パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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短めです。


夜明け前

 

 

 

魔法師の世界は階級社会だ。それも二等辺三角形の、かなり歪な縦長の世界。底辺は広く、頂点はたったの10家で構成される。

十師族は別に法で決められた立場でもなければ、魔法協会の部署でもない。魔法師の権利を護る組織で、警察組織が頼りないこの社会においては、実際、魔法師は自力で自分たちや家族、仲間を護らなければならない。曖昧な物はとことん曖昧なままのこの国の歴史の体現みたいな存在だ。

世界が魔法師だけで構成されていたなら、もっと単純だったんだろうけれど、それはそれで問題が生まれるはずだ。

 

ナンバーズは裕福な家が多いから家族も多い。十師族をどこまで名乗れるのか、良くわからない。

僕は四葉久になったけれど、僕自身が十師族かと言われると、疑問符が付く。

僕の今の立ち場は、あくまでお母様の存在で成り立っている。養子縁組を解消すると言われれば、その瞬間、四葉ではなくなる。

かつて達也くんと深雪さんが四葉の直系でありながら十師族を名乗れなかったように、立場は曖昧だ。

いや、達也くんの立場も、今でもお母様の意のまま…

達也くんと深雪さんが司波を名乗っていたのは、2人を護るためなんだから、お優しいお母様が、そんな底意地の悪いことを考えるわけがないよね、うん。

 

十文字先輩と真由美さんは十師族の直系として、誇りと義務を抱いている。光宣くんは義務までは抱いていないけれど、十師族の自分に誇りを持っている。

澪さんはこれまでの事情から、あまり拘りはない。洋史さんは頼りないけれど、澪さんの存在を最大限に利用しようとしている。

深雪さんも十師族の誇りを教育されているみたいだ。

達也くんは…どう考えているんだろう。

 

僕は国家にとっては戦略級魔法師だけれど、四葉家にとっては達也くんと深雪さんの、そしていずれ産まれて来る2人の子供の後見人の立場になる。

 

「つまり、そう言う認識で間違いないよね?」

 

「そうなるな」

 

翌月曜日、登校中に達也くんに尋ねると、ややそっけなく答えてくれた。

…いや、違うな。

 

「ふたっ、ふたっ2人の子供っ!」

 

深雪さんが身悶えしている。身をくねくねくねらせて、ちょっと扇情的だ。登校中の他の生徒の耳目が集中する。

水波ちゃんの目が、ジト目になっている。

達也くんは、深雪さんの反応を予想していたから、淑女にあるまじき行為を生徒たちから隠すように、半歩横に移動した。

婚約発表前まではぴったりくっついていた2人の距離なのに、新学期からは微妙に距離が開いていた。深雪さんの達也くんへの思慕が減っているわけがないのに…

 

「落ち着け、深雪。久も、あまり公衆の面前でその手の話題はするな。深雪が、完璧な淑女でなくなる」

 

言いつつも、達也くんの右手が深雪さんの肩にそっと置かれ、いつもを取り戻した深雪さんが達也くんを熱っぽく見つめ、深雪さんが照れ隠しに僕の頭を撫ぜ回し、水波ちゃんのジト目がジト顔になる。

完璧な淑女の教育は上手くいっていないな。でも、このような寸劇は新学期になって初めてだ。

僕たちの周りに登校中の友人たちはいないけれど、どこか雪解けを感じさせる一幕だ。

 

「2人とも、僕のことを『お兄様』と呼んでよ」

 

「断る」

 

「私にとってお兄様と呼べるのは一人よ」

 

深雪さんは婚約後、達也様と呼ぶようにしているけれど、こちらも上手くいっていない。

 

「じゃあ、早く結婚しちゃいなよ」

 

「深雪が18になるまで無理だと、何度も言っているが…」

 

うっ、達也くんの目が怖い。

 

「私達より、久の方が先でしょう。資産家の五輪家の婚礼ともなれば、それは壮大な式になるでしょう?」

 

