかは、わからない。
それにしても全身が針で突かれているように痛い。考えるのが億劫になってきた。
まずは誘拐犯を観察しながら、回復の方に集中することにしよう…
車はかなり長いこと走っていて、やがて車ごと何かの建物の中に入っていった。
僕は男に軽々と肩に担がれ、車から連れ出される。
一瞬、潮の香りがした。海が近いのかな。
建物は何かの倉庫のようだった。天井も高く、大きなコンテナが整然と並んでいた。かなり丈夫そうな建物で、多少の騒音では外には聞こえなさそうだ。
倉庫のコンクリートの床に無造作に放り投げられた。痛かったけれど、がまんする。
男たちは三人、大きいのと、小さいのと、太っているの。
日本人のようだ。犯罪組織の下っ端構成員といった雰囲気で、暴力になれている態度だ。
CADと携帯端末は車内で奪われていた。そういえば手提げバッグはどうしたのかな、たしか車内に投げ込まれたときは手にもっていたはず。
手足は痺れていたけれど薬はだいぶ抜けていて、逃げようと思えばいつでも逃げられる。首だけ起こして周りを見た。
ふとこちらを見た三人と僕の目が、偶然合ってしまった。
「何故動ける?」と慌てる男たちが僕の方に駆けてくる。
めんどうだな、もう少し様子を見ていようと思っていたのだけれど、まあ、いいや、殺そう。
そう考えた僕の首に、誰かがさっきの棒状の器具を押し付けた。
しまった!もうひとりいたのか!
プシュッ!薬が打ち込まれた。、僕の首は焼けゴテを押し当てられたように激しく痛んだ。
「ごえぇえあ」
今のは僕の声か?僕は身体をのけぞらせ、ケイレンする。痛い、痛い。全身が、滅茶苦茶痛い。
「油断するな、魔法師は人間じゃないんだぞ」
僕に薬をうった男が言う。3人よりも身なりが良い。構成員でも現場指揮官クラスだろう。
「すみません、でも、薬をそんなにうったら、そのガキ、死ぬか再起不能ですぜ」
「かまわん、最悪、脳みそだけでも手に入ればクライアントは満足する」
脳みそだけ?どう言う意味だろう。
僕はびくんびくん震えながら、コンクリートの床を指で引っかく。
こんなに痛いの久しぶりだ…
「じゃっじゃぁさ、このガキ、やっちまってもいいかな」
太った男が、垂らしたよだれを、毛むくじゃらの腕でぬぐいながら言う。すごく、嫌らしくて気味が悪い。
「またかよ、男をやってなにが楽しいんだ?」
「いいいだろ、魔法師は遺伝子をいじくっているから可愛い子が多いんだ。そっそのガキは特別可愛いぜ」
「たしかにファイルを見たときは女だと勘違いしちまったぜ」
「こんなべっぴんな男の子、もう二度と味わえねぇだろうからさぁ」
男の娘じゃなく、男の子って言ったな…
「まぁいいだろう、日本の優秀な魔法師の卵を一人でも減らせば、我が国の利益になるからな、だが程ほどにしておけよ」
「ありがとうございますぅ、ぐへへ」
太った人はいやらしく笑うと、上着を脱いで上半身裸になった。
上着を脱ぎ捨てると、僕に覆いかぶさるように四つんばいになる。油っぽい体臭が気持ち悪い。
脂肪でたるんだ醜い顔が、僕の顔に近づく。僕の髪や耳元の匂いを嗅ぎ始める。
「ひぃぃ」
かすれたような声を上げる僕。
嗜虐心を刺激されたのか男の呼吸が荒くなる。すごく獣臭い。
男は一校の制服をむんずとつかむと、無造作に左右にひっぱった。ボタンがとぶ。
うぁ…大事な制服が…
制服のしたの白いシャツの襟を引きちぎると、ビリビリの布地から、ぼくの薄い胸とお腹があらわになる。
「ぐへへぇぁ、綺麗な肌だなぁ」
無骨な指が、僕の胸からおへそをなぞる…
「やぅやめ…やめぇ」
薬のせいで声が上手くでない。全身の激痛に、本能的な恐怖。初めて感じる恐怖だ。物凄く気持ちが悪い。
「始めは痛いけど、すぐ気持ちよくなるぜぇ」
男が、僕のズボンのベルトに手を伸ばす。がちゃがちゃと金属音をたてベルトをはずそうとする男。
「やっ…やめ…ろ」
「ぐへっぐへっぐへへへはふぅ、はぶぅ、はぶぁ、ぶはぁはぁ」
男の笑い声が、意味をなさないあえぎにかわる。
「おいおい、ほどほどにしとけよ」
