「……あ、シンタロー?」
『…アヤノか』
「うん。シンタローに言いたい事があるんだけど、アジトに来てもらえない、かな?」
『電話じゃ言えない事か』
「う、うん。直接言いたいの」
『……で、今日の何時に行けばいい』
「えっと、今すぐじゃ、ダメ、かな」
『………分かった』
「シ、シンタロー」
『なんだ、もう準備したいんだけど』
「その……急いでね」
『分かってる』
アヤノは携帯を耳から外し通話を切った。そして、後ろにいるメカクシ団に顔を向けた。キドを中心に、カノ、セト、マリー、モモ、貴音、ヒビヤ、遥、が立っている。その表情は、これから起こることが楽しみだといった歪んだ笑顔がそれぞれに浮かんでいた。
「あいつ、どんな顔するかな」
「そりゃ、まぬけな顔をするっすよ」
「あ~ドキドキしてきた。ちゃんとできるかな」
「大丈夫、昨日教えたじゃない」
「遥、あんたは笑ってるだけでいいわね」
「え~ひどいよ貴音、これでも頑張ってるんだよ」
アヤノはそんなメカクシ団を見て、もう戻れないことに後悔をしていた。隠して接することはできるだろう。だが、シンタローが知らなくても自分は分かっている。自分がどんなことを言っていたのか。罪悪感を棄てきれるほど、まだ、鈍感にはなれていない。だが、それは、もう、時間の問題だろう。朱に交われば赤くなる、しかし、もう赤はいない。ごちゃ混ぜの黒に染まっていく。
真っ赤な色はヒーローの主人公の色、赤いマフラーはもう、黒く染まった。
少し遅れてヒヨリが合流し、
「遅いよヒヨリー」
「うるさいわね、良いでしょ別に間にあったんだから」
「で、でも~」
「あ~もう、ウジウジしない!」
「は、はい!」
そんな小学生二人を見てクスリと笑ったキドが号令を出す。
「任務、開始だ」
それぞれが散らばり、物陰に隠れてシンタローがアジトに現れるのを待った。
アジトの中に入ればすぐに目につくいのが、カッターやナイフ、鋏などで切り裂かれた服が部屋中に散乱している光景だ。その服はアジトに部屋を持っていないアヤノとヒヨリ以外の着古した服ばかりが使われていた。
個人個人が別々の刃物で切り裂いてあるので切り口手口は一致していなかった。シンタローなら一発で見抜くだろうが、仲間のいない人間に見抜かれても支障はないと深く考えはしなかった。
そしてズタズタに引き裂かれたソファカバーやクッション、割れた皿にマグカップ。一見すれば荒らされたと感じるアジト内は、しかし、どこかしらの違和感を漂わせるものではあった。テレビも、窓も、パソコンも、手じかにある高価な物が壊されていない癖に個々の部屋にあるはずの服をその場に放置はなくなぜかリビングに持ちだしている。
違和感だらけの荒らされたアジト。リビングだけ荒らされたアジト。
おそらく、外部の人間を同じ手で嵌める時にもこれと同じことどまりだったろう。シンタローがいれば、こんな杜撰でアニメに出てくるチーズに空いた穴のような作戦はたてないだろう。
これが、こいつらの限界。
子供だましのヒーローごっこ。
電話から十分としないうちにシンタローがアジトの前に現れた。シンタローは扉を開けてアジトの中へ入って行った。
キド達は急いでドアの前まで移動した。部屋の状況を見て逃げ出そうとするシンタローを待つためだ。買物から帰ったふりをして、逃げようとしたシンタローを引き止めて制裁という名の暴力を行使するのを今か今かと待っていた。
しかし、五分経っても逃げ出す様子が無く、しだいに別の場所から逃げられることに気が付き急いでアジトの中になだれ込んだ。
初めに飛び込んできたのが、カバーだけを切り裂かれているだけで本体は無傷のソファにどっしりと構えて座っている如月シンタローの姿だった。
「よう、どうした。模様替えの途中か」
『……あ、シンタロー?』
「…アヤノか」
『うん。シンタローに言いたい事があるんだけど、アジトに来てもらえない、かな?』
「電話じゃ言えない事か」
『う、うん。直接言いたいの』