「…うぐぅ。実はその打ち合わせを今夜、五輪家にしに行くんだ…」

 

澪さんは戦略級魔法師として行動は制限されているけれど、さすがに実家への行き来は融通が利く。

 

「五輪勇海さんと直接会話するのも、実は今日が初めてになるんだよね」

 

洋史さんとは何度も会っているけれど、五輪家現当主とは8月の師族会議会場で対面した一度きりだ。

 

「義理の父親になるのに、お会いした事が殆ど無いのね?」

 

「うん。婚約も突然決まったし」

 

そもそも、五輪家の人たちは、積極的に僕と会おうとしない。僕だけでなく、澪さんともだ。戦略級魔法師の放つ圧力は、長年五輪家家族の精神を削っているんだ。

そう深雪さんに返事すると、

 

「なるほど、そう言うことか…」

 

達也くんが、1人合点が行った顔で頷いていた。

 

「どうしたの?何か思いついたの?」

 

「ああ」

 

達也くんが説明を始めようとしたとき、複数の足音が早足で近づいてきた。達也くんが口を閉じる。僕や深雪さんは振り向いたけど、達也くんは気配で誰が近づいて来たかわかる。

 

「深雪先輩!おっおはようございます。登校中にお会いできるなんて光栄です!」

 

「泉美…落ち着きなよ。先輩方、おはようございます」

 

朝から妙なテンションの泉美さんと、それをなだめる香澄さん。

 

「おーい、達也、久っ」

 

続いて、快活で声量豊かな声があがった。レオくんだ。エリカさんは、一緒じゃないな。

 

「達也くん?」

 

「…いや、その説明は、今夜五輪殿から直接聞けるだろう」

 

説明は後回しになってしまった。まぁ、今夜わかるなら、達也くんの思いつきは特に秘密じゃないのか。双子とレオくんに朝の挨拶をしながら、そう考えていた。

 

「なぁ、久は先週、どこで昼食を食べていたんだ?」

 

先週は、色々と気を使って食堂は使わなかった。質問してきたレオくんやエリカさんは気にしないけれど、幹比古くんと美月さんは四葉を恐れていた。恐れる理由が僕にはわからない。

 

「僕?部活棟の調理室。料理部の部室を使わせてもらっていたよ」

 

「1人でか!?達也たちとは別だったのか?」

 

「うん?1人だよ。2人の逢瀬を邪魔するほど僕は無粋じゃないし、部室ならお茶も飲めるしね」

 

「…深雪様と逢瀬…くっ…ぅ」

 

泉美さんがこめかみに青筋立ててぶつぶつ言っている。

 

「それは…ちょっと寂しかったですね…ボクが一緒に…いえ、私は…」

 

先週、香澄さんは僕とはいろいろあったからね。

 

「俺が言うのも何だが、気を使わせて悪かったな。今日からは食堂で昼食をとれよ。もう構わないぜ」

 

「ん?」

 

「エリカが爆発してな」

 

なるほど、どうやらエリカさんが骨を折ったみたいだ。鬱屈を爆発させられて、身を小さくした幹比古くんの姿が目に浮かぶ。

 

「うん、わかった」

 

僕たちは気ままに談笑しながら短い通学路を歩いた。

雪解けか。

僕は前を歩く達也くんの背中を観察するように見つめる。僕の視線に達也くんは気がついているはずだ。

ほのかさんのことはどうするのだろう。ほのかさんたちから距離を置くなら、それはそれで良いのかも知れない。

 

達也くんと深雪さんの距離は、やはり微妙に開いたままだった。

 

 

 

帰宅後、東京の一等地にある五輪家の別宅を訪れた。五輪家は宇和島に本宅がある。別宅と言ってもこの国有数の資産家の住まいなのだから、無駄なくらい豪邸だ。

普段は洋史さんが数人のお手伝いさんと住んでいるそうで、僕の感覚では無駄遣いだと思うのだけれど、澪さんを含めて違和感を抱かないのは、生まれながらのお金持ちは感覚が違うなぁ。