僕たちに背を向けて、他の3人は端末を操作していた。太った男の行為には興味がないようだ。
「はぶうぅ、はがう、ぼあぁぁぁあおあげぶぁひががががぁぁ」
「うっせぇな!静かにやれよ!」
怒った男たちが、こちらを振り向き、驚愕の顔を浮かべていた。
太った男が、僕の上空に浮かび、両手両足を大の字に広げ、不自然なまでに反り返っていた。
「あがっあががががが、あがぁああひいいぃいぃい!」
男は、そのまま巨人の強い力に引っぱられるように、真っ二つにお腹から裂けた。
血と脂肪と肉、内蔵なんかが飛び散り、僕にべちゃべちゃかかった。
肉の塊は信じられないくらい大きな音をたてて、コンクリート床に落ちた。
男たちは呆然と立っていた。
すさまじく嫌なにおいが充満している。
僕は上半身をむくりと起こし、糸の切れたお人形さんのように虚脱した体勢で座った。
嫌な血と肉片が僕の身体を伝ってぼたぼた床に落ちる。
一校の白い制服が赤く染まっていた。
「なっなんだこいつ、こいつの魔法か?CADは持ってないぞ…」
「どうでもいい、殺してやる!」
小さな男が拳銃を構えた。その小男の膝から上の身体が音も無く消滅した。残された二本の足が、奇妙なバランスをたもって立っている。
「くっくそ、こいつこれでどうだ!」
大男は指輪をはめた手をこちらに向けた。またアンティナイトとか言う指輪か。キーンと頭の中で音が鳴り響く。
「どうだ、これで魔法師は魔法が使えまい、あはははああがっあがぁあがががぁは!?」
勝ち誇ったように大口で笑う大男。そんなに口をあけていたいなら…
大男の口が考えられないほど開かれる。僕に向けていた手で自分の顎やのどをかきむしる。
人間の構造上不可能なくらい上あごが開き、頬が割け、180度以上口を開き、そのままぶちっと千切れる。
大男がどさりと倒れ、顎から上の頭がゴツンと後から床に転がる。
一人残った現場指揮官らしい男が、恐慌を起こして、逃げ出した。
逃がすわけ、ないじゃん。
僕は男のふくらはぎを容赦なく砕く。男はもんどりうって倒れ、顎を打ったのか、口を血まみれにして振り向いた。
僕の身体は、重力を無視して浮き上がり、男を見下ろす位置まですぅと音も無く移動する。
「あっあがぁっがひっえ?」
男がずるずるとあとずさる。この男なら何か知っているだろうか。
「何故僕を狙ったんですか?」
男は答えない。
「げぁっ!」
男の左手の親指がはじけた。
「何故僕を誘拐したんですか?」
もう一度聞くけれど、顎をがくがく震わせていて答えない。
「ぎゃぁ!」
こんどは右手の親指が千切れとんだ。
「あっあへあへはっへははっはは」
男は口から泡をはいて変な笑いをし始めた。股間からアンモニア臭がする。右耳を吹き飛ばしたけれど、今度は反応しなかった。
「この程度の拷問で精神崩壊するんだ…狙いはなんだったのか…」
こんなとき、一生徒でしかない僕はただただ戸惑うだけだ。
「いやいや、凄いものを見せてもらったよ」
場にそぐわない飄々とした声がかけられた。頭がつるつるの、左目に傷のある男の人だ。
いつからいたのかな。僕は感知系は鋭くないから全然気がつかなかった。
「ずっと見ていたんですか?」
「いや、僕が来たときにはすでにそちらの3人は死んでたよ」
「そうですか…やっぱりピンチのときにヒーローは現れないんですね」
僕はコンクリートの床に降りると、その男の人をみつめた。男の人は細い目を少し開いて、僕を見つめ返した。
「パープルアイズ…ひょっとして君は、多治見研究所の出身かな?」
僕の瞳はいつもの黒曜石色ではなく、薄く透明な紫色をしている。能力を使うとサイオンの活性化で瞳が変色するらしい。
でも、今回は恐怖や痛みの中でも力をちゃんと制御できてよかった。
もし全開で使っていたら、この国は、いや下手をすると…考えたくない。
「よく知っていますね…どの記録にも残っていないと聞いているんですが。あなたは…誰ですか?」
敵だったら殺さなきゃ。僕は全身の痛みをこらえながら静かに聞いた。
「僕は九重八雲、世捨て人の様な者さ」
その人は、そう名乗った。
お読みいただきありがとうございます。