4コーナーを囲まれ、リングの中央で右往左往する久。
ラブコメっす。
僕は恋愛がわからない。
僕の過去は極端なので、複雑な感情がわからない。
ただ、誰だってエスパーでもない限り、人の心なんて判りようがない、とも思う。
僕と澪さんは相性は抜群だ。好みや思考、幼児性と狂気に伴う非人間性、卓越した魔法力、戦略級魔法師、立場や家格、趣味に至るまで、どこから見ても天秤がつりあう。
年齢差は…こればかりは、どうしようもない。勿論、僕のほうが圧倒的に年上だ。
響子さんも、僕たちにない社会性に富んでいる以外は、僕たちのフィールドにいる。それも、ますます深みに嵌って来ている。這い出る気は、まったくないみたいだ。
その点、香澄さんは、まだ染まっていない。このまま僕の間近にいては、取り返しがつかないことになる。
勉強中の自室から、僕は前夜に引き続いて香澄さんにメールを送っていた。幸い、一晩が冷却の時間になったのか、香澄さんから返信はすぐに来た。
翌金曜日の放課後。僕は一昨日告白をされた中庭のベンチに腰掛けていた。
僕への生徒達の態度は昨日までと同じだった。深雪さんへの態度も、と言いたいところだけれど、僕と深雪さんとでは好奇の視線の種類が違う。
兄妹ではなく従兄妹同士だった、一つ屋根の下に2人きりで住む男女の存在は、同世代の学生にしてみれば下世話な想像をするなと言う方が難しいんだろう。
達也くんがクラスでどう見られているかは聞いていない。達也くんは質問すると、案外素直に答えてくれる。でも、登校時に僕にまでその話題に触れて欲しくないって深雪さんの表情は語っていた。
あまり良い状況ではないな。深雪さんの表情は、それ以外にも何か憂いがあるように感じるけれど…
今日は今冬一番の寒さになるそうだ。コバルト色の青空は恐ろしいまでに空気が澄み切っていて、秩父山地がくっきりと見える。真冬の寒気は爪先から染み込んでくるようだった。
僕はいつものズルで空間を遮断。空気に含まれる元素を少し加速。見えない小さな部屋の中がほんのり温まる。
そのまま、僕はじっと目を閉じて、香澄さんが来るのを待った。
僕は、のんびりと時間を過ごすことに苦痛を感じない。その気になれば、目を瞑ったまま数日静かにしていられる。
その間、無秩序な思考が脳内を駆け巡る。駆け巡るだけで具体的な形にならないのは、下手な考え休むに云々だ。
響子さんが、僕は時間の感覚が常人とは違うって言っていたけれど、そうなのかも知れないな。
香澄さんはそれほど時間をおかずに現れてくれた。
特におどおどするでなく、溌剌とした足取りで中庭の石畳を歩いてくる。前回同様、空間の壁があると思ったのか、僕の1メートルくらい前の何もない空間をコンコンとノックするまねをした。
僕は静かに目を開けて微笑む。
「お邪魔しても良いですか?」
「どうぞ、入ってください」
香澄さんが一歩前に進む。僕は立ち上がって迎え入れた。
「久先輩。一昨日はメールの返信をしなくて申し訳ありませんでした。その…ちょっと思い出して恥ずかしくて…」
香澄さんの頬が赤くなる。告白されたあの時と比べると、かなり落ち着いていた。
僕は安心する。
放課後の、他の生徒たちが訪れない静かな中庭で向かい合う僕と香澄さん。ロマンチックな想像が膨らむシチュエーションだ。
ただ、僕は間を置かずに切り出した。
「一昨日は告白してくれて有難う、香澄さん。本当に嬉しかった」
香澄さんは、ここに呼び出された時点で察していたのか、その表情はかたく無く、わずかに笑みさえ浮かべていた。
「でも、はっきりと言わなくちゃいけないと思って、今日はココに呼び出したんだ」
「はい」
「香澄さんの気持ちに応えられなくてごめんなさい」
僕は頭を下げる。
