彼の存在について考察というか妄想を膨らませています。ほぼ一発ネタ。
※イベント中のFate/Accel Zero Orderのネタバレが多分に含まれます。
※pixivにも投稿しています。
マテリアルには守護者と書いてあるけれどそこはスルーでお願いします。
新たな特異点からマスターが戻ってきてから数日が過ぎた。
この度はアーチャーのクラスで現界しているエミヤは、ある予感に突き動かされてカルデア内の召喚場へと急いでいた。
「アーチャー、マスターを心配するあなたの気持ちもわかりますが、それは杞憂ではないでしょうか。ドクター・ロマニのからも許可は得ているそうですし」
追走するは青く清廉なドレス姿の騎士王。エミヤとはカルデアに召喚される以前から付き合いにある馴染み深い英霊だ。
「いや、何もマスターが新たな召喚に挑むことを阻止するつもりはない。確かに冬木の特異点から帰還してまだ数日しか経っていない。それにエルメロイⅡ世の治療にもつきっきりであったから、まあ心配と言えば心配だがね」
特異点F。第四次聖杯戦争が起こる冬木を中心とした特異点を修正する際に、先導を任せていた諸葛孔明――――もとい諸葛孔明の依代になったロード・エルメロイⅡ世は不意を突かれ、危篤状態でカルデアへと帰還した。
彼は疑似サーヴァントという特殊なあり方で召喚されており、カルデアに霊基を置いている他のサーヴァントと異なり、霊核の損傷は生命の危機に直結する。
マスターが己の疲労を顧みず魔力を優先して彼に送り続けたのも、その事情があってのことだ。
だからこそ、それから幾日もしないうちに戦力拡充のためと新たに英霊を召喚しようとするマスターを心配するのはサーヴァントとして当然のことで。
しかしエミヤにはそれ以外にもマスターの元へと急ぐ理由があった。
「私はこの度の召喚に立ち会わなければならないと、脅迫にも似た圧を世界から感じている」
「……抑止の直感ですか。報告にあった抑止力の代行者を名乗るサーヴァントと何か関係があるのでしょうか」
アルトリアはドクター・ロマニが制作した特異点Fに関する報告書を思い返す。
今回の特異点の修正にアルトリアは参加できなかった。同一の存在が現界している特異点には世界の修正力が働き、レイシフトしてもエラーが発生してしまうのからだ。青の騎士王アルトリア・ペンドラゴンは第四次聖杯戦争のサーヴァントとして、既に特異点Fで召喚されていた。同一の存在が顔を合わせることは御法度という訳である。
もっともそれには抜け道はあるようで、アレキサンダーなどは征服王と基を同じくする英霊だが別の側面として現界しているので、実はちょくちょく冬木にレイシフトしていた。英雄王の幼年体である子ギルも同様である。
アルトリアにも別側面というカタチでカルデアには何人かいるが、第四次の冬木には思うところがあるようで誰もレイシフトしていない。リリィだけはマスターの助けになれればと息巻いていたが、輝く貌のほうのランサーに止められていた。賢明な判断である。
別世界のものではあるが第四次聖杯戦争での記憶を持つある者にとって、あの戦いは後味はいいものではない。征服王や英雄王は例外なようだが。
複雑な胸中になるアルトリアであったが、エミヤにはそれを気遣う余裕はないようで、足を緩めることなく話を続けていく。
「この件、私がレイシフトできなかったことにも関連があるかもしれない」
「……ああ、そうでしたね。確かに今回はあなたも降り立つことができなかった」
そう、今回の特異点Fではエミヤの存在は確認されなかったが、エミヤもレイシフトできなかったのだ。もしかしたらエミヤになる前の存在がいたかもしれないが、それだけでは抑止は働かない。それならばロード・エルメロイⅡ世がレイシフトできるはずが無い。