「……で、今日の何時に行けばいい」
『えっと、今すぐじゃ、ダメ、かな』
「………分かった」
『シ、シンタロー』
「なんだ、もう準備したいんだけど」
『その……急いでね』
「分かってる」
シンタローは通話が切れたのを確認し、視線を前に向け目線だけで伝える。受けた側は首を縦に振り走って行ってしまった。
それ後ろ姿を確認して、ベンチから立ち上がる。
「クロハ、準備はいいか」
「当たり前だろ。つか、全ては昨日で終わってるじゃねぇか」
「ああ、そうだったな」
いつの間にか横に現れたクロハにシンタローは目を向ける事なく、クロはも正面を向きながら答える。
「準備は上々、仕掛けの完璧、あとは野となれ山となれ。ま、お前の計画が外れることなんてねぇんだけどな」
クロハは両掌を肩の高さまで掲げて哂う。
「そろそろ行くぞ」
「お、ついにか。楽しみにしてるぜ、最善策……いや、シンタロー」
次の瞬間、シンタロー一人になった公園は静寂につつまれ、シンタローはアジトに向かって歩き出した。
アジトに前まで来ると物陰に人の気配がするのが分かった。ここまで杜撰で、ひどいものかとため息をつきたくなる。本当に子供だましの集団だったなとかつての仲間を評価した。ドアには鍵がかかっておらず、そのまま土足でアジト内へ上がって行った。
中は目も覆いたくなるような光景だった。ひどい、ひどすぎる。
ここまであらか様で、本気でやってんのかというくらいに杜撰だった。ため息をつき、エアコンをかける。数分で来るだろうから設定温度は最低にして冷房をつけた。
そして、カバーしか破いていないソファに座りメカクシ団の連中を待つ。
五分は度経ったか、入口が騒がしくなり、メカクシ団の全員が雪崩のようにリビングへ入ってきた。ソファに座っているシンタローを見つけると、全員があっけにとられた表情をしていた。
シンタローはその表情を見て笑いをこらえ、
「よう、どうした。模様替えの途中か」
そう、言い放った。
ソファに座っている座っているシンタローに驚いていたものの、初めにキドが戻ってきた。
「おい、シンタロー。なんだこれは」
どうやらこのまま続ける気らしい。それに気がついたほかのメンバーも口を開こうとして、
「あ? おいおい、いつものように呼べよ。化物ってよ」
シンタローに止められた。
「そんな事はどうでもいい! この状況はなんだと聞いているんだ!」
「それこそ、俺が聞きたな。なんだこれ、お前ら本当にやる気あんのか? 杜撰で稚拙で子供だましのこんな荒らし方。この服、別々の刃物で切ってあるじゃねぇか。一つに統一しておけよ。
それと、このソファ。舐めてんのか?
窓もパソコンもテレビも、普通壊すだろうが。点数をつけるとするなら、つけれて10点か。ああ、もちろん100点満点でだ」
シンタローは看破していた。そんな、目の前の少年におぞ気が走りながらも、自分達が正しいと、ヒーローだと本当に思っていた。
「……そんなの、誰が信じると思う? 君、もう一人ぼっちでしょ。そんな人間、いや化物を信じる人なんていないんじゃないかな」
カノがあの頃のように笑いながら言う。
「そ、そうだよ! 誰もお兄ちゃんの事なんか信じない! お母さんたちも!」
「そうっすよ、だいたい誰があんたなんか信じるんっすか」
威勢のいい事だな、とシンタローは見えないように俯いて哂う。
「あ~なんつったっけ。ああ、そうそう、如月桃だったな。お前、俺のことを兄って呼ぶけどさ、化物の妹って事はお前も、化物ってことだろ?」
モモは、一層顔を歪めた。
「おい、化物。化物はお前だけだ、キサラギは俺たちの仲間の人間だ」
「ば、化物!」
「おじさ……化物、さっさと出て行ってくれないかな」
「化物。あんたは私達の後輩だったなんて言うんじゃないわよ」
「えっと、化物さんって呼べばいいの、貴音」
そんな中、アヤノは一言も言葉を発することができなかった。目の前にいるのはシンタローで間違いない。でも、あの頃のシンタローは赤いヒーローはもういなかった。そして、それが、己のせいだとどうしてか分かってしまった。