「僕は不器用で、はっきり言って人の気持ちは理解できない。恋愛感情はどうしてもわからない。でも、香澄さんが勇気を出して告白してくれたことはわかるよ」
「はい」
「立場とか色々とあるけれど、それとは関係なく…えぇと」
考え考え喋っているから、段々考えが追いついて来なくなった。
「…好きになってくれてありがとう。でも、ごめんなさい」
もう少し深く頭をさげる。
「久先輩、頭を上げてください。ボク…私も、この恋が横恋慕だって理解していたんです。この前は、その自分の気持ちに盛り上がってしまいましたが、冷静に一日考えて、気持ちを整理して、ここに来ました」
僕は、頭を上げて香澄さんを見つめる。香澄さんの方が背が高いから、やや見上げる構図だ。香澄さんの目を見つめる。香澄さんも目を逸らさず見つめ返す。
香澄さんが笑顔で、
「今なら、楽しい恋だったって、笑って諦められます」
それは屈託のない笑顔だった。僕は、ほっと白い息を吐いた。
「…香澄さん」
「明日からも、これまでのように仲の良い先輩後輩として接してくれると、嬉しいです」
「うん」
楽しい恋か。良かった。僕も笑顔になる。
「それに…これはあまり言いたくはないですが、光井先輩のように見られたくはないですし」
香澄さんの表情が苦い笑顔にかわった。
これは、達也くんとはどうにも相性が悪い香澄さんが、達也くんに対する時の典型的な態度のひとつだ。
香澄さんは、ほのかさんにはあまり良い印象がないみたいだ。登下校中くらいしか接点がないし、評価できるほど付き合いがないけれど、その登下校中のほのかさんの達也くんへの態度は、深雪さんへの当て付けじみていて、気に障る部分があったみたいだ。まぁ、それは僕や友人たちも同感なんだけれど…
ほのかさんみたいに勝ち目のない恋に破れて、うじうじと落ち込み、同世代に憐れみを覚えられるのは、恥じ入る思いがするのだろう。魔法師の狭い世界では、同級生は一生顔を合わせることになるし、そんな目で見られるのは、七草家の嫡流として以前に、性格的な部分で嫌なんだ。
ほのかさんは普通の家庭の出身だから、仕方がないけれど、もどかしくもある。
叶わない恋もあるって思い至れる香澄さんは、時々子供を振りかざす僕より大人なんだ。
ほのかさんが一高の生徒たちからどのような目を向けられているのかは…もともと独り相撲だったからな…深雪さんにない部分でアピールしようとして、達也くんにそれが通用しないことは誰の目にも明らかで空回りしていた。
問題を先送りしていた達也くんも悪いけれど、多分、達也くんは今の立場でもほのかさんを突き放せないだろうな。
もっとも、お母様は愛人を肯定する大物だ。結局は本人達の問題になる…その点、僕も人の事は言えない。
香澄さんは明るく笑ってくれている。
香澄さんは風紀委員の見回りに戻った。僕は香澄さんが視界から消えるまでその背中を見つめていた。こちら側に来ない様にって祈りを込めて。
明日からはこれまで通りの学校生活、関係。
人の感情が、簡単に再燃、さらに強く燃え上がることを、その時の僕は知らない。
土曜日の午後、帰宅後、僕は四葉家に向かう。
翌日曜日に四葉家の親族と顔合わせをする。これまでは書類上だけで養子になっていたけれど、今後は四葉家の一員として迎え入れられる。
四葉本家に現当主の四葉真夜、戦略級魔法師の僕、秘密にされている親族が一同に会する。と、魔法協会を通じて、魔法師の内外に通達してある。
15時、練馬の僕の自宅に、四葉家からの迎えのリムジンが到着した。
今日の警護は四葉家が責任を持って行う。リムジンの他に黒塗りのセダンが二台待機していた。僕のいつもの護衛役と国が派遣する魔法師は、断固拒否したそうだ。
四葉家の力だけで、警護する。この排他的な態度が、四葉家への隔意に繋がっているのだろう。
自宅警護の魔法師たちの視線が、少し余所余所しい。