「抑止力の代行者など聞いたことがない。抑止力が派遣するのは私のような守護者だ。……いったい何が起こっていたんだ」
そう駆けながら会話を交わすうちに、目的地が見えてくる。
エミヤとアルトリアが駆け込んだ先では、ちょうどマスターの少年が召喚の詠唱をしているところであった。
「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
召喚の陣に光の柱が立ち上る。カルデアでは見慣れた光景だ。
そしてその中から現れたのは。
「サーヴァント・アサシン。召喚に応じ参上した。……やれやれ、また汚れ役か……って君か」
苦みを含んだ男の声。だがマスターの姿を見て、呆れと驚きの色がのる。
「その反応、もしかして冬木での記憶あるのかな? よかった、それなら皆とすぐ打ち解けられるかも。これからよろしく」
マスターが歓迎の姿勢を見せる中、エミヤとアルトリアは驚愕に身を固まらせていた。
召喚されたのは、黒いアーマースーツにエミヤと似た赤い外套と頭巾の男。腰には近代的なナイフと銃を装備し、顔は包帯と頭巾で窺うことは出来ない。
だがその声は。
その声を聞き間違えるなどできはしない。
エミヤにとって、摩耗しても忘れることができない郷愁を。
アルトリアにとって、あの戦争で抱いた苦渋の思いを。
二人の胸中に湧き上がるものは異なっても、思い描く人物は同じ。
「アーチャー、彼は……」
「ああ、わかっている。わかっているさ―――」
それ以上言葉も紡げず立ち尽くす二人に、マスターは新たなアサシンを連れて近づいてくる。
「やあ、二人とも。召喚するのを見ていたんだね。こちらは新しくカルデアの仲間になったアサシン。冬木で特異点の修正に協力してくれた人なんだ。
……えっと名前を聞いてもいいかな。ここではアサシンはいっぱいいるんだ」
後半の台詞は新たなアサシンに向けて言った言葉だ。
今ではカルデアには数十人を超えるサーヴァントを擁しており、クラスの重複はもちろん、エクストラクラスも登場するほどだ。よってカルデア内では英霊の真名呼びは当たり前、複数人いるアルトリアやクー・フーリンなどは通称か、マスターに付けられたあだ名で呼ばれている。
「“抑止のアサシン”でも、僕は構わないけれど……。まあ、いいか。せっかく抑止力の代行者の仕事以外で召喚されたんだ。まだ自分が憶えているうちに名乗っておくかな」
そうして目をキラキラさせるマスターに気が引けたのであろう、顔を隠す頭巾と包帯に手をかけ、その素顔を晒す。
「僕の名はエミヤ。衛宮、切嗣だ。よろしくマスター。そして英霊さんがた」
その顔は。その名は。
マスターである少年は驚愕を顔に貼り付け、アサシンと弓兵を交互に見やる。勢いが良すぎて首を痛めないかと心配になるほどに。
エミヤはエミヤで予想通りの顔と名と、そして予想外の色味に絶句していた。
白く色が抜け落ちた髪。焼き付いた褐色の肌。
その外見はエミヤと多く共通していた。それこそ傍目には血縁があるようにも見えただろう。
だが、エミヤはそれで悟ってしまった。
何故、今回の特異点でエミヤがレイシフトすることができなかったのか。
何故、一介の魔術師でしかなかった衛宮切嗣が抑止力の守護者として現界する事ができたのか。
何故、彼が抑止力の代行者と称しているのか。
「……なにか僕に問題が?」
せわしなく似たような外見の男の間を行ったり来たりするマスターと、まるっきり固まってしまった赤い外套の英霊に、怪訝になるアサシン。
「え、エミヤって、えっ、え? だって、エミヤってもう」