五輪家の家族と僕が客間に集う。僕の隣には澪さん。向かいに当主の五輪勇海さん。大学生の洋史さんに当主のご夫人が座っている。

客間は洗練されていて、清潔で開放的で、この部屋にあるどの品も一級品。室内に漂う紅茶の香りまで最高級。

ところが、五輪勇海さんは、僕と一言二言挨拶をしただけだった。洋史さんも、相変わらず腰が落ち着かない態度。奥様も勇海さんの後ろに控えていただけだった。

この3人が僕の義理の家族になるのかと思うと、ちょっと…いや、澪さんの家族に失礼だよね。

僕は下品にならないよう気を使いながらお茶菓子をぽりぽり食べる。海運業を営む五輪家らしく、お菓子も舶来品。すごく、美味しい。建物も部屋も調度品も、そこにいる人たちも最高級なのに、何だろう、この乾いた空気は。

娘の、それも女性の幸せを半ば諦めていた娘の望む結婚なんだから、もっと全身で祝福してくれてもいいのに、向かいに座る3人の表情は、開放感を含んだ疲れた表情をしていた。

澪さんは、3人の態度に慣れているのか、いつも通りだった。

 

「澪をよろしく頼む」

 

ただ、勇海さんに、そう言われた。その言葉は、洋史さんからも以前言われたな…

五輪家ではディナーを食べて、特に会話も弾まず、早々に僕たちは帰宅した。結婚式は控えめでお願いしますとだけ伝えて。

娘の結婚、それも戦略級魔法師同士の世界的にもニュースになる結婚なのに、異常なほど他人事だ。そのくせ、僕たちを政治的に、具体的には十師族選定会議に利用するんだろう。

何だか拍子抜け、肩透かし感を味わっただけの五輪家訪問だった。

後日、横浜の魔法協会ビルの来賓室で、澪さんがお母様とお会いした時は、五輪家と違って家族的だった。何が家族的なのか、よくわからないけれど…

達也くんの合点したことも、うやむやになってしまっていた。

いずれわかることだろうから、僕は特に気にしないで、いつもの生活に戻る。

 

この日一高では、ほのかさんと雫さんが、深雪さんと和解(?)した。ほのかさんが深雪さんに恋の宣戦布告したんだけれど、敗北は絶対だ。人の感情は難しく、達也くんは機会を失ったな…

 

 

夜、お母様に今日の出来事を電話して、自室で勉強をしていた。僕にとっては結婚式よりも、その前の期末試験の方が重大事件だったりする。

師族会議も、僕はあまり関心がない。僕に関わりがある、一条、四葉、五輪、七草、九島、十文字は問題なく次の四年間も十師族だろうし。

勉強は積み重ねなので、地道に集中しなくっちゃ。

その集中を乱す電子音が静かな勉強部屋に響いた。

 

「ん?メールかな」

 

誰からだろう、携帯を起動してメールの相手を確認する。

僕はディスプレイに表示された情報に首を捻った。

メールはデータを圧縮した動画ファイルだった。差出人のアドレスと名前は…知らない。

 

「『K7』?ケーセブン?誰だろう」

 

僕のアドレスは知人にしか公開されていない。迷惑メールは響子さんのセキュリティーがすべて弾いてくれる。不正なアクセスは、実質不可能なはずだ。

八雲さんのいたずらかな?以前、八雲さんがメールしてきた時は差出人の部分が空白だった。あれは、不正アクセスじゃなくて、どうやってか僕のアドレスを調べていたんだ。まったく知りたがりの生臭坊主は…

ふと、思い出した。

響子さんが僕の家にアクセスしようとしているハッカーがいるって言っていたな…

このファイルは開いていいのだろうか…

 

 

師族会議は3週間後に、関東近郊の某所で開催される。

 




K7誰でしょう?
過去にちらっと登場しながらも、久自身とは直接の接触がない、
でも、久が『高位次元体』だと知っている人物です。
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