そんな空気を敏感に読みつつも、今日はお留守番の澪さんが笑顔で送ってくれた。澪さんとお母様の面会は、後日、横浜の魔法協会の応接室で行われることになっている。戦略級魔法師は色々と手続きが面倒だ。
響子さんは、当然お仕事で出勤している。
僕を乗せたリムジンは前後をセダンに挟まれて出発をした。潜んでいるようで、奇妙に目立つ三台だった。
リムジンは、四葉家のある西ではなく、北に向かった。
自宅近くのインターから高速に乗り入れたリムジンは外環を北上、そのまま東北自動車道に入った。
探知系が苦手な僕が言うのもなんだけれど、このリムジンの周りにはさまざまな視線が集中していた。高速道路を走るリムジンの後方には、怪しげな車が何台も着いて来ているし、上空にも報道かどこかの組織かは不明だけれどヘリが3機飛行している。『魔法』的な監視も向けられているかもしれない。
ヘリからの追跡の映像は、ネットを通じて放送されていた。
その放送を僕は、山梨にある四葉家で見ていた。大きなテレビに、高速を北上するリムジンが映し出されている。
和洋折衷の客間は、年代物のインテリアや雑貨のせいで、ちょっと古臭く感じられる。大きなソファに座る僕の隣にはお母様が、お母様の斜め後ろには当然のごとく葉山さんが佇立していた。
部屋は紅茶の香りが満ちていた。
僕はリムジンに乗って数分後、『瞬間移動』で山梨の四葉家に移動していた。
つまり、マスコミたちは間抜けなことに、僕の乗っていないリムジンを追跡しているわけだ。
リムジンは北関東のとあるインターで一般道に下りて、それらしい山奥に向かう事になっている。そこで一度追跡を逸らした後、日曜夕方、練馬に向けて再びカメラの前に現れる。
マスコミの追跡映像は単調で、何とも面白みがない。
「ここの所、四葉をこそこそと調べようとする組織が多くてね。仕方がない事ですけれど」
隣のお母様が、さほど困っていないような表情で呟いた。
去年の九校戦以降、四葉家の情報を意図的に流したせいで、マスコミ関係がにわかに騒ぎ出したそうだ。
今年に入って、世間の耳目を驚かせる発表が行われて、謎の四葉家は多くの興味が集まっていた。
そこに、僕の四葉家訪問のニュースは露骨な誘惑だ。マスコミはお母様の目論見通り、まったく的外れな行動をとっていた。
「まぁ、この程度の罠に釣られるような組織に脅威は感じないけれど、足元をすくわれる可能性はゼロではないものね」
彼らの行動は間抜けだけれど、その間抜けに足元をすくわれては、それ以上の間抜けだ。
「ねぇお母様。四葉家にはそんなに敵が多いんですか?」
「別にこちらから仕掛けてはいないのだけれど、世間では謎は放っておいてくれないのよね」
お母様がテレビ中継を興味なさげに見つめていた。
「僕が明日は一族の人たちと顔合わせをするって発表でしたが、それはするんですか?」
「いいえ。今は師族会議前で色々と忙しいので、それは別の機会ね。ただ…そうね、四葉家はそもそも親族が少ないのよ。だから秘密が成り立つの」
お母様が、自らの身に起きた過去の事件を、他人事のように話してくれた。
お母様が救出された後、当時の四葉の大人たちは、その組織に復讐を果たす。襲撃した全員が亡くなったんだって。
その組織の名は、かつてあった大漢と言う国の魔法開発機関、崑崙方院。大陸のモンゴル地域にあった大きな国だ。その国を一つの一族の精鋭だけで結果的に滅亡させた。復讐は私闘で自己満足だ。でも、当時の大人たちはそれを為さずにはいられなかった。
復讐は連鎖するけれど、大漢と崑崙方院が滅びたこと、四葉の脅威と異常性が公になることで、そのジレンマに陥らなかった。
でも、出来る事なら、崑崙方院は残しておいて欲しかったな。
お母様は、今は、本当の家族だ。過去に復讐することは出来ないから、もし、崑崙方院の生き残りがいたなら、お母様の苦痛を何倍にもして返してやるのに。