「マスター、落ち着いてください。混乱するのは分かりますが、彼はこのアーチャーとは別人です。私のように別クラスで召喚された別の側面でもありませんので」
比較的衝撃の少なかった騎士王は過去の苦い思いをひとまず棚に上げ、エミヤと名乗ったアサシンと相対した。
「私はアルトリア・ペンドラゴン。聖剣エクスカリバーの担い手。ここでは青の騎士王と呼ばれている。
……ようこそカルデアへ。まさか貴方と肩を並べる日が来るとは思いませんでしたが。
このカルデアには同じ名前の別側面で呼ばれた英霊も多く存在します。同じ顔の人物を見かけても卒倒はしないでくださいね」
「そうそう、アルトリアはオルタにリリィに謎のヒロインXに更にサンタもいるもんね。
……ってエミヤつれてどこに行こうとしているの!?」
同じ顔云々に頷いていた少年は、弓兵のほうのエミヤの手を引いて出ていこうとするアルトリアに、ちょっと!と声をあげる。
それに騎士王は何故か威圧感を覚える素晴らしい笑顔で応対した。
「彼は今すごく衝撃を受けているので、別の部屋にて事情聴取します。ちゃんと後でマスターには報告するので、先にその新人を案内してあげてください」
では、と強引にアーチャーを連れて出ていってしまう騎士王。
残されたマスターは、新人アサシン・エミヤに気まずい顔を向ける。
「召喚そうそうドタバタしてごめん。彼女は冬木で一緒に戦ったセイバーとは別人なんだ。それに固まっちゃっていたアーチャーのエミヤも普段は冷静で面倒見の良いオカン……じゃなくてお兄さんなんだけど。……何かあなたに因縁があるみたいで」
「僕は彼を知らない。……でもそうか、あの盾の英霊が言っていたエミヤ先輩とは彼のことか」
「そうだよ。あーでも、エミヤが苗字なのか下の名前なのかは知らないや。ちなみに彼も抑止の守護者だよ」
色んな英霊がいる中で守護者は彼だけなんだ、と少年が言うと、アサシンのエミヤはここでスッと手を挙げた。
「マスター、訂正を。僕は正確には守護者じゃない。あくまで代行者だ。守護者になれるほど大層な功績や能力を持っている訳では無い。この身は本来あるべき守護者の席を仮に埋めているに過ぎないんだ。だから守護者として座に至った彼と同位に語るのは間違っている」
「……えーっと。良くわかないけど、サーヴァントとして働いてくれるなら、カルデアではみんな平等に扱うよ。うちには普通にスゴイ英雄と、偉人とか女神とか、あと童話とかの概念のサーヴァントも色々いるけど、変な上下関係とかないし。みんな好き勝手にやってるけど、それでも一緒に戦う仲間としては対等なんだ」
だからそんなに自分を下に見なくてもいいんじゃないかな。
少年の明るい物言いの中に、誤魔化しや虚偽は見つけられなかった。
そこにあったのは誠実と信頼。
アサシンのクラスで召喚されたエミヤはそれに多少の居心地悪さを感じつつ、それを悪くないと思った。
世界に使役されるだけの部品に過ぎない自分が、こうして人として扱われ――――尊重されるなど。
しばし無言で動かなくなってしまったアサシンに、マスターである少年は手を差し出す。
「アサシン・エミヤ。人類史の救済のため、人類の未来のため、あなたの力を借りる。一緒に世界を救おう」
そこに強制は無い。契約で縛る主従ではなく、あくまで対等な立場で世界の危機に立ち向かっていく。
そんな少年の姿勢が透けて見えて、エミヤはふっと強張っていた顔を緩ませた。
「こちらこそ、こういう仕事は歓迎するよ。よろしく、マスター」
こうして誰かを殺すだけの手は、世界を救う手を掴み取った。
**************
「どうしてここに来る」