ふと、視線に気が付きその方向を向くと、ヒヨリがアヤノの顔を見ていた。その顔には表情という感情が無く、無表情に無表情を重ねた無表情をしていた。
その表情で、確信した。
アヤノは、ここで一回目の絶望をした。あれほど好きだったのに、あれほど合いたかったのに、あの優しかった、ヒーローだったシンタローを絶望させたのが自分だったことに、自分自身に絶望した。
「姉さんも、言ってやってくれ!」
「姉ちゃん!」
「姉ちゃん、頼むっす!」
それは、処刑宣告と同じだっただろう。
「……シ、シンタロー」
「………あ? お前、誰だっけ」
そこで、二回目の絶望を憶えた。
アヤノは体の力が抜け、土下座をこれからするかのごとく膝を床につけて正座の体勢になった。涙は出ない、当たり前だ、涙を流すことなど許されない。
「おい、化物。覚悟はできているんだろうな」
「キド、僕にやらせてよ」
カノは一歩、シンタローに近づいて立ち止まる。
「なにがおかしい」
シンタローは小さく笑い始め、徐々にその笑い声は大きくなっていった。
「覚悟? それはこっちの台詞だろうが。覚悟ってのは人間がするものだ。化物は最初から覚悟もなく、気まぐれに、遊び半分で面白がって人間を殺すんだぜ」
シンタローは立ち上がる。
「ああ、それと、その化物はまだメカクシ団No.7なんだぜ。だからさ、俺がする事は全て、メカクシ団の仕業だ」
邪悪に、醜悪に、悪意に満ちた言葉を浸透させる。
「化物! お前をメカクシ団から永久追放する! メカクシ団のこと今後一切口にするな! それともう二度とメカクシ団とここに近づく事は、俺が許さない!」
「はぁ、ようやく脱退できた。これから先、メカクシ団なんて糞みたいなとこに名前があるのは迷惑だったんだよ。てか、前らこそ俺の名前を使うんじゃねえぞ」
頭を掻きながら長いため息を吐き出し、その顔はすがすがしく明るい表情だった。
「キド、セト、こいつここから力づくで追い出そう」
それは暴力に訴えると言っていた。
「ったく、物騒だな。ま、言われなくてもすぐに出ていくさ。
クロハ、もういいぞ」
黒い大きな蛇の頭がシンタローの横に現れた。メカクシ団は知っている、それがなんなのか。
「よう、まぬけで滑稽で愚かな諸君」
蛇の中からクロハが現れ、シンタローの横に立ち見下すよう視線を向けた。
「ああ、そうそう、言い忘れたが、俺が化物だって話。それ、正しいんだわ」
シンタローは一旦目をつぶったかと思ったらすぐに見開き、その双眸が真っ赤に染まっていた。
「それとこのジャージも、もう要らないか」
赤いジャージを脱ぎ、クロハの方へ手を差し出す。クロハは何も聞かずにライターを手渡した。シンタローはライターに火をともし、赤いジャージに火をつけた。ジャージは瞬く間に燃えはじめ、あとかたもなく、灰と散った。
三度目の絶望だ。
赤は、シンタローの色だと、ヒーローの色だと。アヤノは絶望の中に少しだけ希望を見出していた。赤いジャージ、シンタローがそれをまだ着ているということは昔のシンタローに戻ってくれるかもしれない。
だが、それを燃やしたということは、もう、戻る気はないという意思表示だった。
「ほれ、着とけ」
「ああ」
真っ黒なパーカーをシンタローは羽織る。
クロハが来たこと、シンタローの目のことで動けないメカクシ団の面々だが、一人だけシンタローに向かって動く影があった。
「ヒ、ヒヨリ?」
「お、おい、危ないぞ」
ヒヨリはシンタローの目の前に立ち、それからクロハと反対側に立ちメカクシ団の方に向いた。
アヤノは分かった。そして、羨んだ。
本来、自分がいるべき、自分が望む場所に、そこに居る事ができる少女に。
メカクシ団はその行為がまったく分からないといった表情を浮かべている。
「はぁ、分からないの。私はシンタローさんについて行くの、これはわたしの意思よ!」