簡単には殺さない。時間も天地も不明な脱出不可能な空間に閉じ込めて、狂うことも許さずに…ぶつぶつ。
僕の怒りの気迫は空間その物を圧迫する。お母様はかわりないけれど、葉山さんは呼吸が苦しそうだ。
「久が怒ってくれるのは嬉しいわ。でも、もう過去の事よ」
僕の怒りがふっと消える。隣のお母様のお顔を間近で見つめる。本当に綺麗な女性だ。どう見ても20代後半程度、響子さんと同い年と言っても誰も疑わない。
若さを保つ秘密があるのかな。その辺りの女性のケアは僕には不明だけれど…
過去の事。でも、お母様は、その事件から始まっている…
「お母様、少し嫌な質問ですけれど…崑崙方院がお母様に行った『魔法実験』って何だったんですか?お母様は当代一の魔法師だから、その魔法師にする実験って…」
「…詳細は不明ね。でも、『不老不死』の実験だったようね。崑崙方院の魔法師は『不老不死』を研究していたそうよ」
お母様は、過去のその事件のことは、相変わらず他人事のようにお話しする。
永続する『魔法』はない。
僕みたいに『高位』から延々とエネルギーを奪っているなら別だけれど、この次元の魔法師は『魔法』をかけ続けて延命は出来ても、いずれ魔法力は尽きる。
お母様の若さの秘密はその『魔法実験』の影響なのかな?
失われた記憶も、いずれ回復するのだろうか…なんて事を考えながら、僕はお母様を見つめていた。お母様も、目を逸らさない。
「ねぇ、久。四葉家には潜在的な敵が多いのだけれど、もし、達也さんが私に敵対したら、貴方はどうする?」
変な質問だ。こんな素敵なお母様に達也くんが敵対するとは思えない。
これは、退屈な映像に飽きたお母様の戯れ、『咲-Saki-』の衣ちゃんが言うところの『無聊をかこつ』なんだろう。
「もしその時は、お母様を連れて、達也くんが絶対に手を出せない『場所』に逃げます」
僕の返答に、お母様がころころと笑った。
「あら?澪さんや響子さんはどうするの?」
「2人が望むなら、一緒に逃げます」
「愛の逃避行?でも、身一つでは生活できないわよ?」
「じゃあ、財産もこの四葉家も、なんなら町を丸ごと…」
「久が達也さんに負けるとは思えないけれど?」
お母様は、楽しそうだ。
『サイキック』の最大の長所は威力と速度、逆に弱点は、相手を視認しないと正確な攻撃が出来ないことだ。
『魔法』では達也くんに気がつかれるから、遠距離からの『サイキック』での空間攻撃をする。僕は『意識認識』で達也くんの居場所がわかるから、先制さえ出来れば、僕の勝ちは揺るがない。どんなに遠くにいても、その空間ごと別次元に飛ばしてしまえば良い。
逆に先制されて、不意を突かれれば僕はあっけなく負ける。深雪さんの『魔法』がそれに加われば、お手上げだ。
基本的に、僕は得手不得手がはっきりしている。
「でも、達也くんがお母様と敵対するなんて思えないな…深雪さんが望むなら別だけれど…」
今の深雪さんがそれを望むとは思えない。将来においては…
「家族が争うなんて嫌だな」
僕の抱く家族のイメージと四葉家の内情に微妙なズレがあるのかな…後継者の深雪さんに不満を抱く人なんていないと思うから、達也くんの存在は複雑なんだろう。複雑じゃないなら、子供の頃から四葉を名乗っていただろうし。
僕は四葉家の事情を知らない。
でも、それで良いんだ。僕はお母様の息子ってだけで満足なんだから。
僕の能力が必要になったら、お母様が適切に僕を使ってくれる。その機会が早く来ると良いな。
映像の中のリムジンは、曇天に向かって静かに走っていた。
日曜夕方、都内に向かって走行中のリムジン内に『瞬間移動』した僕は、そのまま自宅に帰宅した。
リムジンを追跡していたマスコミや何かは徒労に終わっただけでなく、お母様に余分な情報を握られた結果になった。
自宅では、玄関で澪さんが、響子さんがリビングで迎えてくれた。
テレビに、自宅につけられたリムジンと二台のセダンが映っていた。響子さんがにやにやしている。響子さんには四葉家の場所は知られているから、今回の帰省(四葉家は僕の実家になる)はマスコミ対策だってばれていた。
「お帰りなさい」
「ただいま、澪さん響子さん。晩御飯は…あ、2人で作ってくれていたんだ」
台所から、美味しそうな香りがしてくる。この酸味はトマト…晩御飯はビーフシチューかな。圧力鍋と『魔法』を駆使すれば、本来時間がかかる料理もあっと言う間に完成する。
2人とも料理の腕が上がった事に嬉しくもあり、主夫として寂しくもある。
リビングで、澪さんが淹れてくれたコーヒーで人心地をつく。やっぱり自宅は落ち着くな。そうなると、二人を残して家を空けたことを考え出して…
「2人とも、洗濯物は…」
僕は椅子から腰を浮かす。
「こらっ!帰宅早々で主夫精神を発揮しないの!」
隣の響子さんに軽く小突かれた。
「そうよ、久君は大人しく腰掛けていなさい」
澪さんが僕の後ろに立って、肩に手を置いて僕を強引に座らせた。
「ん?久君がいつもと違う香り…」
澪さんが僕の後頭部に鼻を近づけた。
「四葉家は家とはシャンプーが違うでしょ」
「でも、とても良い香り。ちょっと新鮮」
「そうだね。これはお母様の香りかな」
「「え?」」
お母様はとても良い香りがするんだ。澪さんと響子さんも良い香りがする。これはシャンプーやボディソープの違いだけじゃない。僕は3人の香りに慣れている。すごく落ち着く。
「久君、四葉家では親族の方と顔合わせをしたの?」
「ううん、実はしなかった。顔合わせは別の機会にって」
「師族会議前で忙しいってことかしら。じゃぁ、真夜さんに会いに行っただけ?」
澪さんはマスコミの中継映像はあまり興味がなかったみたいだ。僕が無事ならそれで良いみたい。
「四葉家では何をしていたの?」
「何って、別に…お母様とお話して、お母様とお食事して、お母様と周囲を散策して、お母様に勉強を教わって、お母様とおやつを作って、お母様と温泉にも入って、お母様と一緒のベッドで眠って、お母様と朝のお風呂に入って髪を洗ってもらって…」
指折り思い出す。
「………」
「久君は、少し…いえ、かなりのマザーコンプレックスかも」
「え?でも、親子だもの、これくらい当たり前でしょう?」
「お風呂って…当然、真夜さんは湯着を着ていらっしゃったのよね」
「どうして?親子だよ、お互い裸だよ。お母様は、僕の身体も洗ってくれたし、僕もお母様のお背中を流して。僕の髪も乾かして櫛を入れてくれて、お母様の髪は係りのメイドさんが整えたのが残念だったな」
「「………」」
2人の反応がおかしいな。
やっぱり僕の抱く親子のイメージは世間とはギャップがあるのかな。
「お母様はすごく優しくて、寝ている時も一晩中抱きしめてくれていたよ」
「まさか、お互い裸だった、なんてことはないわよね?」
澪さんから、物凄いプレッシャーが放たれていた。
「え?うんパジャマを着ていたよ」
勿論ちゃんとパジャマを着ていた。でも、お互い段々寝乱れて来て、肌はかなり露出して密着していたな。
お母様は肌も柔らかで、僕は豊かな胸に顔を埋めて、まるで赤ちゃんになったみたいだった。
ただ…ぬくもりに包まれながらも、巨大な蜘蛛に絡みつかれたみたいな、奇妙な気分にもなったな…あれは何だったんだろう。
「いくら久君が幼く見えるからって、4月には18歳になるんですよ。その年頃の男の子はもう母親と一緒には寝ないし、ましてやお風呂には入らないのよ」
澪さんの言ったことが、一瞬理解できなかった。
澪さんは、怒っていた。いつもとはちょっと違う表情だ。これは…嫉妬かな?