医療用ベッドの上でロード・エルメロイⅡ世は呻いた。
傍らの見舞い客用の椅子には不機嫌な騎士王と悄然とうなだれる赤い弓兵がいる。二人からその醸し出される空気は重く、これでは病人も快方に向かうはずがない。
「うわっ、なにこれ。お通夜?」
そんな感想を漏らしたのは、ちょうどエルメロイⅡ世の診察に顔を出したドクター・ロマニである。
いつもは暴走するサーヴァントたちのまとめ役を買ってでている二人のあんまりな様子に、回れ右して仕事をさぼる算段を立ててしまうが、ベッドの上の患者がそれを許さなかった。
(貴様も道連れだ、ドクター)
英雄は視線だけで敵を射殺すというが、この軍師は視線で逃げ道を塞いでしまう。まさに孔明さまさまである。
(うわー嫌だなー、絶対ろくなことじゃないよねー、ホント)
内心は嫌々ながら、それでもカルデアの医療セクションのトップ。ロマ二はとほほと診療を開始する。
そうしてロマ二がモニターをチェックしている間に、エルメロイⅡ世は問題の二人に詰問を始めた。
「さて、こうして弱り切った病人の横で、負のオーラを発し続けてもらっても私にはいい迷惑なんだが……いったい何が起きた騎士王。またサンタがダ・ヴィンチの工房でやらかしたのか? それとも黒い方がそこの弓兵の料理にケチをつけたのか?」
「……今日はそういった案件ではありません。マシュの言葉を借りれば徹頭徹尾シリアスです。
――――マスターが特異点Fで会った抑止力のサーヴァントを召喚しました」
「ほう、早速彼を召喚するとは……よほど惹かれあうものがあったのか」
エルメロイⅡ世は騎士王の言葉の端々に角が立っているのを鑑みて、彼女の不機嫌の原因はそのサーヴァントにあるらしいと推察する。
「えっ、彼が召喚されたの? 早いねー。今までも特異点で出会った英霊が修正後にカルデアに来ることはあったけど……、そっかー。で、顔とか見れた? 彼、最期までその暑苦しそうな頭巾を取らなかったからさー」
ロマニは脳天気に言う。それが騎士王の機嫌を一気に下降させるものと気づかずに。
「ええ、ええ見れましたとも。またあの顔を見るとは思いませんでした。しかもアーチャーと同じようになっているなんて……」
声こそ押さえているものの、温度は零下に達している。
騎士王は実に嫌そうにそれを口にした。
「アサシンで召喚された彼の真名はエミヤ。生前の名は衛宮切嗣。かつてアインツベルンのマスターとして第四次聖杯戦争で私を使い潰した男です」
医務室の空気が凍った。
弓兵は沈黙を重くし、希代の軍師は額に手を当てる。騎士王の白皙の顔は反転したオルタよりも冷たい。
そんな空気に耐えられないロマニはおそるおそる湧いた疑問を口にする。
「えっと、アインツベルンのマスターってアイリスフィールさんじゃなかったっけ?」
「それはあの特異点の中だけの話だ。前に根幹事象と剪定事象の話をしただろう」
「確か、最終的に一つの結末に編纂される根幹事象と崩壊する並行世界の剪定事象だっけ」
「そうだ。あの特異点はどこにも繋がらない先細りするしかないIFの世界の一つでな。私や騎士王、そこの弓兵が辿った聖杯戦争は世界崩壊を免れた根幹事象に属す。だからこそ、細部に違いはあるかもしれないが概ね私たち三人は同じ歴史を有していると言っていい」
「つまり、君たちの歴史ではそのエミヤ何某がアインツベルンのマスターで、騎士王さんを使役していたと、そういう共通認識でいいんだね?」
「そういうことだ。……しかし、あの抑止力のサーヴァントが衛宮切嗣なら特異点での彼の言動は少々、いや大分おかしいことになる」
ロード・エルメロイⅡ世は先日の記憶を回想する。彼の言葉、行動はすべて部外者としてのものだった。聖杯戦争を経験した者の含みや裏などは見受けられなかった。
「……そこの二人のうちどちらかがレイシフトできればよかったのだが」
実際の衛宮切嗣と相対したことのあるサーヴァントはこの二騎だけだ。エルメロイ自身も言葉を交わしたことも無いわけではないが、あれは電話越しであり、判断の基準にできるほどの記憶でもない。早いうちにあのサーヴァントが衛宮切嗣と気づけていれば、また異なる手段がとれた可能性もあったのだが。
「ん? 騎士王さんはいいとして、なんでそこのアーチャーなんだい? 彼は第四次聖杯戦争には呼ばれていなかったんだろう? ……あ、エミヤ繋がりでなんか縁があったりする?」
「大ありだ。むしろ関わりとしてはコイツの方が根深い。なにせ衛宮切嗣はこの英霊エミヤ誕生のきっかけとなった人物だからな」
「えっ。え、えええええええ!!」
大仰な悲鳴を上げてエミヤを凝視するロマニ。
その驚きはあの抑止力のサーヴァントが、初期からカルデアを支えてくれていた英霊エミヤと関係していたことだけではない。
――――確かに近代の電化製品を使いこなす家事万能の謎サーヴァントだったけれど、まさかここ数十年のうちに誕生した英霊だったとは。
「この神秘の薄れた時代、英霊なんてそうそう生まれないよ! 抑止力の契約ならまだワンチャンあるかもしれないけど、いや切嗣氏だってすごいけど、現代人が英霊の座に刻まれるなんて、えっ、すごいじゃないか!」
ロマニは遠慮ない賞賛を送るが、何故か軍師と騎士王からは冷ややかな視線が送り返された。
「あれ、なんか僕、間違ったこと言った?」
「ドクター・ロマニ。彼は抑止力の守護者です。そしてその役割も……わかりますね」
「あ……」
言葉をなくしたロマニは、そのまま口を閉じる。モニターの電子音だけが空間に時の経過を刻んだ。
そこに、この部屋で今日初めての声があがった。
「そんなに気にすることではないよ、ドクター。私は望んでそこに至ったのだから。それが私の選んだ道だ」
「……エミヤ……」
そうして赤い外套をまとったサーヴァントは面を上げた。いつもの精悍な気は無く精彩を欠いた様子だが、その鋼の瞳には芯が戻ったようだ。
「ふん、やっと自ら語る気になったか、エミヤ。お前の養父のことだ、お前が一番よく知っているはずだ。調査しただけの私が語るよりもお前が話した方がいいだろう」
エルメロイⅡ世はそう言うと、ロマニを反対側の椅子に座らせた。
そうして聞く態勢が整ったところで、エミヤは口を開いた。
「――――ロード・エルメロイⅡ世、騎士王セイバーと共通する歴史の中では、第四次聖杯戦争は失敗に終わり冬木に深い傷跡を残した。戦いの終盤に聖杯の泥が溢れ、死者数千人を出す大災害となった。
……私はその生き残りだ。死にかけのところを衛宮切嗣に救われた」
エミヤの淡々と言葉を連ねる様子はあえて感情を抑えているようであった。
「聖杯が降臨したのは柳洞寺の大空洞ではなく、市街地の地脈のポイントだったと聞いている。そのため民間への被害は聖堂教会や魔術協会の監視・隠蔽の域を越え、酷く広がったそうだ」
エルメロイが補足を入れる。今回の特異点Fでは上手く終息させたものの、こうした被害を出す可能性も多分にあったのだ。
「聖杯の泥は悪意となって全てを焼き尽くした。住宅も人も、何もかも。私は一人、その中を助けを求めてさまよった。私に助けを求める声に耳を塞いでな。……仕方なかった。私は無力で、自分の命を守ることしかできなかった。
そして、とうとうそれさえもできなくなった時、私は切嗣に救われた。
救われたのは私の方なのに、彼は私を見つけて『ありがとう』と言った。『生きていてくれてありがとう』と。