いつもの、響子さんに向けるどこか遊びみたいな嫉妬とは、別種の熱量を孕んでいる。かなり真剣な怒りだった。
きょとん。たぶん、僕は物凄く間の抜けた表情をしていたに違いない。
「18歳…あっ、ああ…そうか久君は…」
「響子さん?久君の年齢が何か?」
響子さんはその質問に迷ったけれど、答えた。
「色々と調べたんだけれど…どうも久君の精神年齢と肉体は10歳程度で止まっているみたいなの」
「そっそれは、魔法師の遺伝子の弊害…?」
澪さんの声が小さくしぼんでいく。魔法師の遺伝子の弊害は、当事者の澪さんが一番良く知っている。
「それもあるのだろうけど、複雑な理由が重なっているようなの…自らの意思の影響もあるみたいだし。でも、大人になれないわけじゃないみたいね。精通も夢精もしていたし」
「それは…そうね。久君の時間は、ゆっくり流れているのかしら」
…
……
………えっ?
「えっ?えええっ?むむむっ夢精って、何のこと?」
僕は、焦った。めちゃくちゃ、焦る。
「あら気がつかないと思っていたの?昔、光宣も朝1人でこそこそと下着を洗濯籠の奥の方に隠していたわよ」
「洋史も、そんな事が思春期には何度もあったわね」
うわーうわー、気がつかれていた!
それに友人や知り合いのそんな生理現象なんて聞きたくなかったっ!
僕は顔だけじゃなく、全身を真っ赤にして、小さくなっていた。そんな僕を無視して二人の美女の話は続く。
「久君は孤児だったから、母性には飢えているわ」
「真夜さんは、私が見ても魅力的な女性だし…今は母性に強く引かれているけれど、性欲が上回ったら…男の子にとって、母親は初恋の相手だって言うし」
「それに、久君は依存性が強いと言うより、甘やかしてくれる女性に弱い感じよね」
「お菓子をくれるとほいほい着いて行きそうなのも危険だし」
「私が、久君を強く繋ぎ止めておかないと、真夜さんと間違いなんて…そっ、それはコミックスの中だけで許されることで…ぶつぶつ」
「今さら、私たちが倫理観をうたっても白々しいわよ…」
「私たちって、それは響子さんの場合だけでしょう?」
「澪さんと久君が結婚しても、私の婚約は解消されたわけじゃないのよね」
「それは屁理屈でしょう。だったら九島烈閣下にお願いして、その婚約は解消と断言していただくわ!」
「閣下はここのところ忙しくて、私でも連絡がつかないのよね…」
けんけんごうごう、かんかんがくがく…がくがく…
「何を言っているの二人とも、僕がお母様に欲情するわけないじゃない」
2人の剣幕に、僕はかなり戸惑っている。
「…それって、私たちには欲情するってこと?」
「え?」
かああああああー
僕の顔はまっかっかだ。耳なんてトマトより赤い。
これまで2人は僕のことを子供扱いしていたけれど、精通を知られた今は、えっと、その、あの…
うずうずと背中をむず痒い塊が這い上がってきてしまう。
何も考えないようにしなくちゃ!無心、虚無、明鏡止水…どきどき。
…僕は2人の裸体や寝顔を思い出してしまった。
目の前の2人の姿と、色々と重なる。
僕は椅子に座ったまま、妙に前かがみになって、身体を小さくする。
一部分が大きくなるのを頑張ってこらえる。どこがって?どこでしょう。
こっこのSSは15禁なんだ。18禁タグに抵触するような表現は避けなくちゃいけないんだ!
耳が痛いくらい熱い。トマト…トマト…
「あっああ、晩御飯、ビーフシチューなんだよね。生トマトをしっかり煮込んで…えぇと、僕…準備するから、ふたりはテーブルについていて…」
「こら逃げるな」
響子さんが、逃げようとする僕を捕まえると、むぎゅっと抱きしめた。響子さんの豊かな胸に僕の赤くなった顔が埋まる。
「こんなに熱くなっちゃって」
僕はこれ以上、赤くなりようがないくらい赤い。通常の3倍どころではない。
響子さんのクリンチから逃れようと両手を突き出した。
むぎゅ。
「あら、大胆ね」
「もがっ」
押し返した場所は、当然一番近い場所で、つまり胸で…うわぁー。
「ちょっと響子さん!久君が困っているでしょ」
澪さんが僕を強引に引っ張って、響子さんの胸から救ってくれて…もぎゅ、今度は澪さんのクリンチに取り込まれた。
「あっあら、久君、本当に熱いわね。汗もすごいし、ここまで動揺する久君を見るのは初めてね」
澪さんも僕と生活をするようになって体質も改善。最近は女性的な成長が著しくて、特に胸は以前よりも大きく…うわー。
「そう言えば、これまでも久君は私たちと一緒にお風呂を入るの嫌がっていたわよね」
「裸から目を逸らして、恥ずかしがっていたわ。真夜さんにはそれをしないってことは、完全に母親として見ているのね。第二次性徴が始まって、久君はこれから大人になるんだわ。思春期に入ったのよ」
第二次性徴は男子なら10歳前後で始まるから、僕は遅い方だ。
「そうかも知れないけど、思春期を飛び越すようなことは…」
「飛び越すって、何を?」
「何って…」
小悪魔がにやり。獲物を捕らえたって笑みだ。
「私達は3ヵ月後には入籍をするのだから、飛び越えても何も問題はないわよ」
何って…ナニですか!?
僕は、性的な感情は苦手だってこれまでも何回も言っている…言っているけれど、成長するって、前向きに生きて行くって、つまり、こういう事になる…
間違っていない。これは自然なことだ。
いや、二人の美女と婚約状態って自然じゃない。間違っている。
でも僕自身が選択したことなのだから、僕自身が責任を取らなくちゃ。責任…男の責任って!?
ナニの知識は、実はある。澪さんのアーカイブは、そのようなシチュエーションは豊富で…
やっていいことと、やっちゃいけないことが男女にはある。
でも、婚約状態なら、それは許される…それって、えーと、その…興味がないわけじゃないけど…
ふえーん。
僕は、悩乱しまくっていた。
その僕の姿を、にやにや見守る2人。
「身体が大人に近づいても、僕の精神はまだ子供なんだよ!」
「「はいはい、わかっているわよ」」
本当にわかっているのかな。わかっていながら僕をからかっているのは間違いない。
…うぅ、これまでのおままごとのような生活は、この日から遠い物になった、なんて回想をする日が来る様な予感がする。
これは、多分、平和なんだ。『無聊をかこつ』なんだ。
大きな揺り返しが来なければ良いけれど…
当然、揺り返しが来ますよ(笑)。
澪さんは似た物夫婦。響子さんは姉さん女房。真夜は優しいお母様。
では、香澄は?
今後の久の運命やいかに…