……そのときの彼の笑みがとても綺麗でね。私は憧れたんだ。いつか自分も誰かを救い、そんな笑みを浮かべてみたいと。
それが私、英霊エミヤの原初の思いとなった」
アルトリアはその独白を複雑な思いで聞いていた。
第四次聖杯戦争でアルトリアは聖杯を求めて闘った。敵を倒し、聖杯にサーヴァントをくべた。
マスターである切嗣は、最後の最後で聖杯を希求するアルトリアを裏切り、何も告げずに聖杯を破壊させた。アルトリアにとって切嗣は唾棄すべき卑怯者であり、願いの成就を阻害した仇敵であった。
だがアルトリアにとって切嗣が悪でも、結果を見れば切嗣は人類滅亡を阻止した正義の味方だ。
そして彼女にとって剣を預けるに値する第五次聖杯戦争のマスターを救い、そのどうしようもないほど愚かで尊い信念の礎となった人物でもある。
「……天涯孤独となった私は切嗣に引き取られ養子となった。その五年後、切嗣は亡くなった。私が中学にあがる前だったか。彼は聖杯の泥に冒されていたのだ」
エミヤはそうして一度、話を切った。
色々感情の整理もあるのだろう、吐き出した吐息は重かった。
「そう、君が中学にあがる前に切嗣氏は……って君何歳だったんだい!? 日本の中等学校って十三歳からだったよね!?」
しんみりエミヤの話を聞いていたロマニは、そこでやっと年齢的な部分にツッコミを入れた。
エミヤが災害に遭ったのは今顕現している年齢の頃と勝手に想像して聞いていたのだ。
「ああ、私が災害に遭ったのは七歳のころかと思われる。なにせかろうじて命があるだけの状態だったのだ。その際、心は一度死んだ。それ以前の記憶も残っていない。……だからこそ、切嗣は私にとって父親のような存在なんだ」
「なるほど。じゃあ切嗣氏がいなかったらホント、今の君はなかったってことか。
……って待てよ。1994年に第四次聖杯戦争が起こって、君は七歳ってことは、2015年の時点で二十八歳。……あれ?」
年代を計算してロマニが素っ頓狂な声をあげる。
エミヤはその意図することをくみ取り、やがてやや気まずい顔で言った。
「……実は私がいくつで死んだが覚えていないんだ。成人してからは海外の戦場を渡る日々でね。無茶なことばかりしていたから、おそらくこの外見以上の歳を重ねることは無かったと思われる」
赤き弓兵の外見は二十代半ば。彼は天賦の才をもっていた訳では無く、経験から最適解を導いてゆくタイプの武人である。サーヴァントは最盛期の姿で召喚されるものだが、彼ならばもっと歳を重ね晩成した姿で召喚されてもおかしくない。そして、そうではないということは。
「……うん、ごめん。無神経なことばかり聞いているね。
でも、そうしたら君を召喚できたのは奇跡的なことだよ。2015年以降の未来は焼却されてしまっているんだ。もし君が2015年以降に座に至ったのならば、君の存在はそれに巻き込まれて消滅していたのかもしれない」
ロマニはこの奇跡に感謝の祈りを捧げた。
未熟なマスターであった少年がここまで成長したは目の前のサーヴァントの尽力によるところも大きい。問題だらけのサーヴァントたちとのつき合い方も、その経験から的確なアドバイスをしてくれる。まさにダ・ヴィンチちゃんに次ぐカルデアの功労者だ。
「……そうか。未来が無いのならば、未来にその座に至る英霊は存在できない。時間軸の外にある座といえども、そこに至る過程が無いのであれば片手落ちだ」
ロード・エルメロイⅡ世はドクター・ロマニの感動をよそに考察を進める。
このたび修正した特異点Fは「冬木の汚染された聖杯が完成に至る可能性が極めて高い」IFの世界であり、カルデア及び抑止力が干渉しなければ、確実に人類は死に絶えていた。その中にはエミヤが英霊に至る可能性も含まれている。つまり――――
「先日の特異点に守護者エミヤは存在し得ない、ということか」
エルメロイの指摘にエミヤは頷いた。
「そうだな。……だが人類の無意識の集合体であるアラヤからすれば、人類滅亡は避けて通りたいところだ。だからアラヤは私の代替となるものを用意した」
「それが彼――――抑止力の代行者を名乗った衛宮切嗣なのですね」
アルトリアは嫌な予感を感じていた。
己にとって不愉快な事実がこの流れの結論にある、そんな気がして。
「なるほど、衛宮切嗣はお前ほど功績も知名度あるわけではないが、『エミヤ』の名を冠し、お前と同じ在り方を肯定する人間だ。その相似も相まって、お前の代行を勤めることができたのか」
エルメロイⅡ世の分析は概ね的を射ていた。ドクター・ロマニが感心する中、しかしエミヤは厳しい顔で、実体はもっと強引なものだと告げる。
「アラヤは世界の外側にある『座』に、彼の存在を無理矢理『エミヤ』と誤認させているんだ。その世界にその『座』に至る道筋は無いはずなのに、切嗣を代わりに据える事によって抑止力の派遣を実現させた。……彼の外見に私の色彩が顕れているのはそのためだ。彼は私の殻を被った抑止力――――私の代行者なんだ」
抑止力の代行者。本来担うべき守護者の役割を代行する者。
未来を失ったアラヤは残酷な奇跡を衛宮切嗣に提供した。
そしてその代償は――――
「彼はおそらく霊体化する事ができない。……そう、かつての君と一緒だ、アルトリア。彼はまだ死んではいない。生きながらにサーヴァントとして召喚されているんだ」
エミヤは暗く憂いを浮かべアルトリアを見据えた。
アルトリア・ペンドラゴンは聖杯戦争において生身で召喚されていた。遠き過去の死に際に世界と契約を交わしたからだ。
己の死後を世界に売り渡すその契約では、願いが成就されるまでは生が引き延ばされる。
彼女は万能の願望器である聖杯で自身の願いを叶えるため、世界が提供する機会に挑んだ。
アルトリアは願いが叶うまで何度でも召喚に応じるつもりであった。例え何度失敗し、死の間際、血塗れの丘に引き戻されようとも。そのたび心が引き裂かれ傷つこうとも。
それは生きているからこその苦しみだ。肉体と供にした記憶は、『座』に登録されず固定もされていない魂に消えない傷痕を残す。
「己の行いは記録としてではなく、記憶として積み重なる。彼が契約を破棄しない限りそれは続く」
エミヤは、抑止力の守護者は己の記録を追想する。
彼の仕事は人類の破滅を回避する事だ。破滅となる要因を殲滅する。そこに人命の有無は憂慮されない。ただ、殺し尽くすのみである。
それは感情を伴わない記録でさえ、エミヤには致命的であった。
正義の味方。人を救うヒーロー。
理想と現実は相容れない。
「それはまさしく地獄だ。だが……アインツベルンでアイリスフィールとイリヤスフィールという家族を得ていない彼が、あの願いを諦められると思うか? アルトリア」
アルトリアは答えなかった。否、答えるまでもない。
衛宮切嗣は諦めない。諦めることを自身に許すことができない。
――――世界の恒久的平和。誰もが笑って暮らせる世界をここに。
愛する妻を切り捨ててまで望んだ、愚かな男の願い。
「……自業自得だ。叶わぬ理想を、あり得ぬ光景を夢想し、無意味な苦痛を無為に刻む。どうしようもなく馬鹿で哀れな人間だ。――――そして」
アルトリアは言う。どうしようもない諦めをもって。
「そんな男でもどうにか救えないかと考えるあなたも、どうしようもないくらい大馬鹿者ですよ。――――シロウ」
エミヤは二人ともハードモードが